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ある男女の独白

2019/10/21 14:13:18
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髪を纏める度に思うのは、ここまで伸びたのか、という事実。
鬼に「男」を奪われ「女」を押し付けられて、もう3年が経つ。

取り換えられたのは股間だけ。けれど今ではすっかり胸も膨らみ、腰も括れ、尻は丸く実ってしまった。
女として扱われる度に苦痛を感じ、俺は男だと声高に言いたかったが、それも意味は無い。
相手の事を知らない限り、人は見た目で判断する。それは厳然とした事実と、俺はこの体で思い知った。

男の時から付き合ってた彼女は、「もうやめよう」と言ってくる。けれど諦めきれない自分が、どうしても存在しているのだ。
女同士の繋がりも悪くは無い。むしろ男の時よりずっと気持ち良かった。だけど。
俺は男として彼女と繋がりたかった。彼女との間に消えない繋がりが欲しかった。

大手を振って、彼女を人生のパートナーだと言いたかった。

諦めればいい。男に戻る手段を探る事を辞めて、女として生きればいい。
そうささやく声も確かに存在しているし、もはやそうするしか道は無いと思ってる自分もいる。

鬼と出会ってどうする。どうやって男を取り戻す。出来る筈がない、やれる筈がない。そう考えてしまう。
だけど、心のどこかで「諦めるな」と吼える自分もいるのだ。

長くなるたびに引かれる後ろ髪は、諦めの悪さの象徴のようなもの。
膨らんでしまった胸の重さは、戻ることはできない証のようなもの。

ゴムで髪の毛を留める。服を着替えて夜の街に出る。
今日も探しに行くのだ。俺を女にした鬼を探しに。

あと少し。年々小さくなる咆吼が消えるまで、俺は奴を探しに行く。
眠っている彼女に「ごめんな」と告げて、鬼探しに向かった。

女同士の絡みは実を結ばない。子供が出来るはずはなく、ただただお互いを慰める行為だ。
けれどそれは独り善がりではなく、互いが互いを思いやっての行為になる。

荒い息を交わらせ、火照る体を重ね合う。
期待に膨らんだ乳房を重ね合い、悦びに濡れた秘所を交わらせる。
この3年で彼女と何度となく交わした、女同士の睦み合い。

それはたまらなく心地よく、同時に果てしない虚無感に苛まれる。
あぁ、何故俺の股座には相棒がいないのだ。なぜ俺は女として彼女を愛している。
決まってる、俺が女の体だからだ。

女であることは悪い事ばかりではない。昨今の優遇に乗ることができるし、手間は多いが自分が綺麗だと彼女は嬉しいと笑ってくれる。
俺だって彼女が綺麗だと、そんな相手の隣にいる事ができる自分を誇らしいと思う。
なにせ幼い頃から知っている女性だ。俺の為に尽くしてくれている。
それがお互い、傷を舐め合う関係だったとしても。

俺達はお互いに仕事人間の両親の間に生まれた。
家族の愛という物を金銭でしか知らず、順風満帆に行ったからこそトラブルもなく、親は眼前の仕事に注力できた。
だからこそ俺達は幼い頃から1人で、隣り合っていた家でお互いに気づいた。

家に帰っても誰もいないし、温かい料理など知らない。渡されたお金で買ったご飯でも、2人で食べれば美味しかった記憶がある。
他の友達もいるはずなのに。だって、そうだろう? 他の友達は親の愛を受けて育って、温かい料理を知っている、近い筈なのに遠い存在。
どこか縁遠いと理解していたが故に、上辺だけしか仲良くなれくて。深くまで関係を結べたのは、傷を知っているお互いのみ。
愛されることを埋めるように、知らないなりにお互いを愛していった。中学生になる頃には、既に体の関係を繰り返していた。
それが愛の表現方法だと、思い出せない位どうでもいい記憶で知ったから。

俺達がそんな関係になっても、互いの親は無関心を貫いていた。
子供の事なんてどうでも良かったのだろう。

そんな濁った幸せは、俺が女になっても続いている。
そんな俺達だからだろうか、授かりものと言われる子供が出来なかったのは。

だってわからないのだ。親になったとして、子供が出来た時にどんなふうに触れあえば良いのか。
頼る相手なんていないし、教えてくれる筈の存在は今もなお仕事に夢中だ。だって価値観を変えるような出来事なんて、起きていないのだから。

…今ではそんな心配をすることもなく、さらに幸せは濁りと深みを増していく。
…こんなに女同士が気持ちいいのは、結果を考えなくて良くなってしまったからだろうか。

唾液を絡ませ合い、口を吸い合う。果てても果てても終わりの無い快楽に体を委ねながら、勃起した男の名残をこすりつける。
あぁ、こんなに気持ちいいのなら。こんなに憂う事が無いのなら。

もう、男に戻る事なんて、諦めてしまっていいのではないか。

何度目か解らなくなってしまった絶頂と共に、俺の中で叫びが消えていく気配がした。

髪を纏める度に思うのは、ここまで伸びたのか、という事実。
女であることを受け入れた途端に、感じていた煩わしさが消え去った気配がする。

ショーツを穿いてブラを着け、服を着る。パンツルックばかりなのは、いまだスカートに慣れないからだ。
段々と慣れていかないといけないのかな、と考える。もう俺は男ではないのだから。

薄く化粧をし、彼女と出かける準備を整える。
気付くと彼女はグロスをつけていないようで、どこか期待した目でこちらを見ている。
仕方ないなと思いながらキスをし、自分のグロスを彼女に分け与えた。少しつけすぎたかなと思ったが、今回は正解だったようだ。

今日は映画を見て、その後はコーヒーでも飲みながら感想会でもしよう。
鎹が無くてもいい。女同士でもいい。彼女は俺のパートナーだと大手を振るって言おう。

どんなに濁っていても、歪んでいたとしても、お互いが幸せなら良いだろう?
だから、良いんだ。

そう自分に言い聞かせて、俺は女の自分を受け入れる事にした。

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