双葉(?)サイド
夏休み、俺は清彦を誘ってプールへ行った。
「どう清彦、この新しい水着、似合うだろ?」
「あ、新しい水着って、本当の私はそんな露出の多い水着は着ないわよ。それに前の水着がまだ使えていたのに、どうしたのよそれ!」
「だって、前の紺のワンピースの水着じゃ地味じゃん、だからパパにおねだりして買ってもらったんだ。パパったら、俺がちょっと甘えたらいちころだったぜ」
「か、勝手なことしないでよ、本当の私はそんなことしないわよ」
「ちぇ、いい子ぶりやがって、せっかく俺が地味だった双葉をかわいくしてやってるのにさ」
「そんなこと頼んだ覚えはないわよ!」
夏休みに入る直前の半月ほど前、俺と双葉は、身体が入れ替わってしまった。
水泳の授業中に、近くでおぼれてた双葉を助けようとして、助けるどころかそのまま一緒におぼれてしまったんだ。
目が覚めたら、身体が入れ替わっていて、あの時はすげーパニックになったんだよな。
あの後は、おぼれたときより修羅場だったかもしれない。
ところで俺って、男の割にはおしゃれで、ルックスもまあまあいけてて、わりと女子にもてていた。
逆に双葉って、地味で着てる服もセンスがなくて、クラスでは目立たない存在だった。
よりによって、地味女の双葉と入れ替わるなんて、と最初は思っていたけど、こうなってからよく見てみると、双葉って元の素材はけっこういけてるじゃん。
磨けば光る原石だって気づいたんだ。
だったら磨かない手はない、俺はその日から双葉の髪型を変えたり、着てる服のコーディネートを変えたり、双葉を磨き上げたんだ。
そうやってるうちに、だんだん楽しくなってきた。
双葉になった俺が、きれいに可愛くなっていく姿を鏡で見るのは快感だった。
こうなってみると、元の男の俺より、女の双葉ほうが楽しい。
こっちのほうが性に合う、女の体のほうが男より弱かったり、不便だったりもするけど、それを差し引いてもこっちのほうがいい。
もう戻れなくてもいいや、そう望むようになっていた。
「パパもママも、今の双葉のほうがいいって言ってくれているんだぜ」
「う、うそよ、そんなのうそよ!」
「だって前の双葉って、女として全然輝いていなかったんだぜ、しょうがないだろ!」
俺に言わせれば、せっかく女にうまれたのに、せっかく好素材だったのに、それを生かしきれなかったのが悪い。
「で、最初の質問だけど、どうだこの水着、似合ってるだろ?」
「う、うるさい、そんな露出の多い水着、双葉に似合うわけないわよ!」
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
清彦(元双葉)サイド
くやしいくやしいくやしい、元は男だったあいつのほうが、双葉の体の魅力を上手く引き出しているってことがくやしい。
あいつの言うことに、まともに反論できないのがくやしい。
何よりも、そんな今の双葉に、今の私が見とれてしまっているのがくやしい。
くやしいけれど、あいつと身体が入れ替わってから、双葉の身体が綺麗になっていくのを見て、私は何をやっていたんだと落ち込んだ。
そして、後ろ向きな理由で、何もしてこなかったことを思い出していた。
よくママに言われていたっけ、双葉はかわいいんだから、もう少しおしゃれな服を着て、かわいくみせようって。
だけど私は、自分に自信が持てなくて、ひらひらしたおしゃれな服は私には似合わない、そう思い込んでいて地味な服ばかり着ていた。
そんな私に、ママはいつも残念そうだった。
ママにとっては、きっと今の双葉のほうが、張り合いがあっていいのだろう。
どんどん綺麗になっていく今の双葉が、私はうらやましかった。
だけどそんなことは、口に出して認めたくなくて、私はあいつに反発してばかりだった。
そして今日はあいつにプールに呼び出された。
「どう清彦、この新しい水着、似合うだろ?」
私は双葉の水着姿に見とれた。なんか胸がドキドキした。
露出の多いビキニだなんて、元の私だと恥ずかしくて着れない水着が、今の双葉にはよく似合っていて素敵だなって思った。
だけど素直に認められなくて、私はつい憎まれ口をたたいていた。
あ、あれ、私どうしたの?
双葉の水着姿を見ていたら、おちんちんが硬く大きくなって、何よこのへんな気持ちは!!
そしてそんな私のおちんちんの変化は、あいつに気づかれていた。
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
私はその恥ずかしさに、あいつから逃げるようにプールを後にした。
家(清彦の家)に帰ってからも、私はあいつのことばかり考えていた。
しかも脳裏には双葉の水着姿が焼きついて、考えるのはそのことばかりだった。
なんでよ!
プールで恥ずかしい思いをしたばかりなのに、またおちんちんが大きくなっちゃった。
わたしどうしちゃったのよ!
でもプールでは我慢していたけど、家だと我慢しなくてもいい。
私は大きく硬くなった私のおちんちんをしごいた。
私は最初はこのおちんちんが嫌だった。
触るのも嫌だったけど、清彦になっちゃった今の私の身体に、これがついている以上どうしようもない。
なんで男の子の身体には、こんなものがついているのよ!
しかもちょっと興奮すると、すぐに大きく敏感になっちゃう。
こんなもの、どうすればいいのよ!
なによこれ、おちんちんの先の敏感なここ、ここをこう擦っていたら、すごく気持ちいい!
私は大きくなったおちんちんを鎮めようといじっているうちに、そうしていると気持ちよくなれることを覚えた。
私は触るのも嫌だったはずのおちんちんを、毎日こっそりいじるようになった。
そうやっているうちに、私は男の身体にも、おちんちんにも抵抗がなくなっていった。
ううん、自覚していないうちに、男に馴染んでいったんだ。
双葉のことを思い返しながらおちんちんをいじっていたら、いつもより興奮できて、いつもより気持ちがよかった。
露出の多い双葉の水着姿を想像していると、なんだかそそられる。
ううん、だんだん水着が邪魔に思えてきた。
いっそ双葉の裸を見てみたい。
私が双葉だったときって、どんなだったっけ?
細部まではよく見ていなかったし、細かいことまで覚えていない。
なんだかもどかしい、こんなことなら双葉の裸を、もっとよく見て覚えておくんだった。
私は双葉の裸を見たい。
双葉のことをもっと知りたい。
双葉を私だけのものにしたい!
私は双葉がほしい!!
あ、……私は今、自分の気持ちに気づいた。
つい半月前まで、私が双葉だったのに、なのになんでこんな気持ちになっちゃったの?
だけどその気持ちに気づいちゃった以上、今はもうそれを止められそうになかった。
双葉(元清彦)サイド
「う、うるさい、そんな露出の多い水着、双葉に似合うわけないわよ!」
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
俺の指摘に、清彦は怒って先に帰ってしまった。
いくらお洒落をしない地味女だったとはいえ、それでもあいつは女だったんだ。
なのに俺に股間の正直な反応だなんて言われて、やっぱりショックだったんだろうな。
ちょっと無神経だったかな、失敗した。
さすがにこのままって訳にはいかないよな。
今回は俺が悪いんだし、あいつに謝って仲直りしないとな。
でもどうしよう?
今は夏休み中で、どちらかから連絡をとらないと、普通に顔を合わす機会がない。
喧嘩別れしたばかりで、こちらからは連絡を取り辛い。
俺が謝らなきゃいけないってわかってるけど、だからといって、俺のほうからあからさまに謝るのも嫌だった。
本当にどうしよう?
「双葉、清彦くんからお電話よ」
「うん、今行く」
そんな時、あいつのほうから電話が来た。
俺はすぐに電話に出た。
「せっかくプールにさそってくれたのに、今日は先に帰ってごめん」
「え、そんなことないよ、俺のほうこそ無神経なことを言って、怒らせてごめん」
なんと清彦のほうから謝ってきた。
俺は俺から謝らなくてすんだことに、ほっとすると同時に、かえって申し訳ない気分になった。
「それでね、勝手なお願いなんだけど、今日の埋め合わせというわけではないけど、もう一度プールで会ってくれない?」
「もう一度プールで? うん、いいよ!」
後ろめたい気分もあったので、俺は二つ返事で清彦とプールで会う約束をしたのだった。
二日後、俺は清彦と約束していた、市民プールの前に来た。
「あ、双葉、こっちこっち」
約束の時間より早く来たはずなのに、清彦のほうが先に来ていた。
俺を見つけた清彦が、俺に手を振って声をかけてきた。
「ご、ごめん、待った?」
「ううん、おれも今来たところだから」
おれ?
今の清彦は、今まで男言葉を使うのを嫌がって、普段はともかく、俺と二人きりの時は、女言葉を使っていた。
どういう風の吹き回しだろう?
それに、今日の清彦のカジュアルな服装の組み合わせも、いつもよりもセンスがいい。
あいつは俺の身体になっても、地味好みでセンスが悪かったのに、いったい何があったんだ?
「あ、この服装は、母さんにアドバイスしてもらったんだ、どう似合う?」
母さんのアドバイスだって?
もともと俺のファッションセンスは、デザイナー志望だった母さんに鍛えられてのものだったんだ。
だから、母さんのアドバイスだというのなら納得だ。
だけど、元双葉、今の清彦は、今までそれを頑なに拒んできたんだ。
それなのに、本当にどういう風の吹き回しなんだ?
とはいえ、元の俺の身体が、センスの悪い地味な服装をしているのを見るのは嫌だった。
だから、清彦のこの変化は歓迎するべきなんだろう。
「あ、ああ、一応それなら合格点だ」
とはいえ、いいはずの元双葉の変化を、なんだか素直に認めたくなくて、俺は少しひねくれた言い方をした。
「合格なんだ! そう、それならよかった」
なのに俺の言葉に素直に喜ぶ今の清彦の姿を見て、なんだか俺のほうが意地悪をしているみたいで、少し面白くなかった。
「と、とにかく、プールに行くぞ」
「あ、待ってよ」
俺は清彦を置いて、先にプールへ向かった。
当たり前の話だが、更衣室は男女別、俺と清彦はそれぞれ男子更衣室と女子更衣室にわかれた。
女子更衣室に入って、清彦とわかれて、なぜだかほっとした。
「なんか調子が狂うよな」
一昨日までとは少し様子が違う清彦に、俺は戸惑っていた。
とはいえ、何でだろうと理由を考え、俺と仲直りしようと、清彦なりに考えてのことだろうと思いついた。
「そういうことなんだろうな」
それらしい理由に思い至って、俺はひとまず納得した。
納得したら気が楽になった。
あまり清彦を待たせても悪い、早く水着に着替えてプールに行こう。
俺は例の水着に着替えて、更衣室の外に出た。
更衣室のすぐ外では、先に水着に着替え終えていた清彦が俺を待っていた。
あれ、清彦が先に着替え終えてたのはいいとして、この前は、更衣室からそれぞれ別々にプールに行ったよな。
今日はわざわざ俺を待っていたのか?
「あ、双葉」
更衣室から出てきた俺の姿を見つけた清彦が、なんでだか嬉しそうに俺の傍に寄って来た。
なんだ?
なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ?
一度治まっていた清彦に対する戸惑いや困惑が、再び大きくなってきた。
「じゃ、一緒に行こう」
「えっ?」
清彦は俺の手を取って歩き始めた。
えっ? えっ? えっ?
俺は困惑したまま、清彦に手を引かれてプールサイドまで一緒に歩いた。
清彦と一緒にプールサイドまで来て、俺ははっと気がついた。
「清彦、お前今日はなんか変だぞ、いったいどういうつもりなんだ?」
「どういうつもりって、この間のやり直しだって思っている」
「やり直し?」
「うん」
確かに、前回喧嘩別れしたから、俺も仲直りのためのやり直しだと思っていた。
だけど、俺と清彦とでは、なんか思惑が違うように感じられた。
なんだろうこのイラッとする感じは。
だからつい言ってしまった。
「俺に言いたいことがあるんなら、はっきり言えよ!」
「もう少しムードが良くなってから、言い直したかったんだけど……」
「ムード? 言い直す?」
「でもいいや、じゃあ、今言うね」
俺の難癖に困惑していた清彦が、でも何かを決意したような真顔になった。
俺は本能的に感じた。
だめだ、清彦にその先を言わせちゃ駄目だって。
でも、もう止める間もなかった。
「双葉、その水着、よく似合ってるよ」
清彦は真顔でさらっと、俺にそう言ってのけたのだった。
前回、今の清彦をプールに誘ったときから、俺は清彦に「この水着は似合ってる」って言わせたかった。
それは前の双葉に対する、俺の優越感から来た感情だった。
お前より、俺のほうが上手く双葉をやっているんだよ、ってね。
そして今回、清彦にそう言わせることが出来た。
「双葉、その水着、よく似合ってるよ」って。
なのに、清彦にそう言われたことに、俺は戸惑っていた。
「な、なんだよ、前回は露出が多いとか、似合わないとか、言っていたくせに」
「あは、前回はあなたがうらやましくて、素直になれなかったから、つい憎まれ口をたたいちゃったんだ」
「うらやましい、俺が?」
「うん、私より双葉を可愛くきれいにしたあなたが、すごくうらやましくて、すごく憎たらしかったんだ」
「に、憎たらしい?」
俺は清彦にうらやましいと思わせるだっけじゃなく、悔しい、憎らしいと思わせていたんだ。
それも今の清彦の、嘘偽りのない本音だったんだろう。
だけどなんでだろう、嬉しいとか優越感とか全然感じなくて、そう思われていたことへのショックが大きかった。
「い、今は違うよ、今は全然そんなこと思っていないよ」
「ほ、本当に! 俺のこと嫌っていない?」
「嫌ってなんていないよ、本当だよ!!」
清彦が慌てて訂正してきた。
それも本当のことだろう。
「そう、それならいいや」
余裕の無かった俺は、清彦に嫌われていないとわかって、露骨にほっとした。
「それどころかおれは、今の双葉のこと好きだよ」
「えっ、好きって?」
清彦の不意打ちに近いその言葉に、今度は俺の心臓がどきんと跳ね上がった。
「ま、マジな顔をして、なに冗談を言ってるんだよ」
「冗談なんかじゃないよ、今なら素直に言える。おれは今の双葉のことが大好きです。おれと付き合ってください」
俺が好き?
真顔でなに冗談を言ってるんだよこいつ!!
ばっかじゃねえの?
頭がおかしいんじゃねえの?
それって元の自分が好きって言ってるようなもんじゃねえか!
お前はナルシストかよ!!
それとも変態かよ!!
そう言ってやりたいのに、俺の口からはそんな言葉は全然出てこない。
頭に血が上って、心臓のどきどきも跳ね上がって、俺もう何がなんだかわけがわかんねえよ!!
俺のすぐ目の前には、マジな表情の清彦の顔。
今の俺には、その顔がすげーイケメンに見えた。
すらっと細身の男子の身体が、だけど今の俺よりはずっとたくましく感じてた。
どぎまぎしながら、あれ、なに考えてるんだよ俺!
俺もあたまがおかしくなっちまったのかよ!!
駄目だ、このまま状況に流されちゃ駄目だ!!
「ご、ごめん!!」
「あ、待って!」
俺は清彦の前から逃げ出した。
時間や間をおくつもりなら、そのまま元来た道を引き返して更衣室へ、そして家に帰るべきだっただろう。
だけど今の俺に、そんなこと考える余裕が無くて、清彦の前から逃げた俺はプールに飛び込んでいた。
頭に血が上り、火照った身体には、プールの水は冷たくて気持ちよかった。
だんだん頭も冷えてきて、俺の気持ちのほうも落ち着いてきた。
「あ、あいつ、まじでなに考えてるんだよ! 俺のことが、す、好き、だなんてさ……」
いや、俺の気持ちの動揺は、まだ治まっていなかった。
とにかくプールに入ったんだから泳ごう。
今は何も考えないで、思い切り身体を動かそう。
俺はプールで泳ぎ始めた。
清彦だった時の俺は、運動が得意で泳ぎも得意だった。
だけど今のこの双葉の身体は、運動音痴とまでは言わないが、運動はあまり得意ではなかった。
水泳は、まったく泳げないわけでもないが、体力が続かないので、あまり長く泳ぐことはできなかった。
双葉と入れ替わってから、半月この身体ですごしていたんだから、そのことは理解していたつもりだった。
だけどこのとき俺は、清彦に告白された件で頭がいっぱいで、そんなことまで考えてる余裕がなかった。
夢中になって泳いでいるうちに、急に体力の限界が来た。
やべっ、もうガス欠か、この身体は体力がないってこと忘れてた。
早くプールから上がらないと……よし、もう少しだ。
あ、脚がつった!
おぼれる!!
こんな……こんなのヤダ…………誰か助けて!!
そんなおぼれた俺の傍に、誰かが泳いできた。
おぼれている俺を助けようとした。
誰?
おぼれてパニックになっていたのに、なぜだかそれが誰だかはっきりわかった。
きよひこ?
俺は嬉しくなって、でもパニック状態で、清彦に夢中になってしがみついた。
次の瞬間には、俺を助けてくれようとした清彦も巻き込んで、一緒になっておぼれていた。
あれ、前にもこんなことがあったような気が……。
あの後、おぼれていた俺たち二人は、プールの監視員のお兄さんに助けられた。
「大事には至らなかったから良かったけど、これからは気をつけるんだよ」
「はい」
「……ごめんなさい」
「うん、わかればよろしい」
幸い、おぼれたとはいっても、すぐに助けられたおかげで、俺も清彦も、『今回は』特に身体に不都合は無かった。
念のためにと監視員室で休ませてもらいながら、俺たちは監視員のお兄さんにお説教をされていた。
「じゃ、俺は監視に戻るけど、もう少しここで休んでいっていいからね」
「はい、ありがとうございます」
そう言い残して、監視員のお兄さんは出て行った。
この部屋に、俺たち二人が残された。
告白されたり、おぼれたり、色々あった後に二人っきりだなんて、なんだか気まずい。
俺、清彦にどんな顔をすればいいんだ?
なんて言えばいいんだ?
「良かった、あなたが無事で良かった」
「ごめん、俺のせいで、双葉の身体を危ない目にあわせて、お前まで巻き込んでしまって」
「そんなことを言ってるんじゃない!! おれは本気で心配したんだから!!」
「本当にごめん」
「いいよ、こうして無事だったんだから」
そう言いながら、清彦は俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
ちょ、ちょっとまて!
俺の心臓が、ドキンと跳ね上がった。
清彦に抱きしめられて、そのことに戸惑いは感じるのに、なぜだかイヤじゃなかったんだ。
そして俺の心臓は、ドキドキと早鐘のように鳴りつづけていた。
なんだよコレ、俺なんかヘンだ、相手が俺なのに、なんでこんな気持ちになるんだよ!
そんな俺に、清彦が耳元で囁いた。
「でもこれで、やっとあのときのお返しができたね」
「あの時って?」
「おれがまだ双葉だった時に、溺れていた『わたし』を、清彦が助けようとしてくれたよね、わたし、すごく嬉しかったんだ」
「あっ!」
そう言われて、ついさっきのことを思い出した。
溺れていた俺を、清彦が助けに来てくれた。
それが嬉しかった。
そうか、同じ気持ちだったんだ。
俺も、ううんわたしも、すごく嬉しかったんだから。
本当はずっとお礼を言いたかったのに、入れ替わりだとか、意地だとかあって素直になれなかった。
「だから、あの時はありがとう。って、あは、やっと言えた」
胸のつかえが取れたかのように、清彦は嬉しそうに笑いながら言った。
「これでおあいこだね」
でも……。
「ううん、違うよ」
「え、違うって?」
『わたし』の反論に戸惑う清彦に、わたしは言った。
「だって『わたし』が清彦に助けられたのって、これで二度目でしょ、だから違うって」
そう言い返しながら、わたしは清彦をぎゅっと抱きしめ返していた。
わたしの小さな胸と、清彦の薄い胸板が正面から抱き合わされて、その硬さが、合わせた肌の暖かさが、今のわたしには心地よかった。
「わたしのことを助けに来てくれてありがとう」
そしてわたしはこう思う。
最初に清彦に助けられたときに、双葉の身体は、清彦のことを好きになっていたのだろう。
そしてこんどで二度目。
やばい、これで本気で好きになっちゃったんだ。
そして今はわたしが双葉なんだから、わたしが言わなきゃだめよね。
「さっきの返事だけど、……わたしも清彦のことが好きです」
そして不思議な感覚、わたしの心がどんどん女の子に染まっていくみたいに感じて、怖いけど、でももうこの気持ちは止められないし、止めたくない。
「だから、わたしと付き合ってください」
エピローグ
あの告白の日から、わたしたちは付き合い始めた。
もうすぐ夏休みも終わる、そのまえに遊園地へ遊びに行こう、という話の流れになって、二人で一緒に遊園地に遊びに行くことになった。
待ち合わせ場所に、予定の時間よりも早く清彦が来た。
「ごめん、待った?」
「ううん、わたしもついさっき来たところ」
わたしは、そんな清彦よりも先に待ち合わせ場所に来て、清彦が来るのを待っていたんだけど、そんなことはおくびにも出さない。
そんなことより、待っていた清彦が来てくれたことのほうが嬉しかった。
「ねえ清彦、どう、この服似合う?」
この日のために選んでおいた、よそ行きの服装を披露した。
「ああ、双葉に良く似合っていて、かわいいよ」
清彦に真顔でそう言われて、わたしは顔が熱くなった。
清彦に褒められて、すごく嬉しかった。
「だけど……」
「だけど、何?」
「その服だと露出が多すぎる!」
「何よ、清彦のためにコーディネートしてきたのに、露出が多すぎるって!」
「双葉は俺のものだ! だから俺以外のやつに見せなくていいんだ!!」
「俺のものって、わたしはものじゃないわよ!!」
ぷんぷん、と怒ったふりをしながら、でも内心嬉しかった。
『俺のもの、清彦がわたしを俺のものって言ってくれた!』
もう、本当に、清彦って焼きもち焼きなんだから。
清彦に焼きもちを焼かれて、ちょっとうざいと思いながら、でもすごく嬉しかった。
最近わたしは、すっかり気持ちが女の子になっちゃって、もう男の子の気分になれなくなっちゃった。
そして清彦も、最近はすっかり男らしくなっちゃって、わたしはそんな清彦にいつもドキドキしていた。
あの日入れ替わりの日から一ヶ月とちょっと。
男の子の清彦だったわたしが、女の子の双葉になっちゃうなんて、
しかも元のわたしだった清彦と、恋人同士になっちゃうなんて、なんだか不思議よね。
もしあの入れ替わりが無かったら、わたしたちは付き合うことも、恋人同士になることもなかっただろう。
だから最近は、わたしたちがこうなったのは運命だったのかな、なんて思うようになっていた。
もし仮に、元の身体に戻れるといわれても、もう無理、戻りたくない。
だってわたしは、双葉として今の清彦を好きになっちゃったんだもん、それがチャラになるなんて、絶対にイヤだもの。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「……うん」
わたしは清彦と手をつないで、二人で一緒に歩き始めた。
この後、わたしたちは、何度も喧嘩をしたり、仲直りをしたりを繰り返しながら、
中学、高校、大学と、大人になるまでずっと一緒に歩き続けた。
そして、十数年後にゴールインして、わたしが清彦の子供を生んで、幸せな家庭を築くことになるのだけど、それはまた別のお話。
夏休み、俺は清彦を誘ってプールへ行った。
「どう清彦、この新しい水着、似合うだろ?」
「あ、新しい水着って、本当の私はそんな露出の多い水着は着ないわよ。それに前の水着がまだ使えていたのに、どうしたのよそれ!」
「だって、前の紺のワンピースの水着じゃ地味じゃん、だからパパにおねだりして買ってもらったんだ。パパったら、俺がちょっと甘えたらいちころだったぜ」
「か、勝手なことしないでよ、本当の私はそんなことしないわよ」
「ちぇ、いい子ぶりやがって、せっかく俺が地味だった双葉をかわいくしてやってるのにさ」
「そんなこと頼んだ覚えはないわよ!」
夏休みに入る直前の半月ほど前、俺と双葉は、身体が入れ替わってしまった。
水泳の授業中に、近くでおぼれてた双葉を助けようとして、助けるどころかそのまま一緒におぼれてしまったんだ。
目が覚めたら、身体が入れ替わっていて、あの時はすげーパニックになったんだよな。
あの後は、おぼれたときより修羅場だったかもしれない。
ところで俺って、男の割にはおしゃれで、ルックスもまあまあいけてて、わりと女子にもてていた。
逆に双葉って、地味で着てる服もセンスがなくて、クラスでは目立たない存在だった。
よりによって、地味女の双葉と入れ替わるなんて、と最初は思っていたけど、こうなってからよく見てみると、双葉って元の素材はけっこういけてるじゃん。
磨けば光る原石だって気づいたんだ。
だったら磨かない手はない、俺はその日から双葉の髪型を変えたり、着てる服のコーディネートを変えたり、双葉を磨き上げたんだ。
そうやってるうちに、だんだん楽しくなってきた。
双葉になった俺が、きれいに可愛くなっていく姿を鏡で見るのは快感だった。
こうなってみると、元の男の俺より、女の双葉ほうが楽しい。
こっちのほうが性に合う、女の体のほうが男より弱かったり、不便だったりもするけど、それを差し引いてもこっちのほうがいい。
もう戻れなくてもいいや、そう望むようになっていた。
「パパもママも、今の双葉のほうがいいって言ってくれているんだぜ」
「う、うそよ、そんなのうそよ!」
「だって前の双葉って、女として全然輝いていなかったんだぜ、しょうがないだろ!」
俺に言わせれば、せっかく女にうまれたのに、せっかく好素材だったのに、それを生かしきれなかったのが悪い。
「で、最初の質問だけど、どうだこの水着、似合ってるだろ?」
「う、うるさい、そんな露出の多い水着、双葉に似合うわけないわよ!」
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
清彦(元双葉)サイド
くやしいくやしいくやしい、元は男だったあいつのほうが、双葉の体の魅力を上手く引き出しているってことがくやしい。
あいつの言うことに、まともに反論できないのがくやしい。
何よりも、そんな今の双葉に、今の私が見とれてしまっているのがくやしい。
くやしいけれど、あいつと身体が入れ替わってから、双葉の身体が綺麗になっていくのを見て、私は何をやっていたんだと落ち込んだ。
そして、後ろ向きな理由で、何もしてこなかったことを思い出していた。
よくママに言われていたっけ、双葉はかわいいんだから、もう少しおしゃれな服を着て、かわいくみせようって。
だけど私は、自分に自信が持てなくて、ひらひらしたおしゃれな服は私には似合わない、そう思い込んでいて地味な服ばかり着ていた。
そんな私に、ママはいつも残念そうだった。
ママにとっては、きっと今の双葉のほうが、張り合いがあっていいのだろう。
どんどん綺麗になっていく今の双葉が、私はうらやましかった。
だけどそんなことは、口に出して認めたくなくて、私はあいつに反発してばかりだった。
そして今日はあいつにプールに呼び出された。
「どう清彦、この新しい水着、似合うだろ?」
私は双葉の水着姿に見とれた。なんか胸がドキドキした。
露出の多いビキニだなんて、元の私だと恥ずかしくて着れない水着が、今の双葉にはよく似合っていて素敵だなって思った。
だけど素直に認められなくて、私はつい憎まれ口をたたいていた。
あ、あれ、私どうしたの?
双葉の水着姿を見ていたら、おちんちんが硬く大きくなって、何よこのへんな気持ちは!!
そしてそんな私のおちんちんの変化は、あいつに気づかれていた。
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
私はその恥ずかしさに、あいつから逃げるようにプールを後にした。
家(清彦の家)に帰ってからも、私はあいつのことばかり考えていた。
しかも脳裏には双葉の水着姿が焼きついて、考えるのはそのことばかりだった。
なんでよ!
プールで恥ずかしい思いをしたばかりなのに、またおちんちんが大きくなっちゃった。
わたしどうしちゃったのよ!
でもプールでは我慢していたけど、家だと我慢しなくてもいい。
私は大きく硬くなった私のおちんちんをしごいた。
私は最初はこのおちんちんが嫌だった。
触るのも嫌だったけど、清彦になっちゃった今の私の身体に、これがついている以上どうしようもない。
なんで男の子の身体には、こんなものがついているのよ!
しかもちょっと興奮すると、すぐに大きく敏感になっちゃう。
こんなもの、どうすればいいのよ!
なによこれ、おちんちんの先の敏感なここ、ここをこう擦っていたら、すごく気持ちいい!
私は大きくなったおちんちんを鎮めようといじっているうちに、そうしていると気持ちよくなれることを覚えた。
私は触るのも嫌だったはずのおちんちんを、毎日こっそりいじるようになった。
そうやっているうちに、私は男の身体にも、おちんちんにも抵抗がなくなっていった。
ううん、自覚していないうちに、男に馴染んでいったんだ。
双葉のことを思い返しながらおちんちんをいじっていたら、いつもより興奮できて、いつもより気持ちがよかった。
露出の多い双葉の水着姿を想像していると、なんだかそそられる。
ううん、だんだん水着が邪魔に思えてきた。
いっそ双葉の裸を見てみたい。
私が双葉だったときって、どんなだったっけ?
細部まではよく見ていなかったし、細かいことまで覚えていない。
なんだかもどかしい、こんなことなら双葉の裸を、もっとよく見て覚えておくんだった。
私は双葉の裸を見たい。
双葉のことをもっと知りたい。
双葉を私だけのものにしたい!
私は双葉がほしい!!
あ、……私は今、自分の気持ちに気づいた。
つい半月前まで、私が双葉だったのに、なのになんでこんな気持ちになっちゃったの?
だけどその気持ちに気づいちゃった以上、今はもうそれを止められそうになかった。
双葉(元清彦)サイド
「う、うるさい、そんな露出の多い水着、双葉に似合うわけないわよ!」
「悔しいからってうそつくなよ、だったらお前のその股間の正直な反応は、どうなんだよ」
「うるさいうるさいうるさい、なんでこうなっちゃったのよ、もう、こんなのあまりよ!」
俺の指摘に、清彦は怒って先に帰ってしまった。
いくらお洒落をしない地味女だったとはいえ、それでもあいつは女だったんだ。
なのに俺に股間の正直な反応だなんて言われて、やっぱりショックだったんだろうな。
ちょっと無神経だったかな、失敗した。
さすがにこのままって訳にはいかないよな。
今回は俺が悪いんだし、あいつに謝って仲直りしないとな。
でもどうしよう?
今は夏休み中で、どちらかから連絡をとらないと、普通に顔を合わす機会がない。
喧嘩別れしたばかりで、こちらからは連絡を取り辛い。
俺が謝らなきゃいけないってわかってるけど、だからといって、俺のほうからあからさまに謝るのも嫌だった。
本当にどうしよう?
「双葉、清彦くんからお電話よ」
「うん、今行く」
そんな時、あいつのほうから電話が来た。
俺はすぐに電話に出た。
「せっかくプールにさそってくれたのに、今日は先に帰ってごめん」
「え、そんなことないよ、俺のほうこそ無神経なことを言って、怒らせてごめん」
なんと清彦のほうから謝ってきた。
俺は俺から謝らなくてすんだことに、ほっとすると同時に、かえって申し訳ない気分になった。
「それでね、勝手なお願いなんだけど、今日の埋め合わせというわけではないけど、もう一度プールで会ってくれない?」
「もう一度プールで? うん、いいよ!」
後ろめたい気分もあったので、俺は二つ返事で清彦とプールで会う約束をしたのだった。
二日後、俺は清彦と約束していた、市民プールの前に来た。
「あ、双葉、こっちこっち」
約束の時間より早く来たはずなのに、清彦のほうが先に来ていた。
俺を見つけた清彦が、俺に手を振って声をかけてきた。
「ご、ごめん、待った?」
「ううん、おれも今来たところだから」
おれ?
今の清彦は、今まで男言葉を使うのを嫌がって、普段はともかく、俺と二人きりの時は、女言葉を使っていた。
どういう風の吹き回しだろう?
それに、今日の清彦のカジュアルな服装の組み合わせも、いつもよりもセンスがいい。
あいつは俺の身体になっても、地味好みでセンスが悪かったのに、いったい何があったんだ?
「あ、この服装は、母さんにアドバイスしてもらったんだ、どう似合う?」
母さんのアドバイスだって?
もともと俺のファッションセンスは、デザイナー志望だった母さんに鍛えられてのものだったんだ。
だから、母さんのアドバイスだというのなら納得だ。
だけど、元双葉、今の清彦は、今までそれを頑なに拒んできたんだ。
それなのに、本当にどういう風の吹き回しなんだ?
とはいえ、元の俺の身体が、センスの悪い地味な服装をしているのを見るのは嫌だった。
だから、清彦のこの変化は歓迎するべきなんだろう。
「あ、ああ、一応それなら合格点だ」
とはいえ、いいはずの元双葉の変化を、なんだか素直に認めたくなくて、俺は少しひねくれた言い方をした。
「合格なんだ! そう、それならよかった」
なのに俺の言葉に素直に喜ぶ今の清彦の姿を見て、なんだか俺のほうが意地悪をしているみたいで、少し面白くなかった。
「と、とにかく、プールに行くぞ」
「あ、待ってよ」
俺は清彦を置いて、先にプールへ向かった。
当たり前の話だが、更衣室は男女別、俺と清彦はそれぞれ男子更衣室と女子更衣室にわかれた。
女子更衣室に入って、清彦とわかれて、なぜだかほっとした。
「なんか調子が狂うよな」
一昨日までとは少し様子が違う清彦に、俺は戸惑っていた。
とはいえ、何でだろうと理由を考え、俺と仲直りしようと、清彦なりに考えてのことだろうと思いついた。
「そういうことなんだろうな」
それらしい理由に思い至って、俺はひとまず納得した。
納得したら気が楽になった。
あまり清彦を待たせても悪い、早く水着に着替えてプールに行こう。
俺は例の水着に着替えて、更衣室の外に出た。
更衣室のすぐ外では、先に水着に着替え終えていた清彦が俺を待っていた。
あれ、清彦が先に着替え終えてたのはいいとして、この前は、更衣室からそれぞれ別々にプールに行ったよな。
今日はわざわざ俺を待っていたのか?
「あ、双葉」
更衣室から出てきた俺の姿を見つけた清彦が、なんでだか嬉しそうに俺の傍に寄って来た。
なんだ?
なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ?
一度治まっていた清彦に対する戸惑いや困惑が、再び大きくなってきた。
「じゃ、一緒に行こう」
「えっ?」
清彦は俺の手を取って歩き始めた。
えっ? えっ? えっ?
俺は困惑したまま、清彦に手を引かれてプールサイドまで一緒に歩いた。
清彦と一緒にプールサイドまで来て、俺ははっと気がついた。
「清彦、お前今日はなんか変だぞ、いったいどういうつもりなんだ?」
「どういうつもりって、この間のやり直しだって思っている」
「やり直し?」
「うん」
確かに、前回喧嘩別れしたから、俺も仲直りのためのやり直しだと思っていた。
だけど、俺と清彦とでは、なんか思惑が違うように感じられた。
なんだろうこのイラッとする感じは。
だからつい言ってしまった。
「俺に言いたいことがあるんなら、はっきり言えよ!」
「もう少しムードが良くなってから、言い直したかったんだけど……」
「ムード? 言い直す?」
「でもいいや、じゃあ、今言うね」
俺の難癖に困惑していた清彦が、でも何かを決意したような真顔になった。
俺は本能的に感じた。
だめだ、清彦にその先を言わせちゃ駄目だって。
でも、もう止める間もなかった。
「双葉、その水着、よく似合ってるよ」
清彦は真顔でさらっと、俺にそう言ってのけたのだった。
前回、今の清彦をプールに誘ったときから、俺は清彦に「この水着は似合ってる」って言わせたかった。
それは前の双葉に対する、俺の優越感から来た感情だった。
お前より、俺のほうが上手く双葉をやっているんだよ、ってね。
そして今回、清彦にそう言わせることが出来た。
「双葉、その水着、よく似合ってるよ」って。
なのに、清彦にそう言われたことに、俺は戸惑っていた。
「な、なんだよ、前回は露出が多いとか、似合わないとか、言っていたくせに」
「あは、前回はあなたがうらやましくて、素直になれなかったから、つい憎まれ口をたたいちゃったんだ」
「うらやましい、俺が?」
「うん、私より双葉を可愛くきれいにしたあなたが、すごくうらやましくて、すごく憎たらしかったんだ」
「に、憎たらしい?」
俺は清彦にうらやましいと思わせるだっけじゃなく、悔しい、憎らしいと思わせていたんだ。
それも今の清彦の、嘘偽りのない本音だったんだろう。
だけどなんでだろう、嬉しいとか優越感とか全然感じなくて、そう思われていたことへのショックが大きかった。
「い、今は違うよ、今は全然そんなこと思っていないよ」
「ほ、本当に! 俺のこと嫌っていない?」
「嫌ってなんていないよ、本当だよ!!」
清彦が慌てて訂正してきた。
それも本当のことだろう。
「そう、それならいいや」
余裕の無かった俺は、清彦に嫌われていないとわかって、露骨にほっとした。
「それどころかおれは、今の双葉のこと好きだよ」
「えっ、好きって?」
清彦の不意打ちに近いその言葉に、今度は俺の心臓がどきんと跳ね上がった。
「ま、マジな顔をして、なに冗談を言ってるんだよ」
「冗談なんかじゃないよ、今なら素直に言える。おれは今の双葉のことが大好きです。おれと付き合ってください」
俺が好き?
真顔でなに冗談を言ってるんだよこいつ!!
ばっかじゃねえの?
頭がおかしいんじゃねえの?
それって元の自分が好きって言ってるようなもんじゃねえか!
お前はナルシストかよ!!
それとも変態かよ!!
そう言ってやりたいのに、俺の口からはそんな言葉は全然出てこない。
頭に血が上って、心臓のどきどきも跳ね上がって、俺もう何がなんだかわけがわかんねえよ!!
俺のすぐ目の前には、マジな表情の清彦の顔。
今の俺には、その顔がすげーイケメンに見えた。
すらっと細身の男子の身体が、だけど今の俺よりはずっとたくましく感じてた。
どぎまぎしながら、あれ、なに考えてるんだよ俺!
俺もあたまがおかしくなっちまったのかよ!!
駄目だ、このまま状況に流されちゃ駄目だ!!
「ご、ごめん!!」
「あ、待って!」
俺は清彦の前から逃げ出した。
時間や間をおくつもりなら、そのまま元来た道を引き返して更衣室へ、そして家に帰るべきだっただろう。
だけど今の俺に、そんなこと考える余裕が無くて、清彦の前から逃げた俺はプールに飛び込んでいた。
頭に血が上り、火照った身体には、プールの水は冷たくて気持ちよかった。
だんだん頭も冷えてきて、俺の気持ちのほうも落ち着いてきた。
「あ、あいつ、まじでなに考えてるんだよ! 俺のことが、す、好き、だなんてさ……」
いや、俺の気持ちの動揺は、まだ治まっていなかった。
とにかくプールに入ったんだから泳ごう。
今は何も考えないで、思い切り身体を動かそう。
俺はプールで泳ぎ始めた。
清彦だった時の俺は、運動が得意で泳ぎも得意だった。
だけど今のこの双葉の身体は、運動音痴とまでは言わないが、運動はあまり得意ではなかった。
水泳は、まったく泳げないわけでもないが、体力が続かないので、あまり長く泳ぐことはできなかった。
双葉と入れ替わってから、半月この身体ですごしていたんだから、そのことは理解していたつもりだった。
だけどこのとき俺は、清彦に告白された件で頭がいっぱいで、そんなことまで考えてる余裕がなかった。
夢中になって泳いでいるうちに、急に体力の限界が来た。
やべっ、もうガス欠か、この身体は体力がないってこと忘れてた。
早くプールから上がらないと……よし、もう少しだ。
あ、脚がつった!
おぼれる!!
こんな……こんなのヤダ…………誰か助けて!!
そんなおぼれた俺の傍に、誰かが泳いできた。
おぼれている俺を助けようとした。
誰?
おぼれてパニックになっていたのに、なぜだかそれが誰だかはっきりわかった。
きよひこ?
俺は嬉しくなって、でもパニック状態で、清彦に夢中になってしがみついた。
次の瞬間には、俺を助けてくれようとした清彦も巻き込んで、一緒になっておぼれていた。
あれ、前にもこんなことがあったような気が……。
あの後、おぼれていた俺たち二人は、プールの監視員のお兄さんに助けられた。
「大事には至らなかったから良かったけど、これからは気をつけるんだよ」
「はい」
「……ごめんなさい」
「うん、わかればよろしい」
幸い、おぼれたとはいっても、すぐに助けられたおかげで、俺も清彦も、『今回は』特に身体に不都合は無かった。
念のためにと監視員室で休ませてもらいながら、俺たちは監視員のお兄さんにお説教をされていた。
「じゃ、俺は監視に戻るけど、もう少しここで休んでいっていいからね」
「はい、ありがとうございます」
そう言い残して、監視員のお兄さんは出て行った。
この部屋に、俺たち二人が残された。
告白されたり、おぼれたり、色々あった後に二人っきりだなんて、なんだか気まずい。
俺、清彦にどんな顔をすればいいんだ?
なんて言えばいいんだ?
「良かった、あなたが無事で良かった」
「ごめん、俺のせいで、双葉の身体を危ない目にあわせて、お前まで巻き込んでしまって」
「そんなことを言ってるんじゃない!! おれは本気で心配したんだから!!」
「本当にごめん」
「いいよ、こうして無事だったんだから」
そう言いながら、清彦は俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
ちょ、ちょっとまて!
俺の心臓が、ドキンと跳ね上がった。
清彦に抱きしめられて、そのことに戸惑いは感じるのに、なぜだかイヤじゃなかったんだ。
そして俺の心臓は、ドキドキと早鐘のように鳴りつづけていた。
なんだよコレ、俺なんかヘンだ、相手が俺なのに、なんでこんな気持ちになるんだよ!
そんな俺に、清彦が耳元で囁いた。
「でもこれで、やっとあのときのお返しができたね」
「あの時って?」
「おれがまだ双葉だった時に、溺れていた『わたし』を、清彦が助けようとしてくれたよね、わたし、すごく嬉しかったんだ」
「あっ!」
そう言われて、ついさっきのことを思い出した。
溺れていた俺を、清彦が助けに来てくれた。
それが嬉しかった。
そうか、同じ気持ちだったんだ。
俺も、ううんわたしも、すごく嬉しかったんだから。
本当はずっとお礼を言いたかったのに、入れ替わりだとか、意地だとかあって素直になれなかった。
「だから、あの時はありがとう。って、あは、やっと言えた」
胸のつかえが取れたかのように、清彦は嬉しそうに笑いながら言った。
「これでおあいこだね」
でも……。
「ううん、違うよ」
「え、違うって?」
『わたし』の反論に戸惑う清彦に、わたしは言った。
「だって『わたし』が清彦に助けられたのって、これで二度目でしょ、だから違うって」
そう言い返しながら、わたしは清彦をぎゅっと抱きしめ返していた。
わたしの小さな胸と、清彦の薄い胸板が正面から抱き合わされて、その硬さが、合わせた肌の暖かさが、今のわたしには心地よかった。
「わたしのことを助けに来てくれてありがとう」
そしてわたしはこう思う。
最初に清彦に助けられたときに、双葉の身体は、清彦のことを好きになっていたのだろう。
そしてこんどで二度目。
やばい、これで本気で好きになっちゃったんだ。
そして今はわたしが双葉なんだから、わたしが言わなきゃだめよね。
「さっきの返事だけど、……わたしも清彦のことが好きです」
そして不思議な感覚、わたしの心がどんどん女の子に染まっていくみたいに感じて、怖いけど、でももうこの気持ちは止められないし、止めたくない。
「だから、わたしと付き合ってください」
エピローグ
あの告白の日から、わたしたちは付き合い始めた。
もうすぐ夏休みも終わる、そのまえに遊園地へ遊びに行こう、という話の流れになって、二人で一緒に遊園地に遊びに行くことになった。
待ち合わせ場所に、予定の時間よりも早く清彦が来た。
「ごめん、待った?」
「ううん、わたしもついさっき来たところ」
わたしは、そんな清彦よりも先に待ち合わせ場所に来て、清彦が来るのを待っていたんだけど、そんなことはおくびにも出さない。
そんなことより、待っていた清彦が来てくれたことのほうが嬉しかった。
「ねえ清彦、どう、この服似合う?」
この日のために選んでおいた、よそ行きの服装を披露した。
「ああ、双葉に良く似合っていて、かわいいよ」
清彦に真顔でそう言われて、わたしは顔が熱くなった。
清彦に褒められて、すごく嬉しかった。
「だけど……」
「だけど、何?」
「その服だと露出が多すぎる!」
「何よ、清彦のためにコーディネートしてきたのに、露出が多すぎるって!」
「双葉は俺のものだ! だから俺以外のやつに見せなくていいんだ!!」
「俺のものって、わたしはものじゃないわよ!!」
ぷんぷん、と怒ったふりをしながら、でも内心嬉しかった。
『俺のもの、清彦がわたしを俺のものって言ってくれた!』
もう、本当に、清彦って焼きもち焼きなんだから。
清彦に焼きもちを焼かれて、ちょっとうざいと思いながら、でもすごく嬉しかった。
最近わたしは、すっかり気持ちが女の子になっちゃって、もう男の子の気分になれなくなっちゃった。
そして清彦も、最近はすっかり男らしくなっちゃって、わたしはそんな清彦にいつもドキドキしていた。
あの日入れ替わりの日から一ヶ月とちょっと。
男の子の清彦だったわたしが、女の子の双葉になっちゃうなんて、
しかも元のわたしだった清彦と、恋人同士になっちゃうなんて、なんだか不思議よね。
もしあの入れ替わりが無かったら、わたしたちは付き合うことも、恋人同士になることもなかっただろう。
だから最近は、わたしたちがこうなったのは運命だったのかな、なんて思うようになっていた。
もし仮に、元の身体に戻れるといわれても、もう無理、戻りたくない。
だってわたしは、双葉として今の清彦を好きになっちゃったんだもん、それがチャラになるなんて、絶対にイヤだもの。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「……うん」
わたしは清彦と手をつないで、二人で一緒に歩き始めた。
この後、わたしたちは、何度も喧嘩をしたり、仲直りをしたりを繰り返しながら、
中学、高校、大学と、大人になるまでずっと一緒に歩き続けた。
そして、十数年後にゴールインして、わたしが清彦の子供を生んで、幸せな家庭を築くことになるのだけど、それはまた別のお話。