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堕落の鎧

2018/05/26 18:11:44
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「うあ……嘘だろ……」

目を覚ましてすぐに感じるのは風邪を引いたときのような熱っぽさ。

「女に……なって、る」

そして、気だるい体をおして鏡の前に立ちそう呟いた。

鏡に映るのは、ふわりとした薄紫色の髪、美人といっていい端正な顔立ち。
実際に確認するため目線を下げると、黒いインナーを押し上げるほんのり膨らんだ胸、そしてすっかり筋肉の落ちた腹が見える。
股間にあるはずの男の象徴、その感覚も消え失せており、これがこの鎧に秘められた呪いか、と唇をかんだ。

呪いにも色々とあるが、これは身に着けた者に多大な力を与え、その代償として呪いを発揮する物のようだ。

「解呪してもらわないと……な」

でも焦りと絶望感はない。
むしろ依頼を達成できたという喜びすらある。
細く高い音質に変わってしまった声を自分の耳で聞きながら、事の発端となった商人との約束を脳裏に思い起こす。

この鎧と、それを所持していた者と出会ったのは三日ほど前の話だった。


────────────────────────────────


「ああ、くそっ」

冒険者ギルドからの帰り、俺は口惜しさと無力感でいっぱいだった。
その理由は至極単純。
依頼してもらった仕事を上手くこなすことができなかった、それだけの事だ。

当然報酬も貰えず、失敗が続く俺みたいな若い冒険者に次の仕事の依頼が来るわけもない。
でも仕事をしなければ日々食べていくことも難しい。
結果、こうしてギルドに頼むまでもない依頼を並べるフリーボードから自分に合ったものを探すことになるのだ。

「ペット探し、家事手伝い……荷物持ち、うぅほとんど雑用だなこりゃ」

依頼内容と連絡先だけが書かれた簡易な張り紙を一枚一枚確認してため息をつく。
当然ながらいい条件の仕事はあっという間に捌ける。
残ったのは割に合わないもの、怪しげなもの、そんな仕事ばかりだ。

「ん?依頼内容も報酬も要相談?」

ふと、そんな中の一枚に目が止まる。
悪戯にも思える曖昧な依頼書、こんなもの普通なら誰も相手にはしないだろう。
しかし『こんなもの』に引き付けられたのは、きっと依頼主が冒険者の武具を扱う商人である、との一文によってだ。

俺はその依頼書をボードから剥がすと裏道へと歩みを進める。
悪戯なら悪戯でまた戻ってくればいい、どうせ碌な仕事は残ってないのだから確認するのも悪くない、と。



そこは店というにはあまりに狭く、あまりに汚い。
いうなれば物置小屋といった風体の建物だった。
武具の店を想像していた俺は面食らい、もし主人に呼び止められなかったら踵を返していただろう。

「ここは手に入れても真っ当に売れないようなシロモノを置いておく倉庫ですよ」

そう言いながら倉庫の鍵を開けようと四苦八苦している男、それが依頼を行った人物その人だ。
痩せた体に不健康な肌の色、ともすれば病人にも思える体格だが、目深に被ったローブから覗き見える眼光は鋭い。
ひとまず悪戯ではなさそうなのは確かだった。

「で、依頼の内容は?俺みたいな若造冒険者にも出来るような事なのか?」

とは言え、その男から以来の話について切り出してくる様子が伺えない。
このままでは埒が明かない、と思いこっちから不健康そうな背中に声をかけてみる。

「ええ勿論」

こちらを振り返り、そう言葉を発する男の口元が歪む。
生理的な嫌悪感を励起する笑み、思わず眉をしかめるも、その背を超えた奥に広がる光景を見て立ち尽くす。
その倉庫に収納されたおびただしい数の武具、それに目を奪われたのだ。

「これらの武具は、方々から『手に余る』と言う事で収集した曰く付きのものでしてね」

ああ、と内心うなずく。
冒険者やそれらが使う道具の中で『曰く』といえば一つしかない。
いわゆる呪われた武具というものだ、と。

「ええ、ですがその呪いを解けばどれもこれもが一級品、あるいは伝説級の品です」

俺の顔色を伺いそう続ける男。
確かに凄い品々である事は俺にでも分かる。
呪われていたとしても手に取るものが後を絶たない、とまで言われる程の魔性を秘めた武具もあると聞くくらいだ。

そこでふと思い当たる。
呪いを解くためにはどんな呪いがかかっているか、それを知る必要がある事に。
となると、この仕事とは……

「はい、あなたのご想像の通り……これらを身に着け、その呪いの正体を暴いてもらいたいのです」

冗談じゃない、それが真っ先に頭をよぎった感想だった。
呪いといっても様々だが、最悪死ぬ事だってあるだろう。
言うなれば人身御供、とても命を懸けるに値するような仕事とは思えない。

思えないのだが……。

紆余曲折があったにせよ、最終的に引き受ける事にしてしまった。
背に腹は代えられないということもあるが、何より男から提示された条件と報酬が破格すぎた。

まず、仮に呪いにより危険な状態となったら、それを即座に手放せるよう魔術の手配をすること。
呪いの正体を一つ明らかにする毎に、呪いの種類や大小に関わらず大きな報酬を約束すること。
希望であれば報酬の一部を前金として支払うということ。

そして、もしもある程度の数、武具の解呪に成功したのなら……その中の一つを無償で譲るということ。
これが俺に仕事を受けさせる一番大きな動機付けとなった。
なぜなら、倉庫の隅に鎮座していた鎧、それを見た瞬間「欲しい」との欲望を抑えきれなかったのだから。


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