D9片「誰彼//選択」
撫子さんの中にいた神は、俺の両手に視線を落としてくる。
「…それが、俺に与えた『分解』と『接続』の能力、という事ですか?」
「本当はもっとこちらの持ってる、直接的に縁を継ぎ接ぎできる能力であれば良かったのかもしれないけどね。
どうしてもみーくんに譲渡するにあたって変質しちゃうことが分かったのさ」
「…あの夢に出てきたのも」
「そう、私だよ」
そう言って、神は一区切りしたとばかりにコーヒーを手に取り、口にする。
…飲めるんだ、という一つの驚きがあったが、それ以上に頭の中をぐるぐると回る驚きが激しい。
「…そこからはみーくんも知る通り。私は君の復讐に付き合って、時に意見も出したり、みーくんを抱いたり抱かれたりした訳さ」
「それは…、わかりました。…俺が知ってる「撫子さん」は、殆どあなただったんですね…?」
「まぁ、ね。…残念だったかい? 君の側にいた女性が、本当はこんな存在だった事は」
「……わかりません。よく、わかりません」
頭を振って出てくる答えは、よくわからない。
本当にそれだけなのだ。今までの時間が否定されたような、その実一緒に歩んできた「撫子さん」が彼だという事に納得できないような、どうにもネガティブな考えが頭の中をめぐっている。
「…正直な事を言うとね。私はそろそろ限界なんだ」
「……?」
「神という存在は、信仰されてなんぼなんだよ。祀ってくれたみーくんの両親は既にいないし、親族は私を放置したし、君は私の存在を知らない。
端的に言えば、そこそこ長い間ご飯を食べられずにいる訳なのさ」
「それが、どういう事なんです…?」
「神棚という依り代も無く、信仰という食事も無い私は、もうじき消えるかもしれないって事だよ。
日浦撫子という女性に憑依している間でしか、私はもう存在を維持できないのさ」
話しにくそうな表情をしながら、それでも神は口を開いて俺に告げてくる。
「だから、急な話で悪いんだけど、みーくんには覚悟を決めておいてもらいたいなってね。
…私とこのまま一緒にいるか、それとも“日浦撫子”を起こすか。どうするか…」
それはまさに、“捨てる”選択肢だった。
神と一緒にいる事を選ぶのなら、「日浦撫子」という女性の存在を捨てる事になる。
「日浦撫子」という女性を神の憑依から解放するのなら、この神は遠からず消えてしまうという。
どちらかを選べと、俺は今こうして突き付けられている。
端的に言えば、ずるい。
いきなり出てきて、こんな事を言って、どうするかなんて答えが出てくるわけないじゃないか。
「仮に…、みーくんが私と一緒にいる場合、いつもと何も変わらないだけさ。それでも“知ってしまった”という事実は残るけどね。
撫子を起こした場合、みーくんは1人になるかもしれない。けれどそうなっても良いように…、変な形になってしまったとは言え、能力を分け与えられたんだから、大丈夫だと思うよ」
何が大丈夫だ。
「今までというのも変だけど…、一緒にいた記憶は撫子の中にはあるし、夢のようなぼんやりとした状態かもしれないけど理解はしている筈だ」
この神は、なんて傲慢だ。
「だから気にせず選んでくれて構わないよ。どちらの答えをみーくんが選んだとしても、私はしっかり受け入れるから」
自分のことなんて考えなくて、
「みーくんはもう自由なんだ。…私が傍に居なくてもやっていけるし、もともとそれだけの胆力を持ってる人なんだから、私の事も気にせずいられる筈だ」
俺のことだけしか考えてない。
「…もちろん、決断は今じゃなくても大丈夫だよ。みーくんの心が決まり次第、言ってくれて構わないから」
そう言いながら撫子さんの体に入ろうとする神の腕を、俺は掴んだ。
「…ちょっと待てよ、カミサマ」
「…どうしたんだい、みーくん?」
「他の人に憑くって選択肢は無いのか? 身体なんていくつでも用意する。どうして消えるなんて選択肢しか俺に用意しないんだ?」
「それは嬉しいんだけれど…、神ってのは依り代とご飯、どちらも無いと存在を確立できないのさ。
みーくんが私の別の体を用意して、それに入ったとしても…、信仰というご飯が無い状態では、いつか消える未来しか無いんだよ」
「だからっ! どうして自分が消える事しか考えて無いんだよっ!」
せき止めていた物が溢れてしまい、叫んでしまう。多分一階の2人にも聞こえたかな、でも良いか。
「…みーくんはもう、私がいなくても大丈夫かなって、思ってるからね。こんな事しかできない神様なんて、いなくなった方がいいのさ」
「勝手にそう思ってるなよ! こっちがどれだけアンタに…、“撫子さん”に助けられたと思ってるんだよ…!」
「…………」
「勝手に消えるなんて許さない…。彼女の体をずっと使ってたことも許さない…。
俺にこんな力を与えた事を…、俺は絶対に許さない…!」
掴む手に力が入る。それでも尚、俺はこの神様に対して能力を使う気にはなれなかった。
「…じゃあ、どうするんだい、みーくん?」
神様が、どうするのか、と俺に訊いてくる。
いつも答えをくれた存在の問いに、俺は…。
D10片「決断//決意」
短い時間でたくさん考えた。僅かな時でたくさん悩んだ。
熟考というには足りないかもしれない。納得いく結論なんてものではないかもしれない。それでも出てきた結論を選んで、どんな未来が待っているのかもわからない。
それでも、俺はこの選択肢を選ぶ。
「…撫子さんの体で、俺を孕ませてください。そうして俺に子供ができたら…、そこに宿ればいいじゃないですか」
「本気かい、みーくん?」
「本気です…。正直、子供を産むのは怖いですけど…、それでも、俺はあなたと離れたくない。
でも撫子さんとして生き続けるんじゃなくて、俺の子供にします」
神様は不安そうな、心配そうな顔をしてこちらを見てくる。
「…君は、何を言ってるのかわかってるのかい? “撫子”を起こして、私を宿すって事だよ?」
「理解してます。決して楽な道じゃないし、女として子供を作るって事も」
「子供はできるだろうけど、もしかしたら私が宿れなくて、無為に終わっちゃうかもしれないよ?」
「覚悟の上です。その場合は…、俺が1人になるだけですから」
「みーくん見た目だけじゃなくて、本当に女性になっちゃうよ?」
「そんな事、俺本来のボディも残ってるんで些末な事です」
「…正直な事を言うと、私は君の下したこの決断を止めたいと思ってるけど」
「もう今更じゃないですか。こうと決めたらやりぬきますよ、俺は」
少しばかり時間が経過して、“撫子”さんが身じろぎを始める。そろそろ起きてしまいかねない。
神様は小さくため息を吐きながら、
「…仕方ないな、みーくんは」
そんな、青いネコ型ロボットみたいな事を言い出した。
「確かにみーくんの言う通りに、子供に宿れば問題はないと思う。けれどその瞬間私は、神ではなくただの1人の人間になってしまう。
もう縁を紡ぐこともできないし、こうして誰かに憑依する事もできなくなると思う。
それに未練が無いと言えば嘘になるかもしれないけれど、そうすれば“撫子”が解放されることも確かだ。
…その結果、どうなるかなんて彼女本人に聞いてみないと解らないけどね」
「説得はしますけど…、カミサマの方からも口添えしておいてくれると助かりますね」
「それは私の方でもやっておくよ。…さて」
ふぅ、と再び息を吐きながら、カミサマはこちらを見てくる。
どこか優しく、同時にどこか不安げな、見た目は違う男の神様なのに、その眼だけは撫子さんに憑依した時に向けてきたもののまま。
懐かしく知らない瞳をこちらに向けて、カミサマは告げてくる。
「…改めて、確認するよ? みーくんは、私を、君の子供にしてくれるかい?」
そうして投げかけられた問いに、俺はきちんと、俺の答えを出して応える。
「勿論です。ちゃんと産んであげますし、子供として育ててあげます。
若い母親だって羨ましがられてやりますし、片親しかいなくても不自由なんてさせてあげません。
家族が欲しいなら頑張るし、父だって母だってやってやりますよ」
まっすぐ答えるように瞳を向けながら、俺は神様に向き直った。
「…だから、見棄てませんし、放しません。一緒にいましょう?」
その言葉に、神様はこちらに近づいてきて、そっと俺を抱きしめてくる。
ぬくもりなんて無く、物理的な感触もないのに、どこかぬくもりのある感覚が俺を包み込んだ。
「…ありがとう、みーくん。君がそう言ってくれるなんて思ってもいなかったし、正直聞いた時は驚いた。
思い留まらせたかったけど、決意は固いみたいだね」
「そりゃぁ、さっきも言いましたけど、俺はやり抜きますよ。
…そりゃまぁ、妊娠してからは辛い事もあるかもしれませんけど、将来の事を思えば耐えられる、と思いますし」
「本来なら夫が傍にいてあげないといけない位の事だしねぇ」
「結婚なんてしませんし、戸籍上は男のままですからね、俺は」
「そう言えばそうだったよ。もうみーくんずっと女性のままだから、戸籍もそうだと思ってた」
「そんな訳ないじゃないですか。…それより、一度“撫子”さんに戻りましょう? 目覚めちゃいそうですし」
「おっと、そうだったね」
そう言いながら神様は撫子さんの体に戻っていった。
食事を終え、再び自室で話をしている。
これから俺達は、本当に小作りセックスに励む事になるのだが、どこかもじもじした感じの撫子さんが…、正確には撫子さんに憑依している神様が、赤い顔で告げてきた。
「…それで、みーくん。私、少しわがまま言いたいの」
「どんな我が儘ですか? 大体の事は聞きますけど…、産み分けとかは難しいかもしれませんよ?」
「…私、“撫子の子宮”と“みーくんの精液”で作られた子供になりたいんだ」
「撫子さんの子宮って…、あぁ、なるほど…」
つまりこの神様は、俺の体に撫子さんに子宮を俺の体に『接続』して、それを俺の精液で孕ませるつもりらしい。
「それは構いませんし、後で戻せれば良いんですけどね」
「もし“撫子”がみーくんから離れていく時は、それを置き土産にすれば良いかなって…」
「あなたは何を言ってるんですか、まったく…」
そう言いながら下腹部に手を触れて『分解』し、卵巣ごとこの身体の子宮を取り出した。
「じゃあ、撫子さんの方も子宮を取りますよ?」
「…うん、お願い、みーくん」
そのまま撫子さんの子宮も『分解』し、互いに取り換えて『接続』してあげた。
次に撫子さんの股間に俺のちんこを『接続』すると、元気そうに勃起しだした。多分、これからの事を考えて喜んでいるのだろう。
それを見て、俺は自分のちんこながら、股下がじゅんと濡れてくる感じがしていた。