7片「実行//偽装」
「さて」
手をぱんぱんと叩きながら、目の前の事態に連中は呆けた顔をしている。
場所は学校の裏手、川に面した所だけど、生垣を連ねている為外から見える訳ではない。
今日も今日とて、人を攻撃したり貶める事しか楽しみのない連中が俺を虐めて楽しんでいた訳だけど、今日はとりわけ酷かった。
金は奪われるわ教科書は切り刻まれるわ椅子は捨てられるわトイレに行かせてもらえないわ。
「本当に、こんな事でしか自分の優位性を確かめられないなんてお寒い人間だね」
とか言ったら、放課後には校舎裏でボッコボコですよまったく。生垣があって見えないからと言って、やりすぎだ。体中青痣だらけ、口の中は切れてるし歯もいくらか折れた。
その上自分の立場を理解させてやる、とか言って、いじめのリーダーはいつものごとく、俺を性欲処理要員として、粗末な逸物を舐めさせようとしていた訳だけれど。
今日は握って能力を使い毟り取り、力の限り投げ捨てた。
ぼちゃんという音が聞こえて、内心ガッツポーズ。
「…、お、…え?」
まぁそうなるだろうな、と言わんばかりのリーダーの呆けた言葉。だって自分の慣れ親しんだ相棒が“何でか”取れて、しかも投げ捨てられたんだから。
けど躊躇があるなら、その一瞬で十分。リーダーの足首に触れて、能力の発動を心の中でつぶやく。
(『分解』発動)
「どういうころ」
次の瞬間、リーダーの頭は首との接続を忘れたかのように泣き別れた。俺に向けてきた抗議の言葉が出しきれなかったのが、ちょっとだけ笑いたくなる。
そのまま仕込んでいた「包帯の腕」をしゅるしゅると伸ばし、その場にいた他3人くらいの連中も次々と『分解』。
取り巻きの3人も同様に首を『分解』するだけ。バラし過ぎるとくっつけ直すのも面倒だしね。
例外があった。撫子さん用にちんこもぎもぎ。
丁重に袋の中に入れて口を縛り、連中の股間には放出用のストローを『接続』でくっつける。これでリトルジョーは問題無かろう。
性欲? 知らん。
さて、問題はリーダー格の男だ。コイツは意中の女がいて、気を引きたいが為に、自分の強さとやらを示す為に俺を攻撃してる訳だ。
そいつもまぁ頭の軽い奴で、見た目だけは綺麗に取り繕うから性質が悪い。腹も股座も真っ黒の分際で。
…そいつ等は俺が、このリーダーに虐められている事を知っている。顔も勿論知っているから、迂闊に近づけない訳で。
そこで必要になるのが、このリーダー格の男だ。体ごと取り替えるのは楽だけど、それだけじゃ顔でバレバレなので、もう一段階細かく『分解』する必要がある。
頭だけを手に取って、
「『分解』、発動」
小さく呟くと、男の顔の部分が仮面のように外れた。ついでに頭髪の部分も『分解』すると、そこには人体模型の頭部のようになったリーダー格の男の頭が転がっている。
俺も同じように顔と頭髪を『分解』し、リーダー格の男のパーツを『接続』すると、とても簡単に顔面の入れ替わりが行えた。
「これで良し、と。んじゃ身体も使わせてもらうよ」
そのまま自分の頭を外し、リーダー格の男の体に乗せて『接続』する。これで見た目だけなら、俺が俺であることなんて疑う人間はいないだろう。
「あ、そういえば…」
そういえば、出しっぱなしの股間がやけにスース―していた事で、コイツのちんこをもいだことを思い出した。
元々の俺の体についていた包帯を適当に『接続』し、その先端には『分解』した俺の右目を付けておく。
やや面倒だが、こうでもしておかないと生垣の先に視界を通すことは出来ないのだ。
包帯で目をガードし、下の川にまで視線を降ろす。
「…よし」
遠く離した目で確認出来たのは、奴のちんこが流されていない事だ。
浅い川だから特に苦労する事も無く回収し、ちんこ装着。ついでに目玉も装着。
これで何の憂いも無く、コイツが気を惹きたい女の所に行ける。
その前に、俺の身体と、こいつ等の頭と身体を隠しておかないと。俺の服のポケットから、撫子さんの携帯にコール。
「もしもし撫子さん? 前半部分終了したから回収しに来てー」
『あいよー』
しばらくして、撫子さんが校舎裏にやってきた。
「…えーと、みーくんだよね?」
「そうですよ、顔も髪の毛も変えたので、別人に見えますけどね。で、ちんこの選定今します?」
「あ、そのデリカシーを投げ捨てた喋り方はみーくんだ」
大学生の撫子さんは、教育実習生としてうちの高校に来ている。偶然だが、だからこそ活用できた。
彼女の車にこいつ等のパーツを載せて、後はパーツを取った後は適当な所でポイだ。教師連中からの評判も悪いしね。
「んじゃ次は、みーくん用の女のパーツだね?」
「えぇ。もうちょっとですけど、お願いします」
「任せなさい。みーくんを引きずり込んだ身としては、これからもズブズブの関係で居たいからねげっへっへ」
「無理に悪い笑い方しなくて良いですから。…じゃ、頼みましたよ」
「おうよ」
複数の身体を後ろの荷物置き場に放り込み、絞った包帯をコイツのポケットに仕舞って、向かうは女連中の所だ。
8片「頭部//隷属」
女子連中がたまり場にしている場所は、引きずり回された立場だと自然と知っている。その場所に足を運ぶと、いつも通りに3人ほどがたむろしていた。
「あ、来たんだ。もう終わったの?」
「あぁ、たっぷり教え込ませてやったよ」
「顔はやめときなよ? バレたら面倒だしさ」
「バレた所で何も言ってきやしねぇよ。お前の事もあるからな」
声帯部分まで変えてあるため、リーダー格の男のフリをして連中に近付く。顔も髪の毛も取り替えてあるから、向こうは俺が別人である事には気づきもしない。
意中の女は、見た目だけなら良さそうに見えるのに腹の底は真っ黒だ。人を蹴落として踏みにじる事に、何の躊躇も無い。家柄も良いからか、他の連中は元より教師陣も言いなりに近い。
正直な事を言えば、この学校内で彼女の気に食わない、というだけで攻撃されている人間はかなり多く、恨みもだいぶ買っているようだ。
「お前って、今日はずいぶん強気ね。何か心境の変化でも?」
「変化っちゃあ変化かもな。こういう事ができるようになったしね」
「え、お」
ポケットに突っ込んだ掌に包帯を『接続』し、伸長させた手として扱い、意中の女に触れる。その瞬間にぽとり、といつもと変わらぬ様子で頭が落ちた。
「……え?」
「なにこれ…?」
取り巻きの2人は、突然のことにやっぱり驚いている。その方が好都合であるため、俺としてはとても好ましい訳ですが。
「はい、じゃ君達も同罪なんでね」
彼女の攻撃対象になりたくないから、とおもねってそちら側に着いたのなら、怨まれた相手に攻撃される事なんてあり得る事だろう。
ついでに二人の頭も取り外して、テーブルの上に揃えて並べた。
「…ここまでは良いんだ、いいんだけど…」
そしてこの段階で気付いたことは、どうやって駐車場まで連れていこうか、である。
さすがに頭の無い体を運搬していくと、今が放課後とはいえ必ず誰かに見つかるだろう。今はリーダー格の男の姿とはいえ、それは良くない。
身体と顔と髪の毛を付け替えて、1つずつ動かしていくのも出来なくはないが、逆にこれらが人目に付く可能性がある。
…一番なのは、目を離さない事だ。
「コレはもうちょっと、具合を確かめてからやってみたかったな」
能力の未知数な部分にやや不安を感じながら、彼女たちが持っていた鞄を『頭』の代わりにして『接続』。
「…さて、どうなる…?」
固唾をのみながら待つと、3つの人体がゆっくりと立ち上がり、幽鬼のように立ち尽くしている。軽く触れても無反応だ。
「…ねぇ、桂木さん? 上着をめくって、胸をこっちに見せて」
意中の女こと、桂木は俺の言葉に反応して、言われたとおりの行動をする。ピンク色の下着なんか着てたのかコイツ。
他の2人にも似たような命令をしてみると、これまた同じように俺の言葉に忠実に動いた。
…理由は解らないが、恐らくこれも俺の能力の範疇内の事なのだろう。肉体と無機物を繋げれば、無機物は体の一部のように動かせる事は確かにわかっていた。けれどそれは思考する為の頭があってこそだと。
これは逆に、思考する為の頭ではなくても、“頭”という概念にされたパーツが、本来の頭に代わって疑似的な思考や判断を行えるようになったんじゃないか。
何が本当かなんて、俺自身でもわかってないけどね。
半ば行き当たりばったりで試してみた、無機物を頭部として置換する行為だけれど、意外と良い感じに働いてくれてありがたかった。
じゃあ次は…、
「桂木さん、君の体、使わせてもらうよ」
俺と桂木の首を交換し、俺は桂木の体の上に頭をのせる。
…俺本来の顔でも、多分違和感はあんまり無いだろう。そうしない理由は単純に、「俺の顔」が手元にないからだ。わーい違和感バリバリ。
しかしまぁ、撫子さんに比べれば桂木さんの胸は…、やや小さめな事で。掌に収まる程度の上品な、言い方を変えれば貧相な感じだが。
体のベースをどうするか…、は、とりあえず落ち着いてから考えよう。
「あ、ん、んー…。迫間、都築、それに乙木、行くよ」
桂木さんの声で、取り巻きである迫間、都築、リーダー格の男である乙木に告げて、撫子さんのいる駐車場に向かう。それぞれの首に鞄を『接続』し、本来の頭を抱えさせて。
「ぎょっ」
「驚いた内容を言葉にするのなんて初めて見たよ」
どうにか人に見られずたどり着けて、撫子さんと合流した。彼女の車の中には、俺の体と顔が置かれている。
「いやぁ、さすがに9人全員一気は無理だから、最初の連中は向こうに置いてきたよ」
「ありがとう撫子さん、次は俺達だけど、問題ないよね」
「…うーん、これならたぶん可能かな。それにしても、みーくんの能力ってそんなことも出来るんだ…」
「実は今さっき、俺もこんな事が出来るんだと知りました」
顔と頭髪を、乙木の物から俺本来の物に交換すると、男の顔に女の体、という状態はある程度緩和された。女顔で悔しくなんかないからな。
連れの鞄頭たちを後部座席と荷台に乗せ、外から見えないよう折り重なってもらう。
俺は助手席、撫子さんが運転席に座り、車を走らせ始める。
「そんじゃみーくん? よろしくね」
「撫子さんこそ、運転よろしく」
ここから始めよう、楽しいブロック遊びを。