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魔女の変身薬

2017/01/28 16:19:23
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窓から差し込む日差しと居心地のよい空気、そして鳥のさえずる声が五感に訴えかけてくる。
普段と何も変わらない朝が訪れた、と。
でも、俺はそれを拒否するようにシーツを顔に被った。

「あ、ああそっか、あのまま寝ちゃったのか……」

頬に触れた柔らかな髪の毛、そしてサイドで結ったリボンの存在、そして自分の声。
それらによって昨晩何をやっていたのかを思いだす。
念のため、とシーツの中を確認すれば、ほんのり膨らんだ胸と女の子らしい曲線を描く体がそこにあった。

生まれたときから生粋の男子だった俺『清彦』は今、女の子の体になっている。

とある人から買った『好きな姿に変身できる』という薬、見た目は一口サイズのグミみたいなものだけど。
それを試す事数回、変身にも慣れてきたし、そろそろアレをやって見てもいいじゃないか、と。

思春期の男がとても気になる女の子のアソコを知りたい、あわよくば男より気持ちいいって聞くのも試したい。
そう考えるのは多分、いや絶対に自然な事だと思う。

そんな誘惑に導かれるまま、俺は女の子のオナニーを初実践し朝までぐっすり寝てしまっていたのだった。

「それにしても、女の子の体って本当に気持ちいいんだな」

寝入る前の体験を思い出しながらベッドから起き上がり、裸のまま洗面所へ足を向ける。
あのふわっとした感覚がまだ残っているのか足元がおぼつかない。
それでも、何とか踏み台を置いた鏡の前に立ち、頬に手を当てる。
正面の鏡に映るのはまぎれもなく女の子、大きい瞳と切り揃えられたグレーの髪の毛、そしてサイドテールが特徴的な少女だ。

誰に変身するか考えるにあたって、流石に知り合いの女の子やアイドルに変身するのは気が引けた。
だから架空の人物、手近にあった漫画の登場キャラから選んだわけだが、これがなかなかいい。
実在しないからこそ、自分がこの姿に変身している、という実感を強く持てる。

「っと、いつまでもこのままって訳にも行かないか……」

鏡の前で幾度となくポーズを取っているうちにお腹が鳴った。
この少女はあくまでも変身した仮の姿、俺には俺の、清彦の生活があるのだから元に戻らないといけない。
そのためにはまた薬が必要になる、変身する場合と元に戻る場合、二粒でワンセットなのだ。

俺はそれが入っている瓶を取ろうと手を伸ばし

「えっ!?」

ぎょっとした声を上げる事になった。



自分の右腕が青く変色している。
いや、変色しているだけじゃない、向こう側が透けて見える。まるでゼリーのよう。
ぷるんと表面が波打ち、腕を構成する一部がだらりと流れ落ちていく。

いや腕だけじゃない、なんだか体全体がたるんできた様な感覚すら覚え反射的に目を瞑ってしまう。
ぎゅっと自分の二の腕を掴み息を止める、止めたところで何がどうなると言う根拠はないが、とにかく動くのが怖かった。

「……は、あ……なんだ、気のせい、か……」

恐る恐る目を開ければ、溶けるような感覚はもうなくなっている。
目の前の鏡にはさっきの通りの少女の姿があるだけで、右腕を握っても普段どおりの感触しかない。

大きく息を吐き、改めて変身の薬を一粒、自分の口の中に放り込んだ。
もちろん思い描くのは自分の姿、体中がむずむずと蠢くような奇妙な感覚を経る事で変身が完了する。

「……よし、いつもの俺だ、問題はない」

目の前に映るのはなんの変哲も無い男の姿、普段の俺に戻っていた。
とはいえ顔や体、背中、果ては足の裏まで確認し、特に異常がないと確認できてようやく安心したわけだけれども。

「さて、行く準備するか」

そして俺は別の意味での普段どおり学校へ行く支度をする。
放課後にこれを買った店へ寄ってみようと心に決めながら。

────────────────────────────────────────────────────────

地元から離れた学校へ進学し、見知らぬ土地で一人暮らしを始めて4ヶ月。
五月蝿い両親から離れた解放感も薄れ始めた頃ではあるが、まだこの辺の地理を完全に把握したと言えるような時期でもない。
なので、気分転換をかねて、路地裏とか普段通らない場所を散策していたときの事。

車も通れないような雑居ビルの隙間、ふと視界に入った小さな店舗が妙に気になる。
入り口のガラス戸にOPENとボードが掛けてあるものの、看板も出ておらず何の店かよく分からない。
妙な好奇心を刺激され導かれるままに入った場所、それこそがこの薬を買った店だった。

そして今、目の前にはあの時となんら変わらぬ風景がある。

正直、あの薬の効能を知ってしまっては薄気味悪さを感じるのも確か。
でも、だからと言って、ここでこうして二の足を踏んでいても何も解決はしない。

意を決しドアを押し開けば、カラン、と来訪者を告げる鐘の音が鳴り響く。
そう、最初にこの店を訪れたのと同じように。


「あら、いらっしゃいお客様とは珍しいわ」

彼女から最初にかけられたのはそんな平凡な言葉だった。

彼女とはこの店の店主。
大人の女性、といった雰囲気を漂わせる容姿、声、そして赤い瞳の視線にどぎまぎしてしまった事を思い出す。

「あー、えっと、すいません、何か欲しいと言うわけじゃなくて気になってお邪魔してしまって……」

対照的に落ち着きのない俺の事を、見るだけでも歓迎、とばかりに中へと促してくれたのだ。

店の中はなんと言うか用途のよく分からないものばかり。
聞けば、訪れた人それぞれに必要とされるもの、相応しいものを売っているという。
眉唾な話だ、と内心思いつつも、逆に今の俺に必要なものって何だろう、と興味も生まれた。

結果、店のお姉さんにお勧めされるまま瓶入りの変身薬を買ってしまった、というわけだった。


「それで、今日は何の御用かしら?」

その言葉にはっとする。
どうやら最初にこの店を訪れたときの事を思い返して上の空だったらしい。

まだあの薬が切れる頃ではないけれど、彼女はそう付け加えながら椅子に座るよう促してくれる。
俺は一瞬だけ躊躇した。
それは椅子に座る事に対して、ではなく、付け足された言葉に対する答えを迷ったからだ。

「あ、いえその……特別、用ってわけじゃないですけれど」

結局口から出たのは本質を先送りにした曖昧な返事。
言ってしまった後で内心舌打ちする、これじゃあ何か言いづらい事があるってばればれじゃないか、と。

「ふふ、大方あの薬の正体を聞きに来た、と言うのではなくて?」

でも、彼女は特に俺の態度を詮索するでもなくそう聞き返し、さらに続ける。

「あるいは……何かおかしな症状が出て、それを聞きに来た、そのどちらかかしら?」

「……!」

真っすぐな彼女の視線が瞳に突き刺さる。いきなり図星を突かれ言葉に詰まる。
慌てて取り繕う言い訳を探している俺の心を読むかのような、そんな威圧感も相まって何も言う事ができなかった。
沈黙はすなわち肯定、そう受け取ったのだろう。
小さく息を吐く音が聞こえ、彼女が僅かに視線を逸らしたのが見えた。

「いいのよ」

そして彼女の口から滑り出た声には「やっぱり」といった色が強く出ているように感じた。
それはつまり

「何人もの人にうちの商品を買ってもらったけれど、この時期にまた訪れる人は決まってそうだから」

きっと俺のような客を数多く相手にしていたからこそ分かるのだろう。
そう考えれば、彼女は一応納得のいく答えを出してくれた。

はぁ、と今度はこっちが小さく息を吐く番。
彼女のそれとは違う安堵の色が濃い溜息、そこに悪戯をする子供のような彼女の笑いが重なる。

「貴方の常識では測りきれない事が起こったのだから、言い出しづらい事も分かるわ。だからその反応はごく自然、でも必要以上に怖がる事はないの」

それに答える事が出来ないでいると、彼女は一つの例え話を切り出す。

「町のお医者様が出す薬と一緒、きちんと用法用量を守ればそれは良い物となるけれど、無尽蔵に摂取したりすれば……」

「体にとって毒になる……」

「ええそう、そして少し用法用量を守らなかったからと言え一度で体調が変わるものでもない。私の作る薬にもその考え方は当てはまるわ」

つまりあの変質した腕は薬の使い方を誤ったために出た副作用、というところだろうか。

逆に言えばちゃんと正しい使い方をすればいい、という事だと理解する。
もちろんそれで100%安心したわけではない、あの右腕が溶ける恐怖と不快な感覚はまだ頭の中に残っている。

「あの、もう一つ……その使い方を守らず薬を使い続けたら、どうなるんでしょうか」

だから聞いてみた、使い方を間違ったらどうなるのかと。
彼女は少し考えた素振りをし、そして口を開く。

「千差万別としか言いようがないけれど、そうね……少なくとも普通の人間としての一生は送れなくなる、そのくらいは考えておいた方がいいわ」

それを聞いて、きっと俺はものすごい顔をしてしまっていたんだと思う。

「ふふ、そんな怖い顔をしては凛々しい男が台無しよ?大丈夫、使い方を守る限りなんの心配もない、それだけは私が保証する……もちろん信用してくれるなら、だけど」

彼女からそう言葉を掛けられるまで、自分自身の顔の強張りに気づかなかったのだから。

慌てて表情を緩めるも、今度はどんな顔をしたら良いか見当が付かない。
誤って使えば最悪死ぬかもしれない薬を今まで飲んでいた、なんてさらっと言われてしまっては……

「もし不要であれば返してもらっても構わないわ、使った分の差し引きはさせて貰うけれど代金もお返しするわよ?」

最初に来たときにこの言葉を聞いていれば、きっと買う事を止めていたに違いない。
しかし、今はもうあの薬を使った得難い体験を体感してしまっている。
それを捨てていいのか、ちゃんと言われたことを守りさえすれば何度でもあの快感を愉しめるのに。

結局、俺は薬を返すことなくお礼だけ言ってその店を後にした。

なんだか彼女にいいように誘導されているのではないか、と懸念もあったけれど
「俺が必要としているものを売っている」
との言葉通り、俺はあの体験を手放す事が出来なかった。

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