C11片「転進//転身」
あれからさらに3日が経った。相変わらず悪夢は見るし、身の振り方をどうすれば良いのかわからない。
すっかり使わなくなった桂木さんの体を前にして、考える事も多くなった。
「…どうしろって言うんだろうな…」
あの鬼は選べと言いはした物の、結局の所脅迫だし、俺に選択肢を選ばせる自由を与えてくれてはいない。
結局の所、生きていたければ、この能力を封印するか見の振り方を考えるかしかない訳だ。
「どしたの、みーくん?」
「撫子さん。…いえ、最近のいつも通りですよ、考えてました」
「今後の事でいいんだよね?」
「勿論です。…俺、どうしたらいいんでしょうね」
撫子さんの方を向かずに質問をするけど、彼女からの答えは沈黙だった。
…彼女は俺の手助けをしてくれるとはいえ、あぁしろこうしろと指図することは、そんなになかった。
それが彼女なりの優しさで、ある種の厳しさだと思ってる。
「…やっぱりまだ、考えつかない?」
「今の所は」
重い溜息を吐き出して、今後を考える頭を切り替えようとした所で、突然撫子さんが切り出してきた。
「ところでみーくん、事務所に依頼の人が来てるけど…、どうする?」
「依頼が? …どんな内容です?」
事務所兼拠点5号。そこで俺は頼まれ事をして継ぎ接ぎを行っていたりする。そもそも大々的に公表してないし、依頼も基本たまにしか来ない。
依頼の内容が書かれた紙を拡げて、撫子さんはこちらに見せてくる。
「DVの被害に遭ってる女性からだって。夫の暴力が酷いんで、立場なり体なりを入れ替えて解らせてあげたいんだって」
「はぁ…。それで使う体で暴力を揮っても、それを受ける体はどこで調達するんです?」
「そこは脳の『交換』でパパッと?」
「結局傷付くのは元の彼女の体ですけどね」
「じゃあ首から上を『分解』して互いに載せ替えてあげる、とかは?」
「暴力の矛先が顔だけになりそうなんで、やめましょう。下手すりゃ死にます」
「悩ましいねぇ」
「別にそうじゃないですよ」
「へ?」
会話の中で思いついたパターンなら、それほど被害者女性の体への負担は少なくて済みそうだ。
「…でも大丈夫? みーくん、この事がバレたら殺されちゃわない?」
「…かもしれませんね。でも一応…、試してみたいんです。
復讐と自分の好き勝手にしか使ってこなかったこの『能力』が、人の役に立てるのかどうか」
あの鬼が言っていた「別の使い道」。それはきっと、力の矛先をどんな意志で向けるかを決めろという事なのだろう。
今までの俺はすべてにおいて「自分」の為に使っていた。
復讐の為もそうだし、この体を作る為の動機もそうだ。きっとあの鬼は、それが気に障っていたのかもしれない。
「…そうなんだ。みーくん、ちょっと考えてみるんだ」
「そうでもしないと殺されますからね。…あの目は本当に本気だったし、1週間経っても夢に見るんです。何かしら考えたくなりますよ」
「それもそうだね。みーくん偉い偉い」
頭を撫でてくる撫子さんの手を、少しの気恥ずかしさから軽く払いのける。
「この『能力』で人の役に立てるかどうか…、少し確かめてみようと思います」
「…ん、わかったよ、みーくん。それが君の選択なら、私はこれ以上何も言う事は無いよ」
柔らかく微笑んでくれる撫子さんの表情は、どこか普段以上に優しい笑みを浮かべてくれている。
「…どうしたんですか、撫子さん? なんか変ですよ?」
「んー、変じゃないよ。ただ私はみーくんより年上なんだし、君の成長を見守る義務があるのです」
「そんなこと言っても…。いやまぁ、良いですけどね。依頼主の人に連絡しておいてください」
「おっけー」
そのまま立ち上がり、化粧をして出かける準備をする。まずは違う事の一歩を踏み出してみよう。
この能力が本当に、自分以外への使い道ができるのか確かめてみる為に。
場所が変わって、知り合いのボクシングジム。
「やっ、やめ、緑、俺が悪かったから…!」
「あなたは、私が何度やめてって言っても、やめてくれなかったでしょうに!」
目の前で女性が男性を殴っている。まるで鬱憤を晴らすかのように、自分にされた事を返していた。
目の前の女性は歪な姿をしていた。顔と体は確かに女性なのだけれど、両手足が男性の物だ。
男性の方と言えば、両手足を『分解』させられた上で背中がサンドバッグに『接続』されている。
宙ぶらりんにされた状態で、妻からの暴力を一身に受けていた。
「なーるほどね、これならされた事をきちんと返せるね」
「自分の腕で殴られれば、どんな事をしてきたかいやでも解るでしょうね」
目の前で続く妻の反撃は、男が血を吐きながらも続いていた。
…そろそろ止めた方が良いかな、アレ。されていたDVを解らせるのは良いけれど、殺してしまっては元も子も無い。
「ストップです、やり過ぎると死んじゃいますよ?」
「はぁ、はぁ……、そうですね、そろそろやめておきます…」
理性がまだあってくれて助かった。息を荒くしている女性を宥めながら、夫の方を見やる。
…あれは俺だ。力に溺れて、反撃を喰らった俺だ。
…もう、あんな風になるもんか。
硬く心に誓いながら、依頼主との話を進めていくのだった。
C12片「因果//応報」
Side:蒼火
数日後、連絡先を聞いていた乙木達に連絡をし、再びあの喫茶店に集まる事にした。
今度は俺が先に来て、乙木達を待っている形になるのだが。
そもこの話の数日前、彼らに電話をかけて事の進捗を話そうとしたのだが、
「依頼についてお話ししたいんですが、良いですかね?」
『あぁ? 羽張の野郎を見つけたんだな? それで、ボコボコにしたか?』
といきなりな始末。随分人の事を心待ちにしてたんだなと思う傍ら、
仕方あるまいと内心溜息を吐きながら、
「詳しい話は直接会って話しましょう。電話越しに言った所で納得してくれるかわかりませんからね」
『…しゃーねぇな。んで、いつにする?』
電話での会話を最小限に…、いや依頼主相手にそれもどうなのかとも思うが、反故にすると決めた相手なのだから内心いいやと考えていた。
こんな感じの胸先三寸で依頼の事を決めるあたり、いい商売人じゃねぇなと我ながら自問自答する。
だが相手がいい依頼人ではないのなら、この結果もやむなしだ。受け入れさせよう。
さて、場所は戻って喫茶店の個室。約束の時間から少し遅れて乙木が入ってきた。
入っていきなり周囲を見渡して
「…おい、羽張の奴はどこだ?」
「…さて、乙木さん。まずはおかけ下さい」
「だから羽張の奴は」
「おかけ下さい」
じろりと睨みを利かせて着席を促す。圧をかけての声音だ。その気配を察してくれたのか、しぶしぶといった様子で着席する。
「…依頼の件ですが、確かに羽張さんを見つけました。能力によって姿を変えてたので、恐らく見覚えのない姿になってるでしょうがね」
写真を取り出し、乙木に見せつける。確かに羽張の姿だが、それは俺が知る姿であって乙木の知らない女としての姿。
本当かとばかりに目を見開いているが、自分の目の前で恋人の体を奪われたのだろう、ある種納得してくれた。
「…まぁ良いよ、こいつが羽張だっていうなら見た目なんてどうだって。で、コイツは今どこに「連れてきていません」…なんだと?」
「言葉通りですよ、乙木元哉さん」
一瞬、びくりと彼の肩が震えるような気配がする。隠していた名前を知られた事へのばつの悪さだろうか。
「態度に関してはまぁ焦りからで納得していたが…、偽名を使うとはどんな了見だ?」
「…うるせえ! アンタは俺の言う事聞いてりゃ良かったんだ!」
そのまま乙木はいきなり拳を振りあげ、俺に殴りかかってきた。
顔狙いで殴りかかって来るのが丸見えの、素人丸出しのパンチだったが、とりあえず受けてやった。もちろん顔面ではなく、額でだが。
鈍い音がして、乙木がのたうち回る。ヘタな殴り方をしたから拳を痛めたか、もしくは俺の額が硬すぎて逆にダメージを受けたか。
「…暴言、嘘、暴力。オマケに自分の事を何か勘違いして思い上がり。救えないね、お前は」
「うぅ、いてえ…! くそっ、何なんだよお前!」
「お前が依頼をしてきた“こんな奴”だよ」
立ち上がり、左手で乙木の襟首をつかんで持ち上げる。
「詳しい話は向こうから聞かせてもらったが、随分と酷い事をしてきたそうじゃないか」
「…はっ、何だ手前は、アイツの口車に乗せられたってのか?」
「違うね。単純にお前のやってる事を、俺自身が許せなくなってきたからこうしてるんだよ」
『そんなこと言っても、羽張の奴が仕返ししてきたんじゃない! 私達がやり返して何が悪いのよ!』
「そうなる原因を作っておいてよく言うよお前等は」
腹の桂木女史も声をあげているが、知った事ではない。羽張が復讐に走った理由も理解できない訳ではないが、それ以上にこいつらの思考回路が理解し難いのだ。
空いていた右手を広げ、乙木の頭を鷲掴みにし、力を入れ始める。
軽く力を込めたアイアンクロウだが、それだけでも乙木は悲鳴を上げ始めた。
「あが、ががががが!!!」
「君たちに倣って殴る暴力でも良かったんだが…、そうすると下手しなくても死ぬんでね。この程度で済ませる事にしたんだ」
「やめ、やめろっ、いだだだ、あぁぁぁ!」
俺にとっては豆腐を掴んでいるような感覚だが、それでも乙木達にとっては万力で締め付けられているかのような感覚なのだろう。
悲鳴が室内に響いても止めることは無く、アイアンクロウは弱まりを見せない。
「…好きな奴に良い所を見せたいと思うのは、まぁ百歩譲って解るとしよう。
だがその為に他人を、しかも複数人でいたぶるというのはどんな考えだ」
「ぎあぁぁぁぁぁ!!」
『止めて! 元哉を責めないで! そうしないとこっちまで…! あぁぁぁぁ!!』
痛覚が連動しているのか、桂木女史も悲鳴を上げ始める。正直ずっと聞いていたい物でもないが、言いたい事を言わずにこれを終わらせるわけにはいかない。
「それに桂木さん、アンタも乙木の行為を知っててそれを見過ごしてきたんだろう?
十二分に同罪だし、品性下劣と来たもんだ。よくこんな女に惚れたモンだな」
乙木の悲鳴が徐々に小さくなっていくのが、手に返ってくる悲鳴で分かる。そろそろ気絶しそうなのだろう。
掴む力を軽く緩めて、わずかに余裕を作らせてやる。
「いい機会だ。人の痛みって奴を軽くだけど、思い切り教えてやるよ」
それから少し時間が経過する。
「…っ、……っ、…っ」
『あっ、が、っは、ぁ…』
結界を張った喫茶店の個室内。乙木は桂木女史と共に気絶していた。
どうということは無い、単純に軽く痛めつけただけだ。指圧だとか、抓りとか、軽くひっぱたいたりとか。
俺が鬼という身分なのは解ってるし、可能な限り手加減はした。それでも簡単に気絶する辺り、どれだけ責められることに慣れていなかったんだか。
そのまま乙木達が気絶している中、椅子に深く腰掛けながら携帯電話を軽く弄り、通話を掛ける。
「…もしもし、忌乃です。えぇ、お久しぶり。ちょっとこっちの事で周知しておきたい事が出来まして」
通話の相手は、俺と同業者…つまりオカルト系事件を引き受ける人間だったりする。
話す内容は簡単。乙木を俺達の間のブラックリストに載せる事だ。
…やりすぎなのかもしれないが、乙木達はそれ程までの事をした。
痛い目を見せ続ける訳にもいかないし、既に彼らは因果応報を受けている。自分たちの行動の結果が、今繋がり合っている2人という状態なのだ。
性悪同士お似合いだし、いっそこのままでい続ければいいとも思う。
「えぇ、他の人たちへの連絡もお願いします。こっち側には俺が周知させておきますんで。では」
そのまま通話を切り、携帯電話をポケットにしまう。
一つため息を吐きだしながら、乙木達を見下ろしながら告げた。
「同業のみんなに、お前が依頼を受けるに値しない存在だという事を伝えておいた。
もう似た所を探そうとしても、お前だという事を理解された瞬間、どこからも追い出されることを覚悟しておけ」
反応は無い。気絶しているのだから当たり前だけれど。
「それだけの事をしてきたし、お前が言動を一切改めないのなら何も変わらない。
それを理解してこなかったのもあるんだろうが…、気付く事も出来なかったってのは哀れだよな」
立ち上がり、結界を解く。
「だからこそアンタ達はお似合いだよ。そのまま引き剥がされることも無く、ずっと一緒に傷をなめ合って、他人から隠れながら生きていけ」
結局はコイツらの内から湧き出てきた醜さが事の原因だ。
そこを改めるつもりも無いのなら、手伝う理由は無いし、まして助けてやる理由も無い。
「じゃあな、2人で1人のバケモノカップルさん」
そのまま個室を後にし、乙木の分も含めて料金を払って出て行く。
…まったく、嫌な気分になる仕事だった。
そもそもが乗り気じゃない仕事というのは、こんなにも気が重くなるのかという事を再確認しただけだったよ。
果たして乙木達は、今の羽張の姿を知って今後どうするのか。
見つけてワンパターンのまま攻め立てようとするのか、それとも…。
「ま、気にする事じゃないか」
携帯電話で、乙木からの電話を着信拒否にし、俺はそれ以上の思考を放棄した。