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朱鬼蒼鬼 独虚遊戯

2016/08/29 19:20:54
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壱:自己撮影
語り手:朱那

「ふむ…、こ、こうか?」
上へと携帯を掲げ、見下ろす形で自分にフォーカスを当てる。なるべく扇情的に、を至上命題に掲げ、画像の中に見える私は、私が興奮するような姿を自分で模索していく。
「やはり足りないな…。ならば、こうか…?」
画像の中では見えない角度になるようパンツを脱いではみたが、それでもやはり足りないと考えて、裾が喉元に来るくらいに上着を限界近くまでたくし上げる。
下着に包まれた、我ながら豊かな胸が揺れる。昔の俺としての考えならば、欲望のままに襲っていたに違いない。
しかしそれは、今や私が男を誘う為の一要素としてこんなにも活用しているのだから、生きている限りどうなるかなど解らないものだ。
「…ふむ、むぅ…」
試しに一枚、写真を撮る。
画面の中に映る自分の姿を見て思うのは、
「…やはり、足りんな」
どうにも私の中に溢れて止まらない探求心だった。
男としての意識が確かに残るこの身であれば、どうすれば男が望むような誘惑の姿を作れるのかというのが解る筈だ。
なにせ今の私は女の体だ、いくらでも実践して、私の中の男を疼かせるような見た目を追求する事ができる!
「という事でまずは完全に下着を脱いでみよう」
赤いブラを外し、胸を完全に曝け出してみた。

「うぅむ…、やはり何かが足りん…」
アングルとしてはこれで良いだろうとは思っている。
だが胸は曝け出した、下着は穿いていない、上目遣い…。これ以上何か…、何を求めればいいのだろう。
悩むこと暫し。
「…っくしゅ! うぅいかん、体が冷えてしまったようだ…」
上着を着直し、ぽんぽんを冷まさぬよう布団の中に潜り込ませる。その状態でもう一度考え直すと…、
「…ふむ、これだ!」
天啓得たり。誘う為に必要なもう一つの要素を見つけたぞ!
胸を持ち上げ、乳房全体を撫でながらゆっくりと揉んでいく。
「は、ぁ…、ん、ふぅ…」
内心で相手の事を想いながら、ラインを確かめる様に、男としての感覚で身体を弄っていく。
とろりと膣から愛液が零れ出したのを確認して、くちゅりくちゅりと耳を打つよう、濡れているのだと教える様に、わざと大きな音を立てて女を抉る。
「んむ、ちゅ…、…ふぅ、ん…っ」
指にまとわりついた愛液を舐めながら、陰核をつんと弾く。びくりと体が跳ねて、イきそうになった所を、息を整えて寸止めにする。
そのままに先ほどと同じポーズとアングルで写真を撮り、確認する。
「…ふふ、これだ。これなら蒼火の奴もおっ立てるに違いない」
携帯の中には、我が身ながら乱れた姿が映っている。火照った体で、その先をねだるような。
快哉を叫びながら布団に倒れ、私は寝た。

翌日は風邪を引いた。



弐:孤独ノ毒
語り手:蒼火

思い返せば、独居というのはかなり心細い記憶がある。
特に1人になった直後の生活というのは、直前まで隣に愛した人がいた為、殊更強く現実を突きつけられてしまう。
咳をしても1人とは誰の言葉だったっけか。
「……」
正直な事を言うと、49日が終わっても俺は家の中で殆ど喋る事は無かった。
精々鍛錬時の掛け声位しか、声帯を使う事は無かった記憶が酷く残っている。

日が昇る前に起きる。
顔を洗う。
朝飯前の軽い鍛錬をする。
先日仕込んだ分から朝飯を作って食う。
筋トレメインで鍛錬をする。
昼飯を作って食う。
鍛錬がてら数県離れた所の無人販売所まで走り、野菜を買いに行く。
走って戻る。
昨日解読した型を繰り返す様に鍛錬をする。
晩飯を作って食う。
明日の朝食の為に軽く仕込みを行う。
家伝の格闘術が書かれた古文書をどうにか紐解いていく。
風呂を沸かして入る。
呼吸を深くして気を整える。
寝る。

大体こんな生活サイクルを繰り返してた気がする。
当座の生存のための行動と、鍛錬ばかりの味気無い日々の連続だった。

「…………!?」

ある時、声の出し方を忘れていた。
正直に言えばあの時ほど焦った事は無かった気がする。斉天大聖との手合せで、如意棒が顔面目掛けて飛んできた時より焦った覚えがある。

さて、流石にこれはまずいと思い至り、ちょっと鍛錬時間を削って発声の時間を取ることにした。
朝食を食べ終えて、とりあえず字幕表示させたテレビの音声を目で追い、どうにか口に出してみる。
「ほ、じつあ、しち、のゅー、すです」
やべぇ、ここまで出てこないとは思わなんだ。
リハビリは早急にやっておかないといけないので、何かいい物は無いかと新聞のテレビ欄を見る。
「……!」
これだ。

「とんでもねぇ、待ってたんだ」
「車はアメリカで生まれました、日本の発明品じゃありません。しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です!」
「何でこの歌詞がボーイジョージなんだ? ガールジョージにすればスッキリするのに」

前にテレビで放送されたアクション映画のセリフを追いかけながら口にする。
何年前だったかの放送で妙に印象に残っていたのだが、いやこれ楽しいな。
(もうちょい色んな作品とか見てみ…、あ……)

その時に気付いたのだ。今までの生活には、娯楽も息抜きもろくに存在していなかったことを。
わざと心を殺し、他に何も感じないようにし、鍛錬の為に時間を費やした。内心の余裕を認識しようとすれば、殊更孤独を浮き彫りにされるのだと気付いた。
だって隣には、もう誰もいないのだから。

結局、1人に耐えきれなくなり、誰かがいる空間を求めて地獄へと降り、そこで鍛錬を重ねる事にした。
そこでなら会話をする相手にも事欠かず、1人であった寂しさを埋める事も出来ていた。
体感時間で100年ほど前、現実の時間で1年前の話だよ。



参:犬神作成
語り手:あすな

独りと言われても、僕は昔から本当の意味で1人になった事は無かったりする。
僕の元々の家は犬神使いであり、その血筋には一滴たりとも呪いに掛かっていない血など無かったからだ。
どこに行けど犬の霊に憑かれ、幼少期は野良犬に追われた事さえあったりする。
多分それは興味からじゃれついてくるのではなく、おそらくは同族の恨みを察知しての攻撃なんだろう。あぁ面倒臭かった。
ドッグランになど行こう物なら、多数の犬が飼い主の静止も聞かずにこちらへ噛みついてこようとする事さえざらだ。本当に面倒臭い。
仕方ないので、憂さ晴らしをすることにする。
「ほーら餌だよー。食えると思ってるのならその首を伸ばしてごらーん?」
保健所に連れていかれた犬連中を引き取って、犬神化の儀式の真っ最中だ。
目の前には首元まで埋められた犬が4匹。これを一から育てないといけないのは面倒だけど、正直に言えば持ち駒が欲しかったので、ちょっと数を増やす必要に駆られたのだ。
「んー…、お前はまだ元気そうだね。隣のお前は…、はは、随分と目に絶望の色が見えてきた。
3匹目のお前はどうしたんだい、目の前のご飯が食べたいと思わないのか? 腐りかけてるけどね。でもお腹減ってるんだろ? ほぉらほぉら」
餌の入った皿を、舌を伸ばせば届くんじゃないかという位置にまで持っていき、届きそうなところで引いて、さらに焦らす。

「おっといけない、ちょっとでも食べさせたら面白味が無くなるよ。
4匹目のお前はどうだい、…ん~? おっと?」
3匹目の皿を、届きそうで届かない定位置に戻して四匹目の様子を見ると、随分とやつれているのが見て取れる。
チャッカマンで餌の肉を炙り、匂いを届けさせると、どうにか生きていると言わんばかりに、地上に出ている頭をぴくぴくと動かしている。
「…いやぁ、良いなぁこれ。本当に良い」
呪いを行う為の手駒と言えど、それを作るまでの過程というのもやっぱり大事だと思う。
道具はどれだけ作る時に愛着を得られるか、で、使い勝手も変わってくるものだから。あ、もちろん使えなかったら使わないけどね。
頃合い良しと見計らって、倉庫から草刈機を持ってきて起動させる。この時の為に金属刃は綺麗に研いでおいたから、なるべく苦しまない様に刈り取ってあげないとね。
血が飛び散っても良いように専用の傘を先端部分に被せて、一応僕も作業用ズボンを履いて、いざ。

省★略

取ったどー!
後はこの首を綺麗にしてから儀式をして、新しい持ち弾の完成という事で。
呪いが新たに憑くのはまぁ仕方ない事かもしれないけど、1人でいる時は犬神を作ってるのが一番の無聊の手慰みになる。
…仕事道具を作ることしかやる事が無いというのは、なかなかに虚しい気がしないでもないけれど、ね。



四:幼体痒心
語り手:忌乃裕

忌乃家には誰もいない時がちまちまとある。
最初に思っていた時より、1人になった時の家の広さというのは心を押しつぶすものだと、1Kのアパートに住んでた時との違いをまざまざと感じる。
40過ぎた身で1人だった俺こと安斎行隆、今は兄貴の妹になった「忌乃裕」は、10歳ぐらいの見た目のおかげで日中で歩くことが出来なくなってしまっている。
「前だったら仕事着で出歩いてても何も言われなかったのになぁ。今じゃもう無理ね…」
心の中は男のままなのに、言葉は男としての物と女としての物が交互に出てしまう。
どうにかしたいと思っているが、人間である自分1人の力ではどうにもならないものがあるのだと、兄貴や地獄の話を見ることで理解してしまう。
「仕方ねぇ、借りてきた映画見ましょうか」
兄貴は学校に行かせようとしているが、申請が降りるにはまだ時間がかかる。というかもう一度学校に行ったところでどうしろっていうんだ、という考えがある。
そんな事に時間を使うのなら、適当に借りてきた映画を見ていた方が良い。
昔ながらの和室、という風情の中にある40型テレビと、それを支える台の中に設置されたDVDプレーヤーは、どうにも場違いのように思えてくるが、今は暇潰しの手段になるため大いに使わせてもらう事にする。
兄貴と一緒に、適当に見たいと思ったDVD10枚を入れた袋から、中身を見ず無作為に取り出す。
どうせどれでも良いと思っていたのだから、何から観始めても良かったし。

戸棚からお菓子、冷蔵庫から飲み物を用意して、テレビとプレーヤーを起動。ディスクを滑り込ませて再生を押す。
しばらく関連作品の紹介を見せられた後、ようやく本編が始まる。

内容は、生活のすべてをリアルタイムで世界中に配信されている、ある1人の男の話。
“主人公”の男は平凡な生活を繰り返している。父親の事でトラウマを得ていても、それでも暮らす分には何不自由ない。
けれどもそんな生活は結局すべて作り物。
周りの人間は全て役者で、住んでる街はセット、生きた歴史は定められた脚本の通り。
そんな自分の周りの偽りに気付いて、真実を求め脚本を外れて足掻き始める文字通りテレビ番組の“主人公”。

終わりに向かうにつれて、考えることが出来てしまう。
この“主人公”のように偽りの世界だと気付くこと。気付かされてしまう事は、足元が崩れるに等しいんじゃないかと。
事実俺だって、人間を皮に出来る事が可能だと知ったり、兄貴の正体を知った時には、今までの現実が音を立てて崩れていくのを感じていた。
そこから動けて、話を進めていく資質を持っているからこそ、“主人公”はこの話を回すに足り得る主役としての立ち位置を与えられたんじゃないか。
そう考えてならない。

すっかりお菓子を食べきり、飲み物も最後の一口を残した所で、スタッフロールに入り始めた。
果たしてあの主人公は、番組が終わった後に何を見ていくのだろう。“自分”を見続けていた人達に囲まれて、どんな形で生きていくのだろう。
現実に向けて歩んでいった“主人公”と対比するように、否応なしに俺も現実に引き戻される。
女の体の、誰も俺の事を知らない「忌乃裕」としての俺は、どう生きていくんだろう。

せっかく得た新しい人生じゃないかと、あすなは言っていた。
それは確かだと思う。だからこそ違う事をして見たかった。女の、小さな体でなければ。

ディスクを取り出してケースと袋にしまう。
最初にこれはちょっと心にキてしまった。次はもっと単純な娯楽作品が良いな。
今は変な事を考えたくないから、できれば兄貴と一緒に楽しめる物の方が良いなと思いながら、借りたモノのリストをもう一度確認していた。


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