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薫子としての人生の選択

2021/03/27 15:38:55
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薫子としての人生の選択
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私の今の名前は『遠藤薫子』(えんどうかおるこ)、高校二年生の女子生徒だ。
今日は放課後に、いつものように校外の普段は人気のない神社で、近況報告のために『山田雄太』(やまだゆうた)に会うことになっていた。

半年ほど前、山田雄太だった私は、同じクラスの遠藤薫子とのちょっとした事故で、なぜだか身体が入れ替わってしまった。
身体が入れ替わった直後はパニックだった。
雄太の身体になった薫子に、「私の身体を返せ!」と詰め寄られたり、かと思えば、直後に泣かれて宥める羽目になったり、あの時は色々大変だった。

あの後、元の身体に戻れるまで、お互いに相手のふりをして、お互いの身体にあわせた生活を引き継ぐことになって、お互いの慣れない生活環境や人間関係にも苦労した。
ほとんど毎日のように、人目につかない所で会って、アドバイスを求めたり、お互いに必要なことの情報交換もした。
必要に迫られて、本来なら相手に知られたくないだろう、プライベートなことまで……。

もっとも最近は、お互いの生活にすっかり慣れていて、情報交換なんてしなくてもやっていけるようにはなっていた。
なので最近は週に二度、お互いの近況報告をする程度になっていた。
けれど、元の身体に戻るための協力関係を維持するために、あと元の身体に戻った時に困らないために、こうして定期的に会って、顔を合わせてのお互いの近況報告は必要なのだった。
少なくとも、私はそう思っていた。
だけどこの日は、神妙な面持ちの山田雄太に、私の思っていなかったことを告げられることになった。



神社の境内は、黄葉して敷き詰められたもみじの葉で、黄色くなっていた。
入れ替わった時は春だったのに、もうすっかり秋なんだな、と感傷的に思った。
あっと、銀杏の実を踏まないように気をつけなきゃ、臭い匂いがローファに移ったらいやだからな。
神社の前では、先に来ていた雄太が私を待っていた。

「遅くなってごめん、出る直前に先生に用事を頼まれちゃって……」
「クラス委員だもんね。仕方ないよ」
「私はクラス委員なんてやりたくなかった! 前期は仕方ないにしても、せめて後期は無役でいたかったから立候補しなかったのに」

だけど他に立候補する者が居なかった。
なので前期にクラス委員をやっていた薫子が、他の生徒に推薦されて、その後満場一致で引き続きクラス委員をすることになったのだ。

「それも仕方がないよ。うちのクラスでは、真面目で口うるさい遠藤薫子がクラス委員ってイメージになってるから」

人事のようにそう言って、可笑しそうにくすっと笑った雄太に、私はむっとした。

「何を言ってるのよ。真面目で口うるさいクラス委員長って、元々はあなたがそうだったでしょうが!!」
「あはは、ごめんごめん、あなたに面倒ごとを押し付けるつもりじゃなかったんだけどね」
「……まあいいわ、いつもの近況報告をするわね」

この日のお互いの近況報告の内容も、おそらくたいしてかわり映えもない、いつも通りの内容だろう。
それでも、聞いてみる。

「美穂(雄太の妹)はどうしてる?」
「いつも通り、元気で生意気だよ。兄であるオレに、口答えばっかりだよ」
「……そう、美穂は元気で生意気か」

美穂は兄だった私に、いつも口答えをする生意気な妹だった。
美穂とはよく口喧嘩もしていたっけ。
今の雄太に対しても、生意気な妹は、口答えばかりしているようだ。
だけど、こうして赤の他人の立場になって、かつての家族の話を聞いていると、すごく寂しい気持ちにもなる。
一度私は、この姿で山田家に行って、美穂に会ったら、美穂は私に対しては、思い切り猫をかぶって良い子ぶって、今の私には本性を見せてくれなかった。
あのときは、私は美穂とは赤の他人になってしまったんだって実感して、すごく寂しく感じたんだっけ。

「あと、両親もいつも通りで元気だよ。この間なんて、父さんが酔っ払って帰ってきて、母さんがすごく大声で怒鳴っちゃってさ……」
「……そっちも相変わらずみたいね」

でもこうして、雄太から近況を聞いて、妹や両親など、かつての家族が変わりなく元気な話を聞くと、なんだか安心できてほっとするんだ。

「それじゃ、私のほうの近況を……」
「言わなくていいよ」
「え、でも……」
「もういいんだ、今のオレが遠藤薫子の近況を知ったからって、もうどうにもならないんだしね」
「そ、そんなことないでしょう? 元の自分ことは気になるでしょうし、知っていたほうが元の身体に戻った時に……」
「あなたは、まだ元の身体に戻れると思っているの?」
「えっ?」
「オレたちの身体が入れ替わってからもう半年だよ。
なのに元の身体に戻れる気配はない。
どうやったら元に戻れるかもわからない。だから……」
「だから? 元の身体に戻るのを、諦めるっていうの?」
「ああ、そろそろオレたちは、もうずっと今の身体のままで生きる覚悟を決めなきゃいけないって思っている」

雄太からの想定外の返事に、私は戸惑った。
そのせいでか、いつもなら無意識に聞かないようにしていたことを、つい棘のある口調で、聞き返してしまった。

「……というより、戻れなくても、ずっとこのままでもいい、そう思っているんじゃないの?」

二人の身体が入れ替わってしばらくすると、私たちはお互いの生活に慣れてきた。
その頃から、最初は男の雄太になったことを嫌がっていたはずの薫子が、積極的に今の雄太の身体や生活を受け入れるようになってきた。
その頃から、私は薄々感じていた。
今の雄太は、もう元の薫子の身体に戻る気はないんじゃないか? って。
ただ、それを言ったら、それを聞いてしまったら、今の二人の関係が終わってしまうような気がして、怖くて聞けなかった。
だけど、こう言われてしまったら、聞かずにはいられなかった。

「……否定はしないよ。実際にオレは、結構前からそんなことも考えていたから」
「やっぱり!」
「でも、それはオレのわがままだし、あなたは元の雄太に戻りたがっている。ってこともわかっていた。
だからその考えは封印してきた。
だからもし元に戻れるのなら、おとなしく元の身体に戻るつもりだったし、
その前提で、こうして今まであなたにあわせてきたし、あなたと協力してきた」
「じゃあ、だったらなぜ? 今まで通りじゃダメなの?」
「最初に言ったでしょう、オレたちが入れ替わって半年経ったって。
高校二年生のオレたちは、もうそろそろ進路を決めなきゃいけない。
この進路決定に、自分の一生がかかっているって言っても過言じゃない!」
「過言じゃないって、ちょっと大袈裟なんじゃない?」
「ううん、ちっとも大袈裟じゃないよ」

私たちは、元の自分への執着以外に、こんなところにも温度差があった。
そんな話をするうちに、私はそのことでの自分の甘さにも気づからされることになった。

「たとえばの話、オレが看護師になりたいから、薫子に看護師の学校へ行ってくれって言ったら、あなたはそれを受け入れられる?」
「えっ? 薫子は看護師になりたかったの?」
「たとえばの話って言っただろ。選択肢の一つに考えてはいたけど。……で、その場合はどう、あなたは受け入れられる?」
「急にそんなこと言われても、……でも、看護師になれっていわれても、私はちょっといやかも」
「そう、……じゃあ、あなたはどうなの? 雄太だった時に、行きたかった学校とか、なにかなりたかった職業とかあった?」
「それも急に言われても、……特に考えていなかった。もう少し先のことだと思っていたから」
「呆れた、ずいぶん呑気なんだね。まあ、あなたが雄太だった時なら、それでも良かったんだろうけどね」
「雄太だった時ならって、薫子だとそれじゃ良くないって言う……の……あっ!?」
「やっと気が付いたみたいだね」

雄太はそんな私に呆れたように、ため息をついた。

遠藤薫子の家庭の事情を考えたら、薫子の進路は限られている。
だからできるだけ早く進路を決めて、目標に向かって努力しなきゃ、少ない選択肢がますます少なくなっていく。
そう、確かに私は呑気だった。雄太に指摘されて、やっとその事に気が付いた。
……いや、薄々気が付いていた。
今の私は薫子なのだ。イヤでもこの身でそれを実感させられている。
だけど私は、どこか他人事のように、問題から目を背けていた。
私はいつか元の雄太に戻るのだからって、問題の先送りをしていた。
だけど、もし雄太に戻れないのなら?
薫子として進路を、さらにその先の人生を、私が決めなきゃいけない。
そしてそれを、私の人生として、私が受け入れなければいけない。

「もし今日までに、元の身体に戻っていたなら、オレは薫子としての進路を決めて、それに向かって全力を尽くすつもりだったんだ。
だけど、戻れなかった。だからそろそろ現実を受け入れて、今の身体で生きる覚悟を決めなきゃいけないって思うんだ」

私は雄太にいきなり突きつけられた現実に動揺した。
確かに雄太が言うように、そろそろそのタイムリミットだったのだろう。
今の雄太の言っていることはもっともだ。
だけど、あらためて覚悟を決めろと言われて、私はそれに反発した。
いや、反発というより……。

「……イヤだ」
「えっ?」
「そんなのイヤだ! 返して! 私の身体を、雄太を私に返して!!」

頭に血が上って冷静さを失った私は、ヒステリックに喚きながら、雄太につかみ掛かっていた。
まるで半年前の清彦の体に入れ替わった直後の薫子のように。



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遠藤薫子の家は、築三十年くらいのアパートの二階の部屋にある。
今日は色々あって帰りが遅くなったが、今日も私はこの家へ帰ってきた。
玄関の鍵を開けて、「ただいま」と言いながら、私は中に入った。
家の中には誰も居ないのだろう、特に返事はなかった。

台所へ行くと、テーブルの上にラップをかけられた夕食のおかずと一緒に、書置きが置いてあった。
『今日は仕事で遅くなります。あたためて食べてください。母より』
やっぱりか、と思いながら、特に残念だとは思わなかった。
あの人と一緒に居ると、色々と気を使う。一人のほうが気が楽だった。
特に、今日みたいなことのあった日には。

でも、にぎやかだった山田家に比べたら、一人で居るのは寂しいとも感じるのだった。
あと、おかずのすぐ側には、ふかし芋も置いてあった。
多分これは、今日のおやつということだろう。
少し小腹が空いていた私は、それに手を伸ばしていた。
雄太だった時は、ふかし芋は特に好きでも嫌いでもなかったけれど、薫子になってからは好物になっていた。
味覚や好みが少し変わったのだろうか、今の私には、ほのかに甘いこのふかし芋が、すごく美味しく感じられるのだ。
だけど今日は、ストレスがたまるようなことがあった後だからだろうか、いつもなら味わって食べる所を、やけ食いぎみに全部食べたのだった。

おやつのふかし芋をやけ食いした後、私は自分の部屋へ戻った。
なんだか少しほっとした。
そして実感する。今はここが私の部屋なんだなって。
スクールバックを勉強机の上に置いた後、私は姿見の鏡の前に立ってみた。
鏡の中には、メガネを掛けた制服姿の真面目そうな少女、遠藤薫子の姿が映っていた。
そのことに違和感は、まったく感じていなかった。
だって今の私は、この姿を私自身だと認識しているのだから。

もっとも今日は、放課後の雄太との顔合わせで、元の身体に戻れなかった場合の覚悟の話が出た。
なので今は、意識的に鏡に映る自分の姿を再確認したのだ。

「私は本当は、男の雄太なんだからね」

そして、……今の姿に違和感を感じなかったことに、逆に危機感を覚えたのだった。

「もしかして私は、遠藤薫子であることを、受け入れちゃっているの?」

雄太だった私が、薫子と入れ替わった直後は、その見た目にも身体の感覚にも、大きな違和感を感じていた。
身長は雄太より頭ひとつぶんほど低くなり、視線が低くなった。
雄太だった時は、私は運動は得意だったのに、この身体は運動音痴で体力も無く、全然私の思い通りに動かせない。
おかげで雄太だった時には大好きだったはずの体育の授業が、今では大嫌いになっていた。

雄太だった時には視力が良くてメガネとは無縁だったが、ド近眼な薫子の目にはメガネは必須だった。
最初はメガネが気になって、煩わしく感じて、メガネをかけるのがいやだった。
かといってメガネを外したら、周りがぼやけてしか見えなくなるから、我慢してメガネをかけつづけるしかなかった。
もっとも、わりと短期間でメガネに慣れて、今ではさほど気にならなくなったけどね。

胸元には、小ぶりで申し訳程度にだけど、それでも男の身体にはない膨らみがあった。
ちなみに入れ替わった直後の私は、女装しているみたいに感じて、女物の服や下着を身に付けることに抵抗があった。
かといって服を着ないわけには行かない。
ショーツは穿かない訳にはいかないけど、こんなぺったんこな胸に、ブラジャーなんて必要ないだろう。
なんて思って、身体が入れ替わった翌日は、ノーブラで学校へ行ったりした。
そしたらこんな小さな胸でも、男の胸とは違って感覚がやたら敏感で、特に胸の先が擦れる感覚が気になってしかたがなかった。
その様子から、ノーブラなのが雄太にばれて、すごく怒られたっけ。
さらにその翌日からは、男として何か大切なものを失ったような気分を感じながら、私はブラを身に付けるようになった。

ちなみに、最初はこの身体の胸が小さかったことは、
「女の身体になったのに、こんなぺったんこな胸じゃ、触っても面白くもなんともないなあ。
でも、大きな胸は肩がこるとか邪魔になるって聞くし、小さいほうが邪魔にならなくていいか」
なんていう男気分丸出しの感想だったけど、最近は、
「なによ双葉ったら、ちょっと胸が大きいからって、私の胸を憐れんだ目で見て、……悔しい!!」
この身体の胸が小さいことに、悔しさを感じるようになっていた。

でも、最大の違いは、この身体の股間には、男の証が無いことだった。
薫子の身体は女なのだから、無いのは当たり前なのだけど、
入れ替わった直後で、意識は男だったあの頃の私には、大切な男の証が無くなってしまったように感じらて、結構ショックだった。
あの頃の私は、それを誤魔化すように、しばらく無理やり空元気を出していたっけ。

でも、時間の経過と共に、薫子の身体での感覚に慣れて馴染んで違和感も薄れて行き、
今ではこうして意識しないと、違和感があったことを忘れてしまっていたほど、薫子の感覚が今の私自身の普通の感覚になっていたのだった。

でも、……薫子の身体の感覚に馴染んだからと言って、私は今の生活を、喜んで受け入れているわけじゃない!!

遠藤薫子はこのアパートに、母親と薫子の母と娘の二人で暮らしていた。
所謂母子家庭というやつだった。
そして薫子になった私は、当たり前だが、そんな遠藤家の家庭環境にすぐに気づいた。
ただ、入れ替わった直後に、私にああしろこうしろ、あれをするなこれもするなと、口うるさかった雄太が、だけど家庭の事情は話したがらなかった。
なので、最初はなぜ薫子が母親と二人暮らしだったのか、詳しい事情は知らなかった。
まあ、私も他人のプライバシーに深入りするつもりはなかったし、普通に薫子としての高校生の生活を送るのに支障は無かったので、気にはなったけど余計な詮索はしなかった。

状況が変化したのは、私たちの身体が入れ替わってから、一ヶ月くらいした頃だった。
お互いに、今の身体での生活に慣れてきて、落ち着いてきていた。
最初は男の身体を嫌がっていた雄太も、色々と心境の変化があったのだろう、この少し前から男の雄太を受け入れ始めていた。
そして、その日の放課後、意を決した雄太が、遠藤家の母子の事情を私に話してくれた。

「その話は、したくないんじゃなかったの?」
「今は遠藤薫子のあなたが、遠藤家の家庭の事情を、いつまでも知らないのは不自然でしょう?」
「そりゃまあ、そうだけど」
「それに……」
「それに?」
「あなたになら、『私』のことを教えてもいいかなって、そう思ったんだ」
「……そっか、ありがとな」
「なんでこんなことで、お礼なんかいうの?」
「理由なんかあるか、なんとなくだ!」

なんて言いながら、でも私は嬉しかったんだとおもう。
なんだかんだ言いながら、雄太(薫子)は私のことを、信頼してくれるようになったんだなって。

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二人の身体が入れ替わった直後は、私たちの仲は最悪だった。
根が真面目でちょっとお堅い薫子と、根が呑気で少しいいかげんな所がある雄太とは、最初はかみ合わなかった。
最初の頃は、意見の食い違いで衝突ばかりしていた。
正直な話、細かいことまで口出しして、細かく指図する口うるさい雄太(薫子)のことを、私はうざいと感じていた。
何より、雄太は私のことを信用していないってことが態度に出ていて、私もそんな雄太が気に入らなかった。
なんで薫子なんかと身体が入れ替わっちゃったんだろうって、私はこの状況を嘆いた。
正直な話、早く元の身体に戻って、薫子とは縁を切りたかった。

その後も色々試したけれど、元の身体に戻ることは無く、私は薫子としての生活のために、薫子は雄太としての生活のために、
そして最終的には元の身体に戻るために、私たちは嫌々ながらも協力関係を続けた。
でもそうして関係を続けているうちに、少しづつだけど相手のことを理解するようになり、お互いが気に入らないながらも、私たちは少しづつ打ち解けていった。

「気づいていたと思うけど、薫子だったときの私は男が嫌いだった」
「うん、薄々そうだとは思っていた」

私と入れ替わるまえの薫子は、特に男嫌いを公言していたわけではなかったけど、男子に接するきつい態度からそう感じていた。
ただ、入れ替わり前の雄太と薫子は、同じクラスの生徒だということ以外、特に接点がなかったので私は気にしていなかった。

「何でだったと思う?」
「そう聞かれても、理由までは……、もしかして、これから話をしてくれる、家庭の事情と関係があるとか?」
「そう、私は父親だった男のことが、大嫌いだった」
「!? そう、…なんだ……」

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まだ薫子が幼い頃は、父親が居て、父親と一緒に住んでいたという。
その父親は、いつもささいな理由で、母親や薫子に暴力を振るっていた。所謂DVだった。
幼かった薫子は、父親の顔はよく覚えていない。だけど、よくぶたれていたことは覚えていた。
そして母親は、薫子以上に父親にぶたれていつも泣いていた。
幼い薫子は、そんな父親を恐れて、そして母親をいじめる父親を嫌っていた。
そしてある日、耐え切れなくなった母親は、薫子を連れて逃げ出した。
その後、父親と母親が、どんなやりとりをしたのか、当時幼かった薫子にはくわしいことまではわからない。
ただ、間に弁護士が入って離婚が成立、薫子の親権は母親が取り、以後母と娘の二人暮らしが始まったということだった。

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父親がいなくなって、母との二人での生活は、経済的には色々苦しかったらしい。

「でも、あの男から離れられて、嬉しかった。せいせいした」
「う、うん、そうだね、話を聞いてて私もそう思った」
「わかってくれるの?」
「うん、わかる。よくわかるよ!」

雄太から薫子の過去の話を聞いて、私は共感をしていた。
もし入れ替わる前に、この話を聞いていたとしたら、事情を知って私は薫子に同情したかもしれない。
だけど、同情どまりだっただろう。
でも今は、まるで自分のことのように、薫子の父親に憤りを感じていた。
まるで自分のことのように、そんな父親から離れられて良かったね、と思えていた。
今までにない親近感を感じていた。
そんな私の同意に、雄太も意外そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうだった。
… 無題 Name きよひこ 16/08/21(日)11:02 ID:nVdN2mXc No.11020 [GJ] [Boo]
「でも、父親と別れた後も、私には精神的な後遺症が残った」
「えっ? 後遺症って?」
「男が、みんな父親と同じように感じて、私は男が怖くなってしまった。男に触れられるのもイヤになっていた」

それを聞いて、私の身がぶるっと震えた。
私自身が、その父親から暴力を振るわれたわけじゃない。
だけど、なんとなくこの身体がそのことを覚えていて、話を聞いて思い出したように感じたんだ。

「だから私は男が嫌い、というより、男が怖かった、というのが正しい表現なのかもね。
私はそうだとは悟られないように、男子にはきつく当たって、男子とは距離をとっていたんだ」
「ちょっとまって、それじゃそんなあなたが男の雄太の身体を嫌がっていたのは……」
「うん、最初はすごく嫌だった。私は、大嫌いな父親と同じ男になってしまったんだって。……でも」
「でも?」
「男の身体になったからこそ、男のことが少しづつわかるようになった。男のことが、段々怖くなくなってきた」

『薫子』は雄太になってからの男としての一ヶ月の生活で、色々と心境の変化があったのだろう。
『薫子』、いや雄太は、まるで胸の奥のつかえが取れたかのように、薫子の境遇どころか、その心境まで私にぶっちゃけてくれた。

「そんな言いにくい話まで、『俺』にぶっちゃけても良かったの?」
「言ったでしょう、あなたになら、『私』のことを教えてもいいかなって。ううん、もしかしたら、わたしはあなたに知ってほしかったのかもね」
「……ありがとう。そこまでおれを信用してもらえて、すごく嬉しい」
「こちらこそありがとう、こんなつまらない話を聞いてくれて」
「そんなことないよ!」

今度は、私の気持ちが素直に表に出た。
雄太の私へのお礼の言葉も、今の雄太の素直な気持ちだと感じて素直に受け取れた。
そしてこの時から私たちは、お互いに張り合っていた意地が取れて、お互いの距離感がぐっと縮まったような気がする。
この時から、入れ替わりのせいで仕方ないからしていた協力関係ではなく、本当の意味での私たちの協力関係が始まったんだ。

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そんな訳で、雄太と薫子の人間関係が改善されて、私たちの協力関係もより上手くいくようになった。
この調子なら、そのうちに元の身体に戻れるのではと、この頃の私は、ちょっと事態を楽観視しはじめていた。
それから半年、入れ替わり生活が長引いて、不安も大きくなってきていたけど、私はまだ時間があると思っていた。
最悪でも、高校生で居る間に元の身体に戻れば何とかなると、根拠も無く楽観視していたんだ。
今日雄太に指摘された通り、確かに私は呑気だった。
もし仮に、卒業の前日に元の身体に戻れたとしたら?
そんなタイミングで今更元の身体に戻れても、元の身体に戻れないでいるよりも、ずっと事態は深刻になってしまうような気がした。

今日、雄太に指摘されて、もうそれほど時間がないことに気づかされた。
ううん違うわね、私も薄々気づいていた。
気づいていながら、私はその現実から、今まで目を逸らし続けていたんだ。

雄太に言われた通り、もう元には戻れないものとして、このまま薫子として生きる覚悟を決めなきゃいけないだろうか?
この半年で、私は薫子としての生活にも、この身体にも慣れた。
仮にこの後の人生を、ずっと薫子として生きることもできると思う。
だけど、……やっぱりそんなのイヤだ!

薫子のほうが、家庭環境や性別のせいで、雄太より制約が多いのは確かだ。
だけどそんなことより、こんなことを考えているうちに、今の私はすごく寂しい気持ちになっていた。
この家に一人きりで居ると、たまにこうして寂さに心細くなる。

本当だったら、私が雄太だったんだ。
元の雄太の家に、山田家に帰りたい。
帰って元の家族に会いたい。
家でだらしなくしていて、母さんに怒られたい。
生意気な妹と、また口喧嘩がしたい。
家族のみんなと一緒に、楽しくバカ話がしたい。

ふと気が付くと、私の視界はにじんで、目に涙が溢れていた。
私は慌てて、手で溢れる涙を拭った。

この身体になってから、私はすっかり泣き虫になっちゃった。
今日なんて、泣くのはこれで二度目だ。
しばらく泣いた後、私は顔を洗うために洗面所に移動した。
洗面所の鏡の中の薫子の顔は、涙で目が腫れて赤くなっていた。

「……酷い顔」

この酷い顔が、今の私の顔だ。
早く顔を洗おう。
いや、いっそのことシャワーを浴びて、顔だけではなく、身も心もすっきりさせよう。
私はそう思い直した。
私はその場で、身に着けていた制服を脱ぎ始めた。

慣れた手つきで制服を脱ぎ、慣れた手つきできちんと畳んで籠の上に置いた。
そしてやはり慣れた手つきでブラやショーツなどの下着も脱ぎ、
私は何も身に着けていない、生まれたままの姿になった。

ふと、半年前のことを思い出した。
薫子と入れ替わった直後の私は、その薫子としての女の子の身体にドキドキしていた。
ショーツを脱ぐ時は、「他人のそれも女の子身体でこんなことをして、本当に良いのだろうか?」と、ドギマギしていたっけ。
薫子に悪いと思いながら、でも食い入るようにこの身体の裸を見ていたっけ。
あの時のことを思い出して、あの時の私自身に、ちょっと呆れて恥ずかしく感じて苦笑い。

「気持ちが男の子だったんだもん、しょうがないわよね」

そう思いながら私は、改めて今の私自身の身体を見直した。
あれから半年経っているのに、ほとんど体形に変化がなかった。
この身体の成長期は終わっているみたいだから、今後もさほど変化はないだろう。

「せめてもうちょっと、胸が大きくなっても良いのに」

なんて思ってしまう。
そして、今ではすっかり見慣れた、いつもの私自身の裸に、今は全然ドキドキしていなかった。

私は今でも、元の男の雄太に戻りたいはずなんだ。
なのに、男の気分にならない、何か大切なものを失ってしまっていることに、今気が付いてしまった。
改めて喪失感をを感じて、少しショックだった。

「い、いけない、ぼんやりしていた。……シャワーを浴びなきゃ」

私は気を取り直して、メガネをはずして制服の上に置いた。
そして浴室へと向かった。

メガネをはずすと、ド近眼の今の私の目では、まわりがぼやけてしか見えない。
だけど、この状況にもわりと慣れた。
ぼやけてしか見えなくても、どこに何があるのかくらいはわかるのだ。
それに、この家の間取りとか、これからシャワーを浴びる浴室の中の様子も、生活に困らない程度には覚えている。
私は浴室に入ると、迷わずにシャワーの元栓を捻った。
シャワーのノズルからは最初は水が噴出し、やがて温かいお湯に切り替わった。

「シャワーが気持ちいい♪」

シャワーのお湯が、私の肌に当たって弾ける感覚が心地よかった。
シャワーのお湯が、身体の汚れや疲労と一緒に、溜まっていたストレスも洗い流してくれて、気持ちもリフレッシュされていくような気がする。
男の雄太だった時は、お風呂は別に好きでも嫌いでもなかった。
だけど、たまに面倒くさいからって、お風呂に入らない時もあった。
以前に、ふと、そんなことを思い出してこう思った。

『嘘でしょう!
そんな理由でお風呂に入らなかったなんて!
身体が不潔なままでも平気だなんて信じられない!
今だったら、とても我慢ができないわよ!!』

そんなわけで、雄太だった時のことはともかく、薫子になってからの私は、すっかりお風呂やシャワーが好きになっていた。

シャワーを浴びてすっきりした私は、一旦シャワーのお湯を止めた。
そして冷静になった頭で、もう一度放課後に雄太に言われたことを振り返ってみる。

『そろそろ現実を受け入れて、今の身体で生きる覚悟を決めなきゃいけないって思うんだ』

そんな現実を突きつけられて、私の口から咄嗟に出てきた言葉は「イヤ!」だった。
あの時は感情的になってしまったけど、こうして家に帰ってきてから、もう一度冷静になって考えて、
それでも出てきた答えは『イヤ!、山田家の家族に会いたい、山田家に帰りたい』だった。
そうか、私の本音は、『元の雄太に戻って山田家に帰りたい』だったんだ、と気が付いた。

それじゃ現実に、私は元の雄太の身体に戻れるのか? と問われれば、方法がわからない。
すぐには無理。それどころかもう戻れない可能性は高い。
なんど考えても、悲観的な答えしか出てこない。

だとしたら、元の雄太に戻ることは諦めて、やっぱり遠藤薫子として生きていくしかないのだろうか?
だからそれはイヤなんだ。
私は元の雄太に戻って、山田家に帰りたいんだ。
なのにその方法がない。
さっきから私は、同じことばかり考えてる。堂々巡りだ。
ああっ、もう! シャワーを浴びて気持ちは落ち着いたはずなのに、またイライラしてきた!
多分、こうなるって薄々気づいていたから、私は今までこの問題を先送りして考えないようにしていたんだ。
なのに、雄太に現実を突きつけられて、はっきり気づかされてしまった。

「雄太のバカ! こうなったのは、みんなあんたのせいよ!!」

頭に血が上って、感情的になった私は、雄太に責任転嫁した。
もし、今目の前に雄太が居たら、わたしはさっきのように雄太に当り散らしていただろう。
だけど今は、目の前に雄太は居ない。私は浴室の壁を手のひらでぱしぱしと叩いて当り散らした。
そしてすぐにシャワーの蛇口を捻ってお湯を出した。
再びシャワーのお湯を浴びながら、私は気持ちを落ち着けようとした。
ついさっきの、雄太とのやりとりを思い出す。
雄太に現実を突きつけられて、取り乱した私を、雄太は最後まで落ち着いて受け止めていた。
私がどんなに当り散らしても、びくともしないで、私が落ち着くまで、最後まで受け止め続けていた。
私が取り乱しているのに、雄太は憎たらしいほどに、落ち着きはらっていた。

「何よ、私と入れ替わった直後は、あなたのほうがずっと取り乱していたくせに!
なのになんで今は、あなたはそんなに落ち着いていられるのよ!!」

そのことが、なぜだか悔しかった。

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あの後、雄太に当り散らして疲れた私は、そのまま雄太の胸の中に抱きとめられていた。
そして気が付いたら、私は雄太の胸の中で泣いていた。
悔しくて、情けなくて、そしてよくわからないもやもやした気持ちを胸の内に抱えて。
雄太の胸は、広くて硬い筋肉質の、たくましい男の胸板だった。
元の私の身体って、こんなにたくましかったっけ?
それでも今の私のひ弱な身体よりは、ずっとたくましいと思った。
それが羨ましいと思った。
だけどそれ以上に、なぜだかそのたくましい男の胸板が、今の私には心地よかった。
あの時は、ずっとこうしていたいって気持ちになりかけたけど、急に恥ずかしくなって、慌てて雄太から離れた。

あの後、雄太は「大丈夫か?」と気遣ってくれた。
だけど私は、恥ずかしさと気まずさで、あの後は雄太の顔をまともに見ることができなかった。
また明日、放課後に会う約束をして、逃げるように帰ってきたんだ。

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なんでだろう、あの時の雄太とのことを思い出していたら、また頭に血が上ってきた。
ううん、今度はなんでだか、身体も火照ってきたような気がする。

「あれ、……乳首が勃ってる?」

私の乳首の先が、勃っていた。
私のおまんこの奥が、じゅんとしているのも感じていた。
なんで? と思いながら、私は左手を胸に、右手を股間の割れ目へと伸ばしていた。

私が薫子になって初めてオナニーをしたのは、身体が入れ替わった初日だった。
あの頃の私は、女の子の身体に興味津々だった。
でもそれ以上に、雄太(薫子)への反発が大きかった。

身体が入れ替わった直後、雄太になった薫子は、そんな現実が受け入れられずに、泣き喚いて私に当り散らした。
こっちだって泣きたい気分だったけど、どうにかこらえて、そんな雄太をなだめて落ち着かせた。
そしてその後の話し合いで、仕方がないから元の身体に戻れるまで、お互いに協力していくことになった。
そのとき、雄太から私に対して、注意事項や禁止事項など、かなり細かく言い渡されたけど、ある程度は仕方がないと思って受け入れるつもりでいた。
だけど、

「特に私の身体で、如何わしいことなんてしたら、絶対に許さないからね!」
「……わかったよ」
「どうだか?」

雄太のそれは、私のことを全然信用していない、疑いの言葉、不信の目、そんな雄太の態度に、私は内心かちんときた。
『そんなにオレが信用できないのか!』って、かえって反発した。

そんな状況で、私が薫子としてはじめて遠藤家に帰ってきて最初にしたことは、制服から部屋着に着替えることだった。
その過程で、制服を脱いで下着姿になったころには、この身体への興味が湧き上がっていた。

薫子の身体は、今の私が胸が小さいことを嘆くくらいに、お世辞にもスタイルが良いとはいえない。
別れる直前のやりとりのせいもあり、薫子本人への印象も最悪だった。
それでも、心が男の子だったその時の私は、女の子の薫子の裸を見てドキドキしていた。
いくら女の子の身体に興味があるからって、こんな風に見るなんて、フェアじゃないし薫子に悪いとも思った。
だけどこのときは、それ以上に薫子への反発の気持ちのほうが強かった。
心の歯止めが効かなくなっていた私は、部屋着に着替えるのでなく、その逆に身に着けていた下着を脱ぎ捨てていた。
この身体を、もっとよく見てみたい。
私は鏡の前で、この身体の裸を、隅々まで観察していた。

おっぱいに触ってみたい。
なんだよ、このぺちゃパイ、これじゃ触っても面白くないよな。
双葉みたいな巨乳とは言わないけど、もう少しくらい大きくてもいいのにな。
股間は、ちんこがないって、どんな感じだ?
ここを触ったら、どんな感触なんだろう?

雄太(薫子)との別れ際に、「私の身体で、如何わしいことなんてしたら、絶対に許さない」なんて言われていたけど、無視していた。
許さないって、どう許さないつもりなんだ?
おまえが何を言おうが、オレの行動を止められないんだよ、ざまあみろ!
薫子の身体をまさぐっているうちに、気持ちの高ぶっていた私は、そのまま興味本位で、女の身体での初めてのオナニーを始めていたのだった。

そして私は、……女の身体でのオナニーにハマってしまった。
だって、気持ち良かったんだもん。
私が遠藤薫子になってから、良かったって思えたことはほとんどない。
だけど、これだけはいえる。
女の身体のほうが気持ち良い。男より女のほうが気持ち良いって、本当だったんだ。
私はそれをこの身で実感していた。

入れ替わって最初の一ヶ月くらいは、ほとんど毎日オナニーをしていた。
だって、ストレスしかない入れ替わり生活で、楽しみなんて食事とお風呂とオナニーくらいしかなかったんだもの。
多少は罪悪感も感じたけれど、薫子への反発に比べれば、小さかった。
その頃の私は、まだ男の気分が強かったのも大きかったかもしれない。

そのバランスが変化したのは、雄太(薫子)と和解して、お互いの協力関係が強化された頃からだった。
その頃から、オナニーを毎日するのを止め、少しづつ自重するようになった。
だけど、回数は減らしても、止めた訳ではなかった。
女の子の気持ち良いことを覚えてしまったのに、今更やめられなかった。
自重しながらも、ストレス解消に、たまに私自身を慰めていたのだった。

そして今、気持ちの高ぶり、身体の疼きを感じた私は、オナニーをはじめていた。
いつもとは違うのは、なぜだか脳裏に雄太の顔が、姿が、思い浮かんでしまうことだった
ついさっきの、雄太との醜態が、何度も思い出されてしまう。

なんでよ!!
男に、それも以前の私自身に、こんな感情を感じるなんて、ありえないわよ!!

認めたくない。すぐには認められなかった。
だけど、一度自覚してしまうと、どんなに否定しても、雄太のことばかり考えてしまう。
それどころか、雄太のことを想いながらオナニーをしていると、いつも以上に身体が感じて盛り上がってしまう。
いや、それなのに、いつも以上に身体は気持ちよく感じているはずなのに、何かが寂しい、何かが物足りないと感じていた。
その足りないものを、私は雄太に求めていた。

雄太に私を見て欲しい。
雄太に私を触って欲しい。
雄太に私のここを、ぐちゃぐちゃにかき回して欲しい。
雄太に私を、私を……なんで、なんでよ!!

なんで私、こうなっちゃったのよ!
いつか私は、元の雄太に戻るはずだったのに。
なのに元に戻れないどころか、その雄太を、女の子の薫子として好きになっちゃうなんて。
こんなはずじゃなかったのに!!

私は、そのまま浴室でのオナニーで果てた。
目を覚ました後、私は泣いた。
泣き止んだ後、諦めにも似た気持ちで、私はあることを受け入れていた。
私のこの後の人生は、一生遠藤薫子として生きていくことになるのだろうな。って。


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#エピローグ、雄太(元薫子)視点

「そろそろオレたちは、もうずっと今の身体のままで生きる覚悟を決めなきゃいけないって思っている」

昨日の話し合いで、オレは今の薫子に、言うべきことを言ったつもりだった。
だけど、薫子に反発されて、喧嘩別れみたいになってしまった。
昨日は言い過ぎただろうか?
いや、遠藤薫子の家庭の事情を考えたら、もうこれ以上のんびりしてられない。
そろそろ覚悟は決めてもらわなきゃいけないんだ。だから厳しいことを言ったのも仕方ないと思っていた。

本当だったら、オレが薫子として決めなきゃいけないことだったんだ。
だから今の薫子、元の雄太には、その境遇を押し付けたことは悪かったと思っている。
だけど、元の身体に戻れない以上、今の薫子に薫子の将来をがんばってもらうしかないんだ。

でもオレは、男の雄太としての人生が開けたことを、元の雄太に悪いと思いながら、内心では喜んでもいた。
遠藤薫子のままだったら、家庭の事情で進路は制限されて、よほどがんばらないと大学進学もままならなかった。
早く自立したかったし、就職も考えた。だけど今度は、女性という性別が、オレのなりたい職種を選ぶ制約になっていた。
男女平等とか、場合によっては女性優遇とか言いながら、でも肝心なところで、男性が優遇されてしまう。
今ならオレは、男の山田雄太として、オレの実力にふさわしい進路を選ぶことができるんだ。
そんなことを考えていたら、声を掛けられた。

「ねえ雄太、ちょっといい?」
「え、薫子、いいけど」

遠藤薫子だった。
昨日のことをまだ怒っているかな、と思っていたけど、そんなことはなく、なぜかにこにこ笑っていた。

「昨日私、あれから色々考えたんだ。進路のこと、将来のこと」
「へえ、そうなんだ」

怒らせてしまったと思っていたけど、でもどうやら真面目に考えてくれたらしい。
そういえば、今の薫子は、何かふっきれたような良い顔をしている。
そんな薫子に少しほっとしたし、少し嬉しかった。

「それでね、雄太にお願いなんだけど」
「何?」
「進路のこととか、色々相談にのって欲しいんだ。もし良かったら、今日の放課後も付き合ってほしいんだけど」

少だけ迷ったけど、オレは薫子のそのお願いを承知した。

「いいよ、放課後だね」
「嬉しい、じゃあ放課後にね」

オレは、開き直った薫子が、何をたくらんでいるのか、このときはまったく気が付いていなかったのだった。

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ひとまずエンド
このSSは、2016年7月末から9月にかけて、ふたば板に投稿していました。
当時のあとがきから、
#この後は、女の薫子として生きることに開き直った今の薫子が、女の武器を使って雄太に迫る予定です。(でした)
#長い目で見て、雄太の所に永久就職することまで考えてます。もう発想が女よりです。
#逆に雄太は、薫子だった時はDVだった父親のせいで、男嫌いだったので、そういう発想がありませんでした。
#なので、その方面ではまったくの無警戒、油断しています。
#あと、雄太は表面に出さないように押さえてますが、今は男として女の子に興味を感じています。
#女の子に対しての免疫がないので、押しに弱い予定でした。
#それに今の雄太は、今の薫子にやや負い目があるので、薫子に迫られても強く拒めない予定でした。
とコメントしていました。

あと、このSSを完結させた直後に、
ぜひ図書館へ
という希望のコメントがありましたが、当時はラストが中途半端な気がしたので、図書館は勘弁して、と断りの返信コメントもしていました。
あれからほぼ5年、こういう形で図書館に投稿することになるとは、当時は思ってもいませんでした。
改めて図書館に投稿したこのSS、どうだったでしょうか?
E・S
0.1130簡易評価
9.100きよひこ
戻れない入れ替わりが基本的に抱えている問題ですよね。雑に踏み込んでしまうとやりきれない話になりかねませんけど、この作品はそこのバランスをうまく保っているように思いました。
続きを読みたい気持ちもありますが、よかったです。
11.無評価きよひこ
個人的には英気宇就職よりも「死」を覚悟して呼び出して戻れないなら…的な感じに感じました。
22.無評価サハスラーラ
比較的上品で好きな作風です。女として恋をしてしまうところまでの心理描写良かったです。続きは? と思わせる幕引きになってしまっていますが、ひとつ最後にクライマックスが書けたところでエンドになったので、締めとして悪くないと思います。勢いを失ってお話が続く場合もあるので。
26.無評価E・S
コメントありがとうございます。このSSを楽しんでいただけたようで嬉しいです。
このSSでは、悩める薫子(雄太)が、最後に開き直ったことで、上手く区切りが出来たと思っています。
>「死」を覚悟して呼び出して戻れないなら…的な感じに感じました。
さすがにその発想はなかった(苦笑)
でも、現状を受け入れられず、精神的に追い込まれたら、そういう発想もありそうですね。
人によっての解釈の違いは、だから面白いし、参考にもなります。