D5片「反撃//逆襲」
「くっそ、アイツ等どこに逃げやがった…!」
怒り心頭といった感じで乙木がこちらに近づいてくるのが解る。建物内に響く足音は、感情のままにドタドタと踏み鳴らしている。
足音を消して近づこう、だなんて考えが一切無くなっているのがよくわかる具合だ。
「…みーくん、大丈夫?」
「問題無いですよ、撫子さん。自由になったら、もうアイツ等なんて怖くありませんから」
多分、彼女が聞いてくることには複数の意味があるんだろうけれど。それでも俺は大丈夫だと答えるだろう。
アイツをもう人間扱いしない。その結果どんな事が起きようが、その時考えれば良いだけだ。
勿論どうしようもない事が起きるかもしれないし、それに対する備えも必要なのかもしれないけれど。
『元哉、見て。日浦先生よ』
「やっぱりこっちに来てやがったか。まぁいいや、どうせ同罪だ、ちょっと位痛い目に遭っても良いだろ」
2人の会話が聞こえてきた。撫子さんを認識して、攻撃しようと相談をしている。同罪なのはそっちもだろうに。
「日浦センセイ! 往生しろやぁ!」
そして俺の姿が無いという事も気付かずに、猪もかくやとばかりの突進をして室内に入ってくる。
同時に、
「くらえっ!!」
「ぐがっ!?」
普段なら認識する筈も無い頭上から、俺が持っていた椅子の一撃が見舞われた。
どうして頭上から? 簡単だ。
『接続』能力の応用をして、俺の足裏と壁とを『接続』・天井に張り付いて、俺は椅子を持って乙木を待ち構えていたのだ。
重力に逆らいながら身を縮めて乙木達が来るのを待っているのは地味に辛かったけど、それでもタイミングを見計らって、攻撃の瞬間を待っているというのは中々に心躍る瞬間でもあった。
「もう一発!」
振りかぶって、強化された筋力で乙木を殴りつけると、乙木はその場に倒れ込んだ。
何をされたかわからないままに、桂木さんが何かをわめいている。
『ちょっと元哉? どうしたのよ、何があったのか教えなさいよ!』
「みーくん大丈夫? 降りれる?」
「えぇ、なんとか」
『接続』と『分解』を繰り返して天井を歩き、俺は床に戻ってくる。靴を履きなおし、何か喚いたままの桂木さん(in 乙木)の方に向き直る。
「…で、みーくん。どうするの?」
「えぇ、もうこいつ等は…、人間じゃなくしてしまいましょう」
気絶したままの乙木の頭に触れて、『分解』能力を発動する。
瞬間、乙木の体は頭、上半身、下半身、そして四肢がそれぞれの7つに分けられた。
『羽張? ちょっとアンタ、何したのよ! 元哉、ちょっと起きてよ元哉!』
上半身にくっついたままの桂木さんが抗議の声を上げるが、知った事ではない。…首を外されたから乙木の意識も無いしね。
さぁ、二度目の大手術の開始といこう。
まず乙木の頭に触れて、したくもない『接続』をし、少し脳を弄る。方法としては単純で、俺の記憶の忘却と、直近の記憶の忘却速度を上昇させる。
これで乙木は俺の事を忘れ、計画なども立てられない、いわば鳥頭に近い状態になったわけだ。
そして大事な事として、乙木の脳を『分解』し、椅子の上に置いた。
次は桂木さんの方だけど、こちらの脳にも俺の記憶の忘却をする。同時に彼女の脳も取り出す。
残った脳無しの頭と体だけど、これはきちんと組み立て直す。ただし、前後逆にだ。
頭と上半身とが前後逆になり、頭と下半身は同じ方向を向く。そんな形に組み直してあげた。
両手足も逆だ。肩から脚が生えて、下半身を腕が支えるようにする。この形だけを見ると、人間の筈なのに人間に見えない。何かに弄られたようなバケモノにしか見えないだろう。
「本当ならこのままバラバラにして放置してあげても良かったんだけど…、それだと面白くないから、ねぇ?」
笑いながら2人の脳に語り掛けてあげるが、当然帰ってくる言葉なんて無く。それでも作業の手は止めない。
残った2人の脳だけど、これも逆にしてあげるのだ。
乙木が胴体の顔を動かして、今度は桂木さんが身体を動かせるように。とは言っても適当に組み直しただけの体だけどね。
そうして2人の脳を搭載し、最後に組み直した異形の体に頭を『接続』させてあげた。勿論首にではなく、腰部分に。
「…はい、完成です。もう人間じゃないね、コレ」
「うわ、えげつな…」
おっといけない、撫子さんがちょっとドン引いてる。
「これは…、どうしたの? 身体が動かせるけど、どうなったの…?」
『俺は何してたんだっけ…。ダメだ、何も思い出せねぇ…』
「元哉? 何言ってるのよ、私達は…、…何をするんだったっけ…?」
イイ感じにこっちの事を忘れてくれてるようだ。万歳。
「それに何か変な感じ。体が変で…、変で…!? 何よコレ! どうなってるの!?」
『なぁ那月、俺どうなってるんだ? 身体が全然動かせないんだけど』
「何よコレ! なんでこんな変な姿になってるのよ! 誰か助けて! 誰かぁ!」
声帯とかは弄ってないので、乙木の顔と乙木の声で泣き叫ぶ桂木さんは、見てて滑稽だなと思いました。
あぁ笑いたい。思い切り笑って奴らから「誰?」という言葉を引き出したい。けど俺の存在を覚えられても、ましてや思い出されても困るので、このまま我慢。
「撫子さん、行きましょう」
「…いいの、みーくん? アイツ等放置しちゃって」
「良いんですよ。もう二度と俺達の前に現れる事は無いでしょうから」
数日後、人間のような謎の存在が見つかり、国の研究機関に連れていかれたという話が、新聞の片隅に乗る事になる。
写真は載っていないが、形状を伝える文章から乙木達だなという事を知って、これから安心して眠れることを確信した。
D6片「疑問//提起」
俺はある日、ふと、疑問に思い至ってしまった。
他の誰でもない、日浦撫子さんという女性の事にだ。
いつも俺の隣にいてくれる、大事な女性で、公私共のパートナー。そこは間違いない。
セックスだっていっぱいしてるし、他のみんなの面倒だって見てくれる。
酒癖の悪さと酔った時の後始末は時折骨を折るような作業だけど、それでも彼女の存在が俺の今までの生活の中で支えになっていたのは間違いない。
けれど、どこかで彼女に対する疑問が湧いてしまった。
それはあの鬼と遭遇した時。
俺が鬼に責められていた時、撫子さんは車を使って体当たりをしてまで止めてくれた。
それはいい、そこまでなら。
…ただ、確か撫子さんは、あの鬼の存在…というより、人間じゃないバケモノの存在を知っているかのような態度をしていたからだ。
恐れる事なく糾弾し、鬼に食って掛かった事は、恐怖の記憶の中から探り出しても鮮明に思い出す事ができる。
「何か、知っているのかな…」
三日ほどの出張の後、溜まってた性欲を解消するために獣のようなセックスをしまくって(主に撫子さんが放出する方で)、撫子さんが気持ちよさそうに眠ってる横で考えてしまう。
そりゃ、彼女だって人間だ。俺の知らない過去だっていっぱいあるだろうし、もしかしたら付き合っていた男性とかいるかもしれない。
最初にヤった時から処女じゃなかったし、そこは理解していた筈なのだけれど。
ちょっと疑問に思うと、俺は彼女の事をロクに知らないのだという事に気づいた。
思い返せば彼女の部屋には、特に思い出を示すものは無かった。アルバムも無いし写真もろくに携帯の中に残ってない。
身分証といえば車の免許と保険証くらい。役所に行けば住民票とかも取れるのかもしれないけど、それでも俺は彼女のほとんどを知らない。
「……」
腕を差し込み、撫子さんの体を抱きしめる。柔らかい女性の体だ。そこは間違いない。どれだけ男の方で性欲を発散させても、彼女が女性であることに疑いはない。
でもそれ以上に、彼女が知っている事への疑問が頭から離れない。
それに乙木に捕まった時だってそうだ。誰にも助けを求められる状態じゃない筈なのに、撫子さんはまるで最初から解っていたかのように助けに来てくれた。
知るのが少し怖いかもしれない。それでも、俺はこのまま彼女との生活を続けるのなら、撫子さんの事を知らなければいけないのだろう。
「…何か知ってるんだったら、いつかでいいから教えてくださいね…」
彼女の汗と精液と女の匂いに包まれながら、俺も眠りに就くのだった。
Side:撫子
(…そりゃー、そうだよねぇ…。みーくんだっていつか気付くよねぇ…)
私、日浦撫子はみーくんに対して隠し事をしている。そりゃもう言えないような事を、これでもかという程に。
自分の出自とかもそうだし、あの時もあの時も、どうしてみーくんのピンチに駆けつけられたのか、なんて言えるはずがない。
そりゃ私だって言えるものなら言いたいし、全部みーくんにぶちまけてすっきりしたい。そして気兼ねなくお付き合いしたい。
結婚…、という社会的誓約はともかくとして、彼との間に子供を作りたいとも思ってる。
母親がどっちかは…、まぁいいや。私もみーくんもどっちもあるんだから、いざ欲しいっていう話になってから決めればいいし。
でも、そこに至るまでが多分遠い。
私の今の精神状態では、ちゃんと言えるかどうかわからないのだ。
…正直に言おう。私は心の整理がついていない。
みーくんに打ち明ける為の、心の準備ができていないのだ。
いつか来るだろう来るだろうとは思っていたけれど、いつか来るんだからそれまでに覚悟決めとけばいいやとぼんやり考えていたら、この有様である。私はバカか。
だからこそ、今抱き着いてきてるみーくんの腕だって、少しだけ怖く思えてしまうのだ。
思えばみーくんの隣人として住んでから、もう3年近く経っている。
最初は世を拗ねたような、ボロボロの姿を見て不憫に思ったし、どんな形であれ力になってあげたいと思った。
それが例え、ダメな人間を装ってのセフレから入った関係だったとしても。
…もちろんそれが悪かったわけじゃない。
何度も体を重ねた事で面倒な前置きをすっ飛ばした、ずぶずぶとも言える関係は、お互いに『遠慮』なんていう壁を作ることをさせなかった。
愚痴を言い合い聞き合って、酒を呷りながらセックスする。そんなダメ人間ムーブも楽しかったし、今じゃすっかり板についてしまっている。
みーくんが力を得てから、相談にも乗ったしこの身体で実験台にもなってあげた。復讐に協力したし、そのおこぼれにも与った。
…楽しかったのは、間違いない。
だからこそ、その関係も悪くなかったし、世界の誰よりもみーくんが大事になっていったのは確かだ。
だからこそ、少しだけ怖い。打ち明ける覚悟が決まらない。
もしみーくんに見棄てられるとしたら。私に失望して一人で生きていくと決めたなら。私はどうなってしまうんだろう。
1人で生きられるだろうか。生きていけるのだろうか。
また、1人に戻ってしまうのだろうか。
疑問は尽きないし、頭の中でぐるぐると回る疑問に答えも出てこない。
みーくんの温かさを背中に感じながら、離れて行かない事を願いながら、私も意識を落すのだった。