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2020/08/16 13:11:55
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E0片「仮定//露見」

いやまいった。乙木達にあんな度胸があるなんて思いもしなかった。

今俺は逃亡している。
何からって? それは色々あるが…、具体的には「この能力に目を付けた存在」からだ。

事の次第は乙木に復讐をした後に遡る。
桂木さんの頭を乙木の腹に移植して人面疽を作ったのは良い。正直それでやつらは人前に出られない姿になったと思った。
が、やつらは何を思ったのか一念発起し、「俺にやられた」という事を世間に触れてまわり、俺を追い落とそうとしてきたのだ。
超常的な現象の証拠としては、彼らの腹を見ればすぐにわかる。外科手術では行えない現象を見せられて、半信半疑だった連中も腰を上げた。

…正直、しらばっくれれば良かったのだけれど、調子に乗って色々見せすぎたのがマズかった。
ヒョロデブにした宇治君も、女の体にした千草ちゃんも、退学させた青海君も、そろって声を上げたのだ。

体格に似合わぬ筋肉量をした宇治君、女の体を接げられた千草ちゃんとその証言は、動かぬ証拠となって俺に襲い掛かってきたのだから。

「いやぁまいったまいった…。本当に、どうしたものだかねぇ…」

仕方なしに俺は着の身着のまま逃げる事にして、今こうして特急に揺られている。

…実は、今俺は1人だったりする。
撫子さんと一緒に逃げればよかったのかもしれないが、一人で逃げたのは彼女の助言があったからだ。

『正直一緒に行きたいけど、みーくんは1人で逃げなさい。その方が身軽だし、いざという時にやらなければいけない事も自分一人分で済むからね。
私は…、まぁ、できる限りみーくんの正当性を主張してみるよ。復讐されてしかるべきなのは乙木達だからね。
…だから、ほとぼり冷めるまで逃げててね、みーくん。そして絶対また会おうね?』

彼女はそう言って、色々と突っ込んだボストンバッグを持たせて俺を送り出してくれた。
桂木さんの父親から流れてきたお金や、「銀の湯」常連からもらったお金も現金化して、逃亡のための資金にしている。

「…………」

夜の電車の窓に、俺本来の顔が映る。
逃げる際に逃亡しやすいよう、宇治君の筋力を移植した「俺本来の体」のまま出てきたので、今の俺は完全に男だ。
…そして、それを認識するたびに心細さが大きくなってくる。

いつも撫子さんが隣にいてくれて、アドバイスを、時に茶々を入れてくれていたおかげで、俺は寂しくなかった。
けれどその大切なパートナーが隣にいないことの寂しさを、今こうしてまざまざと感じている。

…彼女にもう一度会うためにも、俺は逃げなければいけない。
それがどれだけの時間が必要で、どんな相手から逃げなければいけないのかわからなくても、やらなければいけない。

「となれば、最初にするべきことは…」

撫子さんの合いの手の入らない小さな独り言は、車内のアナウンスに消えていく。

最初にするべき事は、別人になることだ。
「俺」を狙ってくる存在から身を隠すためには、「俺」でなくなる必要がある。
そのための手段と能力が両手にはあるし、それをやるために邪魔な倫理観はとっくのとうに壊れている。

やるべきことは、他人の姿を調達したうえでその人物に成りすます。
そうして時を過ごし、ほとぼりを冷ました上で俺の住んでた街に戻るのだ。
…可能であれば、乙木達に追撃をかましておきたいが、欲張りすぎると足下をすくわれる感じがするのでやめておこう。今は逃げの一手を打つしかない。

「誰か良さげな人は…」

車内を見回すと、やはり特急という関係上見える人が少ない。
さすがにロケーションが悪すぎたかもしれないな。これが普通列車だったら目星もつけやすかったんだけど…。

仕方なしにシートに体を沈め、適当な所に着くのを待つことにした。
おっと、体を変えるとはいえ、腹ごしらえくらいはしておかないとね。

そして適当な所で降りて、一晩を明かす為に漫画喫茶に立ち寄った。
会員登録などを必要としない場所だったため、そのまま個室に入って一息つくことができた。

(できれば別人、それも男じゃなくて女性の方が目を付けられにくくできるかな…)

性感的にも女性の方が良いし、女性の体に『接続』する方が良いだろうと考え、体を横たえる。
できれば見た目の良い女性にしたいし、独り身であればなおいい。そちらの方が世間的な注目度は高くても「俺」と思われる可能性は無に等しくなるはずだ。

しかし、そんな女性が今こうして漫画喫茶に泊まっているかと問われたら、多分泊まっていないだろう。

(まぁ、しょうがないか…)

そして今この場で行動を起こしても、店内の監視カメラに撮られてしまえば一巻の終わりだ。
今は雌伏の時と考えて、適当に持ってきた漫画に目を通す。
スパイを取り扱った漫画を見ると、エージェントが顔のよく似た「既存の人物」として動くのが印象的だった。

(…完全な別人ではなくて、その人物に成りすます…)

なるほど、と考えながら漫画を閉じ、それを棚に戻す。

(明日から俺は、別人になろう)

そう決めて、どんな人物になろうかと思いを馳せながら、今日は眠ることにした。

E1片「令嬢//酔狂」

翌日。24時間パックで長居し、人気の少なくなってきた夕方頃から動くことにした。
ネットカフェから出ると、雨が降っていた。別にそれ自体は構わないし、適当にコンビニでビニール傘を買って、次にどこに行くか、どんな人物になるかを考えてみようとしていたら。

「もう、いきなり降ってくるなんて…」

人目を引くような金髪と、紅玉のような瞳をした制服姿の少女が、軒下でボヤいていた。刺繍の施されたいかにもお高そうなハンカチで、濡れた髪を拭っている。
…すっとそちらに近寄って、傘を差しだした。



「どうも、こんにちは。突然ですけど傘使います?」
「…え? えぇ、こんにちは。…本当に突然ね」
「まぁ、我ながら変なこと言ってる自覚はあるよ。で、使う?」
「それなら傘より、タオルが欲しいかもね」
「はいはい、じゃあ買ってくるから少し待っててね」

彼女の反応を見ないままに、先程ビニ傘を買ったコンビニにとんぼ返りし、今度はタオルを買ってくる。
それを差し出すと、制服姿の少女は少し呆れたような表情をして

「…本当に買ってくるとは思わなかったわ」

と言ってきてくれた。

「ま、普通そう思うよね。俺としてもただの気まぐれだし、気にしなくていいよ。…むしろ素材が気になったりする?」
「うぅん、そんなには。…ありがとう」

少女はタオルを受け取り、水滴を拭っていく。その所作もどことなく、ではないほど明確に、躾をされたであろう挙動だった。
顔をごしごし吹いたりするような動きでなく、そっと当てるようにしてタオルに水気を移していく。そんな動きだ。
幸いにしてそこまで濡れている訳ではなかった為、彼女の水気はタオル一枚で十二分に吸い取れた。

「…改めて、ありがとう、親切な人」
「どういたしまして、綺麗な人」
「あら、綺麗だなんていきなりね。傘の事も含めてナンパかしら?」
「そんなことはあるかもね。ちょっととは言え、君みたいに綺麗な人の記憶に残ってみたいものだからね」

ナンパと言われると、まぁ本当かはわからない。けれど彼女とお近づきになりたいと思った事だけは確かだ。
なにせ…、

「キザな言い回し。本当にナンパかしら?」
「ナンパと思うならそれでいいよ。…ちょっと失礼」

そのまま彼女の手に触れると、その瞬間に、

「『接続』、発動」

能力を発動させ、彼女と俺とは「一つ」になる。
俺の一部になった少女は瞳の光を無くし、かくんと首を力なく落とした。

「それじゃ、君の事を少し教えてくれるかな?」

かつて江美ちゃんにしたのと同じように、彼女の口から情報を引き出すことにした。

「わ、わたし、の、名前は…、新城、唯月…、18歳、の、学生、で…」

なるほどなるほど、唯月ちゃんは俺より年上だったのか。それはさておき。
彼女の口から脳の情報を語らせていくと、面白いことがわかってきた。

資産家である新城家の一人娘、お嬢様と言える唯月ちゃんだが、どうにもご両親からさしたる意識を向けられていないようだった。
男の子が欲しかったというご両親の期待に応えられず女として生まれた唯月ちゃんは、忸怩たる思いを抱えながら日々を過ごしていた様で、学校は市立の共学、お付きの存在もつけられず一人で通学という状態でいたという。
それが故に俺みたいなのに目を付けられるわけだから、まぁそこは悲しいかなむべなるかな。

彼女の存在はありがたいなと思い、丁度良いやと思いながら家までご同行させてもらう事にした。
勿論これを言い出すのは唯月ちゃんから、という風に記憶の改竄はきちんとしておいた上で、『接続』を解除する。

「…傘、ありがとう。お返しというのもなんだけれど、家にご招待したいの。いいかしら?」

目をわずかにぱちくりとさせた唯月ちゃんは、俺の顔を見てこう言ってくれた。よしよし、良い感じに『接続』からの洗脳はできたみたいだ。

「君が良ければ、お誘いに乗りたいけど、…良いのかい? 勝手に男を連れてきて」
「良いのよ。お父様もお母様も、私のする事は気にしないわ」

少しばかり寂しそうな表情を見せながら、唯月ちゃんは俺の手を取り、家にまで案内してくれる。
俺たちはしばし相合傘をしながら新城家に向かうのだった。

…さて、少々移動して新城家に向かうと、そこは確かに「お屋敷」と呼ばれるくらいの豪勢な建物であった。
唯月ちゃんが帰宅すると、メイドが礼をしながらお迎えをしてくれて…、そして俺の事を怪訝な目で見ていた。

「良いのよ、彼の事は気にしないで。個人的に傘とタオルを貰った礼をしたいだけなのだから」

と、ぴしゃりと言いながら唯月ちゃんは自室に向かっていき、俺もそれに着いていく。
着替えを用意させるというメイドの言葉を後にし、唯月ちゃんの自室に到着した。

「狭い所で悪いわね。さ、座って?」

部屋の中は豪奢…という程ではなく、お屋敷の規模からすると質素な感じがしていた。女性的なんだけど、どこか物が無くて淋しい感じさえする様だ。
室内の椅子を指され、そこに腰を下ろす。おぉ、クッションふかふか。

「今お茶とお菓子を用意するから、少し待っててね」

そう言いながら、唯月ちゃんは部屋を出て行った。…おそらく着替えも含めて準備をするのだろう。

E2片「変相//試行」

「最初に聞いたときは半信半疑だったけど、本当だったのね…」
「まぁ、あんまり信じてもらえるとは思ってなかったけどね」

私服に着替えた唯月ちゃんとお茶をしながら、俺は自分の『能力』について話していた。
唯月ちゃん自身、会話の端々から「どうして自分はこの男を連れてきたのだろう」みたいな感覚がしていたからなのだが、俺としても…、まぁ言葉は悪いが現地での共犯者を得たいという意識もあった。
都合が悪ければ不意打って接触して記憶を消せばいいしね。ちゃんとテグスも持ってきてるよ?

「…例えば、それを使ってどんなことができたりするの?」
「気になったりする?」
「少しね。それを使えば私も男になれたりするのかな、って思ったから」
「まぁ、なれるね。こう言うのもなんだけど、俺もこうして君に出会う前は女性の体を使うこともあったし」

やはり唯月ちゃんにとっては、自分が男で無い事はひとかたならぬコンプレックスがあったようだ。
放っておけばどこかの誰かに嫁がされるという事実も相まって、逃げたい意識も大いにあったらしい。
少しばかり逡巡するような表情を見せた後、唯月ちゃんは俺に向かってこう言ってきた。

「…ねぇあなた。それを使って、私を男にできる?」

「できるよ」
「それなら…「でも」、……でも?」
「俺の能力は無から有を生み出せるわけじゃない。言うなれば「1と1を交換する」能力だ。
…君が男になる代わりに、誰かが男を辞めなければいけなくなる。それは理解してるかい?」
「…、理解してると聞かれたら、してなかったかも。そうね、確かに…」

ちょっと残念そうな顔をしながら、唯月ちゃんは落ち込む。俺としても彼女の希望をへし折るのは気分が悪いが、事実なのは確かなので伝えなければいけない。
そしてすぐに「誰かを犠牲にする」事を頭の中に思い浮かばなかった唯月ちゃんは、俺よりしっかりと人間ができているのだなと思った。
紅茶を飲み、一息ついて、思ったことを問いかける。

「もし君が良ければ、俺と見た目を交換してみる?」
「…? そんな事をしたら、あなたが男を辞めなきゃいけなくなるわよ?」
「そこは別に構わないさ。さっきも言ったけど、女としての経験だってあるんだよ?」
「…それは、その…」

降ってわいた誘いに、唯月ちゃんは悩んでいる。そこにもう一押しを加えてやれば、誘いを魅力的に思ってる人物は堕ちるだろう。

「ま、男が嫌と思ったならすぐに戻してあげるから。安心していいよ」

その言葉に、唯月ちゃんは首を縦に振ったのだった。

向かい合って俺たちは立っている。

「それじゃ、触れるね」
「…良いわよ」
「……『分解』、発動」

唯月ちゃんの首元に触れて『分解』を発動させると、彼女の首は、今までの体と何にも繋がりはありませんでした、と言わんばかりに取れた。
長い金髪の感触が心地よい頭をテーブルの上に置いて、今度は俺の首元に手を触れる。
何も音を立てずに途切れた俺の頭と体。体の方はそのまま動いて唯月ちゃんの体の上に俺の頭を乗せる。

(…『接続』、発動)

元の体が触れたまま能力を発動させ、俺の頭と唯月ちゃんの体は一つにくっついた。
自分のものになったことを確かめるように手を握り、確認する。下を向くと膨らんだ胸が視界を遮り、足元の視認を難しくしていた。
そのまま胸を持ち上げ、股間をまさぐる。何も膨らみのない股間は掌をぴたりと受け止め、俺に「ここには“なにもない”があります」と伝えてくる。
…うん、まごう事なき女性の体だ。

姿見で確認すると、俺の頭を乗せた唯月ちゃんの体があるのが見て取れる。
頭を交換しただけの歪でおかしい姿だけど、それが俺の能力でできたものと考えると、いつも通り愛おしく思えてくるのは不思議だ。

「よし、じゃあ次は君の番だね」

今度は唯月ちゃんの頭を手に取る。
どうやら彼女の体は、桂木さん達より細く華奢だ。頭を持ち上げるのにも少し苦労しそうなくらいの感覚がしたが、それから解放されるとなると唯月ちゃんはどう思うのか。
それをワクワクしながら俺の体の上に乗せ、『接続』させる。

彼女の紅い瞳が開くと、俺を見てぎょっとしていた。

「うそ、本当にこんな事が…! 体が私のものじゃない…!」

先程の俺と同じように姿見で自分の姿を確認し、嬉しそうにしながら自分の体を弄っている。
平たくなった胸を撫でたり、股間のふくらみを確かめるように握っていたり。あ、“無い”のにちょっと自分の股間がきゅんとする感じが。

「…これが男の体なのね。お父様たちが望んでいた、男の…」
「そうだよ、違和感がすごいかもしれないけど、それが男としての体。女性より強く造られた、もう一つの性別」
「それにあなたの体…、ちゃんと私の物なのよね…。すごい、すごい! こんな事ができるなんて!」

嬉しそうに俺の体を抱きしめながら、唯月ちゃんはすごいすごいと連呼していた。
…しかしそれもすぐに止まって、急に顔を赤くしもじもじしだしてきた。

「…どうしたの?」
「あの、その…、なんだか股間が…、その…、ね?」

あ、勃起したな?

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