双葉のキモチ
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「双葉、どこへ行くの?」
「どこって、ちょっとクラスの友達の所、会う約束していたんだ」
「そう、気をつけて行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
クラスの友達と会う約束をしていて会いに行く、俺は嘘は言っていない。
その友達が誰だとか、行き先はどこだとか、はっきり言わないで、ごまかしたけどね。
元の俺の、男子の清彦に会いに行くってバカ正直に双葉のママに言ったら、絶対ママに止められただろうからな。
双葉のママって、口うるさいよな。
まあその原因は、最近は俺が色々やらかして、双葉のママに心配をかけちまっているせいでもあるけどな。
それにしてもスカートって、ただでさえこのひらひらが落ち着かないのに、スカート穿いて自転車に乗ったりしたら、余計に落ちつかねえな。
俺自身は、別にスカートがめくれて、他人にパンツを見られても平気だけど、俺はやっぱりズボンのほうがいいな。
だけど、ママも双葉も、普段はスカートにしろだとか、女らしい服装にしろとか、うるさいからな。
あと、このピンク色の自転車も、いかにも女の物って感じで、これもなんか俺の好みじゃないっていうか、気分的に恥ずかしいからやだなあ。
青のほうが俺の好みで良かったとまでは言わないけどさ、せめて赤ならまだ好みから外れていても、まだ我慢できてよかったんだけどな。
……愚痴っててもしょうがない。
予定の時間よりも遅くなっちまってて、あいつを、元の双葉を待たせてるんだ、急がないとな。
俺はピンクの自転車を早足でこいで、元の双葉との待ち合わせ場所へと急いだのだった。
あの日のあの時までは、双葉は俺の天敵だった。
何が気に入らないのか双葉のやつ、俺にやることなすことに、いちいち口出ししやがるんだ。
まあ、俺が問題児だったのは認める。
だけど、俺以外にも素行の悪いやつはいるのに、何で双葉は俺ばっかりに突っかかるんだ?
なんて思ったりもしてた。
そしてあの日も、街ん中で偶然双葉と出会って、また双葉に突っかかられた。
売り言葉に買い言葉で、俺は双葉と言い争っていたら、急に気が遠くなって、はっと気がつくと、なぜか目の前には俺がいた。
そして、なぜか俺が双葉になっていた。
俺たちは、なぜか体が入れ替わってしまったんだ。
あのあと、お互いにパニックになったり、
俺の体になった双葉のやつが、「私の体を返して!」と怒ったり、
かといって、こうなった原因もわからないから、どうにもならなくて、
最後には、俺の体でめそめそ泣き出した双葉のやつを宥めるのに苦労してたっけ。
ああ、くそっ、あのときの事を思い出していたら、だんだん泣けてきた。
俺最近、なんか涙もろいっていうか、ちょっとしたことで泣けてくるんだよね。
くそっ、こうなった原因を見つけて、早くもとの俺に戻りてえよ。
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約束の場所、あの日あの時、俺たちが入れ替わってしまったあの場所に、元の双葉、いや今は清彦が先に来ていて、俺が来るのを待っていた。
「おそい、約束の時間はとっく過ぎてるよ」
「悪い、お前のママに捕まってて、家を出るのがちょっと遅くなっちまったんだ」
「ママに? ……じゃあしょうがないか」
とりあえず、今の清彦が、俺の遅れた理由に納得してくれてホッとした。
体が入れ替わったあの日から、俺たちは、普段から情報交換をしたり、相手に困ったことがあれば、相談にのったりもしていた。
そして今日は、あの入れ替わりの起きた現場に行って、入れ替わりの原因を、二人で改めてしらべに行く約束をしていたんだ。
最初はめそめそしていた双葉、今の清彦は、なんだか最近は、すっかりたくましくなったような気がする。
なんだか態度や表情が、男らしくなってきたような……。
「じゃあ、行こうか!」
「あっ!」
双葉、…じゃない、清彦のやつ、俺の手をにぎって、強引に引っ張りやがって。
でも、なんでだろう、俺、最近こいつと一緒にいると、なんでだかどきどきするんだよな。
おれ、いったいどうなっちまったんだ。
結論から言うと、今回の話し合いや現場検証でも、何の手がかりも無かったし、元の体にも戻れなかった。
何も期待してなかったけど、それでも何の成果もなくて、さすがに俺も落ち込んだ。
「……まあしょうがないよ」
なのに落ち込むことなく、意外にさばさばしてる清彦の態度に、俺はかちんと来た。
「何の手がかりもなかったのに、しょうがないってどういうことだよ!」
頭に血が上って、ヒステリックに叫んでいた。
そんな俺を、落ち着いた態度でまあまあと宥める清彦に、俺は余計に感情的になった。
「なんだよその態度! 最初はお前のほうが嫌がっていた癖に、お前は元に戻れなくてもいいのかよ!」
「そんなことはないけど、でも少し落ち着いてよ」
落ち着いてる清彦が面白く無くて。八つ当たりする俺。
それでも清彦は、落ち着いて俺を宥め続けた。
「ちくしょう、ちくしょう……」
いつの間にか俺は、清彦の胸に顔を埋めて泣いていた。
その間も、清彦は俺を宥め続けてくれた。
「落ち着いた? これで涙を拭いて」
「……ありがと…う?」
泣き止んで、正気に戻った俺を、心配そうに見つめる清彦に、俺は今度ははずかしくなってきた。
今の俺は、あいつの顔をまともに見られない!
それ以上に、あいつに泣き顔を見られたくない!
俺は慌てて顔をそらした。
泣いた直後だからだろうか、俺の顔が熱くなっていた。
「はいこれどうぞ」
「なにこれ」
「なにって、ソフトクリーム」
それは見ればわかる。
問題は、泣き止んだ直後の俺をほっぽり出して、そんなものを買ってきたお前の真意だ。
「私ってさ、こういう落ち込んで泣いたりしたときには、こういう甘いものを食べたら元気になれたんだ」
「……俺がそんなもので元気になれるとでも?」
「いらないの?」
「せっかくだからもらうけどさ」
清彦が買ってきたソフトクリームは二つ、さすがにムダにはしたくない。
それに、清彦のお小遣いで買ってきたってことは、元はといえば俺の金ってわけで、余計にムダにしたくなかった。
俺は清彦からソフトクリームを受け取った。
なめた。
冷たくて甘くて美味しい。
実は俺、双葉の体になってから、甘いものには目が無いんだよね。
ソフトクリームを見た瞬間から、欲しくてたまらなかったんだ。
けど、あからさまにモノに釣られるって態度もいやだったし、すすめられてしょうがなくって態度をとったんだけど。
甘くて美味しい。
俺はいつしかソフトクリームを、夢中になってなめていた。
甘いものを食べて、俺は幸せそうな表情を浮かべていたのだった。
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「ああくそっ、結局今日は俺は何もいい所なくて、そのうえあいつに変な所を見られちまった」
俺は帰り道を、悪態をつきながら自転車を漕いでいた。
あいつの前で醜態をみせて、あげくに泣いたりして、なんか調子が狂ってるっていうか。
きょうは何の成果もなかった。俺は何しにいったんだろう。
でも、あいつと一緒に、ソフトを食うのも悪くなかったな。
何なんだろう、あいつのことを考えてるとこみ上げてくる、このヘンな気持ちは?
その気持ちが何なのか、わからないまま、俺は信号待ちで止まった。
ふと視線を感じて、視線を感じた方を見た。
俺より少し年上の、高校生くらいの男子が慌てて視線を逸らしてた。
何だ、何か俺、おかしな所でもあるのか?
何気なく、自分の体を見下ろして、ふと気づく。
信号待ちで、自転車にまたがったまま止まっている俺のスカートが、大きくめくれて、中のパンツが丸見えだったんだ。
「あわわっ!」
急に恥ずかしくなってきて、俺は慌てて自転車から降りて、スカートの裾を直しながら押さえた。
俺から視線を逸らしてごまかしてる、高校生の男子をキッと睨んだ。
これはスカートの中身が、見えるような姿勢をしていた俺が悪いって、理屈ではわかっているけど、それでも俺のパンツを見たそいつを許せない気分だった。
うう、こんな短いスカートじゃ、やっぱりこうなるよな。
でも、ついさっきまで、見られても平気だったのに、何で急にこんなに恥ずかしく感じるようになったんだろう?
わからない、わからないけど、これ以後俺は、スカートの中を見られないように、気にするようになった。
普段の歩き方も、それ以前は俺は、ある程度意識的に男子だった時のように、大股で歩いていた。
だけどこれ以降は、スカートがめくれないように意識して、より歩幅を小さく、内股ぎみに歩くようになった。
俺は気がついてないが、その歩く姿は、本来の女の子の双葉のそれだった。
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「ただいま」
「おかえりなさい双葉、疲れたでしょ、お風呂が沸いているわよ」
「……うん、わかった」
元の双葉はキレイ好きで、お風呂が好きだったらしい。
朝風呂に入り、帰ってから風呂(またはシャワー)夜寝る前に風呂、みたいに一日に何度も入っていたらしい。
し○かちゃんかよ!
なので、入れ替わった直後、風呂に入るのを渋った俺は、ママに怪しまれたりしたっけ。
なので、そこまで頻繁にとはいかないけれど、俺も積極的に風呂に入るようになった。
べ、別に俺は、やましい気持ちはないぞ。
双葉らしく風呂に入らないと、ママに怪しまれるからな!
俺は脱衣所で服を脱いで裸になった。
さすがに最初のうちは、着替えるごとにどぎまぎしていた。
俺だって男だ、女の子の体には興味があった。
双葉は俺に突っかかってくる生意気な女だったけど、顔はかわいかったからな。
それに、初めて双葉の裸を見たときは、キレイだって思った。
あの時は鏡に映る双葉の裸に、見惚れていたっけ。
でもさすがに最近は、この体のこの裸にも慣れてきて、今では何とも思わなくなってきていた。
そのはずだったんだけど。
鏡に映る俺の裸を見て、相変わらずつるぺただなって感じた。
同級生の女子の中には、もう胸が大きくなりはじめて、ブラジャーを着けてる子もいた。
(入れ替わりの後、女子として一緒に着替えることが多かったので、比較する機会が多かった)
なのに俺の胸は、いまだにぺったんこだった。
まあ、元々男だった俺にとっては、胸が無くてぺったんこだったのは当たり前だったし、
どうやら胸なんてあっても邪魔っぽいし、なくて残念、くらいの気持ちで、今までは気にもしなかった。
なのに、なぜだか今は、つるぺたな胸が気になったんだ。
「ま、まあ、まだ小学生だし、気にすることじゃないさ」
ママは結構胸が大きいし、俺だって成長すればあれくらいになるさ。
なぜだか俺は、自分にそう言い聞かせていた。
俺は気を取り直して浴室に移動した。
そしてまずシャワーを浴びた。
「あー、シャワーのお湯が心地良い」
シャワーのお湯で、体の汚れを洗い流してさっぱりした後、俺は湯船に浸かった。
「ふぅー……、いい湯だなあ」
やっと一息つけて、俺は湯船に浸かりながら、リラックスしていた。
気分が落ち着いてくると、ついさっきまでの出来事を、今の清彦の事をまた思い出してきた。
「……今日のあいつ、落ち着いていたし、妙に男っぽかったよな」
ほんの少し前までは、あいつは男の清彦の体を嫌がって、元の双葉に戻りたいって、めそめそ泣いていたりしていた。
ついさっきのあいつとの会話でも、今でも元の双葉の体に戻れるなら戻りたいって思ってはいるらしい。
ただ同時に、はっきりそうとは言わないけれど、今のあいつは現状を受け入れているっていうか、何か割り切っているとも感じた。
元の体に戻る当ての無い、今の状況じゃ、ある程度は仕方の無いことなんだろうけど。
「あーもう、なんだか面白くねえ!」
あいつに先を越されているみたいに感じて、なんだかまたイライラしてきた。
おちつけ、おちつけ俺!
「そういう俺は、どうなんだ?」
双葉と体が入れ替わったことは、俺にとっても結構ショックだった。
特に、俺は俺が女になっちまったって事よりも、俺が男で無くなっちまったことにショックを感じていた。
湯船に浸かりながら、改めて今の自分の体を見下ろしてみた。
今の俺の股間には、男の象徴はついていない。
今はお湯の中だしこの角度なので、股間の奥はよく見えないけれど、そっとそこに手を触れてみると、今の俺の股間には、女の子の割れ目が存在している。
「女って面相臭いよな、男のように立ちションができないし、終わった後は紙で拭かなきゃいけないし」
それでも最初は、俺は女の体を面白がってもいた。
一回や二回なら、面白がってもいられたけど、もし元に戻れなかったら、これがこれからもずっと続くかと思うと、今ではうんざりしていた。
着替えたり、トイレや風呂のたびに、今の俺は女なんだってことを意識させられてイヤだった。
そうだ俺は、この女の体がイヤだったんだ。
後、他の女子との人間関係とか、ママとの関係も面倒くさいって感じて、それもイヤだった。
俺はずっと元の俺の体に戻りたいって、そう思っていたんだ。だけど……。
「……あれ、イヤじゃない?」
あれほどイヤだとか、面倒くさいと感じていた女の体が、今はさほどイヤじゃない。何でだ?
もう一度、そっと股間の女の子の部分に、手で触れてみる。
股間の奥が、なんだかきゅんってなったような気がした。
なんでだろう、理由がわからない。わからないけれど。
「うー、なんだかのぼせてきた、いっぺん風呂から出よう」
理由がわからないまま、俺は風呂から出たのだった。
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翌日の月曜日、小学校にて、俺は休み時間に女子トイレで、双葉と親しい女子数名に捕まって問い詰められていた。
「ねえ双葉、清彦くんとの仲、どこまで進んだの?」
「そうそう、いつから付き合っていたの?」
「え、何のこと? おれ…わたしと清彦とは、そ、そんな仲じゃねえ……ないわよ」
「とぼけないでよ、ネタは上がってるんだから」
「そうそう、昨日清彦くんと会ってたんでしょ?」
「私は双葉が清彦と二人仲良く、一緒にアイスたべてる所を見たんだからね」
うう、あれを見られてたのか。
俺はなんでだか急に恥ずかしくなった。
「だから清彦とは、そんなんじゃないんだってば!」
それでも俺は、この場は必死でごまかした。
「今日の所はそういうことにしておくけど、いつか本当の事を教えてよね」
ごまかしきれたわけではないだろうけれど、俺が必死に否定したからか、この場での追求はそこまでで終わってくれた。
密かにホッとした。
ホッとしたら、オシッコがしたくなっちゃった。
俺はそのまま女子トイレの個室に入って、スカートを捲り上げながら、パンツを下ろして素早くトイレの便座に腰掛けた。
そしてちょろちょろと、オシッコを始めたのだった。
なんか俺、最近こういう動作にも、すっかり慣れてきたな。
それにしても、なんで女子はこういう話題が好きなんだ?
誰が誰を好きだとか、誰が誰と付き合ってるとか、惚れた腫れただとか。
俺はそういうことには興味が無かったんだけど、双葉になってからそういう話題を耳にすることが多くなった。
この短期間に、俺の知らない人間関係を知らされて、内心驚いたこともあった。
でもまさか、俺たちがそういう話題にされるなんて思ってもいなかった。
「だいたいだな、俺と双葉が付き合ってるだなんて、そ、そんなわけあるわけが……」
そのことを考えたら、俺はなんでだか顔が熱くなり、胸がどきどきしてきた。
だ、だから俺と双葉は、そんなんじゃないんだって!
なぜだか自分にそう言い聞かせながら、引き出したトイレットペーパーであそこを拭いて、トイレの後始末をした。
なんでだか俺の股間のあそこが、いつもよりも敏感だったような気がした。
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それからさらに数日後、その日の俺は、朝目覚めてからの体調が最悪だった。
「ううっ、下腹がキリキリ痛ぇ!」
俺はぼやきながら、のろのろとトイレに行った。
「うわあああっ、なんじゃこりゃあっ!!」
そして、……俺は悲鳴を上げた。
俺の悲鳴を聞いて、ママが慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたのよ双葉!」
「ま、ママ、おれ……わたし、病気になっちゃった!」
「落ち着きなさい双葉、いったい何があったの!」
「こ、これ」
パニクッてた俺は、ママに宥められて、なぜだか安心できた。
ママに宥められて、少しだけ落ち着いてきた俺は、トイレの便器と、パンツを下ろして丸出しの自分の股間を、ママに指し示した。
俺の股間からは、どろっとした血が流れ落ちて、パンツは赤黒い血で汚れ、トイレの便器も、俺の股間から流れ出た血で汚れていた。
「朝からおなかが痛くて、トイレに入ったらこんなになっちゃって、ママ、わたしどうなっちゃうの! 死んじゃうの!」
その様子を見て、最初は驚いていたママは、やがて表情を綻ばせた。
そして、俺を安心させるように、俺を優しく抱きしめながら声をかけてくれた。
「大丈夫よ双葉、それは病気でもなんでもないの、むしろ健康の証なのよ」
「健康の証?」
おなかが痛くて、しかも血まで流れているのに、健康って?
「そうよ、これはね、双葉が大人になったって証なの」
「大人になった証?」
この時は、ママがニコニコしている意味が、わからなかった。
だけど、どうやら俺は、そしてこの双葉の体は大丈夫らしい、ということは理解できたのだった。
その少し後、後始末を終えて、気持ちも落ち着いてきた俺は、ママから教えてもらった。
どうやら俺は生理になった、それも双葉の体は初めての生理だからこれは初潮、ということらしい。
そうだと教えられて、ああなるほど、と納得はした。
なんとなく知識としては知っていた。
だけど、本来は男だった俺がそうなるなんて思っていなかったから、これが生理だなんて思わなかったんだ。
当然、この心構えなんてなかったし、その対処法も知らなかった。
つい、こんな醜態をさらしてしまった。
そして生理だとはわかったけれど、不安が完全に解消されたわけでも、痛みがなくなったわけでもない。
何よりも、このときの俺は、余計に精神的に動揺していた。
そんな不安そうな俺の様子を見て、ママは何かを察したのだろうか?
「その様子だと、今日は無理しないほうが良さそうね。いいわ、学校には風邪って連絡しておくから、今日は学校を休みなさい」
「……はい」
俺はママの言葉に甘えることにした。
今日はおとなしく、学校は休むことにしたのだった。
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初めての生理に、俺は思った以上に不安と戸惑いを感じていて、ついママに頼ってしまっていた。
ママはそんな俺に、なぜだか嬉しそうだった。なんでだ?
「くすっ、だって最近双葉は様子がおかしかったし、ママの事を避けていたもの。だから、こんな時にだけど、ママを頼ってくれて嬉しいわ」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ」
まあ、たしかに、ママの事は、双葉の母親であって俺の母親じゃない、って意識はあった。
双葉と入れ替わった直後は、男っぽい乱暴な態度でママを心配させたし、
しばらくして落ち着いた後も、ママと下手に接して、正体を怪しまれるのを避けようと距離を置いていた。
そのせいで、かえってママに心配を掛けていたんだ。
「ママ、ごめん」
「いいのよ」
生理になって、精神的に弱っていた俺は、この後はついママに甘えた。
ママはそんな俺を、嬉しそうに受け入れて、甘えさせてくれた。
そしてその日は、ママがケーキを買ってきて、一緒に俺が大人になったお祝いをしてくれた。
本来は男のはずの俺が女になったお祝いだなんて、変な気分だった。でもなんでだか嬉しかった。
体調不良だったけど、それでもケーキは甘くて美味しかった。
なんだかこの件をきっかけに、俺とママとの距離がぐんと近くなり、俺はママと本当の親子のようになれたような気がしたのだった。
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その二日後、生理の痛みや体調不良が治まり、生理にも慣れてきた俺は、小学校に登校した。
双葉と仲の良い女子は、俺のことを心配して集まってきてくれた。
「良かった元気そうで、もう風邪は大丈夫なの?」
「……そのことなんだけど」
俺は辺りを見回す。やっぱり近くに男子はいるよなあ。内容が内容だから、男子に聞かせたくないな。
俺たちは、男子のいない所、女子トイレに移動して、話をすることにした。
そして、実は初潮になって、体調不良で休んでいたことを伝えた。
「ごめん、風邪をひいたって嘘ついて、みんなに心配かけちゃって」
「そんなことないわよ、初潮だったんでしょ、仕方ないわよ」
「そうそう、それよりおめでとう双葉」
みんなは理解を示してくれた。
そのうえ、初潮のお祝いまでしてくれた。
「……ありがとうみんな」
この後は、先に生理を経験していた子と、お互いの体験談を話したりした。
そしてこれをきっかけに、それ以外の事も、色々とおしゃべりをするようになった。
今までは、双葉の女友達とは、男と女、なんとなく性別の壁を感じて、心の距離を感じていた。
だけど、この件を切っ掛けに、そんな壁を乗り越えて、心の距離がぐんと近くなったように感じたのだった。
俺の心が、女側に振れたとは、あまり自覚しないで。
その後の休み時間、清彦がそっと俺に近づいてきて、こっそり耳打ちをした。
「放課後に時間いい?」
「……いいよ」
「じゃあ、放課後に」
双葉と清彦は、表向きは仲良くない。
それどころか清彦は、口うるさい双葉を煙たがっていた。……俺が清彦だった時は、だった。
だから、今の清彦が双葉の事がどんなに心配だったとしても、双葉に接する手段も口実もなかった。
まあ、風邪ってことで、二日も学校を休んだのだから、清彦に心配はかけたよね。
フォローはしないとね。
だけど、清彦にはなんて伝えよう?
仲の良い女子に伝えたみたいに、初潮になって休んでいたと、正直に伝えるべきだろうか?
それとも……。
そして放課後。
「風邪をひいたって聞いたけど、もう大丈夫?」
「う、うん、ちょっと熱が出たけど、もう大丈夫だよ。心配かけてゴメン」
「それならいいけど、体には気をつけてよね」
「うん、わかってるよ」
俺は、今の清彦には本当の事を言わないで、ごまかすことにした。
初潮になったなんて、女の子にとっては、大人の体になったっていう、一大イベントだ。
本当だったら、この体の元の主には、本当の事は伝えるべきなのだろうと思う。
だけど、俺は理由はわからないけど、今の清彦に、この体が初潮になった、生理になったことを知られるのがイヤだったんだ。
だから、風邪で休んだという、最初の理由でごまかしたのだった。
「たいしたことなさそうで良かった。じゃあ、くわしい話はまた今度ね」
「う、うん、またね」
安心して笑顔で去っていく清彦の様子に、俺は心が痛んだ。
俺は、清彦に嘘をついてしまった。
もうこの路線で行くしかないと。
俺はまだ自覚していなかった。
今は俺が女の双葉で、あいつが男の清彦で、女の俺が生理になったことを、男のあいつに知られたくなかったってことを。
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それからさらに数日後、
生理も終わって体調も万全になった俺は、すっかりごきげんだった。
双葉の女友達との関係も、あの日からは良好だった。
なんて言えばいいか、今はこの子たちとの他愛も無い会話が弾むんだよね。
ふと、そんな双葉の友達の一人が、実は清彦の悪友の敏明が好きなんだとかなんだとか、そんな話になった。
あんなバカのどこがいいんだか……。
とはいえ、どうやら本気らしいと知って、俺はその子を応援したい気分になった。
俺は清彦だった時の知識で、敏明の好みだとか何だとか、その子に色々アドバイスをした。
「なんで双葉は敏明くんの好みとか、そんな細かいことまで知っているの?」
「なんでって、それは……」
やばい、調子に乗りすぎたか?
「清彦……、そう清彦に聞いたのよ!」
「「「清彦に聞いた!!」」」
あっ!
……余計に墓穴を掘ってしまった。
この後俺は、みんなから清彦との関係を根掘り葉掘り聞かれて、今度も必死にごまかした。
「私と清彦は、別にそんなんじゃないから!」
「もう、ここにいるみんなは、双葉の気持ちは知ってるんだから、そんなにごまかさなくてもいいのに」
「わたしの気持ちは知っている?」
どういうことだ?
俺はとぼけながら、それとなく話を聞いた。
「なにとぼけてるのよ、清彦くんの気を引きたくて、双葉が清彦くんに突っかかっていたことは、みんな知ってるんだからね」
「そうそう、そんな双葉を、みんなで応援していたんだからね」
双葉は俺の気を引きたくて、いつも俺に突っかかっていた?
そんなわけあるか!
と、男だったときの俺なら、即座に否定しただろう。
だけど今は、否定できなかった。
そういわれてみて、以前に双葉に突っかかられていた時の事を思い出してみると、思い当たることが多いのだ。
双葉は他の男子には何も言わないくせに、なぜだか俺ばかりに突っかかってきていた。
何よりも、今の俺は双葉の体、双葉の立場になっているせいだろうか?
胸の奥がきゅんって締め付けられる、この気持ちは何なんだ?
今の俺には、あの時の双葉の気持ちがわかるのだ。
わかってしまったのだ。
元の双葉は、俺の事が好きだった。
だから俺の気を引きたくて、俺に突っかかっていた。
なのにその俺と入れ替わってしまって、清彦になったあいつはどんな気持ちだったんだろう?
そんなことを考えているうちに、休み時間が終わった。
グラウンドなどに出て、外で遊んでいた男子が戻ってきた。
清彦も汗だくになって、敏明たちと一緒に戻ってきた。
双葉だった時は、男子の事は冷ややかな目でみていたくせに、
今は敏明や他の男子ともすっかり仲が良さそうで、
Tシャツの裾で、流れ落ちる汗を拭いたりなんかして、
なにすっかり男子になってるんだよ!
そんな清彦の姿を見て、なぜだか俺の胸は、またドキドキと鼓動が早くなっていた。
ちょっとまて、なんで俺が俺を見て、ドキドキしてるんだよ!
あいつは男の俺が好きだったのかもしれないけれど、
俺は別に、あいつのことはなんとも思ってなかったはずなんだ。
なのに、ヘンだろ俺!
そう思いながらも、俺は清彦の元へと駆け寄っていた。
「何やってるのよ! 何でシャツで汗を拭いているのよ、もう!」
そう言いながら、俺はスカートのポケットから、ハンカチを取り出した。
そしてなぜか、清彦の顔から流れ落ちる汗をふき取っていた。
「え、あ、……いいって、恥ずかしいだろ!」
「よくない、いいからじっとしてて!」
俺は恥ずかしそうに顔を赤らめて、嫌がる清彦の汗を拭いた。
拭き終わったら、周りから囃し立てられて、(特に男子から)からかわれた。
はっ、俺はいったい何やってたんだ!
自分のやっていたことに気づいて、俺は急に恥ずかしくなったのだった。
双葉の友達や清彦の悪友たちの前で、ついあんな行動をして、もうごまかしがきかなかった。
そんな流れで、清彦が咄嗟に話をでっちあげた。
「今まで隠しててごめん、実は俺たち、こっそり付き合ってたんだ」
「お、おまえ、いきなり何を言って……」
「いいからここはオレに話をあわせて」
清彦が俺に耳打ちする。
う、マジな表情の俺の顔って、意外にイケてるんだ、……じゃなくて!
でも俺には他にこの場をごまかす名案が浮かばない。この場は清彦に任せることにした。
実は少し前から付き合っていたけど、清彦も双葉も恥ずかしくて、みんなに隠していた。
でも、薄々ばれていたみたいだし、いい機会だからカミングアウトする、と清彦はみんなに説明した。
実際、女子には俺たちがこっそり会っていたことはばれていたし、実は男子の間でもばれていたようだ。
「やっぱりそうだったんだ」
そんなわけで、俺たちはその後、それぞれ清彦はクラスの男子に、俺は女子に二人の関係を冷やかされた。
でも同時に、俺たちが付き合っていることがクラスのみんなに公認されて、まわりに冷やかされながらも、堂々と会うことが出来るようになったのだった。
そしてその日の放課後、俺は清彦に送られながら、帰り道を一緒に帰っていた。
家の方向が違うので、普段は別々に帰っているんだけど、清彦は俺を家まで送るという名目で一緒についてきていた。
二人で今後の話をするためだった。
「……俺たちが付き合っているってことになって、おまえはそれで良かったにかよ」
「仕方ないでしょ、そもそもあの場であんたがあんなこと(汗を拭く)をしなければ、あんなこと言わなくてもよかったんだよ」
「ま、それはそうなんだけど……」
「それに、こそこそ会っていることは周りには薄々気づかれていたんだし、いい機会だったと思うよ。これからは堂々と会えるんだし」
「まあ、それもそうだよね」
「ちょっとあの神社の境内に寄り道していこうか。込み入った話もしなきゃいけないし」
「……そうだな」
そんな訳で、俺たちはちょっと人気の無い神社の境内によって、あらためて今後の事を話した。
まあ、俺たちが入れ替わって、少し時間が経っていたし、お互いの生活にも慣れてきていた。
だから、俺たちが表向き付き合うことになった事の口裏あわせ、もとい情報の刷り合わせもわりとすんなりおわった。
清彦(双葉)との情報交換が終わった後、俺には気になっていることがあった。
俺と入れ替わる前の双葉は、俺(清彦)のことが好きで、だから俺に突っかかっていた。
『じゃあ、今の清彦(双葉)の気持ちは?』
それを今のあいつに、ストレートに聞くのは怖かった。
入れ替わった直後に、俺はあいつになじられて、俺はそんなあいつに反発して衝突もした。
その後に、どうにもならなくて、泣き出してしまったあいつを宥めたりもした。
今でこそきあいつは立ち直って(開き直って?)いるけど、内心どう思われているのかわからない。
そんなつもりはなかったけど、俺はあいつの体とか家族とか、大切なものを奪ってしまったんだ。
ひょっとしたら、そのことをあいつに恨まれているかもしれない。
それを確かめるのが怖くて、聞きたいことを聞けないまま、ずるずると今の俺の家(双葉の家)の前まで帰ってきたのだった。
「それじゃオレは帰るから、またあした、さようなら双葉」
「う、うん、さようなら清彦」
もやもやした気持ちを抱えたまま、俺は清彦と別れたのだった。
こんな調子で、まだまだぎくしゃくした俺たちが、お互いの気持ちを確かめ合って、本当に恋人同士になるのには、もうちょっと時間が必要なのだった。
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清彦と双葉の体が入れ替わった時の???の視点
私が街を歩いていると、小学生くらいの男の子と女の子が、言い争っている所を見かけました。
つい興味を持って、少しはなれた場所から、しばらく二人の様子を見守っていて気がつきました。
どうやらあの女の子は、男の子に気があるようです。
男の子の気をひこうとして、男の子に口論を持ちかけたようです。
でも、男の子のほうは、そんな女の子の気持ちに気づかずにいて、二人の関係は空回りしているようです。
おや、いけませんねえ、このままでは男の子のほうが女の子の気持ちに気が付かないまま、かえって二人の仲はこじれてしまいそうです。
そうだ、これも何かの縁です。
お節介なおじさんが、あの二人が仲良くなれるように、手を貸してあげましょう。
『えいっ!』
私が掛け声をかけると、男の子と女の子の魂が、自分の体から押し出されてきました。
私は押し出された魂を、男の子の魂は女の子の体へ、女の子の魂は男の子の体へと、それぞれ戻してあげました。
「これでよし、これでお互いの気持ちがわかるようになって、二人の関係は上手くいくでしょう。
いやあ、いい事をした後は気持ちがいいですね」
あの後、あの二人は、最初はぎくしゃくしながらも、だんだんお互いのことを思いやるようになって、やがて仲が深まっていくのですが、
そしてそれは、もうあの二人とは出会うことなかった私には、あずかり知らぬことなのでした。
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「双葉、どこへ行くの?」
「どこって、ちょっとクラスの友達の所、会う約束していたんだ」
「そう、気をつけて行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
クラスの友達と会う約束をしていて会いに行く、俺は嘘は言っていない。
その友達が誰だとか、行き先はどこだとか、はっきり言わないで、ごまかしたけどね。
元の俺の、男子の清彦に会いに行くってバカ正直に双葉のママに言ったら、絶対ママに止められただろうからな。
双葉のママって、口うるさいよな。
まあその原因は、最近は俺が色々やらかして、双葉のママに心配をかけちまっているせいでもあるけどな。
それにしてもスカートって、ただでさえこのひらひらが落ち着かないのに、スカート穿いて自転車に乗ったりしたら、余計に落ちつかねえな。
俺自身は、別にスカートがめくれて、他人にパンツを見られても平気だけど、俺はやっぱりズボンのほうがいいな。
だけど、ママも双葉も、普段はスカートにしろだとか、女らしい服装にしろとか、うるさいからな。
あと、このピンク色の自転車も、いかにも女の物って感じで、これもなんか俺の好みじゃないっていうか、気分的に恥ずかしいからやだなあ。
青のほうが俺の好みで良かったとまでは言わないけどさ、せめて赤ならまだ好みから外れていても、まだ我慢できてよかったんだけどな。
……愚痴っててもしょうがない。
予定の時間よりも遅くなっちまってて、あいつを、元の双葉を待たせてるんだ、急がないとな。
俺はピンクの自転車を早足でこいで、元の双葉との待ち合わせ場所へと急いだのだった。
あの日のあの時までは、双葉は俺の天敵だった。
何が気に入らないのか双葉のやつ、俺にやることなすことに、いちいち口出ししやがるんだ。
まあ、俺が問題児だったのは認める。
だけど、俺以外にも素行の悪いやつはいるのに、何で双葉は俺ばっかりに突っかかるんだ?
なんて思ったりもしてた。
そしてあの日も、街ん中で偶然双葉と出会って、また双葉に突っかかられた。
売り言葉に買い言葉で、俺は双葉と言い争っていたら、急に気が遠くなって、はっと気がつくと、なぜか目の前には俺がいた。
そして、なぜか俺が双葉になっていた。
俺たちは、なぜか体が入れ替わってしまったんだ。
あのあと、お互いにパニックになったり、
俺の体になった双葉のやつが、「私の体を返して!」と怒ったり、
かといって、こうなった原因もわからないから、どうにもならなくて、
最後には、俺の体でめそめそ泣き出した双葉のやつを宥めるのに苦労してたっけ。
ああ、くそっ、あのときの事を思い出していたら、だんだん泣けてきた。
俺最近、なんか涙もろいっていうか、ちょっとしたことで泣けてくるんだよね。
くそっ、こうなった原因を見つけて、早くもとの俺に戻りてえよ。
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約束の場所、あの日あの時、俺たちが入れ替わってしまったあの場所に、元の双葉、いや今は清彦が先に来ていて、俺が来るのを待っていた。
「おそい、約束の時間はとっく過ぎてるよ」
「悪い、お前のママに捕まってて、家を出るのがちょっと遅くなっちまったんだ」
「ママに? ……じゃあしょうがないか」
とりあえず、今の清彦が、俺の遅れた理由に納得してくれてホッとした。
体が入れ替わったあの日から、俺たちは、普段から情報交換をしたり、相手に困ったことがあれば、相談にのったりもしていた。
そして今日は、あの入れ替わりの起きた現場に行って、入れ替わりの原因を、二人で改めてしらべに行く約束をしていたんだ。
最初はめそめそしていた双葉、今の清彦は、なんだか最近は、すっかりたくましくなったような気がする。
なんだか態度や表情が、男らしくなってきたような……。
「じゃあ、行こうか!」
「あっ!」
双葉、…じゃない、清彦のやつ、俺の手をにぎって、強引に引っ張りやがって。
でも、なんでだろう、俺、最近こいつと一緒にいると、なんでだかどきどきするんだよな。
おれ、いったいどうなっちまったんだ。
結論から言うと、今回の話し合いや現場検証でも、何の手がかりも無かったし、元の体にも戻れなかった。
何も期待してなかったけど、それでも何の成果もなくて、さすがに俺も落ち込んだ。
「……まあしょうがないよ」
なのに落ち込むことなく、意外にさばさばしてる清彦の態度に、俺はかちんと来た。
「何の手がかりもなかったのに、しょうがないってどういうことだよ!」
頭に血が上って、ヒステリックに叫んでいた。
そんな俺を、落ち着いた態度でまあまあと宥める清彦に、俺は余計に感情的になった。
「なんだよその態度! 最初はお前のほうが嫌がっていた癖に、お前は元に戻れなくてもいいのかよ!」
「そんなことはないけど、でも少し落ち着いてよ」
落ち着いてる清彦が面白く無くて。八つ当たりする俺。
それでも清彦は、落ち着いて俺を宥め続けた。
「ちくしょう、ちくしょう……」
いつの間にか俺は、清彦の胸に顔を埋めて泣いていた。
その間も、清彦は俺を宥め続けてくれた。
「落ち着いた? これで涙を拭いて」
「……ありがと…う?」
泣き止んで、正気に戻った俺を、心配そうに見つめる清彦に、俺は今度ははずかしくなってきた。
今の俺は、あいつの顔をまともに見られない!
それ以上に、あいつに泣き顔を見られたくない!
俺は慌てて顔をそらした。
泣いた直後だからだろうか、俺の顔が熱くなっていた。
「はいこれどうぞ」
「なにこれ」
「なにって、ソフトクリーム」
それは見ればわかる。
問題は、泣き止んだ直後の俺をほっぽり出して、そんなものを買ってきたお前の真意だ。
「私ってさ、こういう落ち込んで泣いたりしたときには、こういう甘いものを食べたら元気になれたんだ」
「……俺がそんなもので元気になれるとでも?」
「いらないの?」
「せっかくだからもらうけどさ」
清彦が買ってきたソフトクリームは二つ、さすがにムダにはしたくない。
それに、清彦のお小遣いで買ってきたってことは、元はといえば俺の金ってわけで、余計にムダにしたくなかった。
俺は清彦からソフトクリームを受け取った。
なめた。
冷たくて甘くて美味しい。
実は俺、双葉の体になってから、甘いものには目が無いんだよね。
ソフトクリームを見た瞬間から、欲しくてたまらなかったんだ。
けど、あからさまにモノに釣られるって態度もいやだったし、すすめられてしょうがなくって態度をとったんだけど。
甘くて美味しい。
俺はいつしかソフトクリームを、夢中になってなめていた。
甘いものを食べて、俺は幸せそうな表情を浮かべていたのだった。
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「ああくそっ、結局今日は俺は何もいい所なくて、そのうえあいつに変な所を見られちまった」
俺は帰り道を、悪態をつきながら自転車を漕いでいた。
あいつの前で醜態をみせて、あげくに泣いたりして、なんか調子が狂ってるっていうか。
きょうは何の成果もなかった。俺は何しにいったんだろう。
でも、あいつと一緒に、ソフトを食うのも悪くなかったな。
何なんだろう、あいつのことを考えてるとこみ上げてくる、このヘンな気持ちは?
その気持ちが何なのか、わからないまま、俺は信号待ちで止まった。
ふと視線を感じて、視線を感じた方を見た。
俺より少し年上の、高校生くらいの男子が慌てて視線を逸らしてた。
何だ、何か俺、おかしな所でもあるのか?
何気なく、自分の体を見下ろして、ふと気づく。
信号待ちで、自転車にまたがったまま止まっている俺のスカートが、大きくめくれて、中のパンツが丸見えだったんだ。
「あわわっ!」
急に恥ずかしくなってきて、俺は慌てて自転車から降りて、スカートの裾を直しながら押さえた。
俺から視線を逸らしてごまかしてる、高校生の男子をキッと睨んだ。
これはスカートの中身が、見えるような姿勢をしていた俺が悪いって、理屈ではわかっているけど、それでも俺のパンツを見たそいつを許せない気分だった。
うう、こんな短いスカートじゃ、やっぱりこうなるよな。
でも、ついさっきまで、見られても平気だったのに、何で急にこんなに恥ずかしく感じるようになったんだろう?
わからない、わからないけど、これ以後俺は、スカートの中を見られないように、気にするようになった。
普段の歩き方も、それ以前は俺は、ある程度意識的に男子だった時のように、大股で歩いていた。
だけどこれ以降は、スカートがめくれないように意識して、より歩幅を小さく、内股ぎみに歩くようになった。
俺は気がついてないが、その歩く姿は、本来の女の子の双葉のそれだった。
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「ただいま」
「おかえりなさい双葉、疲れたでしょ、お風呂が沸いているわよ」
「……うん、わかった」
元の双葉はキレイ好きで、お風呂が好きだったらしい。
朝風呂に入り、帰ってから風呂(またはシャワー)夜寝る前に風呂、みたいに一日に何度も入っていたらしい。
し○かちゃんかよ!
なので、入れ替わった直後、風呂に入るのを渋った俺は、ママに怪しまれたりしたっけ。
なので、そこまで頻繁にとはいかないけれど、俺も積極的に風呂に入るようになった。
べ、別に俺は、やましい気持ちはないぞ。
双葉らしく風呂に入らないと、ママに怪しまれるからな!
俺は脱衣所で服を脱いで裸になった。
さすがに最初のうちは、着替えるごとにどぎまぎしていた。
俺だって男だ、女の子の体には興味があった。
双葉は俺に突っかかってくる生意気な女だったけど、顔はかわいかったからな。
それに、初めて双葉の裸を見たときは、キレイだって思った。
あの時は鏡に映る双葉の裸に、見惚れていたっけ。
でもさすがに最近は、この体のこの裸にも慣れてきて、今では何とも思わなくなってきていた。
そのはずだったんだけど。
鏡に映る俺の裸を見て、相変わらずつるぺただなって感じた。
同級生の女子の中には、もう胸が大きくなりはじめて、ブラジャーを着けてる子もいた。
(入れ替わりの後、女子として一緒に着替えることが多かったので、比較する機会が多かった)
なのに俺の胸は、いまだにぺったんこだった。
まあ、元々男だった俺にとっては、胸が無くてぺったんこだったのは当たり前だったし、
どうやら胸なんてあっても邪魔っぽいし、なくて残念、くらいの気持ちで、今までは気にもしなかった。
なのに、なぜだか今は、つるぺたな胸が気になったんだ。
「ま、まあ、まだ小学生だし、気にすることじゃないさ」
ママは結構胸が大きいし、俺だって成長すればあれくらいになるさ。
なぜだか俺は、自分にそう言い聞かせていた。
俺は気を取り直して浴室に移動した。
そしてまずシャワーを浴びた。
「あー、シャワーのお湯が心地良い」
シャワーのお湯で、体の汚れを洗い流してさっぱりした後、俺は湯船に浸かった。
「ふぅー……、いい湯だなあ」
やっと一息つけて、俺は湯船に浸かりながら、リラックスしていた。
気分が落ち着いてくると、ついさっきまでの出来事を、今の清彦の事をまた思い出してきた。
「……今日のあいつ、落ち着いていたし、妙に男っぽかったよな」
ほんの少し前までは、あいつは男の清彦の体を嫌がって、元の双葉に戻りたいって、めそめそ泣いていたりしていた。
ついさっきのあいつとの会話でも、今でも元の双葉の体に戻れるなら戻りたいって思ってはいるらしい。
ただ同時に、はっきりそうとは言わないけれど、今のあいつは現状を受け入れているっていうか、何か割り切っているとも感じた。
元の体に戻る当ての無い、今の状況じゃ、ある程度は仕方の無いことなんだろうけど。
「あーもう、なんだか面白くねえ!」
あいつに先を越されているみたいに感じて、なんだかまたイライラしてきた。
おちつけ、おちつけ俺!
「そういう俺は、どうなんだ?」
双葉と体が入れ替わったことは、俺にとっても結構ショックだった。
特に、俺は俺が女になっちまったって事よりも、俺が男で無くなっちまったことにショックを感じていた。
湯船に浸かりながら、改めて今の自分の体を見下ろしてみた。
今の俺の股間には、男の象徴はついていない。
今はお湯の中だしこの角度なので、股間の奥はよく見えないけれど、そっとそこに手を触れてみると、今の俺の股間には、女の子の割れ目が存在している。
「女って面相臭いよな、男のように立ちションができないし、終わった後は紙で拭かなきゃいけないし」
それでも最初は、俺は女の体を面白がってもいた。
一回や二回なら、面白がってもいられたけど、もし元に戻れなかったら、これがこれからもずっと続くかと思うと、今ではうんざりしていた。
着替えたり、トイレや風呂のたびに、今の俺は女なんだってことを意識させられてイヤだった。
そうだ俺は、この女の体がイヤだったんだ。
後、他の女子との人間関係とか、ママとの関係も面倒くさいって感じて、それもイヤだった。
俺はずっと元の俺の体に戻りたいって、そう思っていたんだ。だけど……。
「……あれ、イヤじゃない?」
あれほどイヤだとか、面倒くさいと感じていた女の体が、今はさほどイヤじゃない。何でだ?
もう一度、そっと股間の女の子の部分に、手で触れてみる。
股間の奥が、なんだかきゅんってなったような気がした。
なんでだろう、理由がわからない。わからないけれど。
「うー、なんだかのぼせてきた、いっぺん風呂から出よう」
理由がわからないまま、俺は風呂から出たのだった。
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翌日の月曜日、小学校にて、俺は休み時間に女子トイレで、双葉と親しい女子数名に捕まって問い詰められていた。
「ねえ双葉、清彦くんとの仲、どこまで進んだの?」
「そうそう、いつから付き合っていたの?」
「え、何のこと? おれ…わたしと清彦とは、そ、そんな仲じゃねえ……ないわよ」
「とぼけないでよ、ネタは上がってるんだから」
「そうそう、昨日清彦くんと会ってたんでしょ?」
「私は双葉が清彦と二人仲良く、一緒にアイスたべてる所を見たんだからね」
うう、あれを見られてたのか。
俺はなんでだか急に恥ずかしくなった。
「だから清彦とは、そんなんじゃないんだってば!」
それでも俺は、この場は必死でごまかした。
「今日の所はそういうことにしておくけど、いつか本当の事を教えてよね」
ごまかしきれたわけではないだろうけれど、俺が必死に否定したからか、この場での追求はそこまでで終わってくれた。
密かにホッとした。
ホッとしたら、オシッコがしたくなっちゃった。
俺はそのまま女子トイレの個室に入って、スカートを捲り上げながら、パンツを下ろして素早くトイレの便座に腰掛けた。
そしてちょろちょろと、オシッコを始めたのだった。
なんか俺、最近こういう動作にも、すっかり慣れてきたな。
それにしても、なんで女子はこういう話題が好きなんだ?
誰が誰を好きだとか、誰が誰と付き合ってるとか、惚れた腫れただとか。
俺はそういうことには興味が無かったんだけど、双葉になってからそういう話題を耳にすることが多くなった。
この短期間に、俺の知らない人間関係を知らされて、内心驚いたこともあった。
でもまさか、俺たちがそういう話題にされるなんて思ってもいなかった。
「だいたいだな、俺と双葉が付き合ってるだなんて、そ、そんなわけあるわけが……」
そのことを考えたら、俺はなんでだか顔が熱くなり、胸がどきどきしてきた。
だ、だから俺と双葉は、そんなんじゃないんだって!
なぜだか自分にそう言い聞かせながら、引き出したトイレットペーパーであそこを拭いて、トイレの後始末をした。
なんでだか俺の股間のあそこが、いつもよりも敏感だったような気がした。
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それからさらに数日後、その日の俺は、朝目覚めてからの体調が最悪だった。
「ううっ、下腹がキリキリ痛ぇ!」
俺はぼやきながら、のろのろとトイレに行った。
「うわあああっ、なんじゃこりゃあっ!!」
そして、……俺は悲鳴を上げた。
俺の悲鳴を聞いて、ママが慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたのよ双葉!」
「ま、ママ、おれ……わたし、病気になっちゃった!」
「落ち着きなさい双葉、いったい何があったの!」
「こ、これ」
パニクッてた俺は、ママに宥められて、なぜだか安心できた。
ママに宥められて、少しだけ落ち着いてきた俺は、トイレの便器と、パンツを下ろして丸出しの自分の股間を、ママに指し示した。
俺の股間からは、どろっとした血が流れ落ちて、パンツは赤黒い血で汚れ、トイレの便器も、俺の股間から流れ出た血で汚れていた。
「朝からおなかが痛くて、トイレに入ったらこんなになっちゃって、ママ、わたしどうなっちゃうの! 死んじゃうの!」
その様子を見て、最初は驚いていたママは、やがて表情を綻ばせた。
そして、俺を安心させるように、俺を優しく抱きしめながら声をかけてくれた。
「大丈夫よ双葉、それは病気でもなんでもないの、むしろ健康の証なのよ」
「健康の証?」
おなかが痛くて、しかも血まで流れているのに、健康って?
「そうよ、これはね、双葉が大人になったって証なの」
「大人になった証?」
この時は、ママがニコニコしている意味が、わからなかった。
だけど、どうやら俺は、そしてこの双葉の体は大丈夫らしい、ということは理解できたのだった。
その少し後、後始末を終えて、気持ちも落ち着いてきた俺は、ママから教えてもらった。
どうやら俺は生理になった、それも双葉の体は初めての生理だからこれは初潮、ということらしい。
そうだと教えられて、ああなるほど、と納得はした。
なんとなく知識としては知っていた。
だけど、本来は男だった俺がそうなるなんて思っていなかったから、これが生理だなんて思わなかったんだ。
当然、この心構えなんてなかったし、その対処法も知らなかった。
つい、こんな醜態をさらしてしまった。
そして生理だとはわかったけれど、不安が完全に解消されたわけでも、痛みがなくなったわけでもない。
何よりも、このときの俺は、余計に精神的に動揺していた。
そんな不安そうな俺の様子を見て、ママは何かを察したのだろうか?
「その様子だと、今日は無理しないほうが良さそうね。いいわ、学校には風邪って連絡しておくから、今日は学校を休みなさい」
「……はい」
俺はママの言葉に甘えることにした。
今日はおとなしく、学校は休むことにしたのだった。
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初めての生理に、俺は思った以上に不安と戸惑いを感じていて、ついママに頼ってしまっていた。
ママはそんな俺に、なぜだか嬉しそうだった。なんでだ?
「くすっ、だって最近双葉は様子がおかしかったし、ママの事を避けていたもの。だから、こんな時にだけど、ママを頼ってくれて嬉しいわ」
「そ、そうだっけ?」
「そうよ」
まあ、たしかに、ママの事は、双葉の母親であって俺の母親じゃない、って意識はあった。
双葉と入れ替わった直後は、男っぽい乱暴な態度でママを心配させたし、
しばらくして落ち着いた後も、ママと下手に接して、正体を怪しまれるのを避けようと距離を置いていた。
そのせいで、かえってママに心配を掛けていたんだ。
「ママ、ごめん」
「いいのよ」
生理になって、精神的に弱っていた俺は、この後はついママに甘えた。
ママはそんな俺を、嬉しそうに受け入れて、甘えさせてくれた。
そしてその日は、ママがケーキを買ってきて、一緒に俺が大人になったお祝いをしてくれた。
本来は男のはずの俺が女になったお祝いだなんて、変な気分だった。でもなんでだか嬉しかった。
体調不良だったけど、それでもケーキは甘くて美味しかった。
なんだかこの件をきっかけに、俺とママとの距離がぐんと近くなり、俺はママと本当の親子のようになれたような気がしたのだった。
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その二日後、生理の痛みや体調不良が治まり、生理にも慣れてきた俺は、小学校に登校した。
双葉と仲の良い女子は、俺のことを心配して集まってきてくれた。
「良かった元気そうで、もう風邪は大丈夫なの?」
「……そのことなんだけど」
俺は辺りを見回す。やっぱり近くに男子はいるよなあ。内容が内容だから、男子に聞かせたくないな。
俺たちは、男子のいない所、女子トイレに移動して、話をすることにした。
そして、実は初潮になって、体調不良で休んでいたことを伝えた。
「ごめん、風邪をひいたって嘘ついて、みんなに心配かけちゃって」
「そんなことないわよ、初潮だったんでしょ、仕方ないわよ」
「そうそう、それよりおめでとう双葉」
みんなは理解を示してくれた。
そのうえ、初潮のお祝いまでしてくれた。
「……ありがとうみんな」
この後は、先に生理を経験していた子と、お互いの体験談を話したりした。
そしてこれをきっかけに、それ以外の事も、色々とおしゃべりをするようになった。
今までは、双葉の女友達とは、男と女、なんとなく性別の壁を感じて、心の距離を感じていた。
だけど、この件を切っ掛けに、そんな壁を乗り越えて、心の距離がぐんと近くなったように感じたのだった。
俺の心が、女側に振れたとは、あまり自覚しないで。
その後の休み時間、清彦がそっと俺に近づいてきて、こっそり耳打ちをした。
「放課後に時間いい?」
「……いいよ」
「じゃあ、放課後に」
双葉と清彦は、表向きは仲良くない。
それどころか清彦は、口うるさい双葉を煙たがっていた。……俺が清彦だった時は、だった。
だから、今の清彦が双葉の事がどんなに心配だったとしても、双葉に接する手段も口実もなかった。
まあ、風邪ってことで、二日も学校を休んだのだから、清彦に心配はかけたよね。
フォローはしないとね。
だけど、清彦にはなんて伝えよう?
仲の良い女子に伝えたみたいに、初潮になって休んでいたと、正直に伝えるべきだろうか?
それとも……。
そして放課後。
「風邪をひいたって聞いたけど、もう大丈夫?」
「う、うん、ちょっと熱が出たけど、もう大丈夫だよ。心配かけてゴメン」
「それならいいけど、体には気をつけてよね」
「うん、わかってるよ」
俺は、今の清彦には本当の事を言わないで、ごまかすことにした。
初潮になったなんて、女の子にとっては、大人の体になったっていう、一大イベントだ。
本当だったら、この体の元の主には、本当の事は伝えるべきなのだろうと思う。
だけど、俺は理由はわからないけど、今の清彦に、この体が初潮になった、生理になったことを知られるのがイヤだったんだ。
だから、風邪で休んだという、最初の理由でごまかしたのだった。
「たいしたことなさそうで良かった。じゃあ、くわしい話はまた今度ね」
「う、うん、またね」
安心して笑顔で去っていく清彦の様子に、俺は心が痛んだ。
俺は、清彦に嘘をついてしまった。
もうこの路線で行くしかないと。
俺はまだ自覚していなかった。
今は俺が女の双葉で、あいつが男の清彦で、女の俺が生理になったことを、男のあいつに知られたくなかったってことを。
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それからさらに数日後、
生理も終わって体調も万全になった俺は、すっかりごきげんだった。
双葉の女友達との関係も、あの日からは良好だった。
なんて言えばいいか、今はこの子たちとの他愛も無い会話が弾むんだよね。
ふと、そんな双葉の友達の一人が、実は清彦の悪友の敏明が好きなんだとかなんだとか、そんな話になった。
あんなバカのどこがいいんだか……。
とはいえ、どうやら本気らしいと知って、俺はその子を応援したい気分になった。
俺は清彦だった時の知識で、敏明の好みだとか何だとか、その子に色々アドバイスをした。
「なんで双葉は敏明くんの好みとか、そんな細かいことまで知っているの?」
「なんでって、それは……」
やばい、調子に乗りすぎたか?
「清彦……、そう清彦に聞いたのよ!」
「「「清彦に聞いた!!」」」
あっ!
……余計に墓穴を掘ってしまった。
この後俺は、みんなから清彦との関係を根掘り葉掘り聞かれて、今度も必死にごまかした。
「私と清彦は、別にそんなんじゃないから!」
「もう、ここにいるみんなは、双葉の気持ちは知ってるんだから、そんなにごまかさなくてもいいのに」
「わたしの気持ちは知っている?」
どういうことだ?
俺はとぼけながら、それとなく話を聞いた。
「なにとぼけてるのよ、清彦くんの気を引きたくて、双葉が清彦くんに突っかかっていたことは、みんな知ってるんだからね」
「そうそう、そんな双葉を、みんなで応援していたんだからね」
双葉は俺の気を引きたくて、いつも俺に突っかかっていた?
そんなわけあるか!
と、男だったときの俺なら、即座に否定しただろう。
だけど今は、否定できなかった。
そういわれてみて、以前に双葉に突っかかられていた時の事を思い出してみると、思い当たることが多いのだ。
双葉は他の男子には何も言わないくせに、なぜだか俺ばかりに突っかかってきていた。
何よりも、今の俺は双葉の体、双葉の立場になっているせいだろうか?
胸の奥がきゅんって締め付けられる、この気持ちは何なんだ?
今の俺には、あの時の双葉の気持ちがわかるのだ。
わかってしまったのだ。
元の双葉は、俺の事が好きだった。
だから俺の気を引きたくて、俺に突っかかっていた。
なのにその俺と入れ替わってしまって、清彦になったあいつはどんな気持ちだったんだろう?
そんなことを考えているうちに、休み時間が終わった。
グラウンドなどに出て、外で遊んでいた男子が戻ってきた。
清彦も汗だくになって、敏明たちと一緒に戻ってきた。
双葉だった時は、男子の事は冷ややかな目でみていたくせに、
今は敏明や他の男子ともすっかり仲が良さそうで、
Tシャツの裾で、流れ落ちる汗を拭いたりなんかして、
なにすっかり男子になってるんだよ!
そんな清彦の姿を見て、なぜだか俺の胸は、またドキドキと鼓動が早くなっていた。
ちょっとまて、なんで俺が俺を見て、ドキドキしてるんだよ!
あいつは男の俺が好きだったのかもしれないけれど、
俺は別に、あいつのことはなんとも思ってなかったはずなんだ。
なのに、ヘンだろ俺!
そう思いながらも、俺は清彦の元へと駆け寄っていた。
「何やってるのよ! 何でシャツで汗を拭いているのよ、もう!」
そう言いながら、俺はスカートのポケットから、ハンカチを取り出した。
そしてなぜか、清彦の顔から流れ落ちる汗をふき取っていた。
「え、あ、……いいって、恥ずかしいだろ!」
「よくない、いいからじっとしてて!」
俺は恥ずかしそうに顔を赤らめて、嫌がる清彦の汗を拭いた。
拭き終わったら、周りから囃し立てられて、(特に男子から)からかわれた。
はっ、俺はいったい何やってたんだ!
自分のやっていたことに気づいて、俺は急に恥ずかしくなったのだった。
双葉の友達や清彦の悪友たちの前で、ついあんな行動をして、もうごまかしがきかなかった。
そんな流れで、清彦が咄嗟に話をでっちあげた。
「今まで隠しててごめん、実は俺たち、こっそり付き合ってたんだ」
「お、おまえ、いきなり何を言って……」
「いいからここはオレに話をあわせて」
清彦が俺に耳打ちする。
う、マジな表情の俺の顔って、意外にイケてるんだ、……じゃなくて!
でも俺には他にこの場をごまかす名案が浮かばない。この場は清彦に任せることにした。
実は少し前から付き合っていたけど、清彦も双葉も恥ずかしくて、みんなに隠していた。
でも、薄々ばれていたみたいだし、いい機会だからカミングアウトする、と清彦はみんなに説明した。
実際、女子には俺たちがこっそり会っていたことはばれていたし、実は男子の間でもばれていたようだ。
「やっぱりそうだったんだ」
そんなわけで、俺たちはその後、それぞれ清彦はクラスの男子に、俺は女子に二人の関係を冷やかされた。
でも同時に、俺たちが付き合っていることがクラスのみんなに公認されて、まわりに冷やかされながらも、堂々と会うことが出来るようになったのだった。
そしてその日の放課後、俺は清彦に送られながら、帰り道を一緒に帰っていた。
家の方向が違うので、普段は別々に帰っているんだけど、清彦は俺を家まで送るという名目で一緒についてきていた。
二人で今後の話をするためだった。
「……俺たちが付き合っているってことになって、おまえはそれで良かったにかよ」
「仕方ないでしょ、そもそもあの場であんたがあんなこと(汗を拭く)をしなければ、あんなこと言わなくてもよかったんだよ」
「ま、それはそうなんだけど……」
「それに、こそこそ会っていることは周りには薄々気づかれていたんだし、いい機会だったと思うよ。これからは堂々と会えるんだし」
「まあ、それもそうだよね」
「ちょっとあの神社の境内に寄り道していこうか。込み入った話もしなきゃいけないし」
「……そうだな」
そんな訳で、俺たちはちょっと人気の無い神社の境内によって、あらためて今後の事を話した。
まあ、俺たちが入れ替わって、少し時間が経っていたし、お互いの生活にも慣れてきていた。
だから、俺たちが表向き付き合うことになった事の口裏あわせ、もとい情報の刷り合わせもわりとすんなりおわった。
清彦(双葉)との情報交換が終わった後、俺には気になっていることがあった。
俺と入れ替わる前の双葉は、俺(清彦)のことが好きで、だから俺に突っかかっていた。
『じゃあ、今の清彦(双葉)の気持ちは?』
それを今のあいつに、ストレートに聞くのは怖かった。
入れ替わった直後に、俺はあいつになじられて、俺はそんなあいつに反発して衝突もした。
その後に、どうにもならなくて、泣き出してしまったあいつを宥めたりもした。
今でこそきあいつは立ち直って(開き直って?)いるけど、内心どう思われているのかわからない。
そんなつもりはなかったけど、俺はあいつの体とか家族とか、大切なものを奪ってしまったんだ。
ひょっとしたら、そのことをあいつに恨まれているかもしれない。
それを確かめるのが怖くて、聞きたいことを聞けないまま、ずるずると今の俺の家(双葉の家)の前まで帰ってきたのだった。
「それじゃオレは帰るから、またあした、さようなら双葉」
「う、うん、さようなら清彦」
もやもやした気持ちを抱えたまま、俺は清彦と別れたのだった。
こんな調子で、まだまだぎくしゃくした俺たちが、お互いの気持ちを確かめ合って、本当に恋人同士になるのには、もうちょっと時間が必要なのだった。
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清彦と双葉の体が入れ替わった時の???の視点
私が街を歩いていると、小学生くらいの男の子と女の子が、言い争っている所を見かけました。
つい興味を持って、少しはなれた場所から、しばらく二人の様子を見守っていて気がつきました。
どうやらあの女の子は、男の子に気があるようです。
男の子の気をひこうとして、男の子に口論を持ちかけたようです。
でも、男の子のほうは、そんな女の子の気持ちに気づかずにいて、二人の関係は空回りしているようです。
おや、いけませんねえ、このままでは男の子のほうが女の子の気持ちに気が付かないまま、かえって二人の仲はこじれてしまいそうです。
そうだ、これも何かの縁です。
お節介なおじさんが、あの二人が仲良くなれるように、手を貸してあげましょう。
『えいっ!』
私が掛け声をかけると、男の子と女の子の魂が、自分の体から押し出されてきました。
私は押し出された魂を、男の子の魂は女の子の体へ、女の子の魂は男の子の体へと、それぞれ戻してあげました。
「これでよし、これでお互いの気持ちがわかるようになって、二人の関係は上手くいくでしょう。
いやあ、いい事をした後は気持ちがいいですね」
あの後、あの二人は、最初はぎくしゃくしながらも、だんだんお互いのことを思いやるようになって、やがて仲が深まっていくのですが、
そしてそれは、もうあの二人とは出会うことなかった私には、あずかり知らぬことなのでした。
他のSSもいくつか投稿してみました。今後も追加するかもです。