今日から新年度、俺は幼馴染の双葉と一緒に登校した。
「おはよう清彦、今日から新学期だね」
「ああ、そうだな」
「今度も同じクラスになれるといいね」
そう言いながら双葉は屈託無く笑った。
幼い頃から変わらない光景、これからも当たり前のように続くと思っていた。
このほんの少し後までは。
「あぶない双葉!!」
「えっ?」
それは急な出来事だった。
暴走してきた車が、俺たちのところに突っ込んできたんだ。
俺は双葉をかばって突き飛ばし、直後に激しい衝撃、意識が飛んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次に俺が目を覚ました時、そこは病室だった。
「良かった、目を覚ましたのね」
次に俺の目に入ったのは、心配で泣きそうな、そして嬉しそうな複雑な表情の双葉の母親の顔だった。
「……ここは?」
まだぼんやりしていて、考えがまとまらない頭で、俺はなんとなく質問していた。
そんな俺の声が、妙に甲高く聞こえた。
「病院よ、双葉は事故で倒れた時に頭を強く打って、気を失っていたのよ」
双葉が事故で倒れた?
そう聞かされた直後に、俺の脳裏には暴走車が突っ込んできたあの時の光景が思い浮かんだ。
「そうだ、暴走してきた車が突っ込んできて、双葉は? 双葉はどうなったの?」
「落ち着いて双葉、あなたは無事よ、清彦くんのおかげでね」
その言葉に、どうやら双葉は無事らしい。と気づいてほっとした。
でもその直後、ふと気づいた。
清彦くんのおかげであなたは無事って、変な言い回しだな。
双葉の母さん、もしかして俺のことと双葉のことを勘違いしているのか?
「ちょっとまってくれよ、何か勘違いしてるみたいだけど、俺は双葉じゃなくてきよひ……あれ?」
そこまで言いかけて、俺は何気なく自分の身体を見下ろして、俺の身体がいつもとは違うことに気づいた。
なんだこれ、手が細くて真っ白だ。
それになんだこの長い髪は?
この胸元のふくらみは、いったい何なんだ!!
「鏡、鏡を持ってきて!」
いやな予感がする。でも確かめなきゃ。
俺の要求に、看護師さんが手鏡を持ってきてくれた。
俺は恐る恐る鏡を覗き込んだ。
鏡の中には、毎日見慣れた幼馴染の女の子、双葉の顔が映っていた。
あははは、なにこれ?
うそでしょ!
冗談でしょ!
これってたちの悪いドッキリでしょ?
俺が双葉のわけないだろうに。
だって双葉は、いつも俺の隣に一緒にいるはずなんだから。
あれ、でもだとしたら、双葉と一緒にいるはずの、清彦はどこにいるんだ?
「清彦はどこにいるの?」
俺のその質問に、病室にいる全員がしばらく沈黙した。
双葉の母さんが、作り笑いをしながら、優しい声でこう言った。
「清彦くんは、別の病室で治療をしているわ。だから双葉は安心して、ね」
直感的にそれは嘘だと思った。
でも今聞いても、本当のことを言ってくれないような気がした。
それに、今のショックのせいなのか、それとも疲れが残っているのか、俺はまた急に眠くなってきたんだ。
「そうね、双葉には事故はショックだったものね、今はもう少しゆっくり休んでいたほうがいいわね」
双葉の母親も先生や看護師さんも、俺が寝ることを勧めてくれた。
これはきっと悪い夢なんだ。夢から覚めたら、きっとまた、俺はいつもの日常に戻っているんだ。
だから今は、素直に寝てしまおう。
次に起きたら、双葉にこの変な夢の話をしてやろう。
あいつ、どんな顔をするかな?
「……おやすみ」
「おやすみなさい双葉」
こうして俺は、また深い眠りに落ちたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ふと気がつくと、俺は暗闇の中にいた。
俺はなんでこんなところにいるんだ?
暗い、そして凍えるように寒い、俺はこんなところにいたくない。
はるか遠くに小さな光が見える。
俺はあそこにいかなければ、そんな気がした。
俺は光に向かって引き寄せられて……。
「だめ清彦、いかないで、いっちゃいや!」
誰かが俺を引き留める。
誰だ、邪魔しないでくれ。俺はあそこにいかなきゃいけないんだ!
「私がかわりに行く。だから清彦は生きて……、私のかわりに」
誰かが俺の前に割って入り、その誰かが俺にかわりに光に向かっていく。
そして俺は、その誰かの居た場所の、何か温かい入れ物に取り込まれていくような不思議な感覚を感じた。
お前はだれだ、なんで俺にこんなことを!!
「さようなら清彦、わたし、……清彦のことが好きだったよ」
双葉? お前は双葉なのか?
そしてお互いの立ち位置が入れ替わった瞬間、俺はすべてを悟った。
「いやだ、行くな双葉! 本当ならそこへ行くのは俺なのに、なんでお前が!!」
「…………」
お互いの意識は遠ざかり、もう何も聞こえないし感じない。
俺の意識は温かい何かに取り込まれて、そのままその中に意識が沈んでいった。
そして俺は、新たな寄り代を得て、意識が覚醒したんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
よくわからない夢から目を覚ますと、そこも真っ暗闇だった。
いや、心電図だか何だかの、微かな光が浮かんで見えた。
つまりここは夜の消灯された病室で、俺はその暗闇の病室のベッドに寝かされているんだ。
ふと、気になることがあり、俺は何かを確かめるように、そっと自分の身体を触った。
長くて柔らかい髪、柔らかい胸の膨らみ、そして男の証が無い股間。
この身体は女の子の身体で、そして誰の身体なのか、今はよくわかっていた。
「双葉、……この身体は、双葉なんだ」
そしてどうしてこうなったのかを、あの夢で思い出した俺には、今ではよくわかっていた。
「何でだよ双葉! こんなことをされても、俺はちっとも嬉しくないぞ!!」
双葉は、俺の身代わりで死んだんだ。
いやちょっと違うか、双葉は俺に自分の命を譲ったんだ。
俺を生かすために。
おそらくどんな形でもいいから、俺に生きて欲しいと願って。
いや、わかってるんだ、あのときの双葉の気持ちはよくわかる。
だって、もし俺が逆の立場だったら、やっぱり双葉に同じ事をしただろうから。
でも、そうだとわかっていても、やっぱり納得できないし、やりきれなかった。
「好きだったよ。だなんて、最後の最後で言われて、
なのにお前はもうどこにもいなくて、俺はこれからどうすればいいんだよ!!」
俺は真っ暗闇の病室のベッドの上でそのまま泣いた。
泣いて泣いて、双葉の失ったことを悲しんだ。
翌日は、午前中は身体の検査だった。
そして午後に先生から検査の結果が伝えられた。
この検査の結果、身体に異常のなかった俺は、翌日に退院することになった。
「なんともなくてよかったわ双葉」
「……うん」
検査の結果に、双葉の母さんが喜んでいた。
でも俺は、素直に喜べなかった。
確かに双葉の身体は大丈夫だった。
でもその心は?
俺の好きだった、幼馴染の女の子の心は、本当は無事じゃないんだ。
この身体の中にいる心は、双葉じゃなくて、清彦という別人の心なんだ。
俺は双葉の母さんを騙しているっていう罪悪感を感じていた。
そしてもうひとつ、俺には確かめなきゃいけないことがあるんだ。
「ねえ母さん、清彦は今どうしているの?」
俺の質問に、病室の空気が昨日のように沈黙した。
「昨日も言ったけど、清彦くんは別の病室にいるの、今は治療中だから、また後で……」
「母さん! 本当のことを言って、本当のことを教えて」
俺は俺の身体が無事ではないことや、その俺の身代わりで、双葉がいなくなってしまったことに、薄々気づいていた。
だけど、本当にそうなのか、確かめなきゃ。
「そ、それは……」
「お母さん、これ以上はごまかせません。まさか一生隠し通すわけにもいかないでしょう?」
「それは、……そうですが」
「後は私から、双葉さんに事情を説明します」
病院の先生はそう言って、清彦の事情を説明してくれた。
「彼はこの病院に運ばれてきたときには、心肺停止状態だった。もう手の施しようがなかったんだ」
先生ははっきり教えてくれた。清彦の身体はもう死んだのだと。
そして今までそれを隠していたのは、清彦と仲のよかった双葉に、これ以上ショックを与えたくなかったからだということだった。
「もう少し君が落ち着いたら、本当のことを話すつもりだったんだ。今まで隠していてすまなかった」
正直、ショックがないといえば嘘になる。
だけど、昨夜の夢で、双葉に本当のことを伝えられていた俺は、自分でも驚くほど冷静に受け止めていた。
もし昨日の目を覚ました直後に、真実を知らされていたら、ここまで冷静ではいられなかっただろう。
それがわかるから、先生や双葉の母さんが、真実を隠そうとしていた気持ちもわかるんだ。
「ねえ母さん、今まで清彦のことを教えてくれなかったのは、わたしのことを思ってだよね?」
「え、ええ、そうよ」
「だから、そのことはもういい。ありがとう、清彦のことを教えてくれて」
本当に、自分でも驚くほど、今の俺は冷静だった。
「ごめんね、今まで清彦くんことを隠していてごめんね双葉」
そんな俺に、先生は驚いていた。
双葉の母さんは、泣いて俺に謝った。
謝らなくてもいいんだよ、双葉の母さん。だって俺も、あなたを騙しているんだから。
ううん、たぶんこれから、俺は双葉のふりをして、あなたをずっと騙し続けることになるんだから。
本当の双葉がいなくなったことを教えない俺のほうが、ずっと酷いやつなんだから。
俺は翌日、双葉後して病院を退院した。
入院中は、主に双葉のパジャマを着ていた。
当然女物のパジャマだったが、水色だったので羞恥心は最小限ですんでいた。、
退院の時に着せられたのは、双葉の私服だった。
女物のワンピースで、女装しているみたいで、特にスカートのひらひらが恥ずかしかった。
いや、それを言うなら、下着はずっと女物だったし、トイレは女子トイレで女として座ってしていた。
言葉遣いも、できるだけ普段の双葉らしくと意識してしゃべっていたら、必然的に女言葉でしゃべっていた。
そのすべてが、今の俺には恥ずかしかった。
でも、恥ずかしいと感じながらも、俺はすべてを受け入れていた。
だってこれらのことは、双葉だったら全部当たり前のことなんだから。
今の俺は双葉で、これからは双葉として生きていくって決めたんだから。
今の俺ができることは、俺の大好きだった双葉のイメージを壊さないように、双葉らしく生きることなんだ。
だから、双葉が乱暴な男言葉を使ったり、がさつな態度をしたり、男物の服を着たり、そんなはことありえないんだ。
いけね、スカートが捲れそうになった、歩幅を小さくして、足も開かないようにして、もっと歩き方に気をつけないと。
言葉遣いだって、普段からもっと意識して気をつけないといけね、……いけないわね。
そんな風に俺、ううんわたしは、以前の双葉がどうだったのかを思い返しながら、わたしなりの双葉らしさを身に着けていった。
それが、わたしの中で美化された双葉だと、意識しないで刷り込むように。
清彦の通夜は、わたしの退院の前日だった。
聞いた話によれば、通夜には清彦の友人や学校関係者が、最後の別れに来てくれていたらしい。
そしてわたしの退院の当日、清彦の葬儀が行われている予定だった。
わたしはその事を、双葉の家に帰る移動の車の中で質問して、初めて知った。
「清彦のお葬式は今日なの? なんで教えてくれなかったの!」
双葉の両親は、退院直後のわたしに、負担を掛けたくなかったらしい。
双葉のお母さんは「ごめんなさい」と謝ってくれたけど、すぐには納得がいかなかった。
気持ちはわかるけど、それじゃ過保護すぎるんじゃないだろうか?
「いいわ、今からでもいいから、清彦の葬式に行きたい」
と、わたしは希望した。
本当に死んだのは清彦じゃなくて双葉だ。
だけど、ならそのことを知るわたしだけでも、双葉を見送ってあげたい。
そしてわたし自身、俺自身との別れのけじめをつけたいと、そう思った。
両親、特にお母さんがなぜだか渋った。
「今から葬式に行くといっても、その格好じゃいけないでしょう?」
退院直後の今のわたしは白いワンピース姿で、確かに葬式にこの服装じゃまずい。
学校の制服だったら直行で行けたのに、わざわざワンピースにしたのは、わたしを葬式に行かせないため?
そういえば、葬式のことは、わたしが聞くまで教えてくれなかった。
そう邪推したくなるような対応、状況だった。
なんで? どうして?
清彦の死を、わたしに知らせないように、先送りしていた件はしかたがないって思っていた。
だけどこの件でわたしは、これから親子の関係になる人に、不信感を感じ始めていた。
「家に帰ったらすぐに着替える。そしてすぐに葬式に行く」
わたしは不機嫌を隠さない声で、きっぱりと言った。
「……どうしても行くのね。
そうよね、双葉は清彦くんのことが好きだったものね。
最後のお別れくらいちゃんとしたいわよね。わかったわ」
なぜわたしが清彦の葬式に行くことを、お母さんが渋ったのか、このときにはわからなかった。
だけどお母さんは、わたしが清彦の葬式に行くことを強く希望したら、観念して折れた。
双葉の家に帰った直後、落ち着くことなく慌しく、わたしは今度は学校の女子の制服に着替えた。
この時わたしは、女の着替えが恥ずかしいとか、女子の制服が恥ずかしいとか、感じる余裕なんてなかった。
急いで着替えて、葬儀場に付いた頃には、葬儀はお焼香が行われている所だった。
なんとか最後の別れに間に合った。
式場の出入り口では、清彦の親族が、葬儀に来てくれた人に頭を下げていた。
清彦の両親と妹もいた。
父さん、母さん、清音、こんな形で俺がいなくなってごめんね。もっとずっと家族として一緒に居たかったよ。
そんな風に心の中で謝りながら、わたしは清彦の家族に会釈した。
わたしはそんな元の家族の、母さんと目が合った。
えっ?
母さんは、鬼のような形相で、わたしを睨みつけていた。
「私の清彦を死なせておいて、よく私の前に顔を出せたわね」
「か、母さん!」
次の瞬間、母さんはわたしにつかみかかってきた。
「あんたをかばったせいで清彦が! あんたが、あんたがいなければ、清彦は死なずに済んだのよ!!」
「母さん止めなさい、落ち着いて!!」
「返して、私の清彦を返して!」
「お母さんお願いだから止めて!」
父さんと妹の清音が、必死になって母さんを止めていた。
この騒ぎで、錯乱した清彦の母さんは連れて行かれて、別室で落ち着かせることになった。
清彦の母さんに詰め寄られ、罵られたことに、わたしはショックだった。
母さんは、こうなる以前は、いつもうちに遊びに来た双葉を、にこにこと出迎えていた。
「清彦、双葉ちゃんみたいないい子は、他には滅多にいないんだから、ちゃんと心をつかんで、手放しちゃだめよ」
「あの子はいいお嫁さんになるわ。ぜったいあなたのお嫁さんにしなさい」
なんて言って元の俺をけしかけていたほどだったのに。
なのに今は、清彦の母さんに、わたしがあんなに恨まれているなんて。
清彦だったときには親子だったのに、今は仲良くどころか憎まれる対象だったなんて。
そして同時に気づいていた。双葉の母さんが、なんでわたしが葬儀にくることを渋ったのか、その理由に。
そんな状況に、清彦の父さんは、俺に頭を下げて謝った。
「清彦のためにわざわざ来ていただいたのに、済まなかった」
「い、いえ、わたしは大丈夫です。お気になさらず。
それに、……清彦のこと、わたしのほうこそすみませんでした」
「双葉お姉ちゃん、そう思うなら、悪いけどもう帰ってくれる?」
「清音!」
「えっ清音……ちゃん?」
「双葉お姉ちゃんが悪くないってことは、私もわかってる。でもね、理屈と感情は別なの。
お母さんが双葉お姉ちゃんに当たりたくなる気持ちも、私にはよくわかるの」
そういう清音の表情は暗く、わたしを見つめる目は少し恨みがましかった。
「悪いけど、今は双葉お姉ちゃんがいたらお母さんは落ち着けない。だから帰って。私たちをそっとしておいて」
「……ごめんなさい。すぐに帰るね」
わたしは、お焼香だけすませると、そそくさと逃げるように式場を後にした。
わたしは元の家族に拒絶されてしまった。
少なくともあそこには、わたしのに帰るところはもうないんだ。
わたしは家に帰る車の中で泣いた。
そんなわたしを、双葉の母さんがそっと抱きしめて、無言で慰めてくれた。
ああ、今はこの人がわたしのお母さんなんだ、とこの身で感じながら、しばらく泣き続けたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今のわたしは、肉体的にはこの身体は無傷で健康だけれど、精神的には結構ぼろぼろだった。
例の事故で清彦だった元のわたしの身体は永久に失われてしまった。
そしてわたしの心は、なぜだか双葉の身体の中で目を覚まして、今の状況に途方にくれた。
本当の双葉は、こんなわたしなんかの身代わりになって失われたと知って、わたしは双葉の喪失を深く悲しんだ。
その悲しみがまだ癒えぬ間に、双葉になったわたしは清彦の家族に拒絶されてしまい、わたしの心はより深く傷ついて落ち込んでいた。
このままじゃいけないとは思いながら、でもすぐには立ち直れなかった。
気分が落ち込んだまま、今は積極的に何かをしようという気がおきなかった。
大事を取って、ひとまず学校は週末まで休み、来週の休み明けから行くことになった。
そんなわたしを心配して、休み中に双葉とは特に仲の良かった女友達の若葉が、お見舞いに来てくれた。
清彦だった時に、双葉を通じて若葉とは面識があったけど、正直どう対応していいのかわからなかった。
でも、だからといって会わないわけにはいかないし、それに双葉のことを心配してくれる友人の存在は嬉しかった。
だからわたしは若葉と会うことにした。
「双葉が無事でよかった。私、双葉のこと心配してたんだよ」
「うん、ありがとうね」
「でも双葉、やっぱり元気がないみたいね」
「そ、そんなことないよ」
「無理しなくてもいいよ、事故の事とか、色々ショックだったろうし、今は元気が出なくても無理ないよ」
若葉はわたしのことを気遣ってくれた。
そして言葉を選びながら、わたしを励まそうとしてくれた。
若葉はいい子だな。と感じた。
わたしはこの子のことが好きなんだ。とも感じた。
わたしはこんないい子に、こんなに心配をかけて悪かったと思った。
その気遣いがわかるからか、清彦だったときなら退屈だった他愛も無い話も、今は退屈せずに聞くことができた。
そして、今は無理でもわたしが元気になったら、一緒に遊びに行こうと約束もした。
「じゃあまたね」
「うん、来週学校でね」
なんでだろう、わたし、若葉が来てくれて嬉しかった。
おかげで落ち込んでいた気持ちが、少しづつ元気が出てきたような気がした。
休み明けには学校へ行かなきゃ。わたしはそんな気になっていたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
休み明けから、わたしは再び学校へ行くようになった。
清彦だった時とは、学校での生活が色々変わったように感じた。
特に劇的に変わったのは、人間関係だった。
清彦だったときに親しかった男友達とは疎遠になった。
というか、彼らとは性別の壁みたいなものを感じて、なんだか寂しかった。
逆に若葉や元の双葉の女友達とは、元の双葉との関係を引き継いで、かなり親しくなった。
若葉たちは、まだ完全に元気になれていないわたしを気遣ってくれた。
若葉や他の女友達は連携して、双葉の生活に慣れていないわたしのフォローもよくしてくれた。
なんかそんな彼女たちを、私は騙しているのに、それに甘えるのは悪いような気がしたけど、今は素直にそれに甘えた。
そうこうしているうちに、わたしは思っていたよりすんなり、元の双葉と仲良くしていた女子グループに溶け込んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ある程度元気が出て、わたしが双葉としての新しい生活に慣れてきた頃から、男子のほうのわたしへの反応が変わってきた。
それはどういうことかというと……。
「双葉さん、僕と付き合ってください」
いつも双葉の隣にいた清彦がいなくなり、今のわたしはフリーになったと男子から思われていた。
そして、一部の勇気のある男子が、今日もわたしに告白してきた。
「……ごめんなさい、わたし、今はそんな気になれないの」
わたしに断られて、玉砕してとぼとぼ立ち去って行く男子に悪いと思うけど、でも受け入れられないよね。
心がまだ女に成りきれていない、男気分の残っているわたしは、男と付き合うきにはなれなかった。
いや、それ以前に、わたしは他の男に双葉を取られたくなかった。
双葉はわたしだけのものだ。他の男になんか渡すもんか! ってね。
だけど、強引な男子がいた。
そいつはイケメンだけど、女を取っかえ引っかえしている、ちゃらちゃらしたちゃら男だった。
そのちゃら男がわたしに告白してきて、わたしは当然そいつの告白は断った。
尻や頭の軽い他の女子が、このちゃら男になびくのはその子の勝手だから別にいい。理解はできないけど。
だけどわたしやわたしの双葉が、あんたみたいなちゃら男になびくなんて思われるだけで不愉快だった。
いつもよりちょっときつめに断って、わたしはその場を立ち去ろうとした。
そうしたらちゃら男は、わたしの手をつかんで強引に引き寄せてきた。
「お高く留まりやがって、俺が付き合ってやるっつーてんだから、お前は喜んで俺と付き合えばいいんだよ!!」
「い、いや、放して!!」
わたしはつかまれた手を振りほどこうこした。でも振りほどけなかった。
今の非力な女の力では、男の腕力にはかなわなかった。
そのとき、急にわたしのつかまれた手が放された。
「いいかげんにしろ!」
「い、いててっ、放せ、その手を放せ!」
何事かとよく見てみると、ちゃら男の手を、すこし不良っぽい別の男がつかんでねじりあげていた。
「彼女がそういって嫌がっていた時、お前はすぐに手を放したか?」
そういいながら、男はちゃら男の手をより強くねじりあげた。
「いて、痛てて、悪かった。俺が悪かったから、この手を放してくれ」
「もう彼女には近づくな、次はこんなもんじゃすまさんからな」
「わ、わかった。わかったから」
手を放されたちゃら男は、ほうほうの体で逃げていった。
もともとちゃら男はそんなに腕っ節の強い男ではない。
この男に脅されて、またわたしに手を出す度胸は無いだろう。
「大丈夫だったか?」
「う、うん、わたしは大丈夫、ありがとう敏明」
わたしを助けてくれた男は敏明、彼はわたしが清彦だった時に、仲の良かった友人だった。
清彦だったわたしと敏明との関係は、中学生時代にさかのぼる。
当時、家庭環境の問題で荒れていた敏明は、クラスでは腫れ物扱いだった。
わたしはそんな敏明と、ささいなことで意地を張り合って衝突した。
そしてその衝突は、とうとう思い切り殴り合うほどの大喧嘩にまで発展してしまった。
その時のわたし達の殴り合いを止めたのは、わたしの様子がおかしいと感じて後をつけてきていた双葉だった。
「もう、男の子って、本当にしょうがないんだから」
殴り合って、お互いに顔を腫らしたわたしたちに呆れてそう言いながら、でも双葉は言葉ほど呆れていなかったように思う。
水で濡らしたハンカチで、双葉が冷やしてくれた顔が痛かったけどひんやり気持ちよかったことも覚えている。
ああそうそう、敏明も双葉に濡れたハンカチで顔を冷やしてもらっていたっけ。
「ほら、あなたも」
「……俺はいい」
「だめだよ、顔が腫れちゃってるじゃない、いい男が台無しだよ」
とかいいながら、敏明の顔の腫れ強引に冷やしていた。
なんとなく、わたしに殴られて腫れ赤くなっていた敏明の顔が、より赤くなったような気がして、ついわたしは笑った。
「わ、笑うな」
「ああもう、動かないで! じっとして!」
「お、おう……」
双葉に怒られて、おとなしくなった敏明がおかしくて、わたしはさらにこっそり笑っていた。
このときのことがきっかけで、わたしと敏明は逆に仲の良い親友になった。
敏明は双葉とも、間にわたしを挟んでだけど、仲良くなっていった。
だけど、先日の事故で清彦がいなくなり、その関係は終わった。
敏明と双葉は、仲がよいとはいっても、間に清彦を挟んでの関係だった。
おまけにこの春の進級で、双葉と敏明とは別のクラスになっていて、ますます接点がなくなっていた。
なので、あの事故以来、わたしは敏明とは亡くなった清彦のことで、ほんのちょっとしか接していなかったんだ。
「清彦のことで、あんたが落ち込んでいたようだったから、力づけてやりたかったんだが、なんか近寄りづらくてな」
「あはは、仕方ないよ」
敏明のこういうところは、相変わらず不器用だなって思った。
わたしは普段は若葉や他の女子がいつもそばにいて、用の無い男子は普通に近寄りづらい。
おまけに敏明は、今は隣のクラスだから、余計に今のわたしに近寄りづらいと思う。
「でも敏明は、わたしのことをずっと気にかけてくれていたんでしょう? ありがとう」
「あ、ああ、別にたいしたことじゃねえけどな」
敏明は照れたようにそっぽをむいた。
そんな敏明の様子がなんかおかしくて、わたしはつい思わずくすっと笑った。
それにしても、
「今まで清彦が虫除けになってて、男が寄り付かなかったのに、いなくなったとたんにこうなっちゃうなんてね」
それでもプロポーズされても、断れば良いと思っていたけど、さっきみたいに強引に来られたら、女の力ではまったく対応できなかった。
わたしは敏明には気を許して、つい本音の愚痴をこぼしていた。
「それじゃ、俺が清彦の代わりじゃダメか?」
「えっ?」
「あ、変な意味でじゃなくてだな、その、なんだ、俺があんたと付き合ってるフリをしたら、虫除けにならないかって思ってな」
「……虫除け」
「やっぱ、イヤだよな」
「ううん、悪くない。それいいかも」
敏明のその意見に、わたしは意表を突かれたけど、少し考えて悪くないアイデアだと思った。
敏明は、ちょっと不良っぽい外見のせいで一部に怖がられたりしているけど、実は根は気のいいやつだ。
そのことは親友だったわたしはよく知っているし、双葉もよく知っていた。
だから敏明はイヤじゃない。ううん、逆に気心が知れていて良い。
そしてそんな敏明の本質はともかく、そんな怖がられている敏明がわたしの側にいたら、他の男は近寄っては来られないだろう。
男と付き合う気の無い今のわたしには、敏明は虫除けには最適だった。
それに、男と付き合う気が無いからといって、まったく男を近づけないのもイヤだった。
最近元の双葉の女友達との距離感もつかめるようになって、仲良くもなったけど、わたしは元は男だったんだ。
わたしはもっと気安く話せる男友達が欲しかった。
敏明だったらわたしはよく知っているし、元の双葉とも以前から面識がある。
付き合い始めたフリをしても、不自然に見えないだろう。
隣のクラスの男子が、今のわたしに接する口実にもなる。
まあ、フリとはいえ、敏明と付き合い始めたら、彼氏に死なれたばかりなのに、双葉は別の男と付き合い始めたとか、
また影で悪口を言われるかもしれないけど、どっちにしても陰口をたたかれる気がする。
わたしの腹は決まった
「敏明さえよかったら、わたしと付き合っているフリをしてくれる?」
「……ああ、俺はいいぜ」
「じゃあ、最初はお友達から、よろしくね敏明」
そんな訳で、その時からわたしと敏明は、付き合っているフリをはじめたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしが敏明と付き合い(?)はじめてから半年ほど経った。
季節は秋、いや来月にはクリスマスだから、もうすぐ冬になる。
形の上では、わたしと敏明は付き合っているのだから、その間にいろいろなところへ遊びに行った。
映画館、遊園地、夏には海にも行ったっけ。
その時、どんな水着を選んだら敏明が喜ぶかな、でも露出が大きいと恥ずかしいなって、色々悩んだっけ。
そして気が付いたら、いつのまにかわたしは、敏明のことばかり考えているようになっていた。
……もしかしてわたし、敏明と付き合っているふりをしているうちに、本気になってしまった?
わたしは元は男だったのに、敏明のことを女の子として好きになってしまったの?
そうだと気が付いてから、わたしは罪悪感を感じていた。
鏡に映るわたしの、いや双葉の顔が、わたしを責めているように感じられた。
わたしのことを、この裏切り者、って。
そして、そんな罪悪感をかかえて悩むわたしに、敏明は改まった真剣な表情で、こんな告白をしてきた。
「俺たちが、つきあっているフリをはじめてから、もう半年だよな」
「うん、そう…だよね。もうそんなになるんだ」
「なあ双葉、俺がこれから言うことは、俺の正直な気持ちなんだ。だから真剣に聞いて欲しい」
「……うん」
来た。と思った。
わたしが敏明のことを、異性として意識しだしてから、
逆に敏明がわたしに向けてくれる態度や感情が、フリなんてレベルのものじゃないってことに気づいた。
そうか、敏明は双葉のことを本気で想っていたんだ。と。
そしてその時から、いつか敏明は、本気でわたしに告白してくるんじゃないかと思っていた。
そのときが今日だった。
「俺にとっては双葉、おまえが初恋の人なんだ。初めて会ったあの日から、ずっとおまえに憧れ続けていたんだ」
「……そう、なんだ」
敏明が初めて双葉と会った日といえば、清彦だったわたしと敏明が、派手に殴りあったあの日のことだ。
わたしの中では大きな出来事だったから、今でもよく覚えていた。
双葉に介抱されて、そんな双葉に敏明は素っ気無い態度をとりながら、でも顔を赤くしていたっけ。
でもそうか、あの時からって言われて、わたしは素直に納得した。
あの頃は荒れてて暴れん坊だった敏明が、双葉の相手をしている時は、妙に素直だったしね。
「でも、おまえはいつも清彦の隣にいた。
おまえが清彦のことが好きだってことは、お前のそばにいてよくわかっていた。
幼馴染だもんな。俺がおまえと出会うずっと前から勝負が決まっていたなんて、残酷だよな。
俺がどんなにおまえに恋焦がれようと、清彦が居る限り、おまえは俺のものにならない。
清彦のことは、ダチとしては好きだったけど、恋敵としては憎かった。
あいつが嫌なやつだったら、本気で憎むことができたのに、あいつはいいやつすぎて、それもできない。
俺は俺の想いを押し殺して、おまえたちのことを見守ることしかできなかったんだ」
敏明の双葉への気持ちに気づいてから、いつか敏明は告白してくると思っていた。
だけど、清彦だったわたしが、敏明にそんな風に思われていたなんて思っていなかった。
敏明がこんな重い気持ちを抱えていたなんて、あの頃は思ってもいなかった。
「だから清彦が事故で死んだ時、俺はあいつの死を悲しんだ。
でも同時に、あいつの死を喜んでいる俺もいたんだ。
これで双葉は俺のものにできるってね。……なあ双葉、おまえはこんな俺のことを軽蔑するか?」
「……その前に聞かせて。
わたしと本当の恋人同士になりたいと思ったのなら、今の本音まで話さないほうが良かったんじゃない?
なんでわたしに、そんなことまで話をしたの?」
「俺にもよくわかんねえよ。
清彦に死なれて、弱ってたおまえの心の隙に付け込んで、俺はまんまと清彦の後釜に成りおおせた。
このまま時間を掛けて、恋人のフリをしながらお前との仲を深めていけばいい。そのつもりだったしそう思っていた。
だけど、上手くいえないけど、なんか違うんだ。それじゃダメなんだって。そう思っちまったんだ。
俺はおまえを騙している。このままずっとおまえを騙し続けて、嘘の関係を続けることがイヤになったんだ」
わたしは気づいた。
ああそうか、敏明のこの告白は、罪悪感からだったんだ。
そしてわたしも、その罪悪感には心当たりがあった。
「なあ双葉、それでも俺はおまえが好きなんだ。こんな俺だけど、これからも付き合ってくれるか?」
そう言いながらも、敏明は何かを覚悟しているような顔をしていた。
「すぐには決められない。少し考えさせて」
「あ、ああ、いいぜ」
その日はそこまで話して別れた。
わたしは、今ではすっかり馴染んだ双葉の家に帰り、双葉の部屋の双葉のベッドに倒れこんだ。
「……そうか、敏明も、苦しんでいたんだ」
なんだかんだ言いながら、清彦だった時からも含めて、わたしは敏明との付き合いは長い。
敏明の全部とは言わないが、その気持ちはわかるような気がした。
それにしても、これからどうしよう?
と、ベッドの中で考えているうちに、わたしはうとうと眠くなり、そのまま眠ってしまった。
そしてわたしは夢を見た。
そして夢の中で、懐かしいあの人に会った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ふと気が付いたわたしがいたのは、柔らかい光に包まれた、暖かい世界だった。
夢? これは夢なの?
わたしの目の前には、多分大きな鏡がある。
だって、わたしの目の前には、学校の制服を着た、わたし自身が立っていたんだもの。
でも、あれ? 鏡にしては何か変だ。
わたしは双葉になってから半年以上、毎日鏡を見ていたから、細かい変化もよくわかる。
左右が逆に映っていないし、髪の長さも今のわたしより少し長い。
お母さんや若葉にもったいないって言われたけど、今のわたしは美容院で肩の辺りで髪を切りそろえてもらっていた。
確認するようにわたし自身の髪を確かめたら、肩口より少し長めに切りそろえられた髪だった。
何よりももう一人のわたしは、今のわたしとは表情が違う。
もう一人のわたしの表情は、今のわたしの作ったような笑みではなく、もっとずっと自然に柔らかく微笑んでいた。
まるで双葉本人のように。
そう思いながらよく見てみれば、もう一人のわたしの髪形や服装は、あの事故の直前のものだった。
まるで半年前の事故の直前から、あの頃の双葉が帰ってきたみたいだった。
わたしはおそるおそる、確かめるように声を絞り出した。
「……あなた、双葉、なの?」
「そうよ清彦。ううん、今はあなたは双葉なんだから、私もあなたのことは、双葉って呼んだ方がいいのかな?」
冗談っぽく言いながら、目の前の双葉はいたずらっぽくペロッと舌を出した。
わたしは目の前の彼女は、間違いなく双葉だ、と思った。
これは夢なの?
夢の中だから双葉に会えたの?
ううん、夢でも何でもいい、もう一度双葉に会えたのなら。
「清彦でいい。あなたにはわたしのことは、清彦って呼んで欲しいから」
「うん、わかった。じゃあそうするね清彦」
「双葉、わた、…お、おれ、……あれ、なんか言葉が、男言葉がうまくでてこないわ」
できればわたし自身も、半年前までの清彦に戻りたかったのに、すっかり女らしく振舞うことに慣れていて、逆に男言葉が照れくさかった。
だけどこういうときは、夢の中なんだし、わたし自身も半年前までの清彦の姿に戻るのがお約束なんじゃないの?
「無理しなくてもいいよ。夢の中だからって、そこまで便利じゃないから。
それに、それだけ今の清彦が、この半年間で女の子の双葉に馴染むことができたってことだから、そんなに悪いことじゃないよ」
「本当の双葉だったあなたに、そんな風に言われたら、なんだか複雑な気分だわ」
わたしは、夢の中なのに、思わずため息をついていた。
でも、それでもいい。わたしは気を取り直した。
「双葉、わたし、あれからずっとあなたに会いたかった」
「私も、ずっと清彦に会いたかったよ」
「だったら何で会いにきてくれなかったの?」
たとえ夢の中だけでも、双葉と会えるのなら、もっと早く会いに来て欲しかった。
「そういうわけにはいかないのよ。生きた人間と死んだ人間が、会うなんてことは本来ならできないんだよ。
今回のことも特例で、無理して会わせてもらっているんだから」
「無理してるって、もしかしてこのことで、双葉に何か不都合なことがあるの?」
「大丈夫だよ、たいしたことじゃないから。清彦は何も心配しなくてもいいんだよ」
「……ごめんね双葉」
「だから、清彦が謝ることは何も無いわよ」
全然大丈夫じゃないし、わたしは双葉のことがすごく心配になってきた。
だけど、このことを聞いても、双葉はわたしに心配を掛けまいと、教えてくれないだろう。
多分時間制限もあるだろうから、今のうちに話ができることは、できるだけ話をしておいたほうがいいだろう。
わたしは気持ちを切り替えることにした。
双葉と話したいことはいっぱいあった。
だけど、わたしが真っ先にしたことは、まず双葉に謝ることだった。
「ごめん双葉、わたしの中ではずっとあなたが一番だった。なのに、今は…その……」
「知ってるよ、今の清彦が好きなのは、敏明なんでしょう?」
「どうして知ってるの?」
「見ていたから。会うことはできなかったけど、私はずっと清彦のことは見てきたから」
「ずっと見ていたって、……もしかして、わたしがこの身体で、はずかしいことをしていたことも?」
「……見ていたよ。清彦が私の身体で、女体の神秘が、とか言いながらあえぎ声をあげていた所も見ていたよ。ちょっと見ていて恥ずかしかったけど」
「ごめん! 本当にごめん!!」
「いいよ、清彦も元は男の子だったんだし、興味があったのはわかるよ。それに今はその身体はあなたの身体なんだから、あなたの好きにしていいのよ」
とか言いながら、でもやっぱり恥ずかしそうな双葉を見ていたら、わたしの心は、双葉に済まないという気持ちでいっぱいだった。
ごめんね双葉、本当にごめんね。
「なんだか話が逸れちゃったけど、話を元に戻すわね。
さっきも同じことを言ったけど、今はあなたが双葉なんだから、あなたの好きにしてもいいよ」
「双葉はそれでいいの? それってわたしが、双葉のことを裏切っているってことになるのよ!」
「清彦、……そこまで私に気を使わなくってもいいのに、本当にしょうがないわね。
あなたがそんなだから、私は死んでいるのに、あなたのことが心配で放っておけないのよ」
そう言って双葉は苦笑して、でも少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
そして、ふっと真面目な表情になってこう言った。
「それなら、清彦には、私の本音を言うね」と。
小さい子供の頃から、私はいつも清彦と一緒にいた。
大きくなったら、私は清彦のお嫁さんになりたいって、ずっと思っていた。
ううん、あの事故の直前まで、大人になったら、私は清彦のお嫁さんになると信じていた。
でもあの事故で、私は清彦の身代わりになって命を落として、そんな機会は永遠に失われちゃったけれど。
「でもまさか敏明に、あなたを取られるなんて、生きてる時は思ってもみなかったな」
そう言いながら、双葉は苦笑した。
でも、真剣な表情に戻って、双葉は最大の本音をわたしにぶつけた。
「本当はね、敏明にも他の誰にも、あなたを渡したくない。
あなたが他の誰かと一緒になるなんて、私は本当はそんなのイヤよ!!」
「や、やっぱりそうなの! だったら、わたしは……」
敏明の告白は断る。
他の誰とも付き合わない。双葉にそう告げようとした。
でも双葉は、そんなわたしの言葉を遮った。
「話は最後まで聞いて!
でもね、私はそれ以上に、あなたに幸せになって欲しいのよ。
少しずるい言い方をするね。
もし逆の立場だったら、清彦を亡くして残された私に、一生あなたへの操を守って欲しい?」
そ、それは、……その仮定は確かにずるい。
だけど、ありえた仮定だ。
ううん、わたしが双葉の身体の中で生きているより、双葉本人が双葉として生きていたほうがずっと自然だったし、本来ならそうなっていたはずだ。
もしそうなっていたら、双葉がわたし以外の他の男のモノになる?
イヤだ! 双葉を他の誰にも渡したくない。たとえそれが親友の敏明だったとしても。
でも、……双葉がわたしへの想いを貫いて、他の誰とも一緒にならずに、ずっと一人で生きていく。
そんな姿をわたしは見たいだろうか?
世の中には独占欲が強くて、自分の死後もそう望む者もいるみたいだけど、わたしはそうは思わない。
もし逆の立場だったら、双葉には死んだわたしのことは忘れて、他の誰かと幸せになって欲しい。きっとそう望むだろう。
そこまで思い至って、わたしは双葉の言いたいことがよくわかった。
「わかった…わ。わたしは、わたしの思うとおりに生きる。そして双葉にも、わたしが幸せになった姿をみせるわね」
「うん、それでいいよ。そのほうが私は嬉しい」
そういいながら、双葉は少し寂しそうに微笑んでいた。
「でもね、これだけは言えるし言わせて。それでもわたしは、双葉のことは忘れない。
たとえ他の誰かと一緒になっても、それでも心の隅で、きっと一生双葉を想い続けてるわ」
「……ありがとう。ありがとうね清彦。あなたの気持ちは嬉しいわ。
わたしも清彦が、ううん、今の双葉がこの後どんな人生を送るのか、ずっと見守っていてあげるからね」
そういう双葉の顔は、わたしには少し涙ぐんでいるように見えた。
でも、ずっと見守っていてあげるって、双葉に見られているってわかったから、うかつなことはできないわよね。
双葉の人生を任されたわけだし、責任重大よね。うう、ちょっとプレッシャーを感じるわ。
そしてその時、わたしは気づいた。
「双葉、もしかしてあなた、影が薄くなってきていない?」
目の前の双葉の姿が、だんだん薄れてきていた。
「ごめん、もう時間切れみたい」
言いながら、双葉は寂しそうに笑った。
「まって、まだ早いわよ。行かないで! わたし、まだまだ双葉と話したいことがいっぱいあるのに!」
「私もよ、私ももっとあなたといっぱい話をしたかった。もっと一緒に居たかった。
でももうダメなの、だから最後にもう一言、もう一回だけ言うね。
清彦、私はあなたのことが大好きだったよ!!」
「わたしもよ、わたしも双葉のことが大好きだったよ! 本当はあなたと一緒になりたかった」
「ありがとう清彦。……さようなら」
双葉がわたしに最後に見せた顔は、今にも泣きそうな、だけど精一杯の笑顔だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしは、はっと気が付いた。
ここはわたしの部屋で、わたしはベッドの上に倒れこむように眠っていた。
わたし、考え事をしているうちに、いつの間にか眠っちゃっていた?
涙? なんでわたしは、こんなに涙を流しているんだろう?
何か夢をみていたような気がするけど、忘れちゃってて何も思い出せない。
ただ、なんだか無性に寂しくて、悲しくて、切ない気持ちになっていた。
わたしはぎゅっと、わたし自身の身体を強く抱きしめていた。
今はなぜだかそうしたい気持ちだった
悲しいけれど、でも、眠る前はあれだけ悩んでいて気の重かったわたしの心は、なぜだか晴れ渡っていた。
十数分後、
「あん、あぁ~ん、ふたば、ふたばぁ~っ!! わた、わたしは…あぁん、あなたのことが、……ああぁ~~んんん!!」
わたしは、双葉のことをつよく想いながら、オナニーをしていた。
最近は、敏明のことを想いながらオナニーをしていたけど、今はなぜだか双葉の姿が脳裏に濃く想い浮かんでいた。
わたしは双葉を強く想いながら、そのまま絶頂まで登りつめて、そして果てたのだった。
どこか遠くで、そんなわたしのだらしない姿を誰かに見られていて、その誰かが呆れているような気がするのだけれど、
夢の世界でのことを忘れているわたしには、そんなことまではわからないのだった。
「おはよう清彦、今日から新学期だね」
「ああ、そうだな」
「今度も同じクラスになれるといいね」
そう言いながら双葉は屈託無く笑った。
幼い頃から変わらない光景、これからも当たり前のように続くと思っていた。
このほんの少し後までは。
「あぶない双葉!!」
「えっ?」
それは急な出来事だった。
暴走してきた車が、俺たちのところに突っ込んできたんだ。
俺は双葉をかばって突き飛ばし、直後に激しい衝撃、意識が飛んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次に俺が目を覚ました時、そこは病室だった。
「良かった、目を覚ましたのね」
次に俺の目に入ったのは、心配で泣きそうな、そして嬉しそうな複雑な表情の双葉の母親の顔だった。
「……ここは?」
まだぼんやりしていて、考えがまとまらない頭で、俺はなんとなく質問していた。
そんな俺の声が、妙に甲高く聞こえた。
「病院よ、双葉は事故で倒れた時に頭を強く打って、気を失っていたのよ」
双葉が事故で倒れた?
そう聞かされた直後に、俺の脳裏には暴走車が突っ込んできたあの時の光景が思い浮かんだ。
「そうだ、暴走してきた車が突っ込んできて、双葉は? 双葉はどうなったの?」
「落ち着いて双葉、あなたは無事よ、清彦くんのおかげでね」
その言葉に、どうやら双葉は無事らしい。と気づいてほっとした。
でもその直後、ふと気づいた。
清彦くんのおかげであなたは無事って、変な言い回しだな。
双葉の母さん、もしかして俺のことと双葉のことを勘違いしているのか?
「ちょっとまってくれよ、何か勘違いしてるみたいだけど、俺は双葉じゃなくてきよひ……あれ?」
そこまで言いかけて、俺は何気なく自分の身体を見下ろして、俺の身体がいつもとは違うことに気づいた。
なんだこれ、手が細くて真っ白だ。
それになんだこの長い髪は?
この胸元のふくらみは、いったい何なんだ!!
「鏡、鏡を持ってきて!」
いやな予感がする。でも確かめなきゃ。
俺の要求に、看護師さんが手鏡を持ってきてくれた。
俺は恐る恐る鏡を覗き込んだ。
鏡の中には、毎日見慣れた幼馴染の女の子、双葉の顔が映っていた。
あははは、なにこれ?
うそでしょ!
冗談でしょ!
これってたちの悪いドッキリでしょ?
俺が双葉のわけないだろうに。
だって双葉は、いつも俺の隣に一緒にいるはずなんだから。
あれ、でもだとしたら、双葉と一緒にいるはずの、清彦はどこにいるんだ?
「清彦はどこにいるの?」
俺のその質問に、病室にいる全員がしばらく沈黙した。
双葉の母さんが、作り笑いをしながら、優しい声でこう言った。
「清彦くんは、別の病室で治療をしているわ。だから双葉は安心して、ね」
直感的にそれは嘘だと思った。
でも今聞いても、本当のことを言ってくれないような気がした。
それに、今のショックのせいなのか、それとも疲れが残っているのか、俺はまた急に眠くなってきたんだ。
「そうね、双葉には事故はショックだったものね、今はもう少しゆっくり休んでいたほうがいいわね」
双葉の母親も先生や看護師さんも、俺が寝ることを勧めてくれた。
これはきっと悪い夢なんだ。夢から覚めたら、きっとまた、俺はいつもの日常に戻っているんだ。
だから今は、素直に寝てしまおう。
次に起きたら、双葉にこの変な夢の話をしてやろう。
あいつ、どんな顔をするかな?
「……おやすみ」
「おやすみなさい双葉」
こうして俺は、また深い眠りに落ちたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ふと気がつくと、俺は暗闇の中にいた。
俺はなんでこんなところにいるんだ?
暗い、そして凍えるように寒い、俺はこんなところにいたくない。
はるか遠くに小さな光が見える。
俺はあそこにいかなければ、そんな気がした。
俺は光に向かって引き寄せられて……。
「だめ清彦、いかないで、いっちゃいや!」
誰かが俺を引き留める。
誰だ、邪魔しないでくれ。俺はあそこにいかなきゃいけないんだ!
「私がかわりに行く。だから清彦は生きて……、私のかわりに」
誰かが俺の前に割って入り、その誰かが俺にかわりに光に向かっていく。
そして俺は、その誰かの居た場所の、何か温かい入れ物に取り込まれていくような不思議な感覚を感じた。
お前はだれだ、なんで俺にこんなことを!!
「さようなら清彦、わたし、……清彦のことが好きだったよ」
双葉? お前は双葉なのか?
そしてお互いの立ち位置が入れ替わった瞬間、俺はすべてを悟った。
「いやだ、行くな双葉! 本当ならそこへ行くのは俺なのに、なんでお前が!!」
「…………」
お互いの意識は遠ざかり、もう何も聞こえないし感じない。
俺の意識は温かい何かに取り込まれて、そのままその中に意識が沈んでいった。
そして俺は、新たな寄り代を得て、意識が覚醒したんだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
よくわからない夢から目を覚ますと、そこも真っ暗闇だった。
いや、心電図だか何だかの、微かな光が浮かんで見えた。
つまりここは夜の消灯された病室で、俺はその暗闇の病室のベッドに寝かされているんだ。
ふと、気になることがあり、俺は何かを確かめるように、そっと自分の身体を触った。
長くて柔らかい髪、柔らかい胸の膨らみ、そして男の証が無い股間。
この身体は女の子の身体で、そして誰の身体なのか、今はよくわかっていた。
「双葉、……この身体は、双葉なんだ」
そしてどうしてこうなったのかを、あの夢で思い出した俺には、今ではよくわかっていた。
「何でだよ双葉! こんなことをされても、俺はちっとも嬉しくないぞ!!」
双葉は、俺の身代わりで死んだんだ。
いやちょっと違うか、双葉は俺に自分の命を譲ったんだ。
俺を生かすために。
おそらくどんな形でもいいから、俺に生きて欲しいと願って。
いや、わかってるんだ、あのときの双葉の気持ちはよくわかる。
だって、もし俺が逆の立場だったら、やっぱり双葉に同じ事をしただろうから。
でも、そうだとわかっていても、やっぱり納得できないし、やりきれなかった。
「好きだったよ。だなんて、最後の最後で言われて、
なのにお前はもうどこにもいなくて、俺はこれからどうすればいいんだよ!!」
俺は真っ暗闇の病室のベッドの上でそのまま泣いた。
泣いて泣いて、双葉の失ったことを悲しんだ。
翌日は、午前中は身体の検査だった。
そして午後に先生から検査の結果が伝えられた。
この検査の結果、身体に異常のなかった俺は、翌日に退院することになった。
「なんともなくてよかったわ双葉」
「……うん」
検査の結果に、双葉の母さんが喜んでいた。
でも俺は、素直に喜べなかった。
確かに双葉の身体は大丈夫だった。
でもその心は?
俺の好きだった、幼馴染の女の子の心は、本当は無事じゃないんだ。
この身体の中にいる心は、双葉じゃなくて、清彦という別人の心なんだ。
俺は双葉の母さんを騙しているっていう罪悪感を感じていた。
そしてもうひとつ、俺には確かめなきゃいけないことがあるんだ。
「ねえ母さん、清彦は今どうしているの?」
俺の質問に、病室の空気が昨日のように沈黙した。
「昨日も言ったけど、清彦くんは別の病室にいるの、今は治療中だから、また後で……」
「母さん! 本当のことを言って、本当のことを教えて」
俺は俺の身体が無事ではないことや、その俺の身代わりで、双葉がいなくなってしまったことに、薄々気づいていた。
だけど、本当にそうなのか、確かめなきゃ。
「そ、それは……」
「お母さん、これ以上はごまかせません。まさか一生隠し通すわけにもいかないでしょう?」
「それは、……そうですが」
「後は私から、双葉さんに事情を説明します」
病院の先生はそう言って、清彦の事情を説明してくれた。
「彼はこの病院に運ばれてきたときには、心肺停止状態だった。もう手の施しようがなかったんだ」
先生ははっきり教えてくれた。清彦の身体はもう死んだのだと。
そして今までそれを隠していたのは、清彦と仲のよかった双葉に、これ以上ショックを与えたくなかったからだということだった。
「もう少し君が落ち着いたら、本当のことを話すつもりだったんだ。今まで隠していてすまなかった」
正直、ショックがないといえば嘘になる。
だけど、昨夜の夢で、双葉に本当のことを伝えられていた俺は、自分でも驚くほど冷静に受け止めていた。
もし昨日の目を覚ました直後に、真実を知らされていたら、ここまで冷静ではいられなかっただろう。
それがわかるから、先生や双葉の母さんが、真実を隠そうとしていた気持ちもわかるんだ。
「ねえ母さん、今まで清彦のことを教えてくれなかったのは、わたしのことを思ってだよね?」
「え、ええ、そうよ」
「だから、そのことはもういい。ありがとう、清彦のことを教えてくれて」
本当に、自分でも驚くほど、今の俺は冷静だった。
「ごめんね、今まで清彦くんことを隠していてごめんね双葉」
そんな俺に、先生は驚いていた。
双葉の母さんは、泣いて俺に謝った。
謝らなくてもいいんだよ、双葉の母さん。だって俺も、あなたを騙しているんだから。
ううん、たぶんこれから、俺は双葉のふりをして、あなたをずっと騙し続けることになるんだから。
本当の双葉がいなくなったことを教えない俺のほうが、ずっと酷いやつなんだから。
俺は翌日、双葉後して病院を退院した。
入院中は、主に双葉のパジャマを着ていた。
当然女物のパジャマだったが、水色だったので羞恥心は最小限ですんでいた。、
退院の時に着せられたのは、双葉の私服だった。
女物のワンピースで、女装しているみたいで、特にスカートのひらひらが恥ずかしかった。
いや、それを言うなら、下着はずっと女物だったし、トイレは女子トイレで女として座ってしていた。
言葉遣いも、できるだけ普段の双葉らしくと意識してしゃべっていたら、必然的に女言葉でしゃべっていた。
そのすべてが、今の俺には恥ずかしかった。
でも、恥ずかしいと感じながらも、俺はすべてを受け入れていた。
だってこれらのことは、双葉だったら全部当たり前のことなんだから。
今の俺は双葉で、これからは双葉として生きていくって決めたんだから。
今の俺ができることは、俺の大好きだった双葉のイメージを壊さないように、双葉らしく生きることなんだ。
だから、双葉が乱暴な男言葉を使ったり、がさつな態度をしたり、男物の服を着たり、そんなはことありえないんだ。
いけね、スカートが捲れそうになった、歩幅を小さくして、足も開かないようにして、もっと歩き方に気をつけないと。
言葉遣いだって、普段からもっと意識して気をつけないといけね、……いけないわね。
そんな風に俺、ううんわたしは、以前の双葉がどうだったのかを思い返しながら、わたしなりの双葉らしさを身に着けていった。
それが、わたしの中で美化された双葉だと、意識しないで刷り込むように。
清彦の通夜は、わたしの退院の前日だった。
聞いた話によれば、通夜には清彦の友人や学校関係者が、最後の別れに来てくれていたらしい。
そしてわたしの退院の当日、清彦の葬儀が行われている予定だった。
わたしはその事を、双葉の家に帰る移動の車の中で質問して、初めて知った。
「清彦のお葬式は今日なの? なんで教えてくれなかったの!」
双葉の両親は、退院直後のわたしに、負担を掛けたくなかったらしい。
双葉のお母さんは「ごめんなさい」と謝ってくれたけど、すぐには納得がいかなかった。
気持ちはわかるけど、それじゃ過保護すぎるんじゃないだろうか?
「いいわ、今からでもいいから、清彦の葬式に行きたい」
と、わたしは希望した。
本当に死んだのは清彦じゃなくて双葉だ。
だけど、ならそのことを知るわたしだけでも、双葉を見送ってあげたい。
そしてわたし自身、俺自身との別れのけじめをつけたいと、そう思った。
両親、特にお母さんがなぜだか渋った。
「今から葬式に行くといっても、その格好じゃいけないでしょう?」
退院直後の今のわたしは白いワンピース姿で、確かに葬式にこの服装じゃまずい。
学校の制服だったら直行で行けたのに、わざわざワンピースにしたのは、わたしを葬式に行かせないため?
そういえば、葬式のことは、わたしが聞くまで教えてくれなかった。
そう邪推したくなるような対応、状況だった。
なんで? どうして?
清彦の死を、わたしに知らせないように、先送りしていた件はしかたがないって思っていた。
だけどこの件でわたしは、これから親子の関係になる人に、不信感を感じ始めていた。
「家に帰ったらすぐに着替える。そしてすぐに葬式に行く」
わたしは不機嫌を隠さない声で、きっぱりと言った。
「……どうしても行くのね。
そうよね、双葉は清彦くんのことが好きだったものね。
最後のお別れくらいちゃんとしたいわよね。わかったわ」
なぜわたしが清彦の葬式に行くことを、お母さんが渋ったのか、このときにはわからなかった。
だけどお母さんは、わたしが清彦の葬式に行くことを強く希望したら、観念して折れた。
双葉の家に帰った直後、落ち着くことなく慌しく、わたしは今度は学校の女子の制服に着替えた。
この時わたしは、女の着替えが恥ずかしいとか、女子の制服が恥ずかしいとか、感じる余裕なんてなかった。
急いで着替えて、葬儀場に付いた頃には、葬儀はお焼香が行われている所だった。
なんとか最後の別れに間に合った。
式場の出入り口では、清彦の親族が、葬儀に来てくれた人に頭を下げていた。
清彦の両親と妹もいた。
父さん、母さん、清音、こんな形で俺がいなくなってごめんね。もっとずっと家族として一緒に居たかったよ。
そんな風に心の中で謝りながら、わたしは清彦の家族に会釈した。
わたしはそんな元の家族の、母さんと目が合った。
えっ?
母さんは、鬼のような形相で、わたしを睨みつけていた。
「私の清彦を死なせておいて、よく私の前に顔を出せたわね」
「か、母さん!」
次の瞬間、母さんはわたしにつかみかかってきた。
「あんたをかばったせいで清彦が! あんたが、あんたがいなければ、清彦は死なずに済んだのよ!!」
「母さん止めなさい、落ち着いて!!」
「返して、私の清彦を返して!」
「お母さんお願いだから止めて!」
父さんと妹の清音が、必死になって母さんを止めていた。
この騒ぎで、錯乱した清彦の母さんは連れて行かれて、別室で落ち着かせることになった。
清彦の母さんに詰め寄られ、罵られたことに、わたしはショックだった。
母さんは、こうなる以前は、いつもうちに遊びに来た双葉を、にこにこと出迎えていた。
「清彦、双葉ちゃんみたいないい子は、他には滅多にいないんだから、ちゃんと心をつかんで、手放しちゃだめよ」
「あの子はいいお嫁さんになるわ。ぜったいあなたのお嫁さんにしなさい」
なんて言って元の俺をけしかけていたほどだったのに。
なのに今は、清彦の母さんに、わたしがあんなに恨まれているなんて。
清彦だったときには親子だったのに、今は仲良くどころか憎まれる対象だったなんて。
そして同時に気づいていた。双葉の母さんが、なんでわたしが葬儀にくることを渋ったのか、その理由に。
そんな状況に、清彦の父さんは、俺に頭を下げて謝った。
「清彦のためにわざわざ来ていただいたのに、済まなかった」
「い、いえ、わたしは大丈夫です。お気になさらず。
それに、……清彦のこと、わたしのほうこそすみませんでした」
「双葉お姉ちゃん、そう思うなら、悪いけどもう帰ってくれる?」
「清音!」
「えっ清音……ちゃん?」
「双葉お姉ちゃんが悪くないってことは、私もわかってる。でもね、理屈と感情は別なの。
お母さんが双葉お姉ちゃんに当たりたくなる気持ちも、私にはよくわかるの」
そういう清音の表情は暗く、わたしを見つめる目は少し恨みがましかった。
「悪いけど、今は双葉お姉ちゃんがいたらお母さんは落ち着けない。だから帰って。私たちをそっとしておいて」
「……ごめんなさい。すぐに帰るね」
わたしは、お焼香だけすませると、そそくさと逃げるように式場を後にした。
わたしは元の家族に拒絶されてしまった。
少なくともあそこには、わたしのに帰るところはもうないんだ。
わたしは家に帰る車の中で泣いた。
そんなわたしを、双葉の母さんがそっと抱きしめて、無言で慰めてくれた。
ああ、今はこの人がわたしのお母さんなんだ、とこの身で感じながら、しばらく泣き続けたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今のわたしは、肉体的にはこの身体は無傷で健康だけれど、精神的には結構ぼろぼろだった。
例の事故で清彦だった元のわたしの身体は永久に失われてしまった。
そしてわたしの心は、なぜだか双葉の身体の中で目を覚まして、今の状況に途方にくれた。
本当の双葉は、こんなわたしなんかの身代わりになって失われたと知って、わたしは双葉の喪失を深く悲しんだ。
その悲しみがまだ癒えぬ間に、双葉になったわたしは清彦の家族に拒絶されてしまい、わたしの心はより深く傷ついて落ち込んでいた。
このままじゃいけないとは思いながら、でもすぐには立ち直れなかった。
気分が落ち込んだまま、今は積極的に何かをしようという気がおきなかった。
大事を取って、ひとまず学校は週末まで休み、来週の休み明けから行くことになった。
そんなわたしを心配して、休み中に双葉とは特に仲の良かった女友達の若葉が、お見舞いに来てくれた。
清彦だった時に、双葉を通じて若葉とは面識があったけど、正直どう対応していいのかわからなかった。
でも、だからといって会わないわけにはいかないし、それに双葉のことを心配してくれる友人の存在は嬉しかった。
だからわたしは若葉と会うことにした。
「双葉が無事でよかった。私、双葉のこと心配してたんだよ」
「うん、ありがとうね」
「でも双葉、やっぱり元気がないみたいね」
「そ、そんなことないよ」
「無理しなくてもいいよ、事故の事とか、色々ショックだったろうし、今は元気が出なくても無理ないよ」
若葉はわたしのことを気遣ってくれた。
そして言葉を選びながら、わたしを励まそうとしてくれた。
若葉はいい子だな。と感じた。
わたしはこの子のことが好きなんだ。とも感じた。
わたしはこんないい子に、こんなに心配をかけて悪かったと思った。
その気遣いがわかるからか、清彦だったときなら退屈だった他愛も無い話も、今は退屈せずに聞くことができた。
そして、今は無理でもわたしが元気になったら、一緒に遊びに行こうと約束もした。
「じゃあまたね」
「うん、来週学校でね」
なんでだろう、わたし、若葉が来てくれて嬉しかった。
おかげで落ち込んでいた気持ちが、少しづつ元気が出てきたような気がした。
休み明けには学校へ行かなきゃ。わたしはそんな気になっていたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
休み明けから、わたしは再び学校へ行くようになった。
清彦だった時とは、学校での生活が色々変わったように感じた。
特に劇的に変わったのは、人間関係だった。
清彦だったときに親しかった男友達とは疎遠になった。
というか、彼らとは性別の壁みたいなものを感じて、なんだか寂しかった。
逆に若葉や元の双葉の女友達とは、元の双葉との関係を引き継いで、かなり親しくなった。
若葉たちは、まだ完全に元気になれていないわたしを気遣ってくれた。
若葉や他の女友達は連携して、双葉の生活に慣れていないわたしのフォローもよくしてくれた。
なんかそんな彼女たちを、私は騙しているのに、それに甘えるのは悪いような気がしたけど、今は素直にそれに甘えた。
そうこうしているうちに、わたしは思っていたよりすんなり、元の双葉と仲良くしていた女子グループに溶け込んでいった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ある程度元気が出て、わたしが双葉としての新しい生活に慣れてきた頃から、男子のほうのわたしへの反応が変わってきた。
それはどういうことかというと……。
「双葉さん、僕と付き合ってください」
いつも双葉の隣にいた清彦がいなくなり、今のわたしはフリーになったと男子から思われていた。
そして、一部の勇気のある男子が、今日もわたしに告白してきた。
「……ごめんなさい、わたし、今はそんな気になれないの」
わたしに断られて、玉砕してとぼとぼ立ち去って行く男子に悪いと思うけど、でも受け入れられないよね。
心がまだ女に成りきれていない、男気分の残っているわたしは、男と付き合うきにはなれなかった。
いや、それ以前に、わたしは他の男に双葉を取られたくなかった。
双葉はわたしだけのものだ。他の男になんか渡すもんか! ってね。
だけど、強引な男子がいた。
そいつはイケメンだけど、女を取っかえ引っかえしている、ちゃらちゃらしたちゃら男だった。
そのちゃら男がわたしに告白してきて、わたしは当然そいつの告白は断った。
尻や頭の軽い他の女子が、このちゃら男になびくのはその子の勝手だから別にいい。理解はできないけど。
だけどわたしやわたしの双葉が、あんたみたいなちゃら男になびくなんて思われるだけで不愉快だった。
いつもよりちょっときつめに断って、わたしはその場を立ち去ろうとした。
そうしたらちゃら男は、わたしの手をつかんで強引に引き寄せてきた。
「お高く留まりやがって、俺が付き合ってやるっつーてんだから、お前は喜んで俺と付き合えばいいんだよ!!」
「い、いや、放して!!」
わたしはつかまれた手を振りほどこうこした。でも振りほどけなかった。
今の非力な女の力では、男の腕力にはかなわなかった。
そのとき、急にわたしのつかまれた手が放された。
「いいかげんにしろ!」
「い、いててっ、放せ、その手を放せ!」
何事かとよく見てみると、ちゃら男の手を、すこし不良っぽい別の男がつかんでねじりあげていた。
「彼女がそういって嫌がっていた時、お前はすぐに手を放したか?」
そういいながら、男はちゃら男の手をより強くねじりあげた。
「いて、痛てて、悪かった。俺が悪かったから、この手を放してくれ」
「もう彼女には近づくな、次はこんなもんじゃすまさんからな」
「わ、わかった。わかったから」
手を放されたちゃら男は、ほうほうの体で逃げていった。
もともとちゃら男はそんなに腕っ節の強い男ではない。
この男に脅されて、またわたしに手を出す度胸は無いだろう。
「大丈夫だったか?」
「う、うん、わたしは大丈夫、ありがとう敏明」
わたしを助けてくれた男は敏明、彼はわたしが清彦だった時に、仲の良かった友人だった。
清彦だったわたしと敏明との関係は、中学生時代にさかのぼる。
当時、家庭環境の問題で荒れていた敏明は、クラスでは腫れ物扱いだった。
わたしはそんな敏明と、ささいなことで意地を張り合って衝突した。
そしてその衝突は、とうとう思い切り殴り合うほどの大喧嘩にまで発展してしまった。
その時のわたし達の殴り合いを止めたのは、わたしの様子がおかしいと感じて後をつけてきていた双葉だった。
「もう、男の子って、本当にしょうがないんだから」
殴り合って、お互いに顔を腫らしたわたしたちに呆れてそう言いながら、でも双葉は言葉ほど呆れていなかったように思う。
水で濡らしたハンカチで、双葉が冷やしてくれた顔が痛かったけどひんやり気持ちよかったことも覚えている。
ああそうそう、敏明も双葉に濡れたハンカチで顔を冷やしてもらっていたっけ。
「ほら、あなたも」
「……俺はいい」
「だめだよ、顔が腫れちゃってるじゃない、いい男が台無しだよ」
とかいいながら、敏明の顔の腫れ強引に冷やしていた。
なんとなく、わたしに殴られて腫れ赤くなっていた敏明の顔が、より赤くなったような気がして、ついわたしは笑った。
「わ、笑うな」
「ああもう、動かないで! じっとして!」
「お、おう……」
双葉に怒られて、おとなしくなった敏明がおかしくて、わたしはさらにこっそり笑っていた。
このときのことがきっかけで、わたしと敏明は逆に仲の良い親友になった。
敏明は双葉とも、間にわたしを挟んでだけど、仲良くなっていった。
だけど、先日の事故で清彦がいなくなり、その関係は終わった。
敏明と双葉は、仲がよいとはいっても、間に清彦を挟んでの関係だった。
おまけにこの春の進級で、双葉と敏明とは別のクラスになっていて、ますます接点がなくなっていた。
なので、あの事故以来、わたしは敏明とは亡くなった清彦のことで、ほんのちょっとしか接していなかったんだ。
「清彦のことで、あんたが落ち込んでいたようだったから、力づけてやりたかったんだが、なんか近寄りづらくてな」
「あはは、仕方ないよ」
敏明のこういうところは、相変わらず不器用だなって思った。
わたしは普段は若葉や他の女子がいつもそばにいて、用の無い男子は普通に近寄りづらい。
おまけに敏明は、今は隣のクラスだから、余計に今のわたしに近寄りづらいと思う。
「でも敏明は、わたしのことをずっと気にかけてくれていたんでしょう? ありがとう」
「あ、ああ、別にたいしたことじゃねえけどな」
敏明は照れたようにそっぽをむいた。
そんな敏明の様子がなんかおかしくて、わたしはつい思わずくすっと笑った。
それにしても、
「今まで清彦が虫除けになってて、男が寄り付かなかったのに、いなくなったとたんにこうなっちゃうなんてね」
それでもプロポーズされても、断れば良いと思っていたけど、さっきみたいに強引に来られたら、女の力ではまったく対応できなかった。
わたしは敏明には気を許して、つい本音の愚痴をこぼしていた。
「それじゃ、俺が清彦の代わりじゃダメか?」
「えっ?」
「あ、変な意味でじゃなくてだな、その、なんだ、俺があんたと付き合ってるフリをしたら、虫除けにならないかって思ってな」
「……虫除け」
「やっぱ、イヤだよな」
「ううん、悪くない。それいいかも」
敏明のその意見に、わたしは意表を突かれたけど、少し考えて悪くないアイデアだと思った。
敏明は、ちょっと不良っぽい外見のせいで一部に怖がられたりしているけど、実は根は気のいいやつだ。
そのことは親友だったわたしはよく知っているし、双葉もよく知っていた。
だから敏明はイヤじゃない。ううん、逆に気心が知れていて良い。
そしてそんな敏明の本質はともかく、そんな怖がられている敏明がわたしの側にいたら、他の男は近寄っては来られないだろう。
男と付き合う気の無い今のわたしには、敏明は虫除けには最適だった。
それに、男と付き合う気が無いからといって、まったく男を近づけないのもイヤだった。
最近元の双葉の女友達との距離感もつかめるようになって、仲良くもなったけど、わたしは元は男だったんだ。
わたしはもっと気安く話せる男友達が欲しかった。
敏明だったらわたしはよく知っているし、元の双葉とも以前から面識がある。
付き合い始めたフリをしても、不自然に見えないだろう。
隣のクラスの男子が、今のわたしに接する口実にもなる。
まあ、フリとはいえ、敏明と付き合い始めたら、彼氏に死なれたばかりなのに、双葉は別の男と付き合い始めたとか、
また影で悪口を言われるかもしれないけど、どっちにしても陰口をたたかれる気がする。
わたしの腹は決まった
「敏明さえよかったら、わたしと付き合っているフリをしてくれる?」
「……ああ、俺はいいぜ」
「じゃあ、最初はお友達から、よろしくね敏明」
そんな訳で、その時からわたしと敏明は、付き合っているフリをはじめたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしが敏明と付き合い(?)はじめてから半年ほど経った。
季節は秋、いや来月にはクリスマスだから、もうすぐ冬になる。
形の上では、わたしと敏明は付き合っているのだから、その間にいろいろなところへ遊びに行った。
映画館、遊園地、夏には海にも行ったっけ。
その時、どんな水着を選んだら敏明が喜ぶかな、でも露出が大きいと恥ずかしいなって、色々悩んだっけ。
そして気が付いたら、いつのまにかわたしは、敏明のことばかり考えているようになっていた。
……もしかしてわたし、敏明と付き合っているふりをしているうちに、本気になってしまった?
わたしは元は男だったのに、敏明のことを女の子として好きになってしまったの?
そうだと気が付いてから、わたしは罪悪感を感じていた。
鏡に映るわたしの、いや双葉の顔が、わたしを責めているように感じられた。
わたしのことを、この裏切り者、って。
そして、そんな罪悪感をかかえて悩むわたしに、敏明は改まった真剣な表情で、こんな告白をしてきた。
「俺たちが、つきあっているフリをはじめてから、もう半年だよな」
「うん、そう…だよね。もうそんなになるんだ」
「なあ双葉、俺がこれから言うことは、俺の正直な気持ちなんだ。だから真剣に聞いて欲しい」
「……うん」
来た。と思った。
わたしが敏明のことを、異性として意識しだしてから、
逆に敏明がわたしに向けてくれる態度や感情が、フリなんてレベルのものじゃないってことに気づいた。
そうか、敏明は双葉のことを本気で想っていたんだ。と。
そしてその時から、いつか敏明は、本気でわたしに告白してくるんじゃないかと思っていた。
そのときが今日だった。
「俺にとっては双葉、おまえが初恋の人なんだ。初めて会ったあの日から、ずっとおまえに憧れ続けていたんだ」
「……そう、なんだ」
敏明が初めて双葉と会った日といえば、清彦だったわたしと敏明が、派手に殴りあったあの日のことだ。
わたしの中では大きな出来事だったから、今でもよく覚えていた。
双葉に介抱されて、そんな双葉に敏明は素っ気無い態度をとりながら、でも顔を赤くしていたっけ。
でもそうか、あの時からって言われて、わたしは素直に納得した。
あの頃は荒れてて暴れん坊だった敏明が、双葉の相手をしている時は、妙に素直だったしね。
「でも、おまえはいつも清彦の隣にいた。
おまえが清彦のことが好きだってことは、お前のそばにいてよくわかっていた。
幼馴染だもんな。俺がおまえと出会うずっと前から勝負が決まっていたなんて、残酷だよな。
俺がどんなにおまえに恋焦がれようと、清彦が居る限り、おまえは俺のものにならない。
清彦のことは、ダチとしては好きだったけど、恋敵としては憎かった。
あいつが嫌なやつだったら、本気で憎むことができたのに、あいつはいいやつすぎて、それもできない。
俺は俺の想いを押し殺して、おまえたちのことを見守ることしかできなかったんだ」
敏明の双葉への気持ちに気づいてから、いつか敏明は告白してくると思っていた。
だけど、清彦だったわたしが、敏明にそんな風に思われていたなんて思っていなかった。
敏明がこんな重い気持ちを抱えていたなんて、あの頃は思ってもいなかった。
「だから清彦が事故で死んだ時、俺はあいつの死を悲しんだ。
でも同時に、あいつの死を喜んでいる俺もいたんだ。
これで双葉は俺のものにできるってね。……なあ双葉、おまえはこんな俺のことを軽蔑するか?」
「……その前に聞かせて。
わたしと本当の恋人同士になりたいと思ったのなら、今の本音まで話さないほうが良かったんじゃない?
なんでわたしに、そんなことまで話をしたの?」
「俺にもよくわかんねえよ。
清彦に死なれて、弱ってたおまえの心の隙に付け込んで、俺はまんまと清彦の後釜に成りおおせた。
このまま時間を掛けて、恋人のフリをしながらお前との仲を深めていけばいい。そのつもりだったしそう思っていた。
だけど、上手くいえないけど、なんか違うんだ。それじゃダメなんだって。そう思っちまったんだ。
俺はおまえを騙している。このままずっとおまえを騙し続けて、嘘の関係を続けることがイヤになったんだ」
わたしは気づいた。
ああそうか、敏明のこの告白は、罪悪感からだったんだ。
そしてわたしも、その罪悪感には心当たりがあった。
「なあ双葉、それでも俺はおまえが好きなんだ。こんな俺だけど、これからも付き合ってくれるか?」
そう言いながらも、敏明は何かを覚悟しているような顔をしていた。
「すぐには決められない。少し考えさせて」
「あ、ああ、いいぜ」
その日はそこまで話して別れた。
わたしは、今ではすっかり馴染んだ双葉の家に帰り、双葉の部屋の双葉のベッドに倒れこんだ。
「……そうか、敏明も、苦しんでいたんだ」
なんだかんだ言いながら、清彦だった時からも含めて、わたしは敏明との付き合いは長い。
敏明の全部とは言わないが、その気持ちはわかるような気がした。
それにしても、これからどうしよう?
と、ベッドの中で考えているうちに、わたしはうとうと眠くなり、そのまま眠ってしまった。
そしてわたしは夢を見た。
そして夢の中で、懐かしいあの人に会った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ふと気が付いたわたしがいたのは、柔らかい光に包まれた、暖かい世界だった。
夢? これは夢なの?
わたしの目の前には、多分大きな鏡がある。
だって、わたしの目の前には、学校の制服を着た、わたし自身が立っていたんだもの。
でも、あれ? 鏡にしては何か変だ。
わたしは双葉になってから半年以上、毎日鏡を見ていたから、細かい変化もよくわかる。
左右が逆に映っていないし、髪の長さも今のわたしより少し長い。
お母さんや若葉にもったいないって言われたけど、今のわたしは美容院で肩の辺りで髪を切りそろえてもらっていた。
確認するようにわたし自身の髪を確かめたら、肩口より少し長めに切りそろえられた髪だった。
何よりももう一人のわたしは、今のわたしとは表情が違う。
もう一人のわたしの表情は、今のわたしの作ったような笑みではなく、もっとずっと自然に柔らかく微笑んでいた。
まるで双葉本人のように。
そう思いながらよく見てみれば、もう一人のわたしの髪形や服装は、あの事故の直前のものだった。
まるで半年前の事故の直前から、あの頃の双葉が帰ってきたみたいだった。
わたしはおそるおそる、確かめるように声を絞り出した。
「……あなた、双葉、なの?」
「そうよ清彦。ううん、今はあなたは双葉なんだから、私もあなたのことは、双葉って呼んだ方がいいのかな?」
冗談っぽく言いながら、目の前の双葉はいたずらっぽくペロッと舌を出した。
わたしは目の前の彼女は、間違いなく双葉だ、と思った。
これは夢なの?
夢の中だから双葉に会えたの?
ううん、夢でも何でもいい、もう一度双葉に会えたのなら。
「清彦でいい。あなたにはわたしのことは、清彦って呼んで欲しいから」
「うん、わかった。じゃあそうするね清彦」
「双葉、わた、…お、おれ、……あれ、なんか言葉が、男言葉がうまくでてこないわ」
できればわたし自身も、半年前までの清彦に戻りたかったのに、すっかり女らしく振舞うことに慣れていて、逆に男言葉が照れくさかった。
だけどこういうときは、夢の中なんだし、わたし自身も半年前までの清彦の姿に戻るのがお約束なんじゃないの?
「無理しなくてもいいよ。夢の中だからって、そこまで便利じゃないから。
それに、それだけ今の清彦が、この半年間で女の子の双葉に馴染むことができたってことだから、そんなに悪いことじゃないよ」
「本当の双葉だったあなたに、そんな風に言われたら、なんだか複雑な気分だわ」
わたしは、夢の中なのに、思わずため息をついていた。
でも、それでもいい。わたしは気を取り直した。
「双葉、わたし、あれからずっとあなたに会いたかった」
「私も、ずっと清彦に会いたかったよ」
「だったら何で会いにきてくれなかったの?」
たとえ夢の中だけでも、双葉と会えるのなら、もっと早く会いに来て欲しかった。
「そういうわけにはいかないのよ。生きた人間と死んだ人間が、会うなんてことは本来ならできないんだよ。
今回のことも特例で、無理して会わせてもらっているんだから」
「無理してるって、もしかしてこのことで、双葉に何か不都合なことがあるの?」
「大丈夫だよ、たいしたことじゃないから。清彦は何も心配しなくてもいいんだよ」
「……ごめんね双葉」
「だから、清彦が謝ることは何も無いわよ」
全然大丈夫じゃないし、わたしは双葉のことがすごく心配になってきた。
だけど、このことを聞いても、双葉はわたしに心配を掛けまいと、教えてくれないだろう。
多分時間制限もあるだろうから、今のうちに話ができることは、できるだけ話をしておいたほうがいいだろう。
わたしは気持ちを切り替えることにした。
双葉と話したいことはいっぱいあった。
だけど、わたしが真っ先にしたことは、まず双葉に謝ることだった。
「ごめん双葉、わたしの中ではずっとあなたが一番だった。なのに、今は…その……」
「知ってるよ、今の清彦が好きなのは、敏明なんでしょう?」
「どうして知ってるの?」
「見ていたから。会うことはできなかったけど、私はずっと清彦のことは見てきたから」
「ずっと見ていたって、……もしかして、わたしがこの身体で、はずかしいことをしていたことも?」
「……見ていたよ。清彦が私の身体で、女体の神秘が、とか言いながらあえぎ声をあげていた所も見ていたよ。ちょっと見ていて恥ずかしかったけど」
「ごめん! 本当にごめん!!」
「いいよ、清彦も元は男の子だったんだし、興味があったのはわかるよ。それに今はその身体はあなたの身体なんだから、あなたの好きにしていいのよ」
とか言いながら、でもやっぱり恥ずかしそうな双葉を見ていたら、わたしの心は、双葉に済まないという気持ちでいっぱいだった。
ごめんね双葉、本当にごめんね。
「なんだか話が逸れちゃったけど、話を元に戻すわね。
さっきも同じことを言ったけど、今はあなたが双葉なんだから、あなたの好きにしてもいいよ」
「双葉はそれでいいの? それってわたしが、双葉のことを裏切っているってことになるのよ!」
「清彦、……そこまで私に気を使わなくってもいいのに、本当にしょうがないわね。
あなたがそんなだから、私は死んでいるのに、あなたのことが心配で放っておけないのよ」
そう言って双葉は苦笑して、でも少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
そして、ふっと真面目な表情になってこう言った。
「それなら、清彦には、私の本音を言うね」と。
小さい子供の頃から、私はいつも清彦と一緒にいた。
大きくなったら、私は清彦のお嫁さんになりたいって、ずっと思っていた。
ううん、あの事故の直前まで、大人になったら、私は清彦のお嫁さんになると信じていた。
でもあの事故で、私は清彦の身代わりになって命を落として、そんな機会は永遠に失われちゃったけれど。
「でもまさか敏明に、あなたを取られるなんて、生きてる時は思ってもみなかったな」
そう言いながら、双葉は苦笑した。
でも、真剣な表情に戻って、双葉は最大の本音をわたしにぶつけた。
「本当はね、敏明にも他の誰にも、あなたを渡したくない。
あなたが他の誰かと一緒になるなんて、私は本当はそんなのイヤよ!!」
「や、やっぱりそうなの! だったら、わたしは……」
敏明の告白は断る。
他の誰とも付き合わない。双葉にそう告げようとした。
でも双葉は、そんなわたしの言葉を遮った。
「話は最後まで聞いて!
でもね、私はそれ以上に、あなたに幸せになって欲しいのよ。
少しずるい言い方をするね。
もし逆の立場だったら、清彦を亡くして残された私に、一生あなたへの操を守って欲しい?」
そ、それは、……その仮定は確かにずるい。
だけど、ありえた仮定だ。
ううん、わたしが双葉の身体の中で生きているより、双葉本人が双葉として生きていたほうがずっと自然だったし、本来ならそうなっていたはずだ。
もしそうなっていたら、双葉がわたし以外の他の男のモノになる?
イヤだ! 双葉を他の誰にも渡したくない。たとえそれが親友の敏明だったとしても。
でも、……双葉がわたしへの想いを貫いて、他の誰とも一緒にならずに、ずっと一人で生きていく。
そんな姿をわたしは見たいだろうか?
世の中には独占欲が強くて、自分の死後もそう望む者もいるみたいだけど、わたしはそうは思わない。
もし逆の立場だったら、双葉には死んだわたしのことは忘れて、他の誰かと幸せになって欲しい。きっとそう望むだろう。
そこまで思い至って、わたしは双葉の言いたいことがよくわかった。
「わかった…わ。わたしは、わたしの思うとおりに生きる。そして双葉にも、わたしが幸せになった姿をみせるわね」
「うん、それでいいよ。そのほうが私は嬉しい」
そういいながら、双葉は少し寂しそうに微笑んでいた。
「でもね、これだけは言えるし言わせて。それでもわたしは、双葉のことは忘れない。
たとえ他の誰かと一緒になっても、それでも心の隅で、きっと一生双葉を想い続けてるわ」
「……ありがとう。ありがとうね清彦。あなたの気持ちは嬉しいわ。
わたしも清彦が、ううん、今の双葉がこの後どんな人生を送るのか、ずっと見守っていてあげるからね」
そういう双葉の顔は、わたしには少し涙ぐんでいるように見えた。
でも、ずっと見守っていてあげるって、双葉に見られているってわかったから、うかつなことはできないわよね。
双葉の人生を任されたわけだし、責任重大よね。うう、ちょっとプレッシャーを感じるわ。
そしてその時、わたしは気づいた。
「双葉、もしかしてあなた、影が薄くなってきていない?」
目の前の双葉の姿が、だんだん薄れてきていた。
「ごめん、もう時間切れみたい」
言いながら、双葉は寂しそうに笑った。
「まって、まだ早いわよ。行かないで! わたし、まだまだ双葉と話したいことがいっぱいあるのに!」
「私もよ、私ももっとあなたといっぱい話をしたかった。もっと一緒に居たかった。
でももうダメなの、だから最後にもう一言、もう一回だけ言うね。
清彦、私はあなたのことが大好きだったよ!!」
「わたしもよ、わたしも双葉のことが大好きだったよ! 本当はあなたと一緒になりたかった」
「ありがとう清彦。……さようなら」
双葉がわたしに最後に見せた顔は、今にも泣きそうな、だけど精一杯の笑顔だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしは、はっと気が付いた。
ここはわたしの部屋で、わたしはベッドの上に倒れこむように眠っていた。
わたし、考え事をしているうちに、いつの間にか眠っちゃっていた?
涙? なんでわたしは、こんなに涙を流しているんだろう?
何か夢をみていたような気がするけど、忘れちゃってて何も思い出せない。
ただ、なんだか無性に寂しくて、悲しくて、切ない気持ちになっていた。
わたしはぎゅっと、わたし自身の身体を強く抱きしめていた。
今はなぜだかそうしたい気持ちだった
悲しいけれど、でも、眠る前はあれだけ悩んでいて気の重かったわたしの心は、なぜだか晴れ渡っていた。
十数分後、
「あん、あぁ~ん、ふたば、ふたばぁ~っ!! わた、わたしは…あぁん、あなたのことが、……ああぁ~~んんん!!」
わたしは、双葉のことをつよく想いながら、オナニーをしていた。
最近は、敏明のことを想いながらオナニーをしていたけど、今はなぜだか双葉の姿が脳裏に濃く想い浮かんでいた。
わたしは双葉を強く想いながら、そのまま絶頂まで登りつめて、そして果てたのだった。
どこか遠くで、そんなわたしのだらしない姿を誰かに見られていて、その誰かが呆れているような気がするのだけれど、
夢の世界でのことを忘れているわたしには、そんなことまではわからないのだった。
私の画像を使ってくれるのは嬉しいんだけど…
ちょっと勘弁して欲しいって言うか…うんやめてほしいな〜
あとこんなに乱れたりしないよ私
倫也:そこかよ?!
加藤は俺たちのサークルのヒロインですから勘弁して!?
……え?加藤?お前処女じゃ…っえ?
加藤:安芸くんそこは後にして取り敢えずこっち、どうにかしようよ?
安芸:そ…そうだな…えっと。話を戻す
加藤はなただの萌えキャラじゃないんだよ……
加藤は『冴えカノ』のヒロインなんだ!!
TS小説のヒロインじゃないんだよ!!
俺たちのサークルの最高のヒロインなんだよ!!
使うのはここじゃないだろッ!!
他の作品に使われるようなそんなヒロインじゃないんだよ!!
そして、その作者か、もしくは関係者からのクレームの書き込みがあってびっくりしました。
不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。イラストは削除しました。