D3片「再会//復讐」
その日の夜、のんびりと帰宅している最中の事だった。ふと気付くと後ろから何かが近づいている。
足音が近づいてくること位、特に大したことは無いと思っているのだが、まぁ最近の世が世なので気を付けたいなと思っていると、明らかにさっきより足音が近づいているのが分かった。
(…急いでるのかな?)
そんな事しか考え着かない位に、俺は若干平和ボケしてたのかもしれない。もしくは恐怖が喉元を通り過ぎていたのかも。
足音が近づき、俺を追い抜こうとしている途端、
「…久しぶりだな、羽張」
そんな声と同時に、首筋に何かの刺激が走った。
* * *
「…ん、ん……?」
気付くと椅子の上に座らされて、縛られていた。手はご丁寧に自分の手を組んだ状態で結ばれており、『分解』での脱出ができない状態になっている。
頑張れば物理的に縄抜けができない訳ではないだろうが、それをすると珠のお肌に傷がつくので嫌だなと思いながら、少し身をよじってみる。
「…どうしたものかな、これ」
接触できないように縄は全部服の上から締め付けられており、思った以上にどうにかする事ができない為、悩んでしまう。
すると、向こう側から声がかけられてきた。
「ようやくお目覚めかよ、羽張。お前が目覚めるまで待ってたぜ?」
その声の主、それは忘れる筈も…、いやゴメン、大分忘れていた。
乙木だった。
「…随分様変わりしたもんだな、羽張?」
「…その、羽張って誰? 私をこんな風に縛り付けて、何するつもり?」
「誤魔化しても無駄だぜ。俺はお前が羽張だって知ってるからな」
とまぁ、別人のつもりで誤魔化そうとしてもすぐに看破されてしまった。
…あぁ、成程。そういえばあの鬼は乙木の依頼で動いていたんだっけ。どんな別れ方をしたのか知らないけど、写真を撮ってくるだけの甲斐性は見せたのか。
そして俺がこの姿になっている、ということは既に承知の上という事ね。
「…じゃあ誤魔化す必要なんて無かったかな。久しぶりだね。元気してた?」
「元気なんてもんじゃ無かったよ。お前に体を弄られてから、ずっと日陰者暮らしさ」
「そりゃそうだろうね、人前に出れる体にしてあげたつもりじゃないからさ。そうでしょ、桂木さん?」
アレから何も変わってないなら、腹の中に桂木さんがいる筈だ。そこに向かって声をかけると、そのまま彼女の声が返ってきた。
『えぇそうね、アンタのおかげで私はずっと元哉の体から離れられないわ。それもこれも全部アンタの所為よ!』
服越しにくぐもった声が聞こえてくるが、それを言うならお門違いじゃないかな。
「どうかな? 俺の所為というより、俺に復讐する事を決意させてきた乙木の所為じゃない?」
「屁理屈捏ねてんじゃ…、ねぇっ!」
「っぶ!」
瞬間、横っ面を叩かれた。それも手でじゃない。
よく見ると乙木の手には何か、先端には重りのような物がくっついているものがぶら下がっている。
…アレ、靴下か何かか? そしてアレだけ重いって事は、何か中に仕込んでる?
「…良いのかい、俺を痛めつけて? どうせ君たちの事だから、体を元に戻してほしいと言うと思ってたんだけど?」
「それは今でも思ってるけど、この時だけは良いんだよ、別に。羽張、お前をボコボコにする為にはなぁ!」
そうして、また重りの仕込まれた何かで顔を叩かれる。
遠慮なんてしないとばかりに乙木はそれを振り回し、何度も何度も俺を叩き付けてきた。
それによって椅子ごと倒されるも、受け身を取る事なんてできなくて、したたかに体を打ち付けてしまう。
…なんか、懐かしいなこの感覚。忘れたと思ってたものが顔を出してきてるよ。
「…っはぁ、どうだよ羽張、久しぶりじゃねぇか? お前がこんな感じで這いつくばるのは」
『イイ気分よね。手も足も出ないって、屈辱じゃない?』
「……まぁ、屈辱かもね。随分と嫌な気分を思い出してきたよ」
じろりと睨んでみるも、圧倒的な優位を得ていると自覚してる2人は、それでも俺に近づいてこない。
「そりゃあ良かった。じゃあ羽張、一つ話があるが…」
「俺達を元に戻せ…、でしょ…。ヤだね、馬鹿野郎…」
どうせ奴らの目的はそれだろう。そう思っているし、顔を近づけてきたなら唾でも吐いてやろうと思った。
「…いいや、違うね。そんな事よりもっと重要な話だよ」
でも、違っていた。
「実はな、お前の手なんて借りなくてもどうにかできる方法が見つかったんだ。
那月の体を元に戻す方法はそっちに任せることにしたんだよ」
「……!?」
まさか、他に俺と同じような事ができる存在がいたのか? 驚きと共に目を見開くと、それを待ってたかのように乙木が割り出した。
「っはははははは! そりゃ驚くだろうな、お前の独壇場だと思ってた事が他の奴でも出来たんだから!
だが残念だろうよ、お前はもう何も優位じゃないんだ。それをしっかりと体に解らせてやりたいと思ってな…」
『アンタにやって欲しいのはもっと単純。それ以上は望まない位の事よ』
お腹の桂木さんも、喜々とした表情のまま俺に向けて語り掛けてくる。もうそれ以外は興味が無い。そんな感じの雰囲気で。
「…なぁ羽張。お前にしてほしい物はたった一つだよ」
乙木が俺を見下ろしている。その瞳は、
「死ねよ。それだけで良いからさ」
完全に、据わっていた。
D4片「九死//一生」
マズい、乙木は本気だ。
あの目だけで説得力が存分にあり過ぎる程、俺を殺しても問題無いという気配が見て取れる。
けれどどうする。俺の能力は肌に直接触れなければ発動しない。
手は塞がれているし、スカートから脚が覗いているけれど今この場でそれが当たっているのは椅子の足だけ。
これを乙木にあてる事もできなくもないが、アイツは距離を取って重りの仕込まれた何かで殴りつけてくる。
それは少しだけ距離が離れた場所からやっていて、俺の脚は届きそうにない。
(どうすれば良い…っ)
思えば、鬼の人と遭遇した時より危険な目に遭っているのかもしれないと思うたびに、頭の中に焦燥感が走り出している。
このままでは俺は嬲り殺しにされる。それは絶対に嫌だ。
けれどどうすれば良い? その手段が思い当たらないのだ。
また乙木に殴られる。痛い。
…思い出したくない痛みが、体中を走っている。這いつくばって防御する事もできずに、ただ一方的に殴られる。
それがたまらなく悔しくて、どうやって復讐してやろうと考えるも、そこに至るまでの事ができやしない。
心の底から思う事は、今はたった一つだけ。
(誰か、助けて…!)
悔しさで涙が出そうになる。けれど乙木に泣き顔を見られるのは絶対に嫌だったから、最後の意地でどうにか我慢した。
その時、がたんと音がした。不意に俺も乙木もそちらの方を向くと、手には小さく光る何かを持って誰かが立っている。
「…そこまでよ、乙木くん」
「アンタは…、日浦センセイ?」
「もう先生じゃないけどね。…それ以上は警察沙汰よ。わかってるかしら?」
「わかってるよ。でもそれ以上に、俺は羽張を許せなくてね」
撫子さんだ。
どうやってかは解らないが、彼女が来てくれた。それだけで安堵して…、悔しいけど、涙が出てきた。
「許せないって、それだけの反撃をされたのは自分の所為でしょう? 責任転嫁は良くないわ」
「うるせぇよ、共犯者が。こんだけの事をされる謂れはねぇよ」
「それ程までにみーくんはあなたの事を怨んでたのよ。お解り? …ついでに言うけど、さっきの行動、録ってるから」
彼女が手に持っていたのは何のことは無い、携帯だった。カメラを俺達の方に向けて、乙木が中心に来るよう録っている。
「暴力沙汰に脅迫。現行犯で捕まれば実刑は免れないんじゃない?」
「…はっ、脅しのつもりかよ日浦センセイ? 逆に言うが、俺がずっとここで待ってると思ってるのか?」
「まぁ、それは無理筋よね。だから…」
そう言って撫子さんは、携帯を持つ方とは別の手に何かを取った。
「ちょっとズルさせて貰うわ」
撫子さんは何かを握って、
「みーくん、目を閉じて!」
瞬間、撫子さんは手の中に持っていた物…、砂粒を乙木の方に振り撒いた。
当然ながら俺の方にも来るのだけれど、彼女の宣言と同時に目を閉じていた為、“何かを撒かれた”というのは肌に当たる感触でしか理解できていない。
「ぐわっ! ッテメェ、何を…!」
「…っ!」
乙木はどうやら真正面から砂粒を喰らったのだろう。目くらましが十二分に効いた状態で、もがいているのが見える。
「みーくん、こっち!」
「えっ、わっ!」
その隙に近づいていた撫子さんが、俺を抱えて部屋から出て行く。そういえば彼女の体も筋力を強化させていたことを、持ち上げられたことで再度実感した。
彼女に持ち上げられたまま移動し、連れ込まれた建物の上の階に逃げ込むと、撫子さんは俺の手を縛っている縄を解こうとしながら俺に謝ってきた。
「ごめんねみーくん、まさか乙木があそこまで捨て鉢になってるとは思ってなかったわ」
「それは良いんですけど撫子さん、どうしてここが分かったんです?」
「…まぁ、気になるだろうけど、今は横に置かせて。それより今は…!」
その言葉と同時に、両手が解放される感覚がした。
「乙木くんにもう一回痛い目を見せるのが先決でしょ?」
…確かに、そうだ。
アイツは平和に過ごしてた所にやってきた破壊者でしかない。今更もう一回痛い目を見せるのに、どれだけの良心の呵責があるだろう。いや、もうある筈がない。
だからこそ、撫子さんへの疑問は横に置くことにした。
「…そうですね。じゃあ一発、アイツに痛い目を見せましょうか」
「それでこそみーくんだよ。…まぁ、アイツらもすぐに追ってくるだろうから、迎撃手段を何か考えておかないとね」
「確かに。…とは言っても、ここにあるものなんて…」
ぐるりと見回しても、この部屋は空き部屋だったのだろうか、目ぼしいものは見つからない。あるとするなら、さっきまで俺が座らさせていた椅子だろうか。
「これくらいしか無い訳だけど…、…むしろ丁度良いか」
「お、何か考えついたの、みーくん?」
「えぇ。今は趣向を凝らすことも出来る状態じゃないので簡単になりますけど…、インスピレーションは湧きました」
もういっそのこと、あいつ等には人間を辞めてもらおう。その方が身を守る為にもなるし、あいつ等を排除できるという意味では確実だから。