ちぇんじで梨乃ちゃん
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近所の幼馴染の梨乃ちゃんは、ちょっと勝気な女の子だ。
「わたし、清彦くんみたいな男の子に生まれたかったな」
なんて僕に言うほど勝気で、ちょっと変わった女の子だ。
僕が「なんで男の子のに生まれたかったの?」って聞いたら、
男の子の方が楽しそうだから、って言っていた。
「学校のグラウンドや公園で、泥だらけになって遊んでいる男子が、すごく羨ましかった」
「そんなことくらいで?」
「そんなことっていうけど、一度私が男子と遊んで、泥だらけになって帰ってきたら、後でママがうるさかった。
わたしのやることに、あれはだめこれもだめ、女の子は女の子らしくしなさいって、いちいち口うるさいし、
他の女子も、ママほどじゃないけど、色々わたしにお節介なことを言ってきてうるさいし、女の子なんて窮屈で面倒くさいわよ」
だんだん男の子がいいっていうより、女の子がいやって話になっていた。
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そんな会話をした数日後、僕は梨乃ちゃんに呼び出された。
いったい僕になんだろう?
「ねえ清彦くん、お願いがあるの」
「な、なに?」
この雰囲気、もしかしてわたしと付き合って、かな?
まさかね、でもちょっとだけ期待してどきどきしていた。
「わたし、どうしても男の子になりたいの、だからわたしと入れ替わって!」
「はあ?」
ちょっとがっかりしながら言い返した。
「いやだよ僕、それにそんなことできるわけないでしょ」
「清彦くんがいやでもそうする、わたしがそう決めたの!
それに、親切な人が、梨乃にいいことを教えてくれたからできるもん!」
「いいことって?」
こういうときの梨乃ちゃんはろくなことをしない。
いやな予感がしたけど、聞き返さずにはいられなかった。
「それは、こうするのよ」
そう言いながら梨乃ちゃんは、手足を大の字に広げて僕に向き直った。
そして、「はあああっ!」とか掛け声をかけて気合をいれた。
すると不思議なことに、梨乃ちゃんの体から光の煙みたいなものがたちこめているのが見えた。
僕は本能的に思った。やばい、逃げなきゃ。
でも、もう手遅れだった。
僕の体は、梨乃ちゃんの動きに合わせるように、勝手に大の字に広がり、金縛りにあったように動けなくなっちゃったんだ。
「いくわよ、チェンジ!」
梨乃ちゃんの口から、ピンクの光の塊が飛び出して、僕の口の中に飛び込んだ。
その直後、僕は一瞬気を失っちゃったんで、何が起こったのかわからなかった。
でも、もし第三者からそのときの様子が見えたら、僕の口から青っぽい光の塊が飛び出して、梨乃ちゃんの口の中に飛び込んだように見えただろう。
そして次に僕が気がついたときには、僕の目の前には僕が、清彦が立っていたんだ。
「やったあ、本当に入れ替われた、わたし清彦くんになったんだ」
清彦はぺたぺたと自分の体を触って、なんだかすごくうれしそうなかおをしていた。
そして僕は、なんでだかついさっきまで梨乃ちゃんが着ていた服を着て、スカートまで穿いていたんだ。
「え、何? いったい何が起こったの?」
「何がって、わたしと清彦くんの体が、入れ替わったに決まってるでしょ!」
と、目の前の清彦が僕に言った。
「そんなバカな!」
「信じてないの? なら証拠を見せてあげる」
と言って清彦が、いつの間にか梨乃ちゃんのランドセルから取り出していた手鏡を、僕に手渡した。
おそるおそる手鏡を覗くと、鏡には不安そうな梨乃ちゃんの顔が映っていた。
「これが…僕?」
僕のしゃべる声にあわせて、鏡の中の梨乃ちゃんも口をぱくぱく動かした。
まさかと思いながら、もう一度今の体を見下ろした。
僕が着ているのは、セーラー服タイプの、うちの小学校の女子の制服だった。
胸元の名札には『りの』とひらがなで名前が書かれていた。
スカート脳上から、股間を触ってみたら、そこにあるはずのおちんちんがなかった。
僕、女の子になってるの!
信じられないけど、認めたくないけど、もう認めるしかない。
「僕が梨乃ちゃんになってる!」
なんでこうなったのか?
ここまできたらさすがにわかる。
「これって、さっき梨乃ちゃんのやった、変なおまじないのせいだよね?」
「そうよ、すごいでしょ、さっきも言ったけど、親切な人が教えてくれたのよ!」
清彦は得意げに胸を張った。僕は慌ててお願いした。
「こんなのいやだよ、返してよ、僕のからだ!」
「いやよ、やっと男の子になれたのに、戻るわけないでしょ、男の子を楽しむのはこれからなんだからね」
清彦はそう言いながら、僕の黒いランドセルをかついだ。
「じゃあね『梨乃』ちゃん、これからぼくは、敏明くんたちの所に行って遊んでくるから」
そう言い残して駆け出した。
「ま、待ってよ梨乃ちゃん!」
僕は慌てて追いかけ、……梨乃ちゃんの赤いランドセルを置いていくわけにもいかず、それをかついでから清彦を追いかけた。
もたもたしているうちに、先に駆け出した清彦の姿は、とっくに見えなくなっていた。
だけど、敏明くんたちの所に行くって言っていたから、行き先はわかる。
僕は清彦の後を追いかけて走りはじめた。
「はあはあはあ、……なにこれ、…はあはあ、…もう息が……きれてきた…」
少し走っただけなのに、梨乃ちゃんの体は元の僕の体より息の切れるのが早くて、そしてなんでだかいつもより少し走りにくかった。
それに、走っていると、このスカートの裾がひらひらして、なんだか気分が落ち着かない。
「はあはあ、……行き先は…わかってるんだから、…少し…歩こう」
僕は息を整えながら、敏明くんたち近所の男子がいつも遊び場にしている、近所の公園に歩いて向かった。
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近所の公園に着くと、敏明くんたちと話をつけた清彦が、早くも一緒に遊んでいた。
どうやら敏明たちは、ドッジボールをやっているみたいだった。
こうなったら、プレイが中断するまで声をかけられない。ちょっとだけ待つことにした。
僕はドッジボールは嫌いなんだよね、当たると痛いし。なぜか僕はよく狙われるし。
そう思いながら見ていたら、清彦は敏明くんたちの投げるボールを、ひらりひらりとかわしていた。
僕って同学年の男子の中では身軽なのか、ボールをかわして逃げるのは得意だったんだよね。
あっ、清彦がボールをキャッチした!
すかさず反撃、まさか清彦にボールを取られて、反撃までされるとは思っていなかった敏明くんが、ボールを当てられて悔しがっていた。
そんな調子でこの後も、今の清彦は大活躍だった。
僕はそんな清彦を、複雑な思いで見ていたのだった。
「いつもよりすげえよ清彦、今日はどうしたんだよ、変なものでも食べたのか?」
「清彦くんがここまでやれるとは、正直見直したよ」
「えへへ、そんなことあるよ!」
「こいつ、すっかり調子にのりやがって」
清彦は、ドッジボールの後も、すっかり敏明たち男子と打ち解けていた。
そして梨乃ちゃんの体の今の僕は、そんな男子たちに相手にされていなくて、なかなかその間に割り込めないでいた。
それでも、話が中断したタイミングで、どうにか話しかけた。
「あのー、ちょっといいかな?」
「なんだよ梨乃、お前そこにいたのかよ」
敏明くんに、声をかけた僕は、露骨に面倒くさそうな態度を取られた。
男子たちの間に割り込む女の子、今の僕は敏明たちには異物だったんだ。
「そこの梨乃ちゃん、……じゃなかった、清彦くんに用があるんだ」
それでも敏明くんを相手に僕は、どうにか用件を切り出したんだ。
そんな僕の相手をしている敏明くんに、清彦が申し出た。
「ぼくが梨乃ちゃんと話をつけるから、ちょっと待ってて」
「そうか、じゃあ任せた」
清彦の申し出に、露骨にホッとした敏明くんは、僕のことを清彦に任せた。
「じゃあ、あっちで話そうか」
清彦に促されて、僕たちは敏明くんたちとは一旦距離を置いた。
その時、敏明くんたちの会話が聞こえた。
「梨乃を相手にしてると、色々面倒なんだよな」
「そうそう、前に娘を泥だらけにされたって、あいつの母親がどなりこんできたもんな」
「下手に怪我でもさせたら、何言われるかわかんないもんな」
わざと僕に聞こえるように話していた。
梨乃ちゃんが、敏明くんたちに避けられているのは、女の子だからってだけじゃないんだ。
そして今は、僕がその梨乃ちゃんで、敏明くんたちに避けられている存在なんだってことを思い知らされた。
今の敏明くんたちの会話を聞いて、当の梨乃ちゃんはどう感じているんだろう?
そんなことを思っていたら、その梨乃ちゃん、いや今は清彦、から声をかけられた。
「今の敏明くんたちの話、梨乃ちゃんはあまり気にするな。僕は気にしていないから」
「えっ?」
それってどっちの意味だろう?
私は気にしていないって意味?
それとも僕に気にするなって言っているの?
なんとなく、僕に気にするなって意味で、言ったように聞こえた。
「それより梨乃ちゃんは、もう家に帰ったほうがいいよ。そろそろ梨乃ちゃんのママが、梨乃の帰りが遅いって、怒っている頃だよ」
「な、何を言っているんだよ梨乃ちゃん。それなら体を元に戻してよ」
「体を元に戻すって何の事? それに梨乃ちゃんはきみだろ、ぼくは清彦だよ」
えっえっ? それってどういう意味だよ梨乃ちゃん!
梨乃ちゃんの言い方は、まるで最初から自分が清彦で、僕が梨乃ちゃんだったみたいな言い方だった。
僕たちの体の入れ替わりなんて、最初からなかったみたいな言い方だった。
なんでそんな嘘をつくの?
もしかして梨乃ちゃんは、そのまま清彦になって、もう元の梨乃ちゃんに戻る気が無いの?
かわりに僕に、梨乃ちゃんになれっていうの?
そんなの嫌だよ!
僕は梨乃ちゃんは好きだけど、だからって梨乃ちゃんになりたいわけじゃないよ!
僕は元の清彦に戻りたいよ!
「冗談はやめてよ梨乃ちゃん! 梨乃ちゃんは親切な人に、体の入れ替わる方法を教えてもらったって、さっき言っていたでしょ!」
「なに言ってるの梨乃ちゃん、体を入れ替えるなんて、そんなこと出来るわけないじゃないか」
梨乃ちゃんは、あくまでも入れ替わりの事は認めないつもりなんだ。
「なんでそんな嘘をつくんだよ! さっき敏明くんたちといっぱい遊んで、もう気が済んだでしょ! お願いだから一度僕に僕の体を返してよ!」
体を元に戻すことができるのは、梨乃ちゃんだけなんだ。梨乃ちゃんにイヤだっていわれたら、僕にはどうにもできない。
だから僕には梨乃ちゃんに、体を元に戻してって、お願いすることしか出来なかった。
「もし梨乃ちゃんが、また敏明くんたちと遊びたいっていうなら、また僕の体を貸してもいいからさ」
本当は気が進まないけど、一旦元の僕に戻るためには、また梨乃ちゃんに僕の体を貸してもいいって、そこまで約束するしかないって思ったんだ。
「うん、敏明くんたちと一緒に遊ぶのは、すごく楽しかったよ」
だけど梨乃ちゃんは、入れ替わりの事には触れずに、敏明くんたちと遊んで楽しかったことだけに触れた。そして……。
「これからも、ぼくは敏明くんたちと一緒に遊びたい。だからごめんね梨乃ちゃん、僕はもう梨乃ちゃんとは一緒に遊べない」
「そんなの、……言っている意味がわかんないよ!」
いや、裏の意味はよくわかった。
梨乃ちゃんは、このまま清彦のままでいたい。僕に体を返す気が無いって言っているんだ。
だけど、そんなの認めたくない!
言っている意味なんて、わかりたくなんかなかった。
「それじゃ、ぼくはもう少し敏明くんたちと遊んでくるから、梨乃ちゃんはぼくを置いて先に家に帰っててよ」
「え、あ、……まってよ!」
言いたいことだけ言って、梨乃ちゃん、いや清彦は、敏明くんたちの所に戻っていった。
敏明くんたちの所に戻った清彦は、敏明くんたちとの遊びを再開した。
もう清彦も敏明くんたちも、僕の事なんか見ていないし、相手にされていない。
僕は公園のすみっこで、ひとりでぽつんと取り残されていた。
「そんな、梨乃ちゃん、……勝手すぎるよ」
もう誰も僕を相手にしてくれない。
もうここにはいられないし、なんだかここには居たくない。
僕は逃げるように、この場を後にした。
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公園から、清彦から、逃げるように離れたけれど、これからどうしよう?
何も考えないで夢中で歩いていたら、気が付いたら僕は清彦の家の前にいた。
「そっか、僕は家に帰ってきたんだ」
いつもなら、「ただいま」って言って、家の中に入るだけだ。
早く家に帰って、自分の部屋に戻って、いつものようにゆっくり休みたい。
だけど、玄関を開けようとして、はっと気が付いた。
「僕は今は、梨乃ちゃんなんだ、どうしよう?」
玄関を開けるのをためらっていたら、向こうから玄関のドアが開いた。
「あら、梨乃ちゃんじゃない、こんにちは」
「お、お母さん」
玄関を開けて、中から出てきたのは、僕の、清彦のお母さんだった。
「あらあら梨乃ちゃん、清彦と遊びに来てくれたの?」
「あ、いや、それは……」
突然の事に、心の準備ができていなかった僕は、どう反応していいのかわからなかった。
それに、お母さんは僕の事を「梨乃ちゃん」って言った。
お母さんにも、僕は清彦に見えなくて、梨乃ちゃんに見えたんだ。ちょっとショックだった。
「ごめんね梨乃ちゃん、せっかく来てもらったのに、いつもならもう帰ってきているのに清彦ったら、まだ帰ってきていないのよ」
知ってる。今も公園で敏明たちと遊んでいる。って、そうじゃなくて!
そうだ、この機会に、お母さんに助けてもらおう。
僕は本当は清彦なんだ、梨乃ちゃんに体を入れ替えられたんだ。ってお母さんに言おう。
お母さんなら、きっとわかってくれる!
「あ、あの……お母さん……実は」
「ごめんね梨乃ちゃん、ちょっと買い忘れがあって、おばさんこれから買い物なの。家を留守にするから、梨乃ちゃんの相手をしてあげられないのよ」
「えっ、えっ?」
「また今度、清彦と遊んであげてね。本当あの子、どこにいったのかしらね」
それだけ言い残して、お母さんは行ってしまった。
そしてまた、僕はひとりでぽつんと、取り残されてしまったんだ。
ハッと気が付いた時には、もう僕の目の前にお母さんはいなかった。
「ま、待って、お母さん!」
慌ててお母さんを追いかけようと、二、三歩駆け出して……すぐに足が止まった。
お母さんを追いかけてどうするの?
僕は本当は清彦なんだ、梨乃ちゃんに体を入れ替えられたんだ。って言えばいいの?
さっきのお母さんの僕への反応を見たら、この姿でそれを言っても、きっとお母さんに信じてもらえない。
僕はさっきまでの自信を、すっかり失っていた。
清彦じゃなくなった僕は、もうここに居場所は無い。この家には帰れない。
どこにも行き場が無い。急に心細くなってきちゃった。
これからどうしよう?
気が進まないけど、今は梨乃ちゃんの家に行くしかなさそうだ。
僕はとぼとぼと、梨乃ちゃんの家のほうへと歩きはじめたのだった。
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「梨乃、やっと帰ってきたわね」
梨乃ちゃんの家の近くまで来たら、僕は梨乃ちゃんを探しに外に出ていた、梨乃ちゃんのママに見つかった。
梨乃ちゃんのママってすごい美人で、梨乃ちゃんはそのママに顔がよく似ている。
だから梨乃ちゃんが大人になったらきっと、梨乃ちゃんのママみたいな美人になるんだなって思う。
「梨乃、こんなに遅くなって、いったいどこに寄り道していたのよ!」
その梨乃ちゃんのママも、僕の事を梨乃ちゃんとして見ていて、僕は梨乃ちゃんのかわりに梨乃ちゃんのママに怒られた。
うう、なんで僕が、梨乃ちゃんのママに怒られなきゃなんないの。
梨乃ちゃんのママって美人だけど、怒るとその怒鳴り声と、釣りあがった目が怖いんだよね。
僕は梨乃ちゃんのママのその剣幕にびくっと怯んで、半泣きになりながら、どうにか声を絞り出した。
「ご、ごめんなさい……ママ」
「……まあいいわ、とにかく家に入りなさい」
「……うん」
どうしたんだろう、梨乃ちゃんのママは、急に怒るのをやめちゃった。
だけど、今の僕には、そのほうが幸いだった。
僕は梨乃ちゃんのママに連れられて、梨乃ちゃんの家の中に入っていったんだ。
僕が梨乃ちゃんの家に来たのって、何ヶ月ぶりだったかな?
小学校に上がる前は、よく遊びにきていたけど、最近は梨乃ちゃんのママがいい顔をしないから、行かなくなってたんだ。
その梨乃ちゃんのママに連れられて、この家に入るなんて、なんだか変な気分だよ。
僕はそのママに、ダイニングルームにつれてこられた。
「まずは手を洗って
「うん」
「うんじゃなくて、はい、でしょ」
「は、はい」
梨乃ちゃんのママに注意されながら、ハンドソープをつけて水道で手を洗った。
手を洗い終わって、タオルで手を拭いた後、梨乃ちゃんのママは僕に、テーブルの席に座るように指示した。
僕は指示されたテーブルの席に座った。
どうやらここは、梨乃ちゃんがいつも座っている指定席みたいだ。
僕が席に着くと、梨乃ちゃんのママはレンジで暖めた何かを、僕の前に持ってきた。
「はい、おやつのパンケーキよ」
それは梨乃ちゃんのママの手作りのパンケーキだった。
それをみたら、なんだか急にお腹が空いてきた。
「わあ、おいしそう」
「遠慮なく食べてね」
「いただきます」
僕はシロップをたっぷりかけて、ナイフでパンケーキを切りながら、それを口にはこんだ。
「どう、おいしい?」
「うん、すごくおいしい」
「そう、それはよかったわ」
梨乃ちゃんのママは、僕がパンケーキを食べる様子を見ながら、すごく嬉しそうに笑っていた。
そんな梨乃ちゃんのママの笑顔をみて、なんでだか僕の胸がすごくドキンとしたんだ。
「本当は、焼きたての作りたてのを、温かいうちに梨乃に食べて欲しかったんだけどね」
「……ごめんなさい」
「いいのよ梨乃、気にしないでね」
『……今日の梨乃は本当に素直ないい子ね。本当にどうしたのかしらね』
僕はシロップをたっぷりかけた、おやつのパンケーキを食べながら、梨乃ちゃんのママの淹れてくれたココアでのどを潤した。
うん、このココアも、甘くて美味しいや。
こうして甘いものを食べたり飲んだりしていると、いつもより美味しく感じるし、なんでだかいつもより幸せな気分を感じている。
なんでだろう?
これって梨乃ちゃんの好みなのかな?
……まあいいか。
ちょっとだけ疑問に感じながら、でも今は難しいことを考えるよりも、幸せな気分に浸りながら、僕は美味しくおやつを食べたのだった。
「ごちそうさま」
おやつを食べ終わって、僕は満足感を感じながら、両手を合わせて、ごちそうさまの挨拶をした。
そんな僕を、梨乃ちゃんのママは意外そうな顔で見つめていた。
あれ、僕、なにか失敗したかな?
「今日の梨乃は、本当にいい子ね」
なんでだか梨乃ちゃんのママはニコニコと嬉しそうだ。
ひょっとして梨乃ちゃん、ふだんはごちそうさまって言っていないとか?
ありうるな、だとしたらまずかったかな?
でも、おかげで梨乃ちゃんのママは嬉しそうなんだし、後の細かいことまで考えていられないし、今はコレでよしとしよう。
僕は食べ終わった後の食器を、流し台にまで持っていって水につけた。
そんな僕を見て、ますます梨乃ちゃんのママは、嬉しそうにしていたのだった。
ずっと梨乃ちゃんのママと一緒にいると、ずっと緊張をさせられて正直きかった。
できれば早く一人になりたかった。
とりあえず梨乃ちゃんの部屋に行こう。そうすれば一人になれるはずだ。
そこで、この後はどうするのか、ゆっくり考えよう。
「じゃあママ、ぼ……わたし、部屋に戻るね」
おやつの食器を片付けた僕は、早く一人になりたくって、赤いランドセルを手に持って、ダイニングを出ようとした。
「梨乃、ちょっとまって」
「えっ」
僕は梨乃ちゃんのママに呼び止められた。
「梨乃、ちょっと気になってることがあるから、部屋に戻る前にママの部屋についてきて」
ママの部屋に来てって、僕、何か梨乃ちゃんのママに怪しまれるような、まずいことでもしたかな?
梨乃ちゃんのママの声は優しいし、別に僕に怒っているわけじゃなさそうだけど。
不安は感じたけれど、今の僕には、梨乃ちゃんのママの言う事を聞くことしかできなかった。
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僕は梨乃ちゃんのママに連れられて、梨乃ちゃんのママ(とパパ)の部屋に入った。
清彦だった時には、この部屋に入ったことは無いから、僕がこの部屋に入るのは、これが初めてだった。
その部屋には、大きなベッドに高そうな洋服タンス、そしてやっぱり高そうで大きなママの鏡台なんかが置かれていた。
「梨乃、そこに座って」
と言われた先は、その鏡台の前の丸い椅子だった。
僕は言われた通りに、その椅子に座った。
僕が座ると同時に、ママは鏡台の鏡の扉を開けた。
正面の大きな鏡には、梨乃ちゃんの全身の姿が映っていた。
『これが……今の僕?』
僕が梨乃ちゃんになっているのはわかっていたけど、今までその実感は少なかった。
入れ替わった直後に、手鏡で今の顔だけ見たけど、今の全身を鏡で見たのはこれが初めてだった。
『本当に、僕は今は梨乃ちゃんなんだ。……かわいい』
僕は鏡の中の梨乃ちゃんに、ううん、今のかわいい僕の姿に見とれた。
僕の胸の奥は、すごくドキドキしていた。
「梨乃、髪を梳かすけど、いいわね?」
「えっ、……は、はい、いいです」
「ありがと、ママね、さっきから梨乃の髪が気になっていたのよ」
そう言いながら、梨乃ちゃんのママは、僕の髪をサイドで留めていたリボンを外した。
鏡の中の僕もリボンを外されて、下ろされたその髪は肩までかかっていた。
リボンを外した梨乃ちゃんなんて、滅多に見たこと無いし、清彦だった時の僕の髪はこんなに長くなかった。
だから珍しいって感じたけれど、それ以上に、髪を下ろした僕もかわいいんだ、そう感じた。
梨乃ちゃんのママは僕の後ろにかがんで、ヘアブラシを手に持って、僕の髪を梳かし始めた
梨乃ちゃんのママにやさしく髪を梳かされて、僕はなんだか心地よかった。
なんだろうこの温かい感じ、小さい子供の頃のような、なんだか懐かしい感じがする。
ふと、鏡越しに見えたママの顔が、僕の知っている誰かとダブって見えたような気がした。誰だったっけ……。
「できたわよ梨乃」
ママの声に僕はハッとした。
髪をきれいに梳かされて、再び髪をリボンで髪を両サイドに結び直された、今の僕の顔が鏡に映っていた。
「どう、かわいくなったでしょ?」
「……うん、かわいい」
僕はドキドキしながら鏡に映る、今の僕の顔に見とれた。
元からかわいかった顔が、さらにかわいさが増したように感じた。
正面からだけでなく、角度を変えながら、斜めや横からも見直した。
『かわいい、今の僕ってこんなにかわいいんだ』
手を伸ばして、そっと髪に触ったり撫でたりしてみた。
触った感触は、さらさらして柔らかくて、指先の触り心地が良かった。
なんだか嬉しくなってきた。
だからだろうか、僕の口からは、こんな言葉が自然に漏れていた。
「ありがとう、ママ」
少しの間、ママは無言だった。
「どうしたのママ?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも梨乃、そろそろお部屋に戻って、部屋着に着替えてらっしゃい」
「は、はい」
ハッと正気に戻った僕は、自分の顔がかわいいって喜んでいたことなどが、急に恥ずかしくなってきた。
ランドセルを手に持って、そそくさとママの部屋を出たのだった。
このとき、僕は自覚していなかった。
僕の中で、清彦のお母さんと、梨乃ちゃんママの姿がダブって、僕の母さんが梨乃ちゃんのママに置き換わっちゃったことに。
そして、僕が部屋を出て行った後、ママはこんな独り言をつぶやいていた。
「ああんもう、なんで今日の梨乃は、こんなにもかわいいのよ!」
まるで中身が別人に変わっちゃったみたい、などと思いかけて、慌ててその思いつきを振り払う。
「そんな訳ないわよね。でも、梨乃は元からかわいかったけど、素直な梨乃がこんなにもかわいいなんて。
今までお互いに意地をはりすぎちゃったかしらね」
今まで梨乃に厳しくしすぎて、最近嫌われた自覚があったけど、本当は仲良くしたいのに、もうお互いに意地を張っていて後には引けなかった。
だけど、なぜかさっきはいい感じだった。
これからは、ちょっとだけ梨乃に優しくしてみようかな。と梨乃のママは思うのだった。
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ママの部屋を出て、ホッと一息ついたすぐ後、一人になれて緊張感が解けたからだろうか?
僕の体がぶるっと震えて、急にオシッコがしたくなってきちゃった。
やばい、トイレに行かなきゃ、……トイレ?
「ど、どどど、どうしよう?」
梨乃ちゃんの体で、僕がトイレに行ってもいいのだろうか?
元の梨乃ちゃんに悪いような気貸して、少しだけ迷った。
でも、迷ったのは、本当に少しだけだった。
「今は僕が梨乃ちゃんなんだから、そんなの気にしなくていいだろ」
これから僕は当分の間、……ううん多分このままずっと、梨乃ちゃんとして生活していかなきゃいけない。
なのに、いちいちトイレのたびに、梨乃ちゃんに悪いなんて思っていられない。
だいたい、僕の体を盗っていって、この体を押し付けたのはその梨乃ちゃんなんだし、これ以上元の梨乃ちゃんに気を使うのはバカみたいな気もした。
「だから僕はトイレに行くけど、僕のせいじゃないからね!」
とここにいない誰かに言いながら、僕は梨乃ちゃんの家のトイレに駆け込んだんだ。
梨乃ちゃんの家のトイレは、新しいタイプの洋式トイレだった。
センサーが僕を感知したのか、僕の目の前でトイレの便座の蓋が持ち上がったんだ。
『うわあ、このトイレすごい』とか思ったりもしたけど、あまり感心している余裕はなかった。
梨乃ちゃんの体で尿意を感じたのは初めてだったけど、我慢の限界が近いって感じたんだ。
初めてなのに、元の清彦の体より我慢が出来ないって、なんとなく感覚的に感じてわかってしまったんだ。
とにかく、漏らしてしまう前に、早くオシッコをすませてしまわなくちゃ。
そんな追い込まれた状態だったからか、僕はそれ以上余計なことは考えないで、スカートをめくってパンツを下ろした。
そしてトイレの便座に腰掛けた。
座ると同時に、張り詰めていた何かが解けて、僕は梨乃ちゃんの体で初めてのオシッコをしたんだ。
ちょろちょろちょろ……、とオシッコの音を聞きながら、僕は開放感を感じていた。
はあ~、すっきりした。
と、オシッコを済ませたその直後、正気に戻って僕は赤面したのだった。
「ぼ、僕は、梨乃ちゃんの体で、オシッコしちゃったんだ……」
便座に座ったまま、そっと自分の下半身を見下ろした。
膝まで下ろしたパンツのおかげで、僕は内股ぎみに便座に腰掛けていた。
その僕の股間には、おちんちんがついて無くて、かわりに割れ目のような溝ができていた。
「今の僕は、本当に女の子なんだ」
今更だけど、僕は改めてそのことを自覚した。
もっとこの体の事がよく知りたい。
もっとよく見てみたい。
どんな感じなのか触ってみたい。
今は戸惑いや嫌悪感よりも、好奇心のほうが勝った。
梨乃ちゃんに悪い、なんて気持ちも、もうあまり感じていなかった。
だって最初にこの体をいらないって態度を取ったのは、その梨乃ちゃんなんだし、
何より今は、
「僕が梨乃ちゃんなんだから」
僕は、このオシッコをきっかけに、すっかり開き直っちゃったんだ。
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#エピローグ
あれから三ヶ月が過ぎた。
今でも僕は、梨乃ちゃんのまま過ごしている。
ううん、それはちょっと違うわね。
だって今は、「私が梨乃なんだもの」
私は梨乃って女の子としての生活に、すっかり慣れちゃった。
梨乃のパパやママと上手くやっているし、梨乃の女友達ともすっかり仲良くなっちゃった。
ママは、
「梨乃は最近は、すっかり素直で聞き分けがよくて、いい子になったわ。もう、なんでこんなにかわいいのよ」
なんて言って、私の事をかわいがってくれるし、特になかよくなった女友達の双葉ちゃんにも、
「梨乃ちゃん、最近素直になった」
「前は自分勝手だったのに、わがままを言わなくなった」
「なんか最近の梨乃ちゃんて、すごく気遣ってくれるようになった、すごく優しくなった」
なんて言われて、なんだかこそばゆい気がした。
男の子の清彦だった時よりも、今の女の子の梨乃としての生活のほうが充実していて、私は今の生活がすっかり気に入っていた。
もう清彦に元に戻りたいとは思わなかった。
逆に最近は、元の梨乃が、男の清彦に飽きたから、梨乃に戻りたいって言ってきたらどうしよう?
と、心配することもある。
あの「ちぇんじ」とかいう入れ替わりの術は、使えるのは清彦(梨乃)で、主導権はあっちにあるからね。
ただ、清彦は清彦で、男子の清彦としての生活を、今でも楽しんでいるみたいだった。
敏明たちとすっかり仲良くなって、毎日泥だらけになって遊んで、私や他の女の子と関わることが少なくなった。
入れ替わる前は、大人しそうな外見の男子だったのに、今では髪の毛をぼさぼさにしたり、シャツを着崩したり、すっかりワイルドになっちゃった。
だからもう戻る気がないんだろうと、ちょっとだけ安心してる。
今の私が、すっかり変わった清彦に戻っても上手くやっていける気がしないし、今の清彦が双葉に戻っても、今の私より上手く双葉をこなせるとは思えない。
今の清彦が例の気まぐれを起して、元に戻るなんて思わないことを祈るだけだ。
「梨乃ちゃん、ちょっといいかな?」
「なあに若葉ちゃん?」
若葉ちゃんは、私が梨乃と入れ替わる前から、梨乃と仲の良かった女友達だ。
その流れで今の私も、若葉ちゃんとはすっかり仲良しになった。
「梨乃ちゃんは最近、清彦くんと全然一緒にいないけど、ケンカでもしたの?」
「別にケンカなんてしていないけど……」
とはいうものの、私と清彦が疎遠になっているのは確かだった。
今の清彦のほうが、今の私と距離を置いて、私と関わろうとしないからなのだけど、
あの日以来、私のほうも今の清彦には色々わだかまりがあって、積極的に関わろうとしていないからだった。
「梨乃ちゃんは、清彦くんのことをどう思っているの?」
「どう、……とは?」
「梨乃ちゃんは清彦くんのことが好きなの?」
はぐらかしようのないストレートな質問だった。いろいろな意味で答えにくい質問だった。
そもそも今の私と今の清彦は、普通の関係ではない。
元の私は清彦で、体が入れ替えられて三ヶ月前から梨乃になった、なんて説明できない。
清彦だった私が、清彦が好きかと聞かれて、どう答えればいいだろう?
でもまあ、そういうの抜きに考えたら、どうなんだろう?
前の梨乃ちゃんが、清彦だった私のことをどう思っていたのか?
幼馴染で気安い関係ではあったけど、今にして思えば好きっていうのとは違っていたと思う。
逆に清彦だった私は、あの日のあの時まで、梨乃ちゃんにドキドキしていた。
今ならわかる、そうとは意識していなかったけど、あの時の私は梨乃ちゃんのことが好きだったんだ。
なら、今の私は、今の清彦のことをどう思っているのか?
「……別に、清彦くんのことは、なんとも思ってないわ」
自分でも驚くほどに、冷ややかな声だった。
清彦(梨乃)への気持ちが醒めていることに気が付いたのだった。
体や性別が変わったから、私の好みや感じ方が変わってしまったのだろうか?
それもあるだろう。だけど、それだけじゃないような、……ああそうか多分あのときだ。
「体を元に戻すって何の事? それに梨乃ちゃんはきみだろ、ぼくは清彦だよ」
「なに言ってるの梨乃ちゃん、体を入れ替えるなんて、そんなこと出来るわけないじゃないか」
体を入れ替えられた直後のあの時に、自分勝手な梨乃ちゃん、今の清彦の態度に、私はショックを受けたんだ。
あの後は、梨乃になった私は、梨乃として生活していくことに追われて、余計なことは考えないようにしていた。
だけど今、すっかり状況が落ち着いて、若葉ちゃんからの質問に、改めて今の自分の気持ちに気が付いたのだった。
もし、あの時の清彦(梨乃)が、
「ごめん清彦くん、男の子の生活が気に入っちゃった。この体もうしばらく貸りるわね」
「お願いがあるの、清彦くん、この体ちょうだい。かわりに私の体をあげるからさ」
こういう話の持っていき方をしていたら、
「ひどいよ梨乃ちゃん、勝手なこと言わないでよ!」
とか言い返しながら、なし崩しに押し切られて、なんだかんだで受け入れていたような気がする。
それでもそうだったなら、清彦(梨乃)への気持ちも、今とは違ってまだ醒めていなかったかもしれない。
今更だけどね。
「うそ、梨乃ちゃん、羨ましいって思うくらいに清彦くんと仲良しだったのに、本当にケンカしてないの?」
羨ましいくらいに仲良しって、若葉ちゃんからはそう見えてたんだ。
「まあ、ケンカはしてないけど、清彦くんとは色々あったからね」
何があったか、さすがに体を入れ替えられたなんて若葉ちゃんには言えないけど、ケンカしていたほうが、まだマシだったよね多分。
「そっか、じゃあ清彦くんは、今はフリーなんだ」
私の返事に、若葉ちゃんは少し考え込んで、そして何か決意した表情になった。
「じゃあさ梨乃ちゃん、お願いがあるんだけど……
「なあにお願いって?」
「梨乃ちゃんのかわりに私が、清彦くんと仲良くなっちゃってもいいかな?」
「え、若葉ちゃんが、清彦くんと?」
なんで若葉ちゃんが、私にこんなことを聞くのかと言うと、私の周りの女子の間では、梨乃と清彦は幼馴染で、小さい頃からの関係で、清彦は梨乃の彼って認識なのらしい。
元は清彦だった私からしたら、彼というより、都合の良いおもちゃだったような気がするけどね。
女子の暗黙の了解で、友達の彼には手を出さない、必要以上に仲良くなりすぎないっていうのがあるらしい。
もっとも、そういうのを気にしないで、他人の彼と仲良くなって、友達から彼を取っちゃう女の子もいるけど、そういう子は嫌われたりするらしい。
女子のそういうところは、正直女の子に馴染んできた今でも面倒くさいって思う。
話が逸れた。ともかくそんなわけで若葉ちゃんは、前から清彦くんに気があったけれど、梨乃、今の私に遠慮して、控え目にしていたらしい。
だけど最近、私と清彦の仲が疎遠になった。
もし私さえ良ければ、若葉ちゃんは清彦と仲良くなりたいと、そういうことだった。
今は梨乃の私さえOKを出せば、晴れて清彦にモーションをかけられる、ということだった。
「ダメかな?」
若葉ちゃんは、不安そうな顔で、私の返事を待っていた。
若葉ちゃんが、清彦のことを好きだったなんて、清彦だった時には気づかなかったし知らなかった。
もし知っていたら、どうしていただろう?
いや、多分その時の私は、梨乃ちゃんしか見ていなかったし、若葉ちゃんの気持ちに答えられなかったと思う。
それはそれとして、今の梨乃としての私の返事を若葉ちゃんに返さなきゃ。
梨乃の体に馴染んで、梨乃の生活が楽しく感じている今の私は、清彦に戻りたいって気持ちも、すっかり薄らいでしまっていた。
清彦に対しての気持ちも、すっかり醒めている今の私は、正直清彦がだれとくっついてもどうでもいいと感じている。
なので、他の女の子にそう問われていれば、「好きにすればいいわ」とあっさり返事をしただろう。
ただ、今の私が仲良くなった若葉ちゃんには、正直あまりお勧めできないと思った。
今の清彦の中身は、あの自分勝手な梨乃なんだ。
体が変わっても、その辺の本質的な部分は、多分変わっていないだろう。
根が素直で性格が大人しい若葉ちゃんでは、前の私のように、今の自分勝手な清彦に振り回されるかもしれない。そう感じたから。
でも、若葉ちゃんの気持ちが本気なのも良くわかった。だから断りにくかった。
それに…………。
「いいわ」
「本当に?」
「うん、若葉の気持ちが清彦くんに伝わるように、応援してるわ」
「ありがとう梨乃ちゃん」
若葉ちゃんは私にお礼を言いながら、嬉しそうに私の手を握ったのだった。
私が若葉ちゃんにOKを出したのは、打算からだった。
今は清彦は、男子の生活を楽しんでいるけど、いつ気が変わるかわからない。
そうでなくても、今は私と距離を置いている清彦が、以前の関係や入れ替わりの秘密を盾に、私の生活に干渉してくるかもしれない。
梨乃ちゃんが好きだったあの頃の私ならともかく、今の私は清彦(梨乃)の自分勝手な行動に、振り回されるのはもうたくさんだ。
若葉ちゃんが清彦に近づけば、もしその気になったときに、まずおもちゃにされるのは若葉ちゃんだろう。
まず若葉ちゃんが盾になってくれる。ワンクッションおいてくれる。
つまり私は私の安全のために、若葉ちゃんを生贄にすることにしたんだ。
それなのに、素直に喜んで私にお礼を言う若葉ちゃんを見て、私は心を痛めたのだった。
「これは若葉ちゃんが望んだことなんだから」
私はそう自分に言い聞かせたのだった。
その後、若葉ちゃんは、清彦にアタックをしかけて、今の清彦と仲良くなり、付き合いはじめた。
そして案の定、自分勝手な今の清彦に振り回されたりしているみたいだった。
それでも若葉ちゃんは、清彦と一緒にいて楽しそうなんだからまあいいか。
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#エピローグ2、それから8年、中学校卒業、高校進学
男子の清彦だった私が、女子の梨乃と入れ替わってもう8年が経った。
あの時小学2年生だった私が、中学校を卒業、高校に進学する年齢になった。
卒業式のときには、双葉や若葉、他に親しい友達みんなと一緒にたくさん泣いちゃった。
私って、すっかり泣き虫になっちゃった。
そして私は、そんな親しい女友達と、お別れ回をやっていた。
「梨乃、本当に女子校に行っちゃうの?」
「うん、受験する時からそう言っていたでしょ」
「それはそうだけど、滑り止めで地元の高校も受けていたし、梨乃やっぱりこっちに来ないかなって思っていた」
「やっぱり梨乃がいなかったら寂しいよ」
「ごめんね私だけいなくなって」
周りの女友達は、わりと地元の高校に進学した。
そんな中、私は少し遠くの女子校を受験して見事合格、その女子校に進学することになったのだ。
ちなみに私は、その進学先の女子校の寮に入って生活することになる。
なので、夏休みや冬休みなど、長期の休みの時にしか帰って来られない予定だ。
「夏休みになったら、帰省してくるから、その時はまた一緒に遊ぼうね」
「うん、約束だよ」
とまあそんな話をした後、他のみんなの今後の予定や近況なんかも話し合った。
双葉がまた彼氏とケンカをして別れたとか、他の子は彼氏ができなくて、そんな双葉が贅沢だとか。
あと若葉が、清彦とののろけ話をはじめて、まわりが生暖かい空気になったりもした。
若葉は相変わらず、清彦の気まぐれに振り回されているみたいだけど、天然の入っている若葉は全然こたえていないようだった。
「いいな若葉、小さい頃は頼りなさげだった清彦が、今じゃすっかりイケメンになって」
「そうだよ、なんで梨乃は、清彦を手放しちゃったのよ」
「あははは、……なんでかな?」
私は笑ってごまかした。
「いいじゃないの、今は若葉が清彦と上手くやってるんだから、私は若葉の事を応援しているわよ」
「ありがとう梨乃」
「でもさ、清彦って実はすごいスケベだって聞いてるけど、実際はどうなの?」
「そうそう、若葉は彼と二人っきりの時、どんなことしてるの?」
「それは……」
若葉はこまったような顔をしながら、こんどはエロまじりののろけ話をはじめて、周りの女子は食い入りようにその話を聞いたのだった。
実は私が遠くの女子校に進学することに決めたのは、その清彦から距離をとるためだった。
清彦はワイルドな容姿のイケメン男子に成長した。
同時に噂話や若葉から聞いた話から、すっかり女の子好きなエロい男子になったらしい。
年頃の男子なんだから、ある程度はしょうがないだろう。
ただし、元をただせば中身は女の子だったはずなのに、男子になって成長してエロ男子になったのは皮肉な話だと思う。
そういう私も、元は男の子だったけど、この体と一緒に成長して、内面もすっかり女らしく成長したと思っている。
いい人がいるのなら、私だって彼氏がほしい!
だけど、清彦はダメだ。私の感が、清彦とは距離を取れと感じていた。
女の子に興味を持ったエロ男子が、「ちぇんじ」なんてもっていたら、どんな使い方をするか?
私は自分勝手で気まぐれな、今の清彦を信用していないのだ。
私は未だに、清彦に対する警戒感が薄まらないのだ。
自分でこう言うのもなんだけど、私はすっかり美少女に成長したと思っている。
……胸のほうは、ちょっとだけ残念だけど。
メイクだのおしゃれだの、美容体操やダイエットなど、そうなるための努力は怠らなかった。
その成果を、「やっぱりその体は俺の体だ」とか言い出して、横取りされたらたまったもんじゃない。
だから無事なうちに、こうして距離をとることにしたのだ。
ゴメン若葉、清彦のこと、あとは頼んだわね。
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#最後は若葉視点で。
私の名前は若葉、最近地元の高校に入学したばかりの女子高生だ。
今日は終末の休みに、彼氏の清彦くんと一緒に、映画を見たり、ウインドウショッピングをしたり、デートしてきた。
もっとも映画はともかく、ウインドウショッピングは、男子の清彦くんにはちょっと退屈だったみたい。
その帰り道、「今の時間は俺の家には両親がいないんだ、俺の家に寄っていかないか?」と清彦くんに誘われた。
キタ――――ッ! と思いながら、私は清彦くんのそのお誘いを受けた。
清彦くんとは、もう何度も男と女の関係になっているんだし、このときもいつもと同じつもりだった。
清彦くんって、体もチンコもたくましくて、一番最初の処女の時は、色々と大変だったっけ。
でも、何度も体を重ねていくうちに、だんだん体の相性もよくなっていって、今じゃ相性ばっちりだわ。
私の体は、特におマンコは、清彦くんのチンコ専用に調教されちゃった♥️
清彦くんのことを、エロ男子っていう人がいるけど、私も清彦くんが相手なら、すっかりエロ女子なんだからね。
デートの後のこの時を、私は楽しみにしていた。……していたんだけど。
清彦くんに部屋で、私は清彦くんに背中を向けて服を脱いでいた。
清彦くんも、私の後ろで服を脱いでいた。
私は行為で気持ちを盛り上げながら、服を脱がされるのが好きなのだけど、今日は彼にこうしてくれって言われたから。
んもう、その代わりに、前戯で盛り上げてよね。
「なあ若葉、男の体より女の体のほうが、SEXの気持ちがいいって本当なのか?」
「そんなのわかんないわよ」
だって私は女の子の体の気持ち良さのことはわかっても、男の体の気持ち良さなんてわからないもの。
清彦くんだってそうでしょ?
「……梨乃だったときに経験しておけば、いや、さすがに小学二年生の体じゃ無理だったよな」
「清彦くん、なに言ってるの?」
清彦は、変なところで女の子に詳しかったり、疎かったり、たまに訳のわからないことを言うことがある。
「なあ若葉、これから俺たち、体を入れ替えて男女逆で経験してみないか?」
「なにいってるの、そんなことできるわけが……」
「いや、こうすれば出来るんだ。はあああっ!!」
と、清彦くんが私に向き直って体を大の字に開いて、変な掛け声をかけながら気合を入れた。
すると清彦くんの体から、光の煙みたいなものがたちこめているのが見えた。
それと同時に、大の字に開いた清彦くんの体に合わせるかのように、私の体も大の字で清彦くんに向き直った。
「えっえっ、なによコレ?」
まるで金縛りにあったみたいに、私の体は動かせなくて、私と清彦くんは素っ裸のまま大の字で向き合っていた。
「いくぞ、チェンジ!」
清彦くんの口から、ピンクの光が飛び出して、私の口に飛び込んだ。
その瞬間、私の意識は一瞬途絶えた。
私の意識は、私の器から切り離されて、どこか別の器に移し替えられた、そんな気がした。
そして、だんだん体の感覚が戻って来て、焦点の合っていなかった視界がぼんやりと戻ってきた。
「えっ、わ、わたし?」
私の目の前には、ちょっと顔が年齢より幼くて、なのにおっぱいの大きめな素っ裸の女の子、若葉が立っていた。
「な、なにこの声、それに、……何がどうなってるのよ私の体!」
私の体は、なぜか筋肉質な男の体になっていた。
そして私の股間には、女の子にあるはずのないチンコがそそり立っていて……。
なによこれ、わたしなんだかムラムラして、なんか変!
「ねえ若葉、……来て♥️」
私は目の前の女の子の挑発に、理性が吹き飛んでしまって、まるで獣のように襲い掛かっていたのだった。
あれから数日が経った。
私はまだ、清彦くんの体で、男子の清彦くんとして高校生活を送っていた。
「ねえ清彦くん、そろそろ私の体を返してよ」
「違うでしょ、今はあなたが清彦で、私が若葉でしょ、学校ではそう演じる約束でしょ」
「それはそうだけど」
「それにしても、久しぶりに女の子になってみたけど、なんだか新鮮で悪くないな」
などと楽しそうに話す元の自分の体を目の前に見ながら、私は恨めしそうにつぶやいた。
「……まさか、あなたが元は梨乃ちゃんだったなんて、思わなかったわよ」
なんで知ってるかって、それは目の前に居る若葉が、教えてくれたからだった。
あの後、男の本能に突き動かされて、私は元の自分の体を襲った。
目の前の女を襲い、女の体を征服する。
今まで感じたことの無い高揚感と、征服欲で満たされて、すごく気分が良かった。
だけどことが終わった後、すっかり気持ちがさめてしまって、私はやったことを後悔した。
あれって賢者タイムってやつだったらしい。
あのあと、若葉の体になった清彦くんが、面白がって色々教えてくれた。
梨乃が、私が親友だと思って接していた女の子が、実は小学二年生の時から、中身が清彦くんだったってことを。
そして私が彼氏として付き合っていた清彦くんの中身は、実は梨乃だったということを。
後から思えば、梨乃ちゃんは、清彦くんと付き合う私に、遠まわしに警告や忠告をしてくれていたっけ。
そして高校は、今にして思えばまるで逃げるように、遠くの女子校に行ってしまった。
今の梨乃ちゃんは、秘密を話さないで出来る範囲の事は私にしてくれた。
それはわかるんだけど、でもつい「梨乃ちゃんずるい」、と思ってしまった。
「この体、もうちょっと女子の生活を楽しんだら返すからさ、それまでそっちも男子の生活を楽しんでよ。じゃあね」
清彦くん、それとも梨乃ちゃんて言えばいいのかな、あの時女の子のSEXや女の子の体の気持ちよさにはまってしまったみたい。
そのまま元の私の若葉の体に居座って、なかなか返してくれないのだった。
遠ざかる若葉の後姿を見ながら、私はため息をついた。
「あれは私の体なのに、……私のおっぱい大きかったな、触り心地もすごくよかったし、それに後姿のあのおしりがたまんない。……やだ、なんか勃ってきちゃった」
私は慌てて男子トイレに駆け込んだ。
抜かなきゃ。抜いてこのむらむらした気持ちを落ち着けなきゃ。
今の若葉の姿を、若葉のおっぱいやお尻を思い浮かべながら、私は今の私のチンコをしごいた。
「こうなったのは清彦のせいよ、後で私のこれでたっぷりかわいがってやるんだからね! それに」
と、今度は親友だったはずの梨乃の姿を思い浮かべながら、私はちんこをしごき続けた。
「梨乃も梨乃よ、今度会ったら私のこれで、あんたを滅茶苦茶にしてやるんだからね!」
私は脳裏の梨乃を想像で滅茶苦茶にしながら、男の欲望を吐き出した。
すごく気持ちよかった。
だけど、すぐに気持ちがさめて後悔した。
「私はいったい、なにを考えていたのよ」
だけど、最初の頃より、段々後悔が少なくなってきた。段々男になった自分を受け入れるようになってきた。
これ以上この体の中にいると、取り返しがきかなくなるような気がした。
「助けてよ梨乃、私を助けてよ」
私はつい、ここにいない親友に、弱音を吐いた。
同時に、私は自覚しないうちに、梨乃に特別な感情を抱き始めていた。
夏休みになって、梨乃が実家に帰省して来た時、私の心は清彦か若葉か、いったいどっちの体の中にいるんだろう?
そして今度梨乃に会った時、私の心は、梨乃にどんな感情を抱くことになるんだろう?
そのこたえは、まだわからないのだった。
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これにてエンド
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近所の幼馴染の梨乃ちゃんは、ちょっと勝気な女の子だ。
「わたし、清彦くんみたいな男の子に生まれたかったな」
なんて僕に言うほど勝気で、ちょっと変わった女の子だ。
僕が「なんで男の子のに生まれたかったの?」って聞いたら、
男の子の方が楽しそうだから、って言っていた。
「学校のグラウンドや公園で、泥だらけになって遊んでいる男子が、すごく羨ましかった」
「そんなことくらいで?」
「そんなことっていうけど、一度私が男子と遊んで、泥だらけになって帰ってきたら、後でママがうるさかった。
わたしのやることに、あれはだめこれもだめ、女の子は女の子らしくしなさいって、いちいち口うるさいし、
他の女子も、ママほどじゃないけど、色々わたしにお節介なことを言ってきてうるさいし、女の子なんて窮屈で面倒くさいわよ」
だんだん男の子がいいっていうより、女の子がいやって話になっていた。
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そんな会話をした数日後、僕は梨乃ちゃんに呼び出された。
いったい僕になんだろう?
「ねえ清彦くん、お願いがあるの」
「な、なに?」
この雰囲気、もしかしてわたしと付き合って、かな?
まさかね、でもちょっとだけ期待してどきどきしていた。
「わたし、どうしても男の子になりたいの、だからわたしと入れ替わって!」
「はあ?」
ちょっとがっかりしながら言い返した。
「いやだよ僕、それにそんなことできるわけないでしょ」
「清彦くんがいやでもそうする、わたしがそう決めたの!
それに、親切な人が、梨乃にいいことを教えてくれたからできるもん!」
「いいことって?」
こういうときの梨乃ちゃんはろくなことをしない。
いやな予感がしたけど、聞き返さずにはいられなかった。
「それは、こうするのよ」
そう言いながら梨乃ちゃんは、手足を大の字に広げて僕に向き直った。
そして、「はあああっ!」とか掛け声をかけて気合をいれた。
すると不思議なことに、梨乃ちゃんの体から光の煙みたいなものがたちこめているのが見えた。
僕は本能的に思った。やばい、逃げなきゃ。
でも、もう手遅れだった。
僕の体は、梨乃ちゃんの動きに合わせるように、勝手に大の字に広がり、金縛りにあったように動けなくなっちゃったんだ。
「いくわよ、チェンジ!」
梨乃ちゃんの口から、ピンクの光の塊が飛び出して、僕の口の中に飛び込んだ。
その直後、僕は一瞬気を失っちゃったんで、何が起こったのかわからなかった。
でも、もし第三者からそのときの様子が見えたら、僕の口から青っぽい光の塊が飛び出して、梨乃ちゃんの口の中に飛び込んだように見えただろう。
そして次に僕が気がついたときには、僕の目の前には僕が、清彦が立っていたんだ。
「やったあ、本当に入れ替われた、わたし清彦くんになったんだ」
清彦はぺたぺたと自分の体を触って、なんだかすごくうれしそうなかおをしていた。
そして僕は、なんでだかついさっきまで梨乃ちゃんが着ていた服を着て、スカートまで穿いていたんだ。
「え、何? いったい何が起こったの?」
「何がって、わたしと清彦くんの体が、入れ替わったに決まってるでしょ!」
と、目の前の清彦が僕に言った。
「そんなバカな!」
「信じてないの? なら証拠を見せてあげる」
と言って清彦が、いつの間にか梨乃ちゃんのランドセルから取り出していた手鏡を、僕に手渡した。
おそるおそる手鏡を覗くと、鏡には不安そうな梨乃ちゃんの顔が映っていた。
「これが…僕?」
僕のしゃべる声にあわせて、鏡の中の梨乃ちゃんも口をぱくぱく動かした。
まさかと思いながら、もう一度今の体を見下ろした。
僕が着ているのは、セーラー服タイプの、うちの小学校の女子の制服だった。
胸元の名札には『りの』とひらがなで名前が書かれていた。
スカート脳上から、股間を触ってみたら、そこにあるはずのおちんちんがなかった。
僕、女の子になってるの!
信じられないけど、認めたくないけど、もう認めるしかない。
「僕が梨乃ちゃんになってる!」
なんでこうなったのか?
ここまできたらさすがにわかる。
「これって、さっき梨乃ちゃんのやった、変なおまじないのせいだよね?」
「そうよ、すごいでしょ、さっきも言ったけど、親切な人が教えてくれたのよ!」
清彦は得意げに胸を張った。僕は慌ててお願いした。
「こんなのいやだよ、返してよ、僕のからだ!」
「いやよ、やっと男の子になれたのに、戻るわけないでしょ、男の子を楽しむのはこれからなんだからね」
清彦はそう言いながら、僕の黒いランドセルをかついだ。
「じゃあね『梨乃』ちゃん、これからぼくは、敏明くんたちの所に行って遊んでくるから」
そう言い残して駆け出した。
「ま、待ってよ梨乃ちゃん!」
僕は慌てて追いかけ、……梨乃ちゃんの赤いランドセルを置いていくわけにもいかず、それをかついでから清彦を追いかけた。
もたもたしているうちに、先に駆け出した清彦の姿は、とっくに見えなくなっていた。
だけど、敏明くんたちの所に行くって言っていたから、行き先はわかる。
僕は清彦の後を追いかけて走りはじめた。
「はあはあはあ、……なにこれ、…はあはあ、…もう息が……きれてきた…」
少し走っただけなのに、梨乃ちゃんの体は元の僕の体より息の切れるのが早くて、そしてなんでだかいつもより少し走りにくかった。
それに、走っていると、このスカートの裾がひらひらして、なんだか気分が落ち着かない。
「はあはあ、……行き先は…わかってるんだから、…少し…歩こう」
僕は息を整えながら、敏明くんたち近所の男子がいつも遊び場にしている、近所の公園に歩いて向かった。
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近所の公園に着くと、敏明くんたちと話をつけた清彦が、早くも一緒に遊んでいた。
どうやら敏明たちは、ドッジボールをやっているみたいだった。
こうなったら、プレイが中断するまで声をかけられない。ちょっとだけ待つことにした。
僕はドッジボールは嫌いなんだよね、当たると痛いし。なぜか僕はよく狙われるし。
そう思いながら見ていたら、清彦は敏明くんたちの投げるボールを、ひらりひらりとかわしていた。
僕って同学年の男子の中では身軽なのか、ボールをかわして逃げるのは得意だったんだよね。
あっ、清彦がボールをキャッチした!
すかさず反撃、まさか清彦にボールを取られて、反撃までされるとは思っていなかった敏明くんが、ボールを当てられて悔しがっていた。
そんな調子でこの後も、今の清彦は大活躍だった。
僕はそんな清彦を、複雑な思いで見ていたのだった。
「いつもよりすげえよ清彦、今日はどうしたんだよ、変なものでも食べたのか?」
「清彦くんがここまでやれるとは、正直見直したよ」
「えへへ、そんなことあるよ!」
「こいつ、すっかり調子にのりやがって」
清彦は、ドッジボールの後も、すっかり敏明たち男子と打ち解けていた。
そして梨乃ちゃんの体の今の僕は、そんな男子たちに相手にされていなくて、なかなかその間に割り込めないでいた。
それでも、話が中断したタイミングで、どうにか話しかけた。
「あのー、ちょっといいかな?」
「なんだよ梨乃、お前そこにいたのかよ」
敏明くんに、声をかけた僕は、露骨に面倒くさそうな態度を取られた。
男子たちの間に割り込む女の子、今の僕は敏明たちには異物だったんだ。
「そこの梨乃ちゃん、……じゃなかった、清彦くんに用があるんだ」
それでも敏明くんを相手に僕は、どうにか用件を切り出したんだ。
そんな僕の相手をしている敏明くんに、清彦が申し出た。
「ぼくが梨乃ちゃんと話をつけるから、ちょっと待ってて」
「そうか、じゃあ任せた」
清彦の申し出に、露骨にホッとした敏明くんは、僕のことを清彦に任せた。
「じゃあ、あっちで話そうか」
清彦に促されて、僕たちは敏明くんたちとは一旦距離を置いた。
その時、敏明くんたちの会話が聞こえた。
「梨乃を相手にしてると、色々面倒なんだよな」
「そうそう、前に娘を泥だらけにされたって、あいつの母親がどなりこんできたもんな」
「下手に怪我でもさせたら、何言われるかわかんないもんな」
わざと僕に聞こえるように話していた。
梨乃ちゃんが、敏明くんたちに避けられているのは、女の子だからってだけじゃないんだ。
そして今は、僕がその梨乃ちゃんで、敏明くんたちに避けられている存在なんだってことを思い知らされた。
今の敏明くんたちの会話を聞いて、当の梨乃ちゃんはどう感じているんだろう?
そんなことを思っていたら、その梨乃ちゃん、いや今は清彦、から声をかけられた。
「今の敏明くんたちの話、梨乃ちゃんはあまり気にするな。僕は気にしていないから」
「えっ?」
それってどっちの意味だろう?
私は気にしていないって意味?
それとも僕に気にするなって言っているの?
なんとなく、僕に気にするなって意味で、言ったように聞こえた。
「それより梨乃ちゃんは、もう家に帰ったほうがいいよ。そろそろ梨乃ちゃんのママが、梨乃の帰りが遅いって、怒っている頃だよ」
「な、何を言っているんだよ梨乃ちゃん。それなら体を元に戻してよ」
「体を元に戻すって何の事? それに梨乃ちゃんはきみだろ、ぼくは清彦だよ」
えっえっ? それってどういう意味だよ梨乃ちゃん!
梨乃ちゃんの言い方は、まるで最初から自分が清彦で、僕が梨乃ちゃんだったみたいな言い方だった。
僕たちの体の入れ替わりなんて、最初からなかったみたいな言い方だった。
なんでそんな嘘をつくの?
もしかして梨乃ちゃんは、そのまま清彦になって、もう元の梨乃ちゃんに戻る気が無いの?
かわりに僕に、梨乃ちゃんになれっていうの?
そんなの嫌だよ!
僕は梨乃ちゃんは好きだけど、だからって梨乃ちゃんになりたいわけじゃないよ!
僕は元の清彦に戻りたいよ!
「冗談はやめてよ梨乃ちゃん! 梨乃ちゃんは親切な人に、体の入れ替わる方法を教えてもらったって、さっき言っていたでしょ!」
「なに言ってるの梨乃ちゃん、体を入れ替えるなんて、そんなこと出来るわけないじゃないか」
梨乃ちゃんは、あくまでも入れ替わりの事は認めないつもりなんだ。
「なんでそんな嘘をつくんだよ! さっき敏明くんたちといっぱい遊んで、もう気が済んだでしょ! お願いだから一度僕に僕の体を返してよ!」
体を元に戻すことができるのは、梨乃ちゃんだけなんだ。梨乃ちゃんにイヤだっていわれたら、僕にはどうにもできない。
だから僕には梨乃ちゃんに、体を元に戻してって、お願いすることしか出来なかった。
「もし梨乃ちゃんが、また敏明くんたちと遊びたいっていうなら、また僕の体を貸してもいいからさ」
本当は気が進まないけど、一旦元の僕に戻るためには、また梨乃ちゃんに僕の体を貸してもいいって、そこまで約束するしかないって思ったんだ。
「うん、敏明くんたちと一緒に遊ぶのは、すごく楽しかったよ」
だけど梨乃ちゃんは、入れ替わりの事には触れずに、敏明くんたちと遊んで楽しかったことだけに触れた。そして……。
「これからも、ぼくは敏明くんたちと一緒に遊びたい。だからごめんね梨乃ちゃん、僕はもう梨乃ちゃんとは一緒に遊べない」
「そんなの、……言っている意味がわかんないよ!」
いや、裏の意味はよくわかった。
梨乃ちゃんは、このまま清彦のままでいたい。僕に体を返す気が無いって言っているんだ。
だけど、そんなの認めたくない!
言っている意味なんて、わかりたくなんかなかった。
「それじゃ、ぼくはもう少し敏明くんたちと遊んでくるから、梨乃ちゃんはぼくを置いて先に家に帰っててよ」
「え、あ、……まってよ!」
言いたいことだけ言って、梨乃ちゃん、いや清彦は、敏明くんたちの所に戻っていった。
敏明くんたちの所に戻った清彦は、敏明くんたちとの遊びを再開した。
もう清彦も敏明くんたちも、僕の事なんか見ていないし、相手にされていない。
僕は公園のすみっこで、ひとりでぽつんと取り残されていた。
「そんな、梨乃ちゃん、……勝手すぎるよ」
もう誰も僕を相手にしてくれない。
もうここにはいられないし、なんだかここには居たくない。
僕は逃げるように、この場を後にした。
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公園から、清彦から、逃げるように離れたけれど、これからどうしよう?
何も考えないで夢中で歩いていたら、気が付いたら僕は清彦の家の前にいた。
「そっか、僕は家に帰ってきたんだ」
いつもなら、「ただいま」って言って、家の中に入るだけだ。
早く家に帰って、自分の部屋に戻って、いつものようにゆっくり休みたい。
だけど、玄関を開けようとして、はっと気が付いた。
「僕は今は、梨乃ちゃんなんだ、どうしよう?」
玄関を開けるのをためらっていたら、向こうから玄関のドアが開いた。
「あら、梨乃ちゃんじゃない、こんにちは」
「お、お母さん」
玄関を開けて、中から出てきたのは、僕の、清彦のお母さんだった。
「あらあら梨乃ちゃん、清彦と遊びに来てくれたの?」
「あ、いや、それは……」
突然の事に、心の準備ができていなかった僕は、どう反応していいのかわからなかった。
それに、お母さんは僕の事を「梨乃ちゃん」って言った。
お母さんにも、僕は清彦に見えなくて、梨乃ちゃんに見えたんだ。ちょっとショックだった。
「ごめんね梨乃ちゃん、せっかく来てもらったのに、いつもならもう帰ってきているのに清彦ったら、まだ帰ってきていないのよ」
知ってる。今も公園で敏明たちと遊んでいる。って、そうじゃなくて!
そうだ、この機会に、お母さんに助けてもらおう。
僕は本当は清彦なんだ、梨乃ちゃんに体を入れ替えられたんだ。ってお母さんに言おう。
お母さんなら、きっとわかってくれる!
「あ、あの……お母さん……実は」
「ごめんね梨乃ちゃん、ちょっと買い忘れがあって、おばさんこれから買い物なの。家を留守にするから、梨乃ちゃんの相手をしてあげられないのよ」
「えっ、えっ?」
「また今度、清彦と遊んであげてね。本当あの子、どこにいったのかしらね」
それだけ言い残して、お母さんは行ってしまった。
そしてまた、僕はひとりでぽつんと、取り残されてしまったんだ。
ハッと気が付いた時には、もう僕の目の前にお母さんはいなかった。
「ま、待って、お母さん!」
慌ててお母さんを追いかけようと、二、三歩駆け出して……すぐに足が止まった。
お母さんを追いかけてどうするの?
僕は本当は清彦なんだ、梨乃ちゃんに体を入れ替えられたんだ。って言えばいいの?
さっきのお母さんの僕への反応を見たら、この姿でそれを言っても、きっとお母さんに信じてもらえない。
僕はさっきまでの自信を、すっかり失っていた。
清彦じゃなくなった僕は、もうここに居場所は無い。この家には帰れない。
どこにも行き場が無い。急に心細くなってきちゃった。
これからどうしよう?
気が進まないけど、今は梨乃ちゃんの家に行くしかなさそうだ。
僕はとぼとぼと、梨乃ちゃんの家のほうへと歩きはじめたのだった。
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「梨乃、やっと帰ってきたわね」
梨乃ちゃんの家の近くまで来たら、僕は梨乃ちゃんを探しに外に出ていた、梨乃ちゃんのママに見つかった。
梨乃ちゃんのママってすごい美人で、梨乃ちゃんはそのママに顔がよく似ている。
だから梨乃ちゃんが大人になったらきっと、梨乃ちゃんのママみたいな美人になるんだなって思う。
「梨乃、こんなに遅くなって、いったいどこに寄り道していたのよ!」
その梨乃ちゃんのママも、僕の事を梨乃ちゃんとして見ていて、僕は梨乃ちゃんのかわりに梨乃ちゃんのママに怒られた。
うう、なんで僕が、梨乃ちゃんのママに怒られなきゃなんないの。
梨乃ちゃんのママって美人だけど、怒るとその怒鳴り声と、釣りあがった目が怖いんだよね。
僕は梨乃ちゃんのママのその剣幕にびくっと怯んで、半泣きになりながら、どうにか声を絞り出した。
「ご、ごめんなさい……ママ」
「……まあいいわ、とにかく家に入りなさい」
「……うん」
どうしたんだろう、梨乃ちゃんのママは、急に怒るのをやめちゃった。
だけど、今の僕には、そのほうが幸いだった。
僕は梨乃ちゃんのママに連れられて、梨乃ちゃんの家の中に入っていったんだ。
僕が梨乃ちゃんの家に来たのって、何ヶ月ぶりだったかな?
小学校に上がる前は、よく遊びにきていたけど、最近は梨乃ちゃんのママがいい顔をしないから、行かなくなってたんだ。
その梨乃ちゃんのママに連れられて、この家に入るなんて、なんだか変な気分だよ。
僕はそのママに、ダイニングルームにつれてこられた。
「まずは手を洗って
「うん」
「うんじゃなくて、はい、でしょ」
「は、はい」
梨乃ちゃんのママに注意されながら、ハンドソープをつけて水道で手を洗った。
手を洗い終わって、タオルで手を拭いた後、梨乃ちゃんのママは僕に、テーブルの席に座るように指示した。
僕は指示されたテーブルの席に座った。
どうやらここは、梨乃ちゃんがいつも座っている指定席みたいだ。
僕が席に着くと、梨乃ちゃんのママはレンジで暖めた何かを、僕の前に持ってきた。
「はい、おやつのパンケーキよ」
それは梨乃ちゃんのママの手作りのパンケーキだった。
それをみたら、なんだか急にお腹が空いてきた。
「わあ、おいしそう」
「遠慮なく食べてね」
「いただきます」
僕はシロップをたっぷりかけて、ナイフでパンケーキを切りながら、それを口にはこんだ。
「どう、おいしい?」
「うん、すごくおいしい」
「そう、それはよかったわ」
梨乃ちゃんのママは、僕がパンケーキを食べる様子を見ながら、すごく嬉しそうに笑っていた。
そんな梨乃ちゃんのママの笑顔をみて、なんでだか僕の胸がすごくドキンとしたんだ。
「本当は、焼きたての作りたてのを、温かいうちに梨乃に食べて欲しかったんだけどね」
「……ごめんなさい」
「いいのよ梨乃、気にしないでね」
『……今日の梨乃は本当に素直ないい子ね。本当にどうしたのかしらね』
僕はシロップをたっぷりかけた、おやつのパンケーキを食べながら、梨乃ちゃんのママの淹れてくれたココアでのどを潤した。
うん、このココアも、甘くて美味しいや。
こうして甘いものを食べたり飲んだりしていると、いつもより美味しく感じるし、なんでだかいつもより幸せな気分を感じている。
なんでだろう?
これって梨乃ちゃんの好みなのかな?
……まあいいか。
ちょっとだけ疑問に感じながら、でも今は難しいことを考えるよりも、幸せな気分に浸りながら、僕は美味しくおやつを食べたのだった。
「ごちそうさま」
おやつを食べ終わって、僕は満足感を感じながら、両手を合わせて、ごちそうさまの挨拶をした。
そんな僕を、梨乃ちゃんのママは意外そうな顔で見つめていた。
あれ、僕、なにか失敗したかな?
「今日の梨乃は、本当にいい子ね」
なんでだか梨乃ちゃんのママはニコニコと嬉しそうだ。
ひょっとして梨乃ちゃん、ふだんはごちそうさまって言っていないとか?
ありうるな、だとしたらまずかったかな?
でも、おかげで梨乃ちゃんのママは嬉しそうなんだし、後の細かいことまで考えていられないし、今はコレでよしとしよう。
僕は食べ終わった後の食器を、流し台にまで持っていって水につけた。
そんな僕を見て、ますます梨乃ちゃんのママは、嬉しそうにしていたのだった。
ずっと梨乃ちゃんのママと一緒にいると、ずっと緊張をさせられて正直きかった。
できれば早く一人になりたかった。
とりあえず梨乃ちゃんの部屋に行こう。そうすれば一人になれるはずだ。
そこで、この後はどうするのか、ゆっくり考えよう。
「じゃあママ、ぼ……わたし、部屋に戻るね」
おやつの食器を片付けた僕は、早く一人になりたくって、赤いランドセルを手に持って、ダイニングを出ようとした。
「梨乃、ちょっとまって」
「えっ」
僕は梨乃ちゃんのママに呼び止められた。
「梨乃、ちょっと気になってることがあるから、部屋に戻る前にママの部屋についてきて」
ママの部屋に来てって、僕、何か梨乃ちゃんのママに怪しまれるような、まずいことでもしたかな?
梨乃ちゃんのママの声は優しいし、別に僕に怒っているわけじゃなさそうだけど。
不安は感じたけれど、今の僕には、梨乃ちゃんのママの言う事を聞くことしかできなかった。
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僕は梨乃ちゃんのママに連れられて、梨乃ちゃんのママ(とパパ)の部屋に入った。
清彦だった時には、この部屋に入ったことは無いから、僕がこの部屋に入るのは、これが初めてだった。
その部屋には、大きなベッドに高そうな洋服タンス、そしてやっぱり高そうで大きなママの鏡台なんかが置かれていた。
「梨乃、そこに座って」
と言われた先は、その鏡台の前の丸い椅子だった。
僕は言われた通りに、その椅子に座った。
僕が座ると同時に、ママは鏡台の鏡の扉を開けた。
正面の大きな鏡には、梨乃ちゃんの全身の姿が映っていた。
『これが……今の僕?』
僕が梨乃ちゃんになっているのはわかっていたけど、今までその実感は少なかった。
入れ替わった直後に、手鏡で今の顔だけ見たけど、今の全身を鏡で見たのはこれが初めてだった。
『本当に、僕は今は梨乃ちゃんなんだ。……かわいい』
僕は鏡の中の梨乃ちゃんに、ううん、今のかわいい僕の姿に見とれた。
僕の胸の奥は、すごくドキドキしていた。
「梨乃、髪を梳かすけど、いいわね?」
「えっ、……は、はい、いいです」
「ありがと、ママね、さっきから梨乃の髪が気になっていたのよ」
そう言いながら、梨乃ちゃんのママは、僕の髪をサイドで留めていたリボンを外した。
鏡の中の僕もリボンを外されて、下ろされたその髪は肩までかかっていた。
リボンを外した梨乃ちゃんなんて、滅多に見たこと無いし、清彦だった時の僕の髪はこんなに長くなかった。
だから珍しいって感じたけれど、それ以上に、髪を下ろした僕もかわいいんだ、そう感じた。
梨乃ちゃんのママは僕の後ろにかがんで、ヘアブラシを手に持って、僕の髪を梳かし始めた
梨乃ちゃんのママにやさしく髪を梳かされて、僕はなんだか心地よかった。
なんだろうこの温かい感じ、小さい子供の頃のような、なんだか懐かしい感じがする。
ふと、鏡越しに見えたママの顔が、僕の知っている誰かとダブって見えたような気がした。誰だったっけ……。
「できたわよ梨乃」
ママの声に僕はハッとした。
髪をきれいに梳かされて、再び髪をリボンで髪を両サイドに結び直された、今の僕の顔が鏡に映っていた。
「どう、かわいくなったでしょ?」
「……うん、かわいい」
僕はドキドキしながら鏡に映る、今の僕の顔に見とれた。
元からかわいかった顔が、さらにかわいさが増したように感じた。
正面からだけでなく、角度を変えながら、斜めや横からも見直した。
『かわいい、今の僕ってこんなにかわいいんだ』
手を伸ばして、そっと髪に触ったり撫でたりしてみた。
触った感触は、さらさらして柔らかくて、指先の触り心地が良かった。
なんだか嬉しくなってきた。
だからだろうか、僕の口からは、こんな言葉が自然に漏れていた。
「ありがとう、ママ」
少しの間、ママは無言だった。
「どうしたのママ?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも梨乃、そろそろお部屋に戻って、部屋着に着替えてらっしゃい」
「は、はい」
ハッと正気に戻った僕は、自分の顔がかわいいって喜んでいたことなどが、急に恥ずかしくなってきた。
ランドセルを手に持って、そそくさとママの部屋を出たのだった。
このとき、僕は自覚していなかった。
僕の中で、清彦のお母さんと、梨乃ちゃんママの姿がダブって、僕の母さんが梨乃ちゃんのママに置き換わっちゃったことに。
そして、僕が部屋を出て行った後、ママはこんな独り言をつぶやいていた。
「ああんもう、なんで今日の梨乃は、こんなにもかわいいのよ!」
まるで中身が別人に変わっちゃったみたい、などと思いかけて、慌ててその思いつきを振り払う。
「そんな訳ないわよね。でも、梨乃は元からかわいかったけど、素直な梨乃がこんなにもかわいいなんて。
今までお互いに意地をはりすぎちゃったかしらね」
今まで梨乃に厳しくしすぎて、最近嫌われた自覚があったけど、本当は仲良くしたいのに、もうお互いに意地を張っていて後には引けなかった。
だけど、なぜかさっきはいい感じだった。
これからは、ちょっとだけ梨乃に優しくしてみようかな。と梨乃のママは思うのだった。
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ママの部屋を出て、ホッと一息ついたすぐ後、一人になれて緊張感が解けたからだろうか?
僕の体がぶるっと震えて、急にオシッコがしたくなってきちゃった。
やばい、トイレに行かなきゃ、……トイレ?
「ど、どどど、どうしよう?」
梨乃ちゃんの体で、僕がトイレに行ってもいいのだろうか?
元の梨乃ちゃんに悪いような気貸して、少しだけ迷った。
でも、迷ったのは、本当に少しだけだった。
「今は僕が梨乃ちゃんなんだから、そんなの気にしなくていいだろ」
これから僕は当分の間、……ううん多分このままずっと、梨乃ちゃんとして生活していかなきゃいけない。
なのに、いちいちトイレのたびに、梨乃ちゃんに悪いなんて思っていられない。
だいたい、僕の体を盗っていって、この体を押し付けたのはその梨乃ちゃんなんだし、これ以上元の梨乃ちゃんに気を使うのはバカみたいな気もした。
「だから僕はトイレに行くけど、僕のせいじゃないからね!」
とここにいない誰かに言いながら、僕は梨乃ちゃんの家のトイレに駆け込んだんだ。
梨乃ちゃんの家のトイレは、新しいタイプの洋式トイレだった。
センサーが僕を感知したのか、僕の目の前でトイレの便座の蓋が持ち上がったんだ。
『うわあ、このトイレすごい』とか思ったりもしたけど、あまり感心している余裕はなかった。
梨乃ちゃんの体で尿意を感じたのは初めてだったけど、我慢の限界が近いって感じたんだ。
初めてなのに、元の清彦の体より我慢が出来ないって、なんとなく感覚的に感じてわかってしまったんだ。
とにかく、漏らしてしまう前に、早くオシッコをすませてしまわなくちゃ。
そんな追い込まれた状態だったからか、僕はそれ以上余計なことは考えないで、スカートをめくってパンツを下ろした。
そしてトイレの便座に腰掛けた。
座ると同時に、張り詰めていた何かが解けて、僕は梨乃ちゃんの体で初めてのオシッコをしたんだ。
ちょろちょろちょろ……、とオシッコの音を聞きながら、僕は開放感を感じていた。
はあ~、すっきりした。
と、オシッコを済ませたその直後、正気に戻って僕は赤面したのだった。
「ぼ、僕は、梨乃ちゃんの体で、オシッコしちゃったんだ……」
便座に座ったまま、そっと自分の下半身を見下ろした。
膝まで下ろしたパンツのおかげで、僕は内股ぎみに便座に腰掛けていた。
その僕の股間には、おちんちんがついて無くて、かわりに割れ目のような溝ができていた。
「今の僕は、本当に女の子なんだ」
今更だけど、僕は改めてそのことを自覚した。
もっとこの体の事がよく知りたい。
もっとよく見てみたい。
どんな感じなのか触ってみたい。
今は戸惑いや嫌悪感よりも、好奇心のほうが勝った。
梨乃ちゃんに悪い、なんて気持ちも、もうあまり感じていなかった。
だって最初にこの体をいらないって態度を取ったのは、その梨乃ちゃんなんだし、
何より今は、
「僕が梨乃ちゃんなんだから」
僕は、このオシッコをきっかけに、すっかり開き直っちゃったんだ。
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#エピローグ
あれから三ヶ月が過ぎた。
今でも僕は、梨乃ちゃんのまま過ごしている。
ううん、それはちょっと違うわね。
だって今は、「私が梨乃なんだもの」
私は梨乃って女の子としての生活に、すっかり慣れちゃった。
梨乃のパパやママと上手くやっているし、梨乃の女友達ともすっかり仲良くなっちゃった。
ママは、
「梨乃は最近は、すっかり素直で聞き分けがよくて、いい子になったわ。もう、なんでこんなにかわいいのよ」
なんて言って、私の事をかわいがってくれるし、特になかよくなった女友達の双葉ちゃんにも、
「梨乃ちゃん、最近素直になった」
「前は自分勝手だったのに、わがままを言わなくなった」
「なんか最近の梨乃ちゃんて、すごく気遣ってくれるようになった、すごく優しくなった」
なんて言われて、なんだかこそばゆい気がした。
男の子の清彦だった時よりも、今の女の子の梨乃としての生活のほうが充実していて、私は今の生活がすっかり気に入っていた。
もう清彦に元に戻りたいとは思わなかった。
逆に最近は、元の梨乃が、男の清彦に飽きたから、梨乃に戻りたいって言ってきたらどうしよう?
と、心配することもある。
あの「ちぇんじ」とかいう入れ替わりの術は、使えるのは清彦(梨乃)で、主導権はあっちにあるからね。
ただ、清彦は清彦で、男子の清彦としての生活を、今でも楽しんでいるみたいだった。
敏明たちとすっかり仲良くなって、毎日泥だらけになって遊んで、私や他の女の子と関わることが少なくなった。
入れ替わる前は、大人しそうな外見の男子だったのに、今では髪の毛をぼさぼさにしたり、シャツを着崩したり、すっかりワイルドになっちゃった。
だからもう戻る気がないんだろうと、ちょっとだけ安心してる。
今の私が、すっかり変わった清彦に戻っても上手くやっていける気がしないし、今の清彦が双葉に戻っても、今の私より上手く双葉をこなせるとは思えない。
今の清彦が例の気まぐれを起して、元に戻るなんて思わないことを祈るだけだ。
「梨乃ちゃん、ちょっといいかな?」
「なあに若葉ちゃん?」
若葉ちゃんは、私が梨乃と入れ替わる前から、梨乃と仲の良かった女友達だ。
その流れで今の私も、若葉ちゃんとはすっかり仲良しになった。
「梨乃ちゃんは最近、清彦くんと全然一緒にいないけど、ケンカでもしたの?」
「別にケンカなんてしていないけど……」
とはいうものの、私と清彦が疎遠になっているのは確かだった。
今の清彦のほうが、今の私と距離を置いて、私と関わろうとしないからなのだけど、
あの日以来、私のほうも今の清彦には色々わだかまりがあって、積極的に関わろうとしていないからだった。
「梨乃ちゃんは、清彦くんのことをどう思っているの?」
「どう、……とは?」
「梨乃ちゃんは清彦くんのことが好きなの?」
はぐらかしようのないストレートな質問だった。いろいろな意味で答えにくい質問だった。
そもそも今の私と今の清彦は、普通の関係ではない。
元の私は清彦で、体が入れ替えられて三ヶ月前から梨乃になった、なんて説明できない。
清彦だった私が、清彦が好きかと聞かれて、どう答えればいいだろう?
でもまあ、そういうの抜きに考えたら、どうなんだろう?
前の梨乃ちゃんが、清彦だった私のことをどう思っていたのか?
幼馴染で気安い関係ではあったけど、今にして思えば好きっていうのとは違っていたと思う。
逆に清彦だった私は、あの日のあの時まで、梨乃ちゃんにドキドキしていた。
今ならわかる、そうとは意識していなかったけど、あの時の私は梨乃ちゃんのことが好きだったんだ。
なら、今の私は、今の清彦のことをどう思っているのか?
「……別に、清彦くんのことは、なんとも思ってないわ」
自分でも驚くほどに、冷ややかな声だった。
清彦(梨乃)への気持ちが醒めていることに気が付いたのだった。
体や性別が変わったから、私の好みや感じ方が変わってしまったのだろうか?
それもあるだろう。だけど、それだけじゃないような、……ああそうか多分あのときだ。
「体を元に戻すって何の事? それに梨乃ちゃんはきみだろ、ぼくは清彦だよ」
「なに言ってるの梨乃ちゃん、体を入れ替えるなんて、そんなこと出来るわけないじゃないか」
体を入れ替えられた直後のあの時に、自分勝手な梨乃ちゃん、今の清彦の態度に、私はショックを受けたんだ。
あの後は、梨乃になった私は、梨乃として生活していくことに追われて、余計なことは考えないようにしていた。
だけど今、すっかり状況が落ち着いて、若葉ちゃんからの質問に、改めて今の自分の気持ちに気が付いたのだった。
もし、あの時の清彦(梨乃)が、
「ごめん清彦くん、男の子の生活が気に入っちゃった。この体もうしばらく貸りるわね」
「お願いがあるの、清彦くん、この体ちょうだい。かわりに私の体をあげるからさ」
こういう話の持っていき方をしていたら、
「ひどいよ梨乃ちゃん、勝手なこと言わないでよ!」
とか言い返しながら、なし崩しに押し切られて、なんだかんだで受け入れていたような気がする。
それでもそうだったなら、清彦(梨乃)への気持ちも、今とは違ってまだ醒めていなかったかもしれない。
今更だけどね。
「うそ、梨乃ちゃん、羨ましいって思うくらいに清彦くんと仲良しだったのに、本当にケンカしてないの?」
羨ましいくらいに仲良しって、若葉ちゃんからはそう見えてたんだ。
「まあ、ケンカはしてないけど、清彦くんとは色々あったからね」
何があったか、さすがに体を入れ替えられたなんて若葉ちゃんには言えないけど、ケンカしていたほうが、まだマシだったよね多分。
「そっか、じゃあ清彦くんは、今はフリーなんだ」
私の返事に、若葉ちゃんは少し考え込んで、そして何か決意した表情になった。
「じゃあさ梨乃ちゃん、お願いがあるんだけど……
「なあにお願いって?」
「梨乃ちゃんのかわりに私が、清彦くんと仲良くなっちゃってもいいかな?」
「え、若葉ちゃんが、清彦くんと?」
なんで若葉ちゃんが、私にこんなことを聞くのかと言うと、私の周りの女子の間では、梨乃と清彦は幼馴染で、小さい頃からの関係で、清彦は梨乃の彼って認識なのらしい。
元は清彦だった私からしたら、彼というより、都合の良いおもちゃだったような気がするけどね。
女子の暗黙の了解で、友達の彼には手を出さない、必要以上に仲良くなりすぎないっていうのがあるらしい。
もっとも、そういうのを気にしないで、他人の彼と仲良くなって、友達から彼を取っちゃう女の子もいるけど、そういう子は嫌われたりするらしい。
女子のそういうところは、正直女の子に馴染んできた今でも面倒くさいって思う。
話が逸れた。ともかくそんなわけで若葉ちゃんは、前から清彦くんに気があったけれど、梨乃、今の私に遠慮して、控え目にしていたらしい。
だけど最近、私と清彦の仲が疎遠になった。
もし私さえ良ければ、若葉ちゃんは清彦と仲良くなりたいと、そういうことだった。
今は梨乃の私さえOKを出せば、晴れて清彦にモーションをかけられる、ということだった。
「ダメかな?」
若葉ちゃんは、不安そうな顔で、私の返事を待っていた。
若葉ちゃんが、清彦のことを好きだったなんて、清彦だった時には気づかなかったし知らなかった。
もし知っていたら、どうしていただろう?
いや、多分その時の私は、梨乃ちゃんしか見ていなかったし、若葉ちゃんの気持ちに答えられなかったと思う。
それはそれとして、今の梨乃としての私の返事を若葉ちゃんに返さなきゃ。
梨乃の体に馴染んで、梨乃の生活が楽しく感じている今の私は、清彦に戻りたいって気持ちも、すっかり薄らいでしまっていた。
清彦に対しての気持ちも、すっかり醒めている今の私は、正直清彦がだれとくっついてもどうでもいいと感じている。
なので、他の女の子にそう問われていれば、「好きにすればいいわ」とあっさり返事をしただろう。
ただ、今の私が仲良くなった若葉ちゃんには、正直あまりお勧めできないと思った。
今の清彦の中身は、あの自分勝手な梨乃なんだ。
体が変わっても、その辺の本質的な部分は、多分変わっていないだろう。
根が素直で性格が大人しい若葉ちゃんでは、前の私のように、今の自分勝手な清彦に振り回されるかもしれない。そう感じたから。
でも、若葉ちゃんの気持ちが本気なのも良くわかった。だから断りにくかった。
それに…………。
「いいわ」
「本当に?」
「うん、若葉の気持ちが清彦くんに伝わるように、応援してるわ」
「ありがとう梨乃ちゃん」
若葉ちゃんは私にお礼を言いながら、嬉しそうに私の手を握ったのだった。
私が若葉ちゃんにOKを出したのは、打算からだった。
今は清彦は、男子の生活を楽しんでいるけど、いつ気が変わるかわからない。
そうでなくても、今は私と距離を置いている清彦が、以前の関係や入れ替わりの秘密を盾に、私の生活に干渉してくるかもしれない。
梨乃ちゃんが好きだったあの頃の私ならともかく、今の私は清彦(梨乃)の自分勝手な行動に、振り回されるのはもうたくさんだ。
若葉ちゃんが清彦に近づけば、もしその気になったときに、まずおもちゃにされるのは若葉ちゃんだろう。
まず若葉ちゃんが盾になってくれる。ワンクッションおいてくれる。
つまり私は私の安全のために、若葉ちゃんを生贄にすることにしたんだ。
それなのに、素直に喜んで私にお礼を言う若葉ちゃんを見て、私は心を痛めたのだった。
「これは若葉ちゃんが望んだことなんだから」
私はそう自分に言い聞かせたのだった。
その後、若葉ちゃんは、清彦にアタックをしかけて、今の清彦と仲良くなり、付き合いはじめた。
そして案の定、自分勝手な今の清彦に振り回されたりしているみたいだった。
それでも若葉ちゃんは、清彦と一緒にいて楽しそうなんだからまあいいか。
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#エピローグ2、それから8年、中学校卒業、高校進学
男子の清彦だった私が、女子の梨乃と入れ替わってもう8年が経った。
あの時小学2年生だった私が、中学校を卒業、高校に進学する年齢になった。
卒業式のときには、双葉や若葉、他に親しい友達みんなと一緒にたくさん泣いちゃった。
私って、すっかり泣き虫になっちゃった。
そして私は、そんな親しい女友達と、お別れ回をやっていた。
「梨乃、本当に女子校に行っちゃうの?」
「うん、受験する時からそう言っていたでしょ」
「それはそうだけど、滑り止めで地元の高校も受けていたし、梨乃やっぱりこっちに来ないかなって思っていた」
「やっぱり梨乃がいなかったら寂しいよ」
「ごめんね私だけいなくなって」
周りの女友達は、わりと地元の高校に進学した。
そんな中、私は少し遠くの女子校を受験して見事合格、その女子校に進学することになったのだ。
ちなみに私は、その進学先の女子校の寮に入って生活することになる。
なので、夏休みや冬休みなど、長期の休みの時にしか帰って来られない予定だ。
「夏休みになったら、帰省してくるから、その時はまた一緒に遊ぼうね」
「うん、約束だよ」
とまあそんな話をした後、他のみんなの今後の予定や近況なんかも話し合った。
双葉がまた彼氏とケンカをして別れたとか、他の子は彼氏ができなくて、そんな双葉が贅沢だとか。
あと若葉が、清彦とののろけ話をはじめて、まわりが生暖かい空気になったりもした。
若葉は相変わらず、清彦の気まぐれに振り回されているみたいだけど、天然の入っている若葉は全然こたえていないようだった。
「いいな若葉、小さい頃は頼りなさげだった清彦が、今じゃすっかりイケメンになって」
「そうだよ、なんで梨乃は、清彦を手放しちゃったのよ」
「あははは、……なんでかな?」
私は笑ってごまかした。
「いいじゃないの、今は若葉が清彦と上手くやってるんだから、私は若葉の事を応援しているわよ」
「ありがとう梨乃」
「でもさ、清彦って実はすごいスケベだって聞いてるけど、実際はどうなの?」
「そうそう、若葉は彼と二人っきりの時、どんなことしてるの?」
「それは……」
若葉はこまったような顔をしながら、こんどはエロまじりののろけ話をはじめて、周りの女子は食い入りようにその話を聞いたのだった。
実は私が遠くの女子校に進学することに決めたのは、その清彦から距離をとるためだった。
清彦はワイルドな容姿のイケメン男子に成長した。
同時に噂話や若葉から聞いた話から、すっかり女の子好きなエロい男子になったらしい。
年頃の男子なんだから、ある程度はしょうがないだろう。
ただし、元をただせば中身は女の子だったはずなのに、男子になって成長してエロ男子になったのは皮肉な話だと思う。
そういう私も、元は男の子だったけど、この体と一緒に成長して、内面もすっかり女らしく成長したと思っている。
いい人がいるのなら、私だって彼氏がほしい!
だけど、清彦はダメだ。私の感が、清彦とは距離を取れと感じていた。
女の子に興味を持ったエロ男子が、「ちぇんじ」なんてもっていたら、どんな使い方をするか?
私は自分勝手で気まぐれな、今の清彦を信用していないのだ。
私は未だに、清彦に対する警戒感が薄まらないのだ。
自分でこう言うのもなんだけど、私はすっかり美少女に成長したと思っている。
……胸のほうは、ちょっとだけ残念だけど。
メイクだのおしゃれだの、美容体操やダイエットなど、そうなるための努力は怠らなかった。
その成果を、「やっぱりその体は俺の体だ」とか言い出して、横取りされたらたまったもんじゃない。
だから無事なうちに、こうして距離をとることにしたのだ。
ゴメン若葉、清彦のこと、あとは頼んだわね。
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#最後は若葉視点で。
私の名前は若葉、最近地元の高校に入学したばかりの女子高生だ。
今日は終末の休みに、彼氏の清彦くんと一緒に、映画を見たり、ウインドウショッピングをしたり、デートしてきた。
もっとも映画はともかく、ウインドウショッピングは、男子の清彦くんにはちょっと退屈だったみたい。
その帰り道、「今の時間は俺の家には両親がいないんだ、俺の家に寄っていかないか?」と清彦くんに誘われた。
キタ――――ッ! と思いながら、私は清彦くんのそのお誘いを受けた。
清彦くんとは、もう何度も男と女の関係になっているんだし、このときもいつもと同じつもりだった。
清彦くんって、体もチンコもたくましくて、一番最初の処女の時は、色々と大変だったっけ。
でも、何度も体を重ねていくうちに、だんだん体の相性もよくなっていって、今じゃ相性ばっちりだわ。
私の体は、特におマンコは、清彦くんのチンコ専用に調教されちゃった♥️
清彦くんのことを、エロ男子っていう人がいるけど、私も清彦くんが相手なら、すっかりエロ女子なんだからね。
デートの後のこの時を、私は楽しみにしていた。……していたんだけど。
清彦くんに部屋で、私は清彦くんに背中を向けて服を脱いでいた。
清彦くんも、私の後ろで服を脱いでいた。
私は行為で気持ちを盛り上げながら、服を脱がされるのが好きなのだけど、今日は彼にこうしてくれって言われたから。
んもう、その代わりに、前戯で盛り上げてよね。
「なあ若葉、男の体より女の体のほうが、SEXの気持ちがいいって本当なのか?」
「そんなのわかんないわよ」
だって私は女の子の体の気持ち良さのことはわかっても、男の体の気持ち良さなんてわからないもの。
清彦くんだってそうでしょ?
「……梨乃だったときに経験しておけば、いや、さすがに小学二年生の体じゃ無理だったよな」
「清彦くん、なに言ってるの?」
清彦は、変なところで女の子に詳しかったり、疎かったり、たまに訳のわからないことを言うことがある。
「なあ若葉、これから俺たち、体を入れ替えて男女逆で経験してみないか?」
「なにいってるの、そんなことできるわけが……」
「いや、こうすれば出来るんだ。はあああっ!!」
と、清彦くんが私に向き直って体を大の字に開いて、変な掛け声をかけながら気合を入れた。
すると清彦くんの体から、光の煙みたいなものがたちこめているのが見えた。
それと同時に、大の字に開いた清彦くんの体に合わせるかのように、私の体も大の字で清彦くんに向き直った。
「えっえっ、なによコレ?」
まるで金縛りにあったみたいに、私の体は動かせなくて、私と清彦くんは素っ裸のまま大の字で向き合っていた。
「いくぞ、チェンジ!」
清彦くんの口から、ピンクの光が飛び出して、私の口に飛び込んだ。
その瞬間、私の意識は一瞬途絶えた。
私の意識は、私の器から切り離されて、どこか別の器に移し替えられた、そんな気がした。
そして、だんだん体の感覚が戻って来て、焦点の合っていなかった視界がぼんやりと戻ってきた。
「えっ、わ、わたし?」
私の目の前には、ちょっと顔が年齢より幼くて、なのにおっぱいの大きめな素っ裸の女の子、若葉が立っていた。
「な、なにこの声、それに、……何がどうなってるのよ私の体!」
私の体は、なぜか筋肉質な男の体になっていた。
そして私の股間には、女の子にあるはずのないチンコがそそり立っていて……。
なによこれ、わたしなんだかムラムラして、なんか変!
「ねえ若葉、……来て♥️」
私は目の前の女の子の挑発に、理性が吹き飛んでしまって、まるで獣のように襲い掛かっていたのだった。
あれから数日が経った。
私はまだ、清彦くんの体で、男子の清彦くんとして高校生活を送っていた。
「ねえ清彦くん、そろそろ私の体を返してよ」
「違うでしょ、今はあなたが清彦で、私が若葉でしょ、学校ではそう演じる約束でしょ」
「それはそうだけど」
「それにしても、久しぶりに女の子になってみたけど、なんだか新鮮で悪くないな」
などと楽しそうに話す元の自分の体を目の前に見ながら、私は恨めしそうにつぶやいた。
「……まさか、あなたが元は梨乃ちゃんだったなんて、思わなかったわよ」
なんで知ってるかって、それは目の前に居る若葉が、教えてくれたからだった。
あの後、男の本能に突き動かされて、私は元の自分の体を襲った。
目の前の女を襲い、女の体を征服する。
今まで感じたことの無い高揚感と、征服欲で満たされて、すごく気分が良かった。
だけどことが終わった後、すっかり気持ちがさめてしまって、私はやったことを後悔した。
あれって賢者タイムってやつだったらしい。
あのあと、若葉の体になった清彦くんが、面白がって色々教えてくれた。
梨乃が、私が親友だと思って接していた女の子が、実は小学二年生の時から、中身が清彦くんだったってことを。
そして私が彼氏として付き合っていた清彦くんの中身は、実は梨乃だったということを。
後から思えば、梨乃ちゃんは、清彦くんと付き合う私に、遠まわしに警告や忠告をしてくれていたっけ。
そして高校は、今にして思えばまるで逃げるように、遠くの女子校に行ってしまった。
今の梨乃ちゃんは、秘密を話さないで出来る範囲の事は私にしてくれた。
それはわかるんだけど、でもつい「梨乃ちゃんずるい」、と思ってしまった。
「この体、もうちょっと女子の生活を楽しんだら返すからさ、それまでそっちも男子の生活を楽しんでよ。じゃあね」
清彦くん、それとも梨乃ちゃんて言えばいいのかな、あの時女の子のSEXや女の子の体の気持ちよさにはまってしまったみたい。
そのまま元の私の若葉の体に居座って、なかなか返してくれないのだった。
遠ざかる若葉の後姿を見ながら、私はため息をついた。
「あれは私の体なのに、……私のおっぱい大きかったな、触り心地もすごくよかったし、それに後姿のあのおしりがたまんない。……やだ、なんか勃ってきちゃった」
私は慌てて男子トイレに駆け込んだ。
抜かなきゃ。抜いてこのむらむらした気持ちを落ち着けなきゃ。
今の若葉の姿を、若葉のおっぱいやお尻を思い浮かべながら、私は今の私のチンコをしごいた。
「こうなったのは清彦のせいよ、後で私のこれでたっぷりかわいがってやるんだからね! それに」
と、今度は親友だったはずの梨乃の姿を思い浮かべながら、私はちんこをしごき続けた。
「梨乃も梨乃よ、今度会ったら私のこれで、あんたを滅茶苦茶にしてやるんだからね!」
私は脳裏の梨乃を想像で滅茶苦茶にしながら、男の欲望を吐き出した。
すごく気持ちよかった。
だけど、すぐに気持ちがさめて後悔した。
「私はいったい、なにを考えていたのよ」
だけど、最初の頃より、段々後悔が少なくなってきた。段々男になった自分を受け入れるようになってきた。
これ以上この体の中にいると、取り返しがきかなくなるような気がした。
「助けてよ梨乃、私を助けてよ」
私はつい、ここにいない親友に、弱音を吐いた。
同時に、私は自覚しないうちに、梨乃に特別な感情を抱き始めていた。
夏休みになって、梨乃が実家に帰省して来た時、私の心は清彦か若葉か、いったいどっちの体の中にいるんだろう?
そして今度梨乃に会った時、私の心は、梨乃にどんな感情を抱くことになるんだろう?
そのこたえは、まだわからないのだった。
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これにてエンド
#複数の男女が、完全に男女逆転状況になっているとか
このあたりを描写したお話がすごく興味をそそられますね
満点から引いたのは、そのお話・続編(番外編)への期待分です
好き放題できる加害者側よりは、状況に対応しなければならない被害者の方が、描き甲斐はありそうですね。
この調子だと『若葉』の身体から別の条件のいい男子の身体へいずれ乗り換えるんだろうなと想像してしまいますね(そして元の若葉とその子が、被害者同士でなし崩し的に付き合っていくんじゃないかと妄想したり)。
続編、番外編は、現在の所は厳しいです。申し訳ない。
ただ続きを書くとしたら、元双葉は、なりたいくんのように行き当たりばったりの無秩序に入れ替わるのではなく、
自分の欲望に正直に、状況をコントロールしながら入れ替わるかな、とは思っています。
若葉の話は、書いていたときは楽しかった覚えがw