集めると願いの叶う竜の玉、そんなものは現実世界に存在しなくて良かった。
いや、存在はしても良いんだけれど叶った願いがまずかったのだ。
願い事の内容は『男女の差を失くして欲しい』というものだ。
願いを言った主は不当に差別されている女性の地位を向上させたいから、こんな願いをしたんだそうだ。
今となってはその人が当時何を思ったかも、今何を思っているのかも知る術はない。
結果願いは叶った。
男女関係なく、色々な人と人とで入れ替わりが起こるという形で。
自分というものがすぐに別人に変わってしまう。その人物に男も女も関係ない。
自分という存在がすぐに別人となってしまうんだから、性別によるボーダーなんてオマケでしかない。
元々の俺の名前は、酒井清彦という。
当時24歳のごく普通の営業系の勤め人だった。
それがXデイを過ぎてから1か月ペースでコロコロと入れ替わって6人目だったかな?
6人目の女性、双葉鏡花に入れ替わってから人生が大きく変わった。
最初の女子大生の坂神若葉だった。
そもそも女の体以前に、見た事もない場所と妙にきつい方言に苦戦して苦しんでばかりで終わった。
良くも悪くも、入れ替わって悪戦苦闘する人間が多かったため慣れない女子大生生活でも助けてくれる人が多かったのが救いだ。
とは言え、友人・知人が元男に変わった事で嫌な顔をされることが多かったのも事実だ。
何人もの友人と疎遠になってしまってゴメンよ。若葉さん。
人間の温かさと、冷たさ。その両方を味わう事となった一か月だった。
せっかく女になったんだからちょっとくらい女の体を味わった方が良かった。
…なんてことを考えたのは1か月後の事だった。
気がつけば俺は別の人間になっていた。今度は俺と同じくらいの年の男性で工場勤めの人だ。
場所が関東だったので言葉は通じ、体も成人男性のものなので違和感は無かった。
その意味では若葉さんの時よりも楽と言えば楽だった。
だが慣れない仕事で、とても仕事にならなかった。
フォローは無とは言わないけれど、かなり厳しかった。
女子大生と社会人男とじゃ周囲の扱いが違うという事だろうか?中身が同じだけど。
3人目と4人目はどちらも若手の社会人女性だった。
3人目の霜月葵さんには謝っておかなければならない。体を色々と弄ってしまって…。
かなりの美人さんであの顔や体を見たらついムラムラして…本当に申し訳ない事をした。
でも女の体で生理も結構ツラいんだしオナニーくらい自由にしてもいいよね?
この言い訳は元の葵さんの考えなんだろうか?
あの体になってから元の自分じゃ考えないような事を考えてるし。
ワレメに指を入れてくちゅくちゅする動きはなんか体が覚えてたし。
OLの経理業務は不慣れだったけど、やってみれば意外とうまくこなせたので前の明人さんよりマシか。
美人なおかげで割とチヤホヤされてたし。
4人目の姫川清美さんにはある意味でもっと謝らなければいけない事をしてしまった。
彼女には彼氏がいて、その彼氏と破局してしまったのだ。
『元の自分よりも美人な女と付き合うのってスゴイ嫌なのよね』
彼氏(人格は入れ替わった女)はずっと清美さんと付き合うのがツラかったようで、清美さんが
別人になったら別れようと心に決めていたらしい。
『好きでもない相手、しかも女相手にデートに誘ってお金出して挙句エスコートするなんて
生理がないのと立ちション可能程度じゃ割に合わないのよ』
妙に女言葉が自然なイケメンは、とある業界の人っぽかった。
男の体と女の人格なら同じようなものか?
5人目の青年はやや幼い顔の大学生だった。
女画尾で幼い感じなので21歳だけど少年って風貌にも見える。早乙女清彦という名だ。
妙に真新しいランジェリーは前の人が女だった頃の名残だろうか?
ショーツの前の部分が不思議とパリパリになってたり黄色いしみがついている点には触れないでおこう。
こうやって暴露してるけど。
この頃になると女の体にも女の下着にもすっかり慣れていて、女パンツの着用も抵抗は無かった。
前2人2ヵ月間女で、しかも姫川清美さんは仕事柄、女性らしい態度や言葉遣いを求められた。
その為、私は敬語ベースでありながらも女性らしい言葉遣いには慣れております。
スカートもお化粧も女性平均なら超えられる程度に使いこなせてますわ。
そもそも一人目がお小遣いの少ない女子大生だっただけに自前の女服を着続けていたからね。
女装?が嫌でも男服を買うのは悪い気がする、持ち主の多くないお金を無暗には減らせないから。
世界確変後の持ち物の所有権は体依存だ。
入れ替わったフリをする悪い詐欺師もいただけにこの先も所有権は体依存が基本だろう。
女性が続いたせいか、はたまたあの体の前の持ち主が女性だったからか女パンツ…というかショーツの
着用も座ってのお手洗いもごく自然にこなせた。体は男なんだけどね。
不思議と女っぽい行動の方が落ち着くんだよね。
そして6人目の人物、堺双葉の体へ移動した。
入れ替わった時の俺はもういっぱいいっぱいで生きていくのも嫌なほどだった。
無理しつつ、わずかな楽しみを見つけつつも毎月変わる環境にもう耐えられなかった。
特に前回が大学生なのを良い事にサボり気味だったのが新しい体になった時のツラさを際立てた。
元の体の持ち主に迷惑をかけたくないから自殺をする気は無かった。
でも、世の中は勝手な人間も多いようで自殺者が後を絶たない。
最近下がっていたらしい自殺率が急上昇し10倍近くになったんだとか。
男性の方が3倍近く高い自殺率を出すらしいのだか、その点は相変わらずだ。
その時の人格が男か女かは分からないけど。
『もう、こんなの嫌だ!!』
新しい体に気づいた俺はまず泣き出した。
この半年にも及ぶ我慢も限界に達し、死のうかとも思った。
その時止めてくれた人が、彼氏の飛田利明さんだった。
包丁の切れ味って案外悪いんだろうか?恐怖で勢いがなかったかもしれないけど。
あのまま止められなくとも刃が心臓に達する威力では無かった。
でも、利明さんの腕には深さ1センチ位の傷が出来てかなりの出血をした。
出欠を見て大慌て、大泣きする私に対し。彼はわめきも痛がりもせず、私をなだめてくれた。
彼の強さと優しさに一目惚れをした。双葉の体が彼を求めた。恋ではなく甘えや依存である。
色々な可能性が考えられるが、私が女として男性を強く求めた点は変わりない。
昼間の事務仕事を終え、彼のいる家へ帰るのが楽しみになった。
遅くなる彼の為に晩御飯を作ったり、洗濯物を干したりするのが楽しかった。
思えば入れ替わり生活を始めてから、誰かのために動いた事なんてなかった。
誰かの為、特に好きな人の為に働けるのってすごく幸せな事なんだって初めて知った。
2日出勤した金曜日の夜に彼と彼女、利明さんの事と堺双葉の事を聞いた。
恋人という事は聞いていたし、同棲しているから深い関係なのは分かったが婚約者なのには驚いた。
この迷惑な願い事がなければ、今頃結婚できていたのだと聞くと今までで最も殺意が沸いた。
彼も今の状況が苦しいに決まっている。それでも嫌な顔や苦しそうな顔は全く見せなかった。
彼が入れ替わった存在か、元々の人格なのか、中身の性別がどっちなのか?
ハッキリとは聞きにくかったので遠回しに聞いてみた。
利明と双葉でいたいと言われ、答えは分からなかった。
でも、私自身が双葉でいたいと思ったので承諾した。
彼はとても素敵だし、双葉も外見はすごいいい。
結婚を妨害された二人だけど、この素敵であろう夫婦は私も応援したいしこんな風になりたい。
前の持ち主の遺志?を継ぎ疑似夫婦関係をとることになった。
人生バラ色
この言葉を自分の人生に使う日が来るだなんて考えた事も無かった。
それなりにきついけど条件は割といい(有給の消化率と残業の少なさで)労働環境の事務仕事と家での同棲生活。
恵まれてはいるものの、ありふれた人生でしかない。
でも感じる幸せ度合いは今までの人生で圧倒的に高かった。
この体の双葉が彼との一緒を喜んでいるのかも知れないし、私自身の恋心によるものかもしれない。
そうそう、最初は無理して一人称を俺にしてたけどホントは私なの。
双葉の体か暮らしが、私に女らしさを与えたのだ。
この体になってから、将来の事とか不安になる事は多い。
今は幸せだけど、この先にどんな不幸が待っているかも分からない。
何より双葉で無くなれば利明さんとの接点が無くなってしまう。
不安におびえ、ときには泣き出す私を彼はいつも優しく受け止めてくれた。
その時彼はよく言ってくれた。不安に怯えるのならまず現状を知ろう…と。
その時の私は常識ともいえる、入れ替わる時期も、法則も、やった方が良い事も何も知らなかった。
入れ替わる時期は毎月の月末で、必ず入れ替わる事じゃない事はこの時初めて知った。私は毎回入れ替わっていたから。
でも利明さんは少なくとも前回は入れ替わってない。利明さんの落ち着きって、入れ替わり直後の様子じゃないものね。
自分についてあまり話したがらないのは気になったけれど、でも利明さんは信用できる人だった。
彼の言う通り、双葉の前の主(計3人)は日記や記録を残していた。慣れない女の体で奮闘しつつも優しい彼氏は
男の人格の彼女を毛嫌いせず、別人になった元婚約者の慣れない環境を気遣っていた。
彼女、彼かな?元の入れ替わり双葉は利明さんに恋をしたんだろうか?
感謝をしてるのと頼っているのは良く分かる。日記につづられる内容は彼に助けられたものが多い。
でもそれだけの感情でとどまったのかは分からない。少なくとも私は違うから。
ただ、前の主の一人称はオレなのでセーフかな?だといいけど。
…って誰に何の対抗意識を持ってるんだろう私って。
そんなこんなで幸せな日々は早くも3週間経過した。
運が悪いと来週にはまた入れ替わってこの幸せな生活が終わってしまう。
利明さんがいなくなっても幸せの大半が消滅だ。
この流れに抗う策は知らない。だから私は利明さんにアプローチをかけたのだ。
『ねぇ利明さん♥最近ずっとしてなくて大変じゃない?』と。
彼の方も満更ではない様子だったが、『でも君に出来る?男の相手って気持ち悪くない?』と遠慮気味だった。
この数か月間で女の体や格好にもすっかり慣れた。
一人称も私だし口調も女らしいものが自然になった。間違って立ってのトイレとかあり得ない。
男として生きた方が混乱しそうなくらい私はもう女の生活に馴染んでいた。
とは言えエッチは別である。
男のチンコを私の女性器に入れられるとか正直吐き気がする。
利明さんが相手なら吐き気はしないでも、それでも抵抗は強かった。
結局私は、自分で誘っておきながら胸で挟む、いわゆるパイズリが限界だった。
股や口でするのは、何が邪魔をしたのか分からないが考えただけで拒否反応を起こした。
彼が気持ち良くなってくれたのかはよく分からない。する前から大きくなってたのに射精まで時間かかったし。
ただ、一杯射精をしたのと。終わった後で優しい声を出して『ありがとう、嬉しいよ』とは言ってくれた。
本当に良かったのか、彼が優しさ故にそう言ってくれたのかは分からない。
どちらにせよ、ご奉仕をしても利明さんが素敵だったのは間違いない。
対して私は情けない。パイズリに逃げた挙句、たくさん出してくれた精液をほぼ舐めもせずシャワーで流したから。
女性としてのセックスは抵抗があるけど生臭くておいしくないミルクを、次回までには頂けるようにしよう。
女子力不足の私は、来るかも分からない次回の為に気合を入れた。
その翌週、ついに運命の1か月後がやってきた。
私はせめてもの思い出の為にパイズリベンジをした。
ネットで必要っぽい情報を集めイメトレをしたのが良かったのか、今回は射精に導くのが早かった。
生臭くてまずいミルクも、メイドイン利明と自分に言い聞かせたらマズくは無かった。
『今回は良かったよ』と照れ気味に言う彼を見て満足しつつ、前回はやっぱり駄目だったんだと落ち込みもした。
利明よ、前回はやっぱり嘘をつくとは嘘つきめ。そして色男め。
行為で疲れたせいでウトウトしていた私を待っていたのは朝の陽ざしと、変わらぬ自分の体だった。
今月はどうやら入れ替わらないようだった。そして安心したらどっと生理がやってきた。
重要度で言えば、入れ替わらない事>>>>>>>>>>生理の筈だけど、続投が分かった後だと女の体を後悔した。
我ながらスゴイ現金な奴だと思う。
すかさずナプキンを用意してくれる利明はやっぱり頼りになる。
なんでも前の双葉(中身が男)の為に何度かナプキンを買いに行った事があるらしい。
私は女の体でもナプキンの購入は未だに出来ないのによくやると思う。元は女?
いや、詮索はよそう。利明の魅力が分かればそれ以上の事は望まない。
最後の夜かも知れない。
あの夜はそう思って変なテンションで過ごしたので、利明さんとは呼ばず呼び捨てだった事もあった。
その名残か、また1か月は一緒にいられるからか、いつの間にか彼の呼び方から『さん』が取れた。
運が良かったからかは分からないが、その後も両者続投が続いた。
私は彼との幸せな何気ない日常を噛み締めた。
いつか終わるかも知れない、そんな未来はなるべく考えないようにしていた。
週末は隔週くらいでデートだし、遊びに行けなくとも家の買い出しに行くのも彼と一緒だと楽しかった。
でも、実は平日の夜に彼の晩御飯を用意する時間が一番幸せだったかもしれない。
利明の為に私って動いているんだ。…そう思えるイベントが一番幸せという事だろう。
女の、彼の女の人生が続く事で私の中身も変わっていく。
双葉になった清彦ではなく、清彦だった記憶もある双葉になる。
ベースは双葉、ベースは女、利明の彼女であることが私の根源となっていた。
それほどまでに双葉を受け入れていた私が彼とのセックスに踏み切れないのは、男の痕跡が邪魔だからか?
やっぱり彼とは言え、男に抱かれるのはハードルが高いか?一体どちらだろう。
ただ、パイズリ以外にフェラも出来るようになったのは進歩だと思う。
利明のならペニスも汚いとは思わないし、口の中にいれたら大切にしたいと思えるようになった。
5度目の例の夜をどうにか乗り越えた。つまり彼との生活も半年は出来る事になる。
もしもの時の為に書いておいた日記も運よく役には立っていない。
毎月の続投決定日はお祝いでご馳走になるのが習慣化した。
彼は翌日の仕事に響くからって乗り気じゃないけど、私は祝いたくてしょうがないのだ。
もう私はすっかり女、双葉が身についた。出来る事なら一生双葉でいたいと思うくらいだ。当然、その横には利明がいる。
包み隠さずに言うと彼と結婚したい。そして一生2人ともこのままでいたい。
彼に対しての好意はもう留まることを知らない。留まるなんてあり得ない。
利明が顔でも声でも表情でも、なんでもいいから喜んだようなものが欲しい。
彼の笑顔が見れたら、上司が男嫌いで女に手を出すようなセクハラおばさんの人格になってもいい日だと言い張れる!!
でもこんなにも利明と結婚したいと思いながらもプロポーズはしないし出来ない。
元ヘタレ男の、甘えてばっか女からプロポーズはハードルが高いし…。
何より彼も私を求めているのかが分からない。
彼が優しいのは性格によるものであって、私が好きではないんじゃないかって。
事実、私と婚約者の双葉さんは別の人格だ。
同棲生活が長いとは言えそこをはき違えるほど、私はお花畑じゃない。
結局私の選んだ手はとても汚いものだった。
『いつか双葉さんが戻ってきたときの為にちゃんと結婚の準備をしよ?』
私は彼の好きな人をダシにした。
流石の利明も気分を悪くしたんだろう、返答の声は明らかに不機嫌だった。
『双葉との結婚の準備は万全、あとは互いの気持ちだけ。あとは2人が揃うだけ』
私は双葉さんじゃない。そう言われたようなものだ。
まぁ彼の大切な人をダシにする悪女には多少きつく言ってやってもいいだろう。
『双葉の為を思うなら 初めて の結婚を迎えられるようにしないとな』とかね。
自分が悪いとは言え、初めて利明に優しくない言葉をかけられた。
厳しい言葉がなかったわけじゃないけど、彼の厳しさはもっと大きな優しさがセットだった。
利明に対しては耐性が皆無な私は無様にも泣き出したのだ。
彼はまだ怒っているのか、今回ばかりはしばらく私を放置していた。
怖い顔をされて、しばらく無視されて、冷たくされてようやく今まで自分がいかに恵まれたいたのか分かった。
いや、まだ恵まれた環境にいたんだった。
泣き疲れて眠って、目を覚ましたら私はベッドの上にいた。
私を床から運んだ彼は、ソファーで座っててそのまま寝落ちしたようだ。
私が昨夜の記憶を呼び覚ましていると、彼も目を覚ました。
まず出した言葉は『昨日は悪かった』だった。
何を言っているんだろう?最愛の女性をダシにするような女に謝る事なんてないのに。
私が反論をし出すと、彼は私を遮った。
『もし君が、君自身が真似事でない俺の夫婦生活を望むのなら俺はその言葉を軽く扱わない』
予想したのと大きく違った文字群は、その時の私には難解に思えた。
しばらく考え、一瞬心臓が止まりそうになった。
『プロポーズって御大層なものじゃない。現に俺がプロポーズする気があるのは初代双葉だけだ』
天国から地獄、上げて落とすの基本を忠実にこなすのは出来る男の証だ。ショック過ぎて言葉も涙も出なかった。
『でももし君が双葉としてでも、清彦さんだっけ?清彦としてでもいいが、俺に本気の想いを抱いているのなら
それを軽くは見ない。可能な限り大切にする。大切にするには何をすればいいのかは俺には分からない。
でも悪いようにはしないよう頑張る。君に笑って貰えるように頑張る』
あれ?これってガチにプロポーズ?
『そんな顔をするより笑っていて欲しいとは本気で思っている』と続けた彼の真剣な顔を見ながら
私の頭はオーバーヒートを迎えていた。
彼が私に抱いている感情は良く分からない。彼自身も良く分かっていない。
でも、私に対して情がうつっている事と私を大切にしてくれている事は間違いない。
ひょっとすると、最愛の女性と同じ体をしているから抱いてしまった気の迷いかも知れない。
単なる同情や元の双葉さんを諦めて私に走ったというセンもある。
でも、彼が私を受け入れてくれることは間違いなかった。私が本気ならだけど。
『来月から飛田双葉を名乗っていいですか?』
カッコイイ彼の演説に対して私のプロポーズっぽい言葉の単調さよ。
『俺達の関係がいつまで続くかは分からない。それでよければ最後の最後まで手を引きましょう』
6か月目を無事に超えたら、私は彼と結婚をする事になった。
心配するのは彼のペニスを無事に受け入れる事かな?エッチはまだしてないし。
って言っても彼に抱かれることに何の抵抗を感じるんだろう?
妊娠や出産は元が男(の人格)なだけに不安ではある。
でも彼の妻の証を体に宿し、産む事が出来るのならどんな負担も安いくらいだ。
この日私は、今年に入って6度目の人生最高の日を迎える事となった。
そして運命の日を迎えた。
いつの間にか眠っていた私は見慣れた天井を見た。慣れた体だった。
この体は酒井清彦という男の体だった。
発狂しそうになった私はまず真っ先に利明に電話をした。
半泣きになりながら女口調の男が切羽詰まった風に電話をかけてくるとか、考えたら恐ろしいよね。
女の子っぽい口調で話す電話先の相手も、不安な中でこの迫力の電話をされればそりゃあ泣き出す。
自分の事でいっぱいいっぱいなのに、怪しい男が泣きながら助けを求めるとか…自分なら耐えられない。
…そう。利明もまた別人と入れ替わってしまったのだ。
あの幸せな日々が終わるなんて考えたくなかった。
もしもの時の準備だってしたくは無かった。
利明がストックしておいた入れ替わった後で使う用のメールアドレスも覚えてなかった。
せめてメモでもしておけば私と入れ替わった、現双葉さんに聞いて利明と連絡が取れたのに…。
『不安に怯えるのならまず現状を知ろう』
この言葉に従っていれば利明と何かしらの繋がりを持てたのに…。
清彦になってから9か月も経った。
結局、私は利明と会うことは出来なかったのだ。
元の体であるので仕事も楽だし、家や近所の住み心地は良好だ。
トイレは立ってした方が圧倒的に楽だし、出勤前の化粧をしなくていいので多少寝坊が出来る。
ツラい生理と、(嫌な部分がないでもないが)気持ちのいい射精とじゃ比べ物にならない。
男の人ってこんなに幸せなんだ。ズルーイ。
女ってすごく不便で、スゴク差別されてるのね。
9か月経った今でも私の魂は未だに、あの男の体に閉じ込められている。
この9か月で自殺を考えた事だってある。いっそ体を工事して男の痕跡を消し去ろうと思った事もある。
でもそれをする気にはなれなかった。
私がいない間に、この体の主となった女性はきっと何人もいる。
彼女たちは男の体でいる事の苦痛に自殺をする事もないし、性転換手術(適合手術や再判定手術の方が正式名かな?)
を受ける事も我慢した。下半身の様子から女性ホルモンすら我慢したのだろう。
彼女たちの中には、好きな男性がいた人も、彼氏がいた人も、婚約していた人だったいたかもしれない。
それでもこの体で耐えたまだ見ぬ女性に対し、私が何かするのは彼女たちの意志を侮辱するような気がしたから。
すっかり女になりきった私が自分の体に戻っても違和感ばかりだ。
周りには元が女(堺双葉みたいな女)だと伝えている。嘘のようだけど、ある意味では本当だから。
もし皆さんが妙に女っぽくて、たまに女言葉がぽろっと漏れる保険の営業マンを見たらそれは私かも知れません。
契約はともかく、話くらいは聞いてやってください。
そしてこの日記がいつか誰かの手に渡っている事を願います。
幸いにも何も手を加えてない健康な男の体です。収入もそこそこあって、職場も割と快適です。
心が女になりきっていなければ快適でしょう。
目を覚ましたら、かつて見慣れた天井が見える事を祈りながら今日も眠りにつきます。
目を覚ましたら、誰か別の、出来れば双葉さんみたいな女性と入れ替わっていますように。
いや、存在はしても良いんだけれど叶った願いがまずかったのだ。
願い事の内容は『男女の差を失くして欲しい』というものだ。
願いを言った主は不当に差別されている女性の地位を向上させたいから、こんな願いをしたんだそうだ。
今となってはその人が当時何を思ったかも、今何を思っているのかも知る術はない。
結果願いは叶った。
男女関係なく、色々な人と人とで入れ替わりが起こるという形で。
自分というものがすぐに別人に変わってしまう。その人物に男も女も関係ない。
自分という存在がすぐに別人となってしまうんだから、性別によるボーダーなんてオマケでしかない。
元々の俺の名前は、酒井清彦という。
当時24歳のごく普通の営業系の勤め人だった。
それがXデイを過ぎてから1か月ペースでコロコロと入れ替わって6人目だったかな?
6人目の女性、双葉鏡花に入れ替わってから人生が大きく変わった。
最初の女子大生の坂神若葉だった。
そもそも女の体以前に、見た事もない場所と妙にきつい方言に苦戦して苦しんでばかりで終わった。
良くも悪くも、入れ替わって悪戦苦闘する人間が多かったため慣れない女子大生生活でも助けてくれる人が多かったのが救いだ。
とは言え、友人・知人が元男に変わった事で嫌な顔をされることが多かったのも事実だ。
何人もの友人と疎遠になってしまってゴメンよ。若葉さん。
人間の温かさと、冷たさ。その両方を味わう事となった一か月だった。
せっかく女になったんだからちょっとくらい女の体を味わった方が良かった。
…なんてことを考えたのは1か月後の事だった。
気がつけば俺は別の人間になっていた。今度は俺と同じくらいの年の男性で工場勤めの人だ。
場所が関東だったので言葉は通じ、体も成人男性のものなので違和感は無かった。
その意味では若葉さんの時よりも楽と言えば楽だった。
だが慣れない仕事で、とても仕事にならなかった。
フォローは無とは言わないけれど、かなり厳しかった。
女子大生と社会人男とじゃ周囲の扱いが違うという事だろうか?中身が同じだけど。
3人目と4人目はどちらも若手の社会人女性だった。
3人目の霜月葵さんには謝っておかなければならない。体を色々と弄ってしまって…。
かなりの美人さんであの顔や体を見たらついムラムラして…本当に申し訳ない事をした。
でも女の体で生理も結構ツラいんだしオナニーくらい自由にしてもいいよね?
この言い訳は元の葵さんの考えなんだろうか?
あの体になってから元の自分じゃ考えないような事を考えてるし。
ワレメに指を入れてくちゅくちゅする動きはなんか体が覚えてたし。
OLの経理業務は不慣れだったけど、やってみれば意外とうまくこなせたので前の明人さんよりマシか。
美人なおかげで割とチヤホヤされてたし。
4人目の姫川清美さんにはある意味でもっと謝らなければいけない事をしてしまった。
彼女には彼氏がいて、その彼氏と破局してしまったのだ。
『元の自分よりも美人な女と付き合うのってスゴイ嫌なのよね』
彼氏(人格は入れ替わった女)はずっと清美さんと付き合うのがツラかったようで、清美さんが
別人になったら別れようと心に決めていたらしい。
『好きでもない相手、しかも女相手にデートに誘ってお金出して挙句エスコートするなんて
生理がないのと立ちション可能程度じゃ割に合わないのよ』
妙に女言葉が自然なイケメンは、とある業界の人っぽかった。
男の体と女の人格なら同じようなものか?
5人目の青年はやや幼い顔の大学生だった。
女画尾で幼い感じなので21歳だけど少年って風貌にも見える。早乙女清彦という名だ。
妙に真新しいランジェリーは前の人が女だった頃の名残だろうか?
ショーツの前の部分が不思議とパリパリになってたり黄色いしみがついている点には触れないでおこう。
こうやって暴露してるけど。
この頃になると女の体にも女の下着にもすっかり慣れていて、女パンツの着用も抵抗は無かった。
前2人2ヵ月間女で、しかも姫川清美さんは仕事柄、女性らしい態度や言葉遣いを求められた。
その為、私は敬語ベースでありながらも女性らしい言葉遣いには慣れております。
スカートもお化粧も女性平均なら超えられる程度に使いこなせてますわ。
そもそも一人目がお小遣いの少ない女子大生だっただけに自前の女服を着続けていたからね。
女装?が嫌でも男服を買うのは悪い気がする、持ち主の多くないお金を無暗には減らせないから。
世界確変後の持ち物の所有権は体依存だ。
入れ替わったフリをする悪い詐欺師もいただけにこの先も所有権は体依存が基本だろう。
女性が続いたせいか、はたまたあの体の前の持ち主が女性だったからか女パンツ…というかショーツの
着用も座ってのお手洗いもごく自然にこなせた。体は男なんだけどね。
不思議と女っぽい行動の方が落ち着くんだよね。
そして6人目の人物、堺双葉の体へ移動した。
入れ替わった時の俺はもういっぱいいっぱいで生きていくのも嫌なほどだった。
無理しつつ、わずかな楽しみを見つけつつも毎月変わる環境にもう耐えられなかった。
特に前回が大学生なのを良い事にサボり気味だったのが新しい体になった時のツラさを際立てた。
元の体の持ち主に迷惑をかけたくないから自殺をする気は無かった。
でも、世の中は勝手な人間も多いようで自殺者が後を絶たない。
最近下がっていたらしい自殺率が急上昇し10倍近くになったんだとか。
男性の方が3倍近く高い自殺率を出すらしいのだか、その点は相変わらずだ。
その時の人格が男か女かは分からないけど。
『もう、こんなの嫌だ!!』
新しい体に気づいた俺はまず泣き出した。
この半年にも及ぶ我慢も限界に達し、死のうかとも思った。
その時止めてくれた人が、彼氏の飛田利明さんだった。
包丁の切れ味って案外悪いんだろうか?恐怖で勢いがなかったかもしれないけど。
あのまま止められなくとも刃が心臓に達する威力では無かった。
でも、利明さんの腕には深さ1センチ位の傷が出来てかなりの出血をした。
出欠を見て大慌て、大泣きする私に対し。彼はわめきも痛がりもせず、私をなだめてくれた。
彼の強さと優しさに一目惚れをした。双葉の体が彼を求めた。恋ではなく甘えや依存である。
色々な可能性が考えられるが、私が女として男性を強く求めた点は変わりない。
昼間の事務仕事を終え、彼のいる家へ帰るのが楽しみになった。
遅くなる彼の為に晩御飯を作ったり、洗濯物を干したりするのが楽しかった。
思えば入れ替わり生活を始めてから、誰かのために動いた事なんてなかった。
誰かの為、特に好きな人の為に働けるのってすごく幸せな事なんだって初めて知った。
2日出勤した金曜日の夜に彼と彼女、利明さんの事と堺双葉の事を聞いた。
恋人という事は聞いていたし、同棲しているから深い関係なのは分かったが婚約者なのには驚いた。
この迷惑な願い事がなければ、今頃結婚できていたのだと聞くと今までで最も殺意が沸いた。
彼も今の状況が苦しいに決まっている。それでも嫌な顔や苦しそうな顔は全く見せなかった。
彼が入れ替わった存在か、元々の人格なのか、中身の性別がどっちなのか?
ハッキリとは聞きにくかったので遠回しに聞いてみた。
利明と双葉でいたいと言われ、答えは分からなかった。
でも、私自身が双葉でいたいと思ったので承諾した。
彼はとても素敵だし、双葉も外見はすごいいい。
結婚を妨害された二人だけど、この素敵であろう夫婦は私も応援したいしこんな風になりたい。
前の持ち主の遺志?を継ぎ疑似夫婦関係をとることになった。
人生バラ色
この言葉を自分の人生に使う日が来るだなんて考えた事も無かった。
それなりにきついけど条件は割といい(有給の消化率と残業の少なさで)労働環境の事務仕事と家での同棲生活。
恵まれてはいるものの、ありふれた人生でしかない。
でも感じる幸せ度合いは今までの人生で圧倒的に高かった。
この体の双葉が彼との一緒を喜んでいるのかも知れないし、私自身の恋心によるものかもしれない。
そうそう、最初は無理して一人称を俺にしてたけどホントは私なの。
双葉の体か暮らしが、私に女らしさを与えたのだ。
この体になってから、将来の事とか不安になる事は多い。
今は幸せだけど、この先にどんな不幸が待っているかも分からない。
何より双葉で無くなれば利明さんとの接点が無くなってしまう。
不安におびえ、ときには泣き出す私を彼はいつも優しく受け止めてくれた。
その時彼はよく言ってくれた。不安に怯えるのならまず現状を知ろう…と。
その時の私は常識ともいえる、入れ替わる時期も、法則も、やった方が良い事も何も知らなかった。
入れ替わる時期は毎月の月末で、必ず入れ替わる事じゃない事はこの時初めて知った。私は毎回入れ替わっていたから。
でも利明さんは少なくとも前回は入れ替わってない。利明さんの落ち着きって、入れ替わり直後の様子じゃないものね。
自分についてあまり話したがらないのは気になったけれど、でも利明さんは信用できる人だった。
彼の言う通り、双葉の前の主(計3人)は日記や記録を残していた。慣れない女の体で奮闘しつつも優しい彼氏は
男の人格の彼女を毛嫌いせず、別人になった元婚約者の慣れない環境を気遣っていた。
彼女、彼かな?元の入れ替わり双葉は利明さんに恋をしたんだろうか?
感謝をしてるのと頼っているのは良く分かる。日記につづられる内容は彼に助けられたものが多い。
でもそれだけの感情でとどまったのかは分からない。少なくとも私は違うから。
ただ、前の主の一人称はオレなのでセーフかな?だといいけど。
…って誰に何の対抗意識を持ってるんだろう私って。
そんなこんなで幸せな日々は早くも3週間経過した。
運が悪いと来週にはまた入れ替わってこの幸せな生活が終わってしまう。
利明さんがいなくなっても幸せの大半が消滅だ。
この流れに抗う策は知らない。だから私は利明さんにアプローチをかけたのだ。
『ねぇ利明さん♥最近ずっとしてなくて大変じゃない?』と。
彼の方も満更ではない様子だったが、『でも君に出来る?男の相手って気持ち悪くない?』と遠慮気味だった。
この数か月間で女の体や格好にもすっかり慣れた。
一人称も私だし口調も女らしいものが自然になった。間違って立ってのトイレとかあり得ない。
男として生きた方が混乱しそうなくらい私はもう女の生活に馴染んでいた。
とは言えエッチは別である。
男のチンコを私の女性器に入れられるとか正直吐き気がする。
利明さんが相手なら吐き気はしないでも、それでも抵抗は強かった。
結局私は、自分で誘っておきながら胸で挟む、いわゆるパイズリが限界だった。
股や口でするのは、何が邪魔をしたのか分からないが考えただけで拒否反応を起こした。
彼が気持ち良くなってくれたのかはよく分からない。する前から大きくなってたのに射精まで時間かかったし。
ただ、一杯射精をしたのと。終わった後で優しい声を出して『ありがとう、嬉しいよ』とは言ってくれた。
本当に良かったのか、彼が優しさ故にそう言ってくれたのかは分からない。
どちらにせよ、ご奉仕をしても利明さんが素敵だったのは間違いない。
対して私は情けない。パイズリに逃げた挙句、たくさん出してくれた精液をほぼ舐めもせずシャワーで流したから。
女性としてのセックスは抵抗があるけど生臭くておいしくないミルクを、次回までには頂けるようにしよう。
女子力不足の私は、来るかも分からない次回の為に気合を入れた。
その翌週、ついに運命の1か月後がやってきた。
私はせめてもの思い出の為にパイズリベンジをした。
ネットで必要っぽい情報を集めイメトレをしたのが良かったのか、今回は射精に導くのが早かった。
生臭くてまずいミルクも、メイドイン利明と自分に言い聞かせたらマズくは無かった。
『今回は良かったよ』と照れ気味に言う彼を見て満足しつつ、前回はやっぱり駄目だったんだと落ち込みもした。
利明よ、前回はやっぱり嘘をつくとは嘘つきめ。そして色男め。
行為で疲れたせいでウトウトしていた私を待っていたのは朝の陽ざしと、変わらぬ自分の体だった。
今月はどうやら入れ替わらないようだった。そして安心したらどっと生理がやってきた。
重要度で言えば、入れ替わらない事>>>>>>>>>>生理の筈だけど、続投が分かった後だと女の体を後悔した。
我ながらスゴイ現金な奴だと思う。
すかさずナプキンを用意してくれる利明はやっぱり頼りになる。
なんでも前の双葉(中身が男)の為に何度かナプキンを買いに行った事があるらしい。
私は女の体でもナプキンの購入は未だに出来ないのによくやると思う。元は女?
いや、詮索はよそう。利明の魅力が分かればそれ以上の事は望まない。
最後の夜かも知れない。
あの夜はそう思って変なテンションで過ごしたので、利明さんとは呼ばず呼び捨てだった事もあった。
その名残か、また1か月は一緒にいられるからか、いつの間にか彼の呼び方から『さん』が取れた。
運が良かったからかは分からないが、その後も両者続投が続いた。
私は彼との幸せな何気ない日常を噛み締めた。
いつか終わるかも知れない、そんな未来はなるべく考えないようにしていた。
週末は隔週くらいでデートだし、遊びに行けなくとも家の買い出しに行くのも彼と一緒だと楽しかった。
でも、実は平日の夜に彼の晩御飯を用意する時間が一番幸せだったかもしれない。
利明の為に私って動いているんだ。…そう思えるイベントが一番幸せという事だろう。
女の、彼の女の人生が続く事で私の中身も変わっていく。
双葉になった清彦ではなく、清彦だった記憶もある双葉になる。
ベースは双葉、ベースは女、利明の彼女であることが私の根源となっていた。
それほどまでに双葉を受け入れていた私が彼とのセックスに踏み切れないのは、男の痕跡が邪魔だからか?
やっぱり彼とは言え、男に抱かれるのはハードルが高いか?一体どちらだろう。
ただ、パイズリ以外にフェラも出来るようになったのは進歩だと思う。
利明のならペニスも汚いとは思わないし、口の中にいれたら大切にしたいと思えるようになった。
5度目の例の夜をどうにか乗り越えた。つまり彼との生活も半年は出来る事になる。
もしもの時の為に書いておいた日記も運よく役には立っていない。
毎月の続投決定日はお祝いでご馳走になるのが習慣化した。
彼は翌日の仕事に響くからって乗り気じゃないけど、私は祝いたくてしょうがないのだ。
もう私はすっかり女、双葉が身についた。出来る事なら一生双葉でいたいと思うくらいだ。当然、その横には利明がいる。
包み隠さずに言うと彼と結婚したい。そして一生2人ともこのままでいたい。
彼に対しての好意はもう留まることを知らない。留まるなんてあり得ない。
利明が顔でも声でも表情でも、なんでもいいから喜んだようなものが欲しい。
彼の笑顔が見れたら、上司が男嫌いで女に手を出すようなセクハラおばさんの人格になってもいい日だと言い張れる!!
でもこんなにも利明と結婚したいと思いながらもプロポーズはしないし出来ない。
元ヘタレ男の、甘えてばっか女からプロポーズはハードルが高いし…。
何より彼も私を求めているのかが分からない。
彼が優しいのは性格によるものであって、私が好きではないんじゃないかって。
事実、私と婚約者の双葉さんは別の人格だ。
同棲生活が長いとは言えそこをはき違えるほど、私はお花畑じゃない。
結局私の選んだ手はとても汚いものだった。
『いつか双葉さんが戻ってきたときの為にちゃんと結婚の準備をしよ?』
私は彼の好きな人をダシにした。
流石の利明も気分を悪くしたんだろう、返答の声は明らかに不機嫌だった。
『双葉との結婚の準備は万全、あとは互いの気持ちだけ。あとは2人が揃うだけ』
私は双葉さんじゃない。そう言われたようなものだ。
まぁ彼の大切な人をダシにする悪女には多少きつく言ってやってもいいだろう。
『双葉の為を思うなら 初めて の結婚を迎えられるようにしないとな』とかね。
自分が悪いとは言え、初めて利明に優しくない言葉をかけられた。
厳しい言葉がなかったわけじゃないけど、彼の厳しさはもっと大きな優しさがセットだった。
利明に対しては耐性が皆無な私は無様にも泣き出したのだ。
彼はまだ怒っているのか、今回ばかりはしばらく私を放置していた。
怖い顔をされて、しばらく無視されて、冷たくされてようやく今まで自分がいかに恵まれたいたのか分かった。
いや、まだ恵まれた環境にいたんだった。
泣き疲れて眠って、目を覚ましたら私はベッドの上にいた。
私を床から運んだ彼は、ソファーで座っててそのまま寝落ちしたようだ。
私が昨夜の記憶を呼び覚ましていると、彼も目を覚ました。
まず出した言葉は『昨日は悪かった』だった。
何を言っているんだろう?最愛の女性をダシにするような女に謝る事なんてないのに。
私が反論をし出すと、彼は私を遮った。
『もし君が、君自身が真似事でない俺の夫婦生活を望むのなら俺はその言葉を軽く扱わない』
予想したのと大きく違った文字群は、その時の私には難解に思えた。
しばらく考え、一瞬心臓が止まりそうになった。
『プロポーズって御大層なものじゃない。現に俺がプロポーズする気があるのは初代双葉だけだ』
天国から地獄、上げて落とすの基本を忠実にこなすのは出来る男の証だ。ショック過ぎて言葉も涙も出なかった。
『でももし君が双葉としてでも、清彦さんだっけ?清彦としてでもいいが、俺に本気の想いを抱いているのなら
それを軽くは見ない。可能な限り大切にする。大切にするには何をすればいいのかは俺には分からない。
でも悪いようにはしないよう頑張る。君に笑って貰えるように頑張る』
あれ?これってガチにプロポーズ?
『そんな顔をするより笑っていて欲しいとは本気で思っている』と続けた彼の真剣な顔を見ながら
私の頭はオーバーヒートを迎えていた。
彼が私に抱いている感情は良く分からない。彼自身も良く分かっていない。
でも、私に対して情がうつっている事と私を大切にしてくれている事は間違いない。
ひょっとすると、最愛の女性と同じ体をしているから抱いてしまった気の迷いかも知れない。
単なる同情や元の双葉さんを諦めて私に走ったというセンもある。
でも、彼が私を受け入れてくれることは間違いなかった。私が本気ならだけど。
『来月から飛田双葉を名乗っていいですか?』
カッコイイ彼の演説に対して私のプロポーズっぽい言葉の単調さよ。
『俺達の関係がいつまで続くかは分からない。それでよければ最後の最後まで手を引きましょう』
6か月目を無事に超えたら、私は彼と結婚をする事になった。
心配するのは彼のペニスを無事に受け入れる事かな?エッチはまだしてないし。
って言っても彼に抱かれることに何の抵抗を感じるんだろう?
妊娠や出産は元が男(の人格)なだけに不安ではある。
でも彼の妻の証を体に宿し、産む事が出来るのならどんな負担も安いくらいだ。
この日私は、今年に入って6度目の人生最高の日を迎える事となった。
そして運命の日を迎えた。
いつの間にか眠っていた私は見慣れた天井を見た。慣れた体だった。
この体は酒井清彦という男の体だった。
発狂しそうになった私はまず真っ先に利明に電話をした。
半泣きになりながら女口調の男が切羽詰まった風に電話をかけてくるとか、考えたら恐ろしいよね。
女の子っぽい口調で話す電話先の相手も、不安な中でこの迫力の電話をされればそりゃあ泣き出す。
自分の事でいっぱいいっぱいなのに、怪しい男が泣きながら助けを求めるとか…自分なら耐えられない。
…そう。利明もまた別人と入れ替わってしまったのだ。
あの幸せな日々が終わるなんて考えたくなかった。
もしもの時の準備だってしたくは無かった。
利明がストックしておいた入れ替わった後で使う用のメールアドレスも覚えてなかった。
せめてメモでもしておけば私と入れ替わった、現双葉さんに聞いて利明と連絡が取れたのに…。
『不安に怯えるのならまず現状を知ろう』
この言葉に従っていれば利明と何かしらの繋がりを持てたのに…。
清彦になってから9か月も経った。
結局、私は利明と会うことは出来なかったのだ。
元の体であるので仕事も楽だし、家や近所の住み心地は良好だ。
トイレは立ってした方が圧倒的に楽だし、出勤前の化粧をしなくていいので多少寝坊が出来る。
ツラい生理と、(嫌な部分がないでもないが)気持ちのいい射精とじゃ比べ物にならない。
男の人ってこんなに幸せなんだ。ズルーイ。
女ってすごく不便で、スゴク差別されてるのね。
9か月経った今でも私の魂は未だに、あの男の体に閉じ込められている。
この9か月で自殺を考えた事だってある。いっそ体を工事して男の痕跡を消し去ろうと思った事もある。
でもそれをする気にはなれなかった。
私がいない間に、この体の主となった女性はきっと何人もいる。
彼女たちは男の体でいる事の苦痛に自殺をする事もないし、性転換手術(適合手術や再判定手術の方が正式名かな?)
を受ける事も我慢した。下半身の様子から女性ホルモンすら我慢したのだろう。
彼女たちの中には、好きな男性がいた人も、彼氏がいた人も、婚約していた人だったいたかもしれない。
それでもこの体で耐えたまだ見ぬ女性に対し、私が何かするのは彼女たちの意志を侮辱するような気がしたから。
すっかり女になりきった私が自分の体に戻っても違和感ばかりだ。
周りには元が女(堺双葉みたいな女)だと伝えている。嘘のようだけど、ある意味では本当だから。
もし皆さんが妙に女っぽくて、たまに女言葉がぽろっと漏れる保険の営業マンを見たらそれは私かも知れません。
契約はともかく、話くらいは聞いてやってください。
そしてこの日記がいつか誰かの手に渡っている事を願います。
幸いにも何も手を加えてない健康な男の体です。収入もそこそこあって、職場も割と快適です。
心が女になりきっていなければ快適でしょう。
目を覚ましたら、かつて見慣れた天井が見える事を祈りながら今日も眠りにつきます。
目を覚ましたら、誰か別の、出来れば双葉さんみたいな女性と入れ替わっていますように。