C9片「悪夢//展望」
Side:みーくん
あれから毎日夢を見る。
恐ろしい夢だという事しか形容できないし、他にたとえようもない位の悪夢。
いつも夢で、俺は顔を隠した鬼に襲われる。そして毎日のように言ってくるのだ。
「いつでも見ているぞ」
実際そんなことは無いし、最初にこの悪夢を見た翌日は出かけた時、周囲をいつも以上に気にしてみたけれどそれらしい存在は見つからなかった。
大丈夫だろうと思い、新しいパーツを探そうとした途端、恐ろしい視線を向けられた事に気付いたのだ。
「…っ!?」
慌て、後ろや左右を見渡してみるけれど、それらしい視線の主はいない。
行おうとする度に背筋に突き刺さる視線を感じて、伸ばした手を止めてしまったのだ。
…当然ながら、その日はそれ以上『能力』を使う事はしなかった。実際に行ってしまえばどうなるのかがわからない、という恐怖もあり、悪夢が事実であったのなら俺の命が危ういというある種の確信があった。
収穫らしい収穫の無い日が続き、ため息と共に俺達の家に戻ってくる。
「みーくんおかえりー。…今日もダメ?」
「ただいまです、撫子さん。…ダメでした」
久々の休日を満喫していた撫子さんが俺に向けて声をかけてくるが、こちらは喜ばしい声を出すことができない。
だってそうだろう? その度に恐怖と視線が頭をよぎるのだ、平常心が保てるはずがない。
「…やっぱりこの間の、アレ?」
「えぇ…、厄介な呪いみたいなものを遺してくれましたよ、あの鬼は」
「ごめんねみーくん。私が変にちょっかい出さなかったら、もうすこし穏便に済んでたのかな」
「どうでしょうね。撫子さんが何かしてくれなかったら、俺は下手すれば無事じゃなかったかもしれません」
例えば乙木の下に連れていかれる可能性だって、十二分に存在していてた。
あの鬼が奴の依頼で、目的通りに動いていたのなら、そうなっていた筈だろう。
「それなら良かったかもだけど…、本当に大丈夫? みーくん、顔色悪いよ?」
「そうですか…。かもしれませんね…」
思い返す度に重いため息を吐きだしながら、見逃されたという事実を噛み締める。
まったくアイツは随分重い呪いを残してくれたもんだよ、と内心で愚痴を吐きだしてみる。
これが無ければ今でも俺は好き放題していたし、周りの事なんて考えるつもりも無かった。
けれど行動の因果があぁして帰ってくるかもしれない。そんな事を明確な害意とともに見せつけられてしまったのなら、委縮してしまわざるを得ない。
「ちょっと眠る?」
「……どうしましょうかね。寝る度にあの悪夢を見るなら…、寝た所で…」
と、やんわり断ろうとした所、撫子さんが既にソファに座り、腿を叩いている。
こっちに来い、と言わんばかりの表情と行動だ。
仕方なしに俺はそこに向かった。
「失礼します…」
「おぅよ、いつでもおいで?」
撫子さんの脚を枕に、ソファの上に寝転がる。布団より寝心地は悪いけど、彼女の温かさが少し恐怖に震える頭を落ち着かせてくれた。
そっと彼女に撫でられながら、時間が経つことしばし。
「…これから、どうするの?」
「どうしましょうかね…」
「前みたいにはできそうにないよね…」
「もし何かあったら…、それを勘付かれたら…、奴はまた絶対にやってきます…」
「確信、あるんだ?」
「……夢に、見るんですよ」
悪夢の詳細を、撫子さんに話していく。その度に撫でられ、その度に落ち着いていく。
彼女に支えられながら話し続けて、怖いという事を正直に吐露して。
「…俺は、どうすれば良いんですかね?」
悩んだ時には、いつも撫子さんに答えを貰っていた。彼女が俺の背中を後押ししてくれた。だから聞いてしまうし、彼女に弱い所を見せてしまうのだ。
少し悩んだ様子を見せた後、彼女はこう言ってきてくれた。
「…じゃあ、もう止める?」
「それも、ありなのかもしれませんね…」
この恐怖から逃れるためには、そうすることが必要なのかもしれないと考えてしまう。これ以上『能力』を使わなければ、あの恐怖を味合わなくて済むのかもしれない。
そう考えていると、撫子さんはさらに聞いてきた。
「でも、それで良いの?」
「それでいいって…」
…他に何か方法があるのか? 俺があの鬼の影に怯えずに済むという方法が。
「…………」
同時に思い出すのは、あの鬼の言葉。
能力を悪用するか、別の使い方を模索するか。
…彼女は気絶していた筈だけど、そんな事を告げられたのだと知ってるかのようで。
「みーくんの『能力』だって、使い道だっていっぱいあるはずだよ? 人間相手に使ってるから問題になるだけで…」
「そりゃ、最初は道具を使って遊んでましたけど…」
「それに…、人間相手に使っても問題ない方法だって、きっとある筈だよ?」
「問題無い方法…」
ぼんやり考えながら体を回転させ、顔を撫子さんのお腹に向ける。息を吸い、吐いて、それでも答えは出てこない。
「…今はまだ、考えつきませんね」
「それでも良いんじゃない? 今すぐ決めなくっても大丈夫だよ、きっと」
頬に手を添えられ、ぺちぺちと軽く叩かれながら撫子さんに慰められる。
果たして俺の『能力』に他人から奪う以外の方法があるのだろうか。考えれば考える程、俺がやってきた事が悪い方向にしか向いてなかったのだと、今更ながらに理解しつつ、思考を巡らせる。
それにもし見つけられたとして、俺はそれを行うつもりがあるのかどうか。
もし無いのだとしたら…、俺はあの恐怖に晒され続ける事になるだろう。
それが少しだけ怖くて、撫子さんに抱き着くしかできなかった。
C10片「監視//可視」
Side:蒼火
羽張を見逃してから数日が経つが、目立った動きはしていない。
…現在俺は、彼を監視している。
理由を問われたら、当然だろう。あの場は見逃す判断をしたが、彼が今後どうしていくのか、どう能力と向き合っていくのかを見届けないと、調書に纏めようが無いからだ。
ある道具を用いて人目から隠れながら、羽張の住む家を見張っている。
もちろんこれは俺の能力に依るものではなく、家に隠している魔具によるものだ。
名を「身偽布(しんぎふ)」。身に纏った者の姿を好きに変化させる事の出来る魔具で、これを身に着けている事で常に「誰でもない誰か」や「カメレオンの様に風景に溶け込む」事で、羽張を監視していた。
もちろん脱いでしまえば元に戻るが、脱がない限りは問題無い。
…偽りの姿とはいえ、人目から隠れながら見張り続けるというのも、実のところ疲労感が強かったりする。
本来ならカメ子辺りに任せてしまえば良かったのかもしれないが、カメ子の事だから羽張を刺激しかねない…というか、羽張の姿を見て写真を撮る方向に舵を切らないか心配だからだ。
元男とはいえ、今の姿が女性で、なおかつ魅力的であれば奴は躊躇いはしないだろう。というかやる、絶対にやる。
確実性を上げる為にも、俺一人でやらねばならないこの見張り。実はすでに3日目だったりする。そして俺は寝ていない。めちゃ眠い。
…人外だって眠らなければ疲労は蓄積するし、人間よりやわではないが過労死だってしかねない。
そろそろ眠気に負けそうになりつつあるが、少なくとも彼らが眠るまで俺も家に帰って寝る訳にはいかない。
何故かと問われれば、夢枕に立つ必要があるから。
正直に答えよう。俺は羽張に悪夢を見せている。
これも「夢眩灯(むげんとう)」という蔵の中の道具に依る物で、効果はこれに照らされた人物に使用者が望んだ通りの夢を見せる事が出来る。
彼らが寝静まった夜に、羽張の家に侵入し「夢眩灯」の光を当てることを、ここ3日繰り返している訳だ。
これが抑止力になればと思う反面、悪い事してるなと思う事頻りである。
「身偽布」の効果で背景に溶け込み姿を隠し、家の電気が消えるのを待つ。日付が変わって少しした頃、家中の電気が消えた。
ふわりと浮かび上がり、一軒家の屋根の上に乗る。気配を探ると、全員が寝に入っていくようだ。
羽張と同居人の誰かが性交をする可能性も考えたけれど、それもしない位に羽張は参っているようだし、今日悪夢を見せれば一度距離を取っておくべきかな。
そこからさらに時間を経過させ、丑三つ時まで待つ。耳を澄ませると、家屋の中からは寝息が四つ。すっかり寝ている様だ。
頃合い良しと見計らって玄関に降り立ち、髪の毛を鍵穴に滑り込ませる。
3日もやれば慣れたもので、小さくカチャリと音が鳴り、鍵は開いた。
無言のまま、足音を立てないよう軽く浮きながら屋内を進む。
2階の羽張&撫子女史の部屋に向かう前に、先に同居人達の部屋に向かい、「夢眩灯」の光を当てに行く。
それぞれの部屋に寝ている2人に、出来得る限り起きたくならないような、良い夢を見せる為だ。
ちなみにそれぞれの部屋に鍵は掛かっていない為、こちらも髪の毛を使い、そろりと戸を開ける。
「夢眩灯」のか細い光を当てると、静かな寝顔が幸せそうな笑顔になったら部屋の外に出て、戸を閉める。もちろんこれも可能な限り音を立てないように。
…所詮夢だし、眠っているだけだ。小さな音に敏感な人間相手だと、下手をすれば見つかる可能性だって十二分に存在している。
だからこそ慎重になるし、神経も削れる。眠いし辛いよ、ホント。
2人に「夢眩灯」を当てると、いよいよ本命、羽張の部屋に向かう。
彼は撫子女史と部屋を同じくしており、同じベッドで寝ている事も既に知っている。
部屋に入り、寝ている2人を見下ろして「夢眩灯」の光を当てる。
羽張に関しては強迫観念を煽る夢を。撫子女史には好きなものに溺れる夢を。それぞれ見せてやる。
…10分ほど光を当て、2人の寝顔に随分と差が出来てきた頃、俺はこの部屋を辞した。
家の外に出て扉を閉め、鍵もきちんとかける。
こんな時は吸血鬼が羨ましくなる。霧に姿を変えるなんてよくできるよな。
一度眠りに家に帰ると、既に全員は寝ている様で静かな物だった。
「…蒼火か、戻ってきたのだな」
いや、1人起きていた。家に泊まりに来ていた朱那が。
「あぁ、一度寝にな…」
「仕事の方はどうだ? そろそろひと段落はつけそうか?」
「どうにか。そろそろ依頼主にも話をしておくつもりだよ」
「…成程な」
「朱那はどうした、夜更かししてると美容に悪いぞ」
「それを言うな。帰ってこないかと待ってたのだぞ?」
「…そっか、悪いな」
最近朱那は大人しい、というかいじらしい。
勢い任せにするなと色々言った覚えはあるが、それを気にしてくれているのだろうか。
「んじゃ軽く汗流してくるから、今日は一緒に寝るか?」
「…良いのか? できればまぐわいもしたいのだが…」
「寝させてくれって」
ちょっと弱みを見せるとすぐこれである。
ともあれ、魔具を置き、風呂に入って体を洗い、髪の毛を適度に乾かして布団に入ると、朱那も隣に同衾してきた。
「…蒼火、無理はするなよ?」
「ありがとな、朱那。大丈夫、無理はしてねえよ」
「それなら良いのだが。貴様は常に見栄を張る、時には素直になるがいい。…私を抱きたいとかな」
「お、んじゃお言葉に甘えて」
朱那の言うとおりに、柔らかな体を腕一杯に抱きしめた。なんか朱那があわあわしてるけど気にしない。
そのままそれ以上の事はせず、ゆっくりと寝に入った。