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とある英雄の最期

2018/07/10 16:30:00
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石で出来た暗い通路に、パンパンと肉のぶつかり合う音が響き渡る。

訪れた者を迷わせるように入り組んだ通路の最奥の、宝物庫のような小部屋。
その薄暗い部屋には、ほのかに輝くオーラを纏った赤毛の女と、冷たい石の上に横たわった男の姿があった。
彼女は彼の股間に跨り、打ち付けるような猛烈な勢いで腰を振っている。


「ぃいいのぉ、しゅごいのぉ!フタバのカラダぁ、きもちよしゅぎりゅのぉおおっ!!」

強化魔法に特有のオーラを纏う女は、常人をはるかに超える速さで男を責める。
己の性欲を満たす、ただそれだけのために男に襲いかかるさまは、さながら発情した獣のようだ。
他方で襲われている男は、指1本動かせないほどに身体を痺れさせながら自嘲の笑みを浮かべていた。
我を失った様子で体液を撒き散らすように腰を揺り動かす、変わり果てた相棒に。
そんな彼女の様子にちゃっかりと興奮し立ち上がる自分の息子に。
そして何より、自分自身の判断の甘さに。
ああ、僕たちは一体、どこで何を間違えたというのだろうか。
生き物のようにうねり、ひくひくと収縮する肉の壁に精を搾り取られながら、男はこうなった経緯に思いを馳せる。

* * *

数時間前、とあるダンジョンの入り口に、2人組の男が立っていた。
青い髪をした快活そうな男はキーヨ、そして緑髪の知的な顔立ちの男はトッシュである。
2人は同じ村で生まれ育った幼馴染で、正反対な性格にもかかわらず、幼い頃から仲が良かった。
それは、2人が共通して抱く冒険、とりわけダンジョンへの憧れのためだったのかもしれない。

そもそもダンジョンとは、いつ誰が作ったとも知れない地下迷宮である。
世界各地にあるダンジョンの最深部には、かつて神々がもたらしたとされる伝説のアイテムが収められていたという。
今日、多くのアイテムは地上に持ち出され、国家や大富豪の所有するところとなっている。
しかし、トレジャーハンターたちはまだ見ぬアイテムを求め、あるいは宝などなくとも、どれだけ難しいダンジョンをいかに早く踏破出来るかを競い合うべく、ダンジョンに潜り続けている。
幼い日のキーヨとトッシュは、いつかダンジョンで誰も見たことのないような宝物を見つけ出そうと夢を語り合ったものだった。

たびたび危険な場所に踏み入っては怒られながらも、その夢を忘れずに努力と成長を積み重ねた2人がトレジャーハンターとなったのは、もはや必然であった。
罠のプロフェッショナルのキーヨと、歴史や古文書の知識で彼をサポートするトッシュのコンビネーションは抜群だった。
おまけに、トッシュを引っ張っていくキーヨと、そんな彼を冷静に諫めるトッシュは性格面でも噛み合っていた。
トレジャーハンターとなって日が浅いにも関わらず、新人離れした実力で難関と呼ばれたダンジョンを次々と踏破した2人。
そんな彼らは、生まれ育った村の近くにある、100年ほど誰にも踏破出来なかったクシン=ジュのダンジョン、通称「フタバのダンジョン」に挑もうとしていた。

その功績から「赤毛の英雄」とも呼ばれた伝説的なトレジャーハンター・フタバ。
ある日どこからともなく現れた彼女は、弱冠14歳にして当時誰も到達できなかったメウーダのダンジョンの最深部へと至った。
今でこそ動物が住み着く程度だが、当時のダンジョンには魔獣と呼ばれる凶暴な生物が巣くっていた。
魔獣はときどき地上に上がっては、その度に人里を襲い甚大な被害をもたらしていた。
彼女はメウーダの奥底で見つけた伝説の防具を身に着けると、魔獣の巣を襲い、これを全滅させたという。
以降、彼女は仲間とともにヤブッシ、ヨコハといった各地のダンジョンを攻略するとともに、人々を脅かす魔獣を駆逐していった。
そして18歳のとき、トーキ=オー大迷宮の最深部で、仲間たちを失いながらも、全ての元凶にして最強最悪の魔獣でもある魔獣王を打ち倒した。
こうして人類を危機から救ったフタバは、その燃え盛る炎のような髪色から「赤毛の英雄」と呼ばれ賞賛された。

……魔獣王を倒した後のフタバの足取りについては分かっていない部分が多い。
彼女の末路についてはいろいろな説が唱えられている。
仲間を弔うべく隠遁した。
次なる冒険を求めて新天地に向かった。
あるいは、魔獣の血を浴びすぎて魔獣と化しそうだったため自ら命を絶った、などなど。
それらすべての説で概ね一致しているのが、姿を消す直前、彼女がクシン=ジュに潜ったということである。

クシン=ジュのダンジョンは、あらゆる敵対者を打ち倒す不壊の聖剣・アルタリウスが眠ると言い伝えられてきたダンジョンだ。
メウーダに続いて、聖剣を手に入れるべくクシン=ジュに挑んだフタバを待ち受けていたのは、想像を絶する量の罠だった。
さすがの彼女もこれには参ったのか、罠と戦闘に長けた仲間を募ったうえで改めてクシン=ジュに挑んだという。
この時の仲間の冒険日誌には、彼女が再三の注意にも関わらずうっかり罠を踏みそうになる一幕が描かれており、のちの英雄の少女らしい一面を窺わせる貴重な資料となっている。
さて、魔獣王との戦いの後、フタバは聖剣を巡る余計な争いを巻き起こさないようにするために、改めて封じることにしたという。
そして、朝早くに聖剣を携えながら近くの村を発った彼女の姿を、その後誰も見ることはなかった。
聖剣を、あるいはフタバのその後の手がかりを探るべくクシン=ジュに挑む者は後を絶たなかったが、ある者は命からがら脱出し、またある者は命を落とし、終ぞ人を寄せ付けることはなかった。
そして、いつしかクシン=ジュのダンジョンは、唯一これを踏破した聖剣の所有者の名で呼ばれるようになった。
キーヨとトッシュが今まさに挑もうとしているのは、そういうダンジョンだった。

いざダンジョンに足を踏み入れようとするトッシュを、キーヨは床を指しながら手で制す。
そして、足元のいくつかの石畳に目印を置いていく。

「危ないところだったな。俺が気付かなきゃ遅効性の毒を食らって、じわじわと嬲り殺されながらダンジョンに潜る羽目になってたぜ」
「助かったよ、キーヨ。それじゃあ改めて、行こうか」

危うく出鼻を挫かれそうになりながらも、罠を避けるようにダンジョンに入った2人は、危なげなく奥へ奥へと進んでいく。

「ふぅ……。ここは見たことのないトラップばっかりだな。数秒以上立ち止まると死ぬ床なんて聞いたこともないのによく分かったな」
「たまたま知ってる古代文字が刻まれてたから分かっただけさ。それよりも僕は、何の変哲もない壁にある罠すら見つけ出す君の方がすごいと思うよ」
「まぁ、それほどのことはあるけどな……っと、どうやら目的地みたいだぜ」

初見の罠も回避しつつ進んでいった彼らは、やがてダンジョンの最深部、宝物庫へとたどり着いた。
部屋の両側の壁には魔法で小さな明かりが灯され、奥の一段高い場所にある台座には、聖剣と名高いアルタリウスが突き刺さっている。
そして、誰もいないはずの部屋の中央には、何者かが倒れ込んでいた。

「うわ、部屋の中も罠だらけかよ……。燃える罠に痺れ罠、こっちは涙が止まらなくなるやつだ。…催淫の罠なんて、またえぐいものまで」

冷静に罠を見つけては目印をつけていくキーヨを先頭に、2人は宝物庫を進み、倒れ込んでいる人物に歩み寄る。

「っ!!遠目に見たときにまさかとは思ったが……」
「この特徴的な髪の色は、間違いないだろうね」

それは、赤髪が特徴的な少女―――「赤毛の英雄」として知られたフタバだった。

「……なぁ、この死に方ってもしかして……」
「……うん、あまり考えたくないことだけど、……頭を入口に向けるようにうつ伏せに倒れているということは……」
「……聖剣を返して油断したみてぇだな」

憧れた人のどこか詰めの甘さが窺える、しかしらしいといえばらしい死にざまに、2人はばつの悪そうな表情を浮かべた。

「あーやめだやめだ、気持ちを切り替えてくぞ」
「そうだね。クシン=ジュのマップと聖剣、それに勇者の遺体。無事に持ち帰れば、僕たちも晴れて一流のトレジャーハンターの仲間入りだ」

そういって2人はまず、フタバの足元にあるタイルを調べる。
そこには古代文字で何かが記されていた。

「……トッシュ、分かるか?」
「読み方の分かっていない古代文字の一種だ。確か、同じものが他のダンジョンにもあったよね?」
「ああ、だが魔法が死んじまってるのか、起動しないトラップとして見向きもされてない」

ダンジョン内のトラップには、時間経過で復活するものとそうでないものがある。
このトラップは後者であったようだ。

「しかし、妙なもんだな。死んでから100年近いっていうのにまるで今さっき死んだばっかりみたいだ」

古代文字を前に思案するトッシュをよそに、キーヨはフタバの遺体を検めようとする。
未だ生前の姿を保つ遺体を見て、寝ているようだと思った彼は、なんとなく彼女の頬を突っついてみた。
果たして、彼女の頬はなんの抵抗もなくへこみ、指を離してももとに戻る様子がない。
その様はまるで空気の抜けたボールのようだった。
おや、と思った彼は、次に鎧に包まれた腕を持ち上げようと試みる。
彼女の手からするりと手甲が抜け、力なくだらりと垂れ下がった薄っぺらい手が露わになる。

「……トッシュ、どうやらその罠の正体が分かったみたいだぜ」

声を掛けられたトッシュがキーヨに向き直ると、キーヨはフタバの髪を掴み、鎧から引き抜くように引っ張る。
なんの抵抗もなくするすると抜けていく彼女の身体は、空気の入った頭を除いて中身がなく、ぺらぺらであった。
皮だけになったフタバに驚いた様子を見せるも、すぐ落ち着きを取り戻したトッシュが確認するように呟く。

「……なるほど、踏んだものを皮にする罠だったのか」
「そういうことだろうな。踏むと死ぬ罠と何が違うのかよく分からねぇけど」
「……今思いついたことだが、いや、だが流石に」
「勿体ぶらず教えろよ」
「これは一部の地域で伝わる話なんだが……。
魔獣に連れ去られた人たちが、後日何事もなかったかのように帰って来た。外見からは異常は認められないし、記憶もしっかりしていた。しかし、突然獣のように人々を襲いはじめた。念のため解剖すると、中から魔獣が出てきたという……」
「それがどうしたっていうんだ?」
「おとぎ話か何かだと思っていたが、もしかしたら実話なのかもしれないと思ってね。
つまりこの罠は、魔獣のための化けの皮を拵えるためのもの……言い換えれば、罠を踏んで皮になった人を着ることで、その人に成り済ましていたんじゃないか、ということだ」

まぁ、普通に人里を襲えば事足りるから、その手の罠は段々と廃れていったんだろうね、と付け足しながら、トッシュは調査を再開する。
彼は、魅入られたようにフタバの皮を見つめているキーヨに気が付かなかった。

かつて魔獣は、罠を使って皮にした人間を纏い人間に化けたとトッシュは言った。
そんな皮を、しかも剣と魔法に長けた最上級のトレジャーハンターであるフタバの皮を纏ったら……果たしてどうなるのだろうか。
もしも、彼女になれるとしたら、彼女の力を得られるとしたら、まだ誰も見たことのない宝物を見つける夢に近づく大きな一歩となるのではないか。
いや、そもそもそのような力を秘めたこの皮こそが宝物そのものなのではないか。

トッシュの仮説を聞いたキーヨは、完全にフタバの皮の魔力に心を奪われていた。
彼は腰にぶら下げたナイフを手に取ってフタバの背中を一閃し、着こむための穴を開けた。
ちらりとトッシュに目をやれば、何やらぶつぶつと呟きながら古代文字を書き写すのに熱中している。
キーヨはこっそりと装備を下ろし、衣服を脱ぎ去っていく。
裸になったキーヨは、ごくりとつばを飲み込むと、フタバの皮に足を通し始める。

皮の内側は、まるで口の中のようだとキーヨは思った。
もし彼が女を知っていたならば、あるいは女のアソコみたいだと思ったかもしれない。
そんな皮の中に足を突っ込み、一本一本の指に通すと、ぴったりと靴下を履くように皮を引っ張る。
柔らかく湿った皮に包まれた部分から、キーヨのがっちりと鍛えられた脚は、よく鍛えられながらもほどよく肉のついた柔らかい脚へと変わっていく。
皮で隔てられているのに足の裏からは床のひんやりとした感触が伝わって来て、形が変わっても自分の足なのだとキーヨは実感する。
皮を腰まで穿くと、股間からぶら下がる慣れ親しんだ感覚が消える。
彼の中で、どんどん自分が塗り替えられていくような不安と、まだ見たことも触れたこともない女の感覚を知りたいという好奇心が首をもたげる。
しかし彼はそれらの感情を振り払うように頭を振って、今度は腕を通して行く。
手袋を着けるときのように皮を引っ張り、指先まで隙間なく通せば、見るからに太さも大きさも違う腕へと変化する。
最後に仕上げとして、キーヨはフタバの顔を被ろうとする。
潜水するときのように肺に空気を溜めると、水に飛び込むように目を瞑りながら一気に皮を被った。
彼はしばらく目を瞑っていたが、顔を覆う湿った圧迫感が消え、代わりにダンジョン特有の冷気を感じていることに気づくと目を開いた。

「成功した、のか?」

思わず呟いたキーヨの声は本来の低い声ではなく、女性のような高い声になっている。

「おおっ、すげぇ!」
「……何をしてるんだ?」

突然、トッシュが声を投げ掛ける。
「キーヨだよな?お前、勝手に何をしてるんだ。フタバの皮を傷つけて、あまつさえ着てしまうなんて!」
「別に平気だったぞ。ほら、見ての通り、俺の身体もしっかり収まって全然窮屈じゃねぇし」
「そういう話をしているんじゃない!せっかくのフタバの皮を、しかもどんなことになるかも分からないのに!」
「まぁまぁ、結果良ければなんとやらってやつだ。それよりもやっぱりフタバはすげぇよ。こんな細い腕をして俺以上に力があるし、魔力だって半端ねぇ。これならどんなダンジョ、んんっ、なんだ」
「おい、大丈夫かっ!?」

突然、フタバを着こんだキーヨは仰け反りながら呻きはじめる。
背中にナイフで空けられた穴が癒着するように閉じる。
それと同時に、しぼんだ風船のようだったフタバの胸が、水を流し込むように膨らんで生前の姿を取り戻し、鍛え上げられた腹筋に沿って絞りあげるように胴体にくびれが生じる。
おしりにも柔らかく脂肪がつき、完全にフタバと化したキーヨは、身体のバランスが変わったためか、よたよたと数歩歩いた後尻もちをついてしまう。

「あっ、待って、確かそっちにはっ……!」

尻もちをついた先には目印の置かれたタイル、即ち罠があった。
助け起こそうとトッシュが近付くも、キーヨに勢い良く突き飛ばされる。
男だったとき以上の膂力に舌を巻きつつ立ち上がろうとしたところで、彼は体に力が入らないことに気付く。

(突き飛ばされた拍子に痺れ罠にでも触れたか……)

身動きの取れない彼に、顔を伏せた相棒がゆらりと迫ると、四つん這いで跨った。

「トッシュぅ……なんだかカラダが熱いんだぁ……ちょっと慰めてくれないかぁ…?」

ダンジョンの罠によって無理やりに淫欲を高められたキーヨは、フタバの顔に淫らな笑みを浮かべた。

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