もうすぐ夏、そしてもうすぐプール開きだ。
ということで、俺は双葉が去年使用していた、学校指定のスクール水着を探していた。
「たしか双葉は、ここに仕舞ってあるって言っていたよな、……あった!」
俺はタンスの奥から引っ張り出してきた、紺色の女子のスクール水着を手に取った。
「問題は着れるかどうかだよな。双葉のやつは、身長は変わっていない、身体は成長していないから着れるはずだとは言ってはいたが」
ともかく試着してみた。
確かに身長は変わっていないらしく、去年のスクール水着を着ることは出来たんだが……。
「うわあ、胸が大きくなりすぎて、水着からはみ出てるよ!
尻もでかくなってるのか、水着が股間や尻に食い込んで、水着がきつきつだよ!
双葉のやつ、やっぱり去年より胸や尻が大きくなってやがる!」
正面の鏡には、サイズのきつくなった水着を試着して、恥ずかしそうに顔を赤らめた双葉、今の俺の姿が映っていたのだった。
つい一ヶ月ほど前、ちょっとした不幸な事故で、俺、清彦とクラスメイトの双葉は、体が入れ替わってしまった。
最初のうちは、俺はこの状況を楽しんでいた。
双葉は真面目なクラス委員長で、性格的には取っ付き難かったが、その目立つ巨乳でスタイル抜群なこの体には興味はあったんだ。
最初のうちは、この巨乳を弄りまわしたり、この体で女のオナニーをしまくったりして、俺はこの体で女体の神秘をを堪能していたんだ。
だけどさ、楽しんでいられたのは、それこそ最初のうちだけだった。
そればっかりだと、だんだん飽きてきたんだ。
そして初期の興奮が醒めると、イヤでも今の俺の置かれた現実に気が付いた。
元々運動が得意でアウトドア派だった清彦と、運動が苦手で読書が好きなインドア派の双葉では、性別以外での生活のギャップも大きかったんだ。
あーメガネがうざい、わずらわしい。だけど双葉の目はド近眼で、メガネなしじゃよく見えない。
この体は運動音痴で、思ったように動けないし、ちょっと運動をしたらすぐに息が切れる。
それに加えて、さらにこのでかい胸が、視界をふさいだり、体を動かすのに邪魔で、
最初は弄るのを楽しんでいたこの胸さえ、最近では邪魔に感じていた。
そしてつい先週、俺は初めて女の生理を体験した。
あまりの辛さに、「もうイヤだ、元の男の清彦に戻りたい」と思うようになっていたのだった。
それでも先日、辛かった生理もようやく終わり、俺は今ではどうにか精神的に持ち直していた。
「ともかく、この水着じゃ恥ずかしくて人前で着れないよな。特にこれ着て男子の前に出るなんて、俺はイヤだからな」
なんでだろう、最近俺は、男子の視線が気になってしょうがなかった。
特にこの胸にその視線が集中していることに気がついて、視線が気になってしょうがなかった。
「女子が男子の視線に気づいているって、本当だったんだな。イヤでもよくわかる」
俺は元々男だったんだから、野郎どもの視線が胸に集まる気持ちはわかるつもりだった。
いや、わかるからこそ余計に、今は俺が男たちにエロイ目で見られている事もよくわかるので、嫌悪感を感じるのだった。
「ともかく、プール開きまでに、新しい水着を用意しとかなきゃな。……ってくそっ、なんで俺がこんな目に」
くそ、早く元の俺に、男の清彦の体に戻りたい。
なのに双葉のやつ、最初のうちは「私の体を返せ」ってうるさく言っていたくせに、最近は男の清彦の生活に慣れたせいのか、今はあまり積極的に戻る気はないようだ。
そうはいくか、とにかく元に戻る方法を見つけて、元の俺の体に戻るんだ!
俺は決意を新たにするのだった。
「起立、気をつけ、礼、着席」
クラスの朝は、朝の出欠時のクラス委員長の号令から始まる。
他の高校ではどうかは知らないが(学校によっては日直)、号令はうちの高校ではクラス委員長の役目だった。
そして今ではそれは、今期のクラス委員長の双葉になってしまった俺の役目だった。
まあ、号令くらいなら、まだ良いんだけどな。
「放課後に残って雑用って、クラス委員長って言えば聞こえは良いが、体の良い雑用係じゃねえか!」
「ぼやかないぼやかない、しょうがないでしょ、それがクラス委員長の役割なんだから」
「……元々はお前の役割だろうが! なのになんで俺が……」
「だから不慣れなあなたのために、私が手伝ってあげているでしょうが!
なんなら私は手伝うのを止めて、先に帰ってもいいのよ、クラス委員長の双葉さん」
「ごめんなさい、清彦くんに手伝っていただき、大変感謝してます」
「わかればいいのよ」
そんな訳で、クラス委員長に不慣れな俺は、最初のうちは清彦になった双葉に手伝ってもらいながら、段々要領よくクラス委員長をこなせるようになっていった。
そして入れ替わりから一ヵ月後には、俺は一人で普通に、クラス委員長をこなせるようになっていたのだった。
双葉の体は運動音痴だった。スポーツ万能の清彦だった俺には、あまりのギャップに、今では運動や体育はすごいストレスになっていた。
逆に清彦になった双葉は、こうなる以前は運動嫌いだったらしいが、体育の授業や休み時間の運動などに、今ではすっかりはまってしまっていた。
「体を動かすことがこんなに楽しかったなんて、今まで知らなかったわ。
以前はこんな非生産的なことに夢中になれるなって、男子はバカみたいって思っていたけど、認識を改めるわ」
へいへい、そりゃようござんしたね。
……なんでだろう、そんな双葉とは逆に俺は、『そんな疲れるだけのことに夢中になれるなんて、バカじゃねえの』と段々思えるようになってきたのだった。
バカって言えば、逆に俺は双葉になってから、頭の回転が良くなったような気がする。
授業を聞いていても、清彦だった時より内容が良く理解できるし、授業の内容がするする頭の中に入っていくような感じがするんだ。
清彦の脳ミソよりも、双葉の脳ミソのほうが、性能の良い処理速度の速いコンピューターを使っているって感じなんだ。
だから最近は俺は、勉強や授業がすげー楽しいんだ。勉強していてこんな気持ちになるのは初めてだった。
これに関しては、双葉のやつもぼやいていたっけ。
「清彦になってから、なんか理解力が落ちたような気がするし、物覚えも悪くなったわ」
双葉のやつ、なんか最近調子に乗っていたからな、ざまあみやがれ!
ただそれでも、あいつには双葉だった時の知識や勉強の蓄積があったようで、
元々本人の根が真面目だったってこともあり、今でも俺が清彦だった時よりも真面目に勉強していて、授業にも必死に食らい付いているのだった。
ところでこの後の一学期の期末テストでは、俺は双葉としての成績はやや落とし、担任の先生や双葉の両親には心配された。
……それでも清彦だった時よりは、テストの結果は大躍進をしていたんだけどな。
そして清彦になった双葉のほうの成績はというと、双葉だった時よりは若干成績を落としたが、清彦としては大躍進を遂げていたのだった。
そんな俺が、元の双葉の成績に追いつき追い越すのは、夏休みの後、二学期になってからの事になるのだった。
話はプール開きの直前に遡る。
結局、去年のスクール水着は、今の双葉の体にサイズが合わなかったので、購買部にて上のサイズのスクール水着を購入した。
新しく購入した水着を試着してみた結果、今度の水着はサイズは今のこの体にぴったりだった。
胸はちゃんと水着で隠れるし、お尻のほうも変に水着が食い込まないし、大丈夫だ。
これで一安心、……のはずであった。
「なのに、何で俺はこんなに、クラスの皆から注目を集めているんだよ!」
プール開きの後の、最初の体育での水泳の授業で、俺はクラスメイトの注目を集めてしまっていた。
(髪型が違ったり、そこまで巨乳ではないですが、あくまでイメージ画です)
今の双葉の体のサイズにぴったりな水着を着たことにより、確かに去年の水着のように、変な部分がはみ出したり露出したりはしなくなった。
だけど、体にぴったりな水着でも、体のラインまでは隠せないわけで、ボン、キュウ、ボン、でグラマーな今の俺の体のラインを見せ付ける形になっていた。
「わあ、双葉、また胸が大きくなっちゃったんだ、羨ましいな」
とは、双葉の幼馴染で、親友の若葉の台詞だった。
(若葉のイラスト、差し替えました)
小柄で、顔立ちも体型もお子様でペチャパイな、若葉のそれが素直な本心だった。
そして親友だからこそ、若葉は双葉に遠慮なく、本心を言えたのだった。
「本当ね、私もちょっとでいいから、委員長の胸をわけてほしいわ」
「どうやったら、胸がこんなにも大きくなるの?」
「胸だけでなく、スタイルも良いし、委員長ずるいわよ」
若葉の台詞を切っ掛けに、クラスの他の女子も、本気で俺を羨ましがってみせるのだった。
正直な所、こんな形で注目されて、俺はなんだか恥ずかしかった。
男の清彦だったときには良いな、と思っていたこの巨乳は、実際に自分の胸元についていたら、すげーじゃまっけに感じるようになった。
だけどこうして、他の女子にこの大きすぎる胸を羨ましがられて、俺はなんだか悪い気はしなかった。
なんだか他の女子たちには、俺はすげー優越感を感じたんだ。
「委員長、改めて水着姿で見ると、やっぱ巨乳だな」
「胸だけじゃなく、尻もでけえな」
だけど同時に、男子からの俺への視線や、ひそひそ聞こえる会話に、俺は嫌悪感を感じると同時に、すげー恥ずかしく感じるのだった。
俺は恥ずかしさのあまり、つい両手で自分自身を抱くように、恥ずかしそうに胸元を隠した。
「わあ、委員長が珍しく恥ずかしがってる」
「あの鉄の女でも恥らうんだな」
「いや、ここ最近の委員長は、妙にドジだし妙にかわいいだろ」
「たしかに」
そんな俺の様子を見て、俺をガン見していた男子たちは、なぜだかもっと喜んだ。
いやわかる、俺だって元は男だったんだ。こんな風に反応したら、かえって男供を喜ばせてしまうってことも。
だけど、恥ずかしいんだからしょうがないだろ。
くそ、なんで俺、ヤロー共に見られて、こんなに恥ずかしく感じるんだ!
と、そんな時、そんな俺と男子の間にすうっと割って入って、男子の視線から俺を守るように遮る人影が一人現れた。
「そこの男子たち、いいかげんにしときなよ、委員長が嫌がってるだろ」
間に割って入った人物は、俺の位置からは後姿しか見えないが、俺には誰だかすぐにわかった。
元の俺、清彦になった元委員長の双葉だった。
「ちょっと女子の水着姿を見るくらい良いだろ、減るもんじゃなし」
「なにいってるんだよ清彦、お前だってちょっと前まで、俺達と同じような目で委員長を見ていただろ、なのに急にいい子ぶりやがって」
「そうだそうだ、ここ最近急に真面目ぶりやがって、お前どうしたんだ?」
「いいから、男子はあっちに集合だってさ、いくぞ」
そう言いながら清彦は、ぶつぶつ文句を言う男子達を、委員長だった時のような貫禄で追いやっていった。
そしてちらっとだけ俺のほうを見て、俺に目配せをした。
「ほらしゃんとして、女子はそっちのほうに集合だってさ、委員長」
「あ、うん、ありがとうふた……清彦くん」
そんな清彦の後姿が、今の俺にはすごく頼もしくて、妙に格好良く見えて、つい見とれてしまって……違う違う、あれは元の俺だ!
それを格好良いって感じるなんて、なんてナルシストなんだよ俺!
俺はそんなんじゃねえから!!
俺は変な考えを頭の中から振り払いながら、集合場所の女子に合流した。
振り払ったはずなのに、俺はなぜだか清彦の事が気になって、仕方がなかったのだった
ちなみに、その時に俺には知る由もないことだが、清彦になった双葉は、あんなに偉そうに恰好良いことを言っておきながら、
元の自分の水着姿、特に胸元を見て、股間が反応してしまい、さらに色々邪なことまで考えてしまい、じつは戸惑ってもいたのだった。
そんな妙に高揚してしまった気分を発散させるかのように、その水泳の授業では、清彦は泳ぎまくったのだった。
俺と双葉が元の体に戻れないまま、夏休みになってしまった。
お互いに会う約束をしない限り、これから一ヶ月近く(登校日以外に)は、顔を合わせる機会がない。
つまりその間は、何かのきっかけで、元の体に戻る可能性もないということだ。
とはいえ、俺はこの頃には、もうさほど焦ってはいなかった。
まあいいさ、ここまで来たら長期戦は覚悟していたからな。
最近は、俺も双葉としての今の生活にも慣れてきた。
運動音痴で体力の無いこの体にも慣れてきたし、最初はわずらわしかったメガネも、今はさほど気にならなくなっていた。
なんか邪魔な巨乳にも愛着がわいてきたし、つい先日までこの体はまた生理になっていたが、きつかったけど今度はなんとか耐えた。
仮にもうしばらく双葉のままでもやっていける、そんな自信もついてきた。
今は頭がよくなったせいでか、意外に勉強も楽しいし、双葉の家族とも上手くやっている。
入れ替わった直後とは別の意味で、今の生活を楽しんですらいたんだ。
あれ、もしかして俺、さほど元に戻りたいって思っていない?
そしてもう一つ、もうしばらくこのままでもいいか、と思う要因が、双葉の家に訊ねて来た。
玄関のチャイムが鳴り、インターホンのモニターを見ると、訊ねて来たのは双葉の幼馴染で親友の若葉だった。
「いらっしゃい若葉」
「こんにちは双葉、今日はよろしくね」
若葉は双葉の近所で、夏休みの何日かはこうして、双葉の家で勉強会をする約束をしていたのだった。
というかこの二人の勉強会は、毎年恒例の行事ということだった。
「双葉、もう夏休みの宿題は全部出来てるんでしょ、写させてよ」
「ダメよ、ちゃんと自分でしなきゃ」
「もう、双葉のケチ! 意地悪!」
ちなみに、勉強会での若葉の扱いは、事前に元の双葉(今は清彦)から聞いてあった。
「若葉はすぐ宿題を写そうとするから、甘やかしたらダメよ! かわりに問題の解き方を教えてあげるのよ」
「若葉ちゃんに勉強を教えるって、俺になんか出来るのか?」
「……今のあなたになら出来るでしょ」
勉強会では、俺と若葉がそれぞれ宿題なり自習なり、自分のペースでお勉強、わからない所があったら教えあう、という形をとっていた。
「ねえ双葉、この問題の、ここがちょっとわかんないんだけど」
「またあ、……しょうがないわねえ」
もっとも実質的には、勉強のわからない若葉に、俺が一方的に教えるという状況だったが。
これまた元の双葉のアドバイスで、若葉に簡単には答えを教えずに、問題の解き方のヒントを出して、若葉に自力で解かせる方針でやっていた。
どれどれ、この問題は、……ああなるほど。
清彦だった時の俺だったら、若葉と同じ問題の同じ所で詰まっていたかもしれない。
でも今は、その問題の答えと、その問題のどこが急所なのかわかってしまった。
なので俺は、若葉にどこでどう詰まったのか、ヒントのアドバイスをした。
「あ、本当だ、さすがは双葉だね、ありがとうね」
「どういたしまして」
勉強は、自分でやる以上に、人に教えるのは難しい。
なので実は最初は、「俺なんかが若葉ちゃんに、勉強を教えられるだろうか?」と不安だった。
若葉は双葉の学力に期待と信頼を寄せているが、(最近は勉強が出来るようになってきたとはいえ)今の双葉の中身は別人の俺だからな。
夏休みの宿題だって、元の双葉ならいつもならとっくに終わらせているらしいが、俺はまだ半分くらいしか終わらせられてはいない。
(それでも元の俺からしたら、自分でも驚きのかなりハイペースだったが)
だけど、意外に何とかなるものだった。
元の俺だったら戸惑っていたレベルの問題も、最近はこんな調子でわりと自力で解けるようになっていた。
そのうえ、こんな調子で若葉に教える事で、俺自身の理解も深めていた。
こういうことを繰り返すうちに、今の俺なら何とかやれると、段々自信もつけていった。
そしてそんな調子で、勉強会はさくさくと進んで行ったのだった。
「もうそろそろお昼ね。今日はここまでにしましょうか」
「え、もうそんな時間? 今日は調子が良くて、時間の経つのが早く感じちゃった」
確かに、若葉に教えながらの勉強なのに、相乗効果なのか、俺も今日は調子が良かった。
なんだか名残惜しいな。
「ねえ双葉、午後は何か予定がある?」
「え、別にどうしてもって予定はないけど?」
もしかして若葉、午後にも勉強会をしたいとか?
「そ、そんなんじゃないわよ! いくら調子が良かったからって、今日はもう勉強はいいわよ!」
若葉は慌てて否定した。さすがにいくら調子が良かったからって、勉強会の延長はイヤなのらしい。
まあその気持ちはわかる。
俺も双葉になってから、勉強は出来るようになって、勉強が楽しくなってきたからって、さすがに今でも勉強漬けなんてイヤだと思う。
「まあ、若葉ならそうよね」
「むう、何よその棘のある言い方は」
「ごめんごめん、つい、悪気はないのよ」
「まあいいわ、実はもらい物なんだけど、あたし、こういう物をもってるんだ」
と言って、若葉が見せたのは、市民プールの入場券だった。
「午後から一緒にプールに行かない?」
若葉から俺に、プールへのお誘いだった。
正直な所、どうしようか迷った。
双葉としての女の生活には慣れてきていたけれど、水着姿を不特定多数の人目に晒すことには、まだ抵抗があったんだ。
あれから何度か学校でのプールでの授業があったけど、俺は人に見られる、特に男子に見られるのが恥ずかしいと感じていたんだ。
学校だとまだ男子と言っても同学年のクラスメイトだからまだいいけどさ、市民プールだともっと年上の男もいるからなあ。
って、やっぱ俺、男子、男に水着姿を見られるのがイヤなんだ。なんでだ?
ふと思った。
……逆に、入れ替わった直後のほうが、俺は水着姿を見られることに恥ずかしさを感じずに、その状況を面白がっていたかもしれない。
「ねえ、せっかくだから、一緒に行こうよ」
「しょうがないわね、わかったわよ」
だけど、若葉に上目遣いでお願いされたら、イヤとはいえなかった。
俺はしぶしぶ承知したのだった。
「やったあ! じゃあお昼を食べたら、また来るわね。一緒に行こう」
「ええ、それまでに準備をしておくわ」
そしてその日の午後、待ち合わせの場所で俺は若葉と合流して、一緒に市民プールへとやって来たのだった。
まず女子更衣室で水着に着替えた。
学校とは違い、一般の女子に混じって着替えたのだが、俺はそのことには、さほど抵抗はなかった。
ちなみに俺の水着は、先日購入した学校指定の紺色のスクール水着だ。
俺はこの他には水着は持っていないからな。
(イラスト、差し替えました、あくまでイメージということで)
だけど若葉は……。
「ねえねえ双葉、新しい水着を買ってきてたんだけど、どう? この水着、似合う?」
若葉が新しい水着に着替えて、ポーズを取りながら俺に披露した。
俺は目を見張った。
水色のひらひらの多目の、タンキニの水着だった。
その水着は、小柄でかわいい若葉の魅力を良く引き出していた。
(若葉タンキニ、左の子がイメージに近い)
「いい、すごくいいわ、良く似合っているわよ」
と本心から褒めながらも、俺はその後に続く、「すごくかわいい」と言う言葉は飲み込んだ。
子供っぽく見られるのを嫌がる、背伸びしたがる若葉には、その辺の言葉の表現には気を使うのだ。
「えへへ、ありがとうね、でももうちょっと大人っぽい水着も着てみたかったんだけどね」
「……それは、また今度にすればいいわ」
「あ、でも良かった、双葉にこの水着を褒めてもらえて、実は学校指定の水着じゃないって、双葉に怒られないかって、冷や冷やしちゃった」
と言いながら、ぺろっと舌を出す若葉。
「わたしをどういう目でみているのよ若葉、いくら何でも、学校の外でのことまでうるさく言わないわよ」
と、反論しつつ、元の本物の双葉だったら、そこまでうるさく言っていたんだろうか? とちょっと考えてしまった。
「そうよね、そうだよね、いくら双葉だってそこまで堅物じゃないわよね。あーあこんなことなら、去年も新しい水着にしておくんだった」
少なくとも、元の双葉は、若葉にはそう思われていたみたいで、つまり去年までは、若葉はこういう時でも学校指定のスクール水着だった。
双葉に気を使って、外用に別の水着を用意していなかったってことか。
あれ、じゃあなんで今年は、学校の外では新しい水着にしたんだ?
「双葉って、最近丸くなったよね。前はちょっとしたことで怒ったり、小言を言ったりしていたけど、最近は丸くなった、ううん優しくなった」
双葉が前より丸くなった? 優しくなった?
若葉にそう言われた事に、俺は戸惑った。そして複雑な心境だった。
まあ、今の双葉の中身は、俺という別人と入れ替わってるからなあ。
そんな事情(入れ替わり)を知らない若葉には、双葉が変わったように見えているんだろうな。
ただ、そんな双葉(俺)の変化を、若葉には好意的に受け止められているように感じられた。
「何か変な話して、変な空気にしちゃってごめん。あーもー、なんで私、こんなタイミングでこんな話しちゃったんだろう。
今のなし! せっかくプールに遊びに来たんだから、変な話は忘れて、プールに行って思い切り遊ぼう!」
「う、うん、そうね……あっ」
若葉は俺の手を握った。
なんだか俺、若葉に手を握られて一瞬ドキッとした。
若葉って、いい子だよね。
俺が清彦だったときは、実は若葉の事は良く知らなかった。
だけど、双葉になってからの関係で、この子のことを良く知ることができた。
双葉としてだけど、俺はこの子と仲良くなれた。
俺が双葉になって良かった、と思えた理由の一つがこれだった。
もし俺が、男の清彦に戻れたらなら、清彦としても若葉と仲良くなりたいな。
そう思うのだった。
ここの市民プールは、流れるプールや波の出るプールなど、大人も子供も遊べるプールだ。
夏休みということもあり、休みの小中高校生や、親子連れなど、とても人出が多かった。
そんな中に、俺は若葉に手を引かれながら、連れて来られたのだった。
俺と若葉は、しばらく流れるプールで遊んだ。
若葉が子供みたいにはしゃぐものだから、つられて俺まで一緒にはしゃいていたんだ。
「双葉ったら、そんなにはしゃいじゃって、なんだか子供みたい」
そんな俺の様子を見て、若葉がおかしそうに笑った。
なんだか悔しいので、俺は反論した。
「何を言っているのよ、お子様なあなたに合わせてはしゃいでみせているだけよ」
「双葉こそ何を言っているのよ、今の双葉は、本当の本気ですごく楽しそうだった。見ていればわかるわよ
そう言いながら若葉は、今度は嬉しそうに笑った。
「何がおかしいのよ?」
「いつも真面目な双葉に、こんな子供っぽい一面もあるんだなって思ったら、なんだか嬉しくて」
このとき俺は、双葉らしくない反応をしちまったか、やっちまったか、と少し焦った。
若葉と一緒に遊んでいて、楽しかったのは本当なんだ。
正直な話、真面目な双葉に成りすましての生活は、最近は慣れてきたとはいってもやっぱり疲れる。
午前中の勉強会で、真面目に勉強していて、その疲れもあったんだろう。
だから、午後からの若葉とのプールでの一時は、本当に楽しかったんだ。
だけど息抜きをしすぎて、はしゃぎすぎて、元の俺の地が出ちまったったか?
若葉は、そんな地の出ちまった今の俺を、好意的に受け止めてくれていた。何だか嬉しかった。
でも普段子供っぽい若葉に子供っぽいって言われて、何だか悔しいっていうか、それ以上になんだかこそばゆいって感じてもいた。
「悪かったわね、子供っぽくて。……疲れたから、上にあがって少し休むわね」
「あーん、怒んないでよ、待ってよ双葉」
内心、なぜだか気恥ずかしさを感じていた俺は、怒った振りをして、一旦プールから上がって一休みすることにしたのだった。
「ねえねえ彼女たち、二人? 俺たちも二人なんだ。良かったら俺たちと一緒に遊ばない?」
プールから上がった途端、トラブル発生、高校生くらいの茶髪なちゃらい男子二人に、俺と若葉はいきなりナンパされてしまった。
うちの高校では見かけない顔だった。おそらく他校の男子だろう。
ナンパをするなとは言わないが、なんで俺たちなんだ?
若葉が可愛いからか?
ふとここで、にやけ面の茶髪の視線が、特に俺の胸元にそそがれていることに気が付いた。
もしかして、こいつらにナンパされたのは、俺のせいなのか?
正直な所、ナンパの茶髪男の視線が気色悪くてゾクッとした。
普段は大人しい若葉が、ナンパの茶髪男の雰囲気に少し怯えてか、俺の手(左手)をぎゅっと握ってきた。
……ここは男の俺がしっかりしないとな。
「結構です。間に合ってます。行こう若葉」
「う、うん」
きっぱり断り、ナンパの茶髪男を避けて、俺は若葉をつれて足早に通り過ぎようとした。
周りの他の客もいる市民プールで、そう無茶なことはしないだろう。そう思っていたんだが……。
「待ちなよ彼女、そうつれないこといわないでさ、一緒に遊ぼうぜ」
強引に割り込むように進路をふさぎ、空いていた俺の右手を左手つかみやがった。
そして強引に俺を、引き寄せやがったんだ。
「放せ、放せよ!」
俺はナンパ男の手を振りほどこうとした。だけど全然びくともしなかった。なんでだ?
ナンパ男は、ひょろっとしていて、全然強そうには見えない。元の男の俺なら普通に勝てそうな相手なのに。
ああそうか、今の俺の体は双葉の体で、非力な女の体なんだ。
今の俺じゃあ、こいつ程度にも全然かなわないんだ。
この非常時に、そんな現実を、改めて認識させられた。
認識させられると同時に、絶望感を感じた。
俺だけじゃない、若葉もいるのに、どうすればいいんだ?
俺はそんな内心の絶望感を隠しながら、強気にナンパ男を睨み返した。
若葉も居るんだ、逆に弱気な態度は見せられない。
「へえ、結構気が強いんだね、俺はそういう気の強い女も嫌いじゃないぜ」
ナンパ男はにやにやしながら、まだ余裕の表情を浮かべていた。
「でもさあ、いくら温厚な俺でも、そういう態度をとられたら怒るぜ、いい加減に大人しくしなよな」
ナンパ男の雰囲気が変わった。何かされる。そう感じたその時。
「そこのお前、いい加減にしろ!」
どこかで聞き覚えのある男の声が聞こえた。
と思ったら、俺の手を掴んでいたナンパ男の手が、別の男に掴まれて、あっという間にねじりあげられた。
俺たちのピンチに後から来て、ナンパ男の手をねじりあげた、その別の男とは。
「……清彦」
元の俺、清彦だった。
「なんだてめえ……いてっ、痛てててっ!」
「てめえ、なにしやがる、じゃますんな!」
清彦に文句を言おうとしたナンパ男は、清彦に腕をねじりあげられたまま押さえ込まれてしまった。
そんな状況の急変に、もう一人のナンパ男が、そいつのフォローに清彦に掴みかかろうとした。が……。
「なにをする、はこっちの台詞ですよ」
敏明が間に割って入って、もう一人のナンパ男の行動を阻止した。
って敏明、お前も来ていたのか!
「ナンパをするなとは言いませんが、相手の女性に断られたのに、力づくで言うことを聞かせようっていうのは、さすがにダメでしょ?」
「くっ!」
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのか、監視員がこちらにかけつけてきた。
「ちっ、いくぞ」
「覚えていやがれ」
形勢不利を悟ったナンパ男の二人は、捨て台詞をはいてこの場から逃げるように離れていったのだった。
この後は、監視員からの簡単な事情聴取をされた。
俺と若葉があの二人に強引にナンパされたこと、それをたまたま通りかかった同級生の清彦と敏明が助けてくれたことなどを、若葉と俺が説明した。
少なくとも、俺と若葉、清彦と敏明の事情がわかり、監視員は俺たち四人の行動には問題が無かったとして、割とすぐに事情聴取からは解放されたのだった。
「あたしたちのあぶない所を助けてくれて、ありがとうね」
まず若葉が、素直に清彦と敏明にお礼を言った。
「いやあ、たまたま通りかかったら、顔見知りのクラスの女子が絡まれていてね、偶然だよ偶然」
と、気安く受け答えしているのは敏明。
「それでもよ、助けてくれてありがとうね敏明くん」
「だから偶然なんだって」
若葉にお礼を言われて、敏明はすこし鼻の下が伸びていた。
そして俺はと言うと、若葉が先にお礼を言いまくって、出遅れたせいもあり、清彦の前で今の状況に、ちょっと気まずい気分だった。
「……危ない所を助けてくれて、ありがとうね」
それでも素っ気無くだけど、二人にお礼を言ったのだった。
「それはいいけど、こんな所で、しかもあんな場面で委員長に会うなんて珍しいな」
とは敏明。
「あ、それは、あたしが双葉を誘ったからの、一緒にプールに行こうって」
「ああ、なるほどね、実は僕たちもそうなんだ。僕が清彦を誘って一緒にプールに来たんだ。そしてらさっきの場面に出くわしたってわけなんだ」
「へえ、そうだったんだ、ありがとうね敏明くん」
と、ここまでは主に、敏明と若葉の間で会話が成立していた。
でもそうか、それで清彦がここのプールに来ていたのか。と横で二人の会話を聞きながら納得していた。
「いや実は、先に二人の事に気づいたのは清彦だったんだ。急に血相を変えて走っていくもんだから、いったい何事かと思ったよ」
「お、おい敏明、もういいだろ」
とここで、これまであまり発言してこなかった清彦が、なぜか敏明のおしゃべりを遮るように発言した。
「照れるなよ清彦、二人のピンチを先に見つけたのはお前だし、真っ先に駆けつけて助けたのもお前なんだから、遠慮してないでもっと堂々と誇れよ」
「そうね、清彦くん、あたしや双葉の危ない所を、助けてくれてありがとうね」
敏明の発言を遮るどころか、かえって敏明に持ち上げられて、若葉にも改めてお礼を言われた。
そして当の清彦はというと、俺の目から見て、敏明に持ち上げられ、若葉にお礼を言われて、照れているというよりも、戸惑っているように見えたのだった。
そしてこの後、なぜだか積極的になった若葉が、「さっきみたいなことがあったら怖いし、せっかくだから一緒に遊ばない?」
と、男子二人に話を持ちかけて、敏明が、「いいねえ、ちょうど2対2だし、お前もいいよな清彦」と応じた。
話を振られた清彦は、少しだけ渋ったが、敏明に何か耳打ちされて、渋々受け入れた。
俺はと言うと、「若葉がそれで良いなら私もいいわ」と受け入れた。
ついさっきのナンパ男への対応の失敗もあったし、この話の流れで反対もできなかった。
そんな訳で、この後はしばらく四人で遊んだ。
この四人の中で、きゃあきゃあ一番はしゃいでいたのは若葉だった。
なぜだか主に敏明に絡んでいた。
そして敏明も、そんな若葉を相手に、満更でもなさそうに応じていた。
残り二人、俺と清彦は、ややテンションが低くて、そんな二人を見守るように対応していた。
何だよ、さっきは俺の事を、子供っぽいとか何とか言ってくれて、結局自分が一番子供っぽいじゃねえかよ!
とかなんとか、最初のうちはそんな感じで四人一緒に居たんだけど、テンションの下がった状態で、この人混みで、俺は気が付いたら皆からはぐれてしまった。
「え、若葉? 敏明? 清彦? みんなどこ行ったの!!」
とその時、俺は腕を掴まれて、さっきのナンパ男の経験のせいでか、びくっと怯えた。
「だ、誰? ……清彦…かあ」
俺の腕を掴んでいたのは、清彦だった。
清彦だと気付いて、なぜだか俺はホッとしていた。
「なにぼさっとしてたんだよ、いい歳して迷子になるなんて、らしくないぞ委員長!」
清彦のちょっときつめの言い草に、俺は少しむっとした。
「……ごめん」
だけど、俺がぼさっとしていて、皆からはぐれてしまったのも事実だから、この場は強く言い返せなかった。
内心はともかく、俺は言い訳や反論をせずに、素直に謝った。
「いいよ、俺も強く言い過ぎた。とにかく敏明たちと合流するぞ」
「あっ、……うん」
清彦は掴んだ俺の手をぎゅっと握って、力強く手を引いて歩き始めた。
俺は清彦に手を引かれながら、一緒にその場を離れたのだった。
『今俺の手を引いているのって、元の俺なんだよな?』
俺の手を引いている目の前の男は、元の俺、清彦なのは間違いない。
なのに、その後姿を見ていても、俺って気がしない。
今の俺より背が高くて、体つきもがっちりしていて力強くて、清彦が今の俺とは別の生き物なんだって感じていた。
そしてその清彦に、力強く手を引っ張られながら俺は、なぜだか胸の鼓動がドキドキしていた。
『え、何でだよ俺、どうなってるんだよ俺、俺、何だか変だ!』
そうこうしているうちに、清彦と俺は、合流予定地点まで来た。
「あ、敏明と若葉がいない。待っててって言っておいたのに、どっかへ行っちゃった」
(ここまで追加投稿、まだもう少し続きます)
ということで、俺は双葉が去年使用していた、学校指定のスクール水着を探していた。
「たしか双葉は、ここに仕舞ってあるって言っていたよな、……あった!」
俺はタンスの奥から引っ張り出してきた、紺色の女子のスクール水着を手に取った。
「問題は着れるかどうかだよな。双葉のやつは、身長は変わっていない、身体は成長していないから着れるはずだとは言ってはいたが」
ともかく試着してみた。
確かに身長は変わっていないらしく、去年のスクール水着を着ることは出来たんだが……。
「うわあ、胸が大きくなりすぎて、水着からはみ出てるよ!
尻もでかくなってるのか、水着が股間や尻に食い込んで、水着がきつきつだよ!
双葉のやつ、やっぱり去年より胸や尻が大きくなってやがる!」
正面の鏡には、サイズのきつくなった水着を試着して、恥ずかしそうに顔を赤らめた双葉、今の俺の姿が映っていたのだった。
つい一ヶ月ほど前、ちょっとした不幸な事故で、俺、清彦とクラスメイトの双葉は、体が入れ替わってしまった。
最初のうちは、俺はこの状況を楽しんでいた。
双葉は真面目なクラス委員長で、性格的には取っ付き難かったが、その目立つ巨乳でスタイル抜群なこの体には興味はあったんだ。
最初のうちは、この巨乳を弄りまわしたり、この体で女のオナニーをしまくったりして、俺はこの体で女体の神秘をを堪能していたんだ。
だけどさ、楽しんでいられたのは、それこそ最初のうちだけだった。
そればっかりだと、だんだん飽きてきたんだ。
そして初期の興奮が醒めると、イヤでも今の俺の置かれた現実に気が付いた。
元々運動が得意でアウトドア派だった清彦と、運動が苦手で読書が好きなインドア派の双葉では、性別以外での生活のギャップも大きかったんだ。
あーメガネがうざい、わずらわしい。だけど双葉の目はド近眼で、メガネなしじゃよく見えない。
この体は運動音痴で、思ったように動けないし、ちょっと運動をしたらすぐに息が切れる。
それに加えて、さらにこのでかい胸が、視界をふさいだり、体を動かすのに邪魔で、
最初は弄るのを楽しんでいたこの胸さえ、最近では邪魔に感じていた。
そしてつい先週、俺は初めて女の生理を体験した。
あまりの辛さに、「もうイヤだ、元の男の清彦に戻りたい」と思うようになっていたのだった。
それでも先日、辛かった生理もようやく終わり、俺は今ではどうにか精神的に持ち直していた。
「ともかく、この水着じゃ恥ずかしくて人前で着れないよな。特にこれ着て男子の前に出るなんて、俺はイヤだからな」
なんでだろう、最近俺は、男子の視線が気になってしょうがなかった。
特にこの胸にその視線が集中していることに気がついて、視線が気になってしょうがなかった。
「女子が男子の視線に気づいているって、本当だったんだな。イヤでもよくわかる」
俺は元々男だったんだから、野郎どもの視線が胸に集まる気持ちはわかるつもりだった。
いや、わかるからこそ余計に、今は俺が男たちにエロイ目で見られている事もよくわかるので、嫌悪感を感じるのだった。
「ともかく、プール開きまでに、新しい水着を用意しとかなきゃな。……ってくそっ、なんで俺がこんな目に」
くそ、早く元の俺に、男の清彦の体に戻りたい。
なのに双葉のやつ、最初のうちは「私の体を返せ」ってうるさく言っていたくせに、最近は男の清彦の生活に慣れたせいのか、今はあまり積極的に戻る気はないようだ。
そうはいくか、とにかく元に戻る方法を見つけて、元の俺の体に戻るんだ!
俺は決意を新たにするのだった。
「起立、気をつけ、礼、着席」
クラスの朝は、朝の出欠時のクラス委員長の号令から始まる。
他の高校ではどうかは知らないが(学校によっては日直)、号令はうちの高校ではクラス委員長の役目だった。
そして今ではそれは、今期のクラス委員長の双葉になってしまった俺の役目だった。
まあ、号令くらいなら、まだ良いんだけどな。
「放課後に残って雑用って、クラス委員長って言えば聞こえは良いが、体の良い雑用係じゃねえか!」
「ぼやかないぼやかない、しょうがないでしょ、それがクラス委員長の役割なんだから」
「……元々はお前の役割だろうが! なのになんで俺が……」
「だから不慣れなあなたのために、私が手伝ってあげているでしょうが!
なんなら私は手伝うのを止めて、先に帰ってもいいのよ、クラス委員長の双葉さん」
「ごめんなさい、清彦くんに手伝っていただき、大変感謝してます」
「わかればいいのよ」
そんな訳で、クラス委員長に不慣れな俺は、最初のうちは清彦になった双葉に手伝ってもらいながら、段々要領よくクラス委員長をこなせるようになっていった。
そして入れ替わりから一ヵ月後には、俺は一人で普通に、クラス委員長をこなせるようになっていたのだった。
双葉の体は運動音痴だった。スポーツ万能の清彦だった俺には、あまりのギャップに、今では運動や体育はすごいストレスになっていた。
逆に清彦になった双葉は、こうなる以前は運動嫌いだったらしいが、体育の授業や休み時間の運動などに、今ではすっかりはまってしまっていた。
「体を動かすことがこんなに楽しかったなんて、今まで知らなかったわ。
以前はこんな非生産的なことに夢中になれるなって、男子はバカみたいって思っていたけど、認識を改めるわ」
へいへい、そりゃようござんしたね。
……なんでだろう、そんな双葉とは逆に俺は、『そんな疲れるだけのことに夢中になれるなんて、バカじゃねえの』と段々思えるようになってきたのだった。
バカって言えば、逆に俺は双葉になってから、頭の回転が良くなったような気がする。
授業を聞いていても、清彦だった時より内容が良く理解できるし、授業の内容がするする頭の中に入っていくような感じがするんだ。
清彦の脳ミソよりも、双葉の脳ミソのほうが、性能の良い処理速度の速いコンピューターを使っているって感じなんだ。
だから最近は俺は、勉強や授業がすげー楽しいんだ。勉強していてこんな気持ちになるのは初めてだった。
これに関しては、双葉のやつもぼやいていたっけ。
「清彦になってから、なんか理解力が落ちたような気がするし、物覚えも悪くなったわ」
双葉のやつ、なんか最近調子に乗っていたからな、ざまあみやがれ!
ただそれでも、あいつには双葉だった時の知識や勉強の蓄積があったようで、
元々本人の根が真面目だったってこともあり、今でも俺が清彦だった時よりも真面目に勉強していて、授業にも必死に食らい付いているのだった。
ところでこの後の一学期の期末テストでは、俺は双葉としての成績はやや落とし、担任の先生や双葉の両親には心配された。
……それでも清彦だった時よりは、テストの結果は大躍進をしていたんだけどな。
そして清彦になった双葉のほうの成績はというと、双葉だった時よりは若干成績を落としたが、清彦としては大躍進を遂げていたのだった。
そんな俺が、元の双葉の成績に追いつき追い越すのは、夏休みの後、二学期になってからの事になるのだった。
話はプール開きの直前に遡る。
結局、去年のスクール水着は、今の双葉の体にサイズが合わなかったので、購買部にて上のサイズのスクール水着を購入した。
新しく購入した水着を試着してみた結果、今度の水着はサイズは今のこの体にぴったりだった。
胸はちゃんと水着で隠れるし、お尻のほうも変に水着が食い込まないし、大丈夫だ。
これで一安心、……のはずであった。
「なのに、何で俺はこんなに、クラスの皆から注目を集めているんだよ!」
プール開きの後の、最初の体育での水泳の授業で、俺はクラスメイトの注目を集めてしまっていた。
(髪型が違ったり、そこまで巨乳ではないですが、あくまでイメージ画です)
今の双葉の体のサイズにぴったりな水着を着たことにより、確かに去年の水着のように、変な部分がはみ出したり露出したりはしなくなった。
だけど、体にぴったりな水着でも、体のラインまでは隠せないわけで、ボン、キュウ、ボン、でグラマーな今の俺の体のラインを見せ付ける形になっていた。
「わあ、双葉、また胸が大きくなっちゃったんだ、羨ましいな」
とは、双葉の幼馴染で、親友の若葉の台詞だった。
(若葉のイラスト、差し替えました)
小柄で、顔立ちも体型もお子様でペチャパイな、若葉のそれが素直な本心だった。
そして親友だからこそ、若葉は双葉に遠慮なく、本心を言えたのだった。
「本当ね、私もちょっとでいいから、委員長の胸をわけてほしいわ」
「どうやったら、胸がこんなにも大きくなるの?」
「胸だけでなく、スタイルも良いし、委員長ずるいわよ」
若葉の台詞を切っ掛けに、クラスの他の女子も、本気で俺を羨ましがってみせるのだった。
正直な所、こんな形で注目されて、俺はなんだか恥ずかしかった。
男の清彦だったときには良いな、と思っていたこの巨乳は、実際に自分の胸元についていたら、すげーじゃまっけに感じるようになった。
だけどこうして、他の女子にこの大きすぎる胸を羨ましがられて、俺はなんだか悪い気はしなかった。
なんだか他の女子たちには、俺はすげー優越感を感じたんだ。
「委員長、改めて水着姿で見ると、やっぱ巨乳だな」
「胸だけじゃなく、尻もでけえな」
だけど同時に、男子からの俺への視線や、ひそひそ聞こえる会話に、俺は嫌悪感を感じると同時に、すげー恥ずかしく感じるのだった。
俺は恥ずかしさのあまり、つい両手で自分自身を抱くように、恥ずかしそうに胸元を隠した。
「わあ、委員長が珍しく恥ずかしがってる」
「あの鉄の女でも恥らうんだな」
「いや、ここ最近の委員長は、妙にドジだし妙にかわいいだろ」
「たしかに」
そんな俺の様子を見て、俺をガン見していた男子たちは、なぜだかもっと喜んだ。
いやわかる、俺だって元は男だったんだ。こんな風に反応したら、かえって男供を喜ばせてしまうってことも。
だけど、恥ずかしいんだからしょうがないだろ。
くそ、なんで俺、ヤロー共に見られて、こんなに恥ずかしく感じるんだ!
と、そんな時、そんな俺と男子の間にすうっと割って入って、男子の視線から俺を守るように遮る人影が一人現れた。
「そこの男子たち、いいかげんにしときなよ、委員長が嫌がってるだろ」
間に割って入った人物は、俺の位置からは後姿しか見えないが、俺には誰だかすぐにわかった。
元の俺、清彦になった元委員長の双葉だった。
「ちょっと女子の水着姿を見るくらい良いだろ、減るもんじゃなし」
「なにいってるんだよ清彦、お前だってちょっと前まで、俺達と同じような目で委員長を見ていただろ、なのに急にいい子ぶりやがって」
「そうだそうだ、ここ最近急に真面目ぶりやがって、お前どうしたんだ?」
「いいから、男子はあっちに集合だってさ、いくぞ」
そう言いながら清彦は、ぶつぶつ文句を言う男子達を、委員長だった時のような貫禄で追いやっていった。
そしてちらっとだけ俺のほうを見て、俺に目配せをした。
「ほらしゃんとして、女子はそっちのほうに集合だってさ、委員長」
「あ、うん、ありがとうふた……清彦くん」
そんな清彦の後姿が、今の俺にはすごく頼もしくて、妙に格好良く見えて、つい見とれてしまって……違う違う、あれは元の俺だ!
それを格好良いって感じるなんて、なんてナルシストなんだよ俺!
俺はそんなんじゃねえから!!
俺は変な考えを頭の中から振り払いながら、集合場所の女子に合流した。
振り払ったはずなのに、俺はなぜだか清彦の事が気になって、仕方がなかったのだった
ちなみに、その時に俺には知る由もないことだが、清彦になった双葉は、あんなに偉そうに恰好良いことを言っておきながら、
元の自分の水着姿、特に胸元を見て、股間が反応してしまい、さらに色々邪なことまで考えてしまい、じつは戸惑ってもいたのだった。
そんな妙に高揚してしまった気分を発散させるかのように、その水泳の授業では、清彦は泳ぎまくったのだった。
俺と双葉が元の体に戻れないまま、夏休みになってしまった。
お互いに会う約束をしない限り、これから一ヶ月近く(登校日以外に)は、顔を合わせる機会がない。
つまりその間は、何かのきっかけで、元の体に戻る可能性もないということだ。
とはいえ、俺はこの頃には、もうさほど焦ってはいなかった。
まあいいさ、ここまで来たら長期戦は覚悟していたからな。
最近は、俺も双葉としての今の生活にも慣れてきた。
運動音痴で体力の無いこの体にも慣れてきたし、最初はわずらわしかったメガネも、今はさほど気にならなくなっていた。
なんか邪魔な巨乳にも愛着がわいてきたし、つい先日までこの体はまた生理になっていたが、きつかったけど今度はなんとか耐えた。
仮にもうしばらく双葉のままでもやっていける、そんな自信もついてきた。
今は頭がよくなったせいでか、意外に勉強も楽しいし、双葉の家族とも上手くやっている。
入れ替わった直後とは別の意味で、今の生活を楽しんですらいたんだ。
あれ、もしかして俺、さほど元に戻りたいって思っていない?
そしてもう一つ、もうしばらくこのままでもいいか、と思う要因が、双葉の家に訊ねて来た。
玄関のチャイムが鳴り、インターホンのモニターを見ると、訊ねて来たのは双葉の幼馴染で親友の若葉だった。
「いらっしゃい若葉」
「こんにちは双葉、今日はよろしくね」
若葉は双葉の近所で、夏休みの何日かはこうして、双葉の家で勉強会をする約束をしていたのだった。
というかこの二人の勉強会は、毎年恒例の行事ということだった。
「双葉、もう夏休みの宿題は全部出来てるんでしょ、写させてよ」
「ダメよ、ちゃんと自分でしなきゃ」
「もう、双葉のケチ! 意地悪!」
ちなみに、勉強会での若葉の扱いは、事前に元の双葉(今は清彦)から聞いてあった。
「若葉はすぐ宿題を写そうとするから、甘やかしたらダメよ! かわりに問題の解き方を教えてあげるのよ」
「若葉ちゃんに勉強を教えるって、俺になんか出来るのか?」
「……今のあなたになら出来るでしょ」
勉強会では、俺と若葉がそれぞれ宿題なり自習なり、自分のペースでお勉強、わからない所があったら教えあう、という形をとっていた。
「ねえ双葉、この問題の、ここがちょっとわかんないんだけど」
「またあ、……しょうがないわねえ」
もっとも実質的には、勉強のわからない若葉に、俺が一方的に教えるという状況だったが。
これまた元の双葉のアドバイスで、若葉に簡単には答えを教えずに、問題の解き方のヒントを出して、若葉に自力で解かせる方針でやっていた。
どれどれ、この問題は、……ああなるほど。
清彦だった時の俺だったら、若葉と同じ問題の同じ所で詰まっていたかもしれない。
でも今は、その問題の答えと、その問題のどこが急所なのかわかってしまった。
なので俺は、若葉にどこでどう詰まったのか、ヒントのアドバイスをした。
「あ、本当だ、さすがは双葉だね、ありがとうね」
「どういたしまして」
勉強は、自分でやる以上に、人に教えるのは難しい。
なので実は最初は、「俺なんかが若葉ちゃんに、勉強を教えられるだろうか?」と不安だった。
若葉は双葉の学力に期待と信頼を寄せているが、(最近は勉強が出来るようになってきたとはいえ)今の双葉の中身は別人の俺だからな。
夏休みの宿題だって、元の双葉ならいつもならとっくに終わらせているらしいが、俺はまだ半分くらいしか終わらせられてはいない。
(それでも元の俺からしたら、自分でも驚きのかなりハイペースだったが)
だけど、意外に何とかなるものだった。
元の俺だったら戸惑っていたレベルの問題も、最近はこんな調子でわりと自力で解けるようになっていた。
そのうえ、こんな調子で若葉に教える事で、俺自身の理解も深めていた。
こういうことを繰り返すうちに、今の俺なら何とかやれると、段々自信もつけていった。
そしてそんな調子で、勉強会はさくさくと進んで行ったのだった。
「もうそろそろお昼ね。今日はここまでにしましょうか」
「え、もうそんな時間? 今日は調子が良くて、時間の経つのが早く感じちゃった」
確かに、若葉に教えながらの勉強なのに、相乗効果なのか、俺も今日は調子が良かった。
なんだか名残惜しいな。
「ねえ双葉、午後は何か予定がある?」
「え、別にどうしてもって予定はないけど?」
もしかして若葉、午後にも勉強会をしたいとか?
「そ、そんなんじゃないわよ! いくら調子が良かったからって、今日はもう勉強はいいわよ!」
若葉は慌てて否定した。さすがにいくら調子が良かったからって、勉強会の延長はイヤなのらしい。
まあその気持ちはわかる。
俺も双葉になってから、勉強は出来るようになって、勉強が楽しくなってきたからって、さすがに今でも勉強漬けなんてイヤだと思う。
「まあ、若葉ならそうよね」
「むう、何よその棘のある言い方は」
「ごめんごめん、つい、悪気はないのよ」
「まあいいわ、実はもらい物なんだけど、あたし、こういう物をもってるんだ」
と言って、若葉が見せたのは、市民プールの入場券だった。
「午後から一緒にプールに行かない?」
若葉から俺に、プールへのお誘いだった。
正直な所、どうしようか迷った。
双葉としての女の生活には慣れてきていたけれど、水着姿を不特定多数の人目に晒すことには、まだ抵抗があったんだ。
あれから何度か学校でのプールでの授業があったけど、俺は人に見られる、特に男子に見られるのが恥ずかしいと感じていたんだ。
学校だとまだ男子と言っても同学年のクラスメイトだからまだいいけどさ、市民プールだともっと年上の男もいるからなあ。
って、やっぱ俺、男子、男に水着姿を見られるのがイヤなんだ。なんでだ?
ふと思った。
……逆に、入れ替わった直後のほうが、俺は水着姿を見られることに恥ずかしさを感じずに、その状況を面白がっていたかもしれない。
「ねえ、せっかくだから、一緒に行こうよ」
「しょうがないわね、わかったわよ」
だけど、若葉に上目遣いでお願いされたら、イヤとはいえなかった。
俺はしぶしぶ承知したのだった。
「やったあ! じゃあお昼を食べたら、また来るわね。一緒に行こう」
「ええ、それまでに準備をしておくわ」
そしてその日の午後、待ち合わせの場所で俺は若葉と合流して、一緒に市民プールへとやって来たのだった。
まず女子更衣室で水着に着替えた。
学校とは違い、一般の女子に混じって着替えたのだが、俺はそのことには、さほど抵抗はなかった。
ちなみに俺の水着は、先日購入した学校指定の紺色のスクール水着だ。
俺はこの他には水着は持っていないからな。
(イラスト、差し替えました、あくまでイメージということで)
だけど若葉は……。
「ねえねえ双葉、新しい水着を買ってきてたんだけど、どう? この水着、似合う?」
若葉が新しい水着に着替えて、ポーズを取りながら俺に披露した。
俺は目を見張った。
水色のひらひらの多目の、タンキニの水着だった。
その水着は、小柄でかわいい若葉の魅力を良く引き出していた。
(若葉タンキニ、左の子がイメージに近い)
「いい、すごくいいわ、良く似合っているわよ」
と本心から褒めながらも、俺はその後に続く、「すごくかわいい」と言う言葉は飲み込んだ。
子供っぽく見られるのを嫌がる、背伸びしたがる若葉には、その辺の言葉の表現には気を使うのだ。
「えへへ、ありがとうね、でももうちょっと大人っぽい水着も着てみたかったんだけどね」
「……それは、また今度にすればいいわ」
「あ、でも良かった、双葉にこの水着を褒めてもらえて、実は学校指定の水着じゃないって、双葉に怒られないかって、冷や冷やしちゃった」
と言いながら、ぺろっと舌を出す若葉。
「わたしをどういう目でみているのよ若葉、いくら何でも、学校の外でのことまでうるさく言わないわよ」
と、反論しつつ、元の本物の双葉だったら、そこまでうるさく言っていたんだろうか? とちょっと考えてしまった。
「そうよね、そうだよね、いくら双葉だってそこまで堅物じゃないわよね。あーあこんなことなら、去年も新しい水着にしておくんだった」
少なくとも、元の双葉は、若葉にはそう思われていたみたいで、つまり去年までは、若葉はこういう時でも学校指定のスクール水着だった。
双葉に気を使って、外用に別の水着を用意していなかったってことか。
あれ、じゃあなんで今年は、学校の外では新しい水着にしたんだ?
「双葉って、最近丸くなったよね。前はちょっとしたことで怒ったり、小言を言ったりしていたけど、最近は丸くなった、ううん優しくなった」
双葉が前より丸くなった? 優しくなった?
若葉にそう言われた事に、俺は戸惑った。そして複雑な心境だった。
まあ、今の双葉の中身は、俺という別人と入れ替わってるからなあ。
そんな事情(入れ替わり)を知らない若葉には、双葉が変わったように見えているんだろうな。
ただ、そんな双葉(俺)の変化を、若葉には好意的に受け止められているように感じられた。
「何か変な話して、変な空気にしちゃってごめん。あーもー、なんで私、こんなタイミングでこんな話しちゃったんだろう。
今のなし! せっかくプールに遊びに来たんだから、変な話は忘れて、プールに行って思い切り遊ぼう!」
「う、うん、そうね……あっ」
若葉は俺の手を握った。
なんだか俺、若葉に手を握られて一瞬ドキッとした。
若葉って、いい子だよね。
俺が清彦だったときは、実は若葉の事は良く知らなかった。
だけど、双葉になってからの関係で、この子のことを良く知ることができた。
双葉としてだけど、俺はこの子と仲良くなれた。
俺が双葉になって良かった、と思えた理由の一つがこれだった。
もし俺が、男の清彦に戻れたらなら、清彦としても若葉と仲良くなりたいな。
そう思うのだった。
ここの市民プールは、流れるプールや波の出るプールなど、大人も子供も遊べるプールだ。
夏休みということもあり、休みの小中高校生や、親子連れなど、とても人出が多かった。
そんな中に、俺は若葉に手を引かれながら、連れて来られたのだった。
俺と若葉は、しばらく流れるプールで遊んだ。
若葉が子供みたいにはしゃぐものだから、つられて俺まで一緒にはしゃいていたんだ。
「双葉ったら、そんなにはしゃいじゃって、なんだか子供みたい」
そんな俺の様子を見て、若葉がおかしそうに笑った。
なんだか悔しいので、俺は反論した。
「何を言っているのよ、お子様なあなたに合わせてはしゃいでみせているだけよ」
「双葉こそ何を言っているのよ、今の双葉は、本当の本気ですごく楽しそうだった。見ていればわかるわよ
そう言いながら若葉は、今度は嬉しそうに笑った。
「何がおかしいのよ?」
「いつも真面目な双葉に、こんな子供っぽい一面もあるんだなって思ったら、なんだか嬉しくて」
このとき俺は、双葉らしくない反応をしちまったか、やっちまったか、と少し焦った。
若葉と一緒に遊んでいて、楽しかったのは本当なんだ。
正直な話、真面目な双葉に成りすましての生活は、最近は慣れてきたとはいってもやっぱり疲れる。
午前中の勉強会で、真面目に勉強していて、その疲れもあったんだろう。
だから、午後からの若葉とのプールでの一時は、本当に楽しかったんだ。
だけど息抜きをしすぎて、はしゃぎすぎて、元の俺の地が出ちまったったか?
若葉は、そんな地の出ちまった今の俺を、好意的に受け止めてくれていた。何だか嬉しかった。
でも普段子供っぽい若葉に子供っぽいって言われて、何だか悔しいっていうか、それ以上になんだかこそばゆいって感じてもいた。
「悪かったわね、子供っぽくて。……疲れたから、上にあがって少し休むわね」
「あーん、怒んないでよ、待ってよ双葉」
内心、なぜだか気恥ずかしさを感じていた俺は、怒った振りをして、一旦プールから上がって一休みすることにしたのだった。
「ねえねえ彼女たち、二人? 俺たちも二人なんだ。良かったら俺たちと一緒に遊ばない?」
プールから上がった途端、トラブル発生、高校生くらいの茶髪なちゃらい男子二人に、俺と若葉はいきなりナンパされてしまった。
うちの高校では見かけない顔だった。おそらく他校の男子だろう。
ナンパをするなとは言わないが、なんで俺たちなんだ?
若葉が可愛いからか?
ふとここで、にやけ面の茶髪の視線が、特に俺の胸元にそそがれていることに気が付いた。
もしかして、こいつらにナンパされたのは、俺のせいなのか?
正直な所、ナンパの茶髪男の視線が気色悪くてゾクッとした。
普段は大人しい若葉が、ナンパの茶髪男の雰囲気に少し怯えてか、俺の手(左手)をぎゅっと握ってきた。
……ここは男の俺がしっかりしないとな。
「結構です。間に合ってます。行こう若葉」
「う、うん」
きっぱり断り、ナンパの茶髪男を避けて、俺は若葉をつれて足早に通り過ぎようとした。
周りの他の客もいる市民プールで、そう無茶なことはしないだろう。そう思っていたんだが……。
「待ちなよ彼女、そうつれないこといわないでさ、一緒に遊ぼうぜ」
強引に割り込むように進路をふさぎ、空いていた俺の右手を左手つかみやがった。
そして強引に俺を、引き寄せやがったんだ。
「放せ、放せよ!」
俺はナンパ男の手を振りほどこうとした。だけど全然びくともしなかった。なんでだ?
ナンパ男は、ひょろっとしていて、全然強そうには見えない。元の男の俺なら普通に勝てそうな相手なのに。
ああそうか、今の俺の体は双葉の体で、非力な女の体なんだ。
今の俺じゃあ、こいつ程度にも全然かなわないんだ。
この非常時に、そんな現実を、改めて認識させられた。
認識させられると同時に、絶望感を感じた。
俺だけじゃない、若葉もいるのに、どうすればいいんだ?
俺はそんな内心の絶望感を隠しながら、強気にナンパ男を睨み返した。
若葉も居るんだ、逆に弱気な態度は見せられない。
「へえ、結構気が強いんだね、俺はそういう気の強い女も嫌いじゃないぜ」
ナンパ男はにやにやしながら、まだ余裕の表情を浮かべていた。
「でもさあ、いくら温厚な俺でも、そういう態度をとられたら怒るぜ、いい加減に大人しくしなよな」
ナンパ男の雰囲気が変わった。何かされる。そう感じたその時。
「そこのお前、いい加減にしろ!」
どこかで聞き覚えのある男の声が聞こえた。
と思ったら、俺の手を掴んでいたナンパ男の手が、別の男に掴まれて、あっという間にねじりあげられた。
俺たちのピンチに後から来て、ナンパ男の手をねじりあげた、その別の男とは。
「……清彦」
元の俺、清彦だった。
「なんだてめえ……いてっ、痛てててっ!」
「てめえ、なにしやがる、じゃますんな!」
清彦に文句を言おうとしたナンパ男は、清彦に腕をねじりあげられたまま押さえ込まれてしまった。
そんな状況の急変に、もう一人のナンパ男が、そいつのフォローに清彦に掴みかかろうとした。が……。
「なにをする、はこっちの台詞ですよ」
敏明が間に割って入って、もう一人のナンパ男の行動を阻止した。
って敏明、お前も来ていたのか!
「ナンパをするなとは言いませんが、相手の女性に断られたのに、力づくで言うことを聞かせようっていうのは、さすがにダメでしょ?」
「くっ!」
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのか、監視員がこちらにかけつけてきた。
「ちっ、いくぞ」
「覚えていやがれ」
形勢不利を悟ったナンパ男の二人は、捨て台詞をはいてこの場から逃げるように離れていったのだった。
この後は、監視員からの簡単な事情聴取をされた。
俺と若葉があの二人に強引にナンパされたこと、それをたまたま通りかかった同級生の清彦と敏明が助けてくれたことなどを、若葉と俺が説明した。
少なくとも、俺と若葉、清彦と敏明の事情がわかり、監視員は俺たち四人の行動には問題が無かったとして、割とすぐに事情聴取からは解放されたのだった。
「あたしたちのあぶない所を助けてくれて、ありがとうね」
まず若葉が、素直に清彦と敏明にお礼を言った。
「いやあ、たまたま通りかかったら、顔見知りのクラスの女子が絡まれていてね、偶然だよ偶然」
と、気安く受け答えしているのは敏明。
「それでもよ、助けてくれてありがとうね敏明くん」
「だから偶然なんだって」
若葉にお礼を言われて、敏明はすこし鼻の下が伸びていた。
そして俺はと言うと、若葉が先にお礼を言いまくって、出遅れたせいもあり、清彦の前で今の状況に、ちょっと気まずい気分だった。
「……危ない所を助けてくれて、ありがとうね」
それでも素っ気無くだけど、二人にお礼を言ったのだった。
「それはいいけど、こんな所で、しかもあんな場面で委員長に会うなんて珍しいな」
とは敏明。
「あ、それは、あたしが双葉を誘ったからの、一緒にプールに行こうって」
「ああ、なるほどね、実は僕たちもそうなんだ。僕が清彦を誘って一緒にプールに来たんだ。そしてらさっきの場面に出くわしたってわけなんだ」
「へえ、そうだったんだ、ありがとうね敏明くん」
と、ここまでは主に、敏明と若葉の間で会話が成立していた。
でもそうか、それで清彦がここのプールに来ていたのか。と横で二人の会話を聞きながら納得していた。
「いや実は、先に二人の事に気づいたのは清彦だったんだ。急に血相を変えて走っていくもんだから、いったい何事かと思ったよ」
「お、おい敏明、もういいだろ」
とここで、これまであまり発言してこなかった清彦が、なぜか敏明のおしゃべりを遮るように発言した。
「照れるなよ清彦、二人のピンチを先に見つけたのはお前だし、真っ先に駆けつけて助けたのもお前なんだから、遠慮してないでもっと堂々と誇れよ」
「そうね、清彦くん、あたしや双葉の危ない所を、助けてくれてありがとうね」
敏明の発言を遮るどころか、かえって敏明に持ち上げられて、若葉にも改めてお礼を言われた。
そして当の清彦はというと、俺の目から見て、敏明に持ち上げられ、若葉にお礼を言われて、照れているというよりも、戸惑っているように見えたのだった。
そしてこの後、なぜだか積極的になった若葉が、「さっきみたいなことがあったら怖いし、せっかくだから一緒に遊ばない?」
と、男子二人に話を持ちかけて、敏明が、「いいねえ、ちょうど2対2だし、お前もいいよな清彦」と応じた。
話を振られた清彦は、少しだけ渋ったが、敏明に何か耳打ちされて、渋々受け入れた。
俺はと言うと、「若葉がそれで良いなら私もいいわ」と受け入れた。
ついさっきのナンパ男への対応の失敗もあったし、この話の流れで反対もできなかった。
そんな訳で、この後はしばらく四人で遊んだ。
この四人の中で、きゃあきゃあ一番はしゃいでいたのは若葉だった。
なぜだか主に敏明に絡んでいた。
そして敏明も、そんな若葉を相手に、満更でもなさそうに応じていた。
残り二人、俺と清彦は、ややテンションが低くて、そんな二人を見守るように対応していた。
何だよ、さっきは俺の事を、子供っぽいとか何とか言ってくれて、結局自分が一番子供っぽいじゃねえかよ!
とかなんとか、最初のうちはそんな感じで四人一緒に居たんだけど、テンションの下がった状態で、この人混みで、俺は気が付いたら皆からはぐれてしまった。
「え、若葉? 敏明? 清彦? みんなどこ行ったの!!」
とその時、俺は腕を掴まれて、さっきのナンパ男の経験のせいでか、びくっと怯えた。
「だ、誰? ……清彦…かあ」
俺の腕を掴んでいたのは、清彦だった。
清彦だと気付いて、なぜだか俺はホッとしていた。
「なにぼさっとしてたんだよ、いい歳して迷子になるなんて、らしくないぞ委員長!」
清彦のちょっときつめの言い草に、俺は少しむっとした。
「……ごめん」
だけど、俺がぼさっとしていて、皆からはぐれてしまったのも事実だから、この場は強く言い返せなかった。
内心はともかく、俺は言い訳や反論をせずに、素直に謝った。
「いいよ、俺も強く言い過ぎた。とにかく敏明たちと合流するぞ」
「あっ、……うん」
清彦は掴んだ俺の手をぎゅっと握って、力強く手を引いて歩き始めた。
俺は清彦に手を引かれながら、一緒にその場を離れたのだった。
『今俺の手を引いているのって、元の俺なんだよな?』
俺の手を引いている目の前の男は、元の俺、清彦なのは間違いない。
なのに、その後姿を見ていても、俺って気がしない。
今の俺より背が高くて、体つきもがっちりしていて力強くて、清彦が今の俺とは別の生き物なんだって感じていた。
そしてその清彦に、力強く手を引っ張られながら俺は、なぜだか胸の鼓動がドキドキしていた。
『え、何でだよ俺、どうなってるんだよ俺、俺、何だか変だ!』
そうこうしているうちに、清彦と俺は、合流予定地点まで来た。
「あ、敏明と若葉がいない。待っててって言っておいたのに、どっかへ行っちゃった」
(ここまで追加投稿、まだもう少し続きます)
イラストの表示は、しつこかった一部を削って、別に新規イラストを追加してみました。