「ふぅん、きよひこクンっていうんだ……ふふ、可愛い名前ね」
「いや別にそんな可愛いとか……」
バイトの帰り道、俺は予定通りあの店に寄っていた。
バッグに入った一つのガラス瓶。赤いグミ状の粒こと変身薬が入っていた容器を持って。
店に入る前は空っぽだったのだが、今はぎゅうぎゅうに詰め込まれ、さながらイチゴジャムのような見た目になっている。
そろそろ無くなる頃だと思っていたわ。
と彼女、店の主人である一葉(かずは)さんがあらかじめ用意しておいてくれたのだ。
いくら数少ない客とは言え、そこまで正確に把握されていては気味が悪い。
普通ならきっとそう考えるだろう。
でも実際に胸に去来したのは、これで暫くは安心して楽しめる、ありがたい、と言う気持ち。
そっちがずっとずっと大きかったのは事実だ。
だから高い代金もぽんと支払ってしまえる。
だから色々話を聞かれると嫌とは言えず、つい今しがたも自分の名前を答えてしまっていたところだった。
彼女の名前を知ったのもそんな会話の流れから。
なんでも大体の客は一見さんであり、俺のように二度三度と脚を運ぶ人は珍しいらしい。
くわえて追加で購入があった、という事で彼女はすこぶる上機嫌のように見えた。
「それで、実はもう一つ相談があって……」
この機を逃すのはもったいない、と俺は更に話を切り出す。
つい先日、アパートの管理人が俺の部屋を訪れ注意をしていった。
内容はごく平凡、夜中の騒音に対する苦情が隣の部屋からあった、という話だった。
もちろん何の事かはすぐ思い当たる。
「騒音」と言ってくれた配慮は隣の人かあるいは管理人の人か。
いずれにしろ、あのお楽しみの事が外に漏れていたとなっては気が気ではなかった。
「騒音対策の道具かなにか、ないかと思いまして」
でも、流石にそのまま伝えるのはあまりにも恥ずかしい。
だから音が筒抜けで困っている、とぼかして理由を口にする。
嘘は言っていないし、厳密に間違いでもないから問題はないだろう、ないはずだ。
じっと彼女の赤い目に見竦められる。
だがそれも一瞬、彼女は商品棚の一角から香水の瓶のようなものを手に取り目の前に置いた。
「……きよひこクン、私が最初に言った事覚えているわよね?」
瓶に手を伸ばそうとしたとき、彼女の言葉がそれを遮る。
「はい、薬は……いえ薬に限らず、かずはさんの作ったものは使い方を間違えると大変な事になる、ですね」
使用方法を守らなかった場合、最悪人としての一生を送れなくなる、俺の質問に対し彼女が答えた言葉。
多分だけど、かずはさんは俺のことを心配してくれている、んだと思う。
あるいは疑っているのかもしれない。
「大丈夫です、あの変身の薬もちゃんと約束守って使ってますし、欲には負けませんから」
だからそう答える。
万が一薬を取り上げられでもしたら、二度とあの体験は味わえない。
それが何より怖かった。
大丈夫、事実あの一回だけでその約束を破った事はないんだから、これからだってやれるはずだ。
「……わかった、じゃあ使い方教えるわね」
自信満々な俺の様子に納得してくれたんだろう、そう口添えられてから俺はその使い方を丁寧に教わる事になった。