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目が覚めたら、メス犬になっていた。と思っていたら実は……。(未完)

2021/01/04 00:18:54
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『なんじゃこりゃー!』

目が覚めたら、俺は犬になっていた。
それも日本ではない、どこだかよくわからない異国の街にいた。
いや、異国というよりも、ファンタジーの世界だろうか?
街並みも、住人の出で立ちも、そんな感じだし。

なんで俺はこうなった?
何で俺はここにいる?

とにかくこのままじゃどうにもならない、俺は街の住人とどうにか意思疎通をはかって、今後の方針を決めようとした。
だが、俺が街の住人に話しかけても、わんわん、きゃんきゃん、としか聞こえないようで、意思の疎通などできなかった。

くそ、こんなことになって、俺はこれからどうすればいいんだ?

『そこの彼女』
『え、もしかして俺のこと?』

後ろから声をかけられて、もしかして今の俺と意思疎通のできる相手が現れた?
と喜んで振り返ると、そいつは今の俺より大きな、なんだか柄の悪そうなオス犬だった。

『へへへ、おもったよりかわいい娘ちゃんじゃん、俺といいことしようぜ』

俺はぞわっとして、理屈よりも感覚で身の危険も感じて、ダッシュで逃げた。

『あ、待てよ、逃げるな!』

誰が待つか!
俺は逃げる途中に、オス犬の通れない狭い隙間などを通り、どうにか相手を振り切った。
はあはあ息を切らせながら、水のみ場らしき所に到着した。
一息つけて、息を整えた俺は、喉の渇きを感じて、ぺろぺろと犬のようにその水を飲んだ。
水面には、舌で水を飲む、小柄でかわいい犬の姿が映っていた。

『あーちくしょう、俺は本当に犬になってるんだな』

水を飲んだからなのか、ホッとしたからなのか、俺は小便がしたくなった。

『やべっ、どうしよう?』

今の俺は犬なんだし、我慢する意味もない。
せいぜい人の邪魔にならない所で、済ませてしまえばいいや。
俺はそれでも人目を気にして、隅っこに移動して、そしてかがんで放尿をはじめた。
そして俺はここで、初めて気が付いた。

『あれ、もしかして俺は、メス犬になってるのか?』

そういえばさっきのオス犬は、俺の事をそういう目でみていたっけか!
犬になってしまったインパクトのせいで、俺は自分の性別がメス、女になっているなんて、気づいていなかったのだった。



あれから何日、いや何十日経っただろうか?
最初のうちは、俺は日本に帰りたい、人間に戻りたい、そんなことばかり考えていた。
俺がいなくなって、家族や友人達は心配していないだろうか?
向こうでの生活の事が気になって仕方がなかった。
だけど、犬の身になった今の俺には、段々そんなことを気にしている余裕は無くなっていった。

くう~ん、くう~ん
「あ、おまえ、今日も来たのか、よし待ってろ、今余り物を出してやるからな」

市や食べ物の屋台の立っている通りで、今日も俺は甘えた声と態度で、人からのエサをおねだりしていた。
今の俺の容姿は、犬としては可愛いのだろう、こうして甘えてみせたら大抵の人は俺にえさをくれる。
中には俺に芸を要求する人間もいるが、可能な内容ならリクエストにも応えている。
お手やお座りくらいなら簡単だし、ちょっとくらいなら難しい内容でもこなしてる。

「おまえ、やっぱりかしこいんだな」

そういわれて褒めらると、それくらい出来て当然と思いながらも、悪い気はしない。
最近は、なんか褒められながら頭を撫でられることに、喜びを感じるようになっていた。
俺はしっぽを振って、喜びの感情を表現してみせた。

人間のプライドはどうしたって?
そんなものは生きるため、食うためにとうに捨てた。
あ、でも中には乱暴な人間や、悪意を持った人間もいるから、相手は選ぶようにしている。
こういう生活をしていると、そういう相手を見る感覚には敏感になってきた。

『よう、キヨ、俺のつがいになる決心は付いたか?』

上機嫌で引き上げようとした俺の前に、この辺りの野犬の群れのボスが現れた。
くっ、またこいつか、せっかくの良い気分が台無しだ。
あ、ちなみにキヨっていうのは、ここで犬仲間(?)の中で、俺の名乗ってる名前だ。
人間だった時の俺の名前が清彦で、その清彦のキヨからとった名前だ。

『俺にはそんな気はないって、前から何度も断っているだろ!』
『くう~、可愛い顔して、その強気な態度、たまんねええな、ますます気に入った』

ちなみに、俺が野犬の群れに属さないで、距離を置いてシングルで行動しているのは、
俺は元は人間だったから、他の犬と一緒に行動したくないっていう、感情的な理由もあったのだが、
より直接的には、こういうほかのオス犬からの、身の危険を感じたからだった。

『今まで甘い顔をしてきたが、そろそろ限界だ、キヨ、実力で俺のつがいになってもらうぜ』
『やなこった!』

俺はタイミングを見て、ダッシュで逃げた。
この体になってから、俺は身軽で素早く、逃げ足は速くなった。
俺はいつものように逃げ……られなかった。
この野犬のボスの手下どもが、いつの間にかあちこちに配置されていて、俺の逃げ道をふさいでいたんだ。

『キヨ、観念して俺のつがいになれ』
『イヤだ!』

わけのわからないまま、異世界で犬になっていて、
しかも俺はメス犬で、俺の初めての相手がオス犬だなんて、そんなの絶対にいやだ!

俺は絶対絶命の、貞操の危機だった。

「ナナがいた、やっと見つけた!」

その時、どこからともなく、そんな声が聞こえた。
えっ、と思う間もなく、俺は誰かにひょいと拾われて、抱きかかえられていた。
俺を抱きかかえていたのは、年齢が15~16歳くらいの人間の、精悍な顔つきの黒髪の少年だった。

『なんだてめえは、俺のキヨを返せ!』

野犬のボスやその手下が、俺と少年を逃がすまいととり囲んだ。

「この程度の犬の群れなら簡単に蹴散らせるけど、こんな街中では後が面倒だしな、しょうがないな、クッキー、例の場所で落ち合おう」
「……わかった」

少年は、別の少年に声をかけると、クッキーと呼ばれたその少年は、先にどこかに走り出した。
ていうか、もう一人いたんだ。
そして俺を抱きかかえた少年は、やさしいまなざしで俺を見つめながら、こう告げた。

「ちょっと荒っぽく走るけど、しっかりつかまっててね、ナナ」

えっ、えっ、ナナってもしかして俺の事か?
それってどういう意味だ?

俺が疑問に感じたことを考える間もなく、少年は軽々とジャンプして、犬達の包囲網の外へ出た。
そして俺を抱きかかえたまま、走り出した。

『ま、待ちやがれ!』

犬達は俺と少年を追いかけるが、少年は意外に足が速かった。
そのうえ、塀や壁など、障害物をひょいひょい身軽に乗り越えながら逃げたので、犬達は俺達を追いかけることが出来なかった。
わりと早いうちに、犬達を振り切ることが出来たのだった。
そして少年は、走る速さを緩めながら、でも俺を抱きかかえたまま、街の外に出た。

「ごめんねナナ、ちょっと怖がらせちゃったかな?」

……す、少しな。
でも、それ以上に、なんかすげードキドキした。
なんかアトラクションみたいで、怖いんだけど、こいつと一緒なら怖くないっつーか、……なに考えてるんだ俺?
それに、俺はこいつとは初対面なはずなのに、なぜだか懐かしいって感じていた。
なんでだろう?
少年は今はもう走るのを止めて、ゆっくり歩いているのに、俺の胸の鼓動は、まだドキドキしていやがる。
そ、それほどさっきのアトラクションに、ドキドキしたってことだよな、うん。

そうこうしているうちに、目的地らしい街の郊外の草原に来ていた。
先に来ていたもう一人の少年、クッキーが俺たちを待っていた。

「おそいぞアルス」
「ごめんごめん、ナナを怖がらせないように、途中から歩いていたんだ」

この少年、アルスって名前なのか。
どっかで聞いた事があるような?

「……まあいい、それじゃ始めるか」

とか何とか言いながら、クッキーが道具袋から鏡のようなものを取り出した。

「アルス、いつまでナナを抱いてるんだ、いい加減下ろしてやれ」
「あ、悪い、ごめんねナナ、今下ろすからね」

と言いながら、アルスと呼ばれた少年は、そっと俺を下ろしてくれた。
なんでだろう、なぜだか俺は、もう少しこうしていたかったなと、名残惜しかった。
そっと着地して、俺は四つんばいになった。

四つんばいで大地に立つ、犬になってからここ最近は、これが当たり前の事だった。
だけど、この体勢でアルスを(ついでにクッキーを)見上げていると、なぜだか急に悲しくなった。
何で俺、犬なんだろう?
何で俺、彼と同じ人間じゃないんだろう?

「これはラーの鏡、これでナナを元の姿に戻せるはずだ」
「この鏡を見つけるのに、苦労してきたんだよ」

と口々に言うアルスとクッキー、え、ラーの鏡って、ドラクエの?
ちょっとまて、もしかしてこれって、このイベントって?

俺が昔のゲームの知識を思い出しかけたとき、クッキーが手に持っていた鏡を俺に向けた。
鏡には、かわいい小柄なメス犬の姿が映って……その姿がモーフィングのように変化して、紫色の髪の美少女の姿に変化した。

「「おおっ!」」

その鏡に映る少女の姿に、アルスとクッキーは歓声を上げた。
そしてこれは俺だけに見えたこと、その美少女の姿に重なるように、うっすらと日本人の男性の姿も映っていた。
それは元の俺、清彦の姿だった。
鏡の中で、その少女の姿と、清彦の姿がぴたりと重なり一つになった。
その瞬間、俺の中で何かが一つに重なったように感じた。
同時に、ラーの鏡は役目を終えたかのように砕け散った。

後には、呆然とした、元犬だった美少女が、その場に座り込んでいたのだった。



このとき俺は、わが身に何が起きたのか、一瞬わからなくて呆気に取られていた。
いや、わかってはいたけれど、思考が追いつかなかったんだ。
だけど、はっと何かに気が付いて、その何かを確かめるように、俺はぺたぺたと今の自分の体を触り始めた。

元の男の俺ではありえない、柔らかくて触り心地の良い体、
特にこの胸の膨らみは、触り心地が良くて、……って、俺はどこ触ってるんだよ!

若干罪悪感を感じながら、慌てて手を引っ込めた。
いやこの場合、重要なのはそこではなくて!!

俺のこの手、前足じゃなくて人間の手なんだ。
この体も、毛むくじゃらな犬の体ではなくて、白い服に身を包まれた、人間の体なんだ。
俺は、……俺は今は人間なんだ!

「人間に、……戻れたんだ」

あれ、なんでだか急に、目の前がにじんで、前がよく見えない。
これって涙?
俺、嬉しいはずなのに、なんで泣いているんだよ?

俺はしばらくそのまま、その場に座り込んだまま泣いていた。
泣いているうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきて、涙を拭ったら、
俺の目の前には、俺を野犬のボスから助けてくれたアルスと名乗った少年がしゃがんでいて、俺の涙にもらい泣きしていた。
泣いている俺が落ち着くまで、待っていてくれたんだ。そのことがなんだか嬉しかった。

「少しは落ち着いた」
「う、うん」
「良かった。元の姿に戻れて良かったね、ナナ」
「なんでお前まで、泣いているんだよアルス」

そのアルスのすぐ横に、クッキーと名乗った少年が立っていて、呆れたようにアルスに憎まれ口をたたきながら、でも俺を見つめる視線はどこか優しかった。
泣き止んだばかりの俺に、そっとハンカチを手渡してくれた。

「あ、ありがと……」

俺はクッキーにお礼を言いながら、受け取ったハンカチで涙を拭いた。

二人は、俺にかけられていた犬の姿になる呪いが解けて、俺が人間のナナの姿になったことを素直に喜んでいた。
でも俺は、そんな喜んでいる二人に、どうしようかと迷いながらも、このままずっとごまかすわけにもいかないと思った。
俺は意を決して、あることを確かめるように、恐る恐る問いかけた。

「ところであんたたち、さっきから俺の事をナナって呼んでいたけど、もしかしてそれ俺の名前?」
「「えっ?」」

二人は固まった。追い討ちをかけるように、俺はさらに二人に問いかけた。

「それに、あんたたちは誰?」

その問いかけに、二人は更に硬直したのだった。


日本の国民的RPG、ドラゴンクエストシリーズの二作目に、ドラゴンクエスト2というゲームがある。
そのドラクエ2でのイベントに、大神官ハーゴンの呪いで犬の姿に変えられた、ムーンブルクの王女を、
ローレシアの王子とサマルトリアの王子が、探し出してきたラーの鏡を使って元の人間の姿に戻すというイベントがある。
そしてたった今、俺自身の身に起きた出来事は、もろそのイベントだった。
ということは、ここはそのDQ2の世界で、今の俺はそのムーンブルクの王女だったっていうことなのか?

……今の状況的にはそうなのだが、本当にそうなのか、俺には100%そうだという自信は持てなかった。
ここがDQ2と似て非なる世界かもしれないし、ゲームや小説とは細部の設定が違うかもしれない。
仮にゲームの通りの設定の世界だったとして、俺にこの二人に怪しまれることなく、その王女様のフリなんて出来るのか?
そんなの俺には無理だ。と思った。じゃあどうしよう?
俺は咄嗟に、記憶を失ったフリをしたのだった。

「そんな、……子供の頃に、ローレシアで俺と会っただろ、その時の事も覚えていないのか?」

アルス(おそらくローレシアの王子)は、記憶にないという俺の言葉にショックを受けていた。
どうやらアルスとナナ(俺?)は、子供の頃に会ったことがあるらしい。
もちろん俺には、子供の頃にアルスと会った記憶はない。
でも、目に見えてしゅんと落ち込むアルスを見ていたら、俺はなんだかすごく申し訳ない気持ちになってきた。
だって俺は、いろいろな意味でアルスを騙しているのだから。
その罪悪感から、俺はアルスに、「ごめん」と謝っていた。

「おそらくナナは、それほどのショックを受けたんだよ。アルスも見ただろ、ムーンブルクの城の惨状を、その時のショックで全てを忘れていたとしても仕方ないよ」

クッキー(サマルトリアの王子)は、内心はともかく表面的には冷静で、アルスのように落ち込んではいなかった。
俺や落ち込むアルスのフォローをしつつ、冷静に俺の置かれていた状況を、そんな風に分析していた。

「そうだった、ナナのほうが俺なんかよりずっと辛い思いをしたんだよな、ごめんナナ」
「いや、謝られても、今の俺は何も覚えていないから」
「記憶を覚えていないだけじゃなく、言葉遣いまで!!」
「こ、こんな所で込み入った話をするのもなんだし、ナナも急な状況の変化で戸惑っているだろうし、一旦ムーンペタに戻って、宿で休もう。
一旦休んで気持ちが落ち着いたら、ナナも何か思い出すかもしれないし、そこでこれまでのことや、これからのことを、ゆっくり話そう」
「……そうだな、そのほうがいいかもな」

そんな訳で、クッキーの提案で、俺達は一旦ムーンペタの街に戻って、宿で休んで今後の話し合いをすることになったのだった。

ひとまず今後の方針が決まり、俺は改めて今の自分の体を見下ろした。
今の俺はほっそりした小柄な体に、女物の白いローブのような服を身に付けていた。
そして地面にペタンと尻をついて、座り込んだままだったんだ。

ひとまず立たなきゃ。

俺は立ち上がろうと手を突いて、尻を少し浮かせた所で、アルスがそっと手を差し伸べてきた。

「ナナ、立てる? 手を貸すよ」
「あ、ありがと」

俺はお礼を言いながら、アルスのその手を取った。
アルスは力強く俺の手を引き、俺を引き起こしてくれた。
俺はこの世界に来て、初めて二本足で立ったのだった。

ついさっきまでは、俺は犬の体で四足で立っていた。
久しぶりの二本足は、変な感じだった。
俺はちょっとふらついた。
アルスはさっと手を俺の腰の辺りに回して、そんな俺を支えてくれた。

「だ、大丈夫かナナ?」

アルスは心配そうに俺を見つめていた。
そんな風に見つめられて、なんでだか俺はドキッとした。
あーもう、なんなんだよこれは。
俺は内心戸惑いつつも、今は深く考えないことにした。

「う、うん、大丈夫、……多分」
「そうか、でも無理するなよ。なんなら俺が宿まで運んでやろうか?」
「い、いいよ、自分で歩けるから」

アルスにお姫様抱っこされて街まで運ばれるなんて、どんな罰ゲームだよ!
そんなこっ恥ずかしいことできるわけが、……想像したら俺、なんでだかまたドキッとしてきて、違う違う、何変なこと考えてるんだよ俺は!!
それに、元の俺じゃない、ナナの体だとはいえ、せっかく人間の体になれたんだから、この二本の足で歩いてみたい。

「そうか、でも無理ならいつでも言ってくれ、手を貸すから」
「うん、ありがと」

その気持ちだけは受け取って、でも俺はアルスの手を離して、一人で歩き始めたんだ。

最初のうちは、俺は少しギクシャクしながら、おっかなびっくり、ゆっくり歩き始めた。
久しぶりに二本の足で歩いているから、ということもあるだろうが、
元の男の俺とは、性別も体格も違う女の子の体だからだろうか、違和感を感じるっていうか、微妙にバランス感覚がズレているように感じられたんだ。

それがどうした!
ついさっきまでは、俺は四足の犬だったんだ。
それに比べれば、少しくらいの違和感くらい誤差の範囲だ!
まあ、色々面倒そうな子になっちまったみたいだけど、今は人間に戻れて、二本の足で歩けるんだ。
そう考えたら、少しぐらいギクシャクしていても、二本の足で歩けるのは嬉しいし楽しい。

そんな訳で、細かいことは気にしないで、今の状況を楽しみながら、街までの短い距離を歩いた。
歩いているうちに、俺は段々この体で歩くことに慣れてきて、普通に歩けるようになっていった。
そうこうしているうちに、俺たちは街の入り口まで戻ってきた。

「ナナ、ムーンペタの街に着いたよ」
「ムーンペタ……」

ムーンペタは、DQ2のゲームの世界の街で、そしてついさっきまで、俺が犬として過ごしていた街だった。
そして今は、犬化の呪い(?)が解けて、俺は人間の姿で戻ってきた。
ただし、ナナという名前の女の子として、……なんだか変な気分だ。

「ナナ、もしかして疲れた?」

俺の顔色を見て、アルスが心配そうに俺に問いかけてきた。

「大丈夫、別にそんなに疲れていない」

別にたいした距離は歩いていない。まあ色々気疲れはしているかもしれないけれど。

「街に入ったら、宿はすぐそこだから、まずはゆっくり休もう」
「……ありがとう」

アルスは俺に気を使ってくれている。
俺はそんなアルスの気遣いに、感謝てお礼を言いつつも、内心は複雑な心境だった。

『俺は、お前たちに嘘をついている。俺は本当はナナじゃないのに』

そして、そんな複雑な気分のまま、俺は人間としてムーンペタの街の中に足を踏み入れた。
その直後、俺たちの前に、どこからともなく野犬の群れが集まってきた。
ちょっと待て、この野犬の群れって、もしかして?

「ナナ、俺の後ろに!」

アルスは、俺を守るかのように、さっと俺の前に立った。
クッキーも、俺を守るように移動した。
ついさっきもそうだったが、まさか街の中(まだ入り口だが)で、いきなり野犬と戦闘、というわけにはいかない。
野犬の群れもいきなり俺たちを襲うということはせず、その動きは足止めと牽制のようだった。
なので最初は、アルスたちと野犬の群れのにらみ合い。
にらみ合いの最中、野犬の群れの中から、例のボス犬が現れた。
そして野犬のボスは、アルスの後ろにいる俺の姿に気が付いて、ボスと俺の目が合った。

アオオオォ~~~ン!!

ボス犬は、俺を見て何かに気が付いた。そして何かを悟ったのだろうか?
悲しそうな声で一声ほえると、逃げるようにその場を後にした。
それに続くように、野犬の群れは四散して、あっというまにいなくなったのだった。
ついさっきまで犬だった俺には、ボスの悲しそうな声の意味がわかってしまった。

『そんなにも本気だったんだな。ごめんな、それでも俺はお前の気持ちには応えられないんだ』


宿に到着した後、俺はアルスとクッキーの二人と、改めて話し合いをした。
とはいっても、俺が二人に話すことができたのは、この世界で目が覚めたら犬になっていて、今日までどうやって過ごしていたのか、という事くらいだった。
その過程で、親切な人にエサをもらうために芸をした話をしたら、アルスには本気で同情されてしまった。
クッキーは俺に同情しつつ、ちょっと引いてきたような気がする。
そんな二人の反応に、俺の犬生活を話した後、ちょっと恥ずかしくなった。恥をかかせてすまんナナ。
俺にはそれ(犬になる)以前のナナとしての記憶が無い、というのも本当の話だし、ムーンブルクで何があったのか、俺は覚えていない、ということにした。
クッキーは改めて、俺がムーンブルクでハーゴンの軍勢に襲われたショックで、記憶を失ったのだろうと推測してくれた。
俺にとってはその推測は都合が良いので受け入れた。
アルスは俺が以前の記憶がない事を残念がり、悲しみつつも、自分の事のように俺の境遇に同情してくれたのだった。

その後、今度は二人はムーンブルクが襲われて、それぞれの国を旅立ってから、今日俺を見つけるまでどう過ごしていたのか、話をしてくれた。
お互いに相手を探して何度かすれ違い、リリザの街の宿で合流する流れは、ゲームと似たような流れだったようだ。
その後、二人はこちらの大陸に渡り、このムーンペタへ到着、そしてハーゴンの軍に攻撃されて廃墟となったムーンブルクの城を探索した。
言葉を選んでそんな話をしてくれたのだった。

ムーンブルクの探索の話は、俺に気を使ってくれてなのか、ショックの少ないように、話の一部をマイルドにぼかしながらしてくれた。
まあ、ショックで記憶を失っている(ということになっている)俺に、廃墟になっていて亡霊(?)の彷徨っている今のムーンブルクの状況を詳しく説明なんてし辛いわな。
なのでこの辺りの状況説明は、主にクッキーがしてくれた。
クッキーは話の流れで、ナナがハーゴンの呪いで犬の姿に変えられたらしいって情報と、その後ムーンペタに飛ばされたらしい情報、さらにその呪いを解くアイテム、ラーの鏡の情報は、生き残った兵士から聞いた、とフォローしていた。
話を聞きながら俺は、なるほど、クッキーはその辺は上手く話をフォローしたな、と感心した。
おそらくアルスだと(ここまでの印象から)、嘘はつけなさそうだから、そういうアドリブは出来ないだろうな、と勝手なことを想像をした。
この話を聞いていたのが元のナナだったら、それでもムーンブルクの詳しい状況を知りたがったかもしれない。
だがこれは、ナナを気遣ってのフォローなんだと、俺は素直に受け入れた。

それよりも気になったのは、その情報を元に、ラーの鏡を見つけてきて、戻ってきたムーンペタでそれらしい犬を探して、俺を見つけた時の事だ。
どうして二人は、俺を呪いで犬にされた王女ナナだと判断したんだ?
少なくとも俺は、ゲームの王女犬のように、二人の後を追いかけたりなどしていない。
それどころか俺の認識では、犬だった時にはこの二人には直接会っていないし、もし会っていたとしてもほんの一瞬だけだったはずだ。
というのも、この二人に限らず、もし武装した男子が近付いてきたら、俺は警戒して逃げたり姿を隠したりしていたからだ。

「実は、ナナを見つけたのは、アルスなんだ」

とはクッキー、クッキーが言うには、ラーの鏡を見つけてきて、街に戻ってからそれらしい犬を探していたが、最初はなかなか見つからなかったらしい。
まあ、ゲームだと対象は一匹だけだったけど、現実に街中の犬を当ても無く全部調べるとなると大変だわな。
そんな状況で、表通りから、市や屋台の立っている商業通りに移動した直後に、アルスが叫んだ。

「ナナがいた、やっと見つけた!」
「えっ?」

と聞き返す間もなく、アルスが駆け出した。慌ててその後を追うクッキー。
そんなアルスの後を追いかけた先で、クッキーが見た光景は、かわいい小柄な犬を守るように抱きかかえているアルスと、そのアルスたちを逃がすまいと取り囲む野犬の群れだった。
なんだこの状況は?
どうしてこうなった?

「この程度の犬の群れなら簡単に蹴散らせるけど、こんな街中では後が面倒だしな、しょうがないな、クッキー、例の場所で落ち合おう」
「……わかった」

この状況に、色々突っ込みたいことはあったが、クッキーはひとまずアルスの言う通りにすることにした。
そしてその後は、俺も知っている展開で、街の郊外の草原で、ラーの鏡を使ってみた。
その小柄な犬に掛かっていた呪いは無事に解けて、元のナナの姿に戻った、ということだった。

「なんであの時、あの犬がナナだとわかったんだ?」

とはクッキー。

「なんでって、一目見てすぐにわかったよ、ああ、あれはナナなんだって」

とはアルス。野犬に囲まれたナナ(の犬)がピンチだと思ったら、考える間もなく駆け出していたらしい。
そしてその後の展開は、俺も知っている通りの流れだった。

「アルスはその時、その犬が、ナナじゃない可能性は考えなかったのか?」
「え、なんで?」

そのクッキーの質問に、アルスは心底不思議そうな顔をしていた。

「だってナナだったじゃないか」
「いや、もういい……」

クッキーは、何か諦めたようにため息を付いた。
そして小声で一言呟いた。

「……この天然め」

そのクッキーの呟きは、俺の耳には入ってきていた。
俺は内心クッキーの感想に同感だった。
けれど、どうやら天然のアルスには、聞こえていなかったのだった。

そして今後の方針だが、「一旦ローレシアかサマルトリアへ戻ろう」と、クッキーが提案した。
記憶を失っていたとはいえ、ムーンブルクの王女ナナ(つまり俺)を発見して、無事に保護したのだ。
どちらかの王国で、俺の身柄を保護してもらおう、ということだった。

「今のナナを、ハーゴン討伐の旅に連れて行く訳にはいかないし、それで良いよなアルス?」
「そうだな、せっかくナナにかかっていた呪いが解けて、無事に戻って来れたんだ。ナナにはこれ以上無理をさせられないな」

クッキーの提案をアルスもすんなり受け入れて、最終的には俺の身柄は、ローレシアで保護してもらうということになった。
ちょっとまて、俺の意思は? 俺の意見は?

このままではムーンブルクの王女の俺は、二人の仲間になることが無くなってしまう。
ゲームの世界的には、それはどうなんだ?
一瞬そう思ったが、よく考えたら、この件では俺は、ここまで積極的に自分の意見は言っていない。

ゲームの中では、ムーンブルクの王女は、確か犬化の呪いを解かれたときに、細かい台詞までは覚えていないが、
「私も仲間にしてください。共に戦いましょう」
確かこんな感じの事を言って王子たちの仲間になり、以後三人でハーゴン討伐の旅をする事になるはずだった。

だが記憶を失っている事になっている俺は、そういう事は一切言っていないし、積極的に自己主張をするのも無理があるなと思い、今まで意見を言うのは控えていたんだ。
なので俺が仲間にしてくれと主張しない以上、アルスとクッキーの二人が、救出したばかりの記憶を失った王女を、ローレシアかサマルトリアで保護してもらおうと方針を決めるのは、無理のない自然な流れだった。

じゃあおれはどうすれば良い?
今からでも二人に「仲間にしてくれ、共に戦おう」と言えば良いのか?
俺にその決心が付かないまま、方針が決まったということで、ひとまず話し合いは終わった。

その後は、ささやかな夕食だった。

「粗末な食事でゴメンね」
「今のこの宿では、コレが精一杯なんだ」
「……何で謝るんだ?」
「何でって、お城で食べていた料理に比べたら、粗末でナナの口には合わないかもしれないって」

ああなるほど、そういうことか。
確かに王女様の口には合わないかもって心配するのもわかる。だけどさ……。

「そういう二人も王子様だろ、でもコレを食べているんだろ?」
「うん、コレを食べている」
「だったら、俺も同じ食事でかまわないよ」

俺はついさっきまで犬だったんだ。
余りモノの食事を人におねだりしたり、道に落ちていた食べ物を拾い食いしたりもしていた。

「それに比べたら、今の俺にはこれでもごちそうなんだ。
やっと人間らしい食べ物が食べられるって、俺は喜んでいるんだ。
だから、アルス、クッキー、俺を人間に戻してくれてありがとうな」

何でだろう?
俺はこの後、この二人に余計に気を使われてしまったのだった。


その日の夜、俺は宿屋の部屋に一人でいた。
アルスとクッキーが、女である俺に気を使って、わざわざ別にもうひと部屋を用意してくれたんだ。
俺なんかのために、わざわざそんな気を使わなくても良いのに。……などとは思わない。
俺自身、一人でゆっくりと考える時間が欲しかったし、色々とプライベートな事も確かめたかったから、今は一人になれるのはありがたかった。
わりと高めの良い部屋を用意してもらったらしく、ベッドなど備え付けの家具は割りと良い物だったし、鏡もあった。

「これが、……今の俺?」

その鏡に、今の俺の姿を映して見た。
紫髪のかわいい顔の女の子だった。つい見とれた。
今の俺はこの子なんだと思ったら、なんだかドキドキしてきた。
ナナの体は小柄で華奢なのに、おっぱいは大きめだった。

「これが女のおっぱいなんだ。すげえ柔らけえ」

犬だった時の俺は、そんなことを気にする余裕は無かった。
呪いが解けて人間の少女のナナの姿に戻った(?)後は、俺は今の体のことが色々気にはなっていたが、
ついさっきまでアルスとクッキーが側にいたから、こんな風に露骨に確かめることはできなかった。
いまは一人になれたんだから、色々と確認してみたかったんだ。

「ない、俺のここ、やっぱりちんこがないや」

俺は股間を触りながら、ついお約束の台詞も言ってみた。
おっぱいや股間を触っていたら、俺は段々変な気持ちになってきた。
俺はベッドに腰掛けた。

思えば、この世界で目を覚ましたら、俺は犬だった。それもメス犬だった。
あれから何日経っただろう?
半月? 一ヶ月? あるいはもっと経ってる?
生きのびるのに精一杯で、あるいは貞操を守ることに精一杯で、そんなことまで考えている余裕なんて無かった。
人間の姿に戻って、その時の事を思い出したら、ストレスが半端なかった。
ストレスのせいだろうか? それとも体を弄っていたせいだろうか?
今の俺の体は、なんだか火照ってきて火が付いて、その何かを発散したくなってきたんだ。
とはいえさすがにここから先は、俺の良心が少し疼いた。

「そんなこと、……元のナナに悪いよ」

でも、今は俺の体だよな?
俺の体なんだから、俺の好きにしても良いよな?
俺もう我慢できない!

良心を放り出して、自分の欲望に正直になった俺は、ベッドに横になって、今のナナの姿になった体を、さらに弄り始めたのだった。


ここまでで未完



(参考、スーパーファミコン版のムーンブルクの王女様、金髪なんですよね)
ふたば板で、ドラクエ2のムーンブルクの王女様のイラストを見て、ふと現代日本人が、目が覚めてたら異世界で犬になっていた。
その呪いが解けたら、人間の少女で王女様になってしまった。
などと二段階変身(?)したらどうなるのか? そんな思い付きを話にしてみました。

サマルトリアの王子やムーンブルクの王女の名前はどうしよう?
法則を調べてみると、ローレシアの王子をアルスと名づけたら、クッキー、ナナ、と出たので、そう命名しました。
ところが後で実際にドラクエ2のプレイをしてみたら、ファミコン版ではすけさん、マリア
スーパーファミコン版では、すけさん、サマンサ、と出るではありませんか。
SSの更新で、私の中ではすっかり、クッキー、ナナでイメージが出来たので、今更名前は変えたくない、ということでそのまま行きました。

言葉遣いなどは、ボーイッシュで男勝りなムーンブルクの王女さまを書いてみたかったので、こうしてみました。

ふと途中で思いついたIF
ボス犬に手篭めにされて、最初は嫌がっていたけど、メスの本能に溺れる清彦。
後にアルスたちに助けられて、人間の姿に戻るのですが、今度はメスの本能で、アルスたちにオスとメスの関係を求めることに。
さすがに思いついただけで、書きませんでしたけどねw

このSSも未完のまま更新が止まり、つい先日新年早々スレが落ちてしまいました。
(というかよくスレが持った)
近いうちに続きを再開して、区切りを付けて終わらせたいなと思っています。
E・S
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