支援図書館(η)

都会育ちの僕が、田舎育ちの女の子になった話。一日目

2021/03/24 17:17:21
最終更新
サイズ
67.97KB
ページ数
1
閲覧数
4343
評価数
1/27
POINT
1080
Rate
7.89

分類タグ

都会育ちの僕が、田舎育ちの女の子になった話。一日目
--------------------------------------------------------------------------------

今年の夏休みも、僕は母に連れられて、田舎の母方の祖父母の実家へと里帰りに来た。
もっとも僕は、生まれも育ちも東京だから、里帰りっていっても、さほど感慨はない。
子供の頃は、自然が豊かな田舎の生活は、物珍しさも手伝って面白かったけど、今はさほどではない。
というか、今年はまだ良いけど、来年には高校受験も控えているから、もうそんなにのんびりなんてできないんだけどね。

「今年も来たわね清彦」
「あ、ああ、今年もしばらくおせわになります。よろしく双葉」
「まあまあ双葉ちゃん、しばらくみないうちに、すっかりきれいになったわね」
「ありがとうございます。おばさま」



この少し生意気そうな女の子の名は双葉、母の実家の兄の娘、つまり僕のいとこにあたる。
僕とは同い年なんだけど、僕より誕生日が早いので、いつもお姉さん面してる。

「ちょっと清彦、せっかく里帰りしてきたのに、なんでうちにこもってばかりで外へ出ないのよ」

そりゃ、外へ出歩いたら暑いし疲れるし、なんて正直に言ったら、双葉は怒るんだろうな。
なのでここは、適当な理由をあげてごまかそう。

「見ての通りだよ。来年は受験だから、こうして勉強をしてるんだ」

これは半分は本当、実際、里帰りでこの里に来ないでいたら、今頃は塾の夏季講習に通っていただろう。
もっとも、この理由では、双葉は納得してくれなかった。

「へえ、勉強ね。……それじゃ、そこに置いてある携帯ゲーム機や、スマホをたまにいじっていたのは、どういうことかしら?」
「それは、……たまに息抜きや、気分転換も必要だから」
「たまに息抜きや気分転換が必要なら、ずっと家に閉じこもっていないで、外に出て自然に触れるってのもありなんじゃないの?」
「いや、毎年この里に来て、里のあちこちあらかた見ちゃってるから、今更見たいものもないし行きたい場所もないから」
「そう、そういうことなら、まだ清彦が行った事のない、取って置きの場所に、私が案内してあげるわね」
「え、いや……」
「そうと決まったら、ほら、早く行くわよ!」

そんな調子で、双葉の強引な誘いを断れなくて、僕は家の外へと連れ出されたのだった。

--------------------------------------------------------------------------------

いとこの双葉は、子供のころからこんな調子でお節介で、そして押し付けがましかった。
子供のころから、里の中ならまだ良いほうで、山や森に連れて行かれて、虫取りや泥遊び、水遊びなんかもしていたっけ。
まあ、本当に小さな子供の頃なら、都会にない自然がもの珍しくもあって、無邪気に遊べたんだけどね。
でも今の僕にとっては、この里は自然はきれいだけど、面白いものがなにもない、退屈な田舎でしかなかった。
だけど、双葉にとっては、自然が豊かなこの里は、自慢の故郷なんだ。
双葉がこの里を誇りに思うのはそれでいい。
だけど、その価値観を、僕にまで押し付けるのは、正直止めてほしい。

「なによ、たいして歩いていないのに、もう息を切らせているの? だらしないわね」
「そ、そんなこと言われたって、こんな田舎の山道、東京に住んでいたら、普段は歩かないよ!」
「言い訳しない。清彦が体力がないのは、東京も田舎も関係ないわよ。普段から家にこもって運動してないからなんでしょ?」

きっぱりはっきり双葉に言い切られて、ぐうの音も出なかった。

「清彦はさ、山でも森でも畑でも、いつも私の後について来てたし、子供の頃のほうが元気があったわよ。
それが今じゃ、ひょろひょろしてもやしみたいだし、いつのまにかメガネまでかけてるし、
ろくに外に出ないで、勉強ばっかりだったんじゃないの?
いっそ清彦も、子供の頃からこの里で生活していたら、もっと元気になれたんじゃないの?」
「……考えたくない」

ほんの数日でも暇をもてあましてるのに、こんな何もない田舎の里でずっと生活していたら、退屈で死んでしまうよ。
それにしても、双葉のやつ、どこまで連れて行く気だよ。結構山道を歩いたぞ。
こんなことなら、さっきは下手な言い訳をしないで、双葉の家の近くで散歩でもして、外に出たってごまかすんだった。

「そろそろ見えてくるわよ。ほら着いた」
「……ここは?」

そこは、里から結構山の奥に入った、岩場の洞穴だった。

「ほら、中に入って」

双葉が促すので、洞穴の中に入ってみると、中はひんやりとして涼しかった。

「あー、涼しい」

暑い中、山道を歩いて汗びっしょりだったから、涼しい洞窟の中はひんやり気持ちは良かった。

「ここは天然の冷蔵庫なのよ。ふもとの里にも同じような洞窟があるけど、こんな風にこの山の中腹にもあるのよ」
「それはいいけど、これが僕に見せたかったものなの?」
「ううん、清彦に見せたいものは、もっと別のものよ。じゃ、奥に行くわよ」

そう言いながら、双葉はペンサイズのLEDライトを取り出した。それで洞窟を照らしながら奥へと進んだ。
そして僕も、ここまできたら、双葉に着いていくしかなかった。

--------------------------------------------------------------------------------


洞窟の中には、天然の岩のつららができていて、少し珍しい光景に興味がわいてきた。
この様子だと、この洞窟の奥には、もっと珍しいものがあるのだろう。
いったいなにがあるのだろうか?

「着いたわよ」
「え、これは……」
「どう、きれいでしょう?」

洞窟の奥には、大人の二倍くらいの岩があり、締め縄のようなもので祭られていた。
そしてその岩は、双葉のライトに反応して、まばらに光っていた。

「なんなのこの岩?」
「私は、この岩は、この里の守り神、ご神体だって教えてもらったわ」
「ご神体……」

岩がきらきら光っているのは、この岩に何か鉱物が含まれておるからだろうか?
このときは、そんな常識的なことを連想した。

そういった理屈はともかく、このご神体の岩からは、そう呼ばれるだけあって、なにか不思議な雰囲気が感じられた。
パワースポットって、多分こういう場所のこういうものをいうのだろうな。

「子供の頃から、この里には何度も来ているけど、こんな所にこんなご神体が祭られているなんて、初めて知ったよ」

僕はめずらしく、素直に感心していた。
ここに来るまでの山道は疲れたし、足は痛いし、暑かったけど、ここまで来た甲斐はあった。そう思えた。
そんな僕の様子に、双葉はどや顔で得意げだった。

「地元でも、今ではここのことを知らない人がいるくらいだから、知らなくても当然よ。
それどころか、本来ならここによそ者はつれて来ないし、ご神体も見せないから、知らなくても当然よ」
「え、いいの、そんな場所に僕なんかをつれてきて、そんな大事なものを見せても」
「私がいいって決めたからいいのよ、清彦には私が特別に許可してあげるわ、だから私に感謝しなさい」
「はいはい、特別に許可していただき、ありがとうございます、双葉さま」
「わかればよろしい」

双葉の話がどこまで本当なのかわからないけど、こういうときは、双葉に逆らってもしょうがない。
ここは素直に認めて、双葉をもちあげた。
そういったら双葉のやつ、また調子にのりはじめた。

「どう、ここに来てよかったでしょう?」
「まあね、おかげさまで珍しいものを見せてもらえたし」
「つまり、東京よりこの里のほうがいいって、認めるのね」
「……いや、その理屈はおかしい。何もそこまでいっていないし」

何年か前から、僕と双葉の間には、ある意見の食い違いがある。
それが何なのかと簡単に言えば、都会がいいか、田舎がいいか、という話になる。

「都会なんてごみごみして、慌しくて、自然もろくになくて、あんな所よりもこの里のほうがいいのに!」
「いや、自然が豊かで、のんびりしてて環境が良いのは認めるけど、何も無くて退屈だし、僕にはやっぱり東京のほうがいいよ」

切っ掛けが何だったのかは、細かいことは覚えていないけど、僕たち二人には、この意見での対立があるんだ。
正確には、僕はある程度は双葉の意見も認めているから、双葉が僕に突っかかってくる形なんだけどね。
僕が譲らない意見、それは、「どっちかに住むなら、やっぱり東京。僕は東京のほうがいい」という所だった。

そりゃ、年に一度、短期間滞在するなら、自然が豊かなこの里も悪くない。
……ごめん、嘘です。数日でも僕には退屈です。
それでも、たまにならいいかな、とは思える。
だけど、ずっとこの山奥の里に暮らすとなると、話は別だ。
ここに住みたいとは思わない。
話は逸れるけど、僕の母さんも、田舎暮らしが嫌で、この里から出て行った口らしいし。
だけど双葉は、生まれ育ったこの里が好きで、この里が一番住みやすい場所だと思っている。
だからだろうか、今のところは、この里を出て行こうとは思っていないらしい。

あと、双葉は以前、幼い頃に、僕のお泊りの返礼として一度だけ、東京の僕の家に泊まりに来たことがある。
その時に、排ガスくさくて、人が慌しくて、ごみごみした環境になじめなくて、予定より早く帰っていった。
そんな子供の頃の体験が大きかったのか、双葉にとって都会は憧れの場所ではなかった。
以後双葉は、東京などの都会は、人間の住む環境じゃない。とも思っているらしかった。

それは良いのだが、だからってその意見の同意を、僕にまで求めないでほしい。

思い返してみればそうだった、双葉がそういう意見になったのは、子供の頃の体験のせいだよな?
でも、だったら尚更、双葉は都会を否定しないで、もう一度東京に来てみればいいのに。
あれから少し大人になったんだから、子供の頃から少しは物の見方も変わっているかもしれないし。
この時僕は、更に何気なく、こう思ってしまった。

『いや、少しじゃなくて、いっそ一年くらい東京で生活してみればいいんだ。そうすれば双葉も、都会の生活の良さがわかるのに』

そう思った瞬間、ご神体の岩が急に光りだした。

「えっ?」
「何これ? どうなってるの?」

僕の意識が、……体が、溶ける……。
何がなんだかわからないうちに、僕は意識を失った。



--------------------------------------------------------------------------------



それからどれくらい経ったのだろう?

「う、うぅ~ん……」

ぼんやりと目を覚ますと、真っ暗な洞窟の中で、僕は横になっていた。
いや、双葉が持ってきたペンライトが、少しはなれた所に転がっていて、あさっての方向を照らしていた。

あれ、僕は何をしていたんだっけ?

寝起きのせいなのか、頭の中がぼんやりしていて、自分の置かれた状況が、まだよくわからなかった。
岩場に横になっているせいでか、体のあちこちがちょっと痛かった。
あと、肩の辺りと、太ももからお尻の辺りが、妙にひんやりとして冷たかった。
洞窟の鍾乳石の岩に、肌がダイレクトに触れているせいだった。

あれ、何で?

と思いながら、ゆっくり上半身を起こしてみた。
僕の頭から伸びた長い髪が、ふぁさっと柔らかく、僕のむき出しの肩や肌にかかった。

え、僕の髪? 何でこんなに長いの?

慌てて頭に手をやると、頭にかぶっていた麦藁帽子の感触が伝わってきた。

え、えっ? 僕は野球帽をかぶっていたはずなのに、これって双葉の帽子?
なんで僕が、双葉の帽子をかぶっているの?

「え、えっ? え―っ!?」

今度は慌てて口を押さえた。
なんだよ、今の甲高い声は!
まるで女の子みたいな声じゃないか!

わけのわからない状況に、僕はパニックになりかけた。
幸い、辺りが真っ暗なせいで、状況が把握できなくて、それ以上はパニックにならずにすんでいた。
とにかく明かりがいる。それから状況を確かめなきゃ。
僕は僕から少しはなれた所に落ちていた、ペンライトを拾った。

ペンライトを拾った僕の手は、いつもより小さくて指も細かった。
そのライトの光で、自分の体を照らしてみた。

「なにこれ、スカート? いや違う、これって……」

僕はなぜだか双葉が着ていたものと同じ、ノースリーブの白いワンピースを着ていた。
僕の首から下を見下ろしてみると、ワンピースの肩紐がかかっただけのむき出しの肩と、そこから伸びる細い腕が見えた。
そして赤いリボンの装飾があしらわれたワンピースの胸元は、内側から緩やかに押しあげられていた。
そっと空いてる手で、胸に触ってみると、その手からは柔らかな感触が伝わってきた。
同時に胸元からは、手で触られた感触が伝わってきた。

これって、僕の胸?
まさかこっちも!?

慌てて股間に手を滑らせて、ワンピースのスカート越しに触ってみた。
そこには、いつもなら存在しているはずの、サオも玉も無かった。

「なっ、ないっ、なくなってるぅ!??」

僕はつい甲高い声で悲鳴を上げた。
耳障りな僕の甲高い声が、洞窟の中を響きわたった。

「……なによ、うるさいわね、なに事よ」

僕の悲鳴に、少し寝ぼけぎみの男の声で、誰かが起き上がった気配を感じた。
慌てて声のした方向に、ライトの光を当てて見た。

「なにするのよ、もう、まぶしいわね」

ライトの光の先には、まだ半分寝ぼけながら、ライトの光に抗議する男子、清彦がいた。

え、えっ、清彦? ぼ、僕ぅ!?
なんで僕の目の前に、僕がいるの!!

「まぶしいって言ってるでしょ!」
「ご、ごめん!」

清彦(?)の怒鳴り声に、僕は慌ててライトの光を少し横に逸らした。

「本当にもう、……あれ、なにコレ?」

ライトの光を遮るように、目の前にかざしていた清彦の手が、自分の顔にかけているメガネに触れた。

「なんで私、こんなもの付けてるのよ?」

そしてもう一度、不思議そうに、そのメガネに触った。
と思ったら次の瞬間、邪魔そうにメガネをはずして、ぽいって捨てていた。

「わ、わあっ、何やってるんだよ!」

僕は慌ててメガネを放り出した辺りへ、ライトの光を向けた。

幸い、清彦がメガネを放り出したのが、すぐ足元だったので、メガネはすぐに見つかった。
僕がそれを拾い上げた。
そしてすぐにライトの光を当てて、手元のメガネの状態を確かめた。
良かった、別に壊れてない。
まったくもう、メガネは安くないんだよ。
それに、メガネがなかったら困るのは、近眼でメガネをかけてる僕自身が一番わかってるはずなのに、なんでこんなことするんだよ。
と、そこまで思い至った瞬間、はっと気が付いた。

あれ、そもそも、この僕の目の前にいる僕は、いったい誰?

目の前の清彦に怒鳴られたり、メガネを捨てられたりしたおかげで、混乱しかけていた僕は、一旦気が逸れた。
そして、ひと心地ついて、もう一度同じ疑問に戻っていた。
ただし今度は、おかげで冷静に対応できるようになっていた。

「ちょっとあんた、さっきから私を無視して、一人で何やってるのよ!
……あれ、なによこれ、さっきから、私の声が変?」

清彦は、あー、あー、と発声練習とはじめたり、のどに手を当てたりした。

「声が直らない、私、風邪でもひいたの?」

そんな清彦の様子を見ているうちに、ある憶測が思い浮かんだ。
僕、いや僕たちがおかれている状況って、もしかして……。
その憶測を確かめるように、僕は困惑している清彦に質問をした。

「もしかして、きみは双葉?」
「何言ってるのよ、私は双葉に決まってるじゃない、見てわからないの!」

そんな清彦の返答に、僕は妙に冷静に、ああやっぱり、って思った。
ということは、今の僕は、今の僕の体は、多分双葉の……。

「あれ、そういえば、そういうあなたは誰なの?」
「僕、僕は清彦だよ」

清彦の疑問にそう返事を返しながら、僕はペンライトで今の自分の姿を照らしてみせた。
暗闇の中に、ワンピース姿の、今の僕の姿が照らされた。

「何を言ってるのよ、あなたは女の子じゃないの!
ああもう、もっとよく顔をみせてよ。
まわりが暗いせいで、ぼやけてあなたの顔がよく見えないわ」

そんな不満を言いながら、清彦は僕にぐっと顔を近づけた。
それでも、今の僕の顔がよく見えなくて、判別できないようだった。
そりゃ、よく見えないのは、まわりが暗いせいもあるだろうけど、それ以前に清彦の目は近眼だからなあ。

「……これをかけてみて」
「なにこれ、メガネ? なんで私がこんなものを!」
「いいから、騙されたと思って、ね?」
「しょうがないわね」

ぶつぶつ言いながら、清彦はもう一度メガネをかけた。

「あれ、なんかさっきより目が見える、なんで?」
「そう、それなら良かった」
「良かったって、なんでそう、……あれ、私? なんで目の前に私がいるのよ!」

メガネをかけて、視力が矯正された清彦は、僕の顔を見て驚いた。

「あなたは誰? いったい誰なのよ!!」
「僕は、……さっきも言ったけど、清彦だよ」
「何言ってるのよ、あなたが清彦なら、なんで清彦が私なのよ!
私はここにいる…のに……、えっ、あれ、わたし!?」

清彦は、ようやく今の自分の体が、いつもの自分と違うことに気が付いた。
ペンライトの光だけの薄暗い中、今の自分の体を見下ろして驚いたり、ぺたぺた体を触って困惑したりしていた。

「なにこれ、なんで私が、清彦の着ていた服を着ているのよ!
それになにこれ、私の胸がぺったんこになっちゃってるし、
やだ、ナノコレ、私のここになにか変なモノがついてる!!」

清彦は涙目だった。
そして気が付いたようにつぶやいた。

私、キヨヒコなの?

これは何かの間違いよ!
見間違え、そう、暗い所にいるから、見間違えているのよ!
明るい所に出て、もう一度見直せば、きっと元通りになっているわ!

清彦は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
そして僕に提案した。

「一度外にでるわよ!」
「う、うん」

僕は清彦の勢いに押されて、思わずうんとうなづいた。
でもまあ確かに、相手の姿も今の自分の姿も、よく見えない暗いこの洞窟の中にいるよりも、一度外に出たほうがいいだろう。

「いくわよ、着いてきて!」
「あっ」

清彦は、僕の手からペンライトを引っ手繰った。
そして反対側の手で、僕の手を握って、僕の手を引っ張って、外に向かって歩き出した。

も、もう、強引なんだから。
でも、そんな清彦の様子が、いつもの双葉と同じに見えて、
ああ、やっぱりこの清彦の中身は双葉なんだ。と改めて思ったんだ。
そして、少し歩いて、思い知らされた。

「ちょっと待ってよ、歩くのが早い、それに手が痛いよ」
「……しょうがないわね」

気持ちが焦っているのか、清彦の歩くペースが速く、手にも余計な力が入っていた。
そんな清彦の速いペースに、いつもより体が非力に感じている僕は、ついていくのも大変だった。
僕の抗議に、清彦がしぶしぶペースを落としてくれたおかげで、どうにかついていけるようになった。

はあ~、こうして歩いてみると、体の違和感がハンパないな。
うまく言えないけど、体全体の感覚が、なんかこう、いつもとは色々違うんだ。
こうして歩いて体を動かしていると、その感覚の違いを感じ続けて、この体がいつもの僕の体じゃないってわかるんだ。
あれから清彦も無言で、多分同じように感じているんだと思う。
そうこうしているうちに、僕たちは洞窟の外に出た。


--------------------------------------------------------------------------------


「わあ、まぶしい」

日の光がまぶしくて、僕はおもわず声を上げていた。
僕の声が、甲高い女の子みたいな声なのは、やっぱり違和感が大きいな。
そして、外の明るさに目が慣れてくると、外の風景と、僕の目の前にいる男子の姿が目に入ってきた。
今の僕より少しだけ背の高い、メガネをかけていて、ひょろっとした、少し頼りない印象の男子、清彦だった。
こうして外から元の自分を見て、自分でこう言うのもなんだけど、この頼りない弱そうな印象、もうちょっとなんとかならないかな。

「私の体、私の体だわ。その体は、やっぱり私の体なのね」

そんな清彦が、今の僕の方を見て、切ない声でつぶやいた。
そして、もういちど今の自分の体を、確かめるように見下ろして、あちこち触って、がっかりした表情でため息をついた。
そんな清彦につられて、僕も今の自分の体を、確かめるように見下ろした。
ノースリーブの、白いワンピースを身に着けた、女の子のようなほっそりとした体だった。




真っ暗で、ライトの光しかなかった洞窟では、うっすらとしか見えなかったけれど、今ははっきり見えた。
この胸の膨らみも、作り物じゃなくて、本物なんだよな?

「ダメ、私の体を、勝手に触らないで!」
「え、ご、ごめん!」

清彦に怒鳴られて、胸の辺りに伸ばしかけた手を、僕は慌てて引っ込めていた。

「ねえ、今の私は、誰に見える?」

ここには鏡が無いから、今の自分の姿は、自分では確かめられない。
なので、それを確かめるために、清彦はそういう質問をしてきたんだろう。

「清彦に見える」
「間違いない?」
「違うっていってあげたいけど、間違いなく清彦だよ」
「そう、やっぱりそうなんだ」

僕の答えに、清彦はがっくりうなだれた。
そんなうなだれる清彦に、僕も聞き返した。

「それじゃ、今の僕は、誰に見える?」
「双葉、今のあなたは、双葉よ」
「間違いなく?」
「見間違えようがないわよ!
その体は、生まれてからずっと私の体だったんだから!
なのになんで、今はこうなっちゃったのよ!!
返してよ! 私の体を返してよ!」
「おちついて、おちついてよ!」

そんなやりとりをしながら、僕は確信した。
僕と双葉は、体が入れ替わっちゃったんだって。
本当に、なんでこんなことになっちゃったんだろう?

清彦が落ち着いた後、二人で話し合いをした。
そして、お互いの体が入れ替わってしまっていることを、確認したのだった。

「どうして僕たちの体が、入れ替わっちゃったんだろう?」
「どうしてって、私が知りたいわよ! 清彦、あなたはなにか気づかなかった?」
「なにかって言われても……あ、そういえば」
「え、何、なにかわかったの?」
「洞窟の奥のご神体の岩だよ。あの時、なんでだかご神体が光って、僕たちはその光に飲み込まれたよね?」
「そういわれてみれば、そうだったわね」
「その時、体が溶けるみたいに感じて、気をうしなって、目が覚めたら僕たちは、体が入れ替わっていた。
だったらこうなっちゃったのは、あのご神体のせいなんじゃないかな?」
「ご神体のせい、ご神体の力、……そうかもしれない」
「それ以外に特に他に変な事は無かったし、他に考えられないよ」

そう、岩が光りだすなんて、普通の出来事じゃない。
なんでそのことを、今まで忘れていたんだろう?
いや多分、体が入れ替わる、なんて非常事態のせいで、そんなことにまで気が回らなかったんだ。
だけどこうなってみると、この二つの出来事が無関係だなんて、考えられなかった。

「じゃあ、私たちの体が入れ替わった原因が、ご神体の力だとして、なんでご神体が私たちの体を入れ替えたの?」
「それは……」

ふと、ご神体が光る直前に、『双葉も一年くらい東京で生活してみればいいんだ』なんて思ってしまったことを思い出した。
それをご神体が、僕のお願いだと拡大解釈して、さらに内容まで拡大解釈しまったとか?
確かに僕と双葉が入れ替われば、このままだと双葉は僕として東京に帰ることになり、東京で生活できるようになる。
もしそうだとしたら、こうなっちゃったのは僕のせいなのか?

「……そんなことまでわかんないよ」

僕のせいだなんて言えなくて、咄嗟にこの場はごまかした。

「まあ、それもそうよね」

清彦も特にこのことを深く追求することなく、僕は密かにホッとした。

「それならもう一度、ご神体の所まで行きましょう」
「行ってどうするの?」
「決まってるでしょう、私たちの体を元に戻してくれるように、ご神体にお願いするのよ。
このままじゃ困るし、私は嫌よ!」
「う、うん、それもそうだね」

そんな訳で僕たちは、もう一度洞窟の奥へ、ご神体の岩のところまで向かうのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


ご神体の岩の前に到着して、僕たちはお願いをした。
どうか僕たちの体を元に戻してください。と。

そして僕は自分のお願いに、こっそり付け加える。
ごめんなさい、この里の神様、双葉を東京で生活させたいってさっきのお願い、あれはキャンセルです。
このままだと双葉に悪いし、僕も元の戻れないと東京に帰れなくて困る、だからお願いもとに戻して。

でも、さっきのように岩が光ることはなく、今は何もおきなかった。
僕たちの体も、入れ替わったまま、元に戻れなかった。

しばらく待ったけど、今度は何も起きなかった。
結局元に戻れないまま、僕たちはもう一度外へ出た。
元に戻れなかったことで、清彦は目に見えてがっくり落ち込んでいた。

「こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに……」

ここに来たこととか、色々後悔しているようだった。
こんな状況で、そんな状態の清彦に、ぼくはなんて声をかけたらいいのだろう?
状況改善の見込みが無いのに、下手な慰めの言葉なんてかけられない。
いや、本当なら僕のほうだって、この入れ替わりの被害者なんだ。落ち込んだり泣き喚いたりしたい状況だよ。
だけど、目の前で先に清彦に落ち込まれて、そうすることもできなかった。
はあ~、本当にこれからどうすれば、……う、うわあ、これって……。

僕はもじもじしながら、落ち込んでいる清彦に、言いにくいことを打ち明けた。

「ね、ねえ、双葉」
「……なによ」
「ちょっと言いにくいことなんだけど、トイレに行ってもいいかな、なんて」
「……勝手に行けばいいじゃない。
えっ、……ちょ、ちょっと待って! だ、ダメ!! 勝手なことをしたら許さないからね!」

最初は気の無い返事だった清彦は、それがどういうことか気が付くと、顔を赤らめながら、慌てて僕を引き止めた。

「ダメって言われても、もう我慢の限界が近いし、……だったらこのまま漏らしてもいい?」
「それはもっとダメ! そんなことされたら、恥ずかしすぎて、私死んじゃう!」
「じゃあどうすれ……」
「こっちに来て!」

言い終わる前に、僕は清彦に強引に、すぐ近くの物陰に引き込まれた。そして。

「これで目の辺りを縛って」
「え、でも」
「いいから目隠ししなさい!」

持ってきていたタオルで、目隠しをさせられた。
うう、僕に見られたくないのはわかるけど、ここまでしなきゃいけないの?
なんか清彦の勢いと剣幕で、言われた通りに目隠しをしちゃったけど、なんか不安だな。
と思っていたら、いきなりワンピースのスカートをめくられた。
そして、今の僕が穿いているパンツが、膝の辺りまで引き下げられた。
なのに視界が遮られていたせいで、何をされたのか、すぐには理解ができなかった。
僕のすぐ近くで、なぜだか誰かが息を呑むような気配を感じて、はっと気が付いた。
僕、穿いているパンツを脱がされた?
それを誰かに見られている?
そう感じた瞬間、僕がこれまでに感じたことのない、こっ恥ずかしさを感じていた。

「きゃっ! な、なにすんだよ!」

僕の小さな悲鳴に、一瞬怯んだ気配がした。
でも、すぐに開き直ったような声で、僕の耳元に指示が飛んできた。

「いいからこのまましゃがみなさい!」
「あ、うん」

言いたいことはあるけど、なんとなく逆らえなくて、言われた通りにその場にしゃがんだ。
膝の辺りに下ろしたパンツがあったせいで、僕は内股気味にしゃがんでいた。
だけど、それでもバランスを崩すことなく、わりとすんなりしゃがむことができていた。
そんな体勢になったせいだろうか?
それとも我慢の限界が来たせいだろうか?

シュワアアア~~~ッ

僕は女の子になってから初めての、オシッコを始めていた。

目隠しをしていて、僕は視界がふさがれている。
だけど、体の感覚で、何が起きているのかはわかった。
ああ、僕は今、オシッコをしているんだ。
男の清彦だった時とは、体勢も感覚も違っていた。
だけど今は、そんなことを気にする余裕はなかった。
ただ、溜まっていたものを、吐き出す快感に、開放感を感じていた。
その点は、男女共通の快感だった。
やがてオシッコの勢いが弱まってくると、オシッコが垂れて、お尻の辺りも濡れて、お漏らしでもしているような情けなさを感じた。
でも、用を足し終えたことで、すっきりとした満足感を、得ることができたのだった。

だけど、オシッコが終わった後も、僕のあそこの部分からお尻のあたりまでは、まだ濡れているという感じが残っていた。

「おわったみたいだけど、もう目隠しを取ってもいい?」
「まだダメよ、今拭いてあげるから、もうちょっとそのまま待ちなさい」
「え、拭いてあげるって……」

がさごそと音がして、次の瞬間、僕の股間に何かを当てられた。
この時は、目隠しで見えないからわからなかったけれど、それはポケットティッシュだった。
清彦が、ポケットティッシュで、僕の濡れた股間やお尻を拭いてくれたんだ。
だけど、視界がふさがれた状態で、予告もなく敏感な所を拭かれたせいで、余計に敏感に感じてしまった。

「ひゃ、ひゃぁん!」

つい、変な声をあげてしまった。

「な、なんて声を出してるのよ!」
「ご、ごめん、でも……」

僕は今、清彦に僕の股間を拭かれて、見られて、すごく恥ずかしいって感じてる。
なのに、なんでだかすごくドキドキしていた。
なんなんだろう、今のこの気持ちは?

わけのわからないまま、この場は清彦のされるがままに、身を任せたのだった。

--------------------------------------------------------------------------------

そのうちに僕の股間が拭き終わり、最後に下ろされていたパンツが引き上げられて、再び穿かされた。

「おわったわ、……も、もう…いいわよ」
「……うん」

なぜだかぎこちない清彦の声に、ぎこちなく返事を返しながら、僕は目隠しをはずした。
目隠しをはずした僕の目の前には、清彦の顔、今の行為がさすがに恥ずかしかったのか、少し赤面していた。

「こ、こんなことしていたら、私のほうまでしたくなっちゃった」
「えっ、したくなったって……」

僕の体でトイレに行きたくなったって事だよね?
そうと聞かされて、別の意味で恥ずかしくなってきた。

「済ませてくるから、ここで待ってなさいね」
「待ってなさいって、そちこそちょっと待って……」
「来ちゃダメ、来たら怒るからね!」

僕が止める間もなく、清彦はそそくさと近くの物陰へ行ってしまった。

「……行っちゃった。もう、勝手なんだから」

でも、あんなことの後だから、清彦とはなんとなく気まずかった。
一時的にでも目の前からいなくなって、少しだけホッとした。
足元を見てると、オシッコの後がまだ濡れていて、使用済みのポケットティッシュが、何枚か落ちていた。
アンモニア臭もまだのこっていた。
ついさっきのことを思い出して、また恥ずかしくなってきて赤面した。
つい、スカートの上から、股間の辺りを触ってみた。

「……やっぱり、ここに、今はなにもないんだ」

男だった時には、そこにあったはずのものが、今は何も無かった。
もし僕が男だったら、今頃はここにあったモノが勃起して、大変なことになっていただろう。
いや、勃起するモノがないだけで、なんだかこの体が火照っていて、ここの奥が疼いているような気がした。

今の僕は双葉で、この体は女の子なんだ。
そして、今この場にいるのは、僕一人だけ。
折角のこの機会に、もっとよくこの体を見てみたい。もっとよく触ってみたい。
今はこの体は僕の体なんだから、ちょっとくらいは触ってもいいよね?
いやだめだ、双葉本人がここにいないからって、内緒でそんな勝手なことをしちゃ。
……でも、ちょっとくらいなら。

「待たせてゴメン、……お花摘み、済ませてきたわ」

なんて葛藤しているうちに、清彦が戻ってきた。
……やっぱり、ちょっとくらい触ってみるんだった。
いや、このタイミングだと、変なことをしている所を清彦に見つかって、きっとややこしいことになってた。
これで良かったんだ。

僕は心の中に、なんとなくもやもやしたものを残しながら、どうにかこの場は気を落ち着けた。

「こうなっちゃったのは仕方ないわ。いつまでも落ち込んでばかりもいられない。今はこの後どうするのか考えなきゃね」

僕のトイレの世話をしたり、その後清彦の体でトイレに行ったりしたことで、色々と吹っ切れたのだろうか?
完全にじゃないけれど、清彦は開き直っていた。
まあ、いつまでも落ち込んだままでいられるより、そのほうがいいけどね。

「でも私は、まだ元のその体に戻ることを、諦めたわけじゃないからね」
「それは、……僕もそうだよ。それで、どうするの?」
「今度はお神酒やお供えものを持ってきて、ちゃんと正式に神様にお願いするのよ」
「……なるほど」

そんなことで上手くいくのだろうか?
色々突っ込みたい気分だったけど、せっかく元気が出たんだ。
今は黙って、清彦のその意見を、受け入れることにした。

「それで、すぐに戻ってその準備をするの?」
「今すぐは無理よ。色々準備をしなきゃいけないし。それに今日はもう時間が無いわ」
「時間が無い?」
「今は季節が夏だから、まだ周りは明るいけど、もうそろそろ夕方よ。そろそろ戻らないと叱られちゃうでしょ」
「それもそうか」
「だから、今言ったことは、明日準備して、試すことにするわ」
「うん、わかった。そうしよう」

落ち込んでいたようで、意外にちゃんと考えてたんだなと感心した。

「問題は明日までよ。それまで私たちは、体が入れ替わったまま過ごさなきゃいけない」
「あ、そうか、そうだよね」
「だから、不本意だけど、それまでその体は清彦、あなたに預けるわ」
「それでいいの?」
「だから不本意だけど、って言ったでしょ!」

本当は嫌なんだからね、と仕方が無さそうな清彦。
まあ、それはそうだよね。
今はこの場に二人だけだけど、双葉の家に帰ったら、嫌でも入れ替わったままの状態で、それぞれの家族と向き合わなきゃいけないんだしね。
うん、家族と?

「そうだ、母さんや双葉の家族に、僕たちの体が入れ替わっちゃったことを知らせて、協力してもらえないかな?」

ふと思いついたそれは、名案のように思えた。
双葉のおばさんや、お祖母さんは物知りだし、僕の母さんも元々この里の出身だ。
ご神体の事で、何かわかるかもしれないし、いい知恵が借りれるかもしれない。
何よりも信じてもらえれば、その後は入れ替わりのことで、余計な気を使わないで済むかも知れない。
だけど、清彦の返事は、「イヤよ、絶対にイヤ!」だった。

勝手にご神体のところへ、親戚とはいえよそ者の清彦をつれて行った、そのことを家族に知られたら怒られる。
いや、事が事だから、家族だけの問題ではなく、里のご神体に関わる有力者にも話が行って、事が大事になる可能性が高い。
そうなることを、今の清彦は嫌がったのだ。

「こんな事になっちゃったんだから、もう大事になっちゃってるよ。それよりも誰かに知恵や力を借りたほうがいいよ」
「それでもイヤなものはイヤなのよ!
それにこんなこと、恥ずかしくて、家族にも誰にも知られたくない!
だから清彦、家族にも誰にも、余計なことはしゃべらないでね。
余計なことをしゃべったら、私、恥ずかしさで死んじゃうからね!!」

明日、元にもどれさえすれば、こっそりなかったことにできるのだから。
ここまで嫌がられて、そうまで言われて、僕は押し切られた。

「わかったよ、そうまでいうなら、今はそうするよ」


--------------------------------------------------------------------------------


山の洞窟から、双葉の家の前まで戻ってきた頃には、日の沈む方角は夕焼けで赤く染まっていた。
それでも、この季節だから、辺りはまだ明るかった。
そしてここに帰ってくるまでの間に、二人でこの後はどうするのか、その話はしていた。

「いい、今から私が清彦で、あなたが双葉なんだから、返事や言葉遣いには気をつけてよね」
「うん、わかってるよ」

正直不安だけど、明日まで一日くらいなら、きっとなんとかなる。
うん、大丈夫だ、……多分。

「ただいま」

今は双葉の僕が、双葉の家の玄関をくぐった。
その僕の後に、清彦が続いた。

「二人とも、おかえりなさい」

と双葉のお姉さんの若葉さんが、僕たちを出迎えてくれた。

「清彦くん、双葉に振り回されて、疲れたでしょう?」
「え、わた…いえぼくは、そんなに疲れてないです」
「さすが男の子ね。でも無理しなくてもいいわよ。もう少しで夕飯だから、清彦くんは居間で休んでいて。
双葉、お母さんたちは台所で夕飯の準備をしているから、あなたもお母さんたちを手伝って」
「え、僕……じゃない、私が夕飯のお手伝い?」

今は僕が双葉なんだから、双葉の家族に、双葉として扱われて、双葉の身代わりをするのは当たり前なんだ。
わかっていたつもりだったけど、こうしていざ若葉さんに、清彦ではなく双葉として扱われてみると、やっぱり戸惑った。

「変な子ね、いつも台所で母さんのお手伝いをしているじゃない。今日はどうかしたの?」
「う、ううん、なんでもない…わ。すぐ台所に手伝いにいくね」
「あ、ぼくも手伝います」
「気持ちは嬉しいけれど、清彦くんはお客さんなんだから、手伝わなくてもいいわ。ゆっくり休んでいて、ね」
「で、でも、……わかりました」

清彦のほうも、やっぱり戸惑っていたのか、手伝いを申し出た。
だけど若葉さんは、清彦の申し出を、やんわり断った。
僕たちはこうして、体の入れ替わりによる立場の変化を、実感し始めたのだった。

--------------------------------------------------------------------------------


台所に行くと、双葉のお母さんと僕の母さんが一緒に、夕飯の準備をしていた。
僕に気づいた双葉のお母さんが、僕に声をかけた。

「あ、双葉、おかえりなさい。今忙しいから早く手を洗って、夕飯の準備を手伝ってね」
「……はい」

双葉のお母さんは、僕の事をなんの疑いもなく、双葉だと思って、双葉として扱った。
そして僕の母さんには、
「おかえりなさい双葉ちゃん、うちの子の相手、大変だったでしょう?」
なんて、声をかけられた。

「いえ、そんなことないですよ」

そんな風に返事を返しながら、僕の母さんが、僕の事を清彦だとは気づいてくれなくて、僕を双葉として扱ったことが、すごく寂しかった。
とにかく今は、さっさと手を洗って、母さんたちを手伝おう。
僕は台所の水道で手を洗った。
タオルで手を拭き終わった頃、戻ってきた若葉さんが、僕にエプロンを手渡した。
フリルの着いた、けっこうかわいい感じのエプロンだった。

「ほら、早くコレを着て。遅れてきた分、働いてもらうわよ」
「う、うん」

僕がこれを着るのかと、若干そのエプロンに抵抗を感じながらも、他に選択肢はない。
僕は受け取ったエプロンを、その場で身につけたのだった。

とはいえ、台所仕事なんて、ほとんどやったことの無い僕に、どれだけの事ができるだろう?
ただ幸い(?)、料理のほうはほとんどできていて、できた料理を台所から居間へと運ぶだけだった。
主に若葉さんの指示に従って、僕はできた料理をお盆に載せて、居間へと運んだ。

居間では、双葉のお父さんと敏明お兄さん、それと清彦の男三人が、テレビを見ながら休んでいた。
テレビの画面には、高校野球の試合が映し出されていたから、双葉のお父さんたちは、それを見ていたのだろう。
いや、清彦だけは、落ち着かない様子だった。

「あ、手伝うよ」
「……ありがとう」

清彦は僕が持ってきた料理を、並べるのを手伝ってくれた。
僕は素直にその行為に甘えた。
僕は何回かそんな調子で、居間と台所を往復したのだった。

--------------------------------------------------------------------------------


夕飯の準備を終えてから、僕は台所でエプロンを外して、若葉さんと一緒に居間に戻った。
男たちとお祖母さんが、折りたたみテーブルの前に、先に座って待っていた。
双葉の家ではこういう時、家族の座る場所は決まっている。
僕とお母さんは、お客さんの座る場所に座っていた。
そんな訳で、今朝まで僕が座っていた場所に、何気なく座ろうとして、その場所にはもう先客がいた。

「双葉は、(今は)あっちでしょ」
「あ、そうか(ついうっかり)」
「(しっかりしてよね)」

清彦に注意されて、僕は慌てて、双葉がいつも座っていた場所に移動した。
座るとき、うっかりあぐらをかきそうになって、今僕が着ているのは、ワンピースのスカートであることを思い出して、慌てて正座に座りなおした。
なんか乱れたスカートの裾もさっと手で直して、よし、すぐに座り直したから、誰にも気づかれていない。
と思っていたら、僕を見つめる清彦の表情が、少しだけ怖かった。
う、やっぱり清彦には、気づかれていたかな?

「「「「いただきます」」」」」

何はともあれ、全員がそろった所で、夕飯を食べ始めたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


夕飯を食べ終わった後、食器の後片付けが始まった。
後片付けも、この家の女の役目だった。
今は双葉になってる僕も、当然のように後片付けをさせられた。
というか若葉さんに、
「今日は双葉は帰りが遅かったんだから、いつもより多く片付けなさい」
と言われて、今は妹の立場の僕は、若葉さんの指示に逆らえなかった。しかたがないか。

そんな訳で、食器を片付けて、運んでいる最中、その若葉さんと(清彦の)母さんが、清彦に話しかけている所に出くわした。

「清彦くん、今日は双葉に付き合わされて汗かいたでしょ、お風呂が沸いているから、先に入っちゃって」
「え、でも、……ぼくは今日は後でいいです」
「なに言ってるの、かえって後がつかえて遅くなっちゃうでしょ。母さんが着替えの準備しといてあげるから、早く入っちゃいなさい」
「そうそう、そのほうがこっちも助かるから、遠慮しなくていいから早く入っちゃって」

二人にお風呂を強く勧められて、断りきれなくて、結局清彦は、そのままお風呂に入ることになったのだった。

「あ、……わた…ぼく、先にお風呂に入ってるからね」
「う、うん、わたしは、まだ後片づけが残ってるから、また後でね」

僕たちはすれ違い、清彦は浴室に向かい、僕は食器を持って台所に向かった。
運び終わった食器は、双葉のお母さんが洗っていた。
僕は再びエプロンを身につけて、双葉のお母さんが洗い終わった食器を拭いていた。
こういう時、食器洗い機があれば、もっと早くて楽なのにな。
この家は、田舎の古い家だからなんだろうけど、そういう文明の利器はあまり置いてないんだよな。
全部リフォームすればいいなんていわないけどさ、少し電化製品を入れるだけで、双葉たちは楽になるのにな。
この家は、古い風習とか習慣が昔で止まっていて、家事は女にやらせとけばいい、なんて思ってるんだろうな。
なんて、双葉の立場になって、こんな風に家事を手伝わされたことで、今まで気づかなかったことに、色々気が付いたんだ。

後片付けのお手伝いは、後半には慣れてきて、特にトラブルも無く、無事に終わることができた。
ただ、双葉のお母さんの隣で、双葉として振舞わなきゃいけなかったことで、精神的に結構気疲れをしていた。
はやく部屋に戻って休みたい。
僕は、僕たち親子が泊まっている、客間のふすまを開けた。

「あ、双葉ちゃん、いらっしゃい」
「あっ!?」

僕を出迎えた、母さんの第一声はそれだった。
しまった、そうだった、今の僕は双葉なんだった
ついうっかり間違えた!

「清彦なら、まだお風呂よ。いつもならとっくの昔にお風呂から出て戻ってきているのに、今日はめずらしく長風呂なのよ」
「そ、そうなんですか、……それは残念」

母さんは、僕が清彦に会いに来たのだと、勘違いをしていた。
勘違いをされていたほうが都合が良いので、咄嗟に話をあわせた。

「折角きてくれたのに、ごめんなさいね。
さすがにもうそろそろお風呂から出てくると思うから、ここで清彦が戻ってくるのを待ってみる?」
「いえ、おかまいなく、失礼しました」

これ以上双葉としてここにいたら、母さんと話をしたら、ぼろが出るかもしれない。
僕はそそくさと逃げるように、その部屋を後にしたのだった。

--------------------------------------------------------------------------------

母さんは、僕を双葉だと思って、この家の子として扱っている。
僕の事を、清彦だと気づかないし、息子として見てくれない。
改めてそのことに気づかされて、急に悲しくなってきた。
それはそうと、今はあの客間へ戻れない。僕はこれからどこへ行けばいいのだろうか?
と、そこで、

「あ、清彦、……じゃなかった、双葉」
「えっ、あ、双葉?」

僕は風呂から戻ってきた清彦と、廊下で鉢合わせたのだった。
風呂上り、それも長風呂だったせいなのだろうか、清彦は顔が赤かった。

「会いに来てくれたの、ごめん、待たせちゃった?」
「う、ううん、たいしたことないよ。それより長風呂だったね」
「……ごめん」

何気なく言ったつもりなのに、清彦は、なぜだか恥ずかしそうに、更に顔を赤らめながら恐縮してしまった。
あ、そうか、本当なら双葉は女の子なのに、今は男の清彦の体でお風呂に入ったんだもんな、色々恥ずかしいこともあったんだろう。
……というか、僕の体、特に男の部分を、双葉に見られたってことなんだよね?
そのことに気づいて、僕も急に恥ずかしくなってきた。

「う、ううん、いいよ、こんな聞き方、僕もちょっとデリカシーがなかった」

ひとまずこの話は、軽く流すことにしよう。

「それはいいとして、ちょっと聞いていいかな」
「な、なによ」
「僕、双葉の部屋へ行ってもいいかな?」
「え、わた、私の部屋へ行きたいって、私の部屋で何をするつもりなのよ」

僕の質問に、清彦は恥ずかしそうにイヤイヤをした。
まずい、聞き方がまずかったのか、何か勘違いをさせちゃった?
僕は慌てて訂正をした。

「変な意味でじゃないよ。双葉の部屋で休みたいだけなんだ。
僕は今は双葉の姿でしょう?
だから僕が泊まっていた客間には戻れないし、そこでは休めない。
今の僕の立場だと、双葉の部屋で休むしかないんだけど、いいかな?」

ちなみに、小さい子供の頃は、双葉の部屋へよく遊びに行った。
だけど、小学生の高学年になったくらいからは、女の子の部屋だからと、遠慮して行かなくなったんだ。

「わざわざそんなことを……」
「うん、女の子の部屋に、勝手に入るのも悪いかなって、もちろん変な事はしないつもりだからさ」
「いいわよ、今はあなたが双葉なんだから、そこまで私に遠慮することは無いわよ」

清彦は半分呆れたような顔をしながら、双葉の部屋に入ってもいいって許可をくれた。

「清彦ならいつでも私の部屋に来ても良かったのに、本当にヘタレなんだから……」
「え、何か言った?」
「何でもない」

なぜか今度は半分不機嫌な顔をしていた。
まずい、やっぱり何かまずかったか?

「いいわ、そんなこと言うなら、私が部屋までついて行ってあげる」
「え、双葉がついて来るの?」
「私が一緒だとイヤなの? 私が良いって言ってるから良いのよ!!」

とまあ、そんな調子で、清彦が双葉の部屋まで一緒について来ることになった。
本当、こういうときは強引なんだから。
でも、どこか元気のなかった清彦が、一時的にとはいえ元の双葉の調子に戻ったことが、少し嬉しかった。

「ほら、ここが私の部屋よ、子供の頃には何度か来たことあるでしょう」
「うん、ちょっと懐かしいかな。あ、でも、配置とか内装とか、色々変わってるんだね」
「そりゃ、女の子の部屋だもん、色々変わるわよ」

双葉の部屋は、六畳ほどの和室だった。
ただ、家具だとかカーテンなどの内装とか、より女の子らしく変わっていた。
あと、勉強机のすぐ横の壁に、夏服のセーラー服が掛けられているのも目に入った。
ここの中学校の制服って、セーラー服なんだと、なぜか他人事のように思った。

「ほら、部屋着はここに置いてある。本当は帰ってきたら、すぐこれに着替えるつもりだったんだけど……」

少し暗い声で清彦が指し示した場所には、女物のTシャツと短パンが置かれていた。

そういわれて見れば、昨日の夕方の頃は、双葉は部屋着に、これと似たTシャツと短パンに着替えていたっけ。
だけど今日は、体の入れ替わりのせいで、本人が着替えることができなかった。
この家に戻るのも遅くなったせいで、戻ってきた直後に、すぐに台所の手伝いをさせられたから、着替えている余裕はなかった。
いや、それでも双葉本人だったら、台所に行く前に、さっさと着替えていただろう。
そして僕の場合、事前の打ち合わせ不足で、そもそも着替が用意してあることは知らなかったし、その発想もなかったんだ。

「ご、ごめん、すぐに着替えるから」
「もういいわよ。もうすぐお風呂の順番が回ってくるだろうから、今これに着替えても、すぐに脱ぐことになるでしょうし」
「お風呂の順番?」
「ええ、今は兄さんがお風呂に入ってて、次は私の番よ」

ちなみに、清彦が風呂から出た直後、今は敏明さんがお風呂に入っているらしい。
その次は双葉の番だった。
たまに順番が変わって、若葉さんが先に入ることもあるけれど、基本的にこの順番なのだった。
そう言われてみれば、昨日も僕が一番にお風呂に入らせてもらったし、
その後の順番なんて気にしてなかったけど、その少し後に、風呂上りの双葉に絡まれていたっけ。

「つまり、次は僕がお風呂に入る番ってこと?」
「そういうことになるわ」
「ちょっと待ってよ、双葉は僕がこの体で、お風呂に入っちゃってもいいの?」

そうだと気づいて、さすがに慌てて清彦に確認した。

「よくないわよ。その体は、本当なら私の体なのに、私以外の誰かに好きにされるなんて、本当ならそんなのイヤよ。
だけどこうなっちゃったんだから、今はしょうがないって思っているわ」

山でのオシッコのときの反応から、もっと激しく嫌がられるかと思っていた。
私の体でお風呂に入るな!
とか、そこまで言われなくても、
必要以上に見るな触るな!
目隠しして私が洗う!
くらいは言われるかと思った。
だけど今の清彦は、言葉の上では嫌がっているけど、その口調も表情も、何かを悟ったみたいに、意外に落ち着いていた。なんでだろう?

「それに、私のほうが先にお風呂に入っちゃってるし、あなただけお風呂に入っちゃダメって言えないでしょう?」

あっ、そうか、元の双葉のほうが、清彦の体でお風呂に入っちゃってるんだった。
お風呂の中での体験が、今の清彦には、きっと色々ショックだったんだろう。

「それに、山へ行って汗をかいたその体が、汚れたままっていうのはもっと嫌だしね。
だからあなたがその体でお風呂に入るのは許可するわ。あ、でも、できるだけ変な事はしないようにしてね」
「ご、ごめん、お風呂では、できるだけこの体は見ないように、変な事はしないようにするから」
「うん、こういうときの清彦は、信用してるわ」

そう言いながら、清彦はくすっと笑った。
意外にしおらしい今の清彦に戸惑いながら、僕はそんな約束をしたのだった。

「あ、そうだ、今のうちに、お風呂上りの着替えやタオルの準備をしておいてあげる。
それに、その体でのお風呂の入り方も、今のうちにレクチャーしないとね」
「お、お風呂の入り方?」
「そうよ、入り方と言うより、洗い方かな? たとえば、清彦はその髪を傷めないように洗える?」
「……全然自信がない」

こんな長い髪、洗ったことなんてないし、髪を傷めないようにって、そんなの考えたこともないよ。
そんなわけで、敏明さんがお風呂から上がって、次に僕の順番が来るまでの間に、清彦から色々お風呂でのレクチャーを受けたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


しばらくして、ふすまの向こうから、誰かが声を掛けてきた。

「おーい双葉、今風呂から上がったぞ。次はお前の番だぞ」

これは双葉の一つ歳上のお兄さん、敏明さんの声だ。
まずい、今この部屋には、清彦がいる。
もし一緒にいる所を敏明さんに見つかったら、面倒なことにならないだろうか?
僕は一瞬緊張した。
だけど、それでもやけに落ち着いている清彦の目配せに、ハッと気づいて、僕は慌てて返事を返した。

「あ、はい、……今行きます」
「今日はお客さんが妙に長風呂だったからな、あんま姉さんを待たせるなよ」

それだけ言い残すと、敏明さんの気配が、部屋の前から遠ざかっていった。
多分、自分の部屋へと戻ったのだろう。
僕はホッとしながら、緊張が解けて脱力した。

「そんなに心配しなくてもいいわよ。兄さんは妹の私に遠慮して、普段はこの部屋へは入ってこないから」

なるほど、そう言われてみればそうなのかもしれない。
よく考えてみれば、兄妹とはいえ、異性の部屋へ、特に男が女の部屋へ入るのは普通は遠慮するよな。
その辺りの感覚は、一人っ子の僕には、すぐにはわからなかったんだ。

「じゃあ僕……いや私は、そろそろお風呂に行くね」
「うん、それじゃ僕も、客間のほうに戻るね」
「……また後でね」
「うん、また後で」

そんな訳で、僕たちはぎこちなく別れて、僕はお風呂へ、清彦は泊まっている客間へと移動したのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


僕は洗面所兼、脱衣所へと移動してきた。
双葉の家は、古くからの農家の家だけど、数年前にお風呂や台所など、水周りはリフォームされていた。
なのでその時に、洗面所の洗面台も、新しいものに取り替えられていた
その真新しい洗面台の前に僕が立つと、鏡には双葉の姿が映っていた。



「……今はこれが僕、今は僕は双葉なんだよな」

山の洞窟で、双葉と入れ替わった直後、スマホで今の自分の姿を確認した。
この家に帰ってきてからも、何度か鏡やガラスに映る今の自分の姿を見た。
ついさっき、双葉の部屋で、お風呂のレクチャーを受けている時、実演の必要もあり、姿見の鏡で今の姿を見てた。
でも、家事を手伝わされて忙しかったり、すぐ側に清彦がいたりして、一人でじっくり見る機会は無かった。
そして今、こうして一人で、今の自分の姿をじっくり確認しているのだった。

さらさらした腰まである長い髪。
やや釣り目ぎみだけど、ぱっちりした瞳。
その瞳と小ぶりな鼻と唇が、絶妙なバランスで顔に配置されていて、顔立ちが整っていて、改めて双葉って美人なんだな、とも思った。

そのつり目のおかげで、普段の双葉からは、気が強そうで、生意気そうな印象を受けていた。
実際、僕に対しては、双葉はお姉さんぶってて、強気で偉そうな態度が多かったしね。
でも、今の鏡の中の双葉からは、いつもとは違って、柔らかな雰囲気や印象を受けていた。
なんていうか、その印象を一言で言うと、「……かわいい」なのだ。
そんな鏡に映る今の自分の姿に、僕はしばらく見とれていた。
鏡の中の双葉も、潤んだ瞳で、そんな僕を見つめ返していた。

「いけない、ぼーっとしてないで、早く服を脱がなきゃ」

僕はドキドキしながら、身につけていたワンピースを脱ぎ始めた。
ワンピースは思っていた以上に簡単に脱げてしまい、僕は後はブラジャーとショーツだけ、下着を身につけただけの姿になった。

その下着にも、まずはブラに手を掛けようとして、一瞬その手が止まる。
やっぱり双葉に悪いって気がする、こんな事をしていいのだろうか?
……良いも悪いも、コレを脱がなきゃ風呂に入れない。
それに、双葉も良いって言ってくれていたんだし、何を今更だよ。
僕はおもいきって、えいやあって次々身につけていた下着を脱いだ。
僕はこの体で、初めて生まれたままの姿になった。

ほっそりとした体に、小ぶりのおっぱい。
そしてその股間には、もちろん男の象徴なんて付いてなくて、そこには女の子の割れ目が彫られていた。
つい、手を伸ばしておっぱいに、そして女の子の割れ目に触ってみた。

「あ、僕は、……今は女の子なんだ」

そんなの事は、双葉と入れ替わったことを自覚した時から、わかっていたことだ。
特に山でオシッコをした時に、強く感じていたことだ。
だけど今は、改めてそれを、より強く実感させられていたのだった。

今は僕のものになっているこの体に、すごく性的な興味がわいていた。
女の子の体って、どんな感じなんだろう?
このまま、ここを弄ったら、どんな気持ちになるんだろう?
弄りたい。どうせバレやしないし、ちょっとぐらいは良いよね?
つい、そんな誘惑に、負けそうになる。

「だめだ、双葉と約束したじゃないか、この体に変な事はしないって!」

そして、今の清彦は、そんな僕を信用していると言ってくれた。
その信用は裏切りたくなかった。
僕はどうにか思いとどまった。

「……まだお風呂に入る前からこれじゃ、先が思いやられるな」

そんな風に思いながら、お風呂に入る前に清彦から受けたレクチャーを思い出しながら、浴室へと移動したのだった。

--------------------------------------------------------------------------------

レクチャーの内容は、まず体の洗う順番や、その洗い方だった。
双葉はまず髪から洗い、次に上から順番に体を洗う、だった。
あと、髪の洗い方や使うシャンプーやコンディショナーの指定までされていた。

「母さんや姉さんとも別に、私専用のシャンプーを使ってるから、ちゃんと気をつけてね」

この家の女性陣は、シャンプーやボディソープ、クリームなど、それぞれ別々のものを専用にこだわって使っているらしい。
ちなみに、さすがにお祖母さんはそこまでこだわっておらず、双葉のお父さんや敏明さんと同じ共用のシャンプーや石鹸を使っているらしい。
そういえば、僕はさほど気にしていなかったけど、うちの母さんも、家では自分専用のシャンプーとか使っていたっけ。
それでもって、わざわざ旅行用の小さな容器に入れて、持ってきていたっけ。
女の人って、なんでこういう細かいことに、こだわるのかな?

ちなみに僕は、昨日は共用のシャンプーを使わせてもらって、いつもと違うものだったけど、まったく気にしなかった。
でもこの体で、わざわざモノや洗い方まで指定されたんだから、今までのような男気分で髪を洗うわけにはいかない。

「……でもまあ、確かに長くて洗うのが面倒そうだけど、さらさらしててきれいな髪だよな」

この髪を維持するために、双葉は今まで努力をしていたに違いない。
そんな髪を、僕が傷つけたりしたら、やっぱり恨まれるだろうな。
そんな訳で、面倒くさいと思いながらも、レクチャー通りに髪を洗い始めた。

最初のうちは、やっぱり面倒くさかったし、要領がよくわからなかった。
だけど髪を洗っているうちに、だんだん要領がわかってきた。
というか、髪を洗っているうちに、そういえばいつもこんな風に髪を洗っていたっけ、みたいに感じるようになってきたんだ。
あれ、最初は面倒だった洗髪が、なんだかだんだん楽しくなってきた。
そう思った瞬間、体の奥で、何かがゾクッとした。

今の感じはなんだろう?
気にはなったけど、今は髪を洗うことに専念することにした。
せっかくのこの髪が、傷つくのはイヤだからね、ちゃんと洗わなきゃ。

洗髪が終わった後、僕は髪をアップして頭の上でまとめた。
初めてなのに、思っていたよりもスムーズに、一発で出来た。
これまた予想以上に上手く出来て、僕はちょっとご機嫌だった。

双葉の部屋で習っていた時は、なかなか上手くできなかったんだけどな。
でも、やっぱり、その時の練習の成果が出たかな?
その後は、シャワーで体を洗い始めた。

はあ~、シャワーのお湯が気持ちいい!
今日は山に登って洞窟へ行ってきて、汗をかいてきたからな。
そこで色々あって、精神的に疲れて、帰ってきてからも家事を手伝わされたりして、気が休まる余裕も無かったもんな。
だけどこうしてシャワーを浴びながら、体を洗っていると、なんかこう、体の汚れや汗と一緒に、今日の疲れ、特に精神的な疲労が一緒に洗い流されていくような、いい気分だった。

「ふぅー……、いい湯だ、気持ちいいなあ」

シャワーを浴びて、体を軽く洗い終わった後、僕は湯船に浸かってようやく一息ついて、リラックスしていた。
……あれ、なんで僕、普通にお風呂に入って、普通にリラックスしているの?
いや、お風呂でリラックスするのはいいんだ。
ただこの体は、いつもの僕と違う双葉の体なんだ。
なのに、シャワーを浴びて、体を洗ってお風呂に入るまでを、なんか当たり前のように、普通にこなしていたような?

僕はふと、湯船に浸かっている、今の自分の体を見下ろした。
揺れる水面の下には、線の細い今の体が見えた。
その胸元は、今のこの体は女の子なんだと主張するかのように、小さく胸が膨らんでいる。
今更だけど、僕は慌てて視線を逸らした。
ついさっきまで、半ば無意識に自然にシャワーを浴びていたからだろうか、さほど気にしてなかった。
だけど今は、はっと正気に戻ったみたいに、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
視線を逸らしながら、つい現実逃避をした。
だいたい、いつもよりも目が見えすぎるんだ。
いつもだったらメガネを外して風呂に入るから、お風呂の中では目がぼやけてよく見えない。
だけど今は、目が良すぎてはっきり見えてしまうんだ。

……そうだった、双葉の目は、僕の目よりもずっとよく見えるんだった。

視線を逸らしながらふと思った。
そういえば、僕はいいとして、双葉はメガネなしでどうやって風呂に入ったんだろう?
今の僕は知る芳もないが、今の清彦は、メガネをかけたまま浴室に入り、曇ったレンズを拭きながら風呂に入っていたのだった。

「……もう出よう」

僕は微妙に視線を逸らしながら、浴室から出たのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


今の自分の体や、洗面所の鏡から微妙に視線を逸らしながら、用意しておいたバスタオルで、丁寧に体を拭いた。
視線を逸らしながら、おまけに色々意識してしまい、いつもよりも少し時間がかかったけれど、どうにか体を拭き終わらせた。
そして、清彦に用意してもらっていた、着替えを手に取った。

「これを、……僕が穿くの!」

僕は素っ裸でその場に固まったまま、まじまじと、手に取ったその女物のパンツ、ショーツをまじまじと見つめてしまった。
お風呂に入る前は、同じようなショーツを身につけていたけれど、自分で身につけたものじゃなかった。
あと他に、女物のピンクのパジャマと、肌着のキャミソールにも、気分的には抵抗を感じていた。
でも今はコレを、自分の意思で身につけることが、女装するみたいに感じて、少しイヤだったんだ。
とはいえ、今のこの体で男の物の下着や服を着るのも不自然だし、第一他に着るものは用意していない。
今はイヤでもコレを着るしかなかった。
と、その時、コンコン、とノックの音がして、洗面所のドアの向こうから、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「双葉、お風呂から上がった? そろそろお姉ちゃんもお風呂に入りたいんだけど、いいかな?」
「あ、はいっ! 今上がったところデス、ハイ、だからもうちょっとだけ待って!」
「わかったわ、ここで待ってるから早くしてね」

ドアの向こうの、若葉さんからの催促に返事を返しながら、僕は慌てて手に持っていたショーツを穿いた。
案ずるより生むが易し、こんなことで悩んでいた事が、バカバカしくなるくらい簡単なことだった。
僕はさっさと残りのキャミソールやパジャマを着こんで、待たせていた若葉さんにその場を譲り、逃げるように洗面所を後にしたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


双葉の部屋へと戻ってきて、部屋の中に入ってふすまを閉めた。
一人になれて、ひとまずほっとした。
なんだか安心したのか、僕はその場にぺたんとへたり込んだ。
無意識に女の子座りだった。
と、その時、とんとん、とふすまをノックする音がして、僕は再び緊張した。

「清彦、戻ってきた?」

今度は今の清彦だった。
僕が風呂から上がって、双葉の部屋に戻ってきたことに気が付いて、訊ねて来たんだ。

「う、うん、今風呂から戻ってきた所だよ」
「そ、そう、じゃあ今私がその部屋に入っても、大丈夫かな?」
「あ、ちょっと待って!」

僕は慌てて立ち上がり、無意識に手で身だしなみを整えていた。

「……うん、いいよ」
「おじゃまします」

僕の返事に、清彦がふすまを開けて、やや遠慮がちにこの部屋に入ってきた。
部屋に入ってきた清彦は、ふすまを閉めながらほっとした表情になって、そしてため息をついた。

「ため息なんかついて、どうかしたの?」
「たいしたことじゃないの、ただあの部屋に、おばさまと一緒にいると、その、色々気を使っちゃって……」
「あ、そうか、双葉にとっては母さんは、本当なら他人だもんね」
「た、他人ってわけじゃないわよ! おばさまはお父さんの妹だし、何よりも清彦のお母様だし、いずれは……」
「いずれは?」
「な、なんでもないわよ!」

清彦は、なぜだか赤くなり、慌てて言葉を濁した。
それと、僕のお母様、という所に、なぜか力がこもっていたような気がしたが、それもひとまず置いておく。
僕は話題を戻した。

「母さんのことは、自然体で気にしないでほっといてもいいんだよ。用があったらあっちから話しかけてくるから」
「そ、そうもいかないわよ。同じ部屋にいたら、やっぱり気になるし、意識しちゃうし」
「だから考えすぎだって、……と言いたい所だけど、やっぱり気になるか」

僕も、ついさっきまで、双葉のお母さんの家事を手伝わされて、それはいいけど確かに一緒にいるだけで、やっぱり気を使ってしまった。
僕の場合は、言われたとおりに後片付けとか、別の作業をしていたから、気が紛れてたけど、……あ、そうか、ならそういう手がある。

「なら、こういう手はどうかな?
僕の持ってきた携帯ゲーム、双葉がやってもいいから、それで気を紛らせればいい」
「え、ゲームを? 私が?」

僕の提案に清彦は、あまり気乗りしていないようだった。
この家に来た僕が、ゲームをやっている時は、あまりいい顔していなかったから、ゲームが好きでないのかな?
でもここは、もう強く少し押しておく。

「母さんは、ゲームにあまりうるさくないんだ。ゲームをやってる間はほっといてくれるし、
ゲームに集中していたら、その間は母さんのことは気にならなくなるから」
「それはそれでどうかと思うけど」
「イヤならゲームをやってるフリだけしてればいいよ、その間は母さんは、そっとしておいてくれるから」
「う、うん、わかったわ、ゲームしてるフリだけなら、……後で試してみる」

ひとまず、双葉がやっても問題がなさそうな、アクションゲームやパズルゲームのタイトルを教えておいた。
RPGは、さすがに勝手に進められてもイヤなので、手を出さないように頼んでおいた。
あと、スマホの使い方とか、後で教えてあげることにした。

この後は、明日は元に戻るためにはどうするのか、という話題になった。
もう一度、あの洞窟のあのご神体の所に行くとして、その準備をどうするのか?
そこで何をするのか?

「まずお神酒とか、お餅とか、取れたての野菜とか、神様にお供えするものを用意しなきゃいけないわ」
「うん、それで?」
「人事みたいに聞かないでよ、それ、あなたが用意しなきゃいけないんだからね」
「え、僕が?」
「そうよ、今の私が勝手に持ち出したらダメでしょ、今はこの家の子はあなたなんだから!」
「それは、そうだけどさ……」
「どこに何があるのか、とか、具体的なことは、私が教えてあげるし、一緒に手伝ってあげるから」
「……それなら何とか」

そんな風に、少しぎくしゃくしながらも、明日の予定の話もした。

「それじゃ、また明日ね」
「う、うん、……おやすみ清彦」
「おやすみ双葉」

清彦がこの部屋から出て行った後、僕は一人になった。
すこし時間が早いけど、何もすることが無くて、何をしていいのかもわからなくて、手持ちぶさただった。
もし僕が清彦のままだったら、今頃はあっちの部屋で、ゲームかスマホで時間つぶしでもしていただろうけど。
双葉はスマホを持っていないし、この部屋にはテレビもPCもないから、テレビをだらだら見たり、ネットで時間つぶしもできない。
居間に行って、双葉の家族と一緒にテレビを見るのも気がすすまなかった。
こうなってみると、帰宅直後に双葉のお母さんに家事を手伝わされていたのは、結果的にいい時間つぶしになっていたんだな。

「ふぁ~あ……なんだか眠くなってきた」

まだ九時を回ったばかりで、少し時間は早い。
だけど、双葉と入れ替わった後は色々あって、僕はすっかり気疲れをしていた。

「今日はもう寝てしまおう」

寝る前に、洗面所に移動して、歯を磨いた。
ついさっきの清彦との話し合いで、私の歯ブラシは使わないで、とか頼まれていたので、
赤い色の双葉の歯ブラシは使わずに、来客用の使い捨ての歯ブラシで歯を磨いた。
歯を磨きながら、鏡に映る今の自分の顔が双葉の顔なのを見ていると、なんか落ち着かないっていうか、複雑な気分だった。
歯を磨き終わった後、使い捨ての歯ブラシは捨てずに、そっとしまっておいた。
元に戻るまで、少なくとも、明日の朝はそれを使うことになるなろうから。
歯を磨いた後、顔を良く洗い、タオルで拭いた。
顔を拭いた後、タオルを下ろすと、鏡に映っているのは、やっぱり双葉の顔だった。

「あとは寝る前に、トイレだな。……トイレ!」

鏡の向こうの双葉の顔は、恥ずかしそうに赤くなっていた。

この体になってから、最初は山でオシッコをした。
この家に帰ってからも、(いちいち描写はしていないが)何度かトイレに行った。
それどころか、少し前にはお風呂にも入った。
何を今更って話だ。
それでも双葉に悪いって気分があるし、まだ少し恥ずかしいって気分もあった。
だけど女の体って、あまりオシッコが我慢できないことは、この短い体験でわかっていた。わかってしまっていた。

「でもまあ、トイレを済ませておかないで、この体でおねしょでもしたらそれこそ恥ずかしいし、とっとと済ませておこう」

というわけで、寝る前にもう一度、トイレを済ませておくことにしたのだった。

ところで話は少し逸れるが、双葉の家のトイレは、新しい洋式の水洗トイレだ。
田舎の古い家のイメージとしては、和式のくみとり式の便所なんだろうし、実際に数年前まではこの家の便所はそうだった。
だから幼い子供の頃に、初めてこの家に来たときに、初めて経験した和式の便所が臭くて汚くて、何より怖いというイメージを抱いてしまった。
それから毎年、夏のお盆の前に、母親と一緒にこの家に来るようになって、ある程度ここでの生活はこなせるようにはなった。
だけど、都会育ちでキレイ好きの僕には、田舎の汲み取りトイレは、我慢はできるようにはなったけど、馴染めなかった。

それが劇的に変わったのは、数年前に遅まきながらこの辺りにも下水が完備されたのと、
それまで元気だったこの家のお祖父さんが、病気で倒れて体が不自由になって、リフォームが必要になったからだった。
良い機会だということで、その時に一部のバリアフリーと一緒に、お風呂、トイレ、洗面所、台所など、水周りがリフォームされたのだった。
リフォームの直後の年に、ここに来たときに、田舎と都会では田舎の生活押しの双葉に、興味本位でどっちが良かったのかと聞いてみた。

「そんなの、こっちのほうがいいに、決まっているでしょ! 雲泥の差よ!」

双葉も、それまでのこの家のくみとりの汚い便所は、嫌いだったらしい。素直に喜んでいた。
それに、今までしゃがんで用を済ませていたことが、腰掛けて出来るようになったことが、すごく気に入ったらしい。

「な、何でこんな恥ずかしいこと言わせるのよ、もう!」

なぜか双葉に怒られてしまった。

「あと、お風呂が新しくなったのはすごく嬉しい。前は湯沸しの調子が悪くて、お湯の出が悪かったし、シャワーもついていなかったんだからね」

なんて話もしていたっけ。
確かに古くなったタイル張りのお風呂は、色々と使用が不便だった覚えはある。
ただ、トイレほど切実には、イヤだった覚えが無いのは、僕が男だったからだろう。
この家の女性陣は、トイレ、お風呂、台所、色々とこだわったと、後から話を聞かされたことも覚えている。
双葉のお母さんが、愚痴交じりに話す話に、僕の母さんがうんうんと力強くうなずいていたような覚えもあった。

ちなみに、病気で倒れる前は、リフォームには反対していた頑固なお祖父さんが、病気で体が不自由になったことがリフォームのきっかけなんだから、皮肉な話だね。
僕には優しいお祖父さんだったんだけど、母さんや双葉の家の女性陣には、なぜか嫌われていたんだよね。
そのお祖父さんも、病気で弱ったことが元で、去年に亡くなった。
後にはこの家は、リフォームで少し便利になって残されたんだ。

そんな訳で、話は逸れたけど、トイレに入って僕はまず、穿いていたパジャマのズボンとショーツを下ろして、洋式トイレの便座に腰を下ろした。
以前の双葉が言っていたように、山でしたようにしゃがんでするよりも、こっちのほうが楽でいい。
以前のくみとりの汚い和式便所のままだったら、すごくイヤな気分だっただろうな。

下を見下ろすと、今の僕の股間には、当然のようにナニもついていない。
今の僕は女なんだということを意識してしまって、なんだか気分が落ち着かない。
今はそこまで強い尿意はなかったけど、それでも少しは溜まっていたのか、ちょろちょろと勢いの弱いオシッコが出た。

はあ~、それでもすっきりした。
これで安心して寝られる。

紙で濡れた股間を拭こうとして、ふと気が付いた。
このトイレには、ウォシュレットがついていて、お尻以外に、ヒデや温風乾燥もついている。

ヒデって確か、女の子のあそこを洗うやつだよね?

今までは、男だった僕には、ヒデは無縁の存在で、お尻以外に使った事は無かった。
なので、夕食の後などにトイレに入った時は、それを使う発想がなかったから、普通に紙で拭くだけにしていた。
なんだか好奇心というか、興味がわいてきた。

「……使ってみようかな?」

なに、お尻にウォシュレットを使うのと、同じようなものだろう
僕はつい、ヒデのスイッチに、手を伸ばしていた。
ウォシュレットのお湯が、僕の股間のあそこに当たる。

「ひ、ひゃん!」

……ナニコレ?
この時のお湯の当たり所が良かったのか悪かったのか、僕の股間の敏感な部分から、ビリッと刺激が返ってきた。
この感じ、ちんこの先を弄った時の感じに似ている。
いや、ひょっとすると、女の子のほうが敏感かも?
僕はなぜか反射的に、腰を引いて前のめりの姿勢になった。
そしてその瞬間、より敏感な部分、クリトリスにお湯が当たり、僕の体により強い快感が走った。

「ひゃあぁ~~ん!」

ナニコレ、キモチイイ!
コレガオンナノコノカイカン?

ついさっきのお風呂でも、どうにか我慢して保っていた、僕の理性のタガが緩みそうになった。
もっと女の子のことが知りたい。このままこの快感を味わい続けてみたい。
いやダメだこんなこと、双葉に悪いよ、……でも、もう少しだけ。

もう少しと思いながら、ぐだぐだと続けてしまった。
それでもこれではいけないと、どうにかウォシュレットのスイッチを切った。
お湯は止まり、あそこから受け続けていた刺激も止まった。
だけどこの体はまだ疼いていて、中途半端な物足りなさが残ってしまった。

「はやくここを拭いて、……出よう」

僕は改めて手に取った紙で股間を拭き、ショーツとパジャマのズボンを穿きなおした。
そしてそそくさと、トイレを後にしたのだった。

--------------------------------------------------------------------------------


トイレから双葉の部屋に戻って来た。
東京の自分の部屋だったら、ベッドで寝るだけだけど、和室の双葉の部屋にはベッドは無い。
とはいえ、僕と母さんが泊まっている、来客用の部屋も和室だし、毎年泊まりに来ているから、寝る前の準備のやり方は同じだしわかっている。
僕は押入れを開けて、中から布団を下ろして、畳の上に敷いた。
そして蛍光灯の明かりを、就寝用の小ランプに切り替えて、布団の中に潜り込んだ。
もう余計なことは考えないようにして、さっさと寝てしまおう。

……なかなか眠れない。
体も心も疲れていて、トイレに行く前までは眠たかったのに、何でだろう。
寝る時間が早いせい?
いや違う、トイレから戻って来てからも、この体が疼きつづけていて、気分が落ち着かないからだ。
なんだか中途半端に、スイッチが入ってしまっていた。
今更だが、もしあの時、ウォシュレットのヒデを使わなかったら、案外疲労にまかせてさっさと寝てしまえたような気もする。
どうしよう、このまま落ち着くまで我慢し続ければいいのか、それとも……。

「双葉、ごめん」

今までここまで何度も我慢し続けたけど、もう我慢ができなかった。
僕は双葉に謝りながら、ショーツの中に右手を滑り込ませた。
ただし、男の時にあったモノはそこにはなく、薄い茂みの向こうには、女の子の割れ目があった。
そこに、そっと指を滑り込ませた。

「ひゃん!」

びりっと痺れて、快感が走った。
指を動かすたびに、そこから体中に快感が走り抜けた。

キモチイイ、オンナノコッテ、コンナニキモチイイノ?

僕の股間の割れ目は、すっかりジュンと濡れていた。
僕は初めて経験する女の子の快感に、もう動かす指を止められなくなっていた。
夢中になって、指を動かし続けた。
罪悪感がなくなったわけじゃないけど、そんな感情はこの快感の前に、簡単に塗りつぶされていったんだ。

女の子のオナニーなんて、僕には初めての経験だ。
だけど僕は知らない事だけれど、この体にとっては、このオナニーは初めてではなかった。
無意識のうちに、指を動かすリズムが、いつも(?)のリズムになっていた。
無意識のうちに、反対側の手はパジャマの内側に潜り込ませて、小さな僕のおっぱいを弄びはじめた。
まるでどうすればもっと気持ちよくなれるのか、わかっているかのように。

新たに胸からも伝わってくる快感に、僕はさらにあえぎ声を上げた。
さらに同時に、割れ目の奥のもっとも敏感な部分、クリトリスも刺激すると、快感が複合して体を駆け巡る。

オトコノトキヨリ、ズットキモチイイ!

その快感の前に、この時はもう双葉への罪悪感だとか、余計な感情は吹き飛んでいた。
ただひたすら、初めて経験する女の子の快感を、このまま味わい続けたかった。
僕の体の中でどんどん快感が、そしてそれに呼応するかのように、僕の気持ちが高ぶっていく。

アア、ナンカクル――ッ!

やがて僕は、初めての女の子のオナニーで、初めてイッたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


初めての女の子としてのオナニーでイッた後、しばらくその場でぐったりしながら、僕はその余韻に浸っていた。

これが女の子のオナニー、女の子のイクッて感じ?
いい、いいよ、双葉の体、すごく良かった。
ずるいよ、女の子の方が、こんなに気持ちがいいなんて。

これが男の僕だったら、イッた直後に急速に醒めて、気持ちも醒めていた所だろう。
だけど今は、オナニーで高ぶった高揚感は、高ぶったままなかなか醒めなかった。
それでも段々冷静さが戻ってきた。

しまった、やっちゃった。約束を破っちゃった。双葉に悪いことをした。という気持ちがないわけではない。
いつもの僕なら、ごめん双葉、勝手なことしてごめん、と、強く罪悪感を感じている所だろう。
でも、まだまだオナニーの余韻が残っていて、高揚感も残っているせいなのだろうか、今はあまり罪悪感が沸いてこなかった。
やっちゃったものはしょうがないよね。
僕はなぜだか開き直っていた。

それよりも、この後始末をしなきゃ。

身体中で汗をかいていた。
股間はびっしょり濡れていた。

うう、せっかくお風呂に入った後なのに、体が汚れてしまった。なんかやだな。
お風呂に入って汚れを落としたい。すっきりきれいになりたい。
せめてシャワーを浴びたい。
そう思った。
けれど今頃は、双葉のお父さんかお母さん辺りがお風呂に入っていて、今はお風呂は無理だろう。
仮にお風呂が空いていたとしても、一度入ったお風呂に、もう一度入りに行ったら、変に思われて怪しまれるかもしれない。
今は諦めるしかなかった。

今はともかく、この後始末をしておいて、明日の朝、早起きして、シャワーを浴びてすっきりしよう。
なぜかすんなりそう決めた。
いつもの僕だったら、思い浮かばない発想だったんだけど、そうだとは気づかなかったのだった。

今は眠くなってきたし、早く済ませてしまおう。
僕は蛍光灯の紐を引き、もう一度明かりをつけた。
布団から出て、濡れた股間や太ももの周辺を、ティッシュできれいに拭いた。
それをゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱には、なぜか同じようなティッシュが、他にも捨ててあった。

まだ汗をかいていて、すっきりしない。
ショーツも愛液などで濡れたままで、さすがにもう一度これを穿く気にはならない。
僕は着ていたパジャマも下着も、ぜんぶ脱ぎ捨てて、素っ裸になった。
素っ裸になったまま、双葉の整理タンスの引き出しを開けた。
その引き出し中には、バスタオルやスポーツ用タオルなどが仕舞われていた。
僕はタオルを取り出して、まず汗をかいた体を拭いたのだった。

体を拭き終わった後、僕は別の引き出しを開けた。
その中には折りたたまれたショーツやブラ、キャミソールなどが仕舞われていた。
その中から、僕は換えのショーツとキャミソールを取り出して、素早く身につけた。
そして、パジャマは仕方が無いので、もう一度着なおした。
脱いだショーツなどの下着は、体を拭いたタオルでくるんで部屋のすみに置いておく。
明日の朝に、こっそり洗濯物にだしてしまおう。

僕はこれらの行動を、なぜだかすんなり済ませていた。
双葉の体で素っ裸になったり、タンスを漁ったりもしたのに、
だけど、眠くなってもいたせいなのか、あまり気にしなかったんだ。
それよりもう眠いんだ、さっさと寝てしまおう。
僕は目覚ましをセットして、蛍光灯の明かりを切り替えた。
そして布団にもぐりこんで、気疲れや昼間の疲れ、何よりオナニーの疲れが溜まっていたのだろうか、そのまま眠りに落ちたのだった。
ふたば板に、気分転換に過去作と似た設定のSSを投稿したら、
# 3年ぶりの続編ですかね?(´・ω・`)
# 再開嬉しいです
なんて続きを期待されているコメントがされていた。
うーん、あれは続きじゃないんだけどなあ。
ただ、続きを期待されているコメントがされていたので、改めて過去作の方を読み返してみました。
当時は気に入らない部分もありましたが、今読み返してみると、意外に良いな、と思ったので、今更ながら図書館に投稿してみる事にしました。
ちなみに、最初の投稿の日付を見てみると、最初の投稿が、17/08/29(火)でした。
三年半ほど前の作品でした。

ところで、なぜ当時、図書館に投稿しなかったのか?
このSSが未完、だったということもありますが、当時の作中でのコメントを見ると、

#今更気が付いたのですが、清彦はスマホを持っているのに、こういうときに持ち歩いていないのは、さすがに不自然ですよね。
#なので、清彦はスマホを持った状態で、双葉と一緒に山へ行き、洞窟へ入った、ということにします。
#ただ、今更最初に戻って書き直すわけにもいかないので、ここにスマホを持っている場合の変更点だけを書きます。

#来る途中で、スマホで何枚か景色の撮影、双葉の撮影、二人一緒に撮影、洞窟の入り口の撮影などをしている。
#ただし、ご神体の岩は、双葉に撮影しないように言われて撮影していない。
#洞窟の中では、双葉はペンライト、後に続く清彦はスマホのLEDのライトを使って中を照らして歩いた。
#入れ替わった後、鏡が無い、スマホの自撮機能を使って、今の自分の顔を確認する。
#その結果、「やっぱり今の僕は双葉…なの?」、と、少しだけスムーズに認識できた。などと変更、修正します。

文章を一部修正するつもりで、それがされないまま放置してしまったからでした。
今回図書館に投稿するにあたっても、修正には手間が掛かるので、その部分は修正せずに、そのまま投稿することにします。

このSSは、二日目の途中で更新が止まっていますが、まず一日目を投稿します。
続きの二日目は、後日投稿しようと思っています。
更にその先の続きは、残念ながら続かない予定です。申し訳ないです。
E・S
0.980簡易評価
19.100通りすがり
早く続きが読みたいです