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双葉の宿の元勇者

2018/04/15 16:18:47
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辺境の宿の女主、宿に掲げられた紋章から名前を取って通称双葉さん。
そのウワサが立ったのは一体いつ以来だろうか?
ただ辺鄙な場所に古いが立派な宿があり、そこの主が美人と言うだけの話だ。
しかもその辺鄙な場所は道中に魔物がいる少し危ない山を越えなければいけない。

普通なら余程の物好きでなければ近づかない場所だ。
ただ、俺は物好きなようで冒険者になってまでその宿に近づいた。
幸いにも?治安の悪化により冒険者に対する需要が増えたため冒険者の資格を手に入れ、また
資金援助もあった為に新米冒険者がそこそこの冒険者になる事が出来た。


少々苦戦しつつも宿に着いた俺は受付の女性に目を向けた。そして納得した。噂になるほど美人だなと。
止まるとレベルが上がるだの、勇者の称号を得られるだの尾ひれの付く噂に関してはやりすぎだと思うが。
辺鄙な場所の宿にいる一人の美人の顔を見て俺は内心ニヤけていた。

顔やスタイルは当然として不思議と落ち着いた雰囲気と、若く見えるのに全身を包むような包容力!!
白い肌と反対に長い黒髪のコントラストも素晴らしい、黒髪なんて異国の女のものと思っていただけに
その希少性が彼女の神秘的雰囲気をより一層深める。しかもこの黒髪は染めてるんじゃなく地毛のような自然さがある。
彼女は確かに美しい姿をしているが、身にまとっている雰囲気はもっと美人なような気がした。
提供される風呂や食事も至高のものでそれでいて宿代はたったの100ティエス。
王都の宿より少し安いというミラクルだ。

しかも頼めば追加料金もなくあの美人さんが背中を流してくれるサービス付きだ。
このサービスなら折角手に入れた高級原石を3万ティエスに換金して払ってでも惜しくない!!



しかし美人に背中流されると変な妄想をしてしまう。
↑こんな風にフェラサービスとか。
因みにぽろっと妄想内容を漏らしたら彼女は、手を大きく振り顔を真っ赤にしてNGを出した。
その後はジト目で見つめながら『お客様ですが男性と女性の関係です。無茶を言ってはいけませんよ?』と窘める。
流石に入浴フェラは追加料金に関係なくダメだった。
まぁ彼女の照れ顔を見られた上にジト目もオマケで出てきたのだから俺としては文句ないけどな。

最高の宿を見つけ悦に入り、俺は眠りについた。










久々の客人が眠りについたのを確認し、私は一吐息をついた。
この宿を立てるのに敢えて辺鄙な場所を選んだとは言え、お客様が数か月ぶりとなると場所を考え直した方が良いような気がする。
しかし悪目立ちするのも困る。
物好きでなければ行かない場所、一部の人間でなければ到達できない場所、やはりここが一番いいか。
ぐっすりと眠る新人の冒険者を見て私は自分がかつて勇者と呼ばれていたころを思い出した。


その昔、世界はもっと荒れていて人は生きていくのがやっとだった時代がある。
倒しても倒してもキリのない魔王は私が旅立ちを決意した時には4人になっていた。
幸運なのはその4人がいがみ合って協力し合わない事だが、人間にとって地獄が4倍になった事に他ならない。

魔王の一人の故郷を奪われ親友と二人で冒険者家業を始めた私は必死だった。
ただ生き延びる為に強くなることで頭がいっぱいだった。
私が新米を卒業するころに、一人の神官少女と出会い共に旅をする事になった。
私も彼女も一生懸命でひたすらに強くなっていった。
魔法使いの少女と自然の力を扱う男性と仲間は増えついに私は自分の故郷を滅ぼした魔王の討伐に成功した。
そして第二第三の魔王と最後の魔王を倒す頃には私は勇者と呼ばれるようになっていた。




最後の魔王をも制覇し、すべての黒幕とも言うべき邪神を倒し勇者は人知れず伝説となった。
誰も知らない邪神との戦いで勇者一行は平和と引き換えに一人を除いて全滅をしたのだ。
大きな大きな犠牲と共に勇者は念願の平和を取り戻し、また望まぬほどに強い力を手に入れた。
邪神を倒した時に神の力を手に入れてしまった勇者は人型にして人ならぬ身になってしまったのだ。

何もかも思い通りになる事は素晴らしい事かも知れない。しかし私はそうは思えなかった。
無限とも思える尽きぬ寿命と生命力、元より強かった戦力は更に増加し、何でも作り上げる神の力ともいえる能力すら手に入れた。
この何でも手に入る環境が私には合わなかった。
仲間の喪失で親友と親しい女性を同時に失った、空白だらけの心には寂しさを忘れられる多忙の方が都合が良かったのだ。
かくして、元勇者の形状をした力だけの空っぽ男が完成するのである。


何でも出来るとなると逆に何をするのか分からなくなる。
そもそもずっと生きる為の戦いを続けてきた私に自由というものは上手く扱えなかった。
いざという時に支えてくれる親友の戦士も、親しい女性神官も隣にいないというのも悪かった。
一緒に町へ出かける友達の女の子や道を示してくれる年長者の男性も支えてくれる人はもういない。
それに、神の力も死者の蘇生だけは出来ない。

(たった一つの例外はあるが)何でも出来る力を手に入れつつ、何が欲しいのかもわからぬ私は途方に暮れつつある事に気づいてしまった。


私って本当は女になりたいんだと。








思えばずっと違和感を感じていた。
勇者として女の子から黄色い声援を送られてもそんなに嬉しくなかった。
むしろ「僕も勇者様みたくなる!!」と言ってきた少年の方が好きだった。

勇者として力、筋力を鍛えるのは必須事項だが筋肉の付いた自分の体を見ると強くなって嬉しい筈なのに
鍛え抜かれた自分の体を見るのが嫌だった。その時は乱世の象徴だから自分の筋肉を見たくない。
そう思っていた。…ただ親友の敏明が逞しくなる様子を見るのは結構好きだった。

双葉さん(仲間の女性神官)の迫られた時は嬉しく思いながらも困惑していた自分がいた。
彼女の事は好きだし、私に好意を持ってくれていたのは嬉しい。でも何かがおかしい…と。
お風呂場で私にご奉仕をしたいと迫ってきた彼女を追い払ったのは、戦いが終わるまでストイックに生きたかったからとか、
神官が恋愛するのを良く思わなかった…そんな理由ではなかった。


一度だけ双葉さんにフェラをされたことがあった。
気持ちは良かったけど出した後の嫌悪感や後悔の念は物凄かった。
射精後に双葉さんの前で泣き出すほどだったから。
この涙の正体は神官と(口とは言え)してしまったからではなく女性と関係を持ったからだろう。
その日、自分が女になって敏明にフェラをする夢を見た。
この夢の意味にもっと早く気がついていれば未来が変わっていたのだろうか?






私が自分の気持ちに気づかなかったのは多忙と過酷がその余裕を奪っていたからなのか?
それとも見て見ぬふりをうまく続けていたのか?今となってはもう分からない。


ただ全てを終え、そして大切なものがすべて終わってしまった時に私は目覚めた。
刃をはじく筋肉の鎧なんてもう要らない!!
丸くて柔らかくて、ちょっとしたことで傷つくような脂肪で出来た胸部の膨らみの方が良い!!
熱や光に耐え抜いた浅黒い皮膚で女の子に素敵と言われるのはもうまっぴらだ!!
白くて薄くてすぐ赤くなる乱世では決して役に立たない薄く繊細なお肌の方が良い!!
戦闘の邪魔にならない短髪で、下手な兜よりかは頑強さのある剛毛の髪の毛もイヤ!!
目にかかったり掴まれたり、戦場では不便であっても長くてサラサラな髪の毛が良い!!
今なら双葉さんが不利になってまで髪を伸ばした理由も理解できそうだ。
睨むだけで威圧を追加できる鋭い瞳を武器にする事はもうない。
丸くて大きな瞳で、すぐに涙が漏れ出るような弱いが可愛い瞳が欲しい。
お尻だって防具代わりの強度なんて欲しくない。
少し大きく、急所弱点にもなるような場所で…でも男の人の目を引くそんなお尻が良い。
お尻派の敏明がつい触りたくなるそんな美尻になりたい。


神と同等の力を得た私が儚げな美少女の姿を手に入れるのはほんの一瞬だった。



鏡の中の美女は私の知る一番の美女、双葉さんとよく似ていた。
珍しい黒髪は艶やかで美しいし腰までの長さだし、胸が妙に立派なのを含めとても良く似ていた。
モノマネのような気がして少し嫌だったが、彼女以上に素敵な女性が思いつかなかったのでよしとした。

最後の確認としてアソコを調べてみる。
恐る恐る股間を触ったらそれらしいものは確認できなかった。
指を更に近づけても障害物は無く密着させるまで近づけると筋のようなものがあった。
女性器を見た事はないし不思議と(或いは妥当かな?)女性の裸とか縁も興味もなかったが自分にある縦筋には大きな魅力を感じた。
自分の指を男性器に見立てて挿入してみたいという願望も出てきたが我慢した。
エッチなものに興味が無いわけではないが、というか数年ぶりにエッチな気分になったが
私が望むものは女性としての快感ではなく、自分が女になる事、自分が女として扱われる事だ。
女になる為に次のステップへと進んだ。

美しいが決して目立ち過ぎない女性の服を作り出し、身にまとう。
簡素なドレスだが生まれて初めてスカートを履いた。この事実に私の胸のドキドキは加速する。



女性に関する知識は殆どなかった。
しかし自然と仲間の女性の行動を観察していた為に女性らしいとされる道具は割と簡単に分かった。
お化粧品も装飾品も難なく用意でき、身だしなみも含めた女性化が完了した。


目立つ服装は避けた筈だが私の周りに視線は集まった。モデルにした女性が飛び抜けた美人だったからだろう。
加えて勇者一行の神官と似た風貌と言うのも人目を惹く要因となる。双葉さんと幾度となく間違えられた。
目立ちたくはなかったが素敵な女性と勘違いされたと思うと悪い気はしなかった。
因みにその時の私は清香と名乗る事にした。清の字があるので自分の名前って感じがするし割と可愛い名前とも思う。


町を見回すと長い戦いの傷跡は確かにあった。
しかしそれよりも大きな平和と喜びがあるように見えた。
そもそも4人目の魔王から先の戦いは歴史に残らぬ戦いだったのだ。
準備や調査を含めた3年近くの邪神との戦いは世間的には存在しない。
世間一般で考えれば戦いが終わってから数年が経過したことになる。
かつて人類の存亡にかかわる程の戦いが行われた事実は忘れられつつある。
少し寂しくはあったが、元々それを望んでいた。

勇者でも何でもないごく一人の町娘、清香は普通の女として平凡ながら幸せな人生を送りたいと願った。





治癒の力を持っているのでそれを有効に使おうと思い、復旧しかけた簡素な教会へ足を運んだ。
昔と比べれば治安はかなり良くなった。けれどまだ凶暴な魔物は多く大怪我をするものも少なくない。
癒しの力を持った私はすぐに引っ張りだことなった。
聖女の二つ名を持った女性とよく似た容姿も相まって法衣の天使と呼ばれる事になる。

勇者様としての声援には慣れていた。そして嫌いじゃなかった。
人々を笑顔にできる力を持った事と喜びを分かち合えることが嬉しかった。
元々戦うのや争う事が苦手な私が勇者をやれていたのはその笑顔が見られたからと言うのが大きい。
自分が長年何となく抱えていた性への違和感を無視できる程度に、誰かを笑顔にできる事への喜びはあった。
とは言え、全てが終わった後に求めたものが『女になる事』な私だ。
男の中の男みたいな扱いをされるのは好きではなかった。


法衣の天使様の扱いに不満は無かった。
強いて言えば目立ちすぎる事と、討伐と違って目立ってもその場から離れられない事は少し困ったかな?
とは言え、法衣の天使として扱われる日々に満足している。

ずっと憧れていた平和な世界が(多少気になる部分もあるが)ここにはあるし。
勇者として戦う事より神官の補佐役として傷を癒す方が私には向いている。
その上に白衣の天使と呼ばれるような女性なんだからもう最高だ。



闘いの日々は終わり、住む場所も新天地、長く私を支えてくれた人ももういない。
ないものは決して小さくないが、神官を補佐するヒーラーとしての日々は天国のようだった。
何より綺麗とか可愛いと言われるところが特に良かった。
次点で鎧とマントではなく法衣とスカートが主な服装という部分が…かな。
勇者様呼びではなく清香ちゃん自分の名前を呼んで貰える所も捨てがたい。
急遽決めたような女性名だったが今ではすっかり私の名前となっている。


若そうな外見の割にしっかりとしていて(修羅場を超えたので動じない)
治癒の力は多彩かつ強力で連続で使える持久力もある(戦場でも使える回復スキルなのでハイレベル)
どんな相手でも嫌な顔をせず優しく接する(敵を倒す事より受け入れる事が勇者には必要)
…神官の補佐でしかない清香だがその存在はたちまち噂となった。
イヤだった戦いの中の経験が役に立ったのは少し複雑だったが、そのお陰で得られたものは大きい。

あとは私の容姿とスタイルも噂を広げる一因となった。
顔も体もほぼ双葉さんを真似たようなものだが今の私は美しい女性の外見をしている。
清香として人々を癒す日々は何もかもが輝いていて、大切な人を失った傷が分からなくなるほどだった。




平和で穏やかな日常は心地よく、私に会いに来るのが目的の男性も現れた。
だんだんと人の多い大きな教会へ移っていく事になった。
移動すればするほど仕事は楽しく、喜びの声も大きく気持ちの良いものとなった。新生活は天国だった。

でもあるとき暗雲が現れた。目立つという事は危険な事でもあるのだ。
勇者一行の美女とよく似た外見の女性、そしてその女性には異様に高い能力があった。
それにより人気が出るのは良い事だが、人気が過ぎると悪意が集まってしまう。
気がつかぬ間に私に対して変な噂が立ってしまった。
勇者一行の双葉さんを亡き者にしその姿と力を奪った悪魔の使い…だそうだ。
確かに双葉さんを真似てよく似た姿にはなっていた。
でも力を奪ったわけではないし、双葉さんを殺すなんて絶対にありえない話なのに。


あらぬ疑いをかけられて悲しいけれど、もっと重要なのは悪魔の使いの疑いをどうにかする事だ。
私は勘違いを正そうと協会の人に自らの無罪を訴えた。
また、自分の信頼を得るために必死に仕事をした。
当時の私は勘違い故に疑われたと思った為に誠意をもって疑いを払おうとした。間違った認識は正せばいい。

しかし私に嫉妬した何者かが陥れようと流した噂に対して誠意は無力だった。
誠意の為に無防備を見せれば悪意はそこから襲い掛かる。
無罪を証明するための50人同時治療は私が人間レベルでない(人間でない)根拠として扱われたちまち追われる立場となった。
王都にある大教会から声がかかった矢先、私は逃げるように都近くの町から立ち去った。





王都やその近くの町には清香と言う名の女の存在が知れ渡っている。
悪い意味、勇者一行の神官に成り代わった悪魔の使いとしてだが。
ある意味で成り代わっているのかも知れないが、双葉さんに危害なんて加えてないのに悪魔扱い。
その事にショックを受けた私は人里離れた田舎へと逃げていった。

山に囲まれた小さな町に逃げていった。
移動しにくいが故に噂は届かず、双葉さんとよく似た顔の女に対しても特に反応はされなかった。
ここなら変な噂で追い立てられることもない。何より出世や地位の絡んだ陰謀に巻き込まれる事もない。
出世とか地位とか名声とか、過ぎた力を求めて人が狂う様子は何度か見た事があった。勇者時代の話だったけど。
この静かな麓なら人が狂うほど大きな力はない。

働く場所は少し探したが、幸運にも料理店を開こうとしていた若夫婦に出会った。
小さな料理店のホールスタッフ、給仕役として私の新しい暮らしが始まった。
双葉さんとよく似た姿はやはりここでも美しいと評される。
一応断っておくと勇者だった頃の私も美形と言われるような顔はしていた。
あくまで男性としては顔が整ってるって感じで可愛さはないけど、一応は美形扱いはされていた。



外見が良いとそれだけで評価が上がる風潮もどうかと思うが、美女を生き移したような私は
給仕としての評価が高く店主(旦那さんの方)からもべた褒めだった。
ただ顔(と胸)だけでなくお客さんに対する気遣いも評価を上げる一因となった。
短い時間、限られた食事でいかにして仲間の満足度を高めて回復させるのか。
勇者だったときの経験がここでも活きたのだ。
また、あまり好きではないが狩りスキルが役に立った。
山を駆け回る獣の中には美味しい肉を持ったものも少なくないのだ。

加えてこれでも私は調理が結構得意だったりする。
いかにも家庭的なお嬢さんである双葉さんの技量を少し超え、年長者の俊彦さんと並ぶパーティで
最もも料理が上手いメンバーだったりするのだ。(魔女の若葉さんは殺人シェフです)
料理上手の副店主(奥さん)と比べても見劣りしない調理の腕はお客さんの心を掴んだ。
また、私が作った料理と言うのが一部のお客さんには好評のようで私の作ったものなら何でもいい!!とか、
私の手作り料理を食べられるのなら数千ティエスでも高くない!!とか豪語する人も現れた。


かくしてご夫婦が、立地の悪さから周りから笑われながらも開店したお店は繁盛し遠渡はるばる
お店に来てくれるファンの方も何人かいらっしゃる程に有名になった。
お店の成功に私も役に立ったし、毎日が楽しい。




濡れ衣を着せられ町から追い出された傷も忘れ、ここに永住したいと思うようになっていた。
平凡と言えば平凡だが穏やかで静かな時間が流れ、勇者ではなく一人の人間としてここにいる。
しかも女として、清香として存在しているのだからもう文句はない。

あとは店主、ご主人に良くして貰っているというのも大きい。
一応は成人した身だけれど戦いに明け暮れて世間ズレしたところのある私だ。
基本は器用にこなしているものの細かい部分で世間知らずな部分が出てしまう。
なにせまともなお勤め経験もないまま魔王との戦いに身を投じたのだ。
仕事場の多い街中の出身者なら成人前から働く経験がある方が多数派なくらい。
仲間内で給仕する分には大丈夫だが、お客さん相手だとちょこちょこ不具合が起きる。
でもご主人はそんな私をいつもフォローしてくれた。
あまりにも手厚いフォロー故に奥さんに勘違いされるほどだ。

もし彼が既婚者じゃなかったら勘違いではなく本気で親密になったりするんだろうか?
…少し残念かな?なんて思う事すらたまにだけどあった。


とにかくお店は今日も繁盛し、私も今の生活に大いに満足している。




ある日、いつものようにお店に出向くと様子がおかしい事に気がついた。
開店準備が全然進んでないし、奥の方が妙に騒がしい。
気になって奥に入ってみると奥さんがご主人を問い詰めていた。
曰く「浮気者」「あんな女に手を出して」だ。

最初は「ご主人がどこかの女性と関係を持ってしまったのかな?だったら酷い」と思っていたが
話を聞いていると浮気相手の女がご主人に手を出したらしい。人の旦那さんに手を出すなんて酷い女だ。
ヒートアップした奥さんが刃物を持ち出すのを見た私は2人の間に割って入る。
彼女が包丁を投げるより先に腕を止める事が出来た。
ほっとした私だがその後奥さんにこう言われる。
「どういう心算!!この泥棒猫!!」
この一言で私は自分の状況を理解した。

私は助けを求める意味も込めて、店主さんの方を見てみる。
彼は私から目を逸らした。
まるで何かやましいことがあるかのような態度だった。


結局、奥さんが泣きわめき店主さんの方は何も言わない。
濡れ衣の泥棒猫に耐えられなくなった私は捨て台詞を残してお店から去った。
「酷い…騙すなんて」だったと思う。
背後で聞こえるわめき声がより一層激しくなるのを感じて、意味深でややこしい言い方をした事に気がついた。
とは言え、もっと酷い騙しを喰らったので敢えて訂正する必要もない。
それにもう二度とと会う心算もない。





山の麓から離れた私は暫く行く当てのない旅に出る事になった。
ただ当てはないが方角は何となく決まっていた。
王都から遠く、教会から離れた場所を選んでいた。また山の方角も避けていた。
暫くして国境近くの港町に到着した。
人が多い場所は好ましくはないが、王都から遠く独自の文化が発展したこの町に清香の名は届いていない。
或いは噂が消えただけなのかも知れない。

私は子供と接することの出来る仕事を探した。
前々回は地位や名誉を求める人間の嫉妬を受け、前回は男女の関係に入り込んでしまった為に悲劇が起きた。
また旅の途中で私が女の中に入ると嫉妬と疎外を受ける事になり男の中に入ると火種になる事を理解した。
子供の世界なら私も生きていける。そう思った。

幸運にもその町にはテラコ屋というものが存在していた。
異国の地に存在する子供に教育を行う機関らしい。それが海を渡ってこの港町に伝わったのだそうだ。
教育の内容は読み書きと計算が中心だが、その土地によって固有の教育があるんだとか。
子供にものを教えた経験はなかったが、運よくテラコ屋は人員を募集していた。
また武器の扱いや魔物との戦いを教える時間もあったので、テラコ屋の先生見習いとして採用された。



新天地での生活はやはり大変だったが楽しいことも多かった。
教育役の女性には可愛がられたし、剣術など自分の特技も活かす事が出来た。
女になってから腕力が落ちて、剣も滅多に握らなかったがそれでも元勇者として培ったものは有効だった。
それに主任と呼ばれる責任者らしき男性にも良くして貰った。
私もそうだし、敏明も学問とは縁遠い野生児上がりの戦士タイプだ。
彼のように知的な男性って少し新鮮でちょっと嬉しい。
あっ…そう言えば俊彦さんって研究者だった。
学会から追放された(本人曰く頭の固い連中を見限っただけど)アウトローなのでまた別物という事で…。


とにかく優しい先輩と頼れる上役にひとまずほっとする。
また、利明主任は周りの意見から察するに誠実な方のようだ。
泥棒猫の濡れ衣を着せるような人物ではなさそう。もう少し安心できる。

安心も大事だが、それ以上に大きいのは子供たちの存在だろう。
ヤンチャ坊主も少なくないが、子供たちはみんな可愛い。
というかヤンチャで手がかかる子も大変は大変だけど、手がかかる分愛着がわくので余計に可愛く感じる。
優等生も暴れん坊も皆可愛い、とてもいい場所だ。
私の胸に手を出すようなヤンチャ少しは困るけど。
…でもここが天国と感じるくらいには楽しい。



生まれや育ちの違いもあって少し苦労するけれど、男の子として育ち今は女になった私だ。
自分自身の少年時代は物静かな子で、隣にずっといた男の子は荒っぽい暴れん坊だった。
男の子の気持ちも女の子の気持ちも割と理解できる私の評判は良かった。

先生としては至らない部分も多かったけれど、先輩や主任と言った優しい人に恵まれ徐々に慣れていった。
見習い先生を始めて4か月くらいで、自分一人で子供たちを見られるようになった。
1年後には主任から自分の補佐役をやらないか?とのお声がかかった。
仕事の話ついでに食事に誘われ、その時の様子を見ると単なる助手以上に好かれているのかな?
なんて変な考えを持ってしまうほどに評価されているようだった。
新米の清香先生の新米卒業はもうすぐそこだった。


ある日、私の荷物の中に一通の手紙が紛れているのに気がついた。
文面にはこう書かれていた。


『神官である双葉さんの力と姿を奪った悪魔の子よ
お前の本性を明るみに出したく無ければ利明さんの補佐役の件を辞退せよ
そして二度とこのテラコ屋に近づくな』


私の目の前は突如真っ暗になったような感覚に襲われた。





その日の晩は打ち合わせついでに、利明さんと食事に行く事になっていた。
そこで彼には詳しいことを悟られないよう情報を聞き出そうとして見た。
利明さんの補佐役に興味はあるけど、自分のような新人が出しゃばっていいのだろうか?
こんな内容の事を話しながら彼に色々と喋って貰った。
事態を改善できる有益な情報は残念ながら得られなかった。
だが最後に彼は気になる台詞を残した。

私が補佐役の第一候補に選ばれたことはまだ誰にも話していない事だと。
つまりこの話を知っているのは、私と主任と、こっそり教えた先輩の3人しかいない。
…つまり件の手紙を書ける人物は一人しかいない事になる。
信じていた先輩は何を思ったか?嫉妬心でも抱いたのだろう。
私について色々と調べ昔の濡れ衣を持ち出す方法を選んでしまった。
本人を問い詰めるとか、いっそ別人として振る舞うとか方法はいくつかあったと思う。
そもそも彼女だって利明さんに嫌われるマネはしたくない筈だ。
こんな怪文書が明るみになって困るのは寧ろ彼女の方だ。
この手紙を使って問い詰めれば彼女を大人しくさせる事も十分に可能だろう。
…などと冷静になれば答えを導き出す事も出来る。
でもその時は裏切られたショックと利明さんに嫌われる恐怖でここから逃げる事しか考えられなかった。


せめて生徒に、せめて利明さんにお別れくらい言っておくべきだった。
全てが終わってから湧いてきたのは後悔ばかりだ。



思えばいつも同じような展開だった。
女になって←重要
新しい居場所を見つけ、どうにかその場所でやっていくところまでは良い。
しかしその先に待っている未来に良いものは無かった。
せめてドジを踏んだせいでクビになるとか、子供が少なくなってテラコ屋の閉鎖とかが理由ならまだいい。
お終いの隣にあるものは私に対する裏切りだ。しかも親しい人が、好きだった人が…だ。

勇者時代の私も裏切られた経験くらいある。
でもその度に裏切られた傷を産めるほど大きな絆を貰った。
喧嘩っ早く血の気が多いが仲間想いな敏明は、私を裏切った相手を許さず追いかけて謝らせてた。
手を出すのは良い事じゃないけど、敏明が手を出してくれたお陰で事態が好転した事は数知れず…だ。
疑り深い所があるから相手の嘘を見破るのが上手と言うのもあって、とても頼もしかった。
反対に双葉さんからは信じる強さを分けて貰った。
どんな相手に対しても誠意と優しさで接し続けて結果、相手の方から謝った事もあった。
窃盗も闇討ちも、大会出場時に毒を盛った相手も謝罪し自ら罪を償うように動いたのは双葉さんの人徳ゆえだろう。

でもそのどちらもいないと私ってこんなに弱いんだ…。
疑い悪意を見抜く事が出来ず、最後まで信じきって相手の心をを動かす力もない。
私は自分の弱さを、闘いの日々が終わってから知る事になった。



そして度重なる裏切りに私は世界を救った事を後悔し、いっそ滅びてしまえば…。
そんな事すら考えてしまった。
とある勇者はもういないのだ。
性別や姿が変わったとかでなく、こんな事を考える私はもう勇者として完全に終わったんだ。
そう考えると、裏切られた時以上に涙が止まらなかった。
この涙と一緒に、世界そのものも流されないかな?





ひょっとすると天罰が起こったのかも知れない。
ある日、魔王を名乗るものが現れ王都にやその他の都市攻撃を仕掛けた。
幸いにも、と言うべきか魔王は1人しかおらず城下町も全滅ではなく3分の1程度の被害で収まった。
冷静に考えれば魔王が4人(+α)がいる事の方がおかしいのだが…。

とは言えたった1人で都を壊滅させる程に強いのからこその魔王だ。
ここ最近耳にした自称魔王とは格が違う。
平和と思っていた日々は終わりを告げ、老若男女が皆恐れおののいた。


もし仮に魔王の登場が天罰だとしたらそれは自分の事ばかり考えた民衆に対する天罰なのか?
それとも世界の滅びをひと時でも望んでしまった私に対する天罰なのか?
私が命を懸けて手に入れたもの、双葉さんや敏明達がその命と引き換えに手に入れたもの。
ずっと望んでいた平和な世が失われたのは悲しいけれど私にとって良かった事があった。
新しい居場所が出来たのだ。


傷ついた人々を癒すため私は自ら使用を禁じていた癒しの力を使う事にした。
双葉さんのまがい物の噂を恐れ、ずっと使わずにいた力を再び表に出した。
清香の名前も特に隠しはしなかった。
私が追い立てられなかった理由はこの数年で悪魔の使いの噂が消えたからなのか?
それとも私を追い立てる余裕がなかったのか?
どちらにせよ私が脅威に感じていたものが1つだけだが消えた。



小さな建物にベッドが3床あるだけのとても小さな診療所だ。
ただケガ人が多く需要が多いのと、私の癒しの力がとても強い事、少なくない利用者がこの診療所を
天国と評してくれる。一部の男性はひょっとすると私自身を天国の要因として扱ってくれるのかも知れない。
利用料は付け値で、後払いや未払いも可能なほど緩いが大儲けするくらいに診療所は繁盛だ。


非常事態だからか、私を双葉さんの偽物と見なす人はもういない。
むしろ彼女の再来として扱う声が大きい。
まあその度に「あの人には敵いませんよ」と否定するのだけれど。
自衛目的でもなく、謙遜でもなく、双葉さんの優しさと回復の力は私を大きく上回る。
何より私はこの手の平返しを簡単には受け入れられない。
私を無実の罪で糾弾したり、陥れたりした人と、目の前にいる人は別人だ。
そうは思っていても今だけ持ち上げられるこの状況を喜ぶことが出来ない。



お金は増えたし、名声もある。敵対勢力が仮に出ても守って貰えるほどの支持者もいる。
でも前の3か所ほどここを天国と感じはしなかった。
理由は外が乱世だから…とはきっと違う。
私の心の一部が無くなってしまったからだと思う。
優しい清香さんはきっともう死んだのだろう。
天国を運営する法衣の天使は、自分が天使でないことを痛いほど理解している。
身を守るために疑う事を覚えた私はとても天使とは呼べない。



人の世が荒れると、人々は平和を求めるようになる。一部例外はいるが誰でもそうだ。
そして中には平和の為に自ら立ち上がるものがいる。こちらはごく一部の人間だ。
かつての私も、敏明も双葉さんもそうだった。今の私はここで立ち上がる心算はないけれど。
今、こうして診療所を開き人々の傷を癒しているのだって自分がいる場所を作る為でしかない。
世の為に、人の為に自ら血を流し痛い思いをする勇者はもういない。
…いや全くいなくなったというわけでもないか。
今日この診療所に勇者様はいる。勿論、私ではない。
勇者様と言っても、まだ小さく見習いレベルにも到達していないけれど。

小さい勇者様の名前は清彦と言い、魔王に襲撃を受けた小さな町の出身でどうにか生き延びてここにたどり着いた。
年は若く、というか幼くテラコ屋の子供に彼と同じくらいの子がいそうなくらい。
年を聞いてみると14歳、実年齢の割に幼く見えるのは背が低いからかな?
ただ私がそんな失礼な事を考えると大きな瞳を鋭くして睨みつけてきた。
コワイコワイ。

彼は魔王に対しての憎しみが凄く強くて絶対に復讐してやりたいと言っていた。
ただその一方で昔の勇者様のように誰かを助けられるような力を持ちたいとも言っていた。
かつての私に憧れて勇者を目指したという話は嬉しいけれど、当の勇者が廃業してるので少し申し訳ない気がした。




昔の私の名前を聞き色々と落ち込んだ。話に伝わる勇者だった頃の私と今の私を比べて。
この少年は私のそんな胸中に気がつかず私を勇者の隣が似合う綺麗で優しいお姉さんと称した。
この一言は結構嬉しかったり。
この姿になってから容姿を褒められる事は少なくなかったけれど、子供みたく本音でしか話せない相手の綺麗は余計に嬉しい。
「綺麗って言われて嬉しいからお代は要らないわ」
別に言われなくとも駆け出し冒険者の子供から貰う気はなかった。
でもこの子の綺麗は妙に嬉しかったので自然とこんな台詞が出た。
こう言っておけば彼もお代の事を気にしなくて済むものね。
清彦君は自分の財布を見て、うーっと唸りながら悩んだ後「金がたまったら支払いに来ます」と言って立ち去った。


入ってきた時は負傷して死んだような目をし、故郷や魔王の事を話す時は怒りや憎しみに満ちて入るけど力強い目をしていた。
某勇者氏の事を話す時は目を輝かせ年相応な顔をして、帰り際には小さいけれど勇者の顔だった。
熱意と気力に満ち溢れ、小さいけれど男の顔に見えた。
普段はお金の支払いに無頓着(というか支払いが悪くないのでほぼ困る事がない)な私も彼だけはお金を払いに来て欲しいと思った。







それから1年が経った。
診療所は幸か不幸か大繁盛で、お金は勇者時代で一番持っていたころと比べても劣らない程だった。
値段が付け値だと逆に高額になるのだろうか?と思ったりもした。
診療所は相変わらず小さく、人を雇うとか規模や建物を大きくするとかは考えていなかった。
前に色々あったから誰かと一緒が怖かったのかも知れない。

不謹慎かもしれないが、魔王の出現は人にとって良かったのではないかと思う事がある。
人間同士結束する力が強まったし、魔王と戦うという目標のお陰で強く賢く成長できた人も少なくない。
それに目標があるというのは生きる糧になりうる。私自身、この1年でレベルアップした部分がある。
少しでも回復の質を上げようと術のレベルを上げたり、継続力が上がるよう術消費を軽くするスキルも
前よりハイレベルなものを身につけられた。
スキルと言う意味なら双葉さんに劣らないくらいに成長したと思っている。


この1年ちょっと忙しいけど充実した日々は結構好きだ。
双葉さんや敏明と一緒にいた頃の次くらいには。
これに約束をした小さな勇者と出会えたら本当に素敵な日々だろう。
ふと彼の事を思い出していると、扉をたたく音がした。



「一年前はお世話になりました。…と言っても俺の事は覚えているでしょうか?」
忘れるわけなんてない。この一年間、ずっと待っていた。
少し大人に、少し男らしく育ったけれどあの時の小さな勇者と同じお顔。忘れはしない。
前は私よりも大分背が低かったけれど、今は同じかほんの少し高いくらいかな?
嬉しさのあまり言葉に詰まったけれど「当たり前です。清彦さんですよね」と答えた。
彼は少し照れたような表情をしたが嬉しそうに「覚えていてくれたんですね」と言った。

未熟な新人さんも、今ではかなり力をつけ遠くからやってきたのに治療も要らないようだ。
私の出番がない事を少し寂しく思いながらも「清香さんの顔が見れれば俺は満足」という言葉にドキリとした。
それから少しだけ話をした。

勇者(まだ勇者と言うより冒険者かな?)生活はまだまだ駆け出しらしいけれど仲間も集まりなかなか順調らしい。
勇者(予定)の彼の他に、剣士、弓使い、魔女、NINJAと仲間もいるみたい。
彼の旅が上手くいっていることを確認し、嬉しく思い安心も出来た。
この一年間ずっと待っていた彼の顔を見れたし、いい結果も聞けた。
正直これだけで凄く満足だ。この満足な気持ちのまま今日を終わらせられたらいいな。
そう思いながら彼の近況報告を聞き終えた。



彼の仲間の4人ってどんな人なんだろう?
少し気になったので「それぞれどんな人ですか」と聞いてみた。
このままお開きでもいいけれどもう少しだけ話していたい気もするし丁度いいかも。
などとのんきに構えていると彼は少し言いにくそうに言った。
「実は俺以外全員が女の子なんです」…と
何故か分からないが嫌な汗が出てきた。
焦っているのだろうか?焦るって何に?

彼の予想外の言葉を受け不思議と喋れなくなった。
でもこの言葉を聞いていなければ帰り際に「また会いたいです」とは言わなかっただろう。


その日以来、彼はちょくちょく私の診療所へ通う事となる。
最初は月に一回ペースだったのが半月に一回に、半年後には毎週のように通ってくれていた。
その頃には彼のパーティの女の子たちとも顔なじみになっていた。
剣士の子は女の子というより大人の女性って感じだったけどね。
どの子もいい子でなかなか可愛い感じだった。それで清彦さんになんらかの好意を持っているようだった。
例えば剣士の女性は可愛い後輩、弟分として。しかし少しずつ成長していく彼にそれ以上のものを感じていそうだった。
他にも幼馴染の弓使いは、親友を異性と見なしつつあったり、最近出会ったばかりの魔女やNINJAの子も
頼もしい清彦さんに惹かれているようだった。
やっぱり異性と一緒に旅をしてると気になるよね。




例えば長い付き合いの親友を異性と見ちゃう時とか、男のコと思ってた子が予想以上に逞しく
大きくなった時とかやっぱり意識しちゃうものね。
…こういう時に考えるのはごく自然に女の方の視点だった。
女として生きた年数も結構長いし、そもそも昔からその傾向はあったからね。
昔男だった事を久しぶりに思い出したってレベルだ。


私の中身がすっかり女らしくなったからか彼女達とも自然と親しくなれた。
火種のようなものがない訳じゃないけれど、自分と通づるものを感じたようで気が合ったからね。
4人の関係も気の合う友人で、同じ目標(魔王討伐)を持つ仲間でありつつ同じ目標(清彦さん)を巡るライバルと言ったところだ。
うーん、男1人と女4人だと不穏な香りが漂うのかしら?などと考えてしまう。
確かにみんな仲が良さそうだし、良い子そうではあるんだけど4人の間にぎこちなさのようなものを時々感じるのはきっとそれが理由なんだろう。
私も同じような感じでみんなと親しくなれたけれどやっぱりとある一点が引っ掛かり、どこかぎこちない空気がある。
くどいようだけど、本当に私と4人とは基本仲が良いんだからね。基本は。

私に対する4人の評価だけれどみんな揃って若いのに落ち着いててしっかりしている。だった。
外見は女性化した時から変わらない、つまり今も十代後半の外見だ。中身に対して外見が異様に若い。



清彦さんだけでなく一緒にいる女の子達とも仲良くなり、いつしか私は6人目のメンバーのようになっていた。
普段は変わらず診療所で人々の傷を癒しているけれど、パーティが遠出や難易度の高い場所へ向かう時は
回復役をこなすベンチウォーマーとして活躍するようになった。
清彦さんが多少使えるけれど回復役らしい回復役のいないパーティだったので私の仮加入は喜ばれた。
そもそも役に立つ立たないとか関係なく親しくなったものね。

正直、診療所を閉めてずっとここのメンバーでいたいと思った事もあった。
でも、今の世は人の傷を癒す人が必要だ。手持ち金がなくとも引き受ける人物なら更に良い。
だからこの診療所を閉めるわけにはいかない。(2週間に1日は休日なので同行は主にその時にしている)
それに自分で始めた事を投げ出すようではいけないと思った。
少なくとも回復の需要が減るまではこの診療所を開き続けたい。


清彦さんにこの事を言ったら残念がりながらも、流石清香さんだ。と私の選択を褒めてくれた。
口が小さく開き『惚れ直した』と言ったように見えた。
その事について聞こうと思ったけれど、緊張で口が動かず聞くことが出来なかった。




清彦さんと再会してからもうすぐ2年が経とうとしている。
最初に出会った時は14、再会した時は15歳だった彼も成長し大人の男性と変わらぬ見た目となった。
身長は当然のように私よりも高い。
会う度に胸がドキドキするほど素敵な男性になったと思う。


清彦さんのパーティは既にこの国では有名になっていた。
魔王の配下、四天王を2人倒し難所と呼ばれる場所も次々と制覇し実力面では間違いなくトップクラスだろう。
人々は清彦さんを勇者様の再来と呼ぶ事すらある。
今はまだ昔の私よりも弱いけれど、今の魔王程度ならそのうち超えられるようになる。
比較に出された勇者様として彼の資質と成長性は保証できる!!


清彦さん一行は今、四天王の最後の1人(5人目)との戦いに向けて古城に向っている。
私はいつものように道中の回復を行いつつ馬車で待機と言うベンチウォーマーだ。
正直、女性化により腕力低下など弱くなった部分はある。
しかしそれを差し引いても今の私はこのパーティ最強だ。
四天王程度なら最強の5番目どころか5人まとめて圧倒できるくらい。
でも、回復役以上の役をこなす気はない。

私が変にしゃしゃり出ると、清彦さんの決意を台無しにするし何より今の彼は魔王との戦いに情熱を注ぎ
平和の為に命を懸けるから素敵なんだ。元勇者が割って入るのは無粋と言えよう。



実は清彦さんから最後の四天王を倒した後で話があると聞かされている。
どうしても言いたい事があるから待っていて欲しいと伝えられた。
愛の告白にしか聞こえない前振りに私は今からドキドキしている。
正直どっちがメインか分からないくらいドキドキだ。
…いや、四天王程度ならあのパーティが負けるはずないしメインは戦いが終わった後だね。
もし思った通り愛の告白なら嬉しい。


…でもその場合は私についてちゃんと話さないといけない。
謎の女性ではなく自分の生い立ちや正体をちゃんと明かさないといけない。
憧れの先代勇者様が私で彼はどう思うのだろうか?

一人で二度美味しいみたく余計に好感度が上がってくれるだろうか?
勇者の中身が実は女でガッカリするのかな?
いっそ戦力増強を有難がるっていうのも彼らしいかも。
あの人ってば女性相手でもまず戦力がどうかを見るからね。
勇者としては良い事だけど、女としてその反応はちょっと切ない。
…まあ彼に鈍感特性があるからこそまだあの4人とフラグが立たず私にチャンスがあるんだけどね。


あっ、みんなが帰ってきたみたい。
どうやら全員生存ね、実力的には妥当だけど。
お話、楽しみにしてるわよ?清彦さん。





「みなさんお疲れさまでした。いま回復しますね」
「お待たせ清香さん、でも俺より太刀葉さんの回復を優先した方が良いんじゃない?」
「…うん、まあ分かってたけどね清彦優先は」
「すいません…つい」
純前衛の剣士、太刀葉さんは負傷は致命的とは言わないまでも結構深い。
比較的傷の浅い清彦さんを後回しにするのが順当なのに…。
絶対大丈夫だと分かってはいたのに彼の顔を見ると舞い上がってしまうのが私の悪い癖だ。
太刀葉さん達の傷を癒し、勝利報告を聞き私たちはこの場を後にした。
帰る時に清彦さんから小声で「今晩、少しだけいいかな?」と囁かれた。
私は言葉が出せなかったので首を縦に振って肯定した。



その日の晩、私たちは祝勝会という事で町の酒場を貸し切った。
戦った5人と、補助メンバーである私の他に酒場の店主親子や常連さん、その他この辺りに住む人達が集まり勝利を祝い喜んだ。
料理の腕には自信があるという事で私も調理要因として動いた。
清彦さん達は休めばいいのにと言ってくれたが作る料理の分量が多いのでお手伝い。
動いていた方が何となく落ち着くし、何より清彦さん…達を直接もてなせる役って結構好きだからね。
少し大変だったがみんなの喜ぶ顔が見られて満足だ。





宴もそろそろお開きと言う時間になり、たくさんの参加者も一人、また一人と帰っていった。
参加者がかなり少なくなってきた頃、清彦さんに呼び止められた。
そしてそのままお店の外の、人目につかない場所へと連れていかれた。
「清香さん、俺は初めて会った時からずっとアナタの事が好きでした」
壁にドンッ!!はされなかったけれど直球な告白は嬉しかった。

暫く沈黙が続いた。
言いたい事が色々あって何と言うべきか分からないのはあるけれど、せめて一言『嬉しい』くらいは言っておきたかった。
けれど、も声が出なかった。出せなかった。
そのせいで彼に変な緊張を与えてしまった事が申し訳なかった。
でも「言えないなら言わなくてもいい」そう言って立ち去りそうになった彼を見てやっと口が動いた。
「嬉しい、私も清彦さんの事がずっと好きでした」と。
慌てたお陰で言おうと思っていた言葉より、少し盛った返事が飛び出た。
恋心に気がついたのは、結構最近の出来事だけど…ただ両想いという事で清彦さんに抱き寄せられたのは良かった。


しかし、私は彼の告白にOKを出すことは出来ない。
私が元は男で、元勇者で、勇者や男の責から逃げるような真似をした事を告白しないといけない。
勇者だった頃の私に憧れていた彼にこの事を言うと、軽蔑されて嫌われるかも知れない。
でも明かさないなんてマネは絶対に出来ない。
だから勇気を振り絞って
「実は私…かつて勇者と呼ばれていた頃があったんです」
かみかみで、うまく言えなかったけれどどうにか搾り出す事が出来た。


またしても沈黙が続いた。
今度は私の言った言葉に、彼が返答できずに時が止まった。
暫く考えて出てきた言葉は「勇者ってあの?」だった。
彼の質問に「世間で勇者と呼ばれている人物は多くありませんよね?貴方が彼の再来と呼ばれる人です」と言った。

「魔王を4人も倒した!?」
「ええ、実を言うとその後で魔王の親玉らしき存在…邪神とも戦いました」
「親友の戦士や黒髪美女の神官が一緒にいたらしい?」
「ええ、彼も彼女も決戦で亡くなりましたが」

こんなやり取りを少しの間した後で、最後に彼は尋ねた。
「俺が憧れの人だと常々言っていた男が清香さんと同一人物だって?」と
彼の問いかけに「はい、それは私です」と答えるとショックを受けたのかうなだれたようだった。

幼気な少年…今はもう青年だけど。
一途な青年の憧れを打ち砕いてしまった事を申し訳なく思うと同時に私はこの恋のお終いを予感した。
だってせっかく抱きしめてくれた腕が離れているのだもの。
「っ!?」
腰と唇に何か感触を感じた。




(えっ!?嘘?清彦さん!?)
いきなり抱き寄せられ私は混乱した。
驚いて彼にやめるよういう心算だったが、うまく喋れない。
彼に抱き寄せられ、彼の唇と接触しているのが分かるのに少し時間がかかった。
唇の接触、つまりキスだ。

強い力で抱き寄せられながら、ちょっぴり強引なキスをされた。
かつてない体験に私はすっかり骨抜きにされ足腰が危うくなった。
すると彼に押される形だったのが、彼にもたれ掛かる形になり二人の距離は余計に縮まった。
そして、強引なキスが意味するところは彼は、私の事を知ってもOKという事だ。
今日はさっきから泣きっぱなし、泣かされっぱなし。でもとっても幸せだ。


勇者を名乗っていたころは自分の力と仲間の協力で殆どのものが手に入った。
神の力が手に入った時、望めば(死者を生き返らせる以外の事は)何でもできるし何でも手に入ると思ったが、そんな事は無かった。
彼にキスされて心に満たされたナニモノかはどれだけ強大な力があっても決して得られはしない。
女の幸せってこういうのを言うのかな?
顔が火照り、目が惚け、頭がポーっとするのを感じながらそんな事を思った。




昔、俊彦さんに年長者、先輩として言われたっけ。
「チューもまだなのか、双葉はイイ娘なんだしお前に気があるんだから早くチューくらいした方が良い」
「心が通じ合うといいと言いつつも女は男の直接的な行動も求めるもんさ、チューとかもっとスゴイのとかな」
「アイツと付き合うきっかけになったのはキスだったな、そこから意識して一気に距離も縮まった」
双葉さんとのスキンシップ(主にキス)をやたらと勧めてきたのを思い出した。

好きな人、意中の男性にキスされる女がこれほど素敵なひと時を味わえるのなら双葉さんにキスくらいすれば良かった。
…などと後悔しつつもあの時にキスもしない、出来なかったからこそ今は女になっているのだと思うとやっぱりしなくて良かったかな。
と言うより今となっては女性に対してキスするとか、たとえ双葉さんでも正直キツイ。
ほんの少し歯車が狂えば、と言うよりその当時は男として双葉さんをお嫁にするのが自然だった。
それが当時の自分がもう私じゃないみたい。
男として女性と一緒になるなんてとてもじゃないけど考えられない。
どうやら私は遠くへ来てしまったようだ。

彼の情熱的行為でポーっとした頭だったが、男の自分を思い出したおかげ(せい)で少し冷静さを取り戻した。




私は冷静になり、対する清彦さんは慌てだした。咄嗟に過激な事をしたのに気がついたからか。
「ゴメン清香さん」と謝り「俺の気持ちを伝えたかったけどいい方法が思いつかなくて…つい」と落ち込み気味に弁解した。
さっきまでの男らしく安心できる清彦さんは鳴りを潜め、ちょっぴり情けないけど可愛い清彦君が顔を出した。
彼の様子をじっくり眺めているとしどろもどろに口走りながら「どんな責任でも取る」とかいう始末。
もう、簡単にそんな事を言うものじゃないよ?嬉しいけど。
責任を取ってくれる彼に対する私の返答は「驚いたけど嬉しかった」と「責任を取ってくれるのなら喜んで取って貰う」だ。

しかし清彦さんの常識はどうなっているんだろう?
責任の部分を重労働や血を流す事で取るのだと考えていた。
それも間違いじゃないけれど、男女間…しかも両想いでの責任の取り方なんて一つしかない。


「いや、清香さんが嫁になってくれるとか全然責任じゃないし、むしろ俺にとって望むところだし」
「でも男女間の責任って普通そういうモノなんだけどね?出来れば責任とか償いじゃなくって愛し合う感じで
娶って欲しかったけど、でも…清彦さんに対して本気で恋しちゃいました」
「告白したはずが逆にされた風になってるのがどうにも解せん」
少し締まらないような気もするけれど告白は大成功だ。
この場合どっちが告白してどっちが大成功かは分からないけれど。



「色恋沙汰だと普段の姿からは想像できないくらいのポンコツ」
「アハハその通りだけど、意外とキッツイ」
「昔の私のが言われた事なんだけどね、でも清彦さんもモロにそんな感じね」
「やれやれ、憧れていた人の悪い所が似ちまったわけか」
「そうかもね」
静かな真夜中に私たちの笑い声が響いた。






さて、私たちの告白は成功したが旅は、目的はまだ残っている。
魔王はまだいるし私と清彦さんが結ばれた事で新しい問題も出てきた。

「いや、俺が清香さんと付き合う事になってパーティの具合が悪くなるもんなのか?」
「うん、って言うか案の定と言うべきか気がついてないんだね」
あの4人は清彦さんが好きだったし、好きだったからこそ一緒にいたというのに。
もちろん魔王を倒して平和な世の中を取り戻したいという想いもあったけど、好きな人だから一緒にいたし
困難があっても乗り越える事が出来たのだろう。


「密葉や太刀葉さんが俺の事を好き…?」
「うーん、やっぱり気がついてなかったんだね」
「清香さんに告白した事、ちゃんと言うべきだよなあ…」
「態度で分かっちゃうだろうしちゃんと話すべきだよね…怒らせたり攻撃されるかもしれないけど」
「うへー、4人と戦うとかヤダなあ」
「だったら私が代わりに謝っておく?私が後からしゃしゃり出たって言うのもあるし」
「いや、俺が伝える。好きな女に守られるのは正直嫌だ!!俺が守りたい!!」



ボケボケな一面を見せつつも、頼れる男性の顔を見せてくれた。
彼の守る宣言に私はキュンとした。
頼もしい清彦さんはその夜、男らしくハッキリと私と付き合う(互いに結婚の意志あり)事を明かした。
あとは私の正体について元勇者という事以外のほぼ全ても一緒に。

4人は悲しみつつも、薄々清彦さんが私に気がある事に気がついていたり、私が相手ならまだ諦められるなど
泣きながら、或いは涙を我慢しながらも祝福をしてくれた。…みんないい娘で私も泣きそう。
ただ、今まで清彦さんに尽くしてきたのに(当の本人は気がついてなかったが)フラれて
少し腹が立った…という事で彼女たちの鉄拳制裁を4人分喰らう事になった。
…私は何もされず、清彦さんだけ。

滅多切り、アローレイン、エクスプロード、雷神苦無、彼女たちの得意技と清彦さんの悲鳴が響いたのだった。
今は夜中なんだから町の中で得意技を放つのは良くないよ…って気にするのはそこじゃないよね。

倒れる清彦さんに、呆然として立ち尽くしてる私。
どうしたらいいのか戸惑っていると太刀葉さんがアドバイスをくれる。
「清彦が倒れてるし今がチャンスだよ、介抱して距離を縮めるなり唇を奪うなり好きにしなよ」
彼女たちが清彦さんに攻撃したのは腹が立ったからじゃなくて、私との距離を縮めるためにわざとなんだ…。
本当に素敵な女性たちだ。




幼馴染の密葉さんが清彦さんを足でゲシゲシしてるけど、きっとそれも私の見せ場を作る為だろう。
きっとそう、多分そう、もしかするとそうかも知れない。
しかし、足蹴にするのがなかなか終わらないので結局私が割って入る事に。
そのあと気絶した清彦さんは私の回復術で意識を取り戻し、私は4人の恋敵に祝福されながら彼の彼女になるのでした。


その後の彼女たちはパーティを抜けるとか言い出さず、ちゃんと魔王討伐まで一緒にいてくれることになった。
「えっと…一応、私も少し前までは戦歴の戦士だったから戦力にはなれますよ?」
「皆まで言わなくていい清香さん。私は騎士として魔王討伐に参戦した、だから途中で抜けはしない。清彦の事は残念だけど」
「そうだよ清香さん、恋人にはなれなかったけどアタシとコイツは幼馴染の親友、最後の最後まで見捨てはしないって」
「それに魔王討伐メンバーになれればカッコイイ男の人とお近づきになれるチャンスもあるもん、清彦だけが男じゃないって」
「ここで抜けてしまうと清彦さんから受けた恩は返せません、NINJAの名を汚さないよう私も残ります。次期頭首候補は他の人を当たるとします」
本当に素敵な女性だ、今の私は女性をそういう目で見られないけど清彦さんを少し羨ましく思った。

「おうみんなが参戦してくれるのなら心強い!!それじゃあ数日で準備を整えて魔王の城へ突っ込もうぜ!!」
「「「「「おー!!」」」」」



「ホント、こんないい子4人を選ばないなんて清彦さんは本当に勿体ない事したよね」
号令を終え、彼女たちを見回し心の底からそう思った。
失恋した涙が渇くか乾かないかのうちに決戦の意志を固め、しかもその失恋相手と一緒に戦場に立ち
挙句その人の為なんだもん。正直私にそこまでの精神力はない。

しかしこのセリフは私が言うべきセリフじゃない。
あの4人の逆鱗に触れたのか、それともツッコミを入れたくなる発言だったのか攻撃が飛んできた。
しかも4人での連携攻撃が。(アロー滅多プロード苦無)
連携は普通に連続で攻撃するより威力が上がるので正直結構痛かった。


「えっと…清香さん申し訳ない」
「アタシ達とんでもない事しちゃったよ、本当にゴメン!!」
「少し痛かったけどこれでも戦いの経験があるので大丈夫です、それに失恋の痛みはきっともっと痛いでしょうからね。
むしろこれくらいされた方が気が楽なくらいですよ」
「うわー、清香ちゃんマジいい子、こりゃあ清彦には勿体ないくらいだわ」
「清彦さんを好いた私たちが言う台詞ではないでしょうけど」
少し痛かったけれど、私と彼女たちの距離は連携ツッコミのお陰で縮まり関係は大分改善した。
勇者清彦とその仲間たち、再出発が決まりました。



「これで好きな子を戦場に立たせなくて済んだぜ、みんな…ありがとな」
「清彦さん?」
と思ったら彼のさり気ない、そして心ない一言で台無しになった。
ほんの数分前まで清彦さんに恋心を抱いていた相手に随分と無神経だ。
そもそも無理して振る舞ってるけど、まだちゃんと失恋して吹っ切れたかどうかも分からないじゃないの?
本来なら清彦さんに甘えたいし守って貰いたい女の子達だというのに…。
マズいと思った私は清彦さんに耳打ちをし、前言を撤回するように助言をする。

「太刀葉さんは女の子って年齢じゃない気がs」
「滅殺剣!!」
「流石に今回はフォローしきれないかな?」
色恋沙汰だと途端にダメダメ、勇者様は前勇者と同じ弱点を持っているようだ。
女心が分からなさすぎる彼と、ある意味で分かりすぎてる私と…ひょっとすると理想的な組み合わせかも知れない。
清彦さんが連携制裁を受けている中で私はつい顔が緩いいでいた。




その後の清彦さんは4人からの連携攻撃(アロー滅多プロード苦無)喰らってしまい危うく死にかけるも
私の治療術でどうにか一命をとりとめる事に成功した。
ただ不幸中の幸いと言うか、塞翁が馬というか、死にかけるくらいの攻撃をどうにか耐えたので頑丈さが大きくアップした。
一方の女性4人は攻撃のコツを掴んだのか得意技の攻撃力と連携の成功率がアップ!!
最後の四天王との戦いもあって、たったの一日で戦力が大きく上がった。
きっとこれで魔王との戦いも楽勝だろう。
彼の介抱に疲れ、意識が薄れながらも私は彼らの勝利を確信した。



それから数日間、最後の準備と十分な休憩を終え私たちは魔王城に突入した。
お城の中は鍵や仕掛けが多く、モンスターもこれまでで最も強かったけれど気合十分の清彦さんを中心としたメンバーの相手ではなかった。
確かに強い敵と面倒なトラップだけど、昔の魔王はここよりも頑強なお城を用意してたり、ここの敵より
強い敵、賢い敵、連携の上手な敵がいた。私の経験も加わり清彦一行の魔王城攻略は非常に順調だった。
なので私は回復をこなすベンチウォーマー役に専念できた。
料理役も私がやるのが一番いいしね。

「へへへ、これなら告白した女を戦場に立たせる真似はしなくて済みそうだ。清香さん!!君は俺が守る!!」
「清彦さん…」
嬉しいけど…でも一緒に戦ってくれる女の子の事をもう少しくらい考えてもいいんじゃない?
しかも太刀葉さんは女の子って年齢じゃn…といつもの小ネタをやっちゃうし。
『アロー滅多プロード苦無』の掛け声が響き合ってるし…。



小ネタとツッコミのせいで余計な消耗をしたけれど、場の空気的にはいつもの調子になれて良かった。
剣を喰らった後で「俺の狙いどーり」と言う彼は本当に狙っていたんだろうか?
少し疑わしいけれど、大して消耗もないまま魔王の間の直前に到達できたことは確かだ。



魔王の間へは馬車が入れず魔法陣で守られているので私がお留守となった。
不安がないでもないけれど、今の清彦さん達の実力はかなりのものだ。正直、今の魔王が勝てるような相手じゃない。
何より私は昔の、少年時代の清彦さんを知っている。
あの非力な少年が4人の女性を引き連れ大きく逞しく成長した。
技量はまだ昔の私に劣るけれど、勇者として、男としては私を上回っていると思う。


「好きな女、自分を好いてくれる女を守れてこその男、守れてこその勇者だ!!清香さんはもちろん
密葉もは太刀葉さんも、レンゲも鈴蘭もみんな俺が守る!!だからもう少しだけ力を貸してくれ!!」
ちゃんと太刀葉さん達の事を気にかけるあたり彼も成長したようだ。
突入前の彼の一言にみんなの心は一つになり、戦いへの士気も彼との絆も最高だ。
彼に守って貰う女である事を嬉しく思いながらも、一緒に戦えない事を残念とも思った。
しかしこれで勝てないわけがない。私が気にする事はこれから彼と一緒にどんな家庭を築いていくかだろう。

「いつも通りの力が出せれば勝てないわけありませんよ!!」
私は笑顔で決戦へ赴く友人と未来の夫を見送った。






結論から言えば魔王は滅び世界に平和が訪れた。つまりはチーム清彦の大勝利だ。
ただ一つ残念な点があるとすれば18になろうとする一人の青年の命が失われた…と言う点だろう。
戦いに勝利した清彦さんは、魔王の悪あがき攻撃を喰らってしまい…そのまま命を落とした。
異次元の狭間に飲み込まれ、亡骸も残らなかったらしい。

私の回復術を使えば死の直前や、生と死の狭間にいる人でも回復させることが出来る。
しかし、体そのものが飲み込まれてしまってはどうにもできない。
異次元の狭間に飲み込まれた…は、ED後に帰ってくる前振りと言う風潮があるらしいが現実でそんな事は無い。
密葉さん曰く、狭間に飲み込まれる途中で体が砕かれ粉みじんになっていったらしい。
かくして名実共に勇者となった男は二度と帰ってくることは無かったのだった。

彼との結婚も、一緒の家に住む新生活も、子供を産んで家庭を築くという夢も…。
私が欲しかったナニモカモハ永遠に失われたのだった。



その後私が宿を運営するに至った流れは良く覚えていない。というか良く分からない。
私が参戦すればどうにかなったのに…と勇者様を死なせた罪悪感から新世代の勇者を育てようと思ったのかも知れないし…。
勇者様や勇者の卵を支えて育てるのが楽しかったから、冒険者を助ける仕事をしたかった気もする。
清彦さんの温もりを求め、彼とよく似た男性を求めている可能性もある。





最後のが一番正解に近いかな?

何がしたいか?何が欲しいか?
そう聞かれたら迷わず素敵な男性と幸せな家庭を築きたい。そう答えるから。


かつての私は勇者だった。
その後、数百年の時が流れても私を超える偉業を成したものが現れる事はない。それほど強く、大きな勇者だった。
魔王すら恐れる最強の男で、終いにはこの世のどんな力も手に入れた人型の神のような存在になった。


でも勇者様より、神様よりも私は一人の女が良い。
強くなくていい、大剣を片手で扱える腕の筋肉も、魔剣を弾くほど屈強な腹筋も要らない。
胸とお尻にちょっぴり多くのお肉がついていればそれでいい。実用性がなく楽しんでもらうしか出来ないお肉で構わない。
肝心な場面で守って貰わないと生きられないくらいでも構わない。
人より優れた点は彼に対する想いだけでも別にいい。
私は一人の女として、一人の男性と恋をして、ささやかな家庭を持てればそれでいい。

素敵な方と出会うため、或いは小さな種を立派に育て自分好みの男にする為に今日も私は宿を開く。
ささやかな筈なのに、世界を救う事よりも何故か難しい、小さな小さな恋色の願いを叶える為に。
今日の彼が未来の勇者様に成長して、私を迎えてくれたら…。
そんな夢のような願いを胸に抱き双葉印の宿は本日も営業しています。


~Fin~

以下オマケ的なエピローグとあとがき

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