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『異世界転生したって誰もが英雄になれるわけじゃない』

2020/07/12 15:19:35
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私立洛賀季学園は、今年で創立百年を迎える男子高である。
春休みを目前にした今日3月10日、この学園は前代未聞の不幸に見舞われることになる。

7時間目の授業とそれに続くHRが終わったばかりの1年A組の教室の床に、突如として光り輝く魔法陣のようなものが浮かび上がり……。
次の瞬間、まだ教室に残っていた1-Aの生徒9人と担任教師、そして運悪く用事があって1-Aを訪ねて来ていた2年生の生徒ふたりの計12名が光に包まれ、そのまま何処かへと消え去ったのだ。
その様子は、幸運にも教室から既に出て廊下にいた1-Aの他の生徒や、たまたま通りがかった別のクラスの生徒数名に目撃され、すぐさま職員室に報告される。

もっとも、どう考えても尋常ではない──むしろ超常現象としか思えないこの事件の真相は、警察その他の公的機関をも巻き込んだ念入りな調査でも判明せず、ネットや週刊誌で「現代の神隠し」として話題になった。
そして、様々な憶測や噂の中でも一番バカバカしいモノが、実はもっとも真相に近かったのだ。
──そう、彼らは「異世界ティスファ(TiSFar)から魔法によって勇者となるべく召喚された」のだ。

ただし、12人はそのままの姿でティスファへと移動したわけではない。
光に包まれた際、いったん霊的エネルギーに分解されて、ティスファへと現れ、その時「天命にない不慮の死に瀕していた人間」たちの体に吸い込まれ、その体内(なか)で意識を取り戻す。
異世界召喚と言うよりは、むしろ憑依もしくは転生といった方が近いのかもしれない。


そして、彼らの召喚(転生?)から10年近い時が流れた。

召喚された12名のうちのひとりが、ガスト王国のとある地方の辺境伯家の三男となり、成長後に見事聖なる力に覚醒したことで、王都で正式に王家公認の勇者に任命される。
また、別のひとりは賢者、もうひとりは剣豪として既に名声を得ており、勇者の仲間として、甦った邪神を斃すための旅に同行することになる。
旅の途中で加わった4人目の仲間──癒しと浄化の神聖魔法を得意とする聖女もまた、かつてのクラスメイト(の転生した姿)だった。

一年半あまりの厳しい旅の末、勇者一行は見事に邪神を斃し、再封印(邪神自体は不死のため)に成功する。
旅の顛末を王宮で報告した彼らは、国王その他の国の重鎮から、四英雄としてその偉業を称えられ、勇者は領地を与えられて伯爵に、剣豪は王子の護衛兼剣術指南役に、賢者は魔法学院院長に任じられる。
聖女だけは、王都の神殿の大司祭に──という褒美を断り、(元の世界では幼馴染だった)勇者の領地に同行することを望んだ。

その後、王国南東部の山海の恵み豊かな地(※婉曲な表現)の領主となった元勇者は、(現代知識チートも交えつつ)それなりに領地を栄えさせた。同行した元聖女とも親交を深め、半年後には“彼女”と華燭の典を挙げることになる。
元剣豪や元賢者も、(多少退屈ではあるが)それなりに満足のいく穏やかで恵まれた日々を過ごしている。
それは絵に描いたようなハッピーエンド、「めでたしめでたし」な英雄譚の結末だと言って良いだろう。

しかしながら、四英雄たち以外の残りの8人もまた、このティスファの地で懸命に生きているのだ──何の因果か、8人全員、男から女に変わって、だが。


☆ティア・メルクリウス 15歳
(魔法学院の新入生/元・野々田清彦)の場合

「ふふっ、やっぱ魔法学院のこの制服、可愛いよねぇ♪」
自室の鏡の前で、明日から入学することになっている「ガスト王立魔法学院」の制服を着て、ちょっぴりドヤ顔風味な表情で色々ポーズをとっているボク。
え? ナルシスト? 失礼な! ちょっと感慨に浸ってただけだモン!

ボクの名前はティア、ティア・メルクリウス。爵位とかは持ってない平民の生まれだけど、父さんはこの王都で5本の指に入る商会の主で、その家族のボクらも割と裕福な暮らしをさせてもらってると思う。
ボク自身はこの春15歳になったばかりのピチピチ(死語)の美少女で、それなりに魔法の素質があった(プラス必死の詰め込み勉強の)おかげで、先日、見事に王立魔法学院の試験に合格したんだ。

何? 「自分で自分を美少女って言うな」?
アハハ……まぁ、そこんトコはちょっと事情があるんだ。
実はボク、元からのティア本人じゃないんだよね。
ここ“ティスファ”とは違う世界──21世紀・地球の日本で高校生やってたんだけど、どうやらラノベとかアニメでよく見る「異世界召喚」ってヤツで、この世界に連れて来られたみたいなんだ。
ちなみに、元の名前は「野々田清彦」、当然男だからね。

これは、ボクと同様に此方に召喚されたクラスメイトの中で、いちばん出世した(なんと四英雄と呼ばれてるんだ!)4人のひとり、賢者ルシウスこと橘豊くんが教えてくれたんだけど……。
どうもボクらは、この世界へ魂だけの状態で召喚されて、「不慮の事故等で瀕死/あるいは死んだばかり」の人間の体の中に魂を入れられたみたいなんだ。
そしてボクこと清彦は、当時6歳の幼女ティアの身体で目覚めたってワケ。

最初はそりゃあ戸惑ったよ?
一応、ティア本人の記憶は読めたから、この世界の常識や家族など身の回りの事に関する知識は(6歳の子なりに)あるにはあったんだけど……。
剣と魔法のファンタジー世界であるティスファと現代日本では、なにせ環境も状況も違い過ぎたからね。
しかも、16歳の庶民な男子高校生から、まだ6歳ながら将来が大いに愉しみな美幼女かつ大金持ちの娘さんだよ? これですんなり順応できるほど、ボクはアドリブに強くないんだよ~。

幸いなことに、もともと“この”ティアちゃん自体、割とじゃじゃ馬でガサツな子だったらしく、ボクが無意識に男っぽい言動しても、周囲からは「またか」って感じで流されたのは助かったかな。
──その代わりに家が家(貴族じゃないけど旧家のお金持ち)だったから、かなーり厳しく躾けられましたよ、うん。

ボクとしても、変に悪目立ちしたり、事情がバレたりするのは避けたかったし、渋々ながらその教育(しつけ)を受け入れて、いわゆる淑女の嗜みの基礎の基礎くらいは身に着けられた……と思う。
然るべき場で(短時間なら)特大の猫をカブって、「いいとこのおぜうさま」を“演じる”くらいはできるようになったし。
まぁ、それでも周囲からの評価は「フリーダムなお転婆娘」みたいなんだけどね──解せぬ。

魔法学院に通うことを決めたのも、半分は実家(ウチ)の窮屈な監視から逃れて寮暮らししたいってのが動機だったり。
いやぁ、かつての清彦時代はクラスではギリギリ中の上くらいの成績をキープしていた程度のおツムの人間にとって、この国で一番の難関校に入るのには、かな~り苦労させられたよ。

座学は、まぁ何とかならないでもないんだけど(ウチ、お金持ちだから高価な書物も割と気軽に買ってもらえたしね)、さすがに実技の独学は無理だった。
Web小説とかでは、転生主人公たちが幼少時、下手したら乳幼児期から独力で魔力を練ったり鍛えたりして、なまらスゲェ魔法使いになってたりするけど、少なくともボクには無理むりのカタツムリ!
仕方ないから前世(まえ)のツテに頼って、賢者(橘くん)に3日間ばかり特訓してもらったおかげで、初歩的な基礎魔法を何とか一通り使えるようになったんだ。
やっぱチート満載の「賢者様」は人に教えるのもすごいんだなー、凡人のボクとしては憧れちゃうなー。

※教え方が多少良かろうと、たった3日で10近い魔法が使えるようになるのは十分凡人じゃないです。一週間くらいで魔力がかろうじて感じ取れるようになるのが普通です。(賢者ルシウス・談)

ちなみに、召喚されたのは、あの日、教室に残っていた者12人で、橘くんの尽力で、その全員の行方が今ではわかっているのは不幸中の幸いかな。
しかも、辺境伯の息子に生まれて勇者になったアルサル(田中功くん)以外は、全員王都在住だしね──ああ、聖女モルガナ(山本潔史くん)は、田中くんの領地について行ったんだっけ。

そのうちの何人かとは両親の目を盗んでこっそり会ってお茶したりしてるんだけど、学院の寮に入れば、そのヘンも少し楽になるかなぁ。
でも、入学してしばらくは授業の予習復習に専念しないといけないかも。何せ、魔法の知識とか実力とか圧倒的に足りてないだろうし。
よーし、久しぶりの学生(しかも女学生)生活、がんばるゾイ!!

* * *

入学してから1ヵ月余りが過ぎて4回目の週末を迎える頃、ようやくボクも学院生活に慣れてきた感じ。
課題はもう済ませたし、かなり親しくなったルームメイトの子もひと月ぶりに実家に帰っちゃってるから、久しぶりに街を出歩いてみようかな♪

(そうだ! どうせなら……)

ボクは、数年前から贔屓にしている、ミドルタウンにある食堂兼酒場へと足を運んだ。

(ここだと、いろいろ懐かしい料理が食べられるんだよねぇ♪)
「こんにちはー」

15歳のか弱い乙女(少なくとも身体はネ)にはちょっぴり重い、分厚い木のドアを開けてお店に入ると、まだお昼には少し早いせいか、お客さんの入りは4割程度って感じだった。

「いらっしゃいませぇ……って、なんだ、ティアじゃない。ちょっと久しぶり。元気してた?」
明るい声で出迎えてくれる、この上品さとセクシーさを両立させたような格好の美人さんは、この店の看板娘のエリーさん。
──そして、前世(なかみ)はボクと同じく、洛賀季学園1年A組のクラスメイトのひとり、北都秀幸くんだったりする。


☆エリー・ハーベスト 17歳
(酒場兼食堂の看板娘/元・北都秀幸)の場合

朝から昼過ぎまでは喫茶店も兼ねた食堂、夕方から夜にかけては食堂兼酒場といった営業形態を持つ飲食店「ローリング・アップルズ」は、この王都でもかなり有名な店のひとつだ。

貴族街(ノーブルタウン)ほどではないものの、中流街(ミドルタウン)でも目抜き通りの非常に立地の良い場所にあるため、周辺の住人は元より、お忍びの貴族や、奮発して少し贅沢をしたい下町の人間なども訪れることがある。
そして、それら幅広い層の支持を受けるに足るクォリティーを、料理の味とコスパ、さらに店の雰囲気の点で備えていた。

中でも、数年前からメニューに並ぶ、スキヤキィ、テンプラー、カラーゲといった新料理が特に人気で、最近は周辺の店でも真似するところが出て来ているが、元祖たるこの店にはまだまだ敵わない。
そして、料理名を聞けばわかる通り、この店にも地球……というか現代日本から召喚された者が関わっているのだ──といっても、店主の娘ふたりなのだが。

「こんにちはー」
王立魔法学院の制服を着た聡明そうな桃色の髪の少女が、開店したばかりの「ローリング・アップルズ」に入ってくる。

「いらっしゃいませぇ……って、なんだ、ティアじゃない。ちょっと久しぶり。元気してた?」
ライトブラウンの髪をなびかせた、少女より少し年かさの娘──この店のウェイトレスであり看板娘ともいえるエリーが声をかける。

「久しぶり」というその言葉からもわかる通り、このふたりは旧知の仲だ。それも、単に得意客と従業員というだけでなく、プライベートでも近所に住む幼馴染と言ってよい間柄であり……。
さらに言えば「この世界に来る前からそれなりに親しいクラスメイト」だった。

「洛賀季学園1年A組 北都秀幸」がエリーの前身(?)だ。
異世界ティスファに召喚される前は、クラスのムードメーカーというか盛り上げ役の三枚目といった立ち位置にいた少年だった。
もっとも、陽キャではあるが、いわゆる「ウェイ系」ほど押しつけがましくはなく、微オタの入っている野々田清彦(現ティア・メルクリウス)とも、席が隣りなこともあって割とよく話す方だった。

9年前に召喚された12人のなかで、ティアとエリー、そしてあとふたりは、転生(憑依?)した人間が、こちらでもご近所さんの顔見知り同士であり、召喚から1月も経たずに、お互いの「正体」を知る仲となっている。
以来、異世界召喚されたかつてのクラスメイト同士、様々な面で互いにフォローしたり相談に乗ったりしながら暮らしてきたのだ。

「うん、まぁ、元気は元気だけど……やっぱ授業は大変だよぉ」
おどけて大げさに言うティアだが、その何割かは事実でもあるのだろう。

地方の魔法学校くらいならいざ知らず、本来、王立魔法学院は、貴族や親が魔法使いの家系の子が、幼い頃から時間をかけて、ひととおりの魔法の基礎を修めたうえで入学する教育機関だ。
優れた素質があったとは言え、本格的に魔法に関する勉強を始めて1年にも満たない、素人に毛が生えた程度の知識の人間が通っていい場所では、本来ないのだ。

「ふみゅーーん、疲れたから甘いものが欲しいよ。エリー、“いつもの”お願い」
「はいはい、シナモンアップルパイとミルクティーね」
苦笑しつつ、妹分(ティア)のお気に入りのメニューを用意すべく、エリーは厨房へと向かう。

元は同い年のクラスメイトであったとは言え、今の立場(と身体)になって、もう10年近くが経つ。
そのせいか、ここ数年はエリーにとってティアは「ちょっとお転婆だけど元気で可愛い妹みたいな幼馴染」というポジションを心の中で占めているのだ。
これはティアの側にも言えて、実姉のメルティや姉貴分的存在のエリーに対しては、ごく自然に“妹”として甘えてくる。

ホイップクリームを添えた温かいパイをテーブルに並べた途端、目にハートマークを浮かべて早速パクつく食いしん坊の姿を、微笑ましく見守るエリー。
なんで似非中世めいた世界なのにホイップクリームがあるかはお察しの通りで、エリーたちがパク…もとい考案して売り出した途端、爆発的にヒットして、店の売り上げに大いに貢献することになっている。

「そいでさぁ、おんなじクラスのリヴィエラとかいう貴族の令嬢がまた嫌味なヤツでねー」
愚痴とも近況報告ともつかないティアの言葉にフンフンと相槌を打ちながらも、エリーの視線は店の入り口付近をさり下なく注視している。
開店から間もない時間ではあるが、人気店である「ローリング・アップルズ」はこの時間帯でも客の入りが相応にあるのだ。
実際、今もカランカランというドアベルの音と共に、ふたり連れの男女客が入り口から入って来た。

「いらっしゃいませ! ……じゃあ、お客さんが来たから、またあとでね」
「うん、わかった」
長年の付き合い(召喚前も含めれば10年以上だ)とティア自身もやり手商人の娘なので、この辺の機微は慣れたものだ。

男女客へ笑顔で応対して席に案内し、メニューを差し出す。
この店に来たのが初めてらしく、見慣れぬ料理名に戸惑っているふたりには、さりげなくその説明をしてから注文をとり、それを厨房で働く父と姉に伝える。
できた料理をトレイに載せて運び、丁寧かつ手早くテーブルに並べ、「ごゆっくり」と伝えることも忘れない。
一連の流れは流麗で、もはや職人芸とさえ言える領域だった。

昼食時・夕食時には、さすがに少々忙しさに目が回るような気分も味わうが、「人気店の看板給仕娘(ウェイトレス)」という今の自分の立場に、エリーは至極満足していた。

元クラスメイトたちの中には、四英雄を筆頭に、騎士になった者やティアのように魔法使いになる予定の者などもいるし、それはそれで「異世界転生」の醍醐味ではあるのだろう。
数年前、賢者の「鑑定」を受けた際、自分は器用さと素早さが水準を大幅に上回るので、スカウトやレンジャー系の職種(クラス)に適性がある、とも言われた。
前世の少年・秀幸の記憶を持つ身としては、RPG的な“冒険者”への憧れも相応にあり、正直少なからず悩みもしたのだが、今にして思えば、選ばなくて正解だったと思う。

(冒険者になったら、戦闘はともかく、何日も町に帰らず野宿とかするんでしょ? そんなの、エリーとしても秀幸としても無理むり!)

ベッドで寝たいし風呂にも入りたい。食べ物だって干し肉と乾パンが主食というのは御免こうむりたい──つくづく自分は軟弱な都会っ子なんだなぁ、とエリーは内心で苦笑した。

幸いにしてこのガスト王国は、大陸でも五指に入る大国かつ文明の進んだ国で、それをさらに元日本人の賢者ルシウスが知識チートで加速している。
地方はともかく王都や主要な都市では、上下水道やゴミ収集&焼却の制度が完備されているし、公衆浴場に加えて少し裕福な家庭なら風呂を自宅に持つことも不可能ではない。
さすがに電化製品はないものの、屑魔石を使った比較的安価な魔道具なら庶民でも買えないことはなく、冷暖房や調理などに関しても、昭和40年代の日本くらいの便利さはあった。

──もっとも、それも都市部に限られ、辺境(どいなか)の村などでは、それこそRPGに出て来るような牧歌的な生活を営んでいるらしいが。

(そういう意味でも、仕事で田舎に行かざるを得ない冒険者になんて、わたしがなれるワケないか)

さらに言えば、冒険者には何らかの形の“武力(ちから)”が要求される。
酒場の酔客その他の対処のため、知人の女騎士に徒手での護身術の基礎は習ったが、それもせいぜい合気道初段にも及ばない一級ぐらいのものだろう──と、エリーは思っている。

※捕縛術の基本技をスポンジが水を吸うように器用に習得する様は、まさに天賦の才。あのまま鍛錬を続けていれば、素手では自分でも敵わないほどの腕前に上達したでありましょう。(知り合いの女騎士・談)

(ま、冒険談は、ウチのお店で吟遊詩人が歌ってくれる分でお腹いっぱい、ってね!)

転生前から自分でもそれなりに自信がある“愛嬌(コミュりょく)”と、転生して得た美貌(ルックス)を十全に活かせているのだから、看板ウェイトレスという仕事は、エリーにとってはまさに天職なのだろう。
草食系と言われようが、出世欲・名誉欲の類いに乏しい“彼女”にとっては、今の安定した暮らしにはなんら不満はなかった。

──カランコロン
「おや、今日は久しぶりに珍しい顔を見たな」
扉を開けたところに立つ相手──腰に小剣(レイピア)を佩いた若い女性もまた、エリーそしてティアの友人だった。

「フィアナさん!」
「フィーじゃないか!」


☆フィアナ・フォートワース 18歳
(女騎士/元・海原健)の場合

海原健は勇者──ではない。
この世界は別段ガスト王国以外の全土が異形の神に蹂躙されて、人の住めぬ地になっていたりはしないし、そもそも「勇者」の肩書を持つ者は知り合いにひとりばかりいて、きちんとその義務を果たしている。

海原健は改造人間──でもない。
いや、かつての「海原健という少年」とは似ても似つかぬ姿にされたという点では、近いものがあるのかもしれないが、“今の身体”は立派な天然物(?)で、幸いにして義肢や人造臓器等のお世話になっていたりもしない。

海原健ことフィアナ・フォートワースは異世界転生者である──とは言えるかもしれない。この世界側から見れば「召喚」で、本人達の主観的には別人に「憑依」したという感も無きにしもあらずだが。

12人の被召喚者のなかでは、彼が転生/憑依したフィアナという少女は、比較的恵まれた立場だったと言ってよいだろう。

生家であるフォートワース家は、代々武門の家柄で、準貴族とも言える世襲騎士爵(バロネット)の肩書を拝領している。
一般的な庶民よりはそこそこ裕福で、高等教育に相当する士官学校に通うための学費も出してもらえたし、女性の身ながら騎士を目指すことについても、むしろ応援してもらえたくらいだ。

血筋故か肉体的スペックも高水準で、座学についても現代日本での経験が功を奏し、首席でこそないものの、士官学校を総合3位というなかなかの好成績で卒業。この春から見事に憧れの騎士となることができた。

──とは言え、他国や地方ではともかく、少なくともこの国の王都においては、ごく一部の近衛騎士を除くと、騎士の主な平時の仕事は「王都の治安を守ること」であり……。
要するに、江戸時代の同心や現代日本の警察官のような立ち位置と職務内容なのだ。

「なんか、私の思っていた騎士と違う……」
少女時代からの馴染みの店である「ローリング・アップルズ」で、溜息とともについ、愚痴を漏らしてしまうフィアナ。

確かにゲーム的な騎士の──フルプレートを着て馬に乗り、馬上槍(ランス)を持って、勇ましく敵に突撃する──イメージとは、かなりズレているかもしれない。
一応、念のために付け加えると、士官学校の授業で馬術やランスのスキルは身に着けたし、重装甲鎧を装備して動くための訓練も受けてはいるのだが。

ちなみに、ティアの幼馴染(&元日本人)グループというのは、エリーと彼女の姉のメルティに、このフィアナを加えた4人を指す。
それぞれ6歳(ティア)、8歳(エリー)、9歳(フィアナ)、12歳(メルティ)と年齢はバラバラながら、元(「清彦たちが召喚される前」という意味だ)から姉妹のように仲が良かった四人娘だ。
日本人としての元の記憶・人格に加えて、各々の身体に沿った記憶も引き出せたため、まず最年長のメルティが実妹エリーの様子に違和感を抱き、そこから芋づる式に“彼女”たち4人の事情が明らかになったのだ。

(正直、ものすごく幸運だったな)
再会した5人目の元クラスメイトは、孤児院育ちかつ周囲に同じ境遇の(転生した)者がいない環境で、その子からいろいろ話を聞く限りでは、自分達4人は、金銭的にも精神的にも恵まれていたのだとフィアナも思う。
今は、その子も立派な聖職者として独り立ちしているので笑い話で済むが、幼少期から色々大変だったことは想像に難くない。

「それは重々理解はしているんだが……」
それでも、それなりに苦労してなった憧れの騎士(しょくぎょう)の理想と現実のギャップには、彼女としては、つい文句のひとつも言いたくなるのだ。

「王国騎士団員って、要は公務員(おやかたひのまる)でしょ? 安定してるし、いいじゃない。ウチはなんだかんだで客商売だから安定しないし」
「ボクの実家もですよー。それにフィアナさんは正騎士だから、一代限りとはいえ、準貴族相当の騎士称号持ちですよねー?」

(──まぁ、言ってることはある意味正論だし間違ってはいないんだが、それを今をときめく王都一(下手したら王国一)の人気食堂の店主の娘と、同じく王国で五指に入る大商会の娘に言われるのはなぁ)

ちなみに、この国で“貴族”という言葉は狭義には「男爵~公爵までの爵位の持ち主(当主)とその配偶者&親子」を指す。
対して、フィアナの実家のような準貴族の場合は「当主と配偶者」のみ準貴族扱いなので、厳密には(騎士になる前の)フィアナ自身は準貴族ではないのだ。
同様に、貴族の当主に祖父母や孫がいる場合、これもまた法的には貴族ではない。もっとも、一般慣習としてはそれと同等に扱われるのが普通だが。

また、騎士──従騎士(スクワイア)ではなく正騎士(ナイト)として任命された者も、世襲ではなく一代限りではあるがバロネット同様に準貴族の扱いを受ける。
頭に“準”とはついているが、準貴族も一般的な扱いは貴族と大差はない。強いて言えば、一部の義務・権利と宮廷での行動可能範囲が変わる程度。
古代日本になぞらえるなら、貴族が五位以上の殿上人、準貴族は六位以下の地下人(ちげにん)だと言える。その中でもバロネットは蔵人になって昇殿可能な六位で、ナイトは七位に相当するだろうか。

閑話休題。

元海原健のフィアナとしては、いくらファンタジー系な異世界に召喚されたからと言って、別に「金持ちの貴族になってウハウハでやりたい放題」したいわけではない。
むしろその逆で、「悪党や腐敗した貴族などに敢然と立ち向かう正義の味方」として騎士の道を選んだと言っても過言ではなかった。
──日本にいたころの健は、剣道部に所属する熱血スポーツマンだったことを付け加えておこう。
典型的な陽キャで、陰キャだった清彦(現ティア)とあまり接点はなかったが、幸いにして秀幸(現エリー)が間に入ることで、ただのクラスメイト以上友人以下程度の親交はあった。

加えて、召喚されてからは、前述のようにこちらでの立場は疑似姉妹的な幼馴染で、かつ数少ない同郷の人間、さらに年も近い相手とあって、必然的に距離感は縮まり、「親友」「身内」と言ってよい関係となっている。
フィアナ自身はひとりっ子ではなく、実家に兄と姉がひとりずついるのだが、歳の近い姉の方で7歳、兄に至っては9歳違いなので、あまり親しく遊んでもらったような経験はない。
そういう意味でも、フィアナにとっていちばん「身近」なのは“現在の”家族というより、エリーたち3人だった。

(──ま、それも子供の頃の話ではあるか)

最年長のメルティは数年前から、その妹のエリーも中等学校を卒業した一昨年から、この店「ローリング・アップルズ」の従業員として働いている。
フィアナ自身も士官学校時代は学生寮にいて、あまり此方に顔を出せなかったし、今年からは魔法学院に入ったティアがそうなるだろう。

元男でクラスメイトで、でも異世界(こちら)では女同士の幼馴染。向こうの日本(せかい)の思い出話もしたし、服や化粧、甘味や(他人の)恋愛話といった女の子らしい話題で盛り上がることもある。
そして、年々、前者より後者の比率が高くなりつつあることも自覚はしているのだ。
10年近い時の流れと現代日本と大きく異なる自然&社会環境、そして何より、身体は紛れもなく健康な(そしてそれなり以上に見栄えの良い)女性であるという事実。
その3つは、程度の差こそあれ、転生(?)した“彼女”たちを、ガストの地で生きる女として、少しずつ順応させていった。

この「少しずつ」という点がキモだ。
フィアナたち4人は、(実家が準貴族や小金持ち・大金持ちとは言え)なんだかんだで、気ままな少女時代を過ごさせてもらったので、ゆっくり環境に馴染んでいく余裕があった。
スカートや下着を始めとした服装は元より、しゃべり方や仕草、ジェンダー別の社会常識なども、家族や近所の人々との交わりのなかで、自然に身につけていったのだ。
おかげで、過去の海原健(じぶん)を見失わずに、今の自分(フィアナ)というアイデンティティを構築できた。

けれど……。

「おりょ? フィアナさん浮かない顔してるネ」
「なぁに、フィー、何か悩み事? 解決できるとは限らないけど、話くらいは聞くわよ」
朝昼食(ブランチ)のあと、店の隅のいつもの席でティアやエリーとお茶を飲みながら、ふっと溜息をついたフィアナを、幼馴染ふたりが気遣ってくれる。

「あ、いや、“私自身の悩み事”ではないんだ。ただ、先週、俊明…いや、ミレーヌ様の警護につく機会があって、ちょっとな」

フィアナの属する王都第三騎士隊は、女性騎士ばかりが集められた部署で、その関係で妃や姫などの王族の女性を護衛する機会も時々ある。
彼女が口にしたミレーヌも、今年13歳になったばかりの第二王女であり──そして、“彼ら”にとっては元クラスメイトのひとりでもあった。


☆ミレーヌ・ラ・ミゥ・ガスト 13歳
(ガスト王国第二王女/元・鳥居俊明)の場合

「……ふぅ」
周囲に誰も──侍女も含めて見当たらないのを確認しつつ、ミレーヌ姫はこっそりとやるせない嘆息を洩らした。

「退屈かつ窮屈、ですわ」
見事な銀髪を腰まで伸ばして、裾の長い純白のドレスをまとい、端正な顔立ちの中で、優しげな緑色の瞳が特徴的なミレーヌは、黙って立っていれば極上の美少女と言える。
いや、口を開き動いても、(少なくとも人前では)閉月羞花を体現したかのような楚々たる美姫であることは、彼女を知る者の大半が認めるだろう。

だが、その優美な貌の下で、“彼女”が何を考えているかと言えば……。

(あ~、マジ、だりぃ。つーか、記念式典とか多すぎだろ。こんなん金の無駄遣いだっつーの)
一刻の王女としては絶対にそのまま口に出せないような悪態をついていることも珍しくないのだ。

召喚された鳥居俊明(とりい・としあき)がミレーヌに転生(憑依?)したのは、ちょうどミレーヌが満4歳になったばかりの誕生日の夜だった。

乳幼児扱いで甘やかされていた時期が終わりを告げ、一国の王女としてふさわしいレディに育てあげるべく、明日から淑女教育が始まる──そのまさに節目というべき時期に、俊昭はミレーヌとなったのだ。
ある意味では“教育”を受けるのに最高のタイミングであったとは言えるのだろう。

その反面、自称「ちょいワル」(とは言え、洛賀季学園は比較的偏差値が高めで学費も高い準“お坊ちゃん学校”なのでタカが知れてるが)だった俊明にとっては「サイアクのタイミング」だった。
四則演算等はともかく、文字の読み書きに始まり、この世界の王族が覚えるべき社会常識や礼儀作法の学習。優雅な言葉遣いや挙措の訓練、さらには最低限の護身術や魔法の基礎に至るまで、容赦なく叩き込まれたのだ。
基本的にフリーダムで勉強嫌いな性格の俊明にとっては、うんざりするような苦行だった。

救いは、音楽関連のお稽古の時間くらいだろうか。地球にいた頃は軽音バンドを組んでいた“ミレーヌ”にとっては、歌ったり(ギターではなくリュートだが)演奏したりするのは、それなりに気晴らしになった。
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、6歳になった頃、すでにミレーヌは、天上の歌と音楽を奏でる姫──「天奏姫」という綽名がつくほど、その方面で有名になっていた。

なにしろ、ミレーヌの容姿や雰囲気は、いかにも「天使が実体化したようなお姫様」そのものだ。
声自体も、某銀髪ロリ体型な完全記憶少女や某居合が得意なヤンデレ巨乳娘を想起させる甘く可憐な声質なので、男女問わず“彼女”の唄を絶賛するようになる。

褒められ、認められるそのこと自体は、“ミレーヌ”自身も大変うれしかったのだが……。
結果的に、この世界に来て3年が過ぎ、7歳の誕生日を迎える頃には、“彼女”の内にはある種の二重人格めいたものが構築されるようになっていた。

幼いながらも優れた容姿と才能を称賛される第二王女のミレーヌ。
勉強嫌いでちょいワル風味なフツメン男子高校生の俊明。
この世界で生きていくためには、前者の人格(ペルソナ)を育てないわけにはいかず、さりとて後者の自我(アイデンティティ)も捨てることができない。

他の同類──同じく召喚された11人の面々とて、元の魂と現在の身体・立場のギャップに戸惑わなかったわけではない、むしろほぼ全員が一度はネガティブな違和感を抱いたと言ってよいだろう。
しかしながら、幸運なことに“彼女ら”の周囲には、親身になってくれる家族や友人がいた。その人たちと交流し、成長していくなかで、前述の違和感も、少しずつ解消され、昇華されていった。

そういう意味では、なまじ「王家の姫君」に転生/憑依してしまったミレーヌ(俊明)は不運だと言える
王族とあって、父母や兄弟姉妹との家族仲は、どうしても半歩おいた他人行儀なものにならざるを得なかったし、親しい友達ができるような環境でもない。
王家といえど、これが男子なら将来の右腕的部下にするため、上級貴族の男の子を「ご学友」「遊び相手」としてあてがわれることもあるし、そうでなくとも乳姉妹などがいれば、また違ったのだろうが……。
そういう(外見的)年齢の近い子が周囲にいないミレーヌは、「(身体的)年齢は幼い少女であるが、王家の娘として大人びた振る舞いを求められる」というストレスが溜まりまくる環境で育ったのだ。

(ふん! そりゃあ二重人格のひとつやふたつ、なるってーの!!)

心の中で悪態をつく、ミレーヌ/俊明。
実際には、自分でこう自覚できて、かつ制御や切り替えができている点で、本当の意味での多重人格──解離性同一性障害ではないのだろうが、それでも“彼女”の心が歪み、ひび割れかけていたのは事実だった。

──そう、「ひび割れかけていた」。過去形だ。

数年前に、邪神討伐(正確には封印)を達成し、王宮に報告に来た勇者一行は、ひょんなことから、ミレーヌ姫=俊明であることを知り、彼女に自分たちも元クラスメイト(の転生者?)であることを明かす。

それからは、嘘のようにとんとん拍子にコトが運んだ。
いろいろな口実で城を尋ねてくれる元勇者パーティの面々と、人払いをして気の置けない話をしたり……。
現・第三騎士隊隊長で、当時は副隊長を務めていたステェンローザが、元2年生の剣道部長・南誠司であることを知らされたり……。
さらにステェンから、士官学校で優秀な成績を修めている騎士見習いのフィアナが、元は誠司の後輩だった海原健であることを教えてもらったりもした。

フィアナが正式に騎士に任命されてからは、ミレーヌの外出時の身辺警護は主に彼女の役目になり(無論、自分の“正体”も明かしてある)、改めて友誼を結んでいる。
1-Aにいた頃は、チャラ男系バンドメンだった俊明と、硬派と言わないまでも熱血スポーツマンタイプの健は、あまりソリが合わなかったが、数少ない転生仲間となった今は、相応に親しくなったと言ってよいだろう。
さらに、全員男性だった転生者12人のうち9人までが、ミレーヌ(俊明)と同じく女性になり、心身における違和感の解決についても、“彼女”たちから直接あるいは間接的に色々アドバイスをもらうことができたのも大きい。

それら諸々の状況の好転によって、ひび割れかけていたミレーヌ/俊明の心は、何とか粉砕を免れたのだ。

現在は「外向きの優雅で清楚なお姫様と、ごく一部の親しい人間にのみ見せる蓮っ葉(?)な性格の二面性を持つ、ちょっぴり小悪魔な少女」といったレベルで収まっているのだから御の字だろう。

とは言え、“彼女”が仮に元男の魂を持つ存在でなかったとしても、「そこそこ大きな国の第二王女」という立場は、悩みや苦労は尽きない。

「はぁ~、許婚、ですか……」
ある意味、中世ファンタジー物の貴族王族の定番のネタ、とも言える問題に、ミレーヌ/俊明は頭を悩ませていた。

4歳の女児に転生(憑依?)して早9年、もうすぐ10年が過ぎようとしているのだ。
第二次性徴さらには初潮も経験し、今では毎月の月経もある身。今の自分が女であることは社会面以上に肉体面で理解はさせられている。
現代日本で言えば中一か中二といった年頃だが、此方(ティスファ)に於いては実際に結婚する者がいてもおかしくない歳なのだ。

幸いにしてガスト王国はこの大陸ではそれなりの大国であり、またミレーヌの上に王太子たる長男、隣国へ嫁ぐことが決まっている長女、公爵家に婿入りすることが決まっている次男がいる。
両親である国王夫妻は、よほど家格が釣り合わない場合を除いて、ミレーヌの(あくまで候補者の中から)好きな相手を婚約者に選んでよいとは言ってくれているが……。

「俺(わたくし)が、男(とのがた)に嫁ぐ、ねぇ」
現代日本に於いてさえ、LBGTなどの性的マイノリティに十分な理解が得られているとは言えない。
まして、この(魔法などで一部文明が加速されているとは言え)基本的には、中世末期から近世初頭レベルの社会構造を持つこのガスト王国で、王族の一員が、確たる理由もなく男性との婚姻を拒絶するのは難しい。
そのことは、第二王女ミレーヌとして理解はしていたが、元男としては、いささか複雑な気持ちになることも否めない。

「どうせなら、わたくしの“事情”を理解してくれる方なら、まだ気が楽なのですけれど」
とは言え、異世界転生(これ)は、そうそう他人に漏らして良い事柄ではないだろう。
例の「元勇者」のもとに嫁ぐというなら、両親や宮廷も(王家の紐付きにできることもあって)反対はしなかったかもしれないが……。

「聖女(モルガナ)様の気持ちを考えると、流石にちょっと躊躇いますわね」
一番辛かった時期に、神聖魔法を併用したカウンセリングなどで助けてくれた恩人にして姉のような女性(まぁ、転生前は同級生だったわけだが)に、迷惑をかける気にはなれない。

そうなると、転生組で残る男性はあとふたり。
そのうち、元賢者にして現魔法学院長のルシウスは……。
「ダメですね。まるで話が合う気がしません」

元の世界でもクラスどころか学年トップの秀才で、性格もちょっとばかり難のある「腹黒眼鏡」と綽名されていた人物だ。
歳をくった分(※現在26歳)、多少は丸くなった感もあるが、元チャラ男系バンドメンな鳥居俊明(ミレーヌ)とは、武人肌の海原健(フィアナ)以上にノリが合わない。
無理矢理結婚しても不幸になる未来しか見えなかった。

「となると、残るは元剣豪のライガー様、でしょうか」
日本(むこう)にいた頃のライガー──霧崎雷牙は、準おぼっちゃん学校ともいうべき洛賀季学園には珍しい「不良」として教師陣には認識されていた。
もっとも、同様に問題児扱いされていた俊明は、自分のようなファッションワルなどとは毛色の違う、むしろ21世紀に入って絶滅危惧種となった「硬派」と呼ぶべきではないか、と思っていたが。

実際問題、校則的にはともかく、雷牙が(自衛のためのケンカを除き)法的・倫理的に道を外れた行いをしたという話は聞かないし、むしろそういった行為はひと一倍嫌う方だった、と記憶している。
「筋を通す」ということにこだわる雷牙(かれ)の生き方は、強いて言うならふた昔前の漫画の番長や、古い任侠映画を連想させる代物だ。
時代錯誤(アナクロ)だと笑う者も多かったが、俊昭は逆に「ああいう自分を貫く生き方ができる“漢”ってカッコいいよなぁ」と密かに憧れているクチだった。

前世の記憶だけに留まらず、此方(ティスファー)に於ける彼もまた、ストイックで硬派な武人ともいうべき存在──剣豪であり、男女間の恋愛感情でこそないものの、ミレーヌのライガーに対する好感度はかなり高い。

「問題は……わたくしに対する剣豪様のお気持ちですね」

前世(むこう)ではともかく現在(いま)は、少なくとも嫌われてはいない、と思う。
ただ、相変わらず硬派路線の男性かつ歳も離れている(※現在25歳)ので、話の種に困るような様子を見せることは多々あったが。

──と、ここで、ミレーヌは違和感に気付く。

(あれ……硬派なライガー(雷牙)が、ミレーヌ姫に月に何度も会いに来るのって、ちょっと不自然じゃねーか?)

それも(さほど話が弾まないとは言え)相手に「上司に言われて渋々or嫌々」という気配は見えない。

「ならばなぜ……。! まさか!?」
ミレーヌは、俊明だった向こうの世界で洛学に入学したての頃、全員参加のオリエンテーリング合宿で、夜に同室になった男友達どうしで語り合った、「好みの女の子のタイプ」について思い出す。

(あの時、確か雷牙は、「年下で小柄で可憐な守ってあげたくなる大和撫子」が理想だって言ってたっけか)

黒髪黒瞳でこそないものの、今の“表向きの”ミレーヌは、雷牙があの時挙げた条件と、バッチリ適合するのではないだろうか?

(つまり、剣豪(ライガー)は第二王女(ミレーヌ)に惚れている、あるいはそこまでいかなくとも、好みのタイプなので会うとドギマギしてしまう、と)

そこまで見当をつけたミレーヌが感じたのは、困惑(とまどい)でも不快感(きもちわるさ)でもなく、歓喜(うれしさ)だった。
それによって、自分の中に少しずつ育っていた感情をも自覚する。

「そう……そういうコトでしたのね♪」
ニコリとミレーヌが微笑みを浮かべる。
清楚で無邪気な13歳の姫君の笑顔──にしては、ソレは随分と艶っぽい代物だった。

「ふふふ、そうと分かれば、逃がしませんわよ、剣術師範(せんせ)♪」

もし、互いの事情を知る賢者か勇者あたりが見ていれば「こ、小悪魔が覚醒した!?」「逃げてー、剣豪、逃げてー」と騒いだろう。
──そして、聖女は、命を預ける旅の仲間だった剣豪(ライガー)か、主治医としてカウンセリング&ケアした王女(ミレーヌ)のどちらに味方するべきか悩んだことだろう。

もっとも、幸か不幸かどちらもこの場におらず──「恋する乙女(と書いて「かりうど」と読む)」たるミレーヌ王女の“企み”は、翌日以降、少しずつ、しかし確実に剣豪(えもの)を追い詰めていき……。

約1年後の第二王女の誕生パーティーで、成人するとともに王女は剣豪のもとに嫁ぐことが、大々的に発表されたのだった。合掌。


☆ヴィリア・クラウド 18歳
(修道女/元・椎名和也)の場合

「なるほど。第二王女のミレーヌ様が、自らの閉塞した環境に鬱になってらっしゃる、と。それはお気の毒だとは思いますが……」

「ローリング・アップルズ」の一角で、同い年の友人から相談を受けた修道女(シスター)らしき女性は、ちょっとだけ困った表情を顔に浮かべる。

「さすがに一介の新米修道女が悩み相談に応じられる限界を超えていると思うのですが」

彼女の名前は、ヴィリア・クラウド。元は神殿付属の孤児院の出ながら、頭と気性が良かったため、中等学校卒業後、そのまま神殿で正式に尼僧の資格を得て、日夜修行に励んでいる18歳の女性だ。

ちなみに、「修道女(シスター)」というのは、この国の国教であるサンクトヘルデ教の女性聖職者全般を広く指す言葉だ。男性の場合は「修道士(プラザー)」。
そのくくりの中でも、見習僧(アコライト)⇒僧侶(クレリック)⇒司祭(プリスト/プリーステス)⇒司教(ビショップ)⇒法卿(カーディナル)と階梯が上がっていく。

ごく稀にいるとは言え、在学中に見習修行を終え、いきなり正式な尼僧(=女僧侶)となったヴィリアは、かなりの英才と言えるだろう。
──まぁ、今更言うまでもなく、このヴィリアも洛学からの召喚/転生者のひとりで、「椎名和也」という名前のクラスの代表委員だったのだが。

ティアたち4人が、中の上から上の下くらいの財力の家に生まれ、互いにも面識もあったイーシーモードな転生ライフだったのに対し、孤児院育ちの少女ヴィリアに転生(憑依)した和也はハードモードと言ってもよい環境だった。

この国、ガスト王国は前述の通り大陸にある20近い国の中でも五指に入る大国で、かつ財政と軍事のバランスもとれた“豊かな国”ではあるのだが、それでも現代日本から見るとかなり荒事は多いため、当然死者も多くなる。

王都や主要都市では神殿が孤児院を経営しているため、親が死に天涯孤独となっても餓死頓死する子供はそれほど多くないが、ゼロではないし、孤児院の経営も決して楽ではない。孤児たちの衣食住もお察し、だ。
とは言え、王都の孤児院は王宮や大商人からの寄付も多いため、庶民レベルでは中の下程度の暮らしができる分、まだしも恵まれているのだが。

経済環境はひとまずおくとしても、ヴィリア(和也)の不幸は、「周囲に彼女(彼)の境遇を理解できる者がいなかった」ことだろう。
異世界転生+TS転生、さらにそれらがなくとも年齢に見合わぬ知性と意思を持つ──となれば、周囲の同年代の子たちから浮くのは必然と言えた。

要領がよいタイプ──たとえば元清彦のエリーなどなら、適当に誤魔化して周囲に溶け込むこともある程度可能だったかもしれないが、残念ながら堅物委員長な和也には、それは無理な話だった。
一時期はノイローゼ気味となり、椎名和也としての記憶も、「もしかしたら苦しい今の環る境から逃げ出したい自分の妄想ではないか」と疑心暗鬼になったことさえある。

結局、ヴィリアは、初等学校を卒業する頃までは「本ばかり読んで小難しいコトを言う変な女」と周囲(同じ孤児院で暮らす子たち含む)から見られ、孤独な日々を送った。
さすがに中等学校(日本で言う小六~中二相当)では、周囲がやや大人になったぶん多少なりともマシになり、「悪人じゃないんだけど、お堅いガリ勉少女」といった評価に落ち着き、幾人かは友人もできた。

そして、中等部2年の春に、街で偶然ティアたち4人と知り合い、互いが元クラスメイトだと知ってからは、心を覆っていた氷が解けるように徐々に人あたりも良くなり……。
卒業時には、上級学校への進学ではなく、お世話になった孤児院の母体である神殿への恩返しをするため、聖職者の道を選んだのだ。

そういった過去を持つヴィリアなので、ミレーヌ王女に対しては、周囲に理解者がいなかった孤独という面では共感しつつ、でも王族という何不自由ない恵まれた環境で育ったことへの嫉妬がないでもなかったり……と複雑なのだ。
聖職者としての自らの上位互換である聖女モルガナがミレーヌの主治医的存在になったことも、微妙にコンプレックスを刺激している部分もあったりなかったり。

(まぁ、厄介な王族の事情なんかに巻き込まれたくないっていうのが、一番の本音ですけどね♪)
そんなことを考えながら、心の中でペロリと舌を出しているあたり、堅物委員長もずいぶんと砕けたものだ。

「うーむ、そうなるとあとはもうミレーヌ様お気に入りの剣豪(ライガー)殿にお願いするしかないのか」
フィアナの呟きに、「思春期の悩める少女に、その子が気になっている異性をぶつけるのって、もしかして悪手なんじゃあ……」と思いつつも、ヴィリアは曖昧に微笑むにとどめた。

(まぁ、コレがショック療法的に効く可能性もないわけではありませんしね!)
心の中で言い訳しつつ、ふとあるコトに気が付いておかしくなるヴィリア。

「あれぇ、どうしたのヴィリアさん、なんかうれしそうだけど」
ティアの問いに対して、反射的に「いえ、なんでもありません」と応えかけてヴィリアは思い直す。

「いえ、自分も含めいつの間にか皆、“女性(にょしょう)”になったのだなぁ、と感慨深く思っていたのですが」

そう、他の“元”クラスメイト達はもちろん、自分自身の性認識もいつの間にか女性の側に大きく傾いている──そのことを改めて自覚して、苦笑ではなく微笑を浮かべられたのが、ヴィリアは嬉しかったのだ。

その答えを聞いて、魔法学院生のティアはきょとんとし、看板娘のエリーは「なるほど」と頷き、女騎士のフィアナは「そ、そんなことは……いや、でも」と自問自答しているものの、否定はしなかった。

「それはともかく、ここにいない方々も含め、今後ともよろしくお願いしますね、皆さま」

「もっちろーん」
「そうね、よろしく」
「うむ、此方こそ宜しく頼む」

元クラスメイト(+α)が12人全員一同に会するのは難しいかもしれないが、それでもできるだけ多くが集う“同窓会”めいた集まりも一度はやっておきたい──とヴィリアが考えるのは、元代表委員としての名残だろうか?

(王都にいる10人なら、姫様さえなんとかなればあとは容易(らく)なのですが、領地に引っ込んだおふたりが問題ですね……って)
「あ! すみません。大事なことを忘れていました。神殿ネットワーク経由で届いた最新情報なのですが、勇者&聖女ご夫妻にお子さんができたそうなのですが」

「「「! えーーーーーっ!?」」」

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