「なるほど、視覚が完全に機能しなくなる、簡単に言えば盲目の呪いかね」
魔術師の男は今回俺が使った剣をしげしげと眺めてから床に置く。
「では、その鎧に関しては何か新しい情報はないかね?」
そして爛々とした目で聞いてくるのだから一歩後ずさってしまっても仕方がない。
ひとまず排泄欲がない事やインナーは水を通す事、暑さ寒さに対しては加護が働かない事を諸々と話す。
懐からペンと手帳を取り出したのは、報告した呪いの正体について書き入れるためだろう。
そんな男の行動をよそに、俺は女性化した体を椅子に預け軽くため息をつく。
今回は少々手こずった、なにせ戦いになり剣を振るうや否や真っ暗闇の世界に突き落とされたのだから。
戦闘中は何度致命傷となる攻撃を受けたのかわからない。
この鎧の加護がなければ生きてなどいなかったはずだ。
だけどこうして無事に生還し報酬を受け取ることができる、これも俺の打算が正しかったことの証左と言えるだろう。
「はぁ」
しかし、そんな自己満足も、依頼達成の高揚感も、ため息とともに霧散してしまう。
これからの事を考えればいつもこうだ。
なにせ、また堕落の鎧を脱ぎ男に戻るため、あの術式を、あの耐え難い痛みを受けなければならないのだから。
当たり前の事だが、俺は男の冒険者であり、冒険者ギルドにおいてもそう登録されている。
そこに疑問の余地を挟む隙などない、繰り返すが本当に当たり前の事だ。
なので、女性化した姿で依頼達成の報告をする訳にはいかないし、ギルドから報酬を受け取る事もできない。
女性化しました、なんて馬鹿正直に報告しても信じて貰えるだろうか。
正直なところ期待薄と言わざるを得ない。
仮に証拠を見せたら信じる、と言われたとして、女性化の現場に立ち会わせるなんて事出来るだろうか。
いや否だ、絶対に嫌だ。
となると、やはり解呪の術式を受けるのは必要という答えにならざるを得ない。
「あれさえなければなぁ……」
魔術師の所を後にしてギルドに寄った帰り、適当に選んだ宿のベッドに寝ころびながら独り言を言う。
本当にそうなのだ、あれさえなければ他はおおむね順調といっていい。
難易度の高い依頼を受け成功させる。
冒険者としての名声あ上がり、ギルドの報酬を得る。
魔術師からの依頼も一緒に達成させる事が出来れば、さらに報酬は上乗せだ。
そして、夜はお楽しみの女の悦楽を味わう時間。
だから、今のサイクルの中で一番影を落とす部分が気にならないわけがない。
何とかしたいが、どうしても避けられないのであればその頻度を減らしたらどうか、と。
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「ほう10日くらい、今回は大分遠出になるようだね」
ギルドで依頼を貰い現地に出発する前、一度魔術師の所へ立ち寄る。
ここで堕落の鎧を身に着け、今回の旅で呪いの正体を暴く武器、それを選び身に着けるためだ。
目の前にいる男に出会ってからの冒険に出る前の決まりきった手順。
ゆえに双方慣れたもので、準備が整うまでさほど時間はかからない。
「ええまあ、今回の依頼先は遠いので、それくらい見てもらえれば、と思います」
普段であれば長くても3日で戻って来ていたため、特にこういったやり取りをしたことはない。
だからこそ今回はちゃんと言っておいたほうがいいだろう。
もっとも、全て包み隠さず話す訳ではないのだけれども。
別に嘘をついていたりはしない。
10日くらいかかるのは本当だし、依頼もきちんと正規の手順で受けたものだ。
ただ、受けたのは一つではない、というだけの事。
俺は「難易度が高い」あるいは「情報が足りなさ過ぎてリスクが大きい」そんな理由でほっとかれている依頼を4つ引き受けてきた。
それぞれ一つづつ解決してはあの痛い目を見るよりも、一度に複数ハシゴしてやれば街に帰還する頻度は格段に減る。
子供でも分かる単純な理屈だし、何よりギルドにとっても効率がいいはず。いわゆるwin-winと言う訳だ。
まあそれは建前で、本当は女の時間をたっぷり楽しみたいから、ではあるが。
なにせ、堕落の鎧で女性化して以後、一週間以上の期間を女で過ごしたことはなく今回が初めてだ。
それを思うと自然と口元がにやけてしまう。
もし不安な要素があるとすれば、今回持っていく剣の呪いではあるが……。
そこまで考えて頭を振る、それは分かった時に考えればいい。と、無理矢理納得させ出発する。
だが、えてしてこういう時の不安というのは的中するものだった。