「よお清彦、ガッコ終わったらどこか行かねえ?」
「ん?ああごめん、今日はバイトあるから無理だわ」
「そっかわりぃ、また今度な」
「ああ、また今度!」
二学期も始まり、クラスメイトとそんな他愛のない言葉を交わし帰路につく時間。
夏休みで何か変わったんじゃね?同級生からは男女限らずそう言われたのもひと段落したころだ。
私的には何も変わったつもりはないし、清彦として完璧に過ごしてると思っていたけれど、言葉や態度の節々にはふたばとしての地が出てしまっているらしい。
ついつい話題に乗ってしまうし、こっちからも話題を振ってしまう。
女の子の気持ちが根っこにある、と言うのが一番大きいんだろうけれど、これは中々修正が難しい。
なので、ついうっかり話し込みそうになる度、打ち切るためわざと朴念仁を振る舞うのも一苦労だ。
そんな違いはあるものの、概ね夏休み前と変わらぬ日常を過ごす事ができている。
ふたばである私が清彦に変身しているなんて、家族でも気づかなかったから大丈夫のはず。
まぁ、そもそも元々清彦本人なんだから、これ以上どうすればいいかなんて思いつかないんだけど。
「ん、よし早速行くか」
アパートの部屋に戻ればクローゼットを開け普段着に着替える。
あれだけあったふたば用のものは一切が無くなっている。
ここは清彦として過ごす部屋、だから不審に思われるものは全て置かないと決めたから。
ならどこに置いたと言うと、それはこれから向かう場所。かずはさんのお店。
別にクラスメイトに嘘をついたわけじゃない。
今バイトとして働いているのは正真正銘そこなんだから。
つまり、清彦の部屋に置いていたふたばの道具は全てかずはさんのお店に移させてもらっている。
その方が色々都合がいい、とわざわざふたばのための部屋を用意してくれていたんだ。
私としても色々な事をかずはさんから学ばなくちゃいけないし、清彦とふたばの二重生活を続けるなら先立つものも必要。
それを同時に満たせるのだから願ってもない事だった。
まぁ、かずはさん視点からだと「待望の同族にして欲望の魔女の跡継ぎ、その生き方や裏の世界の事を教える義務がある」という事らしい。
とは言え、とりあえずの私の仕事はこの店の新しい店番。
この店を訪れる秘めたる欲望を持つ人間の願いをかなえてあげる事。
今の私に何が出来るのか、今の私はどういう存在なのか、それを知るにはこれが一番いいという話だった。
────────────────────────────────────────────────────────
「こんにちは。かずはさん」
「いらっしゃいキヨヒコくん、今日も頼むわね」
そんな何気ない会話を交わし、ふたばの部屋に入れば清彦に変身している理由もない。
服を脱ぎ捨て自分の肌を惜しげも無く晒せば、奥から込み上げる幸福感にくすくすと笑みがこぼれる。
人間とは違う青く透き通りぷるぷるとした弾力を持つ肌、そして自由に形を変えられるゼリー状の肉体。
胸のあたりをぐっと持ち上げれば豊満なバストの形で固定される変幻自在な体にもすっかり慣れた。
それどころか、生まれたときからこうだったんじゃ無いか、とすら思えてくる。
一通り表情や仕草をチェックし、それから今日の予定の確認。
店番のアルバイト兼魔女の修行、終われば夜はトシアキくんとの約束がある日だ。
トシアキくんとはその後も関係が続いている。
もちろんセックスするためだけのセフレって位置づけだけれども、このごろ妙に本気なんじゃないかと思える節がある。
かずはさんに相談すると、
「ふたばちゃんが魔女として一番最初に魅了した異性かしらね、おめでとう」
なんて茶化されてしまってどうしたものか悩む。
あの時あんなに好きにされた相手だし、今でもそれに変わりはないけれど……。
私がスライムの魔女にされてしまっては一番の相手にはなり得ないから。
でも、それはそれとして、ちゃんと魔女としての修行の結果が出てる事は素直に嬉しく思う。
同時に、どの程度までなら許されるかという線引きが難しい。
「ふたばちゃんの好きなようにしなさい」
もし下手な事をしてしまったら他の人間に嗅ぎ付けられるかもしれないのに、最後に姉さまが言うのは決まってこの言葉だから。
「んー……」
夜の帳が降り始めた街を歩きつつ、漠然と考える。
トシアキくんとのセックスは気持ちいいし、シチュエーションも多彩でとてもドキドキする。
なにより疑いなく薬を使う事ってくれるから、私達に必要な生きた人間の欲望を簡単に得られる。
だから関係を切るメリットはないんだけれども。
「……まあ姉さまがそう言うんだし、なるようになる、でいいのかな」
結局、私は結論を出さなかった。
きっとこうやって思い悩み経験する事が必要なんだと思うし、本当に危ないならきっと助けてくれるはず、との確信があったから。
(それに)
くす、と口元を歪め肩にかけたバッグの中を確認する。
中に入っているのは瓶詰めにされたグミのような粒状の薬。見慣れた変身薬。
でもそれだけじゃない。
媚薬も、ローションも、浣腸用のスライムも、トシアキくんが私経由でかずはさんに頼んだ魔術の薬の数々。
(もし何かあったとしても……)
それらを見て私は唇を舐める。
(何かあったとしても、トシアキくんを私と同じようにしちゃえばいいもんね)
人間を人間でない存在に堕とすという背徳極まりない愉悦、それを教えてもらったから。
昂ぶる興奮を抑える気すらせず、私はトシアキくんとのセックス部屋の鍵を開けた。
嬉しそうに私を迎える彼に導かれるまま私は部屋の中へと入る。
右手で彼の手を掴み、その逆の手に青く輝く変身薬の瓶を持ちながら。
「ああ、楽しみ……♥」
最後思考が魔女に染まってるのも素敵です。GJ!
語彙もシチュエーションも素晴らしい