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忍者少年Reboot 夏休み編

2019/06/12 12:38:05
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「ふう、あっちぃなぁ~」
真夏の熱気を全身に受けながら、俺、佐々錦夏輝(ささにしき なつき)は屋根もないバス停の案内板横で相方を待っていた。
スマホの時計が映し出す時刻は午前8時、八月初旬の太陽はまだ本気モードとまでは行ってはいないが、街路樹越しに照り付ける日光はチリチリと俺の肌を焼いている。
約束の時間から既に30分。相方は『少し遅れる』とのメールを寄越したまま、まだ現れる気配もない。
「あいつめ、人を誘っといて何やってんだか」
パタパタと手のひらで顔を仰ぎながら独り言ちてみる。しかし俺は誘いの主のことを良く知っていた。
あいつは本来時間にルーズなキャラじゃない。約束に遅れたりすっぽかしたりすることは自分の知る限り少なかったはずだ。
何か理由があるんだろう。あいつの家庭の特殊な事情とかが。

■■■■■

「なあ夏輝、一緒に海、行かないかー?」
幼稚園時代からの幼馴染、風間紀与丸(ふうま きよまる)から誘われたのは三日前のことだった。
中学までは同じ学校でいつも一緒にいた仲だったが、お互い別の高校に進学したことで一気に疎遠になってしまっていた。
思い返してみると声を聴くのも五月の連休以来だったろうか。
今までとは違う新しい環境は、長年付き合ってきた友人を一気に遠い人にしてしまっていたんだ。
丁度予定も空いていたことだし、俺は彼の誘いを受けることにした。
最も他の予定が入っていてもこっちを優先しただろうが。

■■■■■

紀与丸はまだか、とキョロキョロとあたりを見回す。あいつの家はこのバス停の北側にあるが、そっちから来るとは限らない。
悪戯好きのあいつに背後から膝カックンされたり、首筋に冷や水ぶっかけられたのは一度や二度じゃあない。
「だーれだっ」
不意に聞き覚えのある中性的な声――低くも高くもない、特徴のないことが特徴な声――が背後からかけられると同時に俺の視界が暗闇に反転。
そして何か柔らかい二つの感触を背中に感じた。
その声は間違いなく紀与丸の声。歩道周りを見回していた俺は車道に背を向ける形になっていたのでそこを突かれたようだ。
それにしても紀与丸の奴、わざわざ向かいの歩道から車道を突っ切って来たのか。
この車道は交通量が多くて近くに信号もない。いくら体術に自信があっても危険すぎるだろう。
お前が鍛錬を積んだ超人と言っても、車に轢かれたら死ぬんだぞ。
しかし背中に当たってる二つの柔らかいモノは何だろう。何かの荷物を首からぶら下げているのか?
でもこの感触はとても心地よい…。おっといけない正気に返ろう。
おいおい、俺たちもう高校生なんだから変な悪戯はやめろよな。そう言いながら後ろを振り向く。
そこにいるのは紀与丸ではなく、一人の女の子の姿があった。
真っ白なサマードレスに身を包んだ、黒髪ショートの女の子。そしてその胸は豊満であった。
たすき掛けされたスポーツバッグの肩紐が見事なπ/(パイスラッシュ)を形作っている。
やや吊り目気味で目鼻の整った顔立ちはとびきりとは言わないが中々の美少女だ。しかしだな…。

えっ? ええと…、キミはダレ?

「あははは。やっぱり見た目じゃわからないかー。あたしだよよあたし、『キ・ヨ・マ・ル』」
ああ、紀与丸の同行者の人か。あいつめいつの間にこんな美人さんとお知り合いになったのか。
「ちがう、ちがうよー。あたしが紀与丸なんだって」
少女は慌てた顔で、両の掌をぶんぶんと横に振るジェスチャー。
あのー、変な冗談はやめてもらえませんかねぇ(困惑)。俺の知ってる紀与丸は十年以上ずっと男だったぞ。
「そっかー、やっぱりこの姿じゃ分からないよねー」
紀与丸を名乗るこの少女は満足げに胸を張る。
彼女の顔をよく観察しているうちに俺は気づいた。少々の違いはあるがその造形は紀与丸の面影があった。
ていうか紀与丸を女にして少し美化したらそんな感じになるかな。

「見て見て、なっくん」
なっくんっていうのは俺のことか? なんて俺の疑問を脇に置いたまま、彼女は右手の指先で顎下の皮膚を摘まみ、引っ張る。
ぴりぴりと微かな音をたてながら肌には真横に切れ目が入り、右手はその中へと潜り込んでいく。
不敵に笑う少女の顔面に、人の手形が浮き上がる。それは皮膚の中で不気味に蠢き、整った彼女の容貌を醜く崩し歪めていく。
さながらホラー映画のワンシーンだ。俺は声を出すことも出来ず、夏だというのに冷たい汗が背中をぐっしょりと濡らした。
耐性のない人が見たら卒倒するかも知れない。
「クスクス…。いい顔してるぞー『夏輝』。やっぱりこの姿で来た甲斐はあったね」
声はそのまま、だが少女の口調はガラッと男のものに変わった。この調子は子供の頃から何度も聞いた紀与丸の話し方だ。
「どうだ驚いただろー。これが新しく覚えた忍法『皮装変』だ!」
そういうことか。今更ながら言われてようやく納得したぞ。びっくりさせやがってこの野郎。

■■■■■

風間紀与丸。あいつの家系は戦国時代から代々伝わる忍者の家系だ。
その御先祖サマとやらは乱世の影を疾り、その後も幕末、近代日本の戦の裏側で暗躍していたのだとか。
しかし日本は太平洋の戦いに敗れ、彼の曽祖父は占領軍の追求をかわすために名を変え顔を変え、モグラのように隠れて過ごした。
だが自らが必要とされる時代が来た時の為、忍術の継承は続けた。
彼のワザはその家の男子に脈々と受け継がれ、紀与丸もまた忍者としてのワザをおじいさんや父親から叩き込まれたんだ。
俺を呼んだのは過酷な修行で身に着けた忍術を自慢するためなんだろうな。

■■■■■

崩れた顔をグイグイと引っ張って直しながら、少女≧紀与丸はこのジュツについて話してくれた。
忍法『皮装変(ひそうへん)』。これは風間家に伝えられた忍びの変装術。
別人そっくりに作られた皮を被り、その人物の容姿を完璧に模倣する。
もちろん皮を着るだけで別人になりきれるわけじゃない。擬態する人物に合わせ、自分の体格もまたジュツによって変化させる。
紀与丸の肉体はジュツを通すための霊薬を幼いころから飲み続けていた。そのため筋肉はおろか骨格の形もある程度自由に変えることが出来るわけだ。
今見ている姿のように背丈を縮めて肩幅を狭め、骨盤の形まで変えて女性の体形を取ることだって出来る。
その上に皮を着る。角質や毛穴、さらには血管まで再現され、見た目も手触りも全く人間と変わらない作り物の人肌だ。
原材料は小麦粉やコーンスターチや米粉、そして秘伝の薬液を少々。
もちろん声紋操作のジュツによって、変装対象の声を複製することも欠かせない要素だ。
『皮装変』はそれらのジュツの集合体。彼のご先祖様はこのようにして全くの別人に、あるいは特定の人物になりすまし潜入、暗殺、ハニトラ等の工作活動を行っていたのだという。

「夏輝―、見て見てオレの体。どこからみたって女の子だろう?」
顔を元通りに直した少女は自分の体を見せつけるように、両手を広げて⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーンのポーズ。ついでに豊満な胸も揺れる。
「ああ、お前にはいつも驚かされっぱなしだな。今日のはそん中でも一等賞だ。でもさ、どうして女の子に化けたんだ?」
「何でって? そりゃあお前、男男でいるより男女のカップルのほうが楽しそうじゃん?」
それは確かにそうなんだけど…。
「行けそうなら女女のカップルでもよかったんだけどな☆」
イヤイヤ俺男だし、忍者でもなければジュツを使えるわけでもねぇし。
「折角苦労して覚えたジュツだし、自慢ついでに遊びでもフルに活用できたらなーと思ってなっ。
でもジュツのこと話せる人は少ないんだよなぁ」
そりゃあそうだろ。お前の忍術なんて知る人が知ればいくらでも悪用されかねない。
幼馴染とはいえ、一般人の俺にそれを教えるのだってこっちからしちゃ不思議なんだぜ。
信用されているというのはそれはそれで嬉しいけど。
「だから今日は話せる奴と一緒に、久しぶりにごっこ遊びなんかどうかなーって、幼稚園のときよーくやったじゃん」
ままごとみたいなやつか。で、何をやるんだ?
「決まってるじゃんイケメン君。『カレシカノジョごっこ』だよー♪」
そう言って少女≧紀与丸はぎゅっと俺の腕に抱き着いてきた。豊満な胸のふくらみが押し付けられ、先ほど背中に感じたのと同じ柔らかな感触が腕に伝わってくる。
「なっくんだーい好きっ!」
この皮はとてもうどんやたこ焼きと同じ『粉もの』から作ったとは思えない。見た目も声も手触りも匂いも、どう見たって女の子そのものだ。
この状況、嫌いじゃない。最も彼女の『中身』のことさえ気にかけなければだが。
やがて少し遅れ気味にバスが到着し、俺と『カノジョ』は約40分遅れで海へと出発した。

■■■■■

走るバスの中、隣に座った紀与丸が切りだした。
「あ、そうだなっくん。今日のあたしは紀与丸じゃなくて『春風(はるか)』。春風って呼んで」
言われてみれば女の子相手に『紀与丸』はちょい呼びにくいもんな。ついでに言うと『中身』のことを意識したくないしw
「ええー、ひどいよー ヽ(`Д´)ノプンプン」
悪い悪い怒るな怒るなスマンスマン。
それより聞かせてくれよ。『キミ』がどんなキャラなのかをな。
「うんうん聞いて聞いて。あたしのフルネームは雄町春風(おまちはるか)。なっくんと同じ学校に通う幼馴染なんだ。
家族はパパとママ、あとは大学生の冬音(ふゆね)お姉ちゃんと中学生の妹、秋魅(あきみ)。
二人ともなっくんを狙ってて、隙あらばあたしから横取りしようとしてるの。
で、今日あたしは他の姉妹に抜け駆けして、なっくんを奪っちゃおうと思ってる」
おうおうモテモテなのは嬉しいが修羅場だねぇ。ごっこ遊びにしちゃあどえらくヘビーだ。
「そうそう。これは『大人のごっこ遊び』ってとこだね。面倒臭いなら普通に遊ぶ?」
いいよ付き合ってやるって。夏休みが終わったらまたしばらくは会えなくなるんだ。そっちの要望にも応えてやらないとな。
大方別人をちゃんと演じられているか判定して欲しいんだろ?
「あたりー。でもそっちはあくまで『ついで』だよ。一番の目的は全く違う姿の自分を楽しむこと!
ジュツを覚えてからワクワクが止まらなくてさー」
おうおう元気だねぇ。そんじゃ今日一日よろしくな『春風』。
「うん、こちらこそよろしくお願いするね。なっくん」
やがてバスは目的地の海水浴場近くに到着した。

■■■■■

夏真っ盛りの海水浴場は、予想通りの人でにぎわっていた。
だだっ広い砂浜を見渡す限りの人ひとヒト。海の青色ははるか遠くに見える。
通りがかった託児所のテントでは、迷子と思しき子供が泣きべそをかいている。
「うわー。こりゃ思ったより盛況だねぇ」
いつの間に買ったのか、春風はチューブ型のアイスを頬張りながら俺の後ろをついてくる。
肩から提げられたスポーツバッグ、右手には大ぶりのキャリーバッグを携えているが、彼女の動きは軽快そのもの。
最低限の動きで人込みをヒョイヒョイと躱していく。流石は忍者だ。
見た感じバッグの中身はぎっちりと詰まってそうだ。しかし女の子に大きな荷物を持たせてるのも恰好が付かないな。
それ俺が持とうか? と、ほんの少しだけ男らしさを演出。
「ダメッ! これはあたしが持つの!」
大声で拒絶されてしまった。一体何とナニとNANIが入っているのやら…?
5分ほど砂浜を歩いてようやく更衣室に到着。春風に手を振って踵を返し、男子更衣室の扉に手をかける。
しかし背後に不可解な違和感。後ろを振り返ると未だそこにいる春風の姿。
「どうしたの? なっくん?」
さっさと入れよと言わんばかりの視線。コイツ気づいていないのか?
「あのな…」
キミは向こうだろ。向かいの女子更衣室の扉を指さす。
「あっ!」
春風は慌ててそちらへとダッシュ。いつもの癖で男子更衣室に入ろうとしたことにようやく気付いたか。
しかし、よくよく考えたらあいつが女子更衣室に入るのも間違っている気がするような…。
一度入れば二度と出てこられぬ思考の暗礁宙域に囚われて思案すること数秒。
「…まあいいか」
無限のループを繰り返すうちに、俺は考えるのをやめた。

5分ほどで着替えを済ませ、更衣室を出てから待つこと数分。
「なっくんお待たせ―!」
元気いっぱいの声と一緒に、女子更衣室のカーテンをするりと抜けてきた春風の姿。
竜巻のように風を纏いながら跳躍。一瞬で距離を詰めて俺の目の前に華麗に着地。
ブイっ? とばかりにニッコリ笑いながらピースサイン。
彼女の健康そうな肢体を飾るのは、シンプルなデザインのピンクのビキニだ。
Eカップはあるであろう豊満なバストを包み込むトライアングルトップス。
下腹部を覆うのはかなり面積の小さなショーツだ。
横部分は紐で括られ、腰のカーブにに絶妙な窪みを形作る。
驚いたことに本来股からぶら下がっているはずのものの、不自然なふくらみは全く感じられない。
パレオか何かでごまかすかと思ったが、意外や意外。
水着姿の『彼女』は、どこからどう見ても『女の子』だった。
「なっくん、あんまり変なとこ見ないで。恥ずかしいよう…」
顔を赤らめた女の子の恥じらう仕草に、思わすドッキリして目をそらす。
おっといけない平常心平常心。この女体は作り物の紛い物で、中には男の体が入ってるんだぞ。惑わされるな夏輝。

人だかりの中運よく空いたパラソルの日陰を確保できた俺たちは、マットを敷き荷物を置き軽く準備体操。
春風のやつはマットにぺたんと座り、バッグの中をゴソゴソ。取り出したのは日焼け止めオイルの容器。
ビキニのトップスの紐を解き、
「なっくん。悪いけど背中に塗ってくれない?」

ポイっと容器をこちらに投げ、返事も待たずにうつ伏せにマットに寝転ぶ。
おいおいキミは忍者だろう? 背中に手ぐらい届くんじゃないのか?
「骨と筋肉結構弄っちゃったからさー、後ろに手が届かなくなっちゃったのよねー」
今の体形を作ったせいで、体の自由がきかなくなってるわけか。
あと一つ聞きたい。今のキミは日焼けを気にする必要があるの?
「皮は結構デリケートでねー。あまり日光を浴び過ぎると変色して、変な臭いが出るの。
これ、気合入れて作ったお気に入りだから大事に使いたいのよー。なっくんだってこういう女の子好きでしょ?」
ああ、それは否定しようがないなあ。つーか人の好みあらかたぶっ込んできやがって。
それじゃあ隣にお邪魔して、と。日焼け止めを手の平に注ぎ、彼女の背中にタッチ。
その手触りはゴツゴツザラザラした男の肌とはまるで違った。
まるでシルクのような柔らかさと肌理の細かさ、そしてスベスベした感じ。これが女の子の肌触りなんだなぁ。
イヤ落ち着け夏輝、騙されるな夏輝。
これは本物の肌じゃあない。心地よい彼女の肌の手触りも、この悪友の造り出した偽物なんだぞ。
でもこの肌の感触と心地よさ、ずっと触れていたいような。

そして、
日焼け止めも塗り終わり、俺たち二人は意気揚々と海に飛び出す。
「さあさあなっくん。あたしと向こうまで競争だよ!」
と砂浜で駆けっこをしたり。
「あそこのブイまでどっちが先に行って戻れるか勝負!」
と二人で泳いだり。
「あたしの忍術となっくんの武道、どちらが上か決着をつける時が来たね! 参るっ!」
と組み手をしたりした。
結果は俺の全勝で、春風は肩を落としてガチ涙目状態。
「く、悔しい…。ぐすん」
そりゃ悔しかろう。普段の勝負じゃ組み手以外ではこちらの全敗だったからな。
それだけこのジュツが体の負担になってるってことなんだろう。それでも駆けっこの結果は僅差だったが。
オイオイ泣くなよ、と好物のチューブ型アイスを手渡してやる。
「わーい、ありがとー」
泣きそうだった表情はどこ吹く風、途端に上機嫌になってアイスをチューチュー。
やれやれ全く単純な奴だ。よっこらせとマットに寝転び遠くの空を見る。
巨大な竜のような分厚い雲が、遥か彼方の東の空にとぐろを巻いていた。

すっと視界に影がかかる。片手にアイスの空容器を持った春風だ。
「なっくん、少し離れるね。荷物見ててくれるかな?」
「なんだトイレか? 今度はさっきみたいに間違わないようにな」
「なによー、なっくんの意地悪。べーだっ!」
舌を出しながら春風の姿は人込みに消えていく。残されたのは俺と彼女の荷物。
アディダスのスポーツバッグと、海外旅行にでも持っていきそうな大ぶりのキャリーバッグの二つだ。
海水浴に行くにはものが大げさすぎる。一体何を持って来ているのやら。
女の子の荷物を覗くのはマナー違反だが、中身はそうじゃないしちょっとだけ見て見るか。

スポーツバッグの中身は女ものの衣服が数着。学校の夏服や体操服、水着まである。
さらにはコスプレ用だろうか? バニーガールやメイドの衣装なんかも入っていた。
さらにその下には下着まであった。レースで飾られた可愛らしいものから、実用一点張りのスポーティなもの、オトナの色香の漂うセクシーなものまで。
普段見ることのない魅力的な品物の数々に、俺の心拍数は急上昇。
いかん。これはまるで俺がヘンタイみたいじゃないか。あわててスポーツバッグのファスナーを閉じる。
もう一つの荷物、キャリーバッグの方は、と。
開閉ボタンを押してもバッグの蓋はビクともしない。鍵だ、三桁のダイヤル錠がかけられているんだ。
錠の番号は…、と。紀与丸の奴は確か子供の頃からあの数字が好きだったよな。
数字は『228(ニンジャ)』、これが答えだーっ!

カチャリ

ホントに開いたよ。紀与丸オマエは忍者なんだからもうちょっと防犯には気をつけような…。
さてとキャリーバッグの中身を拝見、と…。

ゲッ! こ、これは…!

中身を見た俺は激しく後悔した。中にあるもの、それは数体の中身のない萎んだ人間の体だったからだ。
それらはバッグの中で複雑に絡み合い、さながら『物体X』のように人の顔面が溶け合ったグロテスクな塊がそこにあった。
醜くひしゃげた虚ろな顔が俺を睨み、落ちくぼんだ眼が「今は見るな」と俺に抗議しているかのようにも見える。
幼い顔から大人の顔までたくさんの顔があるが、それらには共通するものがあった。
女だ。中にあるのは全て女の顔、女の体、女の抜け殻、女の皮/カワ/KAWA…、英語でSKIN
そうか、これがあいつのジュツに使う皮なんだ。
しかしこの光景は不気味っつーかスゲー怖いよな。生きた人間の生皮を剥いで放り込んだ…みたいでさ。
イヤ…、まさかな。

「ナァニィ見てんだァ? ニイチャン」
「!」
突然背後から声がかけられ、俺は5m程後ずさった。肉体の縛りが無ければ魂が50mは飛んでたかも知れない。
振り向くとそこには中学生くらい、下手をすれば小学生と見紛うほどの小さな女の子の姿があった。

少し日焼けした肌と、茶色い髪をリボンで纏めたツインテール、ぺたんこ胸で曲線の少ないボディライン…所謂少女体形というやつだ。
フリルが飾られた白いビキニで、幼いながらも健康そうな体をアピール。
だが本来は可愛らしい顔立ちなのだろうが、半目でニタニタと笑う顔で台無しになっている。
「荷物見ててくれと、はるるネーチャン言ってたよなぁ? でも中身を見ろとは言わなかったんじゃねーの?」
はるるネーチャン? 春風のことか。ってことはキミは…。
「そう、雄町三姉妹の三女、『秋魅』だよ夏ニィチャン。オレッチを差し置いてはるるネーチャンとイチャつくなんて良い身分してんねぇ? うへへ」
「『妹の秋魅』ちゃん、ね。…ってことは、中身は紀与丸なのか?」
『秋魅ちゃん』の身長は140センチ代くらいか。どこまで小さな子に化けられるかの実験も兼ねてるのかな?
「ぐへへご名答。まあ分かんねーわけねーだろうがな」
あれ? 皮の入った荷物はこっちに置いてたはずじゃ? どうやって着替えたんだ?
「へへへ、夏ニィチャンには特別に見せてやるよ」
と、言うが早いか彼女は両手の指先で唇の両端を掴み、グイっと持ち上げる。
メリメリと乾いた音をたてて、あり得ないくらいに口が開いて顔が捲れ、その下に別の顔があるのが見える。
それはさっきまで一緒にいた春風の顔だった。
ええとこれは、皮を重ね着してたのか?
「ピンポンピンポン! ご名答ゥ!」
崩れた顔を直しながら秋魅ちゃんが答える。多少慣れはしたが女の子が自分の顔をグニャグニャと弄る姿は不気味だ。
「はるるネーチャンは『中』でお休み中! 今度はオレッチとニーチャンが遊ぶ番なのだ! ぐへへ」
それにしてもこのキャラクター、『おっさん系妹キャラ』と言うべきなのだろうか。一体誰をターゲットに作ったのやら…。
「そう言えば『三』姉妹って言ってたよな? あと一人、長女の『冬音』さんが次に出てくるのか?」
ひょっとして、その皮も既に中に着こんでいるのだろうか?

「だったらナンだってんだよニィチャン? オレッチみたいなお子チャマはお呼びでないってのかよぉ!?」
秋魅ちゃんは急にご機嫌斜めになった様子。顔をしかめジト目でこっちを睨みつけてくる。
「オレッチだってレディなんだぜ。ネーチャン達のマスコットなんかじゃねーんだ!」
ぎゅっと俺の腕を掴む。ちょっと本気入ってて痛いぞ。
「なーなーニィチャン。ニィチャンから見てオレッチはそんなに魅力ねーのか? ぺったんこは嫌か?」
目に涙を浮かべながら、彼女は俺の腕をゆさゆさと引っ張る。
あーそうか。何かとお姉さんと比べられて子ども扱いされるのが嫌だと、そういう設定で行ってるんだな。
ぽん、と頭に手を置いて ヾ(・ω・*)なでなで してやろうと思ったが、これはやめだ。子ども扱いなのが変わらん。
よっと腰を落とし、目線を秋魅ちゃんに合わせ、その目をまっすぐ見つめる。対等に接するというポーズ。
「ごめんな、俺が悪かったよ。秋魅ちゃんはお姉さんより幾分もキュートだよ」
我ながらヒドイ語彙力だが嘘は言ってないぞ。
そもそも比較になる『冬音』お姉さんのビジュアルを俺は知らない。
「ホントか!」
目に涙を貯めたままだが、秋魅ちゃんの顔がぱっと輝く。開いた口から見える八重歯が可愛い。
「そうだよなー。デカパイだけがオンナの魅力じゃないよなー。うへへへ」
どうやら落ち着いてくれたようだ。演技とはいえ何か疲れたぞ。

その時、俺たち二人の脇に何かが勢いよく転がって来た。
それはスイカ柄のビーチボールだ。砂の上で何度かバウンドして、俺たちの荷物に当たって止まる。
どこからだろうか? それを手に取りあたりをキョロキョロ見渡す。
「すいませーん」
持ち主らしき人が向こうから走って来る。
女の人だ。それもすげー美人。
腰まで伸びたウェーブのかかった黒髪。黒いクロスホルタービキニ+パレオで包んだ豊満な体。
男を惹き付ける魅力的な黒ダイヤの瞳。片方の目は長い前髪で隠れ神秘性を引き出している。
「ごめんなさい。ボール、当たりませんでしたか?」
顔も良ければ声も良し。こんな美人とお近づきになりたい…なりたくない?
いえいえ、大丈夫ですよ。と返そうとしたが美人さんは何かを見て非常に驚いているご様子。
「あ、あれあれ? どうしてこっちにもマユちゃんが…」
美人さんが見ているのは秋魅ちゃんの顔だ。そして当の秋魅ちゃんは…。
「あわわわわ…」
テンパって目が泳いでいらっしゃる。子供の頃悪戯が親にバレたときの事を思い出すな。
「ドウシテココニヒトミサンガ…」
ひょっとしてこの美人さん…、秋魅ちゃん≧紀与丸の知り合いか?
続いて美人さんの後ろから、小柄な影が勢いよく走って来た。
赤青の水玉模様の白いワンピース水着を身に着けた、茶髪ツインテールで褐色肌のちっさな女の子。
あれ? この顔どこかで見たような…。右隣を見るとあわあわと慌てる秋魅ちゃんの顔。
「アイエエエ!! ホンモノ!? ホンモノナンデ!?」
うん。偶然とかいうレベルを通り越して全く同じ顔だ。
「ヒトミごめんー! ボール見つかったー?」
秋魅ちゃんと全く同じ声で、女の子は美人さんに声をかける。
「え、ええー!? マユちゃんが…ふたりー!?」
ヒトミと呼ばれた美人さんも、これにはびっくりなご様子。
「ん?」
マユちゃんと呼ばれた子の視線もまた、ある空間をロックオン。当然秋魅ちゃんの顔があるところだ。
「んんー?」
ずずいっとマユちゃんが、もう一人の自分に顔を近づける。向かい合う全く同じ顔とカオ。
「んんんー!?」
おでこがぶつからんばかりの勢いで迫るマユちゃんに、秋魅ちゃんはにげだした。しかしまわりこまれた。
「すごいすごいー! ヒトミ見て見て! マユのそっくりさんがいるよー!!」
偽物の両腕をギュッと掴みながら、マユちゃんは嬉しそうにはしゃぎだした。

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