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俺はジャングルの少女ラウナ 遭難、脱出編

2017/06/25 06:38:32
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俺はとある未開の地のジャングルで遭難してしまった。
そのジャングルでさまよっていると、俺は偶然その奥地に住むタマナイ族の狩人の少女に出会い、そして助けられた。
タマナイ族は、狩猟や採取でジャングルから糧を得て生活し、褐色の肌に顔や身体に刺青を施し、そしてその身体には何も身に纏わない裸族のような部族だった。
そのタマナイ族の村で、遭難者でよそ者の俺が、なぜだか歓迎された。

よく事情はわからないが、歓迎されて悪い気はしない。
何人もの年若い女が俺との関係を望み、俺は据え膳食わねば男の恥、とばかりに彼女たちと関係を持った。
そのうち片言だけど言葉を覚えて、彼らと意思疎通ができるようになり、だんだん事情がわかってきた。
元々奥地の未開の種族の彼らには、現代人のような倫理観はない。
少数民族ゆえに近親相姦も多くなる弊害があり、元からよその種族と積極的に交わってその種を入れようとしていた。
さらにどういうわけかタマナイ族は、ここ最近男子の出生率が下がってしまった。
若い男の比率が少なく、この村の若い年頃の者は女ばかりになってしまった。
なので益々よその男の種を欲しがって、場違いな俺みたいな男でも歓迎されているというわけだった。

そんな状況で、俺はタマナイ族のある少女と、特にいい関係になった。

「キヨヒコ、ハダ、シロクテキレイ、スキ」
「俺もラウナが好きだよ」

彼女がジャングルで出会って俺を助けてくれた少女、名前はラウナだ。


(ラウナは、イラスト左の子、このイラストよりもう少し成長したイメージで)

特に彼女とは何度も交わった。
最初は色気のない男勝りだった少女は、最近は女らしくなり色気も出てきて、俺に甘えるようにもなってきた。
遭難者なのにそんな調子で、俺は楽しく過ごしていた。

でもやがてそんな楽しかった時も、終わりにする時がきた。
俺は段々状況や情報を把握し、タマナイ族の隣の部族(といっても距離は結構離れているが)と連絡が取れることがわかった。
そこと連絡さえ取れれば、俺はそこ経由で都市部まで戻り、日本に帰国することも可能だとわかった。
そうとわかればいてもたってもいられなかった。俺は帰国のための手を打ち始めた。

「キヨヒコ、ムラ、デテイク、イヤ」

ラウナは泣いて止めた。
他の娘や族長も、俺に残ってくれと懇願した。
でも俺は、日本に家族もいるし望郷の念もある。
帰る機会があるなら帰りたかった。
俺の意志が固いことを知り、族長は村を出ることを認めてくれた。
他の娘たちも、別れを惜しみつつ諦めてくれた。
こんな言い方をしてはあれだが、彼女たちには今までたっぷり種付けをしたんだ、滞在者の義理は果たした。
そんな中、最後まで渋ったのはラウナだった。
彼女には情が移りすぎた。深く関わりすぎたかもしれない。

「また会いにくるから」

そう言って俺は彼女を説得した。
正直、俺がまたここにくる保証はない。
来ない可能性のほうが高いかもしれない。
でも、そうでも言わないと、ラウナは俺を放してくれないだろう。
最後にラウナは折れた。

「デモ、サイゴニ、モウイチドダケ……オネガイ」

俺はこれで最後なのだからと、ラウナのそのお願いを受け入れた。
人払いされた家で、俺とラウナは二人きりになった。
最後の交わりの前に、ラウナから俺に口付けをしてきた。

「!? なんだこれ?」

俺の口に何かが含まれ、つい飲み込んでしまった。
急に気が遠くなり、俺は一旦意識を手放した。
次に目を覚ました時、状況は一変していた。

「あれ、俺はいったいどうなって……!?」

俺は素っ裸な状態で、身体は肌の色が褐色になり、刺青が施されていた。
胸元には小さな乳房があり、俺の股間からは男の一物がなくなり、かわりに女のような溝がそこにあった。
そしてその刺青の模様には、見覚えがあった。

「これってラウナの刺青、もしかしてこれはラウナの身体なのか?」
「ソウダヨキヨヒコ、ウウン、ラウナ」
「え、俺?」

困惑する俺の目の前には、清彦がいた。

「イマカラ、ワタシ、キヨヒコ、イマカラ、アナタ、ラウナ」
「ちょっと待て、ラウナ、これはどういうつもり…」
「ワタシ、ラウナ、カワイガル」
「だから待てって! ……あ、あん、そんな所を…あぁ~ん!!」

ラウナになった俺は、そのまま清彦になったラウナに押し倒された。
そして、初めての女の快感にあえぎ声をあげながら、女としては初めて、男と交わったのだった。

事が終わった後、ラウナは俺に独白した。
ラウナはどうしても俺を引き止めたかった。
だからある覚悟を決めた。
ラウナの身体を捨ててキヨヒコになる。
そうすれば、キヨヒコになった自分が村に残って、ラウナになったキヨヒコと村で一緒に生活できると。
そのために村の呪術者の婆さんに秘薬を調合してもらい、そしてそれを使って俺たちの身体を入れ替えた。
そして入れ替わった身体で交わりあった。秘薬の入れ替わりの効果を固定するために。
つまり、俺たちはもう元の身体には戻れない。ラウナは清彦、俺はラウナの身体で生きていくしかないのだと。
それを聞いて俺は泣いた。こんなにたっぷり泣いたのは、子供の頃以来だった。
泣き止んだ後、俺はラウナをなじった。
お前なんか大嫌いだ! と。
ラウナ、いやキヨヒコは、悲しそうに一言ゴメンと謝った。
そしてその日から、俺はタマナイ族のラウナになった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今の俺は客人ではなく、タマナイ族の女なので、この村を勝手に出て行くことは許されない。
もっともそれを許されても、この姿では日本に帰る事はできないし、せめてこの国の都市部に生活するにしても、その基盤も伝手もない。
いずれにせよ今の俺は、この村で生きていくしかなかった。
だけど、そんなことはもうどうでも良かった。
俺は生きる気力を失って、タマナイ族の村で抜け殻のような生活をしていた。
朝起きて、食事を取って、一日をぼーっと何もしないで過ごすだけの生活。
事情を知ったタマナイ族の皆は、俺に対して済まないと思ってくれているのか、最低限の生活の世話はしてくれた。
そんな俺にキヨヒコが話しかけたり、気晴らしにどこかに連れて行こうとしたり、男女の交わりをしようともした。
だけど俺は、それらを全力で拒否した。
可愛さあまって憎さ百倍、今の俺は、俺の全てを奪った今のキヨヒコが、憎くてしかたなかった。
できれば水に映るラウナの顔も見たくなかったが、今は俺の顔だ、これはどうしようもない。
できるだけ今の自分の姿を見ないように、気にしないようにすることした。

キヨヒコは、以前の俺がそうしていたように、タマナイ族の女たちと交わり続けた。
身体を入れ替える秘薬の力は実は禁忌で、彼女、今は彼だが、はそれを犯した。
本来なら追放など厳しい処分もありえたが、村の女たちに種を植えつける交わりを続けることで許された。
(禁忌といいつつ、その方が都合がいいからと、黙認された節もある。現に秘薬を調合したのは村の呪術師なのだから)
狭い村だ、俺はできるだけキヨヒコを避けているが、それでも顔を合わせる機会はある。
そんな時、俺はキヨヒコを冷たく無視する。口も利かない。
キヨヒコは悲しそうな顔をしながら、そんな俺からとぼとぼと離れていくのだった。
そんな俺との冷えた関係の鬱憤を晴らすかのように、キヨヒコはタマナイ族の女たちと熱く交わり続けるのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そんな俺のラウナとしての生活が始まってから、そろそろ二ヶ月、今の俺の身体に異変が起きた。

「うー、げー、げー、うう、なんだか気持ち悪りい」

その日は朝から吐き気がして気持ち悪かった。
食欲がわかなくて、肉や焼き魚は受け付けず、ジャングルの奥から取ってきてもらった果物を少量食べただけだった。

「なんかこう、もっと酸っぱい、日本のみかんが食べたいな」

ホームシックぎみなせいか、日本の食べ物、それもなぜだかみかんが、俺の脳裏に思い浮かんだ。
それはともかく、俺が体調を悪そうにしていたため、その報告を受けたのか、村の医者兼呪術者の婆さんが、俺の様子を見に来た。
正直、俺のことなんか、放って置いて欲しかった。
俺なんかもうどうなってもいいんだから。
だいたいこの婆さんも、例の秘薬を調合した、ある意味ラウナの共犯者だったわけで、そうだと思えば悪かった気分がさらに悪くなった気がする。
とはいえ族長からの指示だと言われて、俺はしぶしぶ受け入れた。
どうせたいしたことじゃないんだから、早く見て早くどっかへ行け。
そしてその診察結果は、俺の想像外の内容だった。

「ソノオナカニ、コドモ、イル」
「……えっ?」

俺は、ラウナの身体で、妊娠していたんだ。
呪術師の婆さんに、俺が身篭っているといわれて、すぐには反応できなかった。

『俺のこのお腹の中に子供がいるだって? いったい何の冗談だよ?』

そんな話、すぐには信じられないし、というか信じたくなかった。
だけど、俺とラウナが入れ替わる前や、入れ替わった直後に、やることはやっていたんだ。
その可能性は充分にあった。
そしてなんの娯楽もない小さな村だ、俺が身篭ったという噂は、たちまち村中に広がった。

「オメデトウ、ラウナ」
「ラウナノコ、キットゲンキ」
「ラウナネエサマ、オメデトウ」

村中の人から、俺は祝福の言葉を掛けられた。
それによって信じたくない現実を、俺はイヤでも自覚させられた。
俺は本当に、この身体に子供を身篭ってしまっているんだと。
あと、それにあわせて、俺には別の事も知らされた。
今まで、ラウナとの入れ替わりの件で落ち込んでいた俺には知らせないようにしていたらしいが、かつて清彦だった俺と関係を持った女の子が、次々何人も身篭ったということだった。
そのことで、この村は久しぶりに活気がでているらしい。
この機会に俺にもそのことを知らせて、そのことも一緒に、村のみんなが祝ってくれた。
でも俺は、嬉しくも何ともなかった。

他の子が身篭った身篭った?
そりゃ良かったね、おめでとう。でも清彦でなくなった俺には、その件ではあまり関心がわかなかった。

そんなことより、俺が妊娠?
俺のおなかに子供がいる?
怖い、俺は子供なんて産みたくない。
俺は本当は男だったんだ。その俺がなんで子供なんかを身篭って産まなきゃいけないんだ?
イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだあ――っ!!

なのにその元凶のキヨヒコも、嬉しそうに俺に祝福を述べに来た。

「ラウナ、ミゴモッテ、オメデトウ」
「…………」

満面の笑みを浮かべて、何がそんなに嬉しいんだ?
俺はいつものように冷たく無言で対応した。

「キヨヒコトラウナノコ、キットカワイイ」

キヨヒコがそっと優しく俺のお腹を撫でようとして、俺はその手を乱暴に払いのけた。
キヨヒコは俺のこの反応に意外そうな顔をして、その直後に悲しそうな顔をした。
おそらく当てが外れた、という所なんだろう。
俺たちの子供ができたということで、俺がキヨヒコを許して迎えてくれるとでも思いこんでいたのだろう。
俺たちの子か、いったいどっちが種付けをしてできた子なんだろうな。
俺たちが入れ替わる前に、俺がラウナと交わって、俺が種をつけた子か?
それとも入れ替わりの直後、ラウナになった俺にキヨヒコが交わって、俺に種付けをしてできた子だろうか?
なんとなく後者のような気がしたが、もうどっちでもよかった。
キヨヒコがお祝いを述べに来たことで、俺は逆にある決心ができたのだから。

「俺はこの子供を産まない。この子は堕ろす」

俺はキヨヒコの前でそう宣言した。

「コドモオロス?」

キヨヒコは最初はその意味がわからなかったようで、きょとんとしていた。
まあ、こんな未開の村で原始生活をしている者に、子供を堕ろすなんて発想があるわけないもんな。
それは文明社会の発想だもんな。
最初はキヨヒコを無視しようかと思ったが、それだとわざわざ宣言してやった意味がないと思い直して、俺は意味を簡単に説明してやった。
そしてそれが、生まれる前の子供を殺すことだと知って、キヨヒコは怒った。

「コドモ、ムラノミナノタカラ、ミナノモノ、ラウナガコロスノ、ダメ!!」

子供は村の共有、誰と誰が夫婦だという垣根がなく、村全体が家族みたいなこういう村では、ある意味自然な発想だった。
生まれた子供は父親がはっきりしないパターンが多く、基本的に産んだ母親が育てる。
だけど村全体が子育てに協力する。ここはそういう所だった。
そして悲しそうにこうも言った。

「ラウナノコ、ワタシノコデモアル、ワタシナラウンデイル」

キヨヒコのその言葉に、今度は俺が切れた。

「だったらお前が産んでくれよ! 元々はお前が産むはずだった子供なんだろ!!」

俺の剣幕に、キヨヒコは今度はたじろいだ。
俺はかまわずにまくしたてた。

「お前なら産んでいるんだろう? だったら身体を元に戻して産んでくれよ!!」
「……デキナイ」
「できないのなら勝手なこと言うな!
産むのは今はラウナの俺なんだ!
ラウナじゃない今のお前が、俺のお腹の子供のことに口出しするな!!」

俺の言葉と剣幕と、何より強い拒絶に、キヨヒコは悲しそうな顔をしながら、とぼとぼと戻っていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

俺の子供を堕ろす宣言は、たちまち村中に広がった。
つい先日まで俺を祝福してくれていた村の雰囲気が一変した。
つい最近まで村の皆は、ラウナと身体を入れ替えられた俺に同情してくれていた。
それに加えて身体はラウナだったから、役立たずになった俺を、村の一員として家族のように接してくれていた。
それが今や、俺への同情は消え、家族のような扱いもなくなった。
村の皆は俺と距離を置き、俺は今は腫れ物みたいな扱いをされていた。
俺がつわりで気分を悪そうにしていても、誰も見てくれないし助けてくれない。
食事や身の回りの世話だって、必要最小限になってしまった。
子供を堕ろす宣言は、それほどインパクトがあったんだ。

「村八分って、こういうのをいうんだろうな」

俺は自嘲した。
それでもまあ、今や村のお荷物になってしまった俺に、最低限の食事は恵んでくれているんだ、ありがたいと思うべきだろうか。
そんな立場の悪化した俺に、長老からのお呼び出しがかかった。

長老から言い渡されたそれは、最後通牒だった。
内容を簡単に言えば、子供を堕ろす宣言は取り消せ。そして俺は子供を産め。
そうすれば村の皆との仲を取り持つし、今まで通り俺の面倒を見る。
生まれくる子供も、村の皆でちゃんと面倒を見る。
だが、もし宣言を取り消さなで、子供を堕ろすというのなら、

「ラウナニハ、ムラカラデテモラウ」

それは事実上の追放宣言だった。
俺に突きつけられたのはこの二択だ。
条件を受け入れて、ラウナとしてこの村で子供を産み育てるか、拒否して村から追放されるか。
さすがに少しだけ考える。
今の俺が村を追放されたら、数日で野垂れ死にだろうな。
条件を受け入れたら、一応この村で生きていける。普通ならそうする所だろう。
だけど俺は、この二択を言い渡された時から、いやその前から、答えは決まっていた。

「この村を出て行きます」

きっぱりはっきり言い切った。

「ホントウニ、イイノカ?」

俺が追放される道を選ぶとは思っていなかったのだろうか、長老は少し慌てた。
やんわりと俺に再考を促していた。
だけど俺の覚悟はもう決まっていた。

「良いも悪いも、この条件を言ったのは族長でしょう? 俺はその中から答えを選んだだけです。俺はこの村を出て行きます」

この瞬間、俺の事実上の追放が決まった。
ただ、追放までに準備期間と、できれば二、三日ぶんくらいの水と食料をくれとお願いした。
この時、もし有無を言わさずに身一つで追放されたとしても、俺はそれを受け入れるつもりだった。
だけど長老は、さすがにそこまで非情ではなかった。俺の要求を受け入れてくれた。

「ラウナガムラヲデテイク、アス、ソレマデジュンビ、シテオク」

そうと決まったら、明日までにこの村を出て行く準備をしておこう。
俺は俺に割り当てられていた住家に戻り、さっそく村を出て行く準備を始めた。
村を追放される事は、不幸なことかもしれない。
この村で生まれ育ったものには、他に生きていく手段はなく、それこそ世界の終わりなのかもしれない。
だけど今の俺には、これ幸いと、かすかな光が差していた。
ラウナになった今の俺は、村の一員タマナイ族の女として扱われて、勝手に村を出て行くことは許されなかった。
だけど追放が決まった今の俺は、そのくびきから逃れることができて自由の身になれた。
そのためにたとえ野垂れ死にしても、後悔はしないつもりだが、わずかだが勝算はあった。
以前、清彦としてこの村を出て行こうとしたとき、隣村やそのルートを調べていた。
いくつか計画も立てていた。
隣村まで距離はあるし、今の俺はラウナの身体で身重の身、勝算は低い。でも可能性はある。
無事に隣村までたどりつけたとしても、清彦だったら日本に帰る選択があったが、ラウナの姿ではその先の展望はまったく見えない。
それでもいまのまま、ここで燻っているよりはるかにましだと思った。
皮肉なことに、ラウナに身体を入れ替えられてやる気を失っていた俺が、ラウナになってから初めてやる気になっていたんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

俺が村を出たのは、翌朝の早朝だった。
見送り、というか俺の追放の見届け人は一人だけだ。
ラウナと入れ替わる以前の俺は、村人たちと、特に年頃の女の子たちと親しくしていた。
そしてラウナは、この村では一位二位を争うほど優秀な狩人だったらしく、俺との入れ替わり事件を起こすまでは、村人の信頼と人気が高かった。
特にラウナより少し年下の世代の女の子たちからは、ラウナネエサマ、と呼ばれるほどの親しみと憧れの感情を集めていたほどだ。
俺がラウナになってから、俺の世話を買って出たラウナファンだった女の子もいて、中身は別人なのに、俺のことをラウナネエサマと呼んでいたほどだ。
話は逸れたが、最近は村人たちと疎遠になっていたとはいえ、俺と村人たちとの関係は浅くはない。
肉体的には俺はラウナの身体で、そんな俺の追放をまともに公表すれば、大きな騒ぎになるのは必至だった。
なので現時点で俺の追放を知らされているのは、長老の近くのごく一部の者だけだった。
キヨヒコにも知らせていないらしい。これまた騒ぐのが必至だと思われているからだった。
俺としても騒ぎになるのは本意ではないし、この件でキヨヒコが絡んできても面倒だ。
なので長老たちの思惑に素直に乗っていた。
正式には、俺が追放されて半日以上経ってから、タイミングを見て公表するらしいが、俺にはもう関係のないことだ。
俺が追放された後のことまで責任は持てないからな。


俺の追放の身届け人はタリアだ。(イラスト右の子、このイラストより、もう少し成長したイメージで)

タリアはラウナとは一位二位を争うほど優秀な狩人で、ラウナとはライバル関係だったらしい。
なので、ラウナが俺と出会い、狩よりも俺との関係を優先しているのを、苦々しく思いながら見ていたみたいだ。
まだラウナといちゃいちゃしていた時の俺を、遠くから怖い目で睨んでいたのを思い出す。
そんな訳で、俺がまだ清彦だったときに、この村の年頃の女の子たちのほぼ全員と交わったが、タリアとは交わっていない。
タリアは狩人としての村での自分の役割を優先したのだろう。
……普通にタリアに嫌われていたんだろうな。
だがまあ、今の俺の状況では、そんなタリアのほうがかえって気兼ねなく接することができた。
狩人としてのラウナがいなくなり、実質ナンバーワンになったタリアの実力には、俺も信頼していた。

「コレカラ、ムラデル、ツイテコイ」

促されて、俺はタリアに連れられて村を出た。
タリアは黙ったままするするとジャングルを抜けて行き、俺はその後をついて行く。

ジャングルでの移動なのに、タリアは慣れているのかさすがに歩くのが早い。
俺はそんなタリアに付いて行くのがやっとだった。
やがてそんな俺にタリアが一言。

「オソイ、ラウナナラ、モットハヤカッタ」
「そんな事を言われたって……」

俺はこの身体でこの二ヶ月ほとんど何もしていない、身体が鈍っていてもしょうがない。
そして俺自身は、ジャングルなんて歩いた経験すらほとんどない。
そしてこの身体は身重の身、無理もかかっていた。
だけど俺は気づいていない。
ジャングルでの移動の経験のない元の俺の身体だったら、もっと苦労していただろうということに。
タリアと比較したから劣っているように感じただけで、俺は俺自身が思っていた以上に、するすると慣れた感じでジャングルを抜けていたという事に。

「マアイイ、コノアタリデイイダロウ」

そう言いながら、タリアは少し開けた所で止まった。
ここは村の狩人が使う中継地点のひとつらしい。
どうやらある程度村から離れたこの位置で俺と別れて、俺を置き去りにするということなのだろう。

「ワカレルマエニイウ、オマエ、ワタシカラ、ラウナヲウバッタ、ユルセナイ」
「……」

俺がタリアによく思われていないのは自覚していた。
だけど、タリアにそんな風に思われていたなんてな。
俺のせいで、ラウナというライバルがいなくなってしまったんだから、無理もないのかもな。

「ソシテコンカイノツイホウダ、コレデニドメダ、オマエ、マタワタシカラ、ラウナヲウバッタ」

そう言いながら、タリアは俺のことを睨みつけていた。
正直、生きた心地がしなかった。
だけど、しばらく俺を睨みつけた後、タリアはがっくり肩を落としてため息をついた。
そして、俺を見つめる目が、変わっていた。
俺を見つめながら、まるで愛おしい者を見るような、切ない表情をしていた。

……あれ? それってどういう意味だ!?

そう疑問に思った瞬間、タリアは俺にハグをした。
まるで親しい人にそうするかのように、優しく暖かく。

タリアはしばらくそうやって俺を抱きしめて、俺はタリアに抱きしめられて、俺はその暖かさを肌で感じて戸惑いながらドキドキしていた。
やがて名残惜しそうに、タリアはそっと俺から身体を離した。今にも泣きそうな顔をしていた。
そんな泣き顔を見られるのがイヤなのか、タリアはすぐに俺に背を向けた。
そして最後に一言。

「ラウナハ、オマエニヤル、タイセツニシロ、デナイトユルサナイ」

それだけ言い残して、足早にこの場を去っていった。
そしてこの場には、俺だけが残された。

「もしかして、タリアが俺を嫌っていたのは、……そういうことだったのか?」

タリアが誰のことが好きだったのか、俺に最後にこんな形で知らされたのだった。

「タリアにとってのラウナは、ただライバルってだけじゃなかったんだ」

俺は知らなかったが、ラウナもタリアもまだ半人前だった頃は、二人はコンビを組んでいた。
別に珍しいことではなく、むしろ狩猟は普通はコンビプレイで効率よくやるものらしい。
そしてそのときから、タリアはラウナへの秘めた想いを育んできた。
ただタリアは、その気持ちをずっと封印してきた。
そして成長した二人は色々あって、コンビが解消されたが、どうやらタリアはその後もラウナを想い続けていたようだ。
そしてそんなタリアの想いを、たった今、俺はこの身体でこの肌で受けて感じた。

「中身はともかく、この身体はラウナだもんな」

そんなタリアの余韻を感じながら、俺はしばらくその場にとどまっていた。
だけど、いつまでもこの場にとどまっていてもしょうがない。
タリアもこの場から充分に離れただろうし、そろそろ行くか。
と、その時、近くの草むらからガサッと物音がした。

「何?」

猛獣か何かか?
俺は持っていた弓を素早く構えて矢をつがえた。

「マッテ!」
「えっ?」

草むらから現れたのは、キヨヒコだった。

「何でお前がここにいる!?」

俺の追放はごく一部の者にしか知らされていない。
特にキヨヒコが知ったら、色々うるさそうだから知らされなかった。
なのにこの場にキヨヒコがいるのは、そのことを知って、先回りをしていたとしか思えなかった。

「タリアニ、オシエテモラッタ」
「……そういう事か」

そもそも追放される俺を、ここに誘導したのはタリアだ。
タリアがキヨヒコの共犯者であることは間違いなかった。
何でタリアがキヨヒコに協力したのか?
二人の仲が特別なのは、ついさっきタリアから感じたばかりじゃないか。
ふと俺の脳裏に、下種の勘ぐりみたいな事が思い浮かんだ。

「お前、タリアと交わったのか?」

つい、どこかキヨヒコを責めるような口調で聞いていた。
そんな俺の咎めるような口調のせいか、キヨヒコはビクッと反応した。
そして、恐る恐る告白した。

「……マジワッタ」

やっぱりか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この後、少しキヨヒコ(元ラウナ)視点

ワタシは清彦を村に引き止めるために、清彦と入れ替わってキヨヒコになった。
だけどその代償に、ワタシはラウナになった清彦に冷たくされて、ラウナに相手にされなくなってしまった。
辛かった。寂しかった。
そんな寂しさを紛らわすように、ワタシは村の年頃の女たちと交わりあった。
村の女たちも若い男の種を望んでいるので問題はなかった。
男の立場での村の女たちとの交わることに、やはり最初は戸惑った。
だけど何度も、何人もの村の女たちと交わるうちに、抵抗感も違和感もなくなっっていった。
それどころか、だんだん彼女たちを組み敷き、ワタシの思い通りにできることに、ワタシは快感を覚えるようになっていた。
その間だけは、寂しさを忘れることができた。
だけど、交じり合いが終わり、ワタシ一人になると、いつもむなしさがこみ上げてきた。
やっぱりラウナが恋しい、ラウナに会いたい。

だけど、村でラウナと会い、気を引こうと声を掛けても、冷たい顔をして話しも聞いてくれない。
交じり合って欲しいとまではいわない。もっと優しくして欲しい。ワタシと話をして欲しい。
辛い、悲しい、そして寂しい。
そんなワタシを見かねて、タリアがワタシを慰めてくれた。
仲のよかった駆け出し時代を思い出して、ワタシはタリアに愚痴を吐いた。
タリアはそんなワタシを受け止めてくれた。嬉しかった。
気が付いたら、ワタシとタリアは、深く交じり合う仲になっていた。

ワタシとタリアが深い仲になったことは、周りには秘密にしていた。
タリアがそう望んだからだけど、ワタシもラウナに知られたくないと思ったから。
なんでだか理由はわからないけど、他の女の子との交わりよりも、今のラウナに知られたらまずいような気がしたから。
周りに隠して、隠れてタリアと交じり合う行為は、いつも以上に興奮した。
タリアはワタシに優しくしてくれる。ワタシのことを誰よりもわかってくれる。
このままタリアとの関係が続けば、いつかラウナのことを忘れることができるかもしれない。
そう思いはじめていたある日、ラウナが身篭ったと話を聞いた。
ワタシとキヨヒコの子、いや今はワタシとラウナの子だろうか?
どっちにしても、ラウナはキヨヒコ以外の男と交わっていない。
ワタシたちの子であることは間違いなかった。
ワタシはいてもたってもいられなくて、ラウナの元に向かっていた。

ラウナが子を身篭った。
ワタシたちの愛の結晶ができたんだ。
その事実を前に、ラウナはきっとワタシを許してくれる。
ワタシを受け入れてくれる。
ワタシはそう思い込んでいた。
だけど、ラウナから返ってきたのは、いつも以上の強い拒絶だった。
ラウナは身篭ったことを喜んでいなかった。
それどころかラウナは子供を堕ろすと言った。

「コドモオロス?」

最初は意味がわからなかった。
だけど、生まれる前の子供を殺すことだと聞いて、ワタシは怒って強く反対した。
ワタシたちの愛の証が殺される。そんなのダメ。
ワタシがラウナだったら殺すなんてありえない。ワタシなら絶対に産んでいる。
そう言ったら、今度はラウナが怒った。

「だったらお前が産んでくれよ! 元々はお前が産むはずだった子供なんだろ!!」
「お前なら産んでいるんだろう? だったら身体を元に戻して産んでくれよ!!」

ラウナの主張に、ワタシは呆然とした。
ここでワタシのしたことが、ワタシたちの身体を入れ替えたことが、ワタシに重くのしかかってきた。
「……デキナイ」
「できないのなら勝手なこと言うな!
産むのは今はラウナの俺なんだ!
ラウナじゃない今のお前が、俺のお腹の子供のことに口出しするな!!」

ラウナの強い拒絶を、ワタシは覆すことができなかった。
ワタシはとぼとぼと家に帰ることしかできなかった。

あの後、ワタシは憂さ晴らしに、何人かの女の子と交わった。
それでも収まらなくて、後でこっそりタリアとも会って交わった。
後で噂話の続きを聞いた。
子供を堕ろすと言ったせいで、ラウナが村の皆から総スカンを食らって孤立したと聞いた。
ワタシは心が狭いかもしれない。ワタシはそれを聞いてざまをみろと思ってしまった。
だけど、タリアのもたらした続報を聞いて、ワタシの心は大きく揺れた。

「ラウナが追放される?」
「ああ、長老がラウナに二択を突きつけたら、追放されるほうを選んだ」

村から追い出されて、一人でジャングルに放り出されたら、普通は生きていけない。
遅かれ早かれ野垂れ死にしてしまう。(事実上の死刑宣告)

「そして私が、追放されるラウナの見届け人に指名されたんだ」

そう言うタリアの表情も苦りきっていた。

「そんな、そんなの……ワタシは望んでいない」
「だが、村を出て行くのを選んだのはラウナだ、もうどうしようもない」

どうしようもない?
もう本当にどうしようもないの?
ラウナが、いや、ラウナの中の清彦が、追放されて死んでしまう。

「イヤ、そんなのイヤ!」

ワタシはただ、清彦とずっと一緒にいたかっただけなんだ。
清彦に去られるのがイヤで、身体まで入れ替えて、だけどそのせいで嫌われてしまった。
そこまでして引きとめたのに、なのにあなたはもう、村から出て行っていなくなってしまうの?
何でこんな事に?
ワタシは二ヶ月前のことを思い出す。
もしあの時、ワタシが身体を入れ替えなければ、清彦はこの村からいなくなっていただろう。
だけどあの時、清彦が死ぬことはなかっただろう。
でも今は違う、追放されたラウナがジャングルで野垂れ死ぬ可能性は高い。そうなった責任はワタシにある。

「ワタシのせいだ、ワタシのせいでラウナが、……清彦が死んじゃう」
「ちがう、お前のせいじゃない」
「違わない、ワタシのせいだ!」

ワタシはどうする? どうすればいい?
騒ぎを起こしてラウナの追放を止めさせる?
そんなことをしても、当のラウナは村から出て行くのを止めないだろう。
ふとこの時、ワタシは逆転の発想を思いついた。

「タリア、あなたに頼みがある」

ワタシの無茶なお願いに、タリアは驚き、強く反対した。
最後は泣いて引き止めた。だけどワタシの決心は変わらない。
最後には折れて、ワタシに協力してくれることになった。


キヨヒコ(元ラウナ)視点はここまで、ラウナ(元清彦)視点に戻って続きます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

冒頭でも触れたが、遭難して生き残った俺は、ジャングルを彷徨っていた。
ぼろぼろになり、飢えと乾きに苦しみ、俺は生を諦めかけていた。
そんな時、ジャングルで出会ったのがラウナだった。
その時はラウナの言葉はわからなかったけど、ラウナは俺に声を掛けて励ましてくれた。
そして持っていた水と食料を分けてくれた。
生きる気力の戻った俺は、ラウナに連れられて、タマナイ族の村にたどり着くことができた。
俺は一度、死に掛けた命を拾ったんだ。
ラウナとの出会いは、まさに地獄に仏だった。
いや、俺にとって、その時のラウナは女神だったんだ。


遭難者でよそ者の俺は、村では立場が弱いはずだった。
だけどなぜだか歓迎されて、若い年頃の女たちが俺にあてがわれた。
これも以前に触れたが、タマナイ族の出生率、特に男子のそれが下がっていた。
ここ最近、生まれてくる子供は女の子ばかりで、そのため女の子の数はまあ多い。
だけど今の村での若い男は、二十代から三十台で、人数も少なく、これからの若い世代の女の子とは親子ほども世代がはなれていた。
今は何とかなるが、このままではジリ貧なのは確実だし、数少ない男たちは、下の子にまでは手が回らない。
年頃の女たちは、男日照りの状態でもあったんだ。
そんな時に現れたのが俺だったんだ。

今から思うと、あの頃の俺は調子に乗っていた。
まあ、やりたい盛りの若い男が、ハーレム状態に放り込まれたんだ。調子に乗るなっていうのは無理だよな。
そんな中で、俺が一番執着したのがラウナだった。
俺の命を助けてくれた、あの日女神に見えたラウナを、俺の、俺だけのものにしいと思った。
だけどラウナは最初のうちは俺のところに来なかった。
理由は、この時のラウナは村一番の狩人で、それはつまり村一番の稼ぎ頭という、そういう事情があった。
若い働き盛りの男が少ない以上、女の中から誰かがその役割を求められる。ラウナがそうだったんだ。
俺があてがわれた女と交わっている間も、ラウナは外で狩をしていたんだ。
俺は一度だけでも良いからと、ラウナと交わることを望んだ。

さすがに断られるか?
いや、俺がラウナを望んだことで、あっさりと認められた。
俺は憧れていたラウナを抱くことができて、その身体におぼれた。
一度だけのつもりが、何度も何度もラウナと交わった。
俺に抱かれてあえぐラウナが可愛かった。
そしてラウナも、俺との関係におぼれていった。
後でだんだん言葉がわかるようになり、ラウナが俺に言った。

「ハジメテアッタトキ、ワタシ、キヨヒコスキニナッタ、ウンメイカンジタ」

ラウナも、俺との関係を望んでいたと知らされた。
だけど、俺と交わって、子供を産むのは他の女たちの役割だった。
ラウナには、狩人としての使命があり、それは望めないはずだった。
だが、当の俺がラウナを望んだことで、状況が変わった。

「キヨヒコ、ワタシヲホシガル、ウレシイ」

ラウナは、俺に望まれたことが嬉しかったと、満面の笑顔で語ってくれた。
ラウナにそうまで言われて、俺も嬉しかった。
俺たちの関係は、ますます深まっていった。
そんな状況で、俺が他の女と関係を持つと、ラウナはそれは仕方がない事だと、頭ではわかっていても、それでも他の女にヤキモチを焼くようにもなった。
俺はそんなラウナが可愛かった。
そんな調子で、俺たちの関係は、ますます深くのめりこんでいった。
後で思うと、この時ラウナに深入りしすぎた事が、仇になったんだ。

そしてしばらく時が流れて、事情を把握して村を出ようと画策した俺を引きとめようと、ラウナが秘薬を使って俺たちの身体を入れ替えた。
俺たちの蜜月の関係は、その時に終わったんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「お前、タリアと交わったのか?」

つい、どこかキヨヒコを責めるような口調で聞いていた。
そんな俺の咎めるような口調のせいか、キヨヒコはビクッと反応した。
そして、恐る恐る告白した。

「……マジワッタ」

やっぱりか。

俺はラウナ、いや、今は俺と身体が入れ替わってキヨヒコになった、を許せなかった。
キヨヒコを拒絶して、以後は冷たく突き放していた。
そしてあの日から約二ヵ月後、俺はラウナの身体で身篭っていることを知らされた。
元は男だった俺は、それを受け入れられなかった。
子供を産むのは怖かったし、子供なんて産みたくなかった。
俺はその身篭った子供を産まない、堕ろすとはっきり宣言して、村で孤立してしまった。
そしてその件で、俺は族長から二択を突きつけられた。
子供を堕ろす宣言を撤回して、子供を生むことを受け入れるか、それとも村から出て行くか。
俺は村から出て行くを選択し、そして今朝、俺はタマナイ族の村から追放された。
そして追放されて、見届け人のタリアと別れたその直後、ジャングルで隠れて待っていたキヨヒコが、俺の前に姿を現した。

キヨヒコは背中に荷物を背負い、手には槍を持っていた。
まさか村を追放された俺に付いて来るつもりなのか?

「帰れ」

俺は冷く言い放った。

「イヤダ、ワタシラウナニ、ツイテイク」

キヨヒコは俺にそう主張した。
だが俺も、今までの経緯もあり、はいそうですかと、そう簡単には受け入れられない。
何より、今の俺についてくると、キヨヒコも一緒に野垂れ死にする可能性が高い。
追放された俺が、このまま野垂れ死にしても、それは俺の自己責任だ。
だけど、今のキヨヒコまで巻き込む必要はない。
皮肉なことに、俺が死んでも、キヨヒコがあの村に残れば、元の俺の種の子が生まれるだろう。
現実に、ラウナになった俺以外の女も、何人か身篭っているようだ。
この後も、そんな女とキヨヒコとの間に生まれる子供が増えるだろう。
あの村に、俺の生きた痕跡、証が残るんだ。そういう打算もあった。
それに、この二ヶ月程のキヨヒコのことで、別に思うこともあった。
だから今度は少し意地悪く、キヨヒコにこう言ってやった。

「村の女たちは、放って置いていいのか?」
「エッ?」

まさか俺からこんな質問をされるとは思っていなかったのか、キヨヒコは虚を付かれて驚いていた。
俺は畳み掛けるように、さらに冷ややかにこう言った。

「お前がいなくなったら、他の子が悲しむだろ、さっきのタリアだって泣きそうな顔をしていた。俺のことなんか放っておいて、お前は村に戻れ」

この二ヶ月は、俺からキヨヒコを拒絶していた。
だからその間、キヨヒコが村の女たちと関係を持とうが何をしようが、俺には関係のないことのはずだった。
なのに、たまにキヨヒコが他の女と一緒にいて仲良くしている姿を見かけると、なぜだか俺の胸の奥が痛んだ。
ついさっき、キヨヒコがタリアを抱いていたと知って、さらに胸の奥が痛んだ。
『俺なんかいなくても、タリアとよろしくやっていたんだ』と、
俺がキヨヒコのことを無視しておいて、なのにキヨヒコに裏切られたような嫌な気分になっていた。
だからさらに突き放すように言った。

「俺なんかと一緒にいるより、戻ってタリアや他の子の相手をしてやれよ」
「イヤダ!」
「えっ?」

今度は俺が虚を付かれる番だった。

「ホカノコナンテイラナイ、ラウナヒトリガイイ!!」
(俺一人がいい?)

キヨヒコの今のこのたった一言に、俺の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
なんだ、いまの感じは何だ?
その答えが出る前に、さらに泣きそうな顔をしながらキヨヒコは言葉を続けた。

「ラウナニキラワレテイテモイイ、ラウナト、ウウン、キヨヒコトイッショニイタイ、ホカハイラナイ」

でないと、俺に嫌われてまで身体を入れ替えて、俺を引き止めた意味がないとまで言った。

「ツレテイッテホシイ」

キヨヒコは俺に懇願した。
今更ながら俺は気づいた。
そうだった。そもそもラウナが俺と身体を入れ替えたのは、俺を引き止めるためだったんだ。
自分の身体を犠牲にしてまで、俺と一緒に居たかったんだと。
それほどまでに俺は強く想われていたんだ。
そしてそこまでして引きとめた俺が、今度はラウナの身体で追放されていく。
キヨヒコは、いやその中のラウナの心は、今度はそんな俺と離れたくない、一緒に行きたいという。
キヨヒコの中のラウナは、その気持ちは俺に向けられてて、二ヶ月前と変わっていないんだ。
そうと気づいて、また、俺の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
なんなんだよ、何で俺は、今更こんな気持ちになるんだよ!!
俺はそうだと知って、でもすぐ素直になれなかった。
搾り出すように言った言葉は一言。

「勝手にしろ!」
「カッテニスル」

キヨヒコは嬉しそうに返事をした。
そんな調子で、キヨヒコが俺の後について来るのを黙認して、その場を後にした。
その日の昼には、キヨヒコが付いて来るのを黙認した事を、俺は早くも後悔しはじめていた。

以前のラウナは村一番の狩人で、そのラウナの身体はジャングルを日常的に生活の場にしていた。
そのおかげでか、今はラウナの身体の俺は、身重で決して体調が良いとはいえない今の状態で、思っていたよりもスムーズにジャングルで行動できた。
だけど今のキヨヒコは、中身はラウナだが身体は都会育ちの一般人で、ジャングルでの行動に慣れていなかった。
全盛期のラウナよりも、ペースの落ちている今の俺に、付いて来るのがやっとだったんだ。

「ラウナ……マッテ……」

昼前には体力の限界が来て、キヨヒコは音を上げてしまった。

「コンナハズジャ、ナカッタノニ……」

まさかキヨヒコをこのままジャングルに置き去りにするわけにもいかず、
キヨヒコの知る休める拠点までどうにかたどり着き、そこで一休みすることになった。

休んでいる間、キヨヒコは暗く落ち込んでいた。
かつてラウナだった時に、日常の場だったジャングルで、思った通りの行動ができなかったことが、かなりショックだったようだ。

「ワタシ、アナタノヤクニタチタカッタ……ナノニ……」

そしてそれ以上に、俺の役に立つどころか、初っ端から俺の足を引っ張ってしまった事を気に病んでいた。

「ゴメンネ、ワタシノセイデ、ゴメンネ……」

キヨヒコはラウナだったときのプライドが傷つき、すっかり自信を喪失してしまった。
そんな自信を喪失して、疲労でボロボロなキヨヒコを見ていて、俺はふとあの日のことを思い出した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あの日、この国に一緒に観光に来ていた友人の敏明に、小型機での遊覧飛行に誘われた。
俺は気が進まなかったが、普通なら見られないジャングルの奥まで見られる、ぜひ見たい。
俺一人じゃ飛行機が飛んでくれないし、それに心細い、清彦も一緒に来てくれ。と頼まれた。
本当に気が進まなかったが、そんな敏明に押し切られて、一緒に行くことを了承してしまったんだ。
その小型機は、年代モノのセスナだった。
「なあ敏明、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。パイロットは観光客を相手に、なんどもジャングル上空を飛んでいるベテランだそうだしな、だから大丈夫……多分」
とはいうものの、後で知ることになった事実では、この業者は正規の業者ではなく、どうももぐりの業者だったらしいが、この時点ではそんなことは知る由もない。
不安は残るものの、結局最後まで遊覧飛行に行きたがった敏明に、俺は押し切られてしまったんだ。

パイロットは、口ひげを生やした、人当たりの良い現地人のおっさんだった。
言葉はお互いに片言の英語でなんとかなったようだ。
主に会話や交渉は敏明に任せていたので、あまり話さなかったが、フレンドリーで人のよさそうなおっさんだった。
ただ、虫の知らせというか、嫌な予感というか、なんとなく大丈夫なのか? という気分がかえって強くなった。
とはいえ、この期に及んでそんな理由で遊覧飛行を止めさせるわけにもいかず、敏明と一緒に出かけたんだ。

それでもジャングル上空のフライトは、眺めは壮観だった。
一般ではあまり受け付けないジャングルの奥地でのフライトで、
これまた普通はやらない低空飛行、迫力の風景に敏明はかなり満足していた。
なんだかんだ言いつつも、俺も結構楽しんだ。
このまま無事に帰って無事に終われば、良い旅の思い出になって、最後まで満足できただろう。
だけど、そうはならなかった。

さあ帰ろうというそのタイミングで、プスンプスンと、セスナのエンジン音がおかしくなった。
さすがにベテランパイロットと言っていただけあって、パイロットは落ち着いて対処していた。
どうにかセスナの体勢を立て直して、高度を取ろうとした。
そして、乗客の俺たちに、早口で何か説明しながら指示を出した。
ただ、早口で現地なまりの酷い英語は、俺には上手く聞き取れなかった。
敏明は、どうにか聞き取れたらしい。

「開けた場所に不時着するつもりらしい。衝撃に備えろって言っていた」
「開けた場所って、こんなジャングルのど真ん中に、そんな場所があるのか!」
「俺が知るか! とにかく衝撃に備えろ!!」

この後、どんなやり取りをしたのか、細かいことまでは覚えていない。
ただ、俺は何かの衝撃で気を失い、次に気が付いたら、俺たちの乗っていた飛行機は、ジャングルに不時着していたんだ。

「ううっ、痛てて、ここは? いったいどうなってんだ?」

気が付いたら、セスナの機体は少し斜めの状態で、ジャングルの少し開けた場所に不時着していた。
あのパイロットのおっさん、上手く不時着できたんだ。
そうだと気が付いた瞬間、俺が感じたのは、命が助かったという安堵感だった。

「助かった。敏明、どうやら俺たち助かったみたいだ……ぞ!?」

俺のすぐ隣で、まだ気を失っている敏明に声を掛けて、喜びを分かちあおうとして、そして気づいた。
敏明の首が、曲がってはいけない方向に曲がっていることに。

「う、嘘だろ敏明、嘘だといってくれよ!!」

敏明は、もう俺に何も言ってくれなかった。
操縦席のほうを見ると、パイロットのおっさんが、胸にかなり太い木の枝が刺さった状態で血を流していた。
これまたぴくりとも動かなかった。
もう生きてはいないようだし、仮にまだ生きていたとしても、俺には手の施しようがなかっただろう。
パイロットのおっさんは、確かに腕は良かったようで、狭いスペースに上手く不時着した。
でも最後の最後で、不時着した進路の目の前に大きな木があり、セスナの機体はその木に衝突して止まったようだった。
その木がなければ、敏明もおっさんも生き残れたかもしれない。
でも現実に、この機体で生き残れたのは、俺一人だけだったんだ。
せっかく生き残れたのに、俺の胸には絶望感が広がった。

「敏明、こんな所で寝てる場合かよ! 目を覚ましてくれよ! これから俺はどうすればいいんだよ!
俺をこんな所に連れてきて、俺を一人だけ残して、おまえだけ勝手に逝くなよ!!」

いっそのこと、敏明たちと一緒に死んでいれば、後腐れがなかったかもしれない。
だけど、俺は生き残ってしまった。
この後どうしていいのかわからなかった。
わからなかったけど、敏明たちの後を追って死ぬ勇気も無かった。
俺は、それでも意地汚く生きようとあがいたんだ。
この場にとどまっても、救助の見込みなんてまるでない。
俺は機体に残されたペットボトルの飲み物や菓子などかき集めた。そして……。

「敏明、悪いけど、今はお前をここへ置いていくな」

後で必ず連れ帰るからと、心の中で敏明に約束しながら、
俺は生きるために、ジャングルへと踏み出したんだ。

俺はジャングルを当ても無く彷徨った。
食べ物も飲み物も、たいした量はなく、すぐに尽きた。
ぼろぼろになり、飢えと乾きに苦しみ、せっかく生き残ったのに、その生を諦めかけた。
そんな時、俺はジャングルでラウナに出会ったんだ。

その時はラウナの言葉はわからなかったけど、ラウナは俺に声を掛けて励ましてくれた。
そして持っていた水と食料を分けてくれた。
俺はラウナのおかげで、生きる気力が戻ったんだ。
生きる気力の戻った俺は、ラウナに連れられて、タマナイ族の村にたどり着くことができた。
俺はラウナのおかげで、一度死に掛けた命を拾ったんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そして今、あの時はラウナだったキヨヒコが、ラウナになった俺の目の前で、自信を喪失してうなだれていた。
あの時は、俺はラウナからはこんな風に見えたんだろうか?
いや、あのときの俺は、もっと酷かっただろう。

「あの時とは、立場が逆になったな」
「アノトキ?」
「いや、なんでもない」

今のキヨヒコに対する、今の俺のマイナス感情はともかく、
あの時の俺は、ラウナに励まされて、ラウナに命を助けられたのは事実だ。
今度は俺が、あの時の借りを返す番なんだ。今はそう思った。

「ほら、足を見せて」
「アシ?」

俺は、キヨヒコの足を見た。
村では裸足で生活していたから、以前に比べたら足の裏は丈夫になっている。
だけどジャングルを歩きなれていないので、少し傷ついていて痛々しい。
俺は持っていた軟膏のような薬を、キヨヒコの足に縫ってやった。

「アリガト」
「これも、あの時の借りを返しただけだ」

俺が遭難してラウナに会った直後は、さすがに裸足ではなかったが、歩きなれないジャングルで足もぼろぼろだった。
足が痛くて歩けない。そんなジェスチャーをした俺の足に、ラウナは持っていた薬を塗ってくれたんだっけ。
ふと、そのときのことを、思い出していた。

「ソウダッタ?」
「ああ、そうだった」

そういえば、縫っている薬も、多分同じものだ。
本当に立場が逆になってるんだな。
今までだったら腹立たしいと感じていたことが、今はなぜだかおかしく感じて、ついくすっと笑っていた。

俺は最初は、タマナイ族の村から、できるだけ遠くに離れたいと思っていた。
皮肉なことに、ラウナの身体は、ジャングルでの生活や行動に慣れていて、本来素人のはずの俺が、ジャングルですんなり行動できていた。
逆に、都会で生まれ育ったキヨヒコの身体は、中身はジャングルに慣れているはずのラウナなのに、身体がジャングルに適応できなくて足手まといになっていた。
なのでかなり皮肉なことに、足手まといのキヨヒコなんて放って置いて、俺一人で移動したほうが効率がよかっただろう。
ここはまだタマナイ族の村に近いから、キヨヒコを村に帰すこともできたはずだ。
だけど俺は、元のラウナ、今のキヨヒコに、助けられた借りを返すと決めた。
たとえ足手まといになっても、一緒に行きたいというキヨヒコの同行を認めた。
だったら少し早いけど、今日はキヨヒコに無理をさせずに、明日に備えてこの場で野営をしたほうが良いだろうと思った。

「ワタシノセイデ、ココカラウゴケナクナッテ、……ワタシヤクタタズ、ゴメン」
「そんなことはない」

この中継拠点は、身体を休める場所があり、近くに湧き水もあり、タマナイ族の狩人がよく使う場所なのだという。
だけど俺はこの場所のことなんて知らなかった。
もしキヨヒコがいなかったら、ここはスルーして先に行っていただろう。
キヨヒコの、ラウナだった時の経験や知識が、今回は役に立った形だ。

「ワタシ、ヤクニタッタ?」
「ああ、役に立った」

そして俺は、それ以外にもジャングルでの知識も知らないし、その経験もない。
だけどキヨヒコは、身体は軟弱(といっても、都会人の普通の体力や運動能力はあるが)かもしれないが、
ジャングルでの行動や、狩人としての知識や経験は、豊富にもっていた。

「だから、俺にそれを教えて欲しい」
「ワタシデイイノ? ラウナノソバニイテイイノ?」
「このさい仕方ない。他に人はいないしな」
「ワカッタ、ワタシデヨケレバ」

それまで落ち込んでいたキヨヒコは、そうと知って嬉しそうに、急に元気を取り戻した。

「ワタシ、ラウナノソバニイテイイ、ワタシ、ラウナノヤクニタテル」

本当に嬉しそうに。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

追放された初日に、キヨヒコというお荷物を抱え込んで、初っ端から先行きが不安な状態になった。
なのに俺の心は、今はなぜだか弾んでいた。

「ウレシイ」

俺の心の中には、なぜだかそんな感情がわきあがっていた。
俺から清彦の身体を奪った、今のキヨヒコに対する怒りの感情は、まだ俺の中に根強く残っている。
だけど村から追放された俺のところに、キヨヒコが来てくれた。そこまで俺を想っていてくれた。
それをウレシイと感じた俺の感情は、負の感情を上回っているように感じられた。
キヨヒコに対する怒りの感情は、今はかなり相殺されていた。
それでも、愛憎入り混じった複雑な感情を、俺は今もてあましていた。
なんでなんだろうな、俺のこの感情の変化は?
まあいい、キヨヒコのことを、俺はまだ完全に許したわけじゃないけど、今は生き残るために利用してやろう。
それに、……と、俺はあることに気づいた。
もし隣村まで、キヨヒコと二人で無事に到着できれば、今のラウナな俺が一人で行くよりも選択肢が増えるってことに。
ラウナの姿の俺は、このままでは日本には帰れない
だけど、中身はどうあれ、日本人のキヨヒコは日本に帰ることができる。
そこで上手く立ち回れば、キヨヒコに付いていく形で、ラウナのこの姿でも、俺は日本に行くことができるかもしれない。と。

「俺は、俺自身のために、キヨヒコを利用してるんだ」

俺は自分に言い聞かせるように、心の中で言い訳をした。
かなり早めに野営の準備をしたおかげで、余裕で準備ができた。
そして、日没までには、まだかなりの時間がある。
俺はこの時間を利用して、食材集めをしてみたいと思っていた。
というのも、俺たちは干し肉や干し芋など、二、三日分の食料を持っているし、できるだけ節約するつもりだが、この量では隣の村まで持たない。
なのでもし可能なら、狩や採取などで食料を補給しながら、隣村まで移動したいと考えていた。
ただし、俺はジャングルでの食材の確保の仕方とか、生存のための知識とか、そういうものが不足していた。
だが今はキヨヒコがいる。
俺はキヨヒコから、この機会にそういう知識を学びたいと望んだ。
キヨヒコは、自分が役に立てると知って、喜んで色々教えてくれた。
細かいことは、隣村までの移動の間においおい覚えるとして、今日はまず、基礎的なことを教わることになった。
そしてさらに幸いなことに、ここはまだタマナイ族の村に近く、狩場も近いしどこにどんな食材があるかもわかっている。
この辺りでの食材集めは、比較的容易だということだった。

キヨヒコのおかげで出発は遅くなる。
だけどその引き換えに、その知識や経験を得ることができるようになった。
これはつまり、急がば回れということだよな。
今更あせってもしょうがないもんな、今はひとつづつ確実にこなして行こう。

「案外、人間万事塞翁が馬だな」

急がば回れ……か、
もし二ヶ月前のあの時、俺があの村を出て日本に帰るのを急がなければ、
そしてじっくりラウナと向き合っていたら、違う結果があっただろうか?
……いや、今更こんなことを考えてみてもしょうがない。
今は無事に生き残って、このジャングルを抜けることを最優先で考えよう。

日はまだ高く、日没までは時間がある。
荷物の番をキヨヒコに任せて、身軽になった俺は、キヨヒコに教えられた狩場へと移動した。
キヨヒコは一緒に来たがったが、足の状態が良くないから薬を塗ったばかりだ。
明日から一緒に着いてきたかったら、今は無理をするな。と説得したお留守番となった。
ちなみにその狩場は、村の狩の初心者に狩を教えるための場所でもあるそうだ。
比較的羽根休めの鳥が多く集まり、そんな鳥の狩がしやすい場所なのらしい。
そして俺は、初めての狩に気分が高揚していた。
この身体は身重でやや体調が悪く、俺自身は慣れていないジャングルという環境で、なのに不思議とそんな気がしない。
それどころか、ここが慣れた庭みたいに感じてきたり、俺には初めての狩なのに、まるでいつもの日常生活のように感じてもきた。
ふと、獲物の気配を感じる。

「獲物が、……イル」

その瞬間、俺の中で、何かのスイッチが入っていた。
俺はいつものように気配を殺して、風下から音を立てないように獲物に近づく。
見えた。あれはホロ鳥だ。だがまだ距離が遠いと感じた。
初心者は獲物が見えたら、慌てて弓で射てしまうが、鳥は的が小さくて動きも素早い、この距離では簡単に避けられてしまう。
特にホロ鳥は、見かけによらず敏捷性が高い。
初めてのはずの俺が、なぜかそんなことが理解できていた。
もっとも今の俺は、狩りに集中していて、そんなことまで気にしてはいなかった。
俺は気配を殺して無言のまま、さらに慎重に距離を詰めた。
その過程で、初心者は獲物に気配を気づかれて、獲物に逃げられてしまうことが多い。
だけど俺は、これまでに何十回、何百回と繰り返してきた動作を、自然にこなして距離を詰めた。
そして、獲物と目と鼻の先の距離まで近づいていた。
俺はそっと弓を番える。
これはラウナが長年愛用してきた弓だ。
そして、まるで俺自身が長年愛用してきたみたいに、この弓は今の俺の手に馴染んでいた。
殺気で獲物に気づかれないように、俺は気配を殺したまま静かに弓を引いた。
そして、射た。
俺の放った矢は、寸分も外れることなく、獲物のホロ鳥に吸い込まれるように命中した。
初めての狩で、俺はホロ鳥を仕留めたんだ。

「ヤッタ、……オレエモノ、ハジメテトッタ!」

獲物を狩るまでは、まるでベテランの狩人のように振舞っていた俺は、この瞬間は素人丸出しで大喜びして、ぴょんぴょん飛び跳ねて大はしゃぎした。

「オレガ、エモノヲトッタ。ハジメテノカリデ、オレガ、エモノヲトッタンダ!!」

このところ、何も良いことのなかった俺には、久しぶりの快挙のように感じられた。
なので今はこの快挙を心から素直に喜び、身体全体で喜びの感情を表したんだ。
そして俺は気づいていなかった。
俺はこの喜びを、日本語ではなく現地の言葉で、
……正確には、ラウナの喋っていたタマナイ族の言葉で表現していたということに、気づいていなかった。
だけどこの時点では、そのことに不自由を感じることはなかったので、変化に気づかなくても仕方が無かったんだ。

獲物を取ってきて、意気揚々としている俺に、キヨヒコが目を丸くした。

「ホロトリヲ、トルコトガデキタノ?」
「アア、オレガトッタ」
「……ホロトリ、ハジメテデハムズカシイ、ドウヤッテトッタ?」
「アア、キヨヒコガ、オシテクレタカリバデ、エモノのケハイヲカンジテ、ソレデ……」

気分が高揚していて、機嫌が良かった俺は、その時の様子をキヨヒコに詳しく話した。
この時の会話は、やけにスムーズにできた。
今までは、一応意思疎通ができる程度には会話ができていたけど、細かいニュアンスはなかなか伝わらなかったり、逆に理解するのに苦労していた。
だけどこの時は、やけにスムーズに会話ができていたんだ。
まるで日本人同士で、普通に会話をしていたみたいに。
それに、狩りの専門の言葉やニュアンスが、俺の口からやけにすんなり出ていて、ほとんど齟齬が無かったんだ。
これ以降は、俺とキヨヒコとは普通に会話ができるようになり、冷静になった後にその事に気づいた。
これはいったいどういうことなのか?
だけどこの時は、キヨヒコとの会話がスムーズに行くのなら結構なことだし、
それになんだか難しいことは考えるのが面倒くさいって気分があって、その意味については、深く考えなかったんだ。

キヨヒコは、初めての狩りで、俺が獲物を取ってきたことを喜んでくれた。
ただ、狩りのときの俺の様子を感心しながら聞きながら、どこか素直に喜んでいないようにも見えた。

「マルデ、ラウナダッタワタシノヨウ……」
「ナニカシンパイゴトデモ?」
「ウウンナンデモナイ、ソレヨリハヤク、ソノホロトリヲサバコウ」
「アア、ソウダナ」

ちなみに、ホロ鳥をさばく時のキヨヒコの手つきが初心者のように不器用で、結局ほとんど俺がさばいた。
これも、俺は初めてのはずなのに、手慣れた感じで上手くさばくことができた
なぜだかキヨヒコが落ち込んで、俺はそんなキヨヒコをなんとか宥めた。
その日は、そのホロ鳥をメインに夕食を済ませて、その場に野営をした。
こうして、波乱に満ちた追放初日を、無事に終えることが出来たのだった。

タマナイ族の村を追放された初日は、さほど移動距離は稼げなかった。
そのかわりに、キヨヒコが合流したことで、俺の持っていなかったジャングルでの知識を得ることが出来た。
さらに今日の狩りの成功で、ジャングルでの行動や移動にめどが立ち、俺はそのことに自信を持ち始めていた。
この調子なら、多少の時間はかかっても、隣村までいける。
そこまで行けたら、きっと道は開けるだろう。

『まってろよ敏明、お前の心だけでも、きっと日本に帰してやるからな』

俺は村から持ってきた私物のうち、敏明の遺品に、心の中で語りかけたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そんな調子で、最初の二日程はジャングルの移動に梃子摺ったものの、
キヨヒコがジャングルでの活動に慣れてきて、なおかつ俺自身がそれ以上にジャングルでの活動の感覚を身に付けて、移動ペースが上がってきた。
そして十日程で、隣村の近くまで来た。と思う。
地図などないので、正確な位置がわからないけど、所々に人の移動の跡や、狩や採取などの人の活動の跡が見受けられた。
この近くに、現地人の集落があるのは確実だった。
やっとここまで来た。
そう感じて、ここで、今まで張り詰めていたものが、ふっと気が抜けてしまったのだろうか?
俺は急に気分が悪くなり、その場に倒れこんでしまった。

「ラウナ、しっかりして!」

キヨヒコが倒れた俺の介抱をしてくれた。
そして、ともかく近くで野営の準備をして、俺を運んでくれた。
意識が朦朧としていて、状況認識がよくわからなかったけど、俺はキヨヒコにお姫様抱っこで運ばれていたらしい。
後でその話を聞いて、なぜだか俺は恥ずかしさで赤面した。

「何で恥ずかしがるのか?」

そんな俺に、キヨヒコは不思議そうな顔をしていた。
それはそうと、倒れてしまったのは、なんだかんだで身重の身体で無理をしていたから、それが祟ったのだろうか?
俺はそういう妊婦の知識は持っていないが、この身体が本調子でなかったことは、それこそこの身で感じていた。
本来はこの身体は、無理をさせてはいけないことはわかっていたんだ。
でも俺は、無理をするしかなかった。
無理をしたから、ここまで来れたんだ。
もうちょっとなんだ。もうちょっとだけがんばれば、隣村なんだ。……なのに。

「大丈夫だよラウナ、ワタシが付いている」
「……キヨヒコ」
「だから、安心して休んでいてよ」
「……ウン、ソウスル」

俺はまだ、キヨヒコのことを、完全に許したわけじゃない。
だけどこの十日程一緒に苦楽を共にして、後をキヨヒコに任せて眠れるほどには、気を許していた。
そして、なぜだかキヨヒコが側に居ることに、安心できた。
ちょっと休むだけだ、体調が回復すれば、すぐにでも隣村にいかるんだ。
ここまできたんだから、焦る事は無いんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。

「お休みラウナ」
「オヤスミ、……キヨヒコ」
俺は後をキヨヒコに任せて、眠りに付いたんだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あれ、ここはどこだ?

次に目を覚ましたら、そこはジャングルではなかった。
俺が居たのは、プレハブ作りの、だけどどこか清潔感のある部屋だった。
そして、その部屋に設置されていた、パイプベッドの上に、俺は寝かされていた。
そしてそのベッドの周りには、カーテンのような仕切りが設けられていた。
ここはどこかの診療所だろうか?
そんな印象だった。
少なくとも、原始的で泥臭いタマナイ族の村にいた頃よりも、ここには文明の匂いが感じられた。

「Did you notice?(あなたは、気が付かれましたか?)」

白衣を着た、初老の白人の医師(?)らしい人物が、俺を安心させるように、俺に優しく声を掛けてくれた。
ただし、何を言っているのかわからなかった。
そして俺は俺の置かれている今のこの状況に戸惑い、急に不安を感じはじめていた。

なんで俺はこんなに不安なんだ?
よくわからないけど、俺は今のこの状況が、すごく寂しくて心細いと感じていた。
なのに俺は、得体の知れない場所に、一人で取り残されている、そんな気分に陥っていた。
キヨヒコは、キヨヒコはどこにいったんだ?
そうだ!?
この場には、キヨヒコがいないんだ!!

「キヨヒコ、ドコ、ドコニイルノ!!」

このとき俺は、その心細さに、気が動転して取り乱してしまった。
と、そのとき、

「ラウナ、目を覚ました?」

ベッドを仕切っていたカーテンの向こうから、最近はすっかり聞きなれた男の声が聞こえた。
俺はベッドから跳ね起きて、仕切りのカーテンを退けた。
その隣のベッドの上には、上半身を起こしたキヨヒコがいた。
俺の心は、安堵と喜びの感情に満たされた。

「キヨヒコ、イタ、ヨカッタ……」

俺は感情の赴くまま、そのままキヨヒコに抱きついていた。
状況がおちつくと、俺はキヨヒコがいないことにうろたえて、大騒ぎをしたことが恥ずかしくなった。

「イキナリイナクナルカラ、シンパイシタンダゾ、カッテニオレノソバカラハナレルナヨ!」

俺は照れ隠しに、強がって見せた。
自分でも、なんでこんな無茶苦茶言ってるんだと思いながら、でも引っ込みがつかなかった。

「……ごめん」

キヨヒコは、そんな俺に謝りながら、でも表情は優しかった。
優しく俺の髪を撫でてくれた。
それがなんだか心地よくて、そしてなぜだか嬉しかった。

「トクベツニ、ユルシテヤル」

俺はしばらくそのまま、照れ隠しの強がりを続けたのだった。
さらに状況が落ち着いてきて、俺はキヨヒコや白衣のおじさんから事情を聞くことになった。
俺が気を失った後、近くの村の狩人の一団が、俺たちの近を通りかかったらしい。
キヨヒコは彼らに助けを求めた。
その後、屈強な狩人の男たちに助けられて、俺とキヨヒコは村のこの診療所に運ばれた。
そして俺は、ついさっきまで、この診療所のベッドに寝かされていたということだった。

「わたしが勝手な判断をして、勝手に助けを求めて、ゴメン」
「イイヨ、ソノトキオレハ、タオレテキヲウシナッテイタンダシ、シカタナイヨ」

それどころか、こうして俺たちは無事に隣村に来られたのだし、良い判断だったと思った。
もし逆の立場だったら、俺のほうが通りかかった隣村の人たちに、助けを求めていただろう。

「ダカラ、アリガトウ、キヨヒコ」
「……うん」

以前の俺なら、照れくさくて簡単に言えなかっただろうお礼の言葉が、やけに素直に今の俺の口から出た。
そしてそんな俺のお礼の言葉に、キヨヒコは最初は少し戸惑い、でもすぐに嬉しそうにうなずいた。
そんな素直なキヨヒコを見て、俺は『カワイイ』と感じていた。
俺の中でのモノの感じ方が、以前とは切り替わっていることに、この時は俺はまだ気づいていない。
最初に違和感に気づいたのは、キヨヒコとこの診療所のドクターに、この村のことや、俺が気を失っていた間の話を聞いていた時だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

違和感を感じた話のその前に、簡単に状況を説明する。
ここはラウナのいたタマナイ族の村の隣の村で、隣と言ってもけっこう離れているが、サオ族の村だ。
タマナイ族とサオ族は、先祖が同じらしく、方言や訛りくらいの違いはあるが、タマナイ族の言葉が通じるようだ。
生活習慣も、かつては両者は大差はなかったらしいが、こっちは少しだけ文明社会に触れて、文明社会のものが入ってきていた。
その最たるものが、中央から派遣されてこの村にきている、この診療所と初老の白人のドクターだった。
キヨヒコの説明では、アメリカとかいう遠い所から来た、ドクターという名前の人、だということだった。
そしてこの村の病人や怪我人を、呪術者や薬師のように見ている人で、気を失っていた俺のことも、見てくれていたということだった。
キヨヒコの少しずれた説明に苦笑しながら、でもその説明に俺は妙に納得していた。
ああ、この人の良さそうなドクターは、そういう人なんだなと。
そして気を失っていた俺は、この人に面倒を見てもらっていたんだと。

「アリガトウ、ドクター」
「イヤ、オレイハ、イラナイ」

俺のお礼の言葉に、ドクターはにこやかに微笑みながら、俺に合わせて少しぎこちない現地語、サオ族の言葉で返事を返してくれた。

「コトバ、ワカルンダ」
「アア、カタコト、ダケ、ダガ」

この村で医療活動をしながら、現地人との交流を通じて、日常会話レベルの言葉ならどうにか覚えた。という話だった。
キヨヒコの通訳も交えながら、そこまで話を聞いて、俺がタマナイ族の村に来たときのことを思い出した。
あの時は、ラウナたちの言葉が全然わからなくて、大変だったっけ。
必死で言葉を覚えたもんな。
今じゃ、こうしてドクターの、サオ族訛りの言葉の違いも認識しながら、でも会話ができるくらいに、俺もタマナイ族の言葉が上達したんだよな。
ここで俺は、初めて違和感を感じた。

……ちょっとまて、俺は今まで、いったい何語で会話をしていたんだ?

俺は今までずっと自然に現地語で、タマナイ族の言葉で話をしていたことに、この時に初めて気づいたんだ。
そういえば、とさらに気が付く。
さっきはまったく気にも留めていなかったけど、俺との会話の合間に、キヨヒコとドクターが、何度か片言での短いやり取りをしていた。
今の俺の理解できないあの言葉、あれは何語だったんだ?
キヨヒコに聞いてみた。
キヨヒコは不思議そうな表情で、あっさり答えた。

「エーゴだよ」
「エーゴ? キヨヒコ、エーゴワカルノ?」
「うん、ちょっとだけ、わかるよ」

二重の意味でショックだった。
俺は英語は得意ではないが、片言で意思疎通くらいはできるようにはなっていた。
英語が得意だった敏明に、色々コツを教えてもらったり、世話になったおかげなんだけど、まあ今はそれはいい。
だけど今の俺には、英語はまったくちんぷんかんぷんだった。
ドクターがたまに発する英語が、初めて聞く言葉のように感じられて、まるで理解できなかったんだ。
まるで、初めてタマナイ族と接した時に、その言葉がちんぷんかんぷんだった時のように。

その逆に、キヨヒコは英語がわかると言っていた。
入れ替わりでキヨヒコになるまえのラウナは、英語に接したことは無い。
普通に考えれば、英語が話せるどころか、そんな言葉があることも知らなかったはずだ。
なのに、今のキヨヒコは何でだか英語を知っていて、片言でだけど、ドクターと意思疎通をしていた。

「エーゴ、ナンデワカルヨウ、ナッタ?」
「あ、それはね……」

キヨヒコは、俺の質問に、この村の診療所に来た直後の話をしてくれた。
キヨヒコはこの村の男たちに助けられて、体調不良で気を失っていたラウナを、この診療所まで運び込んだ。
その時、初めて会ったドクターは、キヨヒコを見て現地人とは思わなかった。
なので、最初は現地語ではなく、英語で話しかけたらしい。
初めて英語に接したキヨヒコは、最初はドクターのその言葉はちんぷんかんぷんで戸惑ったらしい。
だけど気を失っているラウナのために、身振り手振りも交えて、必死に意思疎通を図ろうとした。
そのときキヨヒコは、急にひらめくように気が付いた。
もしかして英語?
そうだと気が付いた瞬間、キヨヒコの頭の中は、電気のスイッチが入ったかのようにぱっと明るくなった。
今まで知らなかったはずの言葉の単語や意味がわかるようになり、ドクターとの意思疎通ができるようになった。
英語がわかるとはいっても、片言だけで、スムーズに会話をするとまではいかないけれど、
ドクターのぎこちない現地語より、英語のほうが語彙も多くてしっかり意思疎通ができた。
それ以上に、この村では英語で話す機会が少なかったドクターは、キヨヒコと英語で話すことを好んだ。
なので、キヨヒコとドクターが会話をする時は、英語になっていた。と、そういうことだった。

キヨヒコへの質問で、それらのことがすぐに全てわかったわけではない。
だけど、今のキヨヒコの英会話能力は、かつて俺が清彦だった時に、勉強して覚えて身に付けたものだということはわかった。
そしてラウナになった今の俺には、英語は今まで聞いたことも無い、謎の言語になってしまっていたんだ。
ショックだった。
かつて俺が清彦だった時に身に付けていた物は、今は全てキヨヒコのものになっていたんだということを、改めて思い知らされて。

それを言うならその代わりに、俺はかつてラウナが経験して身に付けた経験や能力を引き継いでいて、
その狩人としての経験や能力のおかげで、無事にここまで来られたのだけど、今の俺にはそんなことに思い至る余裕は無かったんだ。

日本語、だとしたら日本語はどうなんだ?
今のキヨヒコの、それ以上に今の俺の日本語力は、どうなってるんだ?

「キヨヒコ、ニホンゴハ、ドウ? ニホンゴ、ワカルノカ?」
「ニホンゴ? ちょっと待って……わかる、かもしれない」
キヨヒコは、少しの間考えて、やがて何かを理解したような表情になった。
そして次に、何かいたずらを思いついたような表情になり、最後は真顔で、そして日本語でこう言った。

「ラウナ、わたしはラウナが好きだ。ラウナを愛しているよ」
「ナ……ナニイッテル、バカ!」

言ってる日本語の意味を理解して、俺は赤面した。
俺はタマナイ族語でキヨヒコにバカって言いながら、思わずキヨヒコを、軽く小突いていた。

この後しばらく、俺はキヨヒコと日本語で会話をした。
ラウナと入れ替わる前、俺は清彦として、日本人として約20年、生活してきた。
その記憶の蓄積があるからか、俺は日本語をしっかり覚えていたんだ。
俺は日本語を覚えていて、日本語で会話ができる。そのことにホッとした。

ただし、今の俺のメイン言語はタマナイ族語で、頭の中でタマナイ族語を日本語に翻訳しながらの会話だった。
そんな今の俺の日本語は、タマナイ族語訛りの、変な日本語になっていた。
逆に今のキヨヒコの日本語は、今の俺にはかなり自然な日本語に聞こえた。

……なんか悔しかった。

「ツカレタ、スコシ、ヤスマセテ」

ちょっと日本語での会話に疲れてきたので、俺はタマナイ族の言葉に戻してベッドに横になった。
すると、俺の言葉に、キヨヒコが怪訝な顔をしていた。

「ドウシタノ?」
「ううん、ナンデモナイ」
キヨヒコの作り笑いに、逆に何かあったのかと思ったが、気疲れしていたし、本人も何でもないと言っているので流してしまった。
このときから、キヨヒコの喋るタマナイ族語が、ややぎこちなくなったのだが、俺がその理由に気づいたのは、もう少し後だった。

その後に出された食事は、パンとスープだった。
ドクターは済まなそうに言った。

「タイシタモノ、ナイ、スマナイ」
「イエ、アタタカイ、スープ、ウレシイデス」

身体は変わっても、内容が質素でも暖かくて、そして久しぶりの文明社会を感じる食事は嬉しかった。
特にここ数日の食事は、狩りで取ってきた獲物ばかりだったからな。
それに、体調不良の今の俺には、スープなどの軽い食事のほうがいいんだ。
パンをスープに浸して、俺はそれを味わって食べた。
キヨヒコは、なんだか物足りなさそうだった。しょうがないなあ。

ドクターが、食事の後にコーヒーを飲んでいたのを見て、俺もそれを頼んだ。
コーヒーなんて久しぶりだな。そう思いながら一口飲んだ。
苦かった。こんなもの飲めたもんじゃない。俺はコーヒーは飲み残した。
俺につられてキヨヒコもコーヒーを飲んだ。
最初はコーヒーの苦さに顔をしかめていたけど、すぐに慣れたのか、俺の飲み残した分まで飲んでいた。

「はじめてなのに、苦いのに、なんか懐かしいって感じがして、つい飲んじゃった」
「……ソウ」

俺は色々と複雑な気分だった。
そんな俺たちに、ドクターは笑いながら、「今日は特別だ。これは口直しに食べると良い」と言って、チョコレートを出してくれた。
俺にとっては久しぶりの、この身体にとってはおそらく初めてのチョコレートは、すごく甘かった。
その甘さに、なぜだか幸せな気分を感じながら、つい夢中になってチョコレートを食べた。
キヨヒコもチョコレートを、おいしそうに食べていた。

「こんな甘くておいしいものがこの世にあったんだ」

食事が終わった後、俺はまた眠くなってきた。
長旅の後で、身体が疲れているし、身重で体調も不良だし、無理はないか。
だけどこの後は、俺たちの置かれている状況を少しでも早く把握して、今後の身の振り方を考えたかったのに。
だけどドクターもキヨヒコも、そんな焦る俺に、今は無理をするな、今は身体を休めろと言ってくれた。
お言葉に甘えて、今は無理をしないことにした。
ベッドに横になったら、あっという間に睡魔に襲われて、俺は意識を手放した。
そして俺は、……夢を見た。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ふと気が付くと、俺はジャングルの中に居た。
今の俺は、褐色の肌に刺青を施した少女の姿で、そのことに何の疑問も抱いていない。
そして手には長年愛用の弓を持ち、背中には矢筒や狩りのための道具を背負っていた。
そうか、俺は今、狩りに出かけているんだ。

最近俺は、村一番の狩人と呼ばれるようになった。
そのことは誇らしく感じるけど、何かにつけてタリアが対抗心を燃やすようになったのは悲しかった。
タリアと俺は生まれた歳が同じで、物心付いた頃は、いつも仲良く遊んでいた。
駆け出しの狩人になった時には、コンビを組んで仲良く二人で行動していた。
なのに今は、お互いに対抗心を燃やして、競い合う仲になっていた。
そんなほんの少し前の過去を思い出して、俺とタリアの仲は、なんでこうなったんだろうと、つい悲しくなる。
でも、俺の中には、タリアには負けたくない。という気持ちも確かにあり、今はこうして別々に行動している。

そして俺はジャングルの中を、慎重にかつ、慣れた足取りで移動していた。
ジャングルの奥から、何か異様な雰囲気を感じた。
これは狩りの獲物じゃない、いったい何だ?
ジャングルの奥から、何者かがこちらに近づいてくる。

「もしかして亡霊?」

子供の頃、村の年寄りや先輩から、よく聞かされたっけ。
ジャングルで未練を残して死んだ者は、亡霊になってジャングルを彷徨うって。
生きている者は、ジャングルで亡霊に出会ったら、声を掛けないでそのまま見送るようにと教えられた。
俺はその先輩の教えの通りに、亡霊を見送ろうと脇によけた。
そして俺は、その亡霊の姿を見て驚いた。
身体にぴったりの布の服を身に着けた、白い肌の首の折れた異国の青年男性の亡霊だった。
俺の知らない異国の青年が、俺の知らない異国の言葉で、悲しそうな声で、誰かを探してその名前を呼んでいた。
「きよひこ」と。

俺はハッと気が付いた。
この亡霊は俺を呼んでいるんだ! 俺を探しているんだ!
……って、ちょっとまて!
俺はラウナであってきよひこじゃない。なのになんで俺を探していると思ったんだ?
…………いやいや待て待て、それこそ違うだろうが!
本当は俺は清彦なんだ!
なのになんで俺は、自分のことをラウナだと思っていたんだ?
もしかして俺は、ラウナになりきっていた?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
目の前の亡霊は、俺の知らない異国の青年なんかじゃない。
俺は知っている。目の前の亡霊は敏明なんだ。
知らない言葉なんかじゃない。あれは日本語なんだと。
亡霊は無視しろ?
敏明が哀れな声をあげて、哀れな姿で、俺を求めて彷徨っているんだ。
そんなことできるものか!

「トシアキ!」

俺は敏明の前に回り込んで、声を掛けた。

「……邪魔だどけ!」

敏明は俺のことを、進路を塞ぐ邪魔者扱いした。
その剣幕に、反射的に避けてしまった俺のことなど無視して、敏明は再び清彦を求めて、そのままとぼとぼと歩き始めた。
俺はハッと気が付いた。
敏明は今の俺のことを、清彦と認識していないのか?
今の俺はラウナだから……。
俺はそのことが悲しかった。
そして思った。
このまま俺のことを清彦と認識できないまま、敏明は清彦を求めて、ジャングルを彷徨い続けるのだろうか?
このまま敏明を行かせたら、俺はもう二度と敏明とめぐり合えないような気がした。
そして敏明も、清彦に出会えないまま、異国のジャングルを、異国の亡霊として、このままずっと彷徨い続けるような気がした。

俺は知らないはずなのに、なぜかラウナの知識で知っているこの地方の伝承に、ジャングルを彷徨う亡霊の知識があった。
ジャングルで未練を残して死んだ者は、亡霊になってジャングルを彷徨うのだ。
そして生者は、ジャングルで亡霊に出会っても、決して相手にするな。妬んだ亡霊に生者は命を奪われる。
あるいは亡霊に連れ去られて、一緒に亡霊になってジャングルを彷徨いつづけることになる。などと。
俺がラウナになりきって行動していた最初に、敏明の亡霊を避けたのはその伝承の通りの行動だった。
いや、知識が無くても、あれはやばい存在だと、本能的に感じただろう。

伝承通りに対処するなら、このまま敏明の亡霊を見捨てて、どこかに去るのをまつべきだった。
地元の人間なら、あるいは俺がラウナになりきっていたなら、そうしたかもしれない。
だけど……。

いや、そんなんじゃダメだ!
俺は敏明を見捨てられない。
もし俺が敏明を見捨てて逃げ帰って、日本に帰れたとしても、絶対に後悔する。
俺が敏明を助けなきゃ!

「トシアキ!」
今度は明確な意思を持って、俺は再び、敏明の前に立ちふさがった。

「邪魔だと言ってる!」

敏明は、また俺を排除しようと、腕をふるった。
俺はそれをひらりと避けて、敏明の懐に飛び込んだ。
そして敏明を押しとどめるように、抱きついたんだ。
だけど次の瞬間!

「あ、……力が抜けていく」

しまった、やっぱりアンデットには、うかつに触れたらだめだったんだ。
TVゲームなどで、プレイヤーキャラがエナジードレインでも食らったみたいに、俺の身体から力が抜けていく。
このまま敏明が俺に危害を加えてきたら、もうまったく抵抗できない状態だ。
もしかしてダメなのか?
だけど、敏明からの次の攻撃はこなかった。
それどころか敏明が動きを止めた、そして……。

「おまえ、清彦、……なのか?」
「オレガ、キヨヒコダッテ、ワカルノカ?」
「ああ、わかる、今のでわかった」

どういう理屈なのかわからないけど、俺の生命エネルギーを吸収した時に、俺のその記憶も見えたらしい。
俺がラウナと身体を入れ替えられて、ここまで苦闘してきたことも。

「清彦、俺はお前に会いたかった」
「オレモダヨ、トシアキ」

俺たちは、抱き合ったまま、しばらく泣いた。

「お前に会えて嬉しかった。俺はお前のことが心残りだったんだ」

あの事故の後、未練を残した敏明は、気が付いたら亡霊になってジャングルにいた。
そして清彦が、俺が側にいないことに気が付いた。
それ以来、姿の見つからない俺を求めて、敏明はジャングルをさ迷うことになったのだという。

「俺のわがままで、いつもお前に迷惑を掛けてきた。
俺は、ずっとお前に謝りたかったんだ」

ここの旅行に来てからも、敏明が俺を誘ってここに、ジャングルに連れてきた。
渋る俺を遊覧飛行に誘って、事故に巻き込んでしまった。
そのことをずっと後悔し続けていたともいう。

「帰りたい。本当はお前と一緒に、俺も日本に帰りたい」
「ナニイッテル、トシアキモ、オレトイッショニ、ニホンニカエルニキマッテル」
「いや、俺はもう無理だ、死んでしまった俺にはもう無理なんだ」

敏明は、悲しそうに笑った。

「それに、最後にお前に会えたから、もういいんだ」
「サイゴ? モウイイッテ?」

もう生命活動のない、冷たい敏明の身体が風化して、ぽろぽろと崩れだしてきた。

「俺はもういいんだ。これで思い残すことはない。あとはお前が、お前だけでも日本に帰ってくれ」
「イヤダ、オレヒトリダケデカエレナイ、オマエモイッショデナキャイヤダ!」
「気持ちは嬉しい。だけど俺はもう死んでいるんだ。だから無理なんだ」
「ソレデモ、イッショデナキャイヤダ! オマエガイッショデナキャ、オレモニホンヘカエラナイ!!」

このとき敏明は嬉しそうな、だけど困ったような顔をしていた。
そしてそんな俺のわがままが、ある奇跡をおこした。
俺の無茶な願いに共鳴するかのように、風化した敏明の身体から小さな光が飛び出した。
同時に、敏明の身体は、跡形も無く完全に崩れ去った。
そしてその光は俺の中へ、俺のおなかの中へと入っていった。

「アッ!」

それがどういう意味なのか、理解するまえに、敏明の声が聞こえたような気がした。
ありがとう清彦、って。
俺の意識は、そこで途絶えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

俺ははっと気が付いて、目を覚ました。
ここはどこだ?
ここは診療所で、俺はパイプベッドの上に寝かされていたんだ。
そうか、俺はキヨヒコと一緒に、隣村まで来たんだった。
そして、この診療所ね運び込まれて、お世話になっているんだった。
と、そこまで思い出した、そのとき!

「ラウナ! 良かった、やっと目を覚ました!」

俺が目を覚ましたことに気が付いた、心配そうな表情のキヨヒコがすぐ側にいたのだった。

俺はあの後、昨日丸一日、目を覚まさなかったらしい。
そのせいで、キヨヒコにすごく心配をかけたようだ。

「もう目を覚まさないんじゃないかって、心配したんだからね」
「シンパイカケタ、ゴメン」
「まあ、妊娠しているうえに、ここまで無理をしてきた疲労が溜まっていたんだろう。
その疲労も、大分抜けたみたいだし、もう大丈夫だろう」

とは、ドクターの見立てだった。
ドクターは、なかなか目を覚まさない俺を、こうして見てくれていただけではなく、
俺を心配して、落ち着かないキヨヒコを宥めてくれてもいたらしい。
そんなドクターには、俺は感謝してもしきれなかった。

ところで俺が目を覚まさなかった理由だが、半分はドクターの見立て通りだろう。
だけどもう半分、別の理由もあることを、俺だけが知っていた。
あの夢は、夢だったけど、夢じゃなかったんだ。
夢の中での敏明との出会いは、本当のことだったんだと、俺は確信していた。

俺は、ラウナに身体を入れ替えられたことを、恨んでいた。
子供を孕まされたことなんか、苦痛以外のなにものでもなかった。
この隣村に来るために、一緒に旅をして、苦楽を共にして、ある程度は気を許せるようにはなっていた。
だけど、まだ心のどこかに、わだかまりが残っていた。

だけど、ふと思う、もし夢の中で敏明に出会えたとして、俺が清彦のままだったらどうだっただろう?
敏明は俺と出会えたならば、思い残すことはなく、成仏したかもしれない。
だけど、その魂を、日本に連れ帰ることもできなかっただろう。
夢の中での敏明は、悲しそうに、俺と一緒に日本に帰りたい。と言っていた。
だからそれだと、敏明の心を、本当に救えたとは言えなかっただろう。
だから今は、ラウナがこの身体をくれたことを、このお腹に子供を宿してくれたことを、今ははじめて感謝していた。

俺はふと、今の自分のお腹を見た。
俺のこの中に、もう一つの命が宿っている。
そしてその中には、敏明の魂がいる。
今は俺はそう確信していた。

もしかして、俺が女のラウナになったのは、お腹に命を宿しているのは、この時のため?
これが運命だったなんて、思わないし思いたくない。
だけど、このめぐり合わせには、今は俺は感謝していた。
俺は無意識に、そっとやさしく、自分のお腹を撫でていた。

「トシアキ、イッショニ、ニホンニカエロウナ」

俺は、それまでは思ってもいなかった、お腹の子供の母親になる覚悟を、このときに固めていたんだ。

その翌日から、俺たちが日本に、文明社会に帰るための準備を始めた。
まずはこのサオ族の村と、外との連絡手段だが、まずここには電話はない。
普通の村人の場合は、外との交易の定期便で、物資と一緒に手紙のやり取りをするのが一般的だった。
それも、家族が外に出ている村人が手紙を書くていどで、普通の村人は普段はそれすら必要ないことだった。
外の情報もラジオで聞くか、交易の時に運び込まれる、日付の遅れた新聞や雑誌を見るくらいしかできなかった。
タマナイ族の村ほどではないが、ここもまだ閉鎖的な村だったんだ。
ただ例外もいる。この村の村長と、もう一人は診療所のドクターだった。
外との定期連絡のために、無線を持っていて、定期的に連絡を取り合っているということだった。
まずはドクターに頼んで、数ヶ月前の飛行機事故の事と、清彦の生存を知らせてもらうことにした。
これにより、清彦や敏明の家族に、二人のその後のことが伝えられるだろう。
清彦の生存を知らされた清彦の家族は、きっと清彦を日本につれて帰ろうと動くだろう。
これで少なくとも、『清彦の身体』は、日本に帰れるだろう。
問題は、ラウナの身体の、今の俺だった。

まず、タマナイ族は、公式にはこの国の政府の統治下に入っていない。
なので今の俺は、この国の国籍どころか戸籍も持っていないんだ。
このままでは、パスポートもピザも作れないし、日本には行けない。
そこまで望まない場合でも、戸籍がないと、今の俺がこの国の都市部で生活するとしても、色々と不自由することになる。
ともかくこのままじゃまずい、俺はこのこともドクターに相談した。

「ふむ、あまり褒められた方法ではないが、あれをやってみるか。村長にも協力してもらうことにしよう。ただし」
「タダシ?」
「少しばかり費用がかかるが、お金は持っているのか?」
「ココニモッテイル、イクライルノカ?」
「ここにって、現地通貨と、なんと米ドルももっているのか!」

さすがにドクターは、どう見ても現地の原住民の俺が、金を持っているとは思っていないようだった。
お金を持っているのか? の質問は、本来は俺と一緒にここにいて、時には通訳として会話に参加していた、清彦に向けての発言だった。
なのに、質問の意味にちんぷんかんぷんだった清彦を尻目に、俺が質問に答えてお金まで用意したことに、ドクターは驚いた顔をしていた。
ちなみにこのお金は、飛行機事故で遭難した直後に、回収しておいたものだった。
ジャングルやタマナイ族の村では、まったくの役立たずだったが、捨てずに持ってきておいて良かった。
あと主にこれは、敏明が用意していたお金だったのだが、こういう使い方なら敏明も許してくれるよな?

「わかった、ともかく戸籍のほうは手配しよう。私が村長を通じて手配すれば、すぐにでも手続きができるだろう」

と、ドクターは請け負ってくれた。
ちなみにその方法とは、この村の出生届が出ている者の中で、成人前に死亡している者が一定数いる。
医療レベルが低く、衛生状態の悪い未開の村なのだから、これはある程度はしょうがないことだった。
ドクターがこの村に来た数年前から、少しづつは解消しているらしいが、……話は逸れた。
その中で、年齢性別がラウナに近いものを探して、ラウナがこの村生まれのその子だと戸籍をでっちあげようというものだった。
確認する手段は、この村にある戸籍の名簿と、首都に送られた名簿の写しだけなので、手続きさえちゃんとやれば、まったく問題はないようだ。
ちなみに、ラウナと同じ年生まれの、ラーラという名の女の子が、幼い頃に亡くなっていて、名簿にその名前が残っていた。
なので今回の場合、ラーラの戸籍を俺が貰い、ラーラの名前を改名してラウナ、ということで、対応するということになった。
戸籍上はサオ族の娘、ラーラ改め、ラウナの誕生だった。

「それはそうと、本当はあまり深く詮索するつもりはなかったんだが、君たちは、いや君はいったい何者なんだ?」

ドクターが俺たちに、いや、俺に疑問に思ったことの質問をぶつけてきた。
俺たちが日本に帰るために、ドクターには色々やってもらってきた。
その具体的な指示とか提案は俺がして、それに対してドクターが、できることとできないことを示してくれた。
ドクターの話の内容を理解して、それに受け答えしていたのも俺で、内容を理解できない清彦は蚊帳の外だった。
外の世界からきた文明人の清彦が、外の世界の制度のことを理解していないのに、
どうみても未開の現地人の俺が、お金だの戸籍だの、さらにラウナが知りようもない外の国のことまで知っていて理解している。
ドクターの目には奇異に映ったらしい。
どうしよう、俺たちの事情をドクターに、どこまで話して良いのだろう?
だけどここ数日のドクターとのやりとりで、俺はこの人は誠実で、信用信頼できる人だと思っている。
ある程度は話してもいいと判断した。
いや、俺は俺の身の上におきたことを、誰かに知ってほしかったのかもしれない。
俺は、ジャングルで遭難してから今までのことを、ドクターに淡々と話し始めた。

この時、自分に都合の悪いこととか、あと敏明の亡霊の夢の話などはうそ臭くなるから、そういう余計なことは話さなかった。
だけど、タマナイ族の秘薬による身体の入れ替わりのことは、今の俺たちの関係の根幹なので、隠さずに話をした。
あとは今の話を、ドクターがどこまで信じてくれたのか、なのだが。

「なかなか興味深い話だった。私のことを信用して、そこまで話をしてくれてありがとう。きみも今までなかなか大変だったのだな」
「シンジテクレルノ?」

さすがに身体が入れ替わっている、などという非現実的なことを、ドクタがーどこまで信じてくれるのか不安だった。
だけど、わりとあっさり信じて受け入れてくれたようなので、俺は少し拍子抜けした。

「まあ、普通なら信じないだろうな。身体が入れ替わっているだなんて、作り話だと思われてもしかたがない。だが」
「ダガ?」
「今の話を聞いて、きみたち二人から感じていた間逆の印象や違和感に、逆に納得したからだな。それにそうだったほうが面白い」

そう言いながらドクターは、どこか面白そうににやりと笑った。
そうだったほうが面白いって……。

「もっとも、入れ替わりが進んで、身体にあわせてスキルや感覚のほうも変化してきた…か、なかなか面倒そうなようだね」
「ソウナンデス、ワカッテクレマスカ」
「ともかくきみたちの事情はわかった。そういうことなら、君たちがここにいる間のことは引き続き、今まで通り私が面倒を見よう」
「ヨイノデスカ?」
「良いも悪いも、一旦引き受けたからには、最後まで面倒を見るさ。私は君たちの事は、気に入ってもいるからね」

ドクターは、俺を安心させるように、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

「アリガトウ、ドクター」
「あ、ありがとうドクター」
ドクターの心遣いに感謝して、俺はお礼を言った。
つられるようにキヨヒコも、お礼を言った。

「ただし、無理に聞きだした私が言うのもなんだが、今の話は他人に話すなとは言わないが、相手は選んだほうが良いぞ。
特にタマナイ族の秘薬とやらのことは、厄介な者に知られて興味をもたれたら、なお面倒なことになりそうだからな。
まあ、きみの近しい身内には、きみたちの秘密は話す必要はあるだろうとは思うがな」

それは、ドクターからの忠告だった。
タマナイ族の秘薬のことを知ったら、それを欲しがる者がいるかもしれない。
今までそこまで考えたりはしなかったが、確かにありうる話だった。

「……ハイ」

俺は小さくうなずきながら、ドクターの忠告を受け入れたのだった。

「あと、もう一つ気になったのだが、きみは彼のことを、それともと彼女だったと言うべきかな?
今でも彼に身体を入れ替えられた事を、きみは許せないの思っているのかね?」
「ソレハ……」

ドクターの予想外の質問に、俺は戸惑った。
できるだけ事実関係だけを話したつもりだったし、その時にキヨヒコをどう思っていたのか、できるだけ感情的な話をしなかった。
なのに、入れ替わりの後に、キヨヒコとの関係が冷え込んでいたことまで悟られるとは、思っていなかった。

「まあ、そのくらい、客観的な状況がわかれば推測できるさ。
特に、そのあたりの話をしているときに、彼の表情が硬くなっていたしな」

そこまで気づかれていたなんて、このドクターには叶わないな。

「アノトキハ、キヨヒコヲ、ユルセナカッタ、キヨヒコヲウランダ」

そう、あの時の俺は、キヨヒコを許せなかった。多分一生許せないだろうと思っていた。

「あの時は……か、では、今はどうなのかね、許せているのかね?」
「イマハ、ユルセテイル、ト、オモウ」
「だろうな、私がきみたちに初めて会った時には、きみたちのいちゃいちゃしたのろけに、年甲斐も無く当てられたほどだったからな」

俺たちをからかうように言いながら、ドクターはからからと笑った。
ドクターのこの言い草に、俺もキヨヒコも赤くなっていた。
もう、このドクターには、本当に叶わないよなあ。

「真面目な話、君はここに来るまでのことを一人で決めて、一人で突っ走ってきた。
そんな君に、彼は必死でついて来た。そんなところだと思うが、違うかね?」
「……チガワナイ、ソノトオリ、デス」

このドクター、本当にするどいと思う。今更だけど。

「今まではそれでも良かったかもしれないが、この先はそういうわけにはいかないと思うぞ」

ドクター曰く、
外の文明社会を知らないジャングルの住人は、外に出たらカルチャーショックを受ける。
ドクターはこの国に来て、最初は都市部でそういう住民に会ったし、この村に来て何人か出戻りの住民も見た。
適応できるかどうかは、本人の資質もあるが、まわりのフォローがあるかどうかも重要なのだという。

「まして国外に、君の母国に行くとなると、彼にかかる負担はその比ではあるまい。
だから、今後のことはきみ独りで決めずに、彼の意思もよく確かめて、今後のことをよく話し合うべきだと思うぞ。
まあ、彼もここまできみについて来たほどだから、どうしたいのかその意思は決まっているだろうけどな」

ドクターの忠告は、痛いほどよくわかった。
そもそも身体を入れ替えられる前の段階で、二人でもっとよく話し合いをしていたら、こうはならなかったかもしれないのだから。

「キヨヒコト、ヨク、ハナシアイマス」
「うん、それが良いだろう。私がいては話し合いの邪魔になるだろうから、しばらくここから離れていることにするよ」

と言い残して、ドクターはこの部屋から出て行った。
後には、俺とキヨヒコが残されたのだった。
いざ二人きりになって、まず何から話そう。
そう思っていたら、キヨヒコのほうから恐る恐る話かけてきた。

「ラウナは、私が身体を入れ替えたことを、まだ怒っている?」

ついさっきのドクターとの会話で、この話題が出た。
ドクターには「イマハ、ユルセテイル」と言ったが、
その前に、「キヨヒコヲ、ユルセナカッタ、キヨヒコヲウランダ」とも言った。
そうでなくても、俺たちの仲が冷え込む原因になった出来事だ。
俺がそのときのことを、今は本当はどう思っているのか、不安になっているんだろう。
俺がどう答えるのか、キヨヒコは不安そうな顔で待っていた。

「サッキモドクターニイッタ、イマハ、ユルセテイル」
「本当に?」
「ホントウダヨ」

許すどころか、今は入れ替わりを受け入れていて、理由があって今はそのことに感謝までしている。
そして、その先の俺の気持ちも今は……。
だけど、そうまで言っちゃうと、キヨヒコはまた調子にのるかもしれない。
だから今は、口では「ユルシテヤル」でとどめておく。
それでもキヨヒコは、「嬉しい!」と言いながら、俺を抱きしめた。

こんな気持ちになるのは、身体を入れ替えられて以来だろうか?
いや、上手く表現できないけど、あの時までとは違うような気がする。
あの時までよりも、今のほうが熱を帯びているような気がする。
俺は、キヨヒコに抱きしめられながら、ドキドキしていた。
今の俺は、キヨヒコのことを強く意識していて、胸の奥がキュンキュン締め付けられていた。
そんな俺を抱きしめながら、キヨヒコが俺の耳元でストレートに囁いた。

「わたし……いや俺は、ラウナが好きだ!
ラウナが行く所なら、俺はどこにでもついて行く!
これからも、ずっとラウナについて行く!」

キヨヒコのその言葉に、俺の心臓のドキドキが跳ね上がった。
嬉しくて、そしてなぜだか恥ずかしくて、今は褐色な肌の色の俺の顔が、赤くなって熱を帯びていた。

「ソレデイイノ?」
「良いよ、ラウナと一緒なら」
「ウレシイ!!」

俺はキヨヒコを、強く抱きしめ返していた。

「俺、ラウナと交わりたい、良いかな?」

俺の目の前には、男の性欲でぎらぎらなキヨヒコの顔が、俺というメスを求めるオスがいた。
この旅の間、キヨヒコはずっと女断ちしていて、男として溜まっていたものがあったのだろう。
そこへきて、俺がキヨヒコを許した。俺との仲が改善されて、お互いの気持ちを再び確かめ合えた。
今まで我慢していたものが抑えきれなくなって、オスの本能が解放されたのだろう。
そんなキヨヒコに、俺は少しだけ怯んだ。
もしこれが数日前だったら、俺はキヨヒコにわりと心を許せるようになってはいたけど、
心の中にはまだ少しわだかまりが残っていて、結局は拒否していただろう。
だけど今は……。

「イイヨ、ダケド、オナカニ、コドモイル……ヤサシクシテネ」
「うん、わかってる、やさしくする」

キヨヒコはじれったそうに、だけどやさしく俺の身体を愛撫しはじめた。
俺はと言うと、キヨヒコとのやりとりの間に、すでに何かのスイッチが入っていたのだろうか?

「ア、アン、アアァ~ン!」

キヨヒコの愛撫に、俺の身体がやたら敏感に感じて、俺は我慢できずにあえぎ声をあげていた。
この身体も、キヨヒコと意識が入れ替えられた後は、ずっと男断ちをしていたんだ。
少し前までの俺とは違って、この身体のほうは、キヨヒコと交わることを、ずっと心待ちにしていたのだろう。
そんな今の俺は、そうだと自覚しないまま、男を求めるメスになっていた。
身体が自然に、キヨヒコを受け入れる体勢になっていた。

俺はキヨヒコを許せなくて、ずっと関係を拒んでいたし、他の男と交わるなんて考えもしなかった。
俺がラウナとして生活している間に、この身体にはだんだん欲求不満は溜まっていったが、俺はオナニーさえしなかった。
そうこうしているうちに俺の妊娠が発覚し、子供を堕ろすと宣言した俺はタマナイ族の村を追放されて、この隣村まで旅をしてきた。
その間は欲求を発散するどころじゃなかった。
だけどこのサオ族の村に到着して、ひとまず生活環境は安定した。
そしてつい先日、俺は敏明の夢を見た。
その夢で、敏明の心を救うことができて、俺はラウナの身体に入れ替えられたことを受け入れられた。
そのうえ、それまで身体を入れ替えられたことで、キヨヒコを恨んだり憎んだりしていた気持ちも消えて、今では逆に感謝までしている。
その夢から目覚めた後は、キヨヒコに接する時の、俺の気持ちも変化していたんだ。



それまで許せなかったキヨヒコと、一緒に旅をする間に、少しづつ気を許せるようになってきた。
だけど、心のどこかにわだかまりが残っていて、それまでどこか最後の一線を引いていた。
その一線が、敏明の夢を見て目覚めた後、わだかまりがなくなったせいで、跡形も無く消えていたんだ。
その後は、それまで抑えていた俺の気持ちが、湧き上がってきた。
俺はキヨヒコの顔を見たらドキドキした。
俺はキヨヒコが側にいると、そわそわして落ち着かない気分になった。
俺は気づいた。今の俺は女のラウナとして、キヨヒコのことを好きになっているんだって。
そのことに気が付いたら、俺の頭の中が、キヨヒコが好きって気持ちでいっぱいになっていた。
だけど、だからといって、今までのことがあり、俺のほうから『キヨヒコのことが好きだ』と、素直には言えなかった。
そんな薄っぺらい俺のプライドが、残りわずかな均衡を保たせていたんだ。
だけど今、ドクターのお節介と、俺なんかよりずっと素直に自分の気持ちを表したキヨヒコが、その均衡を突き崩した。

「スキ! ワタシモ、キヨヒコガ、スキ!!」

ワタシは、それまで意地を張って言わないようにしていたワタシの気持ちを、言葉に表していた。
ワタシは男の清彦だった時に、何度もラウナと交わっていた。
だけど女のラウナになってから、キヨヒコと交わったのは、身体を入れ替えられた直後に、無理やり抱かれた一回きりだ。
一回きりのそれは、実質レイプでしかも相手は自分自身、入れ替わった直後の男の気分が強かったワタシには、それが気持ち悪くて、何よりも男として屈辱的で、気分は最悪だった
なので、その時のことは、よく覚えていない。
その時のワタシにとっては、早く忘れてしまいたい黒歴史だったんだ。

なのにワタシは今、和解したキヨヒコと、再び交わろうとしていた。
これはワタシにとって、女のラウナとして、実質的には初めての交わりなんだ。
ワタシの胸は、期待と不安でドキドキしていた。

「うれしい、俺もラウナが好きだ。だから……こうしてやる」

ワタシを愛撫していたキヨヒコが、今度はワタシの股間に顔を埋め、ワタシのあそこを舐めはじめた。
ワタシのあそこが、キヨヒコに見られて、舐められている。

「ソンナト…コロ、キタナイ…、ア…アァン……ソレニ…ハ、ハズカシイ…ヨ……ヒャン!」
「前のキヨヒコが、ラウナだった俺に、いつもしてくれていたことだよ。だからそのおかえしができて、……なんかうれしい」

そ、それは、そうだったけど。
でも、ワタシ自身がされていると、こんなに恥ずかしいなんて。
そして、こんなに嬉しくて、こんなに気持ちがいいなんて。

今はもう、あの時に無理やりやられた時のような、気持ち悪さも屈辱感も感じていなかった。
それどころか、キヨヒコにもっとワタシを見て欲しい! ワタシを感じて欲しい!
そしてワタシをもっともっと気持ちよくして欲しい! そう思っていた。
同時に、今のワタシは女で、この身体は今はもうすっかりワタシ自身のものなんだなと、改めて感じていた。

「もういいよね、いくよ」
「ウ、ウン」

キヨヒコのイチモツが、ワタシの中に入ってきて、ワタシと一つに交わった。
キヨヒコは初めはゆっくりと優しく、だけどすぐにお互いに気持ちが高ぶってきて、いつしかワタシたちは激しく交わっていた。
やばい、気持ちよすぎてやばい!
女って、こんなに気持ちよくなるの!
気持ちよすぎて、頭の中が焼き切れそう真っ白で、もう何がなんだかわかんないや!

「イクーッ、ワタシ、イッチャウーッ!!」

ワタシは女として初めてイカされて、頭の中が真っ白になった。
ワタシはあえぎ声をあげながら、意識を手放していた。

目を覚ますとキヨヒコが、嬉しそうな笑顔で、ワタシの顔を見つめていた。

「ラウナ、すごく可愛かったよ」
「バ、バカ!」

可愛いと言われて、なぜか恥ずかしく感じて、ワタシは照れ隠しにキヨヒコに抱きついた。
そんなワタシを、キヨヒコはぎゅっと優しく抱きしめてくれた。
そうしていることに、ワタシは幸せを感じていた。
幸せを感じながら、
ワタシ、ずっとこのままでいたい。
もうキヨヒコと離れたくない。
ワタシはハッと気が付いた。
そうか、きっと前のラウナは、こんな気持ちだったんだ。

身体を入れ替えてまで、ワタシを引きとめようとした前のラウナの気持ちを、
ワタシ自身がラウナになって、こういう気持ちになったことで、初めて理解したのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

事が終わって、お互いの気持ちが落ち着いた後、改めて今後のことを話し合った。
ワタシは日本に帰りたい。だけどジャングル育ちだった元ラウナの現キヨヒコには、日本は窮屈かもしれないことを伝えた。
それでもワタシは、最終的には、「フタリデ、イッショニ、ニホンニイキタイ」とキヨヒコに願った。
キヨヒコは嬉しそうに、「俺もずっとラウナと一緒に居たい。ラウナの行きたいところに、どこへでもついていくよ」と言ってくれた。
キヨヒコのその返事に、ワタシは「ウレシイ」と言って抱きついた。
二人の方針が決まり、今後どうするのか、改めて細かい部分の話し合いをすることになったのだった。

ワタシは、ちょっとずるいかもしれない。
実はキヨヒコよりワタシのほうが、ずっと立場が弱いことを、意図的に隠していたのだから。
今のキヨヒコが『やっぱり日本に行かない』と言い出したら、ワタシは日本に行く伝を失ってしまう。
あるいは、キヨヒコだけが日本に帰って(?)、ワタシがここに置いていかれても、ワタシはそれに抗することもできない。
清彦の立場だったら、身元の不安定な現地人の少女を、日本に連れ帰る労力を考えたら、置いて行く方が楽なのだから。
入れ替わる以前のワタシなら、ラウナを連れて行かなかっただろうし、両親や家族は、得体の知れない現地人の少女を、一緒に連れ帰ることを望まない可能性が高い。
どうにか清彦の家族が、その気になってくれたとして、今度は手続きが色々面倒だろう。
それでも、今のワタシが日本に行くには、清彦に頼るしかないのだ。
そして、そんな理屈とは別に、今のワタシの心は、キヨヒコとは離れたくない。と思っていた。
だからワタシは、内心の不安を隠しながらキヨヒコをぎゅっと抱きしめて、こう囁いていた。

「イッショニ、ニホンヘ、イコウネ」
「うん、ずっと一緒だよ」

キヨヒコのその答えに、ワタシの心の不安が少しだけ和らぐのだった。
そんな調子で、二人で日本に帰る(行く?)方針は定まった。
そのための手続きや準備は、ドクターやキヨヒコに、色々してもらっていた。
だけどいい加減ワタシ自身も、準備をしなければいけない。
そのためには、まずこの診療所の外に出なければいけないのだが、素っ裸で外に出歩くわけには行かない。
なので、この村の女性用に支給された、下着やTシャツなどの一部を、ドクターの世話でわけてもらったのだが……。

「コンナノ、イキグルシイ! アツクルシイ!」

今のワタシには、そんな薄手のシャツ程度が、やけに暑苦しく感じられたのだった。

実はワタシは、身体を入れ替えられた直後に、服を着ようとしたことがあった。
身体がラウナになっているからといって、常時素っ裸はいやだ。
せめて身だしなみくらいは文明人らしく振舞いたい、俺はここの連中とは違うということを示したい、そう思ったのだ。
だけど、キヨヒコの予備のTシャツを身に着けてみて、その暑苦しさ、息苦しさに、すぐにイヤになった。
ずっと素っ裸で生活していたラウナの身体では、裸でいるほうが自然だったし、身体に余計な締め付けがなくて楽だったのだ。

「まあいい、ここでは村人みんな裸だから、裸だからって人の目を気にする必要はないんだし……」
「今更ちょっとくらい見られたからって、恥ずかしいもクソもないんだしな」

タマナイ族の村ではこれが当たり前だったし、ワタシはすぐに妥協した。
そしてわりと早いうちに、ワタシは裸で生活することに慣れてきて、抵抗感も感じなくなっていった。

意外だったのはキヨヒコだ。
身体を入れ替えた直後は、早速服を脱いで、素っ裸になってみたのだが。

「……ナニカ、キモチ、オチツカナイ」
「ココヲ、ミラレルノ、イヤ、ナンデ?」

そんなわけでキヨヒコは、それまでラウナだった時にはしたことのない、服を着た生活を始めていた。
それが今でも続いているのだった。

そんなわけで、ワタシは最初は、「マア、イイカ」で、すっかり慣れた裸のままで、診療所の外に出て、サオ族の村に出てみた。
サオ族は、タマナイ族と先祖が同じで、かつては生活習慣も同じだった。やはり裸の生活をしていた。
だけど今は、ある程度外の世界の文化に触れて、それが恥ずかしいと感じるようになり、裸の生活はやめて、服を着るのが当たり前になっていた。
ワタシはたちまち、そんな村人たちの好奇の視線にさらされた。
特に若い男たちが、舐める様な視線でワタシの身体を見ているのが気になって、今まで忘れて(?)いた、ワタシの羞恥心が大きく刺激された。
男たちに裸を見られて恥ずかしい、あの視線はなんかイヤだ!
ワタシは思わず身を縮こまらせて、手で胸元や股間を隠そうとしていた。こんなこと初めてだった。

「見るな、見ちゃダメ!」

慌ててキヨヒコが割って入り、男たちの視線を邪魔してワタシをかばった。
そしてワタシはキヨヒコにかばわれながら、一緒に診療所へと逃げ帰ったのだった。




「ラウナ、服を着ないで、外に出ちゃダメだ!」

診療所に戻った後、キヨヒコは強い調子で、ワタシを制止した。
その意味も理由もわかるけど、若干反発も感じた。
裸で過ごすのは、元々タマナイ族の風習だし、元々あなたがラウナだったときの習慣で、その通りにしただけなのにと。

「ドウシテ? タマナイノムラデハ、アナタモハダカダッタ、ハダカデヘイキダッタ」
「そうだったけど、でも今は嫌なの! 特にラウナの裸を、他の男に見られるのは、すごく嫌なの!」
「ヤキモチ、ヤイテクレルンダ」

キヨヒコが、ヤキモチを焼いてくれたのが嬉しくて、つい抱きついていた。
それはそうと、ワタシはこの時のショックで目が覚めた。というか思い出した。
ワタシは何をすっかり、ラウナの身体での、裸での生活に馴染んでいたんだよ!
この村のさらに外、都市部や日本の文明社会はこんなもんじゃない。
向こうでは裸での生活なんかできない。
このままじゃダメだっていうことを、ワタシは知っていたはずなのに。
ワタシは危機感を覚えた。
改善しなきゃ。
ちょっと前に、ほんの少しだけ身につけて、すぐに脱ぎ捨てていた女物の下着を、ワタシは再び身に着けた。
そしてさらに、サイズのゆったりとしたTシャツに、ホットパンツを身に着けた。

本来はこの程度なら、まだ露出も大きく締め付けも緩い、緩やかな服装のはずだった。
なのに今のワタシのこの身体は、この程度の軽装でも、身体を締め付ける圧迫感を嫌がって、この服をすぐにでも脱ぎ捨てたくなった。
こうまでして、文明社会になんかに戻れなくてもいいじゃないかと一瞬思ってしまって、ワタシの心がくじけそうになる。
そう思ってしまったことに気づいて、ワタシは愕然とした。
今ワタシは、何を考えていた?
ワタシは日本に、文明社会に帰りたかったハズなのに、この身体がそれを嫌がっていた?
ワタシの心が、それに同調しかかっていた?
嫌なことを考えそうになって、ワタシは頭を振ってすぐにそれ追い出した。
日本に帰るために、この身体がどんなにイヤがっても、今から少しでも服を着る生活に馴染ませなきゃ。

「キュウクツデモ、ガマン、ガマンシナキャ」

ふと思った。
たかが服を着る程度のことで、今からこの調子では、この国の都市部や、さらに日本へ行った後のことが思いやられるなと。
……ワタシはまたなにを考えてる?
ワタシは元々日本で生活していたのに、その生活に馴染めないなんてことが、あるはずないのに。
ワタシはまた頭を振って、そんな嫌な考えを、頭からすぐ追い出したのだった。

気温が高くて湿気の多い熱帯のジャングルでは、裸での生活は、実は合理的だったんだな。
などと、ラウナの身体で服を身に付けての生活を始めて、最初はそんな感想ばかり抱いていた。
身体が締め付けられたり、窮屈に感じるだけでも嫌なのに、さらにこの暑さの中で服を着ると、余計に暑苦しく感じたんだ。
文明社会に復帰するためには、それでも服を着ていないといけない。理屈ではわかっているんだ。
なのに、……あー、こんなわずらわしい服なんて、全部脱ぎ捨ててしまいたい!
なんて衝動にかられて、それを抑えるのに苦労した。

でも、そういう生活を数日続けているうちに、ようやく身体のほうも、服を着る窮屈さや暑苦しさに慣れてきてくれた。
そうなってくると、元々アウトドアだったラウナの身体は、じっとなんてしていられない。
ワタシは再び診療所の外に出て、村の中を散策したりしてみた。
サオ族の村は、タマナイ族の村よりは大きい。でもやっぱり小さな村だった。
だけど、どこか停滞感のあったタマナイ族の村よりは、活気があるように見えた。
最大の違いは、村に子供が多くて、あちこちで遊んでいることだった。

「オネエチャン、ドコカラキタノ?」

そして子供たちは、他所から来た珍しい客のワタシに、興味深そうに接してくるのだった。
あと、村の若い男たちも、外を出歩いているワタシのことを、興味深そうに見つめていた。
普通に外から若い女が村に来たということで、興味をもたれているということもあるのだろうけれど、
ワタシがかつてサオ族と交流のあった、タマナイ族の女だということにも、興味を引いている理由みたいだった。
身体のほうはそうだけど、中身は日本人なんだけどなあ。

それはともかく、狩人としてジャングルに出入りしていた男たちは特に、
先日村の外のジャングルで、助けたワタシのことを気に掛けてくれていたみたいだった。
その中から、精悍そうな若い男の狩人が一人、狩人を代表して、散策していたワタシに声をかけてきた。

「アナタ、スッカリゲンキニナッタ、ヨカッタ」
「アノトキハ、タスケテクレテ、アリガトウ、オカゲデワタシ、スッカリゲンキニナッタ」
「アレカラズット、アナタノコト、シンパイシテタ、マタアエテウレシイ」

若い狩人の男に、真顔でそう言われて、ワタシは少しドキッとした。

「だめ、これ以上、ラウナに近づくな!」

その時、すぐ側にいたキヨヒコが、ワタシと若い狩人との間を邪魔するように、割って入った。
どうやらキヨヒコは、若い男がワタシに近づくことに、やきもちを焼いてくれていたみたいだ。
そのことに、ワタシはほっとしながら、少し嬉しいと感じていたのだった。

ちなみに、この後もこの男は何度かワタシに声を掛けてきて、
その度にキヨヒコが男の邪魔をする、を何度も繰り返した。
そのうちにこの男が、何人も彼女のいるプレイボーイだとわかったり、
ワタシがその彼女の一人に絡まれたり、色々あったのだけど、それはまた別のお話ということで。

そしてその後の数日を、ワタシは無駄には過ごさなかった。
ワタシたちがこの先どうするのか、ドクターに相談に乗ってもらい、その交渉や準備をしていた。
ワタシたちの方針は、この村を出て、この国の首都まで移動して、さらに最終的には、二人で日本へ帰ることに話し合いで決まった。
ドクターの協力で、まずはワタシたちがこの村の外に出て、この国の首都に移動する準備をすることになった。
さらにその移動先で、しばらく滞在できるように、受け入れ先の相談をして、交渉までしてもらっていた。
こういうことは、そんな知識や伝手のない、この村の住人にはできなかっただろう。
この村にドクターがいてくれてよかった。ドクターには頭が上がらないな。
そしていよいよ、ワタシたちはこの村を出て、この国の首都へ移動することになった。

この村に定期的に、荷物を運ぶ交易のトラックが来ている。
その帰り道に、村からの荷物と一緒にワタシたちも、もっと交通の便の良い別の村まで運んでもらうことになっている。
そしてその移動先で、ドクターの連絡を受けた人物が、ワタシたちを迎えに来て、その先の面倒を見てくれることになっていた。

「ココマデデキタノハ、ドクターノ、オカゲデス、アリガト」
「ドクター、ありがとう」
「なに、私にできるのは、きみたちがこの村を出るのを助けて、その受け入れ先を紹介するまでだ。
そこから先は、残念ながら私も力になってやれない。国内ならまだしも、国外への移動、特に日本への移動となると……な」

もうすぐ出発の時間、別れの時が近づいてきて、しんみりと寂しさがこみあげてきた。

「ドクターニハ、タクサン、オセワニナッタ、ナノニオレイガデキナクテ、ゴメン」
「良いんだよ。短い間だったけど、私も楽しかったよ。
そうだ、たいしたものじゃないが、これをもっていくが良い」

そう言いながらドクターが渡してくれたのは、プリンターでプリントした写真が数枚だった。
そういえば、村にいる間に、ドクターがデジカメで写真を撮ってくれていたっけ。
ワタシとキヨヒコは、一緒に写真を見た。
短い間の出来事が思い出されて、感傷的な気分になった。
特に、ドクターと一緒に三人で写っている写真を見て、涙が溢れそうになった。

「この程度の物でもうしわけない」
「イエ、アリガト、ウレシイデス、タイセツニシマス、サヨナラドクター、オゲンキデ」
「さようならドクター」
「……ああ、二人とも元気でな。二人そろって無事に日本に行けるように祈っておるよ」

こうしてワタシたちは、世話になったドクターと別れて、サオ族の村を後にしたのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

最後に、ちょっとだけドクター視点

二人を乗せたトラックが、村を出て行って見えなくなった。

「行ってしまったか、寂しくなるな」

この村に単身で赴任して数年、診療所での一人での生活には慣れたはずだったのだが、
ここ最近は、二人がいたおかげで診療所は賑やかだったから、反動で寂寥感を感じていた。
ドクターはふと、胸のポケットに入れていた、カードケースを取り出して、中の写真を見た。
それは妻と一緒に、息子夫婦と家族で撮った写真だった。
中央には、まだあどけない笑顔の孫娘も写っていた。
そしてこの写真に写っている中で、今も生きているのは自分だけだった。
事故で家族を一気に失ってしまったのだ。

ショックで、落ち込んでいたところを、未開の村の医師にならないかと話を受けて、紆余曲折を経て、この村に赴任してきたのだ。

「ヘンだな、全然似ていないのに、あの娘を見ていたら、なぜか孫娘のことを思い出していた」

もし孫娘が生きていたら、今頃はあのくらいの年齢になっていただろうか?
そのせいでラウナと孫娘を、つい重ねてみてしまったのかもしれない。
必要以上に親身になっていたのは、そのせいでもあった。
そんな風に、しばらく感傷に浸って佇んでいると、

「ドクター、コンニチハ」

村の子供たちに声を掛けられた。

「ドクター、ドウシタノ、ラウナタチイナクナッテ、サミシイノ?」

子供たちが心配そうに、私を見つめていた。

「イヤ、ナンデモナイ、ダイジョウブ、アリガト」

この村に赴任して、村人たちの健康を見てきた。
その過程で、子供たちの中には、ドクターと仲良くなって懐いてくれた子もいる。
まだ幼い子の中には、私が出産に立ち会った子もいた。
そうだ、この子たちも、私にとっては子や孫みたいなものなんだ。
この子達のためにも、今後もがんばらないとな。

ドクターはその後も、この村に留まって、医療活動を続けた。
そして、この村の人たちに慕われながら、天寿を全うすることになる。
そして十数年後、ラウナたちが再びこの村に訪れた時に、この村に文字通り骨を埋めたドクターの墓と再会することになるのだった。

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ボツになった展開。
ラウナになった清彦が、全てを諦めてタマナイ族の村に残っていた場合。

初期の考えた話だと、ラウナから生まれる子供は男の子の予定でした。
といいますか、清彦が種付けをしたタマナイ族の女の出産ラッシュで、孕んだ者は、大部分は男の子の出産の予定です。
(その後の出産は、男女のバランスが取れていた予定。多分)
で、当時のネタばらしぎみに、村に残っていた場合のその後はといいますと、
ラウナ(清彦)は、嫌々ながら子供を出産、だけど生まれた子供を愛することができずに放置。
子供は他の子供の生まれた母親たちに共同で育てられ、特にタリアに愛されてタリアの生んだ子と実の兄弟のように仲良く育つ。
清彦(ラウナ)は、ラウナ(清彦)と仲直りすることができず、だけどその寂しさを埋めるように種付けを続け、子供の量産w
だけど清彦の身体は、ジャングルの気候での長期生活にはあわず、数年後に病死する。そんな予定でした。
元の自分の身体が死んだ後も、ラウナとして村で引きこもり生活を続けることになる清彦は、どんな思いで行き続けることになったやら。
タマナイ族的には、子供の量産でめでたしめでたしなのですが、当事者たちには救いがないし、ボツでもしょうがないかもですね。
よつば板で、催促の書き込みがあったので、図書館に上げてみました。
続きは考えていましたし、書きたいと思っていますが、今の所は未定です。

当時のあとがきなどを再構成

この話はわかば板に張られていたイラストを見て、ふと思いついた話をなんとなく書き始めました。
その最初の予定だと、種馬として身体を奪われた清彦は、すべてを諦めて、現状を受け入れて終わる予定でした。
なので話としては、ラウナとしての生活を受け入れて、子供も生まれた後日談まで書いて終わらせるつもりでした。
それがラウナになった清彦が、思った以上に強く反発してしまった。キャラが意地を張ったんです。
そして張った意地をそのまま張り通してしまいました。だとしたら作者としては、それに答えてやるしかなくなったかなと。
あと、思いつきで書いたので、最初は設定が曖昧でした。もっとも今でも曖昧ですけど。
いまさらですが、後から決めたキャラ設定など簡単に書いてみます。

清彦は大学生で、成績も運動能力も並、容姿も平凡、性格は普段は温和で根は優しい。
性別は男、年齢は21歳。友達に誘われて旅行に来て遭難した。そう決めた。

ラウナはタマナイ族の狩人で、今や一位二位を争うほど優秀な狩人である。獲物の気配を読むのが上手くて、特に弓が得意。
性別は女、年齢は16歳。ただし発育の関係で、身長は小柄で童顔で、年齢よりも外見は幼く見える。
とはいえ、イラストの絵よりも、ラウナの外見はもっと大人っぽいイメージです。
男勝りで気が強いように見えて、実は寂しがりやで甘えん坊。

あと、ドクターは最初の予定にいなかったキャラです。
最初のスレの寿命を気にして、話を早く進めるために出したキャラなのですが、
便利すぎるこのキャラのせいで、かわりに、サオ族の描写がほとんどなくなってしまいました。
サオ族はタマナイ族と比較の予定だったのですが、話を早くすすめるためにスキップしたという部分もあります。
まあ今更しかたないですが。
E・S
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12.100きよひこ
来日編や出産・育児編がいずれ描かれるのを楽しみにしています!
13.100きよひこ
上記の方に、激しく同意。私も出産・育児編が楽しみです。
35.100全裸のきよひこ
催促するつもりはないけど、2年も更新がないと、心配になる。
続きは書かれるのだろうか?全裸で待機しています。